東方見雲録

東方見雲録

2026.05.29
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日    2000年5月15日
意匠図案説明   局舎、大岡山コミュニティ道路を描く
開設場所     〒152-0013 東京都目黒区南3-3-11
引用サイト: こちら

目黒区南 地名



目黒区の南部に位置する。北辺は碑文谷に接する。東辺は原町・洗足にそれぞれ接する。南辺は大田区北千束に接する。南西は目黒区大岡山・平町にそれぞれ接する。

東京都道318号環状七号線(環七通り)が南北に縦貫し、一・二丁目と三丁目とを分けている。環七通り沿いにビル・マンションが見られるが、その他は住宅地として利用される。

歴史
現在の町域はおよそ江戸時代の碑文谷村字子ノ神(ねのかみ)および字子ノ神前の地域と一致する。1932年(昭和7年)目黒区成立で子ノ神の地名は消滅し、高木町・富士見台・宮ヶ丘に分かれていたが、1966年(昭和41年)住居表示により南一 - 三丁目にまとめられた。

地名の由来

引用サイト: こちら

子ノ神(ねのかみ)
目黒の地名 子ノ神
「子ノ神」は、町村制施行(明治22年)以前の碑文谷村の小字名で、今日の南一丁目から三丁目一帯が、およそその地域に当たる。なお南一丁目のごく一部の地域には、明治22年以降もこの地名が残っていたが、昭和7年の目黒区誕生を機に姿を消した。


高木神社

区内の数多い地名の中でも珍しい地名「子ノ神」は、南二丁目の高木神社に由来している。そもそもこの神社は、その昔、現在の社地の隣にあった屋敷神で、それがいつのころか現在の場所に移されて、子ノ神を祭る地域の氏神になり、それが地名となったと言い伝えられている。

では、子ノ神とはだれを祭っているのであろうか。当地に生まれ育った郷土研究家富岡丘蔵氏によると、次の三説があるという。「子」とは、十二支の「子」、従って生産の神であり、台所の神でもあり、ねずみを神の使いとする大国主命(大黒様)である。一つには、主屋の鬼門よけに子の方角(北)に祭られた神。もう一つには、神代の根の国の神であり、農村では水の神とも考えられていた第六天である、としている。かつては、地名「子ノ神」を「根ノ神」と書いた例も多く見られたそうだ。

ところが、明治10年の神社明細書(品川神社所蔵)の記録によると、「摂社 高木神社、祭神 大己貴命(おおなむちのみこと・大国主命の別名)」と記されていることから、やはり、大国主命、子ノ神から地名が起きたのではなかろうか。

しかし、同氏の生まれ育った明治から大正時代にかけては、太鼓をたたき題目を唱えて雨乞いをする行事が毎年のように行われており、子ノ神を第六天と信じ切っていたそうだ。どうやら、大国主命と第六天が入り交じっていたようである。往時には、社の入口に湧水池があり、前方一帯が水田となっていて、境内の入口を「せいのかみど」といって、正月の塞の神(ドンド焼)が行われていたという。
引用サイト:目黒区   こちら

ちょっと道草:子神社
子神社・子之神社・子ノ神社(ねのじんじゃ、ねじんじゃ)は、神奈川県横浜市周辺を中心に分布する、主に大国主命を祭神とする神社。

「大国主命が根の国においてスサノオによる野火の試練に遭った際に、ねずみに助けられた」という『古事記』の記述から、ねずみ(子/ね)が大国主命に関連した神の使いとされていることに因む。



これらの神社の成立には、甲子塔・甲子講が関係していると考えられる。
引用サイト: こちら

大岡山コミュニティ道路




コミュニティ道路
コミュニティ道路とは、自動車の通行を主たる目的とはしない道路のことである。住宅地の道路整備手法の1つで、地域の道路はその地域に住む人々のものであるという考え方に基づいて、生活道路から車を締め出し、歩行者の安全性や快適性を考慮した道づくりを目的として発足した。類義の道路としては歩車共存道路がある。

道路上の空間は歩行者、自転車、低速の自動車などの交通のほか、近隣住民の交流や子供の遊びなどに用いられる。歩行者専用道路とは異なり、自動車の通行が完全に禁止されるわけではなく、自動車交通を抑制する交通静穏化のひとつである。

コミュニティ道路がまとまって整備された地区をコミュニティゾーンと呼ぶ。「コミュニティ道路」、「コミュニティゾーン」などの語は和製英語であり、英語では同様の概念をliving street、home zone(イギリス)、shared zone(オーストラリア)などと呼ぶ。



オランダのボンエルフ
コミュニティ道路では、歩行者が安心して通行できる空間を確保するために歩行スペースが大きく取られ、樹木を植えて環境にも配慮する。自動車の速度は道路上でのほかの活動を妨げない程度(歩行者の速度程度)に抑えられなければならない。そのために用いられる代表的な手法が、自動車が一直線に走れないようにするものである。具体的には車道の左右に交互に花壇、駐車スペースなどを設けて車道を蛇行(スラローム)させたり、不規則な曲り角(クランク)を設けたりする。このほか車道を部分的に極端に狭くする(狭窄)、道路を凸型に盛り上げる(ハンプ)といった手法も用いられる。路面の塗装による視覚的な効果も利用される。

歴史
コミュニティ道路の起源はオランダのボンエルフ(woonerf、「生活の庭」の意)である。生活道路に車が進入するのを防ぐため、住民たちが花壇や敷石を置いたのが始まりであり、1971年にデルフトで実用化された。1975年にはオランダ政府の政策として採用され、設計の基準が定められた。同様の政策はドイツ、北欧、イギリスなどにも広まった。
引用サイト:Wikipedia情報   こちら


引用サイト:国交省   こちら





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Last updated  2026.05.29 00:00:09
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