東方見雲録

東方見雲録

2023.09.18
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カテゴリ: 土木
2006.09.18の日記 こちら

ちょっと寄り道:徳川時代における墨東の運河開削:東京の川の歴史

明暦の大火を契機に幕府は江戸の都市改造に取り組み始めます。その大きな柱の一つに墨東地域の市街化がありました。幕府は両国橋を架橋して府内と墨東を結び、大名や旗本の屋敷地を大規模に移転させる政策をとったのですが、そのためには、低湿地だった墨東の土地を灌漑して、人の住める場所に変えなければなりませんでした。

北と横の十間川、大横川、竪川などの運河は、この土地の灌漑を主な目的に掘られたものです。運河に水を集めることによって残余の土地は乾燥し、人が住むに堪える土地に生まれ変わったのです。
引用サイト: こちら





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Last updated  2023.09.18 08:00:10コメント(0) | コメントを書く


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