September 27, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆ は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください
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 吾朗ちゃんを叩いた後も、くーちゃんはこちらを見ようともしなかった。
 その背中は、私と琢人を無視するかのようにも見えたし、逆に威圧しているかのようにも見えた。
 力を失い崩れるように落ち始めた太陽が、最後にありったけの力を振り絞って、夕刻の部屋をオレンジに染めていた。
「ここに来る前に、偶然、凛さんに会ったの。凛さんから聞いたわ、吾朗君と紗英さんは、昔」
 くーちゃんが声を詰まらせた。それだけで、凛から何を聞いてしまったのかを、そこにいた私たちは瞬時に悟った。凛、懐かしい名前を、こんな形で聞くことになるなんて。
「坂下さんは知ってた? この二人、昔、付き合ってたのよ」 
 背中を向けたまま、くーちゃんは吐き捨てるようにそう言った。
「昔の彼女と同居って、どういうことなの? 紗英さんのこと、今でも好きなの? じゃあ、私は? 私は吾朗君の何なの?」
 震える言葉と同じ数だけ、くーちゃんは涙をこぼしていた。
 その涙に、吾朗ちゃんが慌てて話し出す。
「あ、いや、確かに僕と紗英は、付き合ってたこともあったけど、でもかなり昔の話で、今は何でもないんだ。特別な感情は持っていないし、友達っていうか」
 あーあ、やっちゃったよ、吾朗ちゃん。昔付き合ってたこと、あっさり認めちゃった。凛の勘違いとか何とか言えばいいのに。
 でも、吾朗ちゃんにそれを期待するのは、無理か。終わったな。私はここで覚悟を決めた。
 くーちゃんは今まで堪えていたであろう複雑な思いを、ここで一気に吐き出し始めた。
「友達? それを信じろと? じゃあ私の気持ちは? 少しは私の気持ちを考えてくれたことがあった? こんな状態、私が平気でいたとでも思ってるの?」
 いつの間にか太陽は、西の空から姿を消していた。音もなく闇が染み出し始める。
「もう嫌。もう我慢できない。明日じゃなくて、今すぐ。今すぐここから出て行って」
 そう言うと、くーちゃんは振り返って、憎しみに溢れた目で私を見据えた。
「はっ、笑っちゃうわね。取り乱しちゃってみっともない。そうよ、私は前に、吾朗ちゃんと付き合ってたことがあるわ。だけど、それが何? 前にくーちゃんに聞いたよね? 吾朗ちゃんのこと本気かって? 吾朗ちゃんのこと信じるんじゃなかったの? なによその目。見苦しい。昔の女に嫉妬なんて」
「なっ、何なのよっ」
 くーちゃんは肩を震わせて、益々声をヒートアップさせた。
「吾朗君とは遠い親戚とか適当なこと言って、人を騙しておいて。あなたの言うことなんか、聞きたくもない。もう出て行って。一刻も早く、ここから出て行って」
 そんなくーちゃんをあざ笑うように、私は唇の端で笑ってみせた。
「何、焦ってるのよ、私に吾朗ちゃんを盗られるとでも? そうね、その方がいいかもね。って言うか、あんたたち、もう時間の問題なんじゃない? 嫉妬に狂って、そんな醜い姿曝け出しちゃって。ここから立ち去るのは、むしろあんたの方じゃないの? だいたいね」
「紗英っ、いい加減にしろっ」
 私の言葉を遮ったのは、吾朗ちゃんだった。
「何よ、何で私がいい加減にしなきゃいけないのよ。今日は私の送別会じゃない。それをこんな女のせいで、台無しにされて」
「いい加減にしろって言ってるんだ」
 薄暗くなり始めた部屋の中に、吾朗ちゃんの怒鳴り声が響く。
 事の成り行きを見守っていた琢人が、まるで終りの合図を送るかのように、私の目を見て小さく首を横に振った。
「あー、馬鹿らしい。分かったわよ、昔の女なんか今さらどうでもいいって訳ね。出て行くわよ。出て行きゃいいんでしょ? どうせ明日、出て行くつもりだったんだし。琢人、荷物運んで」
「ちょっと待てよ、そんなこと誰も言ってないだろ? くるみも、紗英も、落ち着いてくれ。おい、紗英」
 リビングから出て行こうとする私を、吾朗ちゃんが呼び止める。
「人を怒鳴っといて、何よ今さら。そうね、世話になったお礼ぐらいは言わないとね。ありがと。お世話になりました。じゃあね」
「ちょっと待てって。紗英っ」
「吾朗」
 追いかけようとする吾朗ちゃんを見て、くーちゃんがその場に泣き崩れた。それを目線で、琢人が吾朗ちゃんに伝えた。
「紗英には俺がついてるから」
 琢人がそう言っているのが、背後から聞こえた。
 二ヶ月間だけ私の個室だった小さな部屋で、明日の朝まではここで使う予定だった洗面道具やお気に入りのコスメ、明日着ようと思っていた服などを乱暴にスーツケースに押し込んだ。
 その様子を見ていた琢人が、部屋の入り口から声をかけてきた。
「いいのか、これで」
 その質問には答えずに、スーツケースを琢人の前に押しやった。
「これ、持ってきて」
「紗英」
 たしなめるような琢人の声を無視して、さっさと私は玄関に向かった。
 外に出ると、冷たい風が容赦なく吹き付ける。冬の風って、どうしてこんなに寂しい音を伴うんだろう。
「憎まれ役を買って出たってわけか」
 階段へと向かう通路で、ため息をつくように琢人が言った。
「自分で蒔いた種か」
 続けてそう言う琢人を思い切り睨みつけてから、階段を一気に駆け降りた。
「こんな終わり方で良かったのか?」
 後から降りてきた琢人が、車のキーを出しながら、さっきと同じ内容の質問を繰り返した。
 最後は笑って、じゃあね、元気でね。そんな望んでいたお別れとは、程遠いものだった。
 でも、これでいい、これで良かったんだ。きっぱりお別れできたじゃない。私は自分にそう言い聞かせていた。
 さようなら、吾朗ちゃん。さようなら、くるみさん。(つづく)


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今日初めてアクセスしてくださった方も、
続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!

先週、41話をUPした後から体調を崩し、子供たちの運動会も重なって、
無理をしてしまい、しばらくPCはお休みしていました。 (>_<)

そのため、41話の更新のお知らせも、
いただいたコメントへのお礼も大変滞ってしまいました。
まだ私から何の音沙汰もないじゃない!という方がおられると思いますが、
順次、皆様のところへお邪魔させていただきますので、
もう少しお待ちくださいませ。 m(__)m

さて、ついに紗英が吾朗のアパートを出て行きました。
そこで皆様にあらかじめお知らせしておきたいことが…

もう薄々お気付きの方もいらっしゃると思うのですが、この物語、“暗い”です。
この先は多分、もっと“暗い”です。“悲しい”かも知れません。

何人かの方には、既にお伝えしているのですが、
この先、悲しくて厳しい現実の中、一筋の光が射すことが、
どんなに幸せなことなのか、それを描きたいと思っています。
描けるかどうかは別にして。 f(^^;)

ただ、物語の設定は、よくあるパターンのような気もします。
この辺は、まぁ、素人の思いつく限りの精一杯の設定なので、
あまり期待はしないでくださいね。って、最初から、期待されちゃいないか。笑

朝晩、急に冷え込むようになってきました。
体調崩してた私が言うのもなんですが、皆様も、体調にはお気を付けくださいね

では、また…。 (*^^)v


今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ



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Last updated  September 28, 2008 12:25:27 AM
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