ペリーと幕府の間で日米下田条約が締結された日本開国の国指定史跡、了仙寺。

5月には庭中のジャスミンが満開になり、香りに満たされるそうな。
ちょっと遅かったか。
宝物館には国内最大の開国資料が所蔵されている。
1人500円のところ、「特典満載下田マップ」で400円x2で入場。
初代駐日領事ハリスは胃潰瘍持ちの気難しい人であった。
体調が優れず、幕府に看護婦の派遣を要請したかったのを、
通訳のヒュースケンが勝手にハリスと自分に妾をと迫ったため、幕府は慌てて下田で人気だった芸者お吉を差し向けることとなる。
ヒュースケンは5か月の間、お福と仲良くやっていたが、ハリスはそもそも看護婦を要請したわけで玄人のお吉を気に入らず、3日で返してしまった。
3日で返されるなんてスパイ失格。
ハリスは江戸滞在中にはおりん、下田に戻って来てからはおさよと言う若い娘を侍らせていたのに、お吉はやだったのね。
開国の陰で儚くも散った花的に書かれてる物が多いけど・・・
* 太地喜和子さんの「唐人お吉」はまさにそれなんだろう。
下田で亡くなられたんだった。*
船大工の家に生まれ、7歳で養子に出される。
何故か14歳で養母に離縁され芸者に。
16歳の時にハリスの話が来るが、その時には鶴松という大工の恋人がいた。
破格の支度金と手当を手にし、鶴松は帯刀の身分を手に入れ江戸へ上がる。
ハリスからは正式な手切れ金40両をもらい、横浜で芸者に。
その後鶴松と一緒になり、下田に戻って髪結いを始めるが失敗。
鶴松との関係も崩壊した。
飲み屋を開くが、酒に溺れ2年で店は人手に渡る。
乞食にまで身を落とし、自殺してしまう。
51歳。
16-7歳でハリスの元に行ったから、その数年後には世をはかなんで・・と思ってた。
周囲の偏見や侮蔑に耐えられなかったとする記が多いけれど、それだけだろうか。
横浜、下田には外国人相手の娼館がたくさんあってたいそう賑わっていたそうだ。
ってことは洋娼と言われる人は大ぜいいた筈。
皆が皆、不幸になったわけでもないだろう。
娼館では、外国人がにやけてる隙に「江戸の仇は下田でうつ」と娼婦たちは意気込んで金品を巻きあげたらしい。
やるぅ。
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