東方見雲録

東方見雲録

2023.08.24
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カテゴリ: 郷土
2006.08.24の日記 こちら

春の小川 作曲者 岡野貞一


鳥取県邑美郡古市村(現在の鳥取市)に、士族 岡野平也の子として生まれ、幼少期に実父を亡くし、貧困の中で育つ。鳥取高等小学校(現在の鳥取市立久松小学校)へ進学。同校には日本の音楽教育家・作曲家田村虎蔵も学年違いで在校していた。

1892年、キリスト教徒として鳥取教会(現在:日本基督教団)で洗礼を受け、翌年、岡山の教会で宣教師からオルガンの演奏法を習った。

東京音楽学校(現在の東京藝術大学)の第2代校長である同郷の村岡範為馳が1892年に鳥取で行った講演に影響され、1895年には岡山の薇陽学院を中退し、上京して東京音楽学校に入学、1900年に専修部を卒業した。

その後、1906年に東京音楽学校助教授、1923年に教授(声楽)となり、1932年に退官するまで音楽教育の指導者の育成に尽力した。1918年より文部省編纂の尋常小学唱歌の作曲委員であった。約40年にわたり東京の本郷中央教会(明治・大正期には本郷中央会堂と呼ばれた、カナダメソジスト系の教会)の教会オルガニスト(聖歌隊も指導)であった。

1941年、日本大学附属病院で死去。63歳没。

主な作品
学校唱歌


故郷(*)
春が来た(*)
春の小川(*)
朧月夜(*)
紅葉(モミジ)(*)
日の丸の旗(*)
水師営の会見
桃太郎
夕やけ
児島高徳
三才女

こちら


引用サイト:Wikipedia情報   こちら

【詩の風景】
 高野辰之は、幼年時代を長野県下水内郡永江村大字永江(現・中野市永江)の豊かな自然の中で過ごしました。 明治四十二年頃から、東京府豊多摩郡代々幡村大字代々木字山谷一六七(現・東京都渋谷区代々木三-三-二)に住んでいました。「春の小川」は、原宿から代々木公園、渋谷へ広がる野原を流れる小川の岸を歩きながら作った歌だと伝えられています。しかし、現在のその場所は、家々が立て込み、小川を見ることはできません。モデルと言われる河骨川という宇田川の支流は、東京オリンピックのとき下水道の一部になり、当時の面影を失ってしまいました。小田急線の代々木八幡駅近くの線路沿いにある歌碑により、そのことがわかる程度です。歌碑は昭和五十三年十二月六日に建立・除幕されました。
春の小川のモデルになった「河骨川(こうほねがわ)」について、稲垣栄洋著『赤とんぼはなぜ竿の先にとまるのか? 童謡・唱歌を科学する』(東京堂出版、2011年)には次のように書いてあります。
・・・・

引用サイト:なっとく童謡・唱歌   こちら

コウホネ

引用サイト:Wikipedia情報   こちら





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Last updated  2023.08.24 09:00:10コメント(0) | コメントを書く


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