東方見雲録

東方見雲録

2025.05.11
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カテゴリ: ランドスケープ


意匠図案説明 木材工業団地を描き、道地ささらと特産の檜山納豆を配す
開設場所   〒016-0199  秋田県能代市一本木54-1

道地ささら




「道地ささら」とも称される能代市扇田道地地区に伝承されるささらです。もともとは名称のとおり、初代秋田藩主佐竹義宣が慶長7年(1602)に常州から秋田への移封の 道中で、足軽が舞い踊ったもので、秋田へ着き、道地に住んだ足軽によって伝えられたと言われています。獅子踊り、棒術、奴踊りで構成され、獅子踊りは三匹獅子で大き な動きと早いテンポで舞われ、棒術は二人により軽快勇壮な組手が繰り広げられ、奴踊りは扇を手に 10人程度が輪になり軽快に踊ります。獅子踊り、棒術、奴踊りには笛 と太鼓の囃子に合せて行われ、獅子踊りには踊りに合わせて唄が入ります。

毎年8月13日、14日道地地区の開道神社、17日は太平山神社で行われます。

また 8月13日には 1年間に地区で亡くなった人の門前で墓前佐々楽も行います。
引用サイト: こちら

動画サイト   こちら

檜山納豆

能代平野を流れる米代川流域は昔から稲作が盛んな土地柄。青森県との県境には世界遺産、白神山地が聳え立ち、その麓に広がる東雲台地は水と土が豊で、古くから大豆生産がおこなわれていました。檜山納豆に使われる大豆はこの東雲台地で生産された「白神大豆」。容器となる藁づとも能代平野のものが使われています。

・・・・
檜山納豆がつくられるこの地は室町時代、檜山城を中心に安東氏が統治していました。檜山納豆はこの頃から、下級武士が家計を助けるためにつくりはじめたといわれています。
「秋田名物、八森ハタハタ、男鹿で男鹿ブリコ、能代春慶、檜山納豆、大館曲わっぱ」江戸時代初期の作とされる「秋田音頭」には「檜山納豆」の名がでてきます。江戸時代中期以降、檜山納豆は家伝の秘法として3軒に限られ製法が継承されましたが、そのうち2軒は時代が明治に入ると相次いで廃業。唯一、その製法を引き継いだのが西村庄右衛門を屋号とする現在の元祖檜山納豆株式会社です。同社では地元産以外の大豆は使ったことがないといいます。納豆の美味しさが大豆の生産地の水と土壌で微妙に変化するからです。檜山納豆はこの地の歴史と気候風土の賜り物といえます。
引用サイト: こちら





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Last updated  2025.05.11 08:00:11
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