東方見雲録

東方見雲録

2026.04.20
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カテゴリ: 文化



 岡山県側からの移動は、現在の江府町下蚊屋地区などを通る横手道が担っていたと考えられている。真庭市蒜山郷土博物館の前原茂雄館長によると、岡山側の最終の宿場町だった同市上徳山延助集落から下蚊屋に至るルートは今では一部不明な箇所もあるという。蒜山地区を統治していた津山藩の記録などから「交通網が整備され、往来や流通が盛んになったのは江戸時代ではないか」とみる。

 岡山県北部には、数え年で13歳になった子どもが寺社に参拝する十三参りや農閑期の冬場に松江市美保関町の美保神社を目指す美保講といった風習があった。大山道を往来した記憶は地域に伝わる民謡の節回しや言い伝えに刻まれ、「信仰や文化面に大きく影響していたことが分かる」という。

 戦後に途絶えた郷原漆器を1980年代に復興する際にも大山道を通じた交流の歴史が生かされた。真庭市が2007年に発行した市報によると、復興を目指す関係者がかつての漆器を収集するため、向かったのが米子市や松江市など主要な流通先だった山陰地方の古道具店だった。ここで集められた約600点の漆器が、技術をよみがえらせるのに大きく貢献したとされる。


大山道に沿って形成された郷原集落=岡山県真庭市西茅部
 郷原集落には今も民家の軒先に「牛つなぎ石」と呼ばれる牛馬をつなぐための穴の空いた石が残る。古びたその石は1本の道が生活文化を支え、人々の交流を育んだ歴史を今に伝えている。


引用サイト:日本海新聞   こちら


日本海新聞 0405

関連サイト:郷原漆器 真庭観光局   こちら

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Last updated  2026.04.20 08:00:07
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