東方見雲録

東方見雲録

2025.12.22
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カテゴリ: まちづくり


明治10年、赤レンガとセメントのモダンな銀座通りが生まれたころ、都市部を中心にコレラの流行があり、全国で13,710人の患者がでました。
東京府は明治17年に神田の一部にレンガ積み暗きょの下水道を敷設しました。
いわゆる「神田下水」で、これが東京の近代的下水道の始まりです。
明治33年に東京市に下水道法が制定されて、東京帝国大学教授、 中島鋭治博士が明治41年に東京市下水道設計案を作成しました。その下水道設計案に若干の修正を加え、明治41年4月に「東京市下水道設計」が告示されました。
明治44年に「東京市下水道改良事務所」が設置されました。その下水道整備第一期事業で三河島処理区の三河島汚水処分場(現在の三河島水再生センター)浅草田町雨水ポンプ所(現在の日本堤ポンプ所)とともに和泉町ポンプ所は設置されました。東京大震災の1年前の大正11年に誕生しました。
 和泉町の由来は、ここの地に伊勢津藩の当主、藤堂和泉守高虎の屋敷があって、藤堂和泉守高虎の官位和泉守にちなんで名づけられました。
和泉町ポンプ所はその屋敷跡の秋葉原に近い位置にあり、大正9年から工事が始まり、大正11年8月にしゅん工。



関東大震災と和泉町ポンプ所 








引用サイト:歩・探・見・感 「旧和泉町ポンプ所」に解体工事のお知らせ   ​ こちら




引用サイト: こちら


関東大震災での焼失箇所を示す「東京市火災動態地図(日本橋)」。赤い部分が焼失した地域で、白い部分が焼失を免れた神田和泉町など(全国市有物件災害共済会防災専門図書館提供)
引用サイト: こちら

関連日記:2023.03.10の日記  東京都慰霊堂 都立横網町公園    こちら





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Last updated  2025.12.22 08:00:05
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