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1/2今日は、私の実家で親戚の集まりがある日である。当然、妻は参加せず、私と子供3人で実家にいった。妻は、私の荷物の整理を家でするといっていた。実家では、離婚についての話はほとんどせず、楽しく過ごした。今回は、叔母が、乳がんになり、私が離婚、その前にも従兄弟が離婚していたので、あまり明るい話題はない。でも、元来より、にぎやかな家系であるため、そんな暗さもみじんもなく、とても楽しい会になった。家に帰ると、妻がとても機嫌が悪い。どうしたのか聞くと、どうせ、私の悪口を言われているのは、わかっているから考えただけで気分が悪いとのことである。実際には、親戚とほとんど妻のことについては、話をしていないのではあるが、自分で考え、自分で怒るのはいつものパターンではあるので、優しくそんなことはないよ。ほとんどその話題は出なかった。といった。信じるかどうかは、彼女次第ではあるが、おそらく信じれないのだろう。彼女には、私が信じられないというイメージが定着しているためだ。彼女の中には私が、浮気を確認するため、携帯を見たことや通帳を調べたことが今でも残っているためだ。やはり、ここにきても、なぜ、調べたのかは関係ないという態度に、夫婦再生の望みを絶たれた気持ちになった。生き方、考え方が全く違うようである。
2005年01月31日
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1/1昨日の義母のパニック状態から一夜明けて、正月となった。昨夜は、あの騒ぎの中で紅白どころではなく、また、できるだけ静かにしようと3階で眠るようにした。朝、義父が3階に上がってきて、次のようにいった。「ちょっとは、落ち着いてきてはいるが、もうこんな状態になってしまったら、やはり同じ家にいるのは、まずいかもしれない。落ち着くまでしばらく、家をでてくれるか」といった。私は実家もあるし、事務所でも寝れるので、構いませんよと答えた。しばらくすると、妻がご飯を食べるようにと呼びにきた。義母は、朝からおせち料理の準備をしていたようで、お正月なんだから一緒に食べようとのことであった。下に下りて、ご飯をたべるとき、義母は私に言った。「昨日は薬を飲みすぎて、自分で何をいったか覚えていない。ただ、三女をもう1年この家にいさせてくれないかというのが、私のお願いなのに、それをどうしてもきいてくれないというのだから、私もあきらめるしかない。」「家を出るというのをきいたけれど、今まで一緒に暮らしてきたんだから、新しい家がみつかるまでは、この家にいなさい。そんな飛び出すようなことはしないでちょうだい」といった。私はなんとことえたらよいかわからず、黙ってうなずいた。その日は、次女と三女、そして妻と私の三人で京都に初詣にでかけた。ほとんど違和感なしに、それなりに楽しく過ごしてはいたが、やはり子供たちも含め、いろいろと思うところはあったようだ。家に帰って、義父にもう一度、どうしましょうか、と尋ねると、「できるだけ顔を合わさないようにして、静かに暮らしてもらったらいいんじゃないですか」ということであった。どうして、これだけ気をつかわなければならないのかと思うが、まあ、そうすることにしよう。
2005年01月30日
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12/31朝から義母が睡眠薬や精神安定剤を大量に飲み、暴れだすという大変な状況になった。子供を3人ともとられるという思いが、理性よりまさり、泣き叫びはじめたのである。最初は妻と義父がとりなそうとしたが、全くおさまりそうにないので、義母の姉を呼ぶことにした。私と三女はとりあえず、事務所にいって、家にいないようにした。昼過ぎに妻から電話が入る。義母が三女を6年生がおわるまであと、1年3ヶ月家においてちょうだいといっているらしい。それは駄目かときいてきた。私は絶対駄目だと答えた。おまえは、もう一度やりなおしたいから離婚するんだろう。それなら子供と完全に離れて考えなければいけないだろう。三女を残すとおまえのその気持ちはゆらぐにきまっている。そうなると、姉妹を完全に離してしまうことになる。それは、絶対できない。といった。そこで、とにかく家に帰ってきて義母にやさしい言葉をかけてあげてといわれたので、家にかえることにした。家に帰ると義父、妻、義母の姉が一生懸命義母をとりなそうとがんばっていた。そこで、義母の姉から先ほど妻が電話でいった、6年生おわるまで、この家にいさせたら駄目かという話がでたので、同様の答えをした。すると、すぐにわかりましたと義母の姉はこたえた。おそらく、答えはわかっていたのだと思う。ただ、義母の気持ちを考えてその手続きをふんだのだろう。私は、その場にいても何も話せない。とにかく、泣き叫ぶ義母を見て、申し訳ないという気持ちと、どうか許してくれという気持ちでいっぱいになった。今、私が何をいっても子供を置いていくといわない限り、義母の取り乱しは収まらないだろう。しばらく、時間をおくしかないと思う。それからも、夕刻まで義母のとりみだしは、続いた。放っておくと、ふらふらになりながら、家を出ようとする。もう死にたいを連発している。子供たちには、聞かせたくないのだが、その声が家中に、こだまする。義母の姉は今までの事情をよくしっているため、今回の結論については仕方がないと考えているようだ。まだ、いつでも会えるようにしてくれるというのは、感謝しなければならないといってくれた。相手側の親戚からこのような言葉をいただけるのは、大変ありがたい。誠意をつくしてきた甲斐はあったと思う。しかし、義母にとっては、私は、憎むべき敵になってしまったようである。なぜ、こうなったかは関係なく、とにかく孫を取られるのはどうしても納得できないという。義母の気持ちもわかるだけに本当につらい。でも、これだけは譲ってはいけないライン。なんとか納得してもらうしかない。時が解決してくれるだろうか。私は義父に、もし、義母を落ち着かせるために、私がいないほうがよければ、家から出ましょうか。ときいた。義父はそうしてくれるとありがたいと答えた。明日から新年、大変な正月を迎えそうである。
2005年01月29日
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12/30 三女に話をした。三女は涙が止まらない。5年生に離婚の話だけでなく、妻の浮気の話までしなければならない私も、本当につらく、涙が止まらなかった。また、3人揃ってお父さんと暮らすことになり、学校もかわらなくてはならないということにもなり、三女には本当に申し訳なく思った。しかし、三女は「わかった」と涙を流しながら言った。夜、三女は義母のところで寝ていたのだが、私は、この日だけは、自分のところで寝かしたほうがいいのではないかと考え、子供たちにきいた。すると、子供たちが、今日、おばあちゃんのところで寝なかったら、おばあちゃんは、三女を取られてしまうと思うだろう。いつも通り、そこで、寝たほうがいいのではといった。三女も、「そうする」といって、義母のところで寝ることになった。三女は、ずっと泣いていた。義母は三女を離したくないという思いから、様々な話を三女にしたようだ。「あなたは、本当はここから通いたいんでしょ?」「友達と離れたくないもんね。」「お父さんだったら、ご飯もちゃんと作れないから、栄養不足になってしまう」「6年生はここから通って中学になったらお父さんのところにいったらいいのに。」とか、「お母さんもいるので、おばあちゃんと暮らしてもいい?」など。三女は、おばあちゃんの話を聞いて、「おねえちゃんと離れてもいいよ。学校かわりたくないもん。」と答えたようだ。小学校5年生に、しかも親の離婚を聞かされてすぐのことであるので、とても厳しい状況である。おばあちゃんのなきながら話す姿を見て、おばあちゃんの気持ちを考えてそのときに、そのように答えたようだ。しかし、これが、後で大変な状況を生み出すことになる。
2005年01月28日
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12/28父に離婚することになったと電話をしたら、おめでとうといわれた。何か複雑ではあるが、父もこれで安心してくれるであろう。その日の夜、義母が私の実家に電話を入れたらしい。われわれが離婚したことを決めたことを知らなかった義母は、正月にはいけませんが、二人で努力しているので、見守りましょうと電話をしたらしい。それを聞いた父は、今まで、これだけ浮気問題で紛糾し、何の反省も見せていなかったうえ、一緒に住んでいる義母や義父からも、この件についてひとことの謝罪もなかったことについて、怒りを義母に徹底的にぶつけたようである。この件について、父が相手方の両親に話をしたのは、初めてなので、いままでの思いをすべてぶつけたようだ。義母は、妻から離婚が決まったことを聞かされていなかったため、完全に打ちのめされていたらしい。タイミングが悪かった。12/29義母に呼ばれて、私と妻と義父と義母の4人で話し合いを持った。義母はこどもを3人とも私が連れていくというのは、絶対に承服できないと大変怒っている。いままで一生懸命育ててきた子供を私から奪うのかと、すごい剣幕で話しはじめた。私は妻に、俺が話すと素直にきいてもらえないので、あなたが話してくださいと、妻にふった。妻は、今のままでは絶対にやりなおせないと思うので、3人の子供をお父さんにあずけて、私がそこに通うんだといった。週3回くらいは行こうと思っているといった。私はちょとその回数にかなり驚いたのではあるが、いつでも遊びに来させるし、遊びにもきてくださいといった。それを制限するつもりは全くないともいった。しかし、義母は妻に、そんな通い妻のようなことをするのか、情けないとすごい剣幕で怒っている。そんなことをせずに、裁判をしてでも子供をとっておいでと大変怒っている。ここは、落ち着いてもらうしかないのだが、その役割は妻と義父に任せよう。何をいわれても冷静に真摯にうけとめて、わかってもらうしかないと思った。義母は、今まであなたを信用してここまでしてきているのに、その信用を裏切るようなこんなひどいことをするなんて、どんな神経しているの。と、もう罵声の連続である。さらに、あなたは妻が浮気をしたというけれど、肉体関係があるわけではなく、ちょっと気持ちが揺らいだだけなのに、どうしてそんな結論を出されなければならないのといい始めた。私は、それについてだけは、反論した。義母さんが一番よくしっているはず。どれだけ私が裏切られ続けたか。別れるために琵琶湖の小旅行まで行かせたのに、その後も反省の言葉や態度が全く見られなかったこと。その上で妻を肯定するのだけはやめてください。私も怒りますよ。といった。義母はその件ではすぐに黙ったが、私の気持ちを踏みにじるようなことをして、あなたには、本当に幻滅したわ。と怒っている。義父は、やりなおすために離婚するというのだから、そんな方法もあっていいんじゃないかなと言っている。おそらく、義父は妻がいったことだからすべて、妻の味方になろうとしているのだろう。でも、それが、義母の逆鱗に触れた。義母は、もういい!!あなたたちでかってにきめて、私の意見なんてなんにも聞いてくれない。もう明日離婚届もらってきて。私も義父さんと離婚するから。もう生きてても仕方がない。もう死ぬからほっといて。困ったものである。あとは義父に任せることにした。その後、長女と次女に離婚の話を正式にした。予備知識ははいっていたので、多少の涙はあったが、大きな混乱はなく、覚悟はしていたようである。子供たちにも、もう、3人の子供と私の4人で暮らすことは覚悟ができたようだ。明日、三女に話をするので、みんな三女の力になってあげてくれとお願いしたら、わかったと答えた。それからお母さんも頑張ろうとしているんだから、許してあげてくれといった。わかっているって。と子供たちは笑顔で答えてくれた。
2005年01月27日
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12/27妻は、やはり子供と別れたくないと言い出した。完全に憔悴しきっている様子で、どうしたらいいかわからない。を泣きながら連発していた。「自分で選んだ道だから、茨の道をがんばって進むしかないだろう。あなただけでなく、子供も両親も合わせて、それぞれが茨の道を歩くんだから。離婚するということはそういうことなんだから。」わたしは、子供を妻に渡す気持ちは全くないと、再度、はっきりといった。これは何といわれようが譲らないともいった。妻は、ずっと泣いていた。しかし、最後には納得をした。それから、離婚しても私に再度アタックしてもいいかときいた。再婚しないでくれともいった。私はそれは約束できないといった。しかし、妻が子供にあうために、新居に出入りすることはいつでもOKであると伝えた。妻は、もう一度、白紙に戻して再度、恋愛できればすばらしいと考えているようだ。この日初めて、妻が今までごめんなさい。と私に謝った。本当に短いフレーズではあるが、はっきりとごめんなさい。と謝った。私の心はこの一言で大きく救われた。力いっぱい妻を抱きしめた。「本当にわがままなんだから。そのわがままは直せよ。これから大変、子供たちや両親に迷惑や心配をかける。二人で責任をとっていこうな。」といって、思いっきり抱きしめた。妻も泣きながら抱きしめ返してきた。結婚して、初めて心が通じた気持ちがした。これで離婚しても恨まなくてすみそうだ。体の力がすっと抜けていく心地よさを感じた。ありがとう。
2005年01月26日
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12/26 昨日の夜、妻から手紙をもらった。内容は、7年ほど前から一緒にいながらずっと違和感を感じていた。いつのまにか、一緒にいようと思わなくなってきた。何が原因ということではなく、いろいろなことの積み重ねが原因でそう思うようになってきた。私の仕事を手伝えばよかったのだけれど、経営状態を知るのはこわいし、接客業が大の苦手。だから手伝わなかった。今回の件は、単にこれらの積み重ねで爆発するきっかけにすぎない。2ヶ月間、一生懸命自分なりに努力したけれどダメだった。離婚しましょう。ということであった。また、裁判所の調停はできたらしたくない。話し合いで決めましょう。お互いフリーになって、もう一度付き合えたら素晴らしいと思うので、そういう方向で考えましょう。ということであった。私も、ずっと違和感は感じてはいたが、それにしても、浮気をして、それを嘘で固めて、裏切り続ける理由にはならないだろうと思った。また、この手紙に自分の浮気の件は全く書かれていないし、謝罪もないことに憤りを感じた。自分のことしか考えていないとしか映らなかった。私は離婚はOKだといった。でも、子供の件や財産分与の件でもめるのはいやだから、調停に出して専門家の判断をあおぐといった。また、離婚したあとは、お互い仲良くはなれないだろうともいった。もし、調停がいやなら構わないが、俺は子供を三人ともひきとることを了承してくれといった。妻は最初は抵抗したが、最後は仕方がないという雰囲気で肯定した。また、離婚したあと、妻は、もう一度つきあいたいと言った。今は落ち着いて考えられないから離婚してフリーの立場になって考えてみたい。妻は私以外の男性とは絶対、再婚しないといった。しかし、私は離婚したら今まで我慢してきたこと、努力していたことが一気に爆発してしまい、きっとつきあうことはできないだろう。でも、妻が子供と会いにくるのはいつでもいくらでも制限しないから。といった。いつでも遊びにきてください。でも、子供は私が育てるという意思をはっきりと伝えたつもりである。妻は、やはり一大決心がいるらしく、ずっと泣いてばかりいた。しきりに抱きついてきた。こちらもいままでそうしてきたとおり、最後までやさしく、抱きしめることにした。
2005年01月25日
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12/24 最近、妻の態度はかわってきた。あまり、うるさいことはいわなくなった。無視も格段に減った。多分、かなり気をつけているのだろう。しかし、一向に手紙をくれる気配はない。おそらく、迷っているのだろう。そこで、夜、手紙はまだかと聞いてみた。年内に結論を出すのにはタイムリミット限界だと思ったからである。最初は、来週ねとあいまいな返事をするので、それではダメ。離婚するなら、家を探さなくてはならないし、やり直すなら実家に話をしにいかなければならない。もう2週間待ったのだから、いいかげんに結論を出そう。もし、迷っているのなら、もう無理だと思うので離婚しよう。結論が出ているのなら早くはっきりさせよう。ときっぱりといった。ほんとにこれが、最後。いままでやり直そうと何度も話をし、その都度、うらぎられてきた。だから最後にもう一度、くいのない、結論を出そう。妻はわかった日曜日に手紙を渡すといった。私もこれを了承した。それを見てから、私も判断することにしよう。日曜日が楽しみやらこわいやら、複雑な気持ちであるが、今なら冷静な判断が下せそうな気がする。
2005年01月24日
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12/17 妻は先日、私が腹をきめて話をしてから少し態度がかわってきた。多分、大いに彼女なりに迷っているんだろう。一緒の部屋にいても逃げなくなったし、短い会話もするようになってきた。夜、彼女は寝床で、こんなことをいった。「メールをしようと思ったけれど、メールでは書けないので、手紙でもいい?」私は「別にいいけど、メールでは書きにくい?」ときいた。妻は「うん」というので、「別にいいよ。でも、返事はメールになるけどいい?」ときいた。それは妻も「うん」といった。ようやく心が決まったのであろう。まあ、楽しみにまつことにしよう。離婚というのは、大きな決断だ。考えて考えて考え抜いて決断しなければならない。でも、本当に今回は努力もしたし、十分考えもした。できるだけのことはしたつもりなので、もう悔いはない。
2005年01月23日
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12/14 義母に、「先日、母が失礼なことを言いまして。と謝りをいれると、そんなことはない。あたりまえのこと。むこうの両親もうまくいってほしいと思っているはず。」と答えた。あまり母の意図が伝わっていないようだったので、なぜ、私がこんな気持ちになってきたのかを次のように話をした。「なんどもやり直そう。」と話をしても返事が返ってこないこと。先日のイベントの後も、ねぎらいの言葉ひとつなく、こちらが本当に困ったときでも「来年は絶対手伝わない。」といいきったこと。つぶやきニュース配信についても「お父さんの仕事に全く興味がないので、コメントといわれても困る」と言い放ったこと。毎日、3~4回は無視すること。自分が夜中に下におりると、あわてて携帯を隠しにくること。いまでも携帯を隠しまくっていること。義母は、それらはすべて心が離れているから。今は次女の受験のこともあるし、もう少し冷静になって考えて。といった。至極当然の意見ではあるが、私自身もどうしてここまで言いたい放題されて、我慢しなければならないのかがわからない。といった。本人が浮気をし、それを断腸の思いで、許そうとしているのは、こちらなのに、そんなことはおかまいなし。自分のいいたい放題であること。そうこうしているうちに、義父がおりてきた。義父は、私が夜遅くまで働き、土日もなしに働いた結果、こうなったのだ。と言い放った。とにかく、義父はわが娘がかわいいが上に何を言い出すかは全くわからない。普通の話が通じない。また、義母も義父もいま離婚したら経済的にどうするのかと、お金の話でひきとめようとしてきた。養育費も払わなければならないし、などというので、今のところ子供はひきとるつもりです。と答えておいた。そこのところははっきりとしておきたかったから。最後は、家を出てしばらく考えなさいとのことだったので、正月を過ぎると家をでようと思う。それですっきりとするであろう。しかし、それまでに子供たちに話をする必要がある。いつ話をしようか迷っている。
2005年01月22日
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12/13 昨夜、妻と覚悟を決めて、いろいろと話をした。きっかけは、この数日、妻の機嫌がすこぶる悪く、無視と冷たい対応にほとほと嫌気がさしていたからである。しかし、喧嘩になるのは嫌なので、横に寝て、ゆっくりと話をし始めた。「なんで、最近、急に機嫌が悪くなったの。」妻は予想通り、「そんなことないわ。なんでそんなこというの」ときれて見せた。もうこの対応には慣れっこである。「これが普通やったら、毎日気分が悪くて仕方ないわ。ちょっとしたことでもつっかかってくるし、話はずっけんどんやし、同じ部屋にいたら10秒でほかの部屋にいくし。これは、誰がみても普通やないわ。どうしたんや。」すると、妻は「むこうのお母さんに言うたん。すごくおこっているて聞いて、もうお正月もいかんとこと思っているねん。」「そんな目で見られていると思うたら、いく気せえへんもん」「お父さんもすごくおこっているらしいけど、当分はいかれへんな」とまるで相手が悪いとでもいいたげな口ぶり。私も「ということはずっといかへんっていうことやな」と強くいった。そして、今回、行かないということは離婚につながるんだということをはっきりと妻にわかるように話をした。そして、抱きしめながら、今までの妻の対応や、自分がどれだけ傷ついたかをゆっくりと話した。今まで一生懸命愛情をもって接してきていたことも、話をした。しかし、ときおり、妻はひらきなおり、結局すべて私が悪いのでしょうと、逆切れをする。自分が悪いとおもっていない証拠である。私は、私が傷ついていることに対して、傷つけて申し訳ないという気持ちは全くないのかと尋ねた。当然、返答はない。おそらく、私を傷つけたことよりも、自分が悪く言われることの方が腹がたつのであろう。だから最後は、期限をきった。今回、正月に向こうにいかなければ、離婚。やりなおせるか、もう一度しばらく考えなさい。もし、やりなおせると思うのなら、自分の悪かったことを素直にあやまりなさい。そうすれば、必死で俺が守ってやる。できなければ、それは仕方がない。でも、今回はあなただけが考えるのではない。私も考える。今までと同じなら私も限界だから・・・。もう口だけのやりなおすは嫌。仮面夫婦も嫌。字尾所の受験のことは心配しなくていい。責任をもってなんとかするから。いろいろ話をしているうち、かなりふっきれてきた自分に気づく。こんな不条理な話は、もうやめにしたい。妻は、正月までには結論は無理だといった。私はそれなら私が結論を出すといった。もう彼女のわがままにつきあいきれない。あとは、子供のことだけだが、それもなるようにしかならない。責任だけはきっちり果たそう。
2005年01月21日
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11/27 妻の機嫌がすこぶる悪い。話をしても無視ばかり。気分が悪い。日記にかかなくては、寝られないので日記に書いて気分をおちつけることにした。私が1階におりると、寝ていたにもかかわらず、それを追うように、あわてて下に下りてきた。そして、歯を磨いて、部屋にはいってきて、さっと携帯を隠した。もうあやしいなんてもんじゃない。間違いなく続いている。もう、信頼関係は築けないだろう。その後、あまりに腹がたったので、「部屋に帰って、そんなに俺が信じられんのか」とどなった。「なにが」と聞いてきたので、「それだけだ」といって、寝た。あとで、妻が「寝られへんやろ」といって、布団に入ってきて、いつもの懐柔策をとろうとしたので、拒否をした。「何度も人を無視して、人が腹を立てて下へいくと、すぐに携帯を取りに来る。あやしい行動と自分でも思えへんか」「これからは、腹がたったら、腹がたったとはっきり言う。無視されたら腹が立つのはあたりまえ。あわてて携帯をとりにくるようなことをすると、疑いたくなるのもあたりまえ」最初は、下におりたのは、はみがきを忘れてたからと言い訳をしていたが、あまりに私が怒ったので、「それは仕方がない、自分の中で携帯を見られたのは、大きな傷としてまだのこっているんだから。」とあわてて携帯をとりにきたことを肯定し始めた。私は、以前から言っているように、携帯を調べたことを許してくれとも思わないし、悪かったとも思っていない。自分は間違ったことをしていないと思っている。とはっきりといった。もう、離婚してもいいという気持ちが固まったので、何でもいえる。妻は、電気の消し忘れのことを持ち出した。「あれだけいってるのに、まだ電気の消し忘れがなおらない。直す気がないからいやになる。」私は、「部屋中に何枚も〔電気〕という張り紙をして一生懸命直そうと努力しているけれど、直らない。直さないでいいとは全く思っていないし、本当に自分自身で困っているけど直らない。でも、それをとりたてて、いやになるんだったら、これからもずっといやのまま。もうだめだと思う」といった。妻は、そんなことは、ない「絶対直るって」と急にとりなおそうとした。「これだけ信じようと努力している人間に、どうして自分を信じさせようという努力ができないんだ。」と聞いたら、「お父さんが、電気の消し忘れができないように、私にとっては、自分を信じてもらおうとすることができないの!」とよくわからない返事がかえってきた。「最後に本当にやりなおす気があんのか」ときくと、「やりなおそうと思っているから努力しているんやろ」と返事がかえってきた。どんな努力をしているのかわからないが、私には見えない。でも、努力しているらしいので、話はそこでおわりにした。11/29 久しぶりに実家に帰ると、叔母が、乳がんになったと知らされた。さすがにショック。叔母は、うちの両親にとっても最もたよりになり、大切な人だからだ。妻に期待できない今、叔母の乳がんは、大きな衝撃を与えた。妻とのことを両親にきかれ、話をすると、父は相当に腹がたっており、母も、もう顔も見たくないといっていた。早く離婚しなさい。という両親に対し、ちょっと待って、子供のこともあるし、次女の入試もあるしと、私が懐柔している。通常、本人が離婚を主張し、親が冷静になれとなだめるのだが、うちは、反対だ。でも、いろいろなことを話をしても少し冷静になれるようになってきた。あきらめと、愛情が薄れてきたことだけは事実だと思う。11/30 ここ2~3日、妻の機嫌がすこぶる悪い。叔母のことを言っても、ふ~んだけ。全く機嫌が悪くなったら人にあたるし、他人のことなど全く考えられなくなるんだから。もうどうでもいいと思った。12/1 朝、久しぶりに寝床に入ってきた。前日、私が機嫌が悪かったので懐柔をはかろうとしたのだろう。例のパターンだ。私はこの2~3日なんで機嫌が悪かったのかときいた。最初は否定していたが、3日前の話が尾をひいていたらしい。私は「あなたは、そのときは、ごめんと謝ったのに、結局、自分は悪いと思ってないんだね」といった。すると、また、電気の消し忘れのことを言い出したので、「それが気になるんだったら、もう無理や。これは、簡単にはなおりません」と同じことの繰り返しであまりに腹がたったので、厳しめの言葉でいった。もう、いやなことは、いやといおう。我慢はしないでおこうと心に決めたから。妻はまた、いつもの懐柔策をとろうとしたが、私はそれには乗らず、また夜に話をしようといった。
2005年01月20日
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12/7 昨日、母から電話があった。義母から母に?電話があったらしい。お歳暮のお礼ということらしいが、やはり我々の話になったようだ。義母は、「いろいろあったが、今のところ二人で頑張っているようです。最近は落ち着いているようですので・・・」といったらしい。そこで、私の母が私の今の気持ちを義母に説明してくれたようだ。決して、今うまくいっているのではなく、全く気持ちが伝わらないことに、また、いつもひどい言葉ばかりを投げかけてくる妻に、私が嫌気がさしかけていることを。最近、私は、急に、妻が私を前のように極端に避けることをやめ、こたつにはいって、話をしたり、夜寝るときも、私の会社の話をしはじめるので、とても不思議な思いをしていたのだが、この話をきいて、なるほど、妻は義母に何かいわれたんだなということを察した。しかし、おそらくそれも、本心からではないだろうから長続きはしないだろう。最近、とても冷めた気持ちになっている自分がいる。自分でとても嫌なのだがこれも自己防衛本能が働いているのかもしれない。おかげで妻の言動に対しても以前のように腹がたつこともなく、ああ、またかと流せるようになった。それだけ距離ができたということだろう。しかし、どのタイミング子供に相談するかをとても迷っている。離婚するなら早いほうがいいのだが、受験のこともあるし、子供にとってはとてもつらいことだから・・・やはり、心は痛む。最近、以前の2人に戻ったような気がしている。この事件がおきる前の2人に。でも、よい意味ではなく、悪い意味で。今年、私はずっと妻に対するストレスを感じていた。心の通じないストレスをだ。その意味で、今は心が通じないことにたいするあきらめがある分、以前より楽ではあるが、2人の関係は以前よりはるかに冷めているあろう。この関係をいつまで続けるの・・・誰か教えて!
2005年01月19日
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12/2 今日の夜中、寝床に入ってきた。全く、気持ちが感じられないのにと思いながらも、拒否はせずに、一緒に寝た。起きているときと、寝ているとき(寝床に入っているとき)のギャップがなんともいえない。おそらく、スキンシップですべてを解決しようとしているのだろう。でも、気持ちの入っていないスキンシップというのは、風俗と一緒のようでとても寂しい。とにかく、おきている間は、全く会話にならない。何かを話しても、不機嫌そうな言葉でひと言いうと、3秒後には違う部屋にいってしまう。まあ、全く無視ではなくなった分、ちょっとは進歩か?でも、こんな生活、むこうも嫌だろうなと思うんだけど・・・実家に帰ると、両親はあいかわらず、大変おこっている。これ以上話をすると父の体調がさらに悪化するかもしれないので、しばらくそっとしておこう。今日、母は、われわれのことを叔母に話したようだ。大分、長い間隠していたが、明日から乳がんの治療が始まるということで、仕方なく話したのであろう。叔母に電話をすると、自分の病気よりあんたのことの方がもっとショクやわ。といっていた。今、離婚を最終的に決定する最終段階にきていると思う。もう一度、この日記を読み直し、今まであったこと、自分が努力してきたこと、それに対する妻の対応、子供のこと、双方の両親のことなどを整理したいと思う。今日は、子供といろいろな話をした。子供と話をすればするほど、離婚しにくくなる。でも、二人の気持ちはどんどん離れていっている。どうすればいいのだろう。
2005年01月18日
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11/23 今日、我々の会社が主催した市民イベントを実施した。妻は2ヶ月前からの約束で、朝から受付やレイアウト等の仕事を手伝ってくれた。イベント自体は人数も200名程度集まり、いろいろと失敗もあったが、まあ、成功といえよう。仕事としては、今後順調に運ぶ試金石になったイベントだったと思う。イベント終了後、妻を半ば強引に食事に誘った。会社の近くのやや高級な創作料理の店である。そこで、今日のイベントの内容や意義、反省点等を話をしていたが、妻はほとんど興味がなさそうで、ただ、聞き流しているだけという感じであった。場所の共有ができたので、もう少し話しに乗ってくれると思ったのだが、期待はずれだったようだ。それどころか、来年は絶対にいきたくないといわれた。どうしても困ったときは、助けてね。といっても、いやです。辞退します。といういつものパターン。いやなものはいやなんだという強い意志が先に立ち、協力するとか、困ったときにはお互いに助けるということは一切考えられないという態度である。今に始まったわけではないが、あらためて聞くとやはり少しは腹がたつ。次に毎日、会社での出来事やうれしかったこと、悲しかったことを綴った、8回続いた「つぶやきニュース」について聞いてみた。すると、「お父さんの仕事には全く興味がないので、感想を求められても困る。」という返事。じゃあ、送らないほうがいいのという質問に対しては沈黙。まあ、直接、送るなとはいえないので、沈黙したという感じである。「もう、送らない」というと、また沈黙して、別の話題へ。完全に私の努力は、否定された感じだ。最後に、ひとことだけいっておいた。「なぜ、あのメールを送ったか。それは、少しでも自分の仕事を理解してほしかったから。」妻は「それはわかるよ。」といった。でも、興味がないので仕方がないという意味である。そこで、私は、なぜ、興味を持ってほしいかを話した。「自分ががんばっている姿は、他人に理解されなくても、妻や家族にだけは理解してほしいものだ。それが、理解してもらえなければ、自分は、単にお金を持ってくる国民年金になってしまうから。何度も自分は何のために働いているんだろうと考えた。家族の年金になっている自分が情けないと何度も感じた。」といった。妻は無言である。とにかく対応を見ていると思いやりやなんとか同調しようという努力は全く見られない。家族とは何なんだろう。夫婦とは何なんだろう。やはり、考え方が根本的に違うのだろう。かなり大きな脱力感を感じた。また、体調が悪くなりそうだ。もうダメだと思う。11/25 また、2kgやせていた。どこかすでに悪いのかもしれない。でも、このまま悪くなると妻の思う壺だ。がんばらなくては。最近、長女にいつ相談しようか。そればかり考えている。やはり、離婚しようと思うのであれば、早めに長女にだけは相談しておきたい。しかし、長女も思春期である。あまりに大きな負担をかけることに少し不安がある。でも、相談せずに決めるのも問題だ。どうしよう。
2005年01月17日
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11/12 妻への「今日のつぶやきニュース」の配信をはじめた。日々の出来事を言葉で話しても会話が続かないので、メールで配信するものだ。内容は会社での出来事や日々感じたこと。最初は一方的でも、何か感じるものがあればと思ってはじめてみた。おそらくこれが最後の努力であろうと思う。これで心が通じなければ、もう何をやってもだめであろう。将来のことを考えて決断するしかないとおもう。今日、11月25日~30日(27日を除く)の5日間で4時間、時間が取れる日がないかと聞いてみた。目的は映画を見にいくこと。しかし、妻の返事は4時間取れる日は無いとのことであった。予想はしていたが、やはりショック。その気になれば、4時間くらいは作れるものなのだが、その気がない人にとっては3時間でも2時間でも意味のないことであろう。断ってすぐに妻は抱きついてきたが、こちらが萎えてしまっているので、しばらくそのままにして、眠りにつきそうになったころ、寝床を出た。この日記をかかなければ落ち着かないと思ったからだ。でも、以前ほどショックは少なくなった。考えようによれば、愛情がどんどん冷めていっている証拠なので、ちょっと複雑ではあるが。「つぶやきニュース第一号」 今日から「つぶやきニュース」を配信します。会社であったことや、日々感じたことをメールにして配信するものです。特に返事は必要ありません。 もちろん、感想やご意見をメールいただくのは大歓迎です。このつぶやきニュースを見て、少しでも何か感じてもらえればうれしく思います。なお、配信は毎日とは限りません(^○^)うれしかったこと。今日、23日のイベントに市長が出席するという連絡をもらった。ようやく我々のイベントが認められたという感じだ。この機会を利用して、来年は市の仕事がとれるようなればいいと思う。PRする方法を考えておこう。パソコンの先生の件で、クレームがあった生徒に連絡した。ご迷惑をかけたが、水曜日に別の先生でクラスを作って、みんなそこで、喜んで学習していることを伝えると「先生の声を聞いてやる気が出てきた。腰が痛いのでしばらく休もうかとおもっていたが、来週からがんばります」という言葉。一生懸命話をすれば、伝わるものだ。また、水曜日に移ったもうひとりの生徒も、今日、教室にきてうちでパソコンを購入してくれることになった。雨降れば地固まる。これからも誠心誠意がんばろう。日曜日、晴れそう。最近、雨男と化しているが、今回は汚名返上となりそう。もりあげるぞ!幼児の入会1人。絵画と習字だけ習うんだって。男の子が少なかったのでよかった。悲しかったこと。囲碁教室に囲碁クラブをやっていたときのお客さんがきているが、今日、久しぶりに教室をのぞいてみると、教室内でタバコをすっていた。女性の生徒さんもいる中だったのに、管理ができていなくて本当に残念だ。先生も以前の囲碁クラブのお客さんだから遠慮していたのだろうが、やはりけじめは、つけなければ。
2005年01月16日
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11/2 昨夜、妻の行動がまたあやしかったので、妻に本当に信じていいかと聞いた。妻は予想通り答えは返さない。何度か重ねてきくと「それは、前にも答えた。まだ信用されていないと思うといやや。」とキレルしぐさを見せる。信用できないのは仕方がないと思うのだが、ここでキレルのは、いつものパターンなので、やっぱりまだ信用してはいけないのかもしれない。妻に「俺がまた携帯電話を見ると疑っているやろ」というと、「それは仕方がない。自然とそんな気持ちになるんやから。この傷はずっときえへんわ」といった。おれが、「信用してもいいか」とききたい気持ちはわからないが、自分が俺を携帯の件で疑うのは仕方がないという。全く自己中心的な考え方だ。疲れた。まあ、これ以上話しても仕方がなので、もうきかへんから1度だけ答えてくれといった。本当に信じていいか。「ウン。」絶対か。「・・・」沈黙。絶対やったら、絶対って言って。と言ってみた。するとまた、沈黙。私の心はがっくり。またこのことで、20分が過ぎる。脱力感ばかり。最後にはしぶしぶ絶対という言葉は言ったが、やはり信用することはできないだろう。こんな状態いつまで続くのかなあ。もういやになってきた。人を信じられないというのは、こんなにもつらいことであると今更ながらに痛感している。いったい何が悪かったのか。性格の不一致というのはおそろしいものです。11/4 久しぶりに実家に行った。実家の両親も大変に心配しており、というよりは、妻に対する憤りが極限に達しており、すぐにでも離婚せよといっている。まあ無理もないと思う。実際、自分自身が今の状況でいいのかどうかわからない。とにかく何も信じられないから。次女の受験が終わるまでは動かないつもりというと、再婚相手を探すからできるだけ早く離婚したほうがいいよと言われた。同感!両親と話をしていると妻への思いがどんどん冷めている自分に気づく。裏切られ続け、とうとうここまできてしまった。11/7 最近、普通に生活している。私は全く妻の行動を関知しなくなった。妻もいつも通り、部屋に携帯をもってこもっているが、もうどうでもよくなった。また、妻も私と同じ部屋に1分もいようとはしない。冷めた夫婦である。多分、このままどんどんお互いに気持ちが離れていくだろう。朝はあいかわらず布団に入ってきてスキンシップははかっているが、気持ちが通じていないのでやや違和感がある。まあ、肉体的には溜まらない程度に解消できるので、ありがたいが精神的には癒されないなあ。誰か私の心を癒してください。
2005年01月15日
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10/31 妻と三女と3人でイトーヨーカドーへ外出した。このごたごたがあって以来、まともな外出は初めてである。最初は、あまり乗り気ではなさそうであったが、三女を一緒につれていくということで、しぶしぶ承諾したという感じであった。イトーヨーカドーでは、基本的に別行動であったが、まあ、とりあえず一緒に外出したということで、少しは一歩すすんだというところか。しばらくは、子供と一緒にでかければ、少しずつぎこちなさがなくなってくるのではないかと思う。しかし、こちらの話はいつもうわの空できいているので、返事が2回に1回しか返ってこない。気持ちが通じないというのは、まったくつらいものである。いつも妻からまた裏切られるのではという不安がよぎる。というよりも、今でも裏切っているような不安が頭から離れない。妻は携帯電話をかなり意識しているようで、それは以前とまったく同じ状況である。しかし、今度裏切っていれば完全に離婚になる。子供のことを考えると本当に恐ろしいことである。でも、信じられているかというと、今のところ信じられていないというのが正直なところだ。しかし、いろいろと調べるのはもうよそうと思う。今まで調べたのは、なんとか元に戻そうと思ったから。今回は元にもどることはないので、調べる意味がない。裏切られているかどうかを確認するだけならあまり、意味がなく、いずれにせよ、つらい思いをするだけだから。明日から11月である。月がかわり、事態が少しでも好転することを願おう。(あまり期待はできなさそうではあるが・・・)
2005年01月14日
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10/28 昨日、次女の五木の模擬の結果を見た。あまりの成績の低下に愕然とした。本人もかなりショックを受けているようで、相談した結果、自分が勉強を見ることににした。この結果は、我々夫婦のごたごたが、影響していることは間違いない。子供に対する責任としてできるだけのことをしてやりたいと思う。朝、妻が寝床に入ってきたので、その件について話をした。次女が成績が下がったのは、自分たちのせいだと思うと、私が言うと、最初、返事はなかったが、やはり認めているようだった。これは、いい機会だと思い、ずっと聞くのをためらっていた質問をしてみた。「俺は最後にもう一度だけ、おまえを信じてみようと思うけど、大丈夫か」やはり、不安が的中し彼女の答えは、嘘をつくときの典型的パターン「いまは、信じてへんの」と、質問を質問で返す内容であった。過去6回すべてこの返事であったため、実際は落胆したが、こんなところで喧嘩をしても仕方がないので、その言い方はだめだよ。と教えてあげた。人間は嘘をつきたくないので、うそをつかなければならなくなったら、質問を質問で返すんだよ。というと、そんなん知らんわと答えた。おそらく、まだまだ隠していること、嘘をつこうとしていることがあるのであろう。これが信じれるようになる日は来るのであろうか。しばらく、だまされても様子を見てみようと思う。しかし、それに続けて、もし、今度裏切ったら、必ず裁判をすると、彼女には言っておいた。相手にも慰謝料を請求する裁判にするけどいいか。ときくと、このときは、うんと答えた。何か抵抗すると思っていたので、ちょっと意外であったが、完全には信じられない自分がいるのが、つらい。確かに、やりなおす努力はしているようには、みえる。たとえば、夜、寝床に入ってくることや、無視することが少なくなったこと、きれることが、なくなったなど、随所に努力は見られる。しばらくは、様子を見るしかないか。でも、浮気が今度発覚したら、絶対に許さない。過激になる自分をおそらく抑えられないと思う。
2005年01月13日
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10/25 知人のライブに誘ってみた。香里園でたった2時間の内容である。しかし、やはり妻の答えはNOであった。理由は特にはないが、私とは外出したくなさそうである。こんな状況では事態は決して好転はしないだろう。相手にその気がないのではどうしょうもない。10/26 友人に相談してみた。やはり外部から見ると私はよほどのお人よしでありそうだ。妻が改心する可能性はあると思いますかと聞くと、100%ないと思うといわれた。2ヶ月で6回も裏切る人が7回目で改心すると思うかと聞くと、まずないとのこと。できるだけ早く離婚したほうが、幸せになれるんではといわれた。理屈ではわかっているのだが、子供のことを考えるとふみきれない。ほんとうに情けない。妻はまだ浮気をしているかもしれないと考えるだけで、精神的にとてもしんどい。心から信じることができない自分がとてもつらい。もう口から妻に対して出かけている質問があるが、こわくていえない。簡単な事。「本当に信じていいのか」この質問が怖くていえない。もし、うそをつくとしたら、次のような返事が100%返ってくる。「信じられないの?」今までと全く同じ返事である。人間は自ら進んではうそはつきたくないらしい。だから、うそをつかないように、言いにくい回答は質問にして返すのだそうだ。確かに過去は100%そうであった。もう、そんな質問ができないほど、妻のことが信じられなくなっている。いつか、信じれる日が来るのか?期待は薄だが、しばらくは様子を見てこちらからは、あまり刺激的なことは言わないでおこう。
2005年01月12日
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10/23 今日、妻はやりなおそうと言った。やっぱり家族が大事だからと。どこまで本気かわからないがとりあえず、子供のことを考えてやり直す努力をしようとは思う。しかし、妻の本心がわからないうえに、信じきれるか本当に心配である。その話をしてすぐに、妻は 今度の土曜日、高校の友達と会う約束の話をしはじめた。まあ、それはいいかなと思っていたら、次に、その友達と2人で東京ディズニーシーにいきたいと言い出した。この時期によくそんなことがいえるなぁと、心から思った。今の時期は、二人の関係を修復していくために、お互いに多くの話をし、理解しあう時間が必要ではないだろうか。そのために、私が一生懸命2人で旅行に行こうと誘っても、さまざまな理由をつけて断るのに、ちょっと電話で話しただけで、どうして、こんなときに、そんなことがいえるのだろう。やはり、反省は全くできていない。というか、本当にやりなおす気があるのか、大変に疑問である。
2005年01月11日
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10/19 妻が突然、私に対し「あなたは、裁判をしようと思っているの」言った。私は「裁判ではなく調停だ。」と答えた。妻は調停を嫌がっている。離婚するのはいいが、お互いにきれいにわかれようといいたそうだ。そんなことができるはずがない。今回のことは、きっちりと調停に出し、専門家の一般的な結論に持っていかなければ何を言い出すかわからない。断固、拒否した。さらに今回の件で、私は徹底的に妻の浮気を非難した。浮気を認めようとしないそぶりを決して許さなかった。最後は、妻は泣きながら「そんなきついことは言わないで」といったが、私はもうこんなところで優しさを出しても相手はなんの感謝もしないのだからと思い、自分の言いたいことをきっちりといった。すると、妻は軟化をしてきて、「今離婚するのはいやだ。もう少し考えさせてほしい。」といった。私はもう待てないといった。私が今日、結論を出そうというと、長女の中間試験が終わるまでまってほしいといいだした。長女が中間試験が終わるのは今週の土曜日。それぐらいなら待ってもいいだろう。おそらく覚悟を決める期間が必要なんだろうと思う。私が出した条件は次のとおり。やりなおす努力をお互いが必死でする。さめた夫婦になるのなら今、離婚する。ガイドヘルパーはいやだ。それができるなら二人で必死でやりなおそう。どうなるかはわからないが、私の心は決まった。10/22 最近、妻の態度は変わった。というか努力をしている姿はよくみえる。しかし、あいかわらず、メールは頻繁にやっているようなので、もしかしたらN本さんとは切れていないかもしれない。まあ、あと1日のことだからどうなるか見守っていこう。離婚するなら、メールなんか関係ないからね。子供のことだけが気になる。長女と次女にはそのまま説明するが、まだ5年生の三女にはなんと説明すればよいか。来週は忙しくなるかもしれない。
2005年01月10日
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この日記を初めて見ていただいたかたは、ぜひ、下欄の日記一覧をクリックいただき、最初から読んでみてください。激動の数ヶ月間が手に取るようにわかっていただけると思います。事実は小説より奇なり。まさにそれを実感した数ヶ月でした。10/14 妻ともう一度、向き合おうと、再度話し合いを持った。しかし、平行線。なんと、妻は「今回の件は私だけが悪いの」と開き直り始めている。妻によると、まだ、「携帯をチェックして自分をどん底にひきおとした」と自分の非を相手の非にすりかえている。しかも、いつ携帯をみられるか、心配だし、信じられないともいった。しかし、何度かやりなおそうという言葉をかけてみたが、いつも沈黙。妻は、この件にふれずに普通に日々の生活をしていくなかで癒されないかと考えているらしい。それもわかるが、私はともに頑張ろうとしているという実感が欲しいだけだ。なぜなら、前回も同じ話でまとまったあとも、結局、N本さんとつながり、秘密で会ったりしていたのだから。こんな状態で相手を信じろというほうが無理なのだ。さらに、妻は「私は浮気をしたつもりはない」と言い放った。別れるのに、わざわざ日帰り旅行しなければならないのに、浮気をしたつもりはないという神経。重ねて私のどんどん痩せていく様子に対し、次のように言った。「お父さん、もっとしっかりご飯を食べて。ご飯を食べなければ私がみんなに悪くいわれるから」今日は、はっきりと妻への愛情が冷めていくのを感じた。私は別居を申し出たが、こどものためにもう少し頑張ろうと妻からいいだした。でも、私の精神はすでに限界がきている。近々、離婚に向けて話を進めていこうと思う。夜、妻が私の寝床にはいってきたが、性欲は全くでなかった。お互いに完全にさめてしまったのかと思うと寂しい。こどものことをどうするか、よく考えよう。10/18 妻の母に、もう我々はだめだと思うと話をした。そして、妻が私に言った言葉をもう一度話してみた。「私は浮気をしたつもりはない」「お父さんが食べなくて、体をこわしたら、私が責められるからご飯は食べて。」私は別居したいと訴えた。妻の母は、子供のことを考えてよ。といったが、私の我慢も限界を超えたと話をした。妻の母は、妻と妻の両親で、もう一度話をするから少し待ってくれといってその場は終わった。
2005年01月09日
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10/11 とてもいやな1日を過ごしたので、気分が悪く、やはりこのままではいけない。前向きに頑張ろうと決心し、急いで家に帰り、妻の前にたった。「昨日はいろいろいって御免、俺もいらいらしていて、十分な判断はつかなかった。でも、ようやく整理がついて、前向きに頑張れるように思えた。これからしっかり二人で、やりなおそう!」と妻に言った。すると、なんと妻は目を合わすことなく、「決心はついてへんかったん。」といった。「昨日はいろいろと言ったのは、いらいらしていたから、その気持ちはわかってほしい。でも、今日はすっきりした。いっしょにもう一度一からやりなおそう。」ともう一度いった。でも、妻はテレビから目を離さず、返事もしない。「大切なことだから目をみて話をしてくれ」といったら、「テレビがいいとこだから」といって、こちらを向かない。また、気分が大きく滅入ってしまった。それからの会話はいつもと一緒で平行線である。10/12 妻の母から、妻がまたガイドヘルパーを始めるつもりであると聞かされた。がっくりした。やはり、全く反省していなかったか。私の気持ちなんかなんとも思っていなかったのかのかと思うと、強い憤りがこみあげてきた。本当にもう駄目だと思う。
2005年01月08日
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10/9 我が家に犬がやってきました。A香が世話をするパピオンという犬です。なんと20万円もしたそうです。この犬が幸福をつれてきてくれることを心から祈っています。明日はいよいよXdayです。早く明日が終わってほしい。もうこんな生活は嫌です。10/10 妻がN本さんと琵琶湖へでかけた。一日繁華街でうろうろしようと思ったが、気分が滅入り、実家にかえることにした。実家の両親は、私以上に頭にきており、離婚をすすめている。私自身もこの後の展開しだいで、離婚の覚悟が徐々に固まってはきている。しかし、子供のことがどうしても気になる。これは、仕方のないことだろう。夜、妻がN本さんときっぱりわかれたと言った。N本さんは、わかってはいたが、やはり直接わかれてくださいといわれるのは、つらいといったそうだ。恋愛感情に発展したのは、8月の中旬に、嘘がばれて仕事にいけなくなった頃からだと妻はいった。しかし、今回、天の橋立にいきたいとか、琵琶湖を1周したいとかいうのは、その前に思っていたことで、今回、このような結果にならなくてもいずれは、恋愛感情に発展していたんじゃないかときくと、そうかもしれないと妻は答えた。妻の言葉からごめんなさいの一言が欲しかった私は、自分の今まで苦しかった気持ちをそのまま伝え、これから一緒に頑張ろうという言葉をかけた。しかし、なんと妻の言葉からは沈黙しか得られなかった。まるで、もう別れたんだから文句は言わないで、とでもいいたげな様子である。その後、いろいろ話をしたが、やはり平行線。気分が悪いまま次の日を迎えた。
2005年01月07日
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10/7 妻の両親に、妻との話し合いの結果を伝えました。両親は天の橋立には、反対であるといいました。妻と妻の父親と話したときも、許さないといわれたそうです。とにかく3日間は会うなといわれたとのこと。でも、そんなことで冷める関係では既にありません。私は妻にもう一度いいました。天の橋立はちょっと日帰りには遠すぎる、もっと早く帰れるところにしなさい。そうすれば、俺がもう一度、両親にかけあって、認めてもらうようにするから。何か、妻の浮気相手と、妻がいっしょにデートするお願いを旦那がするのも、変な話であるが早く結論を得たいと思っている私にとっては苦渋の選択でした。そして、次の日、妻の母親に、8時頃帰るところに変更するといっているので、許してあげてください。このまま放っておいてもまた、嘘をつくだけだから。今回は正直に会わしてくれというだけましでしょう。それで結論が出ればぼくはそれに従うので。といいました。義母はあなたがそこまでいうのなら、義父に相談して、許してもらえるようにするからといってくれました。そして、次の日曜日妻が最後の別れ(予定)のつもりで、N本さんと琵琶湖1周することになりました。N本さんと連絡をとった内容を聞くと、N本さんはまだ、別れる事に納得していないようです。妻はそれでも、絶対別れてくるから信じてほしいといいました。今は不安がいっぱいですが、その言葉を信じようと思います。もう嘘をつかれるのは、絶対いやだ。人間の尊厳をこれ以上傷つけられるのは、もう嫌だ。心底、そう思います。
2005年01月06日
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10/5 今日は、朝から病院にいって、診断を受けてきた。体重激減の原因は、やはりストレスでしょうとのこと。本当に体がだるい。しかも仕事をする気がおこらない。もうこのままだったら、駄目になりそうだ。あと2~3日しか体がもたないかもしれない。精神的に相当ダメージがきている。明日はXdayになるかもしれない。最後の手段をどうするか。私がN本さんに電話をするのか、長女にメールをさせるのか。いずれにしても修羅場と化すかもしれない。好きあった男女を別れさすというのは本当に難しいものであるとつくづく感じる。10/6 私の悪い予測は見事当たってしまった。今日、妻はN本さんに会いに朝から電車で彼のもとに向かったらしい。午後、それがわかり義母とも相談したが、結局、N本さんに電話をかけてみることにした。N本さんは、妻とは会っていない。としらばっくれるばかり。私も話をしたら最近は、全く連絡がとれていないというばかり、あまりの嘘つきにこちらがとても疲れてしまった。妻を正気に戻させるのは無理かもしれない。ここまで相思相愛の仲になった男女をどうやってわかれさせるのか。妻の父は、私のこれらの行動に激怒した。そこまでおいつめる方法をとったら、逃げ場がなくなり、無茶苦茶になってしまう。自分にも相談しろ。と。言い分もわかるが、こちらもこれだけ連続で裏切られたら精神的には立ち直れないダメージが残る。もう相手の逃げ場など考える余裕もなくなるのだ。帰って、妻と話をした。妻はまだN本さんとあったことがばれているとは知らなかったので、さらに堂々と嘘をついた。「友達とボランティアでガイドヘルパーの仕事を立ち上げて、今日は最初の仕事やったの。それがばれたみたいね。奈良の人で**さんという人を男山の病院につれていくガイドヘルパーをやってたんだけど、それを隠していたのも、いやなんやろ。」ととても冷たい口調で言い放った。思いたくはないが、人間の質というのに関係してくるのであろうか。ここまで平然と嘘をつき、しかもそれが、相手を傷つける言葉の連続であるといういのが、彼女の良心はどこに消えてしまったのだろうか。「N本さんとあってたんやろ。わかってんねんで。」「違うわ、またそんなこと言って、信じられないのだったらもうええわ。」いつものフレーズが飛び出した。このフレーズが飛び出すと嘘をついている可能性100%である。疲れて、情けなくなって、私は再度、妻に証拠をつきつけた。妻は、一時絶句して、「そこまで調べてて、やりかたが卑劣やわ!」自分のことを棚にあげてよくそんなことがいえるなと思う。「こちらのやりかたが卑劣というのであれば、こんなに何度も裏切りを繰り返すのは卑劣じゃないのか?卑劣な人間に卑劣とはいわれたくない。」といっておいた。しばらくすると妻は観念したようで、「逃げ場がないからそっちにいってしまった。私を責めるから、逃げ場がほしくて、しらない間にN本さんとそんな関係になってしまった。肉体関係は絶対ないけど、彼はその機能がないから」と話し始めた。私はもう、精神的にもズタズタになっていたが、妻にたずねた。「N本さんを選ぶか、家庭を選ぶかどちらかにしなさい。もう家庭をつぶす覚悟は俺にはできているから」と聞いた。すると、妻は家庭は絶対につぶしたくない。といった。でも、その時点では、N本さんと別れるとは言い出せない。それどころか「今のままだったらあかんの?」と聞く始末。全く反省がないというか、自分勝手というか、脱力感が全身を襲った。子供がいなければすぐにでも離婚したほうが良いというのはわかっているが、本当に難しい問題である。妻の言葉をそのままかりると、N本さんのことが、好きになってしまったからつらい。別れなければならないのもわかっているけど、つらい。とのことである。俺の気持ちはどうなるの。その日の夜、妻はひとつ条件を出した。N本さんと別れるけど、1日だけ2人で堂々とでかけさせてください。天の橋立に2人でずっといきたいといっていたので、それを実現させたいから。もう俺の頭はわれそうです。でも、別れるための儀式と思い、そして、だめだといっても、また嘘をついて会うだけだから、わかった許すといっておきました。
2005年01月05日
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10/2 妻の様子がおかしい。いつも私を避けて、同じ部屋にはいないようにしむけているのに、今日は、あまり逃げない。また、一緒にビデオも見ている。どうも、昨日の件で、何か私に話したそうではある。しかし、夜には布団にはいってゆっくり話を聞こうと思っても前日ほとんど眠っていなかったので、寝てしまった。10/3 義母に昨日話をしたのかときくと、全く話はしていないとのことである。おそらく、妻はN本さんから何らかの話があったのであろう。その日の夜も、私に話をしたそうであるので、よく聞いてみると、「おかあさん、絶対電話してるで」という話であった。電話したらしいなと、私は答え、今でもメールしてるということを認めたらしいね。といってやった。すると、妻はあわてて、そんなはずはない。それは、前のことで、今は一切やっていないと、お決まりの否定フレーズと剣幕が始まった。私はそしらぬ顔をし、それなら確認してみたら、俺はきいただけだから。と答えておいた。妻は、信じてくれへんのと、いつもどおりの表現でいうので、言葉はもう信じないよ。もし、本当に信じてほしければ、態度でしめさなければ・・・。今まで散々裏切り続けて、今回も信じないからキレルという方式はもう通用しないから。と答えておいた。でも、どうして、ここまで徹底的に嘘で固めるのか。もうN本さんとは切れるに切れない仲になってしまったのかもしれない。とにかく全身の力が抜けていくのを感じた。10/4 夜、妻がまた何か話したそうであったので、きくと、おかあさんと私が二人でグルになってなにかしている。というのである。私はそんなことはない。親子でもっと話をしたらといってやった。妻はガイドヘルパーをやりたいけど、きっとおかあさんは許してくれない。と散々文句をいうので、多分、俺がやらしてあげてくださいといえば、OKすると思うよ。いってあげようか。と話をした。すると、どうせ監視つきだから・・・というので、そんなのあたりまえだろう。いったん、裏切るような行為をしておきながら、自分は全く反省していないのだからと、いっておいた。それから本当に何もないんだったら、態度で示せば、お母さんもわかってくれる。今のお前は、一番大切な部分を見せてないからみんな信じられないんだ。俺もそれは、全く一緒。お母さんのいいたいことと、俺のいいたいことは、ただひとつだけ。その部分をお前がどうクリアするかが大切なんだ。と暗にN本さんと切れていないことを反省させようと話をしたが、伝わったかどうか。
2005年01月04日
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初めてこの日記を見ていただいた方は、ぜひ、最初に戻って初日から順をおって、読んでみてください。展開がくるくるとかわり、様々なご感想をもっていただけると思います。これは、家族と夫婦の絆で悩んだ43歳自営業者の実録です。9/30 予想はぴったしあたる。やはり、妻はまだN本さんとメールのやりとりをしている。しかも以前よりさらに親密に!(まゆで~す)なんて言葉はききたくない。ここらで、荒療治をするしかないのか。今は、子供のためにも離婚するつもりはないが、妻が反省できる状態かどうかは、見極める必要がある。だれに、相談すればよいのだろう。本当に困った。とりあえず、妻の母親に相談することにしよう。10/1 妻が前日の夜、私に話をしたい素振りを見せるので、ゆっくりと抱きしめてきいてあげると、義母が私をまだ疑っている。腹が立つ、と大変怒っていた。実はその日の昼に、義母が妻にまだN本さんとつながっているとつめよられたそうだ。しかし、妻はそれを完全否定。大喧嘩になったとのことで、妻の言い分は、これだけ一生懸命しているのに、「疑われてばかり」「いやになった」「出ていきたい」とのことである。しかし、義母は妻が嘘をいっているのを知っているので、大変落胆をしていたのを聞いている。その件で、おそらく妻は私がそれをしっているのか確かめたかったのであろう。でも、ここまできて、まだ私を裏切り続ける神経には頭が来るのをとおりこしてしまい、哀れさを感じてきた。とりあえず、いつもとおり、抱きしめ、家族の大切さ話し、いつでも帰っておいでといつでも待っているからといっておいた。妻は理由はわからないが、ずっと泣いてばかり。最後は、もう出て行く。子どもはお父さんが育てて。といいはじめた。もう末期的症状か。他人はどうなってもいい。自分がここまでどん底に落とされたからともいった。何がどん底かわからないが、やはりN本さんと会えないことがどん底なのか。もうこちらもいやになってきた。こちらがどん底であるのに・・・その日はほとんど寝れなかった。今日、義母がN本さんに電話をしたらしい。かなりの剣幕で、もうこれ以上家庭を壊さないで欲しいといった。N本さんは、個人的な感情はなく、相談に乗っているだけと答えたらしいが、それでもやりすぎ、行き過ぎであると義母はかなり痛烈に批判したようである。今日、妻にもう一度、この件でしっかりと話をするので、私からは妻に何も言わないでくれといわれた。とりあえず、今日のところはそうしよう。でも、妻の反応はどうなるのか、大変心配ではある。もう、完全に病気(恋の病)の域にきているようであるので、まともにきけるとは思わない。今日、家に帰るのがおっくうになってきた。義父の反応は、あいかわらず。妻の擁護。他でもよくある話。携帯を見られるというのは妻もどんくさいことをしたな。だって。親だったらもう少し、善悪の判断があってもいいと思うのだが、これを溺愛というのであろうか。あほらしい。今日、体重を量ったら、2ヶ月で7kgも減っていた。さすがに身体が心配になってきた。精密検査を受けなければならない。
2005年01月03日
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9/29 妻の働き振りをみていると素直にあたまが下がる。家事に仕事と本当に一日中よく働く。それは、しっかりと認めてやりたい。しかし、どうも私に対する態度はあからさまに避けているようで気にかかる。二人でいる時間は決して1分を越えない。私がいれば、必ず他の部屋に移動する。よほど生理的に受け付けないのであろう。と思っていて、妻のあいかわらずメールをこっそりうっている姿を見てしまった。また、あやしい行動をしている。またあのN本さんかと思うとうんざりする。もう自分の気持ちがかなりさめてきているので、以前ほどショックではないが、今回、本当にN本さんであれば、徹底的に追求しようと思う。もう義母や長女の力をかりてでも、目をさまさせるか、結論を出させるかしなければ子供が大きな迷惑をこうむることになるだろう。私は、また妻の携帯のチェックをしてしまった。そこで、怪しい会社の名前をみつけた。携帯のアドレスだけで、電話番号のない会社である。意を決し、この会社へのメールがこちらのパソコンに送られるように転送をセットした。本当に自分のやっていることが嫌になる。でも、堂々と無視できる度量が今の自分にはない。平気で裏切る妻に対し、堂々と裏切られる夫を演じるにはまだまだ役不足だ。結論は明日には出るだろう。おそろしいやら不安やらで今夜は眠れないかもしれない。
2005年01月02日
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9/23 今日、妻からメールがあり、義母の退院祝いを今日出来ないかと打診があった。当然、仕事があり、無理なところではあるが、状況と内容を考え、仕事を他の先生に託し、早くかえることにした。木曽路に食べにいったのだが、久しぶりに家族らしい食事ができたように思える。妻にはやはり多少の硬さは残っているが、それも少しずつなくなってくるであろ。妻とも普通に話ができるようになってきた。やはり、この状態のほうが、楽である。雰囲気的には、妻には私にいえないことがまだ、いくつか残っているようではあるし、あいかわらず、携帯を隠したがっているので、大いにあやしいところはあるのであるが、もう、そんなことはほとんど気にならなくなった。妻がいま、どんなことをしてようと、それを咎めても何の進展もない。しばらくは、どんなことがあろうと冷めた夫婦として長年つれそうための準備を整えていこうと思う。やはり、お互いに信頼感がなくても家族が崩壊するのは、避けたいと思う。、少なくともこどもたちとは、信頼感で結ばれているのだから。いつか、その輪の中に妻もはいってきてくれれば本当に理想的な家族になるであろが、妻はそれを求めていないので、それは、それにあわせていきていけばよいのであろう。気もちがふっきれてきたので、少しは精神的には楽になったが、体はあいかわらずきつい。頭が本当に重く、夕方になると体がだるい。一度、しっかりと検診を受ける必要があると思う。まあ、精神的な負担による自律神経系の疾患のような気がするので、もうしばらく様子はみたいと思うが。いずれにせよ、厄年が過ぎたときに、大変なことに見舞われたものである。今年が本当の厄年であろう。来年はいいとしにしたいものである。9/24 なんとなく体がだるい日が続いている。精神的なダメージというのはここまで体を蝕むものか。もう、難しいことは考えないでおこうと思う。少しのことは大目にみて、毎日楽しく過ごすことを目標に頑張っていこう。仕事がまた、増えてきた。金策もしなければならないし、大変な状況がまだまだ続きそうであるが、できるだけ前向きに頑張っていこうと思う。とりあえず、11月中旬までは現金はもちそうであるので、100万円程度の融資でなんとかなりそうではある。事業資金は経営の命綱。仕事がころべば、すべてが転ぶ。ここで、今一度気合をいれなおそうと考えている。妻ともようやく普通の雰囲気がつくれつつある。もう、妻の行動はあまり気にならなくなった。私が妻離れすることが現状を打破するには最高の方法であろうと考えるから。冷めて物事を考える努力も大切であると最近では思うようになった。とにかくこれからは、ストレスをためないように頑張っていくのみである。とにかく体がもたないから。9/26 今日は三女の運動会。朝から弁当作りで大変そうだ。昨年と違い、今年は妻は1日運動会を見るようだ。二人になるとまだぎこちないのか、次女を誘っていた。次女も迷惑そうであったが、両親のためと思い、つきあってくれていた。妻のこのこだわりが消えると元の夫婦に戻れるかもしれない。しかし、こどもの件でいろいろと話をすると話題は結構あるようで、妻とは会話がはずんだとはいえないが、いろいろと話はすることができた。妻もできるだけ普通にしようと努力しているのが、手に取るようにわかる。しばらくは、お互いにこの努力を続けていくしかないと思う。夜、過去のビデオの編集作業をした。5年前の運動会を久しぶりに見たが、今年の運動会とは比べ物にならないぐらい充実していた。また、5年前の北海道旅行のビデオも見たが、本当に楽しそうで涙が出た。また、家族でこんなに楽しく旅行ができる日が来るのであろうか。でも、そんなそぶりを見せると、妻が苦しいだろうから、ビデオを見たという話をするにとどめておいた。ビデオの編集についても、過去のビデオを編集するのは過去をあまりふりかえりたくないであろう妻にとっては、あまりうれしいことではないであろうが、ひとつの機会であるため今回始めてみることにした。自分自身の家での仕事を作りたかったということもある。これを自然にすることで、波風がなにもたたないことを祈っている。夜は素直に応じるようになった。しかし、あまりに素直なのでこちらが申し訳ないような気がする。気持ちがないのに夜だけつきあうというのは、大変な割りきりが必要であろうが、私の精神状態を保つ上では大変ありがたいことである。この点では、妻には大いに感謝すべきであろう。しかし、いつまで続くかは心配なところではある。あまり頭にのって、誘いすぎないよう自己管理しなければならない。9/28 体調はあいかわらず、悪い。しかし、少しは妻との会話もぎこちなさがなくなってきた。しかし、あいかわらず、妻は携帯を隠そうとしているため、あやしさはぬぐいきれない。どうしてもあの男性とまだメールを続けているのではという思いがでてしまう。妻を信じたいが、その行動や言動をきくと、完全に信じることのできない自分がいる。妻が心から信じてくれといってくれれば、それでふっきれるのにと思うと、はがゆさがたまらない。この気持ちがあるうちは、絶対に完全にうちとけることは無理だろう。しばらくは、そのままにしておくのが得策かもしれない。とにかくこちらは、一生懸命やりなおそうと、すべてを許す覚悟をしているのだから。彼女の本当の気持ちはまだわからない。本当は離婚したいのか。やりなおしたいのか。いずれにせよ、私に対しては気持ちがさめていることだけはよくわかる。でも、彼女なりにすごく気を使っているのもわかる。しばらくは、彼女も大いに悩んでいるのだろうから、そっとしてあげよう。彼女は母親からもすごく監視されているようだし、娘とも心をわって話ができない状態であろうから、精神的にはとってもつらい状態であると思う。例の男性とメールをしてもおかしくない状況ではあるが、彼女の良心にここはかけてみたい。自分に嘘をついてでも彼女を信じてあげることにしよう。明日からは2日間、会社は休みであるが、できれば、楽しい休日を過ごしたいものだ。健康診断もいってこよう。おそらく、どこかがおかしくなっているはず。ストレスは本当に体に悪い!
2005年01月01日
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