東方見雲録

東方見雲録

2026.02.06
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日    1991年4月27日
意匠図案説明   三味線掘跡碑、堀があった当時の図を描く
開設場所     〒111-0055 東京都台東区三筋2-7-11
引用サイト: こちら

三味線掘跡碑

「江戸名所百人美女 三味せんぼり」(豊国・国久 安政5(1859)年)
 こま絵に「三味せんぼり」が描かれています。





「三味線堀跡  台東区小島一丁目五番
 現在の清洲橋通りに面して、小島一丁目の西端に南北に広がっていた。寛永7年(1630)に鳥越川を掘り広げて造られ、その形状から三味線堀とよばれた。 一説に、浅草猿屋町(現在の浅草橋三丁目あたり)の小島屋という人物が、この土砂で沼地を埋め立て、それが小島町となったという。
 不忍池から忍川を流れた水が、この三味線堀を経由して、鳥越川から隅田川へと通じていた。堀には船着場があり、下肥・木材・野菜・砂利などを輸送する船が隅田川方面から往来していた。

    三階に三味線堀を三下り二上り見れどあきたらぬ景
 江戸・明治時代を通して、三味線堀は物資の集散所として機能していた。 しかし明治末期から大正時代にかけて、市街地の整備や陸上交通の発達にともない次第に埋め立てられていき、その姿を消したのである。
  平成十五年三月  台東区教育委員会」
引用サイト: こちら





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Last updated  2026.02.06 00:00:11
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