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世界の七不思議といえば、つい先日新聞で読みました。ナスカで地上絵を新発見山形大人文学部の研究グループが約100種類の地上絵を新たに発見。直線や三角形などの幾何学模様のほか、土器の文様のようなデザインの絵も見つかったらしい。いつ見ても、何の目的で描かれたのか。。。未だに謎だそうです。近くにほんの数メートルの大きさの同じ図形が描いてある(ものもある)ということなので、図形を正確に拡大する技術はあったのではないか、とのことです。それはさほど驚くことではないです。ただ、イタズラや暇つぶしにしては手が込んでいるし、途方もない時間と労力がかかったことでしょう。何か目的があったと考えるのは現代人なら当然でしょう。私はなんとなく『壮大な暇つぶし』だったのではないか、と考えてみたりしています。今とは違って、あらゆる事に関して寛容だった社会。。。やはり、そんなのはありえないですかね。
2006/04/30
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以前から気になってて、今でも時たま想像力を逞しくして古代世界のロマンに浸ることがあります。古代世界の七不思議『バビロンの架空園』架空というと、想像上のものっていう感じがしますが、空に架けると書く訳ですから元々は多分、宙に浮いているような状態(?)を指す言葉なのでしょう。ただ、実際は宙に浮いているわけではなく、「巨大な一連のアーチ型天井をもつ基礎建築の上に、幾重にも段をなして積み重ねられた高いテラス」で「そのテラスの上に土を盛って各種の植物を植えていた」(澁澤龍彦『黄金時代』)ということです。この呼び名は、あるギリシャの旅行家が誇張してこの庭のことをヨーロッパに伝えたたため、「クレマストス・ケーポス」(ギリシャ語で「吊られた庭」)と呼ばれるのが一般的になったのだと言われています。いつ頃誰が創ったものなのか。。。いくつか説があるようです。セミラミス女王か、新バビロニアのネブカドネザル2世か。。。小難しい考証はおいといて、ここまで読まれた方で『天空の城ラピュタ』のあの、緑に覆われた空に浮かんだ島のような、庭のような景色をを思い出したかたも居られるかと思います。私も、はじめて観た時「バビロンの架空園はこれだ!」と思いました。おそらく作者も『カリヴァー旅行記』のラピュタ国の話とバビロンの架空園とをダブらせてかいたんでしょう。いや、そうに違いない。。。
2006/04/28
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このところ、妙に不穏な日々を送っています。一言で言えば、単に時間に追われているって事なんでしょう。ただ、何をしていても、集中できないというか、気持ちがどこかへ行ってしまっているように感じます。まぁ、日常生活を送る上では特に支障をきたしてはいないのでご心配は無用です。最近、記憶力のおとろえを年相応によく感じるようになりました。年齢的なものでこれはしょうがない事ですが、「頭が固くなっている」のも感じるようになりました。いけない!とたびたび自分に言い聞かせますが、これは何とか避けたいものです。自分の言っている話が、あまりにも当たり前すぎておもしろくない!最近、なかなか日記の更新ができない理由はこんなところにありました。毎日のように書き始めてはみますが、どうもおもしろくないので止めてしまいます。テーマとしてはいろいろ考えてはいるんですが。。。『バビロンの架空園』、『バヴァリアの狂王』、プリニウスの『博物誌』に出てくるデタラメな怪物の話、などなどそう言えば、このところ探偵らしい事はほとんど何も書いてませんでした。世の中の謎や疑問に鋭いメスを入れる。。。ことはできないとは思いますが、何かご依頼がありましたら、ご遠慮なく書き込みお願いします。
2006/04/24
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新聞の広告欄を見ていて少し心が動きました。J.D.サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』村上春樹訳日本でもベストセラーでロングセラーの『ライ麦畑でつかまえて』のことです。読まれた方も多くおられると思います。村上春樹氏はこの邦題が気に入らないのか、エッセイ等では『ライ麦畑のキャッチャー』と呼んだりしていましたが、結局原題のままのタイトルにしたっていうことです。何か支障があったに違いありません。かなり気になります。おそらく、訳者あとがき、のようなところで説明があるのではないか...キャッチャーと言ってももちろん野球ではありません。「私を捕まえてくれる人」ってところなんでしょうか。英語でどういうニュアンスがあるのかはわかりません。このタイトルも物語の中で出てくる曲名だったんですが、どんな曲なんでしょうか。あの主人公の毒吐きに、また別の訳で付き合って見たい気がしています。本屋で見つけたら買ってしまいそうです。それはともかく、村上春樹氏の翻訳といえば、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』もいつか翻訳したい、とどこかで言っていたように記憶してます。
2006/04/19
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最近TVで、例えばUFOだとか、心霊現象だとかの番組って見事になくなったような気がします。子供の頃からTVに親しんできた私ですが、なんとなくドラマとバラエティ番組ばかりになっているように思われます。まぁそういうのも決して嫌いではないのでおもしろければ見ます。ただ、夢がない、というかロマンがないなって感じる部分もあります。このごろTVをあまり見ないようになりましたのではっきりとは言えませんが、少し気になっているのは、世の中の様々な不思議な事、未知の世界(トワイライトゾーンとでも言うんでしょうか)そういった部分への関心が希薄になっているのではないか、ということです。確かに世の中は、UFOだとか、心霊現象だとかとは全く無縁なところで動いているように思われます。だからと言って厳しい現実ばかり突き付けられては、おそらく生きていく価値を見出すのはたやすいことではないでしょう。番組制作の上でのヤラセだとか、インチキ超能力者だとか、霊感商法のようなダマシだとかが横行したため、TV局としても自粛する方向にあるのかもしれません。まぁ、細木さんや江原さんの出てる番組もありますが、ロマンというよりは癒しって感じがします。この人達くらい知名度があれば番組として成立するが、矢追さんでは成立しないってことかもしれません。
2006/04/12
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少し意外かもしれません。ほんの少しの間ですが、合唱をやっていたことがあります。バッハの曲ばかり演奏するという少し風変わりな合唱団があるということで、試しにその演奏会を聴きに行ったのが始まりでした。どちらかというとクラシックはちょっと...という方でしたが、それでも元々『G線上のアリア』なんかは結構お気に入りでしたので、直に演奏に触れることでバッハの曲の奥深さにハマってしまいました。間もなく入団させてもらった訳ですが、本番ではバッハの数多い教会カンタータを本物の教会でオーケストラ付きでやってしまうという、今から考えればかなり贅沢な合唱団でした。極めつけは『ヨハネ受難曲』でした。さすがに教会でという訳にもいかず、市民会館での演奏となりました。この曲は言うまでもなく、人々の罪を一身に背負ったイエス・キリストが十字架にハリツケにされるに到った受難を描いた物語です。キリスト教にはあまり縁のない私ですが、この物語にはやはり胸を打つものがあります。エヴァンゲリスタ(福音史家ヨハネ)の淡々として時に感情を顕わにする語り、イエスの台詞を重厚に歌いあげるソロ、そして私も含めその他大勢でのコーラス。特に、最後のしめくくりのコラールでは、周りの人に負けじと自分でも驚くほどの声を張り上げていました。そして、自分はこの最後のコラールを歌うために合唱をやっていたんだ、と感じていました。しばらくして、その団を離れることになり、それっきり合唱はやっていません。続けていても、おそらくあれ以上の思いを味わうことはなかったと今では考えています。私にとってはどこをとっても思い出深い曲です。
2006/04/07
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