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泣いても笑ってもウィーンを発つ朝。早起きして最後の散策に出かけます。まずは隣駅の構内にある「BALLY」というスーパーでお買物。ここがおススメだとコンシェルジュで教わりました。ソーセージとか生ハムとか。あと今の東京ではちょっと危険で食べられないキノコ類。自分の物はなーんも買ってなかったので、帰国日の食材をお土産代わりに購入。地下鉄を乗り継いで「ケッテンブリュッケンガッセ駅」に到着。予告編(?)で登場したカールスプラッツ駅と同じ、オットー・ワグナーの設計。その2駅の間、運河を一部埋め立てた広場に「ナッシュマルクト」という野外マーケットがあります。朝早すぎてまだ半分も開いてませんでした。ガイドさんの言うとおり、9時くらいから店開きするのだろう。オーストリアグッズ、衣料品、花屋などもあるけれど大半は、惣菜、オリーブ、香辛料、八百屋さんが1km弱の長さの間で繰り返される(=_=)右下にまねき猫がいました。ボケボケだけど。カールスプラッツ駅が見えてきました。実はこの駅、向かい合わせで同じ駅舎が2棟の構成なのです。カールス教会。これぞ、ザ・バロック建築という風格。同じ広場に面したウィーン工科大学。教会の裏の建物。エントランス上の緑色の装飾が印象的。フランス大使館。表通りの面には入口が無い。裏通りからこっそり入る珍しい造り。欧州連合機関?・・・かも。商工会議所かも。シェーンベルクセンターの入るビル。書店かも。歴史的建造物にテナントでマックが入るの図。ヨーロッパではありがち。ウルスラ教会と同じ通りにあった教会。どこもクローズされている。ちなみに小さいウィーン国旗が飾られている建物は重要文化財指定の証し。カプツィーナ教会。別名、皇帝墓所。ヴァチカンの「ピエタ」のオマージュか?ハプスブルグ家の方々が祀られている教会です。シュテファン大聖堂には彼らの心臓だけが葬られどこかの教会には小腸だけとか、ワケのわからない祀られ方をされている。シュテファン大聖堂の広場に出ました。屋根の双頭の鷲も初日に雨の中で見た「ハースハウス」も晴天だとこんなにキレイ。ドイツ銀行。時間切れのため、ここから1駅だけ地下鉄に乗りホテルに戻りました。ずーっと調子がおかしかったけれど、飛行機の中で本格化した風邪を連れ帰国。時差ボケと共に数日間思い出に浸って過ごしたのでした。人も親切で、美しい街だったウィーン、プラハ、テルチ、ブルノ。またすぐにでも出掛けたいキモチになる、素晴らしい東欧旅行でした。
2012.05.29
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オーストリアでの最後の晩餐は、この高いホテルで全員で会食。その前に、またまたホテルのご厚意でジュニアスイートルームを見学できることに。ガラスの向こうはバスルーム。オープンするとワンルームに。コンパクトだけど、十分にくつろげる。20時だけど外はまだこの明るさ。天井クロスの映り込みが夜が更けるにつれて、色濃く変化していきます。シュテファン大聖堂の尖塔を幻想的に演出。ワンスプーンのサーモンの前菜。パテのパイ生地包み?ウィーン名物、ウィンナーシュニッツェルをやっと食べることが出来た。左は不織布みたいなのに包まれたレモン。当然ワインを追加オーダー。ピスタチオのアイスが美味しかった。この後居合わせたメンバーで、ガイドさんの勧めで路面電車に乗りに行くことに。車内で券売機と刻印器の扱いに手間取っているうちに「すごく素敵ですよ♪」と教えてもらった市庁舎の夜景は通り過ぎ、地下に潜ってしまっていた。【切符は刻印しないと、後で罰金を取られます。なんとその額70ユーロ!!】循環しているので、40分ほどで乗車駅に戻って来られるはずが気が付くと乗客は私たちだけで、全く何もない場所で停車してしまった。交替員の運転手さんに地図で「ここどこ?」と聞くと地図外の所を指され非常に焦ったが、教えられたとおり、地下鉄を乗り継ぎ無事帰還。どうやら終電に近かったので途中駅止まりの電車に乗ってしまったようである。皆で、あーだこーだもめながらも、お腹がよじれるほど大笑いしたのでホテル裏のバーで呑み直し、またも午前様。
2012.05.28
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ウィーン中心地より西へ12kmほどのところにオットー・ワグナー病院という神病院があります。オットー・ワグナーとはウィーンを代表する超有名建築家。精神病院といっても鉄格子とか嵌っているワケでもなく一般人でも敷地内を自由に散策出来るみたい。ワンコは駄目な区域もある。ここに来た目的は敷地内の丘の上に建つ建物を見るため。1907年、シュタインホーフ教会。設計者はワーグナー大先生。土曜日の数時間しか内部は一般公開されておらず、外観視察のみの予定だったのだがまたまた現地ガイドさんが力を発揮。ご友人が職員にいる、ということであっさり内部見学が許可された。患者のための教会なので、様々な配慮がある。まず、強烈な陰影を避けるため普通の教会とは違い祭壇後ろにステンドグラスを配していない。ステンドグラスは両サイドに大きく取ってあるので教会全体がとても明るい。これで突然の光の変化に患者が驚いて興奮する心配は無い。入口にある聖水は、盆に溜めておくのは不衛生なので上からぽたぽたと水を落とす仕組み。明るいのでモザイク画もよく見える。キリストの両脇を固める聖人たちは医療従事者らしい。大天使の受胎告知に苦悩するマリア。ユダヤ迫害の時代には、劣勢遺伝子を排除するため数千人の患者がこの病院で殺害された歴史もあるらしい。天井のてっぺんにも十字架。普段はドイツ語のみのガイドらしいが、この日は英語で説明してくれた。皆が眠りこける程それはそれは丁寧に長々と・・・(^^ゞ説教檀からの眺め。生まれて初めて登ったよー♪ワーグナーが設計したというシャンデリアを下から見上げてみた。美しすぎる。すぐ近くにあったワーグナー設計のヴィラ。1888年築。アールヌーボー形式でありながらオリエンタルな匂いがプンプンします。エルンスト・フックスとい天才画家が後に買取り、エルンスト博物館として現在に至る。敷地内にあるフックスさんの作品。その25年後、1913年にワーグナー先生は自身のためにも別荘建てちゃいました。「ヴィラ・ワーグナー」と刻まれています。中心地近くに戻ってきました。1999年築、ヴィンバーガーガッセ集合住宅。中心地から南へ5kmほどのファヴォリテン通りというホコ天にやって来ました。教会を素通りして更に南へ行くと異様な形の建物が見えてきました。1910年、ウィーン中央銀行。アドルフ・ロース設計。設計者の故郷であるオーストリア南部の山岳地帯の風景を表現しているらしい。覗き見た内部もキモチ悪い。沢山の日本人がバシャバシャと写真を撮る中1Fのカフェの立飲みテーブルで平然とお茶をするおじ様たち。最後の視察先がここか・・・。口直しが欲しい(-_-;)
2012.05.27
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今回のツアーではガイドブックも買わず、予習すらしなかったアタシ。方向音痴なので丸腰で心許ないが、とりあえず王宮を市庁舎に向かって突っ切ることに。王宮庭園に面したオーストリア国際図書館。ホーフブルク旧王宮。王宮敷地内にはいくつも建物があり、このような様々な門をくぐって、またくぐって行くのだが果たして外に出られるのか?イン・デア・ブルク(王宮中庭)ホーフブルク新王宮。無事に出られたよう。連邦首相府。この前にあるフォルクスガルテンという市民公園を抜けるとブルク劇場に出ました。こちらが正面かな。更に北に進めば、ヴォティーフ教会に行けるのだがあそこまで行ってしまったら集合時間に間に合わない。で、西側のウィーン市庁舎で折り返すことにする。軒下に浮浪者がおり、臭いがすごいのなんのって。生憎、出入口は全て閉鎖されていた。鼻がひん曲がる前に南側にやって来れました。こちら側が正面玄関なのか?大聖堂の様な造りですが、19世紀に最初から市庁舎として建てられたそうです。西側とは違い、人の行き来が結構あります。もうひとつ大きく違うのは、煤払いがまだ済んでいないので外壁が真っ黒。漆喰は有害物質を吸着してしまうので定期的にメンテナンスが必要なのだ。あぁ、上に上がってみたい!!市庁舎を後にして、集合場所を目指します。周辺にも古い建物が沢山ありましたが後日、ググっても名称まではわからなかったので一般的なテナントビルなのでしょうか。ゴージャスです♪ひときわ目を引いた、国会議事堂。ぐるっとひと回りするのが精一杯でした。集合場所のブルク門前まで、無事に戻って来られました。しかし、トイレに行っておく時間は無かった(>_<)
2012.05.26
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次の視察先は、1998年築、リマイズ集合住宅。シリーズですっかりお馴染みのコープ・ヒンメルブラウ設計。コープ・ヒンメルブラウ事務所はヴォルフおじさんとヘルムートおじさんの共同経営。前日事務所を案内して下さった、ヴォルフ先生はここの最上階に住んでいる。「住民の誰一人にも設計に対して苦情を言われたことが無い。」と豪語していたけれど大先生にそんな失礼を働く住民もいないと思うのだが。それにしても何ともフクザツな造り。裏に教会発見♪ またまたガイドさんの目を盗んで単独見学。ロシア正教っぽい雰囲気。1999年築、ミレニアム・タワー。ブリッジを渡ればそこには、ドナウのスワン♪1930年築、カール・マルクス・ホーフ。オットー・ヴァーグナーの弟子であるカール・エーン設計。共和政時代に建てられた、労働者向けの公共住宅。HOF、ホーフというのが公共住宅という意味らしい。この集合住宅、なんと全長1kmにも及ぶ。とても全部は歩けなかった。移動中にバスから見えた、摩訶不思議な塔。ウィーンゴミ焼却炉地域集中暖房センターの煙突。誰の設計かは言わずと知れた・・・・中心地に戻り「MQ(ミュージアムクォーター)」にやってきました。2001年にミュージアム地区として再生された場所。中の広場に入って、右手にあるのは近代美術館。左手にはレオポルト美術館。それぞれ黒美術館、白美術館と呼ばれるらしい。MQと王宮の間にある広場には2つの美術館があります。自然史博物館と美術史博物館。同じ建物が向かい合わせで建っている。こちらの美術館に、日本には来たことのないクリムトの絵が展示されていると聞いて、皆大興奮。見たい見たいの大合唱。アタシの大好きなラファエロの展示もあったはず♪急遽、お昼休憩を含めてしばし自由行動時間となった。しかし、ここは街歩き>ラファエロ、だ(>_
2012.05.25
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長々お付き合いいただいております。いつまで続くのか、このシリーズ(^_^;)2000年築、新ヴィエナ・フェア。もっと郊外かと思ったら中心地から数キロの地点だった。新ドナウ川とドナウ運河の間。見本市会場です。どこかで見たタイプの空調ダクト。水玉の天井が可愛い。こんなデザインは日本では消防が許してくれない。ドナウ川のほとりまで来ました。ヴァグラマー通りにある集合住宅。なんと外壁はトタン製!不思議と貧乏臭く見えない。お向かいのタワーも集合住宅。1994年築、コープ・ヒンメルブラウ設計。サイドはこんな感じ。ここの管理人さんは良いおじさんで、屋上テラスまで案内してくれました。美しき青きドナウ♪同じ敷地内にあった幼稚園。皆集まって来てくれました。でへへ、可愛ゆいのぅ♪川の中州にあった、この建物はなぁに?正解は、クリスタス教会。1999年築。後ろは国連が入るビル。穴ぼこいっぱい。21.5m角のコンパクトな建物でした。「日本」と書かれた半被を着て、国連ビルをお掃除するおじさん。
2012.05.24
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ウィーン2回目の朝。今回はホテルの北側の新市街から朝の単独散歩開始。ホテル南側は旧市街保存地区、北側は開発OKですが古い建物もまだ残っています。なんとか病院。聖ヨセフ教会?グーグル地図にはSankt Josef、とありました。教会はだいたい朝早くから開いているのですが、ちょっと早すぎたか。尖塔の向こうにホテルが見えます。この教会は、地図によると「Apotheke der Barmherzigen Br?der」こちらは内部潜入成功。翻訳ソフトによると「慈悲深い兄弟の薬学」 なんのこっちゃわかりません。新ドナウ川を超えて南の旧市街へ移動。石畳の小路を抜けると美味しそうなお店発見。後で調べたらウィーン最古のレストランでした。その隣は元ギリシャ正教会。今はレストラン。「あら、ここにも教会♪」と思って入口を開けたら生地を扱う普通の会社でした。やばいやばい(~_~;)保存地区でも、建物だけ残して店子を入れちゃうというパターンはアリ、なのね。時間切れのため、小走りでホテルへ。バスツアー出発前に、ホテルのご厚意でビジネスフロアの見学会を開催。窓の幾何学模様は、シュテファン大聖堂に倣っているらしい。スプリンクラー。この環境なら商談もスムースに進むかな。西側の窓の外にはグリーンのカーテン。ハイドロじゃなくて全てホンモノだそうです。この日は傘が不要の視察。少し郊外に向けて出発です。
2012.05.21
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ウィーン中心地より東南へ数キロ突然こんな建物が出現します。1999年改修、ガソメータ集合住宅。設計はシリーズにも登場している、ジャンヌーベル、コープ・ヒンメルブラウ他4名。19世紀末に建てられたガスタンクが商業施設と公共住宅に改修されました。外壁と屋根フレームを残すという設計条件が付いていたらしい。大時計っぽいけど、0-90を刻んでいる。タンクの容量計だろうか。当時の写真。今では地下鉄の駅もあり発展途上のニュータウンといった風情。しかし下層の商業施設は空き店舗がかなりあり、経営が危うい感じがぷんぷん。上層階は公共住宅。なんだか籠の鳥になった気分。でも階数もあるし、住んでみれば快適なのかもしれない。コープらしい設計の高層マンションが寄り添う。中心地に戻り、そのコープ・ヒンメルブラウ事務所を表敬訪問。なんと150名の所員を抱える大所帯であった。設計事務所としては異例の規模だ。夕食はオペラ座近くのビアホール。日本人ツアー御用達の店らしい。メインはオーストリア料理という魚のフライ。相変わらずのしょっぱさと青菜ゼロの食事。スーパーに行くと普通にレタスとか売っているのだけど・・・。とりビーのちウィーン赤ワイン。2次会は昼間視察したバーに繰り出したいところだが疲れには勝てず、気心の知れた数名でホテルのバーへ。ウィーン2日目の夜、外は雨でも夕焼け。天井に張られたオレンジのグラフィックのクロスがガラスに写り込んで遠くまで広がって夕焼けの様に見えるのがわかるでしょうか。
2012.05.19
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ウィーン初ランチはアルベルティーナの1Fにあるレストランにてハンバーグ?ミートローフ?のランチセット。セット売り切れの憂き目に遭ったテーブルは、単品でオーダーしたらしいのだがどの皿も大盛りでちょっとしたパーティの様相(+o+)東欧に来て初めてのまともな昼食でお腹が満たされた後やって来たのは、1986年築、フンデルトヴァッサー・ハウス。設計者は、大阪舞洲のゴミ焼却場をデザインし、日本でも有名。こう見えても公共住宅です。付近の歩道までも隆起させている。チビッ子は大喜びしそう。お土産屋さんにあった全景。屋上の木々はずーっと伸び続けるのだろうか。1928年築、ストンボロー邸。パウル・エンゲルマン設計。いや、依頼主の弟ルードヴィッヒ・ウィトゲンシュタインと共作かな。ジャーナリストF氏が日本から見学希望のメールを出すも梨のつぶてで、外観のみの見学予定だったが現地ベテランガイドが「ちわー、三河屋です。」的なノリでピンポンしたら、あっさり中に入れることに。応対に出た職員の訛りを聞いて、それ風な喋り方をしてお願いしたのが功を奏したらしい。ガラス張りの古いエレベーター。縦長の開口部に合わせたのか、床から1400mmほどの高さに付けられた把手。アタシじゃ開けられない(T_T)現在はブルガリア文化協会として運営しているためか地下にはギャラリーがありました。見学希望の皆さん、あきらめずにピンポンしてみてねー♪
2012.05.19
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相変わらずの雨。フィアカーという観光用馬車の馬もレインコート着用。1965年築、レッティ蝋燭店。ハンス・ホライン設計。アルミを切り込んだファサードが斬新過ぎ。現在は宝石店として営業。1974年築、シューリン宝石店1。ホライン先生、9年後には石を切り込み金物と組み合わせる。1981年築、シューリン宝石店2。更にその7年後には、またシンメトリーなデザインに立ち返る。1990年築、ハースハウス。そのまた9年後、シュテファン大聖堂と同じ広場という立地に明らかに物議を醸し出しそうな建物をお造りになった、ホライン先生。よく見れば円形のミラーパネルに大聖堂が写り込んでいる。中世からの歴史のパノラマを感じさせる意図があるとか無いとか。シュテファン大聖堂はすぐ目の前。一部改修中。隊列を抜け出して素早く内部に潜入。通りを進めば、ペーター教会にぶつかるのだが、速攻で隊列に合流。トイレ休憩は、せっかくなので最古の公衆トイレにはいります。紳士はMERRENで、婦人はDAMENと言うのか。なんだか逆っぽい。東欧もご多分に漏れず、用を足すには小銭が要る。こんな情緒たっぷりだとお金の払い甲斐もある。ナイトライフのためにではないけれど、バーも2軒視察。1908年築、アメリカン・バー。アドルフ・ロース作。前シリーズ11に登場した、王様を激怒させた建築家。1977年築、ライス・バー。コープ・ヒンメルブラウ設計。彼らの設計にしてはとてもシンプル。
2012.05.18
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この日は生憎のお天気。傘が手放せない。金のキャベツと呼ばれる球形の彫刻が印象的な「セセッション館」もこの通り冴えない。1898年築。ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ設計。ワーグナーの教え子らしい。クリムトの作品が展示されているらしいが、本日定休。F氏開催のツアーはこんなパターンが多い(-_-;)後日通りかかった時の写真。晴れたらこんなにキレイなのよー。1899年築、メダイヨン・マンション。オットー・ヴァーグナー設計。メダイヨンとはメダル、と言う意味なのでしょうか。金細工のメダル型の装飾が施されていました。隣接するのは、1898年築、マジョリカハウス。同じくワーグナー作。アールヌーボー調の赤いバラの木が美しい。あぁ、晴れていたらさぞかし・・・・。これがかの有名なオペラ座!かすめただけです。しかも写真は側面。2003年改修、アルベルティーナ。ハンス・ホライン設計。美術館ですが、当然中を見る時間はありません。庇のトガトガとキャンティの長さがハンバない。オペラ座に被っちゃう勢いです。ヨーゼフ広場にある、ホーフブルク王宮。その対面は、1911年築、ロースハウス。アドルフ・ロース設計。当時は「王宮の正面に造る建物なのに、何の装飾も無いのっっぺりビルを建てるとは何事だ!」とお叱りを受けたが、ロースは断固設計変更を拒否。窓台にプランターBOXを造ることで両者妥協し、現在に至る。十分に重厚感はあると思うのだが。現在は銀行。中に入ったら「写真撮るな、2Fに上がるな!」と怒られた。聖ミカエル教会。ここも素通り。嗚呼(T_T)
2012.05.18
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ウィーンの朝は単独散歩で明けました。集合時間までの30分の間に、大好物の教会建築を目指して!聖バルバラ教会。地図も持たない丸腰なので、とりあえずホテルの部屋から見えた尖塔を目標に歩きました。教会名は後でググって知る(^_^;)ドミニカ教会。たいていの教会は入って正面に祭壇があり入口の上部にパイプオルガンがある。なぜかは知らない。祭壇は聖地エルサレムの方向を向けると聞いたことがあるけれど、ホントかな。早くも時間が迫り、小走りで戻る。途中にあった合同庁舎。旧陸軍省で、今は経済省らしい。建物の上部にある立派な双頭の鷲は、ハプスブルク家の紋章。馬に乗った像は、ナポレオン戦争で男を上げたという、ラデツキー将軍。ウィーン応用美術大学。クリムトの出身校。ここからはジャーナリストF氏と現地ベテラン芸術系ガイドによるツアーの開始。ツアーバスの着いた場所はさっきアタシが歩いたエリアだった・・・。1912年築、ウィーン郵便貯金局。オットー・ワーグナー作。ガラスの天井、床もガラスブロック。重厚ながら重たさを感じさせない。今も現役、アルミ製の空調ダクト。郵便つながりで、少し路地に入ったところの中央郵便局。元は修道院だった建物を同じくワーグナーさんがモダンに改修。こちらもフロストガラスの天井。造作はオリジナルではなさそう。ステーショナリーがたくさん売っていて、ゆっくり見たかったなぁ。入口にあった、ワンコ用リードフックが可愛い♪
2012.05.15
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ブルノで夕食を済ませ、一路ウィーンへバス移動。到着は当然またもや真夜中。ホテルは「ソフィテル・ヴィエナ・シュテファンスドーム」2010年築、ジャン・ヌーベル作。斬新な天井アート。部屋に入って、まぁビックリ!グレー基調の客室。な、なんてカッコイイんだぁ!!疲れた体に鞭打って、部屋をじっくり観察することに。無駄に広い!壁埋め込みのテレビ。水廻りはフロストガラスの引戸で仕切れるが、残念ながら建付けが悪かった。これ以上削ぎ落とせないシンプルさ。手掛けシャクリのない抽斗。脇のテーパーに指を掛けて開ける。カッコイイんだけど使いづらいんだな。バスタブは溺れそうになる大きさ。ピンボケだけどアメニティはエルメスだぁぁぁー!極めつけは窓廻り。カーテンもブラインドも無く上下左右のパネルでFIXさせる。憎いゼ、ジャン・ヌーベル!完全に寝不足の朝。前夜外から見た、上階のオレンジ色の天井の正体。テントの様にグラフィックが張られている。これが夜になると化ける様子はまた後日。右がホテル。左は2000年築、ジェネラリ・タワー。ハンス・ホライン作。ウィーン視察の始まりです。
2012.05.12
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チェコでの最後の晩餐は1928年築のエラ・カフェにて。1Fは貸切。階段を上った2Fは地元のお客様。ビーフコンソメ。プラハでの夕食との違いは肉団子の有無のみ。しょっぱさは同程度。ローストポーク。これもプラハでは蒸しパンの付け合せがライスに変わっただけ。しょっぱいし。で、デザートでおしまい。葉物野菜が恋しいチェコの食事・・・(T_T)チェコワインはなかなか美味しかった。
2012.05.11
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バスの中から見た光景に鳥肌が立ちました。1930年築、トゥーゲンハット邸。ミース・ファン・デル・ローエ作。美しい、美し過ぎる!!スラベタ教授がブルノ市長に掛け合って開館時間外に見学出来るようにセットしてくれていたのです。保存のために靴にビニールを付けますよ。オリジナルのスイッチプレートこの家は実業家のトゥーゲントハットさんが息子夫婦のためにプレゼントしたそうで。この辺りは高級住宅地ですが、周囲の家の8倍位のお金をかけたとか。どんだけ気前のいい親父なんだか。設計者のミース・ファン・デル・ローエはル・コルビジェやフランク・ロイド・ライトと並び称される巨匠です。家具も彼のデザイン。どこもかしこも美しい・・・。この家のために造られた椅子は「ブルノ・チェア」として有名。これぞミースの世界。このデッカイ窓は、なんと床下に収納されるシステムなのだ!こんなことやってたらお金がいくらあっても足りんわ。窓が納まる地下にはこんな大がかりな仕掛けが。柱はスマートに見せるためのデザインが施されている。洗濯室までもがこの美しさ。館内には展示スペースやお土産コーナーもありました。今までひとつも売れなかった鉄骨の塊を日本人の建築オタクたちが全て買い漁ったので学芸員さんは喜ぶやらビックリするやら呆れるやら(^_^;)チェコ最終日の夕暮れをここで迎えることが出来るなんて夢のようでした。
2012.05.10
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ブルノの中心街にやってきました。「コメンスキー教会」は素通り。あぁ、大好物の教会建築なのに・・・(T_T)「自由広場」は、地元のホッケーチームが大試合で勝利したとかで前夜より大盛り上がりで、この夜も大騒ぎになるであろう気配を有していた。広場周辺には新旧織り交ぜた、モダンな建物がたくさん。説明を受けたけどどれが何だったか。いや、さっぱり。メモしとかないとあきまへんなー。 これは覚えてる。1928年築、ホテルアヴィヨン。内部は改装中。当時の面影は残っていない模様。1929年築、モラヴィア銀行。上記ホテルと同じ、B・フックス作。金属製のカーテンウォールのファサードが特徴の機能主義建築。カフェ・サヴォイ。お茶したかったな。聖ヤコブ教会。スラベタ教授は自分の葬儀は、ここで質素に執り行いたいそうである。次は、チェコでのメイン・イベント。世界遺産にも登録されている建築物を見に行きます。
2012.05.09
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2日連続のまさかのランチ抜き過酷ツアー。次の街、ブルノにやってきました。前日に引き続き、ブルノまではスラベタ教授がガイドとして添乗してくれます。1928年築、ブルノメッセ。見本市とか開かれる会場です。山の手に移動し、教授おすすめのヴィラを数軒見て廻りました。1920-30代に開発された地区のようです。このヴィラでは教授のお仲間がスタンバイ。内部を見ることが出来ました。スラベタおじさんは現在はブルノ工科大学の教授です。ご子息が博士号を取った時にはこのヴィラを借りてお祝いのパーティを開いたそうです。泊まれるのかなー♪
2012.05.08
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プラハ滞在2日目の朝、ホテルの中庭に猫発見~♪この日はウィーンに向けて2つの街に立ち寄りながらのバス移動。出発前にホテルから徒歩10分の建物を見学に。1997年、エンジェル。ジャン・ヌーベル作。エンジェル駅なるものが先にあり、その駅ビル依頼があったので友人が主演した「天使の歌」をモチーフにしたらしい。カーテンウォールにプリントされているのは、その主演俳優さん。長々と詩を刻むのもこの人の手法。小雨交じりの生憎のお天気の中、最初の街、テルチに到着。この小さい門をくぐるとおとぎ話の世界~!これで青空満天だったら「世界遺産」のテーマ曲がアタマの中を流れていたでしょう。テルチは1992年世界遺産に登録されました。この小さい可愛い街でステキなランチを、と思ったら出発前から「時間が無いのでケーキで済ませるように。」とのお触れ有り。でも、おにぎりケーキは美味しかった。
2012.05.08
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プラハ城を後にして、歩いてやって来たのは混み混みのカレル橋。橋の下のカフェの外壁に何やら奇妙なスタンプが。2002年の水害でここまで水に浸かったそうです。下の小さいプレートは1890年の記録。ぶっちぎりに塗り替えたのね。橋からの眺め。この橋には30体の聖人像があり、そのうちの何とかさんの像に触れると幸せになれるとのガイドがあったが橋を抜けた所でつかの間のショッピングに興じていたら集合時間に遅れそうになり、聖人には触れられず。アタシの幸せはまた逃げて行った・・・。1912年築、ヨゼフ・ゴチャール作、黒い聖母の家。元は市民会館。右側の2Fの出隅に黒い聖母子像が飾られていた。内部にはキュービズム美術館とか、キュービズムグッズ屋さんとかあるらしい。現在の市民会館。正面のモザイク画がスゲー!1845年築、プラハで最初に出来た鉄道の駅。駅名は忘れました。怒涛のキュービズム建築4連発。そもそもキュービズム建築というものは、プラハにしか存在しないらしい。1912年頃からほんの数年しか流行らなかった、ということなのでしょうか。1913年築、リブシナ通りの邸宅。1913年築、ラシーン河岸の3世帯住宅。1913年築、ネクラノヴァ通りの集合住宅。1996年築、フランク・ゲーリー作、通称ダンシングビル。神戸港にある、でっかい魚のオブジェの作者でもある。昔ロスで見たディズニー・コンサートホールにもぶったまげたけど本当に踊り子さんを支えているみたいな。窓枠の納まり。踊り子さんのスカートの中。待ちに待った今夜のお食事処。プラハ城の近くらしい。生クリームの下にローストポークのようなものがあるのです。左側の蒸しパンスライスとのコンビがチェコの代表的な料理だそうで。ソースが塩辛いんだなー。最初に出されたビーフコンソメスープもしょっぱかった。デザート。メインディッシュと材料の違いがあまり感じられない・・・(=_=)
2012.05.06
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次の訪問先はチェコ工科大学。建築学科の教室らしい。こんな風景を見ながら勉強できるなんて。サインも良い感じ♪カフェの天井はお花畑でした。建築オタクは目の付け所が違う。外壁の納まりを観察中。1913年に建てられたキュービズム建築にも寄り道しピクリとも動かない憲兵さんに迎えられ、やって来たのはたぶんこの旅で、唯一メジャーな訪問先になるであろうプラハ城。城内の大聖堂。薔薇窓~!このステンドグラスは、まさか、まさかの・・・アルフォンヌ・ミュシャ!!ひとつだけでも作品が見られてラッキーでした。あぁやっぱりヨーロッパっていいなぁ~♪日向にいた憲兵さんはグラサン着用でした。
2012.05.03
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北朝鮮から一瞬だけテポドンが打ち上がった日ウィーン行きのフライトは3時間近く遅れた。(単に成田へ来る前便の遅れによるもので、ミサイルは関係ナシ。)プラハへの乗継ぎ便に搭乗不可能となり陸路でのバス移動の末、ホテルに着いたのは夜中1時となったのでした(T_T)快晴のプラハ初日、最初の見学先は1930年築、ルース作のミューラー邸。シンメトリーとアシンメトリーの妙が特徴。高台に建つ名作。広ーい庭には桜の木。外国で春を実感。内部は撮影禁止でしたが何故か写っていた1枚。階段を下りるのはチェコの水先案内人、お茶目なスラベタ教授。ツアー参加者F教授のご友人で地元の偉い建築家の先生です。これも何故か残っていたショット。朝食を食べるためだけに作られた和室。浮世絵のコレクションが飾られていました。唯一撮影許可が下りた屋上テラス。この日のために黄色いセーターで決めてきた、ジャーナリストのF氏。モデル役に忙しいひととき。額縁に見立てた壁の開口部からは遠くに大聖堂が見える仕掛け。ミューラー邸のお向かいに住む、第1街犬と戯れているとバスがエンコしたとの情報が入った。おぃおぃ、ホテルを出発してミューラー邸まで30分も走っとらんゾ!(-_-;)ミューラー邸の眼下に広がるのは、オジェホフカ・ガーデン・シティという高級住宅街。元々は1920年代に中産階級向けの住宅地として開発されたが現在は数多くの芸術家のアトリエ兼邸宅となっておりいわば芸術村といった風情だそうです。で、代わりのバスが来るまで散策することに。こんな立派などでかい家が中流家庭であるはずがない!道で出逢ったのは、年代物のポルシェに愛犬を乗せるカッコイイ爺さまだし。ちょっとした商店もこんな造り。でもこの邸宅にお住いのスラベタ教授の元同級生のご婦人はパジャマ姿でゴミ捨てに出掛けるところだったけど(^_^;)第2街犬、いや、ポルシェ犬がいたから第3街犬を発見した頃やっと2代目のバスが到着。これに乗って再出発かと思ったら、バッテリーを充填する役目として来ただけでした。この遅れのおかげでビヤホールでの昼食を断念し、次の目的地に向かったのでした。
2012.05.01
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