東方見雲録

東方見雲録

2025.01.15
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カテゴリ: 文化



佐藤:現在、昭和100年という括りで語れるのは、敗戦という激動を経験してもなお、天皇制が維持されたからと思います。それにしても昭和天皇はなぜ、昭和20年に退位しなかったのでしょうか?

片山:敗戦翌年(昭和21年)の元日に、いわゆる「人間宣言」の詔書が出されます。占領軍は日本の軍国主義の原因を天皇に求めようとした。現人神のために国民が平気で死ねる構造があると。ところが天皇は退位して責任を取る道を選ばなかった。神でなく人間。その人間天皇が崩御するまで辞めない。明治以来の新制度ですが、そこさえ守れば、国家の連続性は維持される。国体は護持される。軍隊や現人神は日本の本質でない。そういう考え方かと思います。


佐藤:そこがポイントですね。天皇の生物学的な寿命と元号の生命が一体であるとする天皇制は守られました。裏を返せば、その原則が崩れた現上皇の生前退位がどれだけ大きな事件だったか、ということでもあります。

片山:そうですね。敗戦に断絶があると捉えられますが、天皇は変わらず、昭和は続いた。当時、昭和天皇に対して、「戦中は多くの人が天皇のために死んでいったのに」という感情を抱く国民もいたし、共和制を唱える左派からの反発もあった。しかし、背広を着て全国巡幸を行なうことで、現人神から草の根的に民衆の共感を得る天皇像に転換していきます。

佐藤:人間宣言の年の5月には、共産党員の松島松太郎が食糧メーデーで、「朕はタラフク食ってるぞ、ナンジ人民餓えて死ね」と詔書のパロディをプラカードに書いて「不敬罪」で逮捕される事件もありました。しかし、裁判では「名誉棄損罪」に切りかえざるを得ず、最終的には新憲法公布の恩赦で免訴になった。それほど天皇の権威がゆらいでいたことを象徴するような出来事でした。

片山:天皇は存在自体が特別だから天皇を侮辱すると不敬罪。それが天皇も普通の人間だから名誉棄損に。すると神でなく人間なのに戦後も天皇で居られるのはなぜか。昭和天皇の周辺の考えた理屈は信頼される立派な徳の高い人間という概念ですね。神でも人間でも天皇は天皇であると。

事効説と人効説
佐藤:神学の世界に、事効説と人効説という考え方があります。どんなに徳のない神父が行なった儀式でも、手続き的に正統ならば有効とするのが事効説で、対して人物の徳を重んじるのが人効説です。明治以降の天皇制は事効説的なシステムですが、人間宣言の昭和天皇を経て、現上皇が築いた被災地のために祈るような天皇像は人効説的要素があります。

片山:昭和8年生まれの上皇は、アメリカ人のヴァイニング夫人から戦後民主主義的な教育を受けました。それに人効説に通じる価値観の根本には、叔父の三笠宮(崇仁親王)の影響もあるでしょう。三笠宮は皇族の人権について、退位や結婚の自由を述べられてきた。宮家として皇室の新しい価値観を率先して引き受け、皇太子の立場では言えないようなことも発信されました。



片山:近代科学で万世一系が否定される時代になり、天皇を近代的な価値観と調和させるなかで、皇族が理科系の学問を選ぶようになったと見る人もいます。しかし、哲学や倫理学、歴史学のような「文学方面」、すなわち文系の学問は、政治との関わりが生じてしまいます。

佐藤:これは実に好対照で、生物学は責任感を持たないことと親和性が高い学問ではないでしょうか。悠仁親王の進学先も筑波大学生命環境学群生物学類です。明治政府が作り上げた天皇には、おそらく責任感や答責性が求められてはならないのだと思います。


引用サイト: こちら





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Last updated  2025.01.15 12:00:12
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