1858年4月、セントラル・パーク委員会はフレデリック・ロー・オルムステッドとカルヴァート・ヴォークス(英語版)によるグリーンスワード計画 (Greensward Plan) をコンテスト受賞計画に選択した。また、この他3つの計画が次候補に指定され、市の展示会において取り上げられた。提出された多くの計画がセントラル・パークを中心に周辺の都市と効果的に統合したものであったのに対し、オルムステッドとヴォークスの計画は周囲の土地より低い位置に公園を作り周辺の都市と公園を明確に分離するものであった。また、この計画は公園を東西又は南北対称とすることを避け、代わりにより美しいデザインを構築している。このデザインはマサチューセッツ州ケンブリッジのマウント・オーバーン墓地やブルックリン区のグリーンウッド墓地などの、造園された墓地の牧歌的なデザインに影響を受けているほか、オルムステッドが1850年に訪れたイギリス・イングランドのバーケンヘッドにある、世界初の公的資金により作られた都市公園とされるバーケンヘッド・パーク(英語版)の影響も受けている。オルムステッドはこの公園について「最も重要な民主的発展を遂げたこの国で作られた最初の本格的な公園として、非常に重要である」(Of great importance as the first real Park made in this country—a democratic development of the highest significance) と語っている。 引用サイト: こちら
(3) 労働の不可視化。公園の景観から、造成の人工性・労働の痕跡を徹底的に隠す設計原則。実際の Central Park は、湖・山・芝生・森の全てが土運搬・岩爆破・植栽・配水の組合せで人工的に造られたのだが、完成した景観からはその痕跡が消されている。「自然は造られるのではない、呼び起こされるのだ(Nature is not created, it is called forth)」というオルムステッドの設計原則は、日本の枯山水・借景の感性とも響き合う。