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今日は、朝から、実家の父から、陰陰滅滅とした声で、「そうか。通信制にしたか~。毎日通うんじゃないのか。ふっ。自分のペースで‥か。わかった‥。」という電話がありまして、わたしは、非常に、非常に凹みました。凹んでいるところに、また、すぐに電話があり、「まあ、途中で気が変わって、普通の私立に転校ってことも、できるしな。そうしたら、学費は出してやるから。なっ。」と、追い打ち。「私が、どんな気持ちで、ここまできたと思ってるの。もう、そういうこと、言わないで。」と言って、電話を切りました。ほんと、こどもの心、親知らずだなぁ。わたしは、もう、じゅうぶん、両親を喜ばせるために、いい子で頑張ってきたわけだし、こうして、また、孫のことで、親に失望した声を出されると、やはり、辛いな~、という気持ちがあります。「あいつも十五なんだから、もう、親や回りのせいじゃないし、自分で自分の人生切り開いていくしかない。自分の責任で、将来のことを、よく考えてがんばれ、と、ひとことあいつに言ってやりたい。」と、父。まあ、そりゃ、正論なんだけど、そう言われたら、言われた方は、どんな気持ちになるのだろう。ただ失望の気持ちをぶつけられているだけだ、と、私だったら感じるだろうな。息子が学校へ行かなくなった当初、父は、私に、「オレが誰よりもいちばん、ぷんのことを心配しているんだ。誰よりもだぞ。」と、言いました。(だから、いちばん心配している彼のこころをこそ、娘や孫は、ちゃんと汲んで行動して欲しい、汲み取るべきだ、というのでしょうか。)孫が悩んだ末の身の丈に合わせた選択なんだから、じいちゃんたるもの、ここは、ぐっと大人になって、こころよく応援してやってほしいよ。父が私に、(おまえは、もう、じゅうぶんやったよ。ありがとう。後は、おまえの好きなように生きればいい。ぷんも、あいつが好きなように生きればいい。)と、からっと言ってくれないかなぁ。そうしたら、どんなに私の気持ちが軽くなるかしら。こういうとき、「心配は親の存在不安を運び出す荷車」という言葉を、あらためて思い出します。私が小学校低学年の頃、父が、私の工作の宿題を、作ってやる、とはりきってのこぎりで手にけがをしたことがあって、その時、父は、わたしに、「おとうさんが、わたしのために工作を手伝ってくれていたら、手にけがをしました、と、作文に書けよ。」と言ったので、私は、『?』となりました。なんで作文に?父は、苦学をして自力で大学まで進んだ、野心と能力のある人でしたが、わたしにとっては、ぜったいに悲しませてならない、かわいそうな人でした。父もかわいそう、母もかわいそう、と、私は、ずっと思っていたのでした。もう、わたしは、父のために、じゅうぶんやったから、もう、いいではないか。もういい、ありがとう、と、言って欲しい。追いかけて期待して失望して来ないでほしい。いっそ、私という娘が、いなかったことにしてほしい。というわけで、朝から、ブルーですわ。反面教師にしよう。
2011.02.25
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ネットで、セロトニン関連で、検索したら、いろいろ出るわでるわ。あらためて、すごいな~~、ネット、と、思いました。情報の海の中を泳ぐにも、エネルギーが要りますね。読んでいたら、へとへとに。特に、主観にまみれた情報は、エネルギーがないときは、心でさばけない。疲れる~~~。(主観にまみれた、などと、感じた時点で、もう、そういうときは。情報から距離を置いた方が、よさげですね~~。)そうそうに、切り上げることにしました。こりゃ、少し、この人に頼ってみようかな、と、思った途端、こころの硬く緊張してきた一部分が、「へなちょこ」っぽくやわらかくなって、(おねがい、ちょっと、そうしてみてくださいな~~)と言うのでした。ずっと、どこかで気を張っていたのですかねぇ~~~。大壺に、どぼどぼだもんな~~。そうそう。「へなちょこ」って言葉が、しっくりくるかんじです。しばらく、たのしく「へなちょこ」しています。小説も、今は、ダメだ~~。「まみれる」って感じになるから~~。
2011.02.24
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とっても、よかったです。メリル・ストリープが、とってもとってもチャーミングでした。観てて、元気をもらえる映画です。二月になってからというもの、早朝ブルーがあまり長く続くので、毎朝ブルーな気持ちを、イメージした大壺に、どぼどぼ注ぎ入れておりましたが、先日、やっぱ。こりゃ変かも、と思って、心療内科へ行ってきました。いつもの、ざわざわ沼女とも違うし、しょんぼり感とも違うし、なかなか切り替えがきかないし、ちと変だ~~、と、思って。問診を受けました。はあ、セロトニンが足りなくなっているのだろうって??持続したストレスがないか、聞かれました。まあ、ストレスっていえば、この何年来、ずっと、ずっとですがな。特に年末から一月にかけては、と言う話を、モゴモゴしておりました。ストレスが長く続くと、セロトニンが消費されて、不足するらしいのです。特に、明け方は、セロトニンが足りなくなるそうです。はあ、それで明け方。はあ、セロトニンですか~~。いやぁ、今までが、ずいぶん長かったしなぁ。薬の処方箋が出ました。「以前(息子が学校に行かなくなった頃に、一度受診しました。)に出した薬といっしょです」、と、言われて、「実は、わたし、薬は、飲みませんでした。自分でなんとかできそうだったので。」と、告白。「そうですね~~。あなたは、ここはちょっと任せてみよう、という、冒険心が足りないかもしれませんね。エネルギーが低い状態で、ずっときているから、ちょっと上向きになれば、自分で、それが普通だと思っているのでしょう。普通は10のところを、6ぐらいで、がんばってても、セロトニンは、溜まってきませんよ。」と言われて、(なるほど~~。そういうところがあるかも。私は、自分を人に委ねてしまうことがイヤなんだわ。)と、思いました。自力でできることならば、自分でやっちまおうと。ここは、ちょっと、この先生にお任せしてみるかな~、と、思いました。
2011.02.24
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伯母のことを書きたくなりました。伯父(母の兄)と父が親友同士だったことなど、いろんな事情があって、私がちいさいころ、母の実家には、家族で入り浸っておりました。まるで、第二の我が家みたいに。私は、伯父と伯母が大好きで、ふたりには、ほんとうにかわいがってもらったのですが、早世した伯父の死後、跡取りのことで、いろいろ複雑な問題があって、伯母と母たち姉妹が対立して、ずいぶん長い間、ぎくしゃくしたのでした。父は、当時、中立の立場で、母たち姉妹のことを、内政干渉だ、と、批判していたのですが、当時若かった私には、伯母の辛さがわかりませんでした。不意に、小姑としての、加害者、侵入者としての、母たち姉妹の残酷な姿が浮かび上がりまして、私は、今、びっくりしています。伯母は、たいへんだったんだなぁ、苦しかっただろうなぁ、と、思うのです。そして、一卵性双生児のような母娘だった当時の私は、母の立場になって、伯母に批判の目を向けていました。それは、公正ではなかった、と、今、私は、思います。加害者としての自分というものも、そのとき、いたのだと。
2011.02.20
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どうも、息子がその頃に、寝たようで、その物音で目が覚めました。なんだか、得体の知れない不安やら、後悔やらが、どば~っと出てきたので、(あんれまあ)、と思い、大きな壺をイメージして、その中に、それを、どば~~っと、全部注ぎ入れてみました。入る入る。なんせ、大きな壺なので。いくらでも入る。不安は、もう、あって当然なんだけど、まわりに拡散しない方がいいし、自分や家族に、もわ~~っと霧のように漂い始めると、非常に、めいわく~~~。どうせならば、据わりのいい、どっしりした、じょうぶな大壺に入れて、その壺ごと眺めていようかと。このイメージ、けっこう使えました。こういう朝があったら、また大壺をひっぱり出してこよう。「据わりのいい」ということばで、「アメトーク」の、「小杉いじりたい芸人」の回で、千原ジュニアが言った、小杉の「据わりのいい顔」を、思い浮かべました。据わりのいい顔!!すばらしい表現。言い得て妙!!でも、あの顔を思い浮かべると、なんだか、わたし、しあわせな気分になるわ~~。
2011.02.18
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ケロリンさんに、思いがけず、書き込みをいただいたり、おとねさんに背中押してもらったりして、どんどん映画観てます。昨日は、「愛を読む人」今日は、「息子の部屋」それで、私が、今、いちばんやりたいことは、映画観ることなのね~、と、気がつきました。だいたい観るのは、旧作だから、百円で観られる。素晴らしい~~。それでもって、近場は、邦画と韓流と、アメリカンなSF、ホラー、テレビドラマシリーズばかりで、しっとりした洋画の品揃えが、なさすぎる~。なので、今日は、別の店を回る予定でいます。せっかくのお勧め、ぜひ、全部、観たいです~~。息子は、進路を、決めました。通信高校の面接受けるそうです。ああ~~~。決めるまでが、長かった~~。昨晩、真夜中に、彼、歌を歌っておりました。結構大声で。あんれまあ。歌ってるよ。息子のことは、本当に、むすこにしかわからないです~~。卒業アルバムも欲しいといって、制服着て、写真屋さんで個人写真を撮ったし。文集も、〆切りに間に合わず、書かないのかと思っていたら、期限をのばしてもらって、ラストスパートで、今、必死に原稿書いています。予想外です。ああ、もう、彼は、予想外だらけ。そりゃあ、そうですね。わたしじゃないから。わたしは、こわくて、いろいろ提案できない。わかんないのに、提案して、それで、彼の人生の責任とれないし。
2011.02.16
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昨朝は、出張に行くオットを高速バス停まで送り、カード大会に行く息子を、会場まで送り、家でひとりで借りてきたDVDを観ていました。帰り道、スーパーとレンタルビデオ屋に寄って、(おお!日曜日に、家でひとりの時間。いい。いいわ~~。)、と思っていたのですが、さて、家に帰ると、妙に気分がスッカスカしました。オットはしばらくまた留守だし。天気は曇天だし。そうはいっても、、「さびしい」というものとも、ちょっと違う感覚。それでもって、私には、非常になじみ深い。ああ、こういうの、「存在不安」だ。このもやっとした感覚に、ちゃんとお名前つけてた人がいたとはねぇ。捕まえた。それもリアルタイムで。お名前ありがとう。(命名者、どなたでしたっけ。)そういうとき、自分にどうやさしくすればいいのか、いまだに、よくわからないでいるのですが、(ああ、あるね、ここに。わかってるよ。よしよし。)と、リアルタイムで感じることができるだけ、進歩です。それでもって、この時間、そばに誰もいないから、思いっきり自分にかまけられる。贅沢だ~~。昨日観たのは、「わたしのなかのあなた」。このDVDがまた。とても、こころに沁みたのでして。お昼は気楽にカップラーメンだ、と思って、「究麺 とんこつ味」などを、たのしく用意していたのですが、どうもひとりで食べる気分になれず、息子を迎えがてら、近くのパスタの店で、遅~い昼食をとりました。ゆっくりコーヒーを飲んでいると、息子現る。このひと、大会に行くと、いつも、お昼も食べずにカード三昧しているのです。私と時間差で、さらに遅い昼食。うまそうにカルボナーラを食っておりました。帰ってきて、居間で、ギター弾いてる息子。それから、チーズケーキを作りはじめる息子。それからイラストの練習しはじめる息子。自分の「好き」なことを、こころゆくまでやれる時間は、人生の中で、ないより、あった方がいいんだろうな~~。それでもって、わたしの「存在不安」の方ですが、息子のギターを聞いているうちに、心の奥に帰っていきました。普段忘れているときも、それがなくなるわけではないのだと思います。こころのどこかに、居場所があって、いつもそこにいるのかも。ただ、そこにスポットが当たった時には、(うんうん。あんたがそに居るの、ちゃんと、わかってますがな。)と、言って、やさしくしてあげよう、と、思いました。
2011.02.13
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ムスカリさんの日記に、なんか言いたい、いいたいゾ~~~、それは、なんだ~~??と、思っていた私です。言いたかった言葉は、地べたを這って、涙しながら、掴んだものは、消えないのね~~っ、賜物なのね、てことかしら。それは、子どもも、同じかも。地べたを這って、涙しながら掴んだものが、財産になる。どこかで自分を支える芯になる。だから地べたを這う時間は、ないより、あったほうがいいのね~~。渦中は辛いけど。で、渦中だとしても。
2011.02.10
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ムスカリさんところから、お題をいただいてきました。むらさきさんのご紹介によると、これは、イチローの言葉なのだそうです。どうやら、やっとトンネルから抜け出たのですが~~、この二日ほど、私は、この何年にないほどの、自分とのつきあいにくさに、辟易しておりまして、(ああ、つきあいにくい。つきあいにくい自分。)と思いながら、昨日は、朝から、ひとりで映画を観にいきました。「毎日かあさん」を観てきました。具体的に言って、いよいよさしせまってきた息子の進路への、強い関心を、自分で持て余しているのでした。そうかといって、あーだこーだ口を出して、自分の思う方向へ誘導していこう、などとは、考えていないわけでして、コントロールしようとは思わないけれど、自分の強い関心が自分で辛くなる感じで、ほとほとイヤになりました~~。『コントロールできるか、できないか』ということ以前に、私には、『では、コントロールできるものならばしてもいいのか??』という疑問があります。第三者へのコントロール、ということに範囲を限定すると、私は、この何年か、「家族」へのコントロールを手放す、という課題をずっと心に持ちながら暮らしてきたので、やはり、コントロールしたい誘惑はあっても踏みとどまりたい。と、思うわけで、ここが、私の出発点です。それでもって、「関心を持たない」という割り切り方は、(私の目からは、ストイックで自分の思うように自分を捏ねあげることに非常に重きを置いているように見える)イチローらしい割り切り方だと思うのですが、凡人の私には、どうも、ムリ~~。だって、もうもう、関心あるものには、関心ありまくりなので。なので、私にできそうなことは、自分の熱い関心は、関心として、まあ、ちょっと脇に置いて、ちょっと気持ちをそらす、というか、木田先生の言葉でいえば、「寛大な無関心」を行じる、ということなのかな~、と、思います。ムスカリさんが書かれていたように、適温、ということは、とっても大切だと思うので、熱すぎるときはフーフー冷まして、突き放したくなるようなときは、ほかほか温めて、そういった工夫を、できたら自分に楽しくやりたい、と、思いました~~。「毎日かあさん」、効いたわ~~。よかったわ~~。
2011.02.08
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今朝は、なんだか、おなかの調子が悪いし、気持ちが落ちているし。早くから目が覚めていたのだけれど、ぎりぎりまで布団にいて、えんやこら朝ご飯と弁当を作り、オットが出勤した後は、しばらく、動けずに、コタツでごろごろしていました。(これは、落ちた、落ちたゾ~~)っと思っていると、昨晩の雨でいい感じの湿り気のある今朝の晴天さえ、私には、まぶしい。まぶしすぎる。(今日は、自分の目標ハードルを、ものすごく低くして過ごそう)、と、カーテンをひきなおして、布団に潜り込んでみましたが、30分もすると、(ととのいました~。)と、起き出してきました。お腹ぴ~ながら、気持ちが落ちながら、とりあえず、いろいろ動ける今日の私。布団を干して、わん男を散歩に連れて行き、ついでに毛布まで洗ってしまった。朝の集団活動が、効いたのかしら。
2011.02.07
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3年前のオットとの大げんかから、しばらくずっと、表面的には穏やかな日が続いていた、らんでる家でしたが。私は、(こりゃあ、悟りを開いたみたく、わたしは達観しているのか~~?すっかり、お気楽になったのかしら~~?)と、のんき坊主で過ごしておりましたが、年末からずっと続く、あれやこれやで、あらためて、どうも、自分の主観だけでは、認識がアヤシいこと。自分の中に常識の枠がしっかりあること、など意識し直したりしております。そんでもって、今回、(私には、ムリ~~。息子が生きていりゃあそれでいいと思うなんて、ムリだぁ~~!!)、ということが、しみじみわかりました。(生きてりゃあいいんだ。放っておけばいいんだ、というのは、親の会の代表者さんの口癖です。)元気でいてほしい。できるならば、幸せそうな方がいい。気の合う友人ができるといい。高校ライフだって楽しめるといい。そのために頑張って欲しい気持ちだってある。将来、好きな仕事に巡り会って、張り合いを持てるといい。自分の中から、こんな言葉が、バラバラいっせいに、ここに、こぼれ落ちていくのを、私は、今、見ています。別に封印してきたつもりじゃないのに、あれれ、押し込めていたのかしら。ポケットを探って、そこにあったことに、あらためて気づいたみたいに。ああ、あるね~。ここにそれらが。幸せになって欲しい、幸せになって欲しいんだ、と、かまびすしく。そんでもって、また、私は、拾って、それらをポケットに詰め直すのね~~。ただ、それだけ~~。ただ、点検して元あった場所に戻す、ということなんだけど、それって、祈りということに似ているな、と思いました。いや、祈りなのか。彼がどういう選択をすればベストか、なんて、私には、とうていわからないし。ああすればいい、こうすればいい、ということも、私には、言えないし。もとより聞かれていないし。彼が、先の三つのうちのどれを選んだって、私は、心配なんだよな~~~っ。心配しないぞ。そんな気持ちも、ここにあるけれど、心配な気持ちもある、あるなぁ。この機会に、心配だ、心配だ、心配だ~~って、気持ちも、ポケットから出してみました。心配だ、心配だ、心配なんだ~~~、と、かまびすしく。で、これもまた、ポケットにしまうかな。さて、息子を迎えにいくか。
2011.02.02
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進路のことで悩み中だった息子。彼は、高校に進学して3年で卒業したいそうです。三つの選択肢で、決め切れない、と、迷っておりました。1)公立の全日制2)定時制と通信制二本立てで3年で終わらせる3)通信制(フリースペースの先輩が、通っていた高校。文化祭もある。)先日、彼は、適応教室の先生に、相談に行きました。ここで話したことは全部おかあさんに話してもいい、と彼が言っていたので、ということで、相談の内容を、後で、先生から、伝えられました。それぞれのいいところと悪いところを挙げてみるように言ったところ、いちばん行きたいのは、全日制だけど、いちばんリスクが大きいのも全日制。留年もあるし、通いきれるか、自信がない。定時制は、今の生活リズムで通えそうだけれど、通信と併用は、余裕がないかも。でも、4年かかるのはイヤだ。文化祭もないし。行きたい通信制は、自宅から遠いので通いにくい。でも、ゆとりがあって、趣味も続けられる。文化祭もある。ただ、どういうところかが、わからない。イメージがつかみにくい。とのこと。(文化祭‥‥そこは、こだわりたいのね。)じゃあ、ひとまず、そのことは置いておいて、高校は通過点だから、その先どうしたいのか、聞いてみたところ、希望が二つ挙ったそうです。じゃあ、それに向けて、どういう進路がいいのか、考えてみよう、それと、イメージがわかないのならば、もっと情報を集めてみたらどうか、と言ったら、そうします、かなり整理できました、と、言ってた、とのことでした。すごい。わたしでは、とてもそんな風には、聞けません。昨日、息子に、「情報を集めるんだってね。手伝えることがあったら言ってね。」と言うと、通信制の授業時間を知りたい、というので、以前学校からもらってあったパンフレットを渡しました。朝一からは、遠いし、ちょっと無理だな。午後からだけ出て、単位は取れるんだろうか。土曜コースならば、日数少ないし、(年間15日)。これならば、なんとか通えるかなぁ。などなど、やはり悩み中のようです。私は、(定時制も考えていた人が、年間15日は、少なすぎますがな~~。)という突然湧いた心の声にやられてブルーになり、ぐったりして、夜のビールを2本も飲み、変な時間に、こたつで爆睡しました。明日は朝八時半に起こして、と、妙に念をおされたので、その時間に起こしましたが、息子、起きてきて、また、こたつで寝てますがな。ああ、なんだか、じれったい。じれったいけど、しゃ~ないなぁ。ムスカリさん流に、ここは、祈るか。
2011.02.02
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