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Hirokochanさんマイミクの夢~♪ねぇさん(筋金入りのマッサージ師、エネ使いでもある)、一肌脱いで支援活動を率先してらっしゃいます。
避難所事情が日記にUPされておりまして、許可を得て転載します。
続く援助活動物資についての記載も新しい日記にあったので、ミクシィにアクスがある方は こちら からご覧下さいね。
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私達がお世話になった避難所は
当初寝泊まりしてる人数が60名程だった
徐々に町を後にする人も出てきて
キツキツだった会館内も今はゆったりと場所を取れるようになり
車で寝泊まりする私達にも
「ここさきて寝ればいい」と お誘いを受ける程の場所が出来ていた
敷布団はないものの 毛布は積まれたままの状態があちこちに見られた
消灯は 20時30分に半分の電気が消され 21時には 小さな電気だけとなる
会館の前には ブルーシートに囲まれた屋根高の本部があり
男性達はドラム缶に薪をくべては 談合をしている
夜には 「ブルーSeaと居酒屋(勝手に命名)」に変身する
朝は6時30分からラジオ体操第一をみんなで行い 簡単な朝礼がなされる
そのあと朝食になる
メニューは
ご飯、具だくさんみそ汁、漬物、お浸し、缶詰や温めるタイプの煮魚、ソーセージ、色とりどりのサラダ、青辛子漬け、葉わさびのお浸し、タラコ(私達の差し入れ)
などから数点が並ぶ
夜も同じ
ただ 各自が近くの涌き水の流しにて食器(はし、茶碗お椀)を洗う為 油物のおかずは並ばないのが基本
たがら ジンギスカンパーティーの時は
皆さん上手に油を食器に付けないように食べていた^^
食事の時間は30分程度で片付けに入り 皆早々に自宅に戻って行く
8時にはガランとした避難所となり
10時から仕事の私達だけが取りの残された感覚に毎日あった
昼のお弁当も持たせてくれる
お握り一個、バナナ、牛乳、おかし、飴、あればパンも入れてくれる
食べきれない物は センターの人に分けてあげた
16時過ぎには避難所に戻り 着替えた後私は夕食の配膳の手伝いに入るように心がけた
夕食のメニューも朝同様の種類から数点が並ぶ
実に栄養的にも整った食事で 私は1kg増えてしまった位
お腹を満たしてくれるものだった
しかし
昼間のボランティアセンターの避難所では配給のみの為
パンとカップ麺、牛乳やバナナ、そして水、などの袋を下げて自分の家へと帰る人を見かける
その避難所によって かなりの差がある事を知る
また伝承館は男性と女性の役割分担がしっかりなされ 統率されていた
みんなから声が出ていて明るかった
お風呂は週に一回 近くの自衛隊温泉に入りに行く
ただ暮らすのには何不自由のない生活ができる
共同の洗濯場もあり 二層式の洗濯機もある
ただ それが次へのステップに進めない理由にもなる.... と
危惧する責任者の方々の言葉があった
衣食がある程度満足してしまえば 避難所にずっといたほうが楽になる
それでは 自立心が芽生えない
徐々に避難所から自宅や仮設住宅に移り 個々の生活を考えていけるようなきっかけや足掛かりが欲しい....
と、考えているようだ
「よし!!!」 と立ち上がれる動機が必要になる
それを考えるのも 私の得意分野だ♪
館内でのマッサージのあと消灯直前まで
「ブルーSeaと居酒屋」での話し合いが行われた
また 一ヶ月経ってもいまだに土間の上にシートを敷いて寝泊りしている避難所もあるという
この差は一体。。。。。
つづく .
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