デニムデザインの虜です!

デニムデザインの虜です!

2009.02.20
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花畑牧場の商品は「楽天」で買えるのを知りませんでした!
「な~んだ!売ってるじゃん!」と言う感じ・・・。
ただ、時間制限があるようだ。15:00の部だとか19:00の部とかネットでも先着順のようだ。
しかし、北海道まで行って並ぶよりはいいだろう。送料はかかるが・・・。
さて、「北海道」という地は寒いのか、それ程でもないのか?短期間の滞在ではあまり理解できなかった。
寒さを目のあたりにしたのは「札幌雪祭り」から宿泊地の「ニセコ」まで帰る夜間バスの車内が最も寒かった。
札幌の街の中は地下街を歩けば「軽装で十分」だし、駅やバスターミナルへも地下から地上への「最短距離」で済むので、寒い外を歩く必要が無かったからだ。
ところで雪祭りの様子を紹介していなかったので少しだけ写真を・・・・。

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こんな雰囲気だったのですが、やはり寒くなかったですね。スキーのエアリアルも・・・。
JALがスポンサーの「ディズニーランド」のイメージ雪像が一番迫力がありましたね。
これらは「自衛隊の方々」の労力だそうだが、隊員の中には芸術家も多いらしい。
半年前から設計図を引き模型を作り「実物大」の型枠を造りそこに雪を貼り付けていく。最後に真っ白い綺麗な化粧雪を表面に貼り付けて仕上げるそうだ。
本当は夜の方が綺麗らしいし、「ススキノ」の氷芸術のほうも綺麗らしい。
後2時間滞在時間があれば見れたのだ。
ニセコに帰る札幌発の最終のバス時刻が17:23!つまり会場を5時に退散しなければバスに間に合わなかったから、「一番いいところ?」は見れなかったのである。
つまり今回はそれ程「面白くなかった」ので、あまりブログに載せたくなかった。
・・・で今頃の紹介になった。
この「雪祭り会場」の大通りを道一本入るとあの有名な「時計台」がある。

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通称「日本三大がっかり名所」とも言われているらしい。
ビルに囲まれたこの「小さな実物」を見た人だけが、「あ、コレなの?」とがっかりする名所だそうだ。
もう一つは四国の「はりまや橋」、後もうひとつは忘れてしまったが・・・・。

実を言うとこの大通り公園には懐かしい思い出がある、学生時代の夏休みの事だがもちろん「貧乏旅行」です。
でも唯一の贅沢は往復の列車を「寝台特急」を使って行った・・・。
ところが、現地で仲良くなった連中ともう少し遊んで帰ろうと言う事になり、寝台特急を払い戻しして鈍行列車で帰ればいいだろう。と考えたのである。
で、当時の札幌駅で「払い戻し」をしたところ駅員さんが間違えてかなり多くのお金を返金してくれたのである。
もらってしばらくしてから気付いたので「まあいいだろう」と言う悪魔の誘いに従い「ススキノ」でも行こう!となってしまったのである。

先ずその金で、当時流行していた「スカイメイト」という学生が航空運賃半額で飛行機に乗れるシステムがあったので臨時的に会員になって、それで帰ろうと考えたのである。

先ず、「スカイメイト」の会員になる為「写真」を用意しなければならなかった。
28年前でも都内なら「三分間写真」はどこの駅にでもあったが、札幌にはどこにも無かったのである。
一日中捜し歩き疲れて腹が減ったので「三越」のデパ地下で試食品でもつまんで「飢えを満たそう」と思い、地下に降りる階段の手前にドドーン!とソレがあったのである。
「北海道内で初の三分間写真です!」の大きな宣伝看板とともに・・・。

で無事に「格安航空券引換券」(席のキャンセル待ちだが)を手にして・・・。

メンバーは男3人に、私達が「お姉ちゃん」と呼ぶちょっとボーイッシュだが美人の女性が一人という4人構成。
勢いあまったこのメンバーでススキノに繰り出し「ピンクキャバレー」に入ったら、「女はお断り」と言われたのだ!
しかし無視して4人で入ったので中は大騒ぎ!ホステスさんは「女はダメ」と叫ぶし他の客は恥ずかしがって帰るし・・・。しかし酒が回ると店内はお祭り騒ぎに・・・。
原因は、我グループの「お姉ちゃん」だった!ホステスさんにスカートはまくられるわ、胸を触られるわ女同士でヤケクソになって店内を踊り狂っていたみたいだった。

しかし昼間はブラブラと宿探しをしていた・・・。
するとあったのだ、格安宿が!札幌オリンピックで「ジャネット・リン」(スケート選手)が泊まった「真駒内オリンピックセンター」(当時1500円位だった)。

ただし、金が無いから毎日「バターじゃがいも」(100円)と「焼きイカげそ」(100円)ばかり食べていたが・・・。
帰りの機内で軽食が配られたが、ケーキかと思って中を見たら「じゃがバター」だった。
通算5・6個食べていたのでさすがに吐きそうになった・・・。

その飛行機は「キャンセル待ち」をしてなんとか乗れたのだが、羽田から浜松町までのモノレールの切符を買う金までは残っていたのだが、そこから先に帰る電車賃は残ってなかったのである。
本当にサイフの中は「10円」だけだった。
・・・でどうやって当時の国鉄駅構内に入ったか忘れたが、入ってしまえば「定期券」があったので家に帰れたのである。(当時は駅員が定期を目視するタイプ)で自動改札なんて無い次代だった。
「すすきの」に行かなければもっと贅沢できたのにバカですよねえ!
これは22歳くらいの頃の北海道バカ話です。







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Last updated  2009.02.20 02:30:07
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