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2/28ついに住宅ローンのOKが出た。いろいろと苦労したが、なんとかここまでこぎつけたという感じである。(ただし、金利は、優遇が少なく、ちょっと高め?)これから引越しの準備や、家財道具を揃えたりと忙しくなりそうだ。妻が昨日からやけに機嫌が良い。今日も朝、寝床に入ってくる。言ったセリフが「他の人と肉体関係になったら許さないから??」これどういう意味?
2005年02月28日
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2/27妻と引越しの期日について話をしていたら、なかなかお互いのスケジュールが合わない。最後には私が13日の日曜日以外だったらいつでも都合つけると譲歩して、妻に日程の調整を任せた。妻の話によると、ホームヘルパーという仕事は調整がなかなか調整がつかない仕事であるとのこと。すると、今朝3月19日(土)にしようという提案があった。8日に鍵がもらえる予定で、19日というのは、かなり時間があり、困ったものではあるが、まかせるといった限りはそれに従おう。義母にも話をしたのかと聞くと、「勝手にしたらええやん」という返事が返ってきたらしい。さすがに、この状況で家にいるのは、つらいものがあるが・・・
2005年02月27日
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2/26今日は、会社の決算書作りが完成した。なんとか、創業以来、初めての利益をあげることができた。今まで、自分の人件費、年間400万円ほどが、なかなかでずに、赤字続きであったが、なんとか今年はそれを確保することができた。来年にはキャッシュフローもプラスにしていきたいと思う。ただ、創業以来、売上高はずっと伸びており、今年も200万円ほどの増加であったため、今後にも期待はできると思う。新たな人生の旅立ちではあるが、仕事も同時に頑張らなければいけない。身が引き締まる思いだ。
2005年02月26日
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2/25きのうの夜、喧嘩のために、気分が悪いまま寝床に入ると、先に寝ていた妻が抱きついてくる。もう少しで離婚する夫婦がと思うのだが、喧嘩も厭なので、抱きしめ返した。その話題にふれるとお互い厭な思いをするのがわかっているため、話はない。ただただ、抱きしめる。そして、朝を迎えた。朝、妻は来年の年賀状のことを持ち出した。離婚がみんなに知られるのは厭だから、お互いに、家族の名前を出さずに年賀状を出しましょうといった。私は、先のことは先で考えると答えた。私は堂々と離婚を公表し、再スタートを切りたいと考えているから。しかし、妻は何度もそのことにこだわっているようだ。まあ、はっきりとした返事は今はやめておこう。
2005年02月25日
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2/24昨日、つまらないことで、妻と喧嘩をした。三女が学校に忘れ物をしたことを私が見過ごしたということで、妻がキレタことがきっかけである。私は三女が持っていくものについて全く知らなかったし、三女に忘れるなと妻が言っていたらしいのであるが、聞いていなかったのである。しかし、それを指して、私が無関心だからとキレられても本当に困るので、あまりむちゃくちゃな事を言うなと今度は私がキレタのである。妻はそうですかとキレテ返す。私はそうや!!と再度キレテ返す。もう子供の喧嘩と同じである。やっていて情けない。もう1週間もしたら離婚するのだからおだやかに過ごしたいのだが、そうもさせてもらえそうもない。厭な一日を過ごした。もう、喧嘩もしんどいので、できるだけ今日は普通に過ごそう。でも、これが最後の夫婦喧嘩かもしれないと思うと、まあいいかという気分になった。
2005年02月24日
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11/23昨日、不動産屋からまた、電話があり、最終3月8日くらいに引渡しになりそうとのこと。まだ、家の中に荷物が残っており、その撤収に時間がかかりそうらしい。妻に、毎日、義母からいつ出て行くのかと、言われてるのかと聞くと、否定はしなかった。最近、義母があからさまに避けているのがわかる。まあ、義母からしたら大好きな孫を取り上げる極悪非道な奴ということなのであろう。おそらくやり場の無い、怒りがあるというのは、理解できる。このフォローは妻に任せるしかないだろう。それにしても、離婚する夫婦がこれほどまでに穏やかに過ごせるというのも不思議である。、同じ食卓で笑いながら食事をし、同じ布団で寝る。夫婦とは何なんだろうと、また考えさせられた。子供にも表立っては、特に動揺はなく、引越しの話を平気でしている。その部分だけでもとても救われる。愛情をいっぱい持って育てていこう。
2005年02月23日
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2/22昨日、実家に帰ると、なんと40年間行方不明であった母の兄が摂津市に住んでいるとわかったとの事。摂津市役所より照会の電話があったらしい。私が3歳の頃、一度、動物園につれていってもらっており、そのときの印象がとても強かったので、私もかすかに面影を覚えている。生活環境があまり芳しくないようで、兄弟で面倒を見て欲しいというのが、市役所の考えであるらしいが、母の気持ちは複雑であろう。いずれにせよ、生きていたことがわかったことは良かったと思う。今後、どうするかは母に任せたい。
2005年02月22日
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2/21今日、不動産屋さんから連絡があった。銀行から予備審査が通ったとの連絡あり。ここまでくればよほどのことがない限り大丈夫でしょうとのことであった。早ければ3月2日くらいには、鍵がもらえそうであるとのこと。ようやく先に進めそうな気配がしてきた。今日、妻に話をすると、コメントはなく、少し機嫌が悪くなった。まあ、気持ちはわかる。子供たちに話をするとみな、喜んでくれた。まだ、本決まりではないが、ちょっとホッとした。今日はぐっすり寝れそうである。
2005年02月21日
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2/20今日は、次女の入試に向けての最後の授業。競争率が2倍を越え、大変な状況だが、多分、通ってくれるだろう。(楽天家?)妻は、次女が通ってくれなければ、義母、義父との旅行に行けないと、困っている。私は、当然、おいてけぼりなのだが、いずれにせよ、合格してもらわなければ困る。あと3日、悔いを残さないよう、頑張れ!!
2005年02月20日
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昨日、長女とゆっくり話をする機会があったので、学校のことや家のこと、今後のことについて話をした。その中で、「母さんも最近は少し変わってきたよ。私に対してもあまり冷たくなくなった」というのである。長女は本人も認める父さんっ子で、小さいときから私のそばを離れなかった子供である。やはり、今回の件でも妻からすれば、かなり長女はけむたい存在であったかもしれない。でも、やはり親子、時間がたてば、わかりあえる部分が多いだろう。波風立たずに、早く引越ししたい。銀行さんお願いで~す。
2005年02月19日
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2/18今日になっても銀行からのOKが出ない。かなり難航しているらしい。妻もかなり機嫌が悪い。おそらく義母から、まだ、家は決まらないのかとせっつかれているのだろう。雰囲気で自分が招かれざる客であることはわかる。ほんとに肩身が狭い。2月中の引越しはほぼ絶望的になってきた。銀行のローンがおりなかったときのことを考えておかなければならない。まあ、なんとかなるか。
2005年02月18日
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最近、テレビドラマの「ごくせん」にはまっている。長女と次女と私で11時30分ごろからビデオを見ていたのだが、あまりに盛り上がってしまい、うるさいと、怒られてしまった。ちょっと肩身が狭い。妻は、風邪を引いているらしく、機嫌が悪い。でも、ちょっと弱った妻を見ると、かわいそうにもなってきた。暖かい言葉を今日はかけてあげよう。
2005年02月17日
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2/16今日、不動産屋に連絡をしたら、ローンの件で多少難航しているらしい。というのも、自営業者に加え、今回の転居理由が離婚に伴うもののため、銀行がなかなかウンとはいわないからだそうだ。いろいろと、資料を出しながら最後まで粘りたいと思うが簡単には事は運ばないものですね。
2005年02月16日
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2/15昨日のバレンタインデー、娘たちがチョコやらクッキーやらを作って大騒ぎ。ほんのひとかけら、「これ、父さんに」「おかえしは、ダイエーに売っている赤い机でいいよ。5千円ぐらいだから」だって。その上、私が会社からもらってきたチョコレートは、すべて彼女たちのお腹の中。まいってしまいます。まあ、明るい日々が過ごせているということは、いいことかもしれませんね。でも、今日、明日中くらいに銀行の住宅ローンの結果がわかると聞いていたんだけれど、連絡がありません。ちょっと不安。お願い通って!!
2005年02月15日
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2/14昨日、次女の私学の入試結果がわかった。なんとか、合格。第3希望ではあるが、とりあえず、最悪でも、いく学校はできた。あと、第一志望の受験日まで10日間。うまくいってくれれば良いが。三女を連れて、JJに遊びにいく。最近、ビリヤードとテニスにはまっているらしく、しょっちゅう連れていってくれとせがまれる。こんな時だから私もちょっと甘くなってしまっているのだが、できるだけ一緒に遊んであげようと思う。妻にも付き合わないかといったが、我々の引越しの準備が土日しかできないからと、家で荷物の整理をしていた。三女は本当はお母さんに来て欲しそうだったのだが、状況もわかるので、無理はいえないだろう。長女は朝からバレンタインのチョコレートケーキ作り。「冷蔵庫にお父さんのケーキが入っているので、食べてください。お返しは、ダイエーの3階に売っている赤いテーブルでいいです。5000円位するけれど、やさしい父ならかってくれるよね。それではおやすみなさい」だって。ちゃっかりしてるよね。
2005年02月14日
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2/13この日記もついにリアルタイムになりました。このブログを立ち上げた12月24日には、まだ離婚は決まっておらず、日々悶々とした苦しい中で、皆様のご意見や感想がどれだけ私の気持ちを癒してくれたか。本当に感謝申し上げます。今、ひとつの結論を得、今までのことを整理して考えるにあたり、私なりの結論は次のようになると思います。今回の妻の浮気騒動から始まった離婚劇の原因は、我々夫婦が、性格の不一致という長年のすれ違いを解消できなかった、ここで、爆発してしまったということで間違いはないと思います。おそらく妻が最もいいたいのもこの部分であろうと思います。ただ、それから逃げるために、妻は、結果的に浮気をしてしまった。しかも、浮気相手に心を奪われていくと同時に私に対する愛情が一気にさめ、その代償として、私に対して、私の人格を完全に踏みにじるところまで、徹底的に反抗した。その上、妻は長年の苦しみの結果だからということで、浮気がばれても、反省どころか、自分の気持ちがわかってもらえないとさらに、裏切りを重ねた。苦しみぬいた私は、自分なりの努力を重ねるが、最後には妻の裏切り続ける姿勢に、疲れてしまい、離婚やむなしという気持ちになった。妻もここまで信頼関係がつぶれてしまった夫婦だから、いったん夫婦関係を解消してしまい、もう一度考え直したいと思うようになった。最大の問題は子供であるが、全く信じれない、しかもいたわりも、尊敬も、思いやりも全くない夫婦の間で育てていくよりも、離婚しても、お互いに子供のことを考えれる環境を作る(私が育てるが、その家に頻繁に妻が来ることを許し、子供の面倒も見ることを容認する)ことで、最大限、離婚によって受ける子供たちの傷を軽くできるよう努力することで合意した。ということになろうと思います。本当に数々の事件がおき、小説でもこんな経験はなかなかできないと今では笑って話せますが、実際に8kg一気に痩せたときは、どうなることかと思いました。まだ、家のことや娘の入試のことが片付いておらず、また、引越しがきまれば、義母や義父がどのような反応をしめすか心配ではありますが、妻とは昨日の夜、なんとか一番良い形で離婚できそうだねと、笑っていえるようになりました。妻もおかげさまで、と笑っています。もちろん心では複雑ですが、お互いに新しい生活に向かって頑張ろうという気持ちになれたことは事実です。夫婦ってなんだろう。このテーマはまだ私の中では解決していませんが、こんな夫婦も世の中にはいるんだということが少しでも皆様におわかりいただけたら幸いです。もしかしたらこの日記はこれから不定期になるかも知れません。しかし、正式に離婚届けを出し、新たな生活の状況をご報告できるまでは、続けたいと思っておりますので、ぜひ、皆様、たまにはのぞきにきてください。これからもpopoの日記よろしくお願いいたします。
2005年02月13日
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2/6次女とゆっくり話をする機会があったので、入試のことや学校のこと、これからのことについていろいろと話した。学校の先生も塾の先生も大丈夫だろうといってくれてはいるが、やはり、様々ことがあっただけに心配だ。」本人もいたって平静を装っているが、やはり不安はいっぱいとのことである。また、学校での男女ネタや普通、男親とは話さない下ネタなど、楽しそうに話してくれた。そんな中、おばあちゃんは、どう?と聞くと、お母さんがフォローはしているけれど、日によって違うね。といっている。よく聞くと、まだこの家にいるの。家はまだ決まらないのと、かなり言っているようだ。妻が家を買うにはいろいろと手続きが必要だからしょうがないでしょう。となだめているらしい。こんなことを聞くと、自分もここにいたい訳ではないだけにちょっと腹がたつ。でも、子供たちのことを考えると、今の状態も決して悪いことばかりではないと思っている。義父や義母とは、お互いにさわらずという感じで、むこうも大変にやりづらいと思うので、家が決まり次第ここからでていくことにしよう。いずれにせよ、あと1ヶ月をきった。独身になるまで秒読みだ。
2005年02月12日
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2/4久しぶりに以前勤めていた会社の友人と飲みにいった。同期の男女2人と私の3人である。妻とも実は会社の同期で、今回一緒に飲みにいったのは、この妻の仲のよかった友人のひとりであった。さすがに、彼女には今回の離婚の件は話ができず、もう一人の仲のよい友人と2人になってはじめて今回の離婚の件について切り出した。実は、今回離婚することになってと、私が切り出すと「馬鹿か。何やってんねん」とちょっと不機嫌そうな態度を示した。やはり、お互いに教育には熱意があり、親が離婚をするということが、どれだけ子供に影響があるかがわかっているからだ。彼のいいたいことは痛いほどわかった。そこで、今回の経緯について話をしたのだが、もう3回目の嘘の時点で、「よく、そこまで我慢したな」と逆にほめられた。何か変な気分であった。その後も、今回の経緯について話を続けると、最後には、「お前の新しい人生に乾杯しよう」と励ましてくれた。良い友達を持ったと心から思えた。「明日からも頑張ろう」
2005年02月11日
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2/4家を買うというのは、大変なことであるということが、いまさらになってわかってきた。自営業者(会社役員)ということで、前年度、前々年度の決算書が必要とのこと。ようやく今年になって黒字が出た、わが零細企業では、なかなかローンが下りるのが難しいとのことである。会社の業績の説明や各種資料を取り揃えながら、もし、このローンがおりなければ、今、描いている離婚後の生活が白紙に戻ってしまうのではと考える。住む場所というのは、それだけ大切なものだから。あとは、銀行さんに神頼みという感じである。
2005年02月10日
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2/3今日は妻の誕生日である。日ごろお母さんの誕生日など、気にも留めなかった子供たちが、それぞれ思い思いのプレゼントを妻にあげたようだ。妻も言葉ではあまり、表現はしなかったが、心では大変喜んでいることだろう。子供たちも、妻の気持ちをわかっているだけに、今回はなんとしてもという思いがあったのだろう。子供たちが、こんな時期においても優しい心が根付いてきていることに大きなうれしさを感じた。私も物では後々、使いにくくなってはいけないので、妻の大好きなメロンを買って帰った。いつも通り、ありがとう。なんて言葉はいえないのだけれど、ちょっと照れて笑っていたので、気持ちだけは伝わったかなと思っている。夫婦としての最後の誕生日、妻のことを力いっぱい抱きしめた。妻も力いっぱい抱きしめ返してきた。ちょっと不思議な感じがした。
2005年02月09日
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1/29最近は、妻も私も妻の両親も子供たちも、ようやく落ちついた感じがしている。離婚については、もう動かしがたいものであるという共通認識が、皆の中にできたという感じである。私は、妻の離婚に至る今までの行動については、もう気にならなくなった。この状態を許せたというかどうかわからないが、恨みや腹立ちはほとんどといってよいほどなくなった。妻には、離婚までは、今までとおり、愛し続けてあげたいと思っている。しかし、反面、妻を信じれるかといえば、おそらく答えはNOである。愛しているが、信じることはもうできない。これが今の素直な気持ちである。先日、偶然、妻が手帳に入れてあるM駅の時刻表を見てしまった。M駅とは、例の浮気相手のN本さんの住んでいるところで、いつもN本さんのところにいくときに使っていた時刻表である。妻が手帳で別の調べものをしているときに、下に落ちたためなのだが、新年に入って新しい手帳になったのにもかかわらず、まだ、あの時刻表があるのは何故?と、正直ちょっと嫌な気持ちにはなったが、もうどうでもいいやという気持ちが先にたつようなった。これも、私の気持ちが落ち着いた証拠であろう。あとは、妻のこれからの幸せを祈りたい。私では幸せにできなかったが、幸せに今後を生きていってほしいと思う。他人の不幸の上に幸せは成り立たない。お互いに幸せになること。それが、この離婚の痛みを少しでもやわらげる最善の方法だと思うから。
2005年02月08日
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1/22一昨日の義父の乱心について、妻にちゃんとお義父さんと話をしたのかと聞くと、妻は、「もう昔のことは掘り返さんとって」といっておいたので、大丈夫といっていた。まあ、そういうならいいんだろうけれど、ちゃんと妻と義父とが向き合って話ができているかというと大いに?ではある。あまり、そこには私が入らないほうがいいと思うが、「お義父さんは、最後までお前を信じようとしたんだから、そこのところはわかってあげてね。」と妻にいっておいた。妻はわかってるよ。と少し不機嫌そうになったので、もうこの話はおわりにしようと思う。いずれにせよ、この家には自分の居場所はもうなさそうである。しかし、妻とは最近、大きなすれ違いもなく、お互いに完全に落ち着いたという感じである。子供たちも前向きに考えはじめたので、このまま何も事件が起こらず、静かに過ごしたいと思う。
2005年02月07日
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1/21妻と義父、義母の3人はしばらくして、部屋から出てきた。妻に「お義父さんは、納得したん」と聞くと、「わからんけど、おちついたみたい」と言っていた。義父は風呂に入った。時間も遅くなってきたので、私は部屋に帰って寝ることにした。妻もすでに布団に入っている。すると、風呂から上がった義父が子供たちのいる居間に入っていった。心配になった私は妻に「ちょっと見てきてくれ。また、子供たちに何かいっていたら、かわいそうだから」と妻を見にいかせた。そのときは、特に何もなく一緒にテレビを見ていただけということであった。それから20~30分して、子供が自分の部屋に帰った直後から義父の様子が変わり始めた。階段をドスドスと大きな音を立てながらあがったと思うと、夜中にもかかわらず、大きな声で詩吟を謡い始めた。それが、おわると、部屋のふすまを、バシャンと大きな音を立ててあけたりしめたり、また、階段を頻繁に上がったり、下がったりしながら大声で今度は歌を歌い始める。このあたりで、妻になんとかした方がいいのでは、とフォローしにいかせた。どうもかなり酔っているようだ。早く寝させようと、部屋の布団に入れたらしい。しかし、しばらくすると、部屋の机をバンとたたくと大暴れをし始めた。そして、大声で怒鳴り始める。妻と義母がとりなそうと、部屋に入ると机をたたきながら、大声で泣き始めた。「俺の30年はなんだったんだ。くそ!俺の気持ちがわかるか!」30年というのは、どんな意味なのかよくわからないが、とにかく取り乱している。それが終わると、また、大声で歌ったりどなったり。そして、「ひとつの家に男は2人もいらんのや。くそ!」と怒鳴っている。ここで、ああ、私のことで怒っているんだなということは、はっきりとわかった。しばらく、そんな状態が続いたのだが、義母がなんとかとりなしたようで、3時頃にようやく静かになった。次の日、妻に、「俺に早く出て行ってほしいようなので、いつでも出ていきますよ」と聞いてくれと、いった。妻は「かなり酔っていたから。この件で、自分だけのけ者にされているような気になったみたい」と乱心の原因をいっていた。どうも妻の両親と妻の3人は全く連携が取れていないようで、連携が取れているのは、何か悪いことがあれば、すべて私が原因ということだけのようである。多少やりきれない思いはあるが、それ以上に心配なのは、我々が家を出たあと、この家は大丈夫なのかということである。妻に「あんたら3人で暮らして大丈夫なん?それぞれが完全にバラバラやん?」と聞くと「子供が遊びにきてくれへんかったら、大丈夫と違うかもしれん」といっている。本当に心配なものである。その日、妻からメールがあり、「お父さんと話をしました。家が決まってから出て行くのならまだしも、まだ、決まっていない段階で出る必要はない」とのことでした。こどもたちのことを考えると、私一人がこの家を出て行くというのはあまりよくないかもしれないので、家が決まるまではこのままでいることにした。家は、ようやく候補が決まり、あとは、ローン関係の書類をそろえて銀行に出すところまできている。しかし、不動産屋に聞くところによるとまだ1ヶ月程度は必要だろうとのことなので、この間、平和に暮らせることを祈りたい。
2005年02月06日
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1/21昨夜のこと。三女が塾の宿題をするのに時間がかかっていた。気分が乗らないのと、少し難しい問題を解いていたためだ。私は10時頃に仕事から帰ってきたのだが、食事をしたあと、ずっと三女について宿題を手伝っていた。長女は、疲れていたのかコタツで寝ている。妻と三女はいつも一緒に風呂に入るのだが、なかなか三女の勉強が終わらないので、11時30分頃まで自室で何かをしていた。11時半頃ようやく三女の勉強がおわり、妻と三女は風呂に入った。ちょうどそのとき、義父が仕事から帰ってきて風呂に入ろうとした。すると、妻と三女が入っているので、風呂には入れない。居間に来ると、長女がこたつで寝ている。そして、前触れもなく、急にキレ始めた。「こんなことをしていて、まともな生活ができると思っているのか。毎日、毎日遅くまでおきていて、こちらがどれだけ迷惑しているか。寝ようと思ってるのに、もう寝られないじゃないか。明日、早いのに寝れなければ、徹夜になってしまう。」あとは、怒声、罵声の連続。私と子供は頭に???どうして怒っているのかわからない。長女は起きて、泣きながら「放っておいたらいいねん。自分の思い通りにならなかったら、人にあたるというのは、最低。ああいうのが、一番腹が立つ」といっている。義母があわててきて、とにかくこちらにみんな来なさい。というので、私は子供を巻き込みたくないので、お父さんだけがいってくるからといって、子供をおいて、義父と義母の部屋にいった。義父はとりみだした様子で、「遅い時間まで起きていたら迷惑だ。子供の声が部屋に響く。朝型にしなければ、仕事も勉強もできないに決まっている」といっている。義母は、私にいつも私が義母を避けているので、気分が悪いといっている。話をしていても、2人のいっている内容がばらばらなので、最初に義母の意見に答えるべく、義父からできるだけ顔を合わさないようにしてくれといわれていたと、説明した。すると、義母からは、それは、妻から聞いているが、そんなのは気にせず、自分の判断で私と話したらいいんでしょう。と怒られた。誰の言うことをきけばいいの?と思ったが、「お義母さんの気持ちは今わかったので、これからは、できるだけ話ができるようにしますね。」といった。すると、今度は義父が「あななたち、2人だけで納得している。あなたたち2人が夫婦みたいじゃないか。こんどは、僕は、あなたたち2人の関係を疑うよ」とわけのわからないことを言い始めた。義母は何をいっているのととりなそうとしたが、義父の怒りはおさまらない。こうなったら、何が本当かわからない。○○(妻の名前)が嘘をいったという内容をメールしなさいといったのに、まだきていないじゃないか」ととにかく怒っている。ちょうど、そのとき、妻が風呂から上がって、部屋に入ってきた。義父に、昨夜、妻にその件を話したら、妻が放っておいてくれと言っている事を、伝えた。とにかく3人が言うことがばらばらだけれど、怒るときは、いつも私に対してなので、3人で話し合ってください。何でもいうことききますから、と、お願いして部屋を出た。子供に話をしたら、本当にお父さん、大変やね。今は仕方ないけどね。と逆になぐさめられた。でも、先ほどの義父のキレた様子は、子供たちには、みせたくなかったと思う。しかし、本当に大変なのはこれからだった。(明日に続く)
2005年02月05日
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1/19夜、仕事場に義父から電話があった。少し酔っているようで、かなり機嫌が悪そうに電話がかかってきたようで、対応をした事務員がかなり、緊張した面持ちで、私に電話を取り次いだ。電話をかわると、義父は突然「仮住まいは、もう決まったのか?」といいはじめた。私は何のこと?と最初はわからなかったが、ああ、家探しの件かと思い「仮住まいではなく、本住まいを探しています。妻にも話をしていますが、次の日曜日に子供たちにも見てもらおうと思っています」と答えた。義父は「本住まいでもどっちでもいいけれど、あなたは、何度も○○(妻の名前)が嘘をついたといけれど、私は一度もそれを検証していない。まだ、嘘を何度もついたという確証は得ていない。」と言い出した。何かおかしいことを言うとは思ったが、それは、「娘なんだから自分で聞かれたらどうですか。」といった。すると、急に激怒されて「彼女に聞いても本当のことを言わないでしょう。人は自分の都合の悪いことを言わないにきまっているじゃないですか。そんなの常識ですよ」どうして、こんなことで、私が怒られなきゃいけないのかと思いながら、まあ酔っているんだろうと思って、「私はずっと日記をつけているから、今までの嘘はたいてい記録されているので、それを見てもらったらわかるとは思うんですけど」と答えた。すると義父は「じゃあ、それを至急、プリントアウトするかメールで送ってください。それを見て本当に嘘をついたのかどうかを自分で検証して、親としてどうするか決めるから」その日の夜、妻にこの件について話をすると、妻は「そんなん放っておき」と、冷たく言い放った。妻からすると昔のことを掘り返されるのはいやなのだろう。でも、放っておくと、私が頼まれたことをしないということになる。とにかく、今はこの家で悪者は私になっているので、何かと動きずらい。妻に「お前から、お義父さんにちゃんと話をしなさいよ。義父さんは、お前のことを今でも信用しているんだから。まだ、浮気なんかしていないと思いたいんだから」といった。とにかく、妻と義父と義母、それぞれが言うことがばらばらで、結局、それらのすべては、私が悪いということになるのだから始末が悪い。妻にそのことを言うと「こんなふうになったんだから、それは仕方がない」という素っ気無い返事。なんだかやりきれない気持ちでいっぱいになった。子供からは「お父さん。大変やね。」と声をかけられるようでは、情けないものである。あと少し辛抱するしかないのだろう。
2005年02月04日
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1/10 最近、おだやかな日々が続いている。妻は、うるさいことは全くいわず、普通に生活をしている。おそらく結婚して18年今が最も良い関係になっているのではないだろうか。弁当も作ってくれるし、冗談も言い合う。しかも一緒の布団で寝ている。何も知らない人が見ると1ヵ月後に離婚する夫婦には全く見えないだろう。お互いに、完全に割り切ってしまったのか、もうここまできたのだからきれいに別れたいのか、よくわからないが、穏やかな日々が暮らせることは本当にありがたい。今は、義母の状態が不安定なのだけが、気にかかる。子供から時々話を聞くが、おばあちゃんからは、「あなたたちは、お父さんからだまされている」とか、「○○ちゃん(三女)は、私と一緒に暮らしたいのに、お父さんに無理やり離されるから可哀想」など。次女は、今、義母を説得してくれているらしい。「○○(三女)は、お父さんのところにいくのを納得しているよ。自分の部屋がもらえると喜んでいるから」「私たち土日になったら遊びに来るから。寂しがらないで」日替わりで、納得したり、恨みごとを言ったりと、大変ではあるが、そっとしておこう。ただ、そう言いながら私が義母を避けているというふうにも、言っているらしく、私もどうしたらよいのか思い悩んでいる。義父からはできるだけそっとしておいてくれといわれているし、本人は避けているので、いやだといっているようだ。あたりさわりのない、形で日々過ごせればとおもっているが、なかなか難しいものである。
2005年02月03日
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1/81/5~1/7の間、中学生の集中学習イベントを実施していたため、朝から晩までほとんど時間が取れなかった。今日、ようやく2時間ほど時間が空いたので、離婚に向けて、家探しを始めた。やはり、私と娘3人の合計4人で住むのには、4LDK以上の家はほしいと思った。マンションを借りると、10万以上も家賃がかかってしまう。お金もないが、ここは思い切って家を買うことにした。ローンが2000万円程度で買える中古物件。なかなか環境や間取りを考えると見つからない。しかも、妻から自分が自転車でいける距離にしてくれという注文。離婚する妻の願いを聞き入れるのもどうかとは、思うが現在の状況を考えるとやむをえないと思う。また、私の職場からも娘の学校からの距離も考えると、探せる場所は限られてくる。そこで、うまく物件が見つかればよいが・・・インターネットや、地元の不動産屋の情報を至急集めた。すると、少し高いが、まあまあの物件が見つかった。あとは、値段交渉をしてまとまればと思う。家が見つかって、引越しする際に離婚届けを出すことにした。気持ちの整理もつき、離婚に向けて大きく動き始めた。
2005年02月02日
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1/4今日は朝から事務所で年末にできなかった、大掃除をしにいった。すると、義父の弟から電話があり、話がしたいとのこと。今日なら大丈夫だから事務所にこられますかと、昼食をいっしょに食べることにした。どうも、昨日義父から我々の離婚の話を聞いたらしい。もしかしたら私たちの離婚を思いとどまるよう話をするように義父に頼まれたのかもしれない。私は義父の弟さんには、ゴルフにつれていってもらったり飲みにつれていってもらったりと大変お世話になった人である。それだけに義父も期待をしていたかもしれない。義父の弟さんが、事務所に到着して、早速、離婚の件ついて話し始めた。「長い人生の中で夫婦というのは、いろいろとあるもんだよ。いうかいわないかだけ。自分たちも兄貴たちも何度も離婚の危機を乗り越え、今まできた。今になってみると、やはりお互いに離婚しなくてよかったと思っている。そんなちょっと腹がたったぐらいで、早急に離婚の結論をださなくても。子供もあるわけだし。」と話をし始めた。そこで、私は「お義父さんから、どこまで話を聞いていますか。私たちの離婚理由について」という質問をした。すると、妻が、ヘルパーの仕事が面白くて、一生懸命になりすぎて、ちょっと家のことがおろそかになってしまい、いざこざが起きた、と聞いている。私は、やはり義父さんは、十分な話はできていませんでしたか。どうか、私の話を聞いてください。と最初からの経緯について話し始めた。私は、浮気を何度も止めようとしたこと。何度も嘘をつかれたこと。こどもとの約束も守れなかったこと。などを話し始めたが、半分まで話をしたところで、兄貴から聞いた話とはぜんぜん違う。もし、それが本当なら離婚されてあたりまえ。むしろよくそこまで我慢された。と絶句した。その後、いろいろな話をしたが、とにかくどうしてそんなことをしてしまったのだろう。という話に終始したような気がする。もちろん夫婦だから、今までも多くの行き違いはあっただろうけれど、やっていいことと、悪いことの判断は必要だろうということになった。ただ、子供さんもあることだし、兄貴には私から話をして、ちゃんと謝るべきことは謝ってもらうから。1週間くらい待ってくれないかといわれた。私は、もう妻と私の間では結論のでたことですから。子供たちもわかっていますし。といったが、まあとにかく兄貴に話をするからといった。通常、このような場合、妻の親戚は当然、妻の肩を持つのがあたりまえであるが、今回のような場合、親戚同士で話をしてもらうのはいいことかもしれないと思った。しかし、このことが、後でとんでもない事態を引き起こすことになる。
2005年02月01日
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