東方見雲録

東方見雲録

2025.07.20
XML
カテゴリ: ものづくり


・・・・
同じく初出展の「ヒンメリの街倉吉プロジェクト」は、麦わらをつないで作る幾何学模様の装飾「ヒンメリ」や、制作用のレシピやキットなどを取り扱う。千熊美由貴代表は「自然素材で、それぞれ色合いや形、太さが違い、一つとして同じものがないのが魅力。鑑賞するだけでなく、ヒンメリ作りを楽しんでくれる人が増えれば」と期待する。
引用サイト: こちら

関連サイト:鍛冶屋「八島農具」 こちら




倉吉の鍛冶(かじ)の歴史
 古来山陰地方は良質な砂鉄と豊かな森林が供給する大量の炭により、たたら製鉄を用いた玉鋼(たまはがね)の一大生産地でありました。倉吉では、近隣のたたら場より良質の鉄が入手しやすいこともあり、古くから刀剣や農具をつくる優れた鍛冶職人が育ちました。とくに刀剣に関しては、多くの名刀【大原安綱・弓削正綱・倉吉広賀・宮本包則】を生んだ地でもあります。当初農具は、鋳物(いもの)でつくられていたようですが、より丈夫で鋭い歯の付きやすい鍛造(たんぞう)へと製作方法が変わっていったようです。この鍛造の技術を持つのが鍛冶というわけです。
 倉吉の鍛冶を語るうえで、「稲扱千刃(いなこきせんば)」を外すことはできません。稲扱千歯とは収穫した稲穂から籾粒(もみつぶ)をしごき取る脱穀(だっこく)のための道具です。もともと竹製の歯をそなえていましたが、歯の部分を丈夫な鋼でつくったのが倉吉の「稲扱千刃」です。ゆえに倉吉では千歯を千刃と表記します。ほとんど力を入れることなく、多くの籾を脱穀できたので、農業の生産性を飛躍的に向上させました。江戸時代後期から明治時代にかけ、倉吉の鍛冶職人が鍛錬した千刃は年間5万艇、全国の8割が倉吉の千刃だったといわれております。しかも千刃は地方ごとの気候の違いによる稲穂のでき方に合わせ、刃の隙間を微妙につくりわけていた。加えて職人が全国を回り販売・修繕・下取りまでする独自の方法で非常に評判をよび、『千刃といえば倉吉』とまでいわれるまでになりました。
 弊社は、後発ではありますが、明治の時代に稲扱千刃の市場に参入し、現在の長野県・岐阜県(信州・飛騨地方)を担当しておりました。足踏み式脱穀機の発明により、稲扱千刃は役割を終えることになり、多くの鍛冶屋は廃業することになりました。弊社は養蚕用具の事業をはさみ、大正9年に農具事業(主に鍬の製造・販売)を開始しております。従来の鍛造鍛冶に加え、工業技術を取り入れることで、当時としては効率的な生産工程を備え、生産量を増やすことに成功いたしました。現在も西日本各地からご依頼を頂き各地の風土・土壌に適した鍬を提供させていただいております。

関連日記:2024.12.21の日記 こちら

関連サイト:【鍛冶体験】ペーパーナイフ作り こちら

関連サイト:安来 青鋼 こちら

関連サイト:ヒンメリ こちら

ヒンメリ(himmeli)はフィンランドの伝統的なヨウル(joulu)の装飾品である。藁に糸を通し、多面体を構成したら、最後にそれらを繋ぎ合わせて吊るす。別名「光のモビール」。himmeliの語源は、スウェーデン語のhimmel(天)から。

関連サイト:とっとり体験ワークショップ「ヒンメリをつくろう!」 こちら





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2025.07.20 17:22:55
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: