東方見雲録

東方見雲録

2025.04.15
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カテゴリ: 文化
2003.04.15の日記 こちら

自習:出雲の阿国
お国忌(おくにき) 晩春
【子季語】
阿国忌
【解説】
四月十五日を歌舞伎の創始者とされる出雲のお国の忌日としているが、生没ともに諸説あり。出雲大社の巫女で、勧進のため京に上り、諸国を遊行した女芸人のひとりであろう。「歌舞伎踊」で人気を集め、女歌舞伎の全盛時代を招来した。
引用サイト: こちら

出雲阿国 Wikipedia情報 こちら


傾奇者
傾奇者とは、江戸前期に反体制的な行動をする武士や奉公人らを指した言葉です。かぶきといえば芸能の歌舞伎を思い出しますが、そもそも歌舞伎の源流「かぶき踊」は、慶長8年(1603)、出雲阿国が「かぶき(傾き)=偏った異様な行動・風俗」を取り入れて始まったものとされています。当時はどちらも異端なものという認識だったようです。


引用サイト: こちら

傾奇者だった阿国
当時、女性ながら武士の姿に扮した阿国は「傾奇者(かぶきもの)」として知られています。阿国が作った「かぶき踊り」は、やがて大胆で過激な女性だけの「女歌舞伎」や、若い美少年による「若衆歌舞伎」といったものに姿を変えていきました。しかしこれらも、風紀が乱れるという理由で禁止されてしまったのです。歌舞伎が現在の形に近づいたのは元禄時代になってからのことです。この頃には男性中心の演劇へと形を変えて、広く民衆に親しまれるようになりました。
引用サイト: こちら

河原者 Wikipedia情報 こちら

ネット拾い読み:篠田正浩 河原者ノススメ 松岡正剛・千夜千冊 こちら
篠田にひそむ河原者の気概に火を付けた。あるとき善光寺で「おびんずる様」を見たとき、ハッとした。
 賓頭廬(ビンズル)はブッダの弟子でありながら神通力を弄んで外道(げどう)となり、それでも衆生(しゅじょう)の救済に生涯を投げ出した。もともと芸能者というものはこの「びんるず」のような外道なのではないか。しかし、外道ではあってもそこにはスサノオ以来の「代受苦」(よさし)が試みられつづけたのではないか。ハッとしてそう確信したのだ。このこと、篠田の血に伏流していたものだった。
・・・・
一貫した論旨で綴られているのではないが、読んでみればたちどころにわかるように、ちっともバラバラではない。思いつきで綴っているのでもない。すべての話題が傀儡(くぐつ)の空気を放ち、「かぶき」を纏い、出てくる人物やキュラクターの誰もがアルキ巫女で白拍子であり、スサノオであり蝉丸であり弾左衛門なのである。
・・・・


道草

島根・一畑薬師の賓頭盧尊者。なでると身体の悪いところを癒してくれます。
引用サイト: こちら

参考サイト:賓頭盧(びんずる)様とはどんな人?   こちら





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Last updated  2025.04.15 00:00:17コメント(0) | コメントを書く


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