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当社事務所移転に伴う新規電話番号を本日申し込み取得しました。その新しい番号はまずまずの数字の配列。語呂も良いし、おまけに7桁全ての数字を並べ替えると1~5までに収まります。「これは運がよいぞ!」と、私はすぐにわずかなことでも勝手に良いほうに解釈いたします。ところで、昨日は当社のPCシステムラン障害により急遽保守会社にTELを入れきてもらい夕方から夜にかけて点検修復をしてもらいました、コンピュータ保守については、をいつも頼りにしている会社です。私よりずっと若いこの会社の経営者は、同じ勉強仲間でもあります。全くの素人からこの分野に入って今日まで、数年で、あらゆる方面から信頼を得るにいたっています。プロとしての専門的知識と熟知は当然のことですが、その提案力と行動力が抜群で、頼もしい限りで、そこが顧客の信頼を得る大きな要因になっているようです。そして選択いただいたクライアントへの揺ぎ無いバックアップ体制と姿勢。異業種の彼からは、様々なアドバイスと仕事のヒントももらっています。その気になればヒントはどこにでも転がっていますし、あらゆる人から得ることもできます。但し、こちらに、その気と謙虚さがあれば・・の話です。やはりどの分野においても、専門的な知識も営業姿勢も、その道のプロとしてのエキスパートになることが肝心。使命感を持ったプロ意識というものは、個人と会社を成功させるためのなにより重要なポイントとなります。そういえば、私も不動産業界に入った頃、なかなか成績上がらない私は、慣れない商談に、先輩のフォローを受けながら、やがてお客様と先輩が、ローン計算や、専門的なアドバイスをするなかでスムースに商談が成立していく過程を傍らで見ながら、半ばその光景にある種の格好良さと羨望を持ったものです。そして同時に、未熟な自分自身を歯がゆく感じました。やがて時を経ながら私は、仕事に慣れるに連れて、そこそこ営業もやっていけるようになった頃、少しうまくいきだした要因というものが、専門的な知識と、失敗をも含む数々の経験のかさ増しが、ひとつの自分自身の自信と余裕というもになって態度、言葉に表れ、相手に信頼感を与え、結果として、運を運(はこ)んでいるのだと気づいたものです。昨夜の彼は、復旧の為に時間に関係なく取り組んでくれました。仕事しながら世間話のなかで、私も彼も、九星学でいうと、どうやら今年は八方塞の年らしいのです。確かに私の今年後半はそんな傾向か・・?占いの真偽は別にして、互いに「どんまいどんまい。悪いときは悪いときで、淡々と、今できる成長のための精進を続けながら、自分磨きに費やすべきであろう」ということで一致しました。彼も今は将来に向けた大事な時期だと、全社一丸で夜中まで頑張っているようです。もちろん未来における自分と自社のために・・今年の彼は、その様な観点からか、経営を含める自分磨きの勉強に随分と勤しんでいました。私も、山積する課題に一応悩みならも、明日を信じて、試行錯誤の日々であります。人生全てが良いときばかりではありません。その様な時には、じたばたせずに自分を掘り下げることに傾注してその時を待つ。自己を高めるに、お金はほとんどかからないわけですから。ほとんど自身の気の持ち様なのです。いついかなる状況下において精進を怠らず。というやつです。その考えというものには、これまでの人生で一分の迷いもありません。そして、会社というものは全て社長の責任です。責任あるワンマン経営をとりながらも、初心を忘れず、常に反省心・向上心を持ちながら、市場の流れを見極めながら舵取りしていくことを思う今日この頃。×××-0203 新しい番号。まあまあいい数字だ。運があるかもしれません。(^^)よし!運勢を自ら切り拓いてやるぞ!(^^♪
2005年11月30日
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昔昔、あるところに貧乏な学生がおりました。狭い四畳半の部屋。あとはトイレと、土間にはセメント造りの傾いた流し台。この季節になるとつらい日々でした。何せこの古い木造の建物の入り口の戸はというと、中から外が見えるのです。戸枠に、ただ板を打ちつけた、スノコ状態なのです。そして、その戸は、炭焼き小屋のような、開閉時には戸が地面をこするほどに傾いていいました。隙間風はピュ-ピューと入り込んできました。唯一の暖房である電気コタツは、強と弱のみ。中間温度というのがありません。寒いと足で蹴る。熱いと蹴る。冬はひたすらせんべい布団に包まっておりました。銭湯は歩いて7、8分のところにありましたが、せっかく温まっても、帰りには身体の芯から冷えてしまいます。夏は愛用のポリのたらいで、土間で行水。このたらいでは洗濯もします。炊事場は時に洗面台にもなるのです。もちろん湯沸かし器なんてありません。故郷からのわずかな仕送りも時々滞っておりましたから、7000円の家賃も時々支払いが滞っておりました。(家賃滞納は絶対いけませんよ)バイトもよくしました。冬の土木作業の工事現場は大変でした。警備会社のバイトでは、ある工事現場で、年を越したこともありました。守衛室で寝泊りし、夜も定期的に現場内を巡回したりするのです。金は無くとも、何故か心は充足感で一杯の青春時代。あるとき、米を炊こうとしたのですが、炊くには、あまりに量が少なすぎて炊けないことがありました。そしてその内にガスが止まり。結局、チキンラーメンをかじってしのいだりしたものです。そうそう、こんなこともありました。あまりのきつさに、ある日、土木作業の仕事をさぼったことがありました。すると、親方が私の部屋まで迎えに来たのです。入り口の戸はほとんど無錠状態。戸を開けるとすぐに土間から部屋。親方は「お~い○○く~ん」と戸を開け顔を覗かせ声をかけます。その前にも来た事があるので、その日の私は、予想して事前に姿を消しておりました。どこに消したかと言うと、当時流行った、ビニール仕様のファンシーケースの中。その狭いなかで直立のままで息を殺してじっとしておりました。いや~実に苦しかったですね。親方が帰るまでの数分間は・・実に姑息な手段をとる私。否訂正、そのある貧乏学生。しかしなんやかやで、日々は結構楽しく過ごしておりました。キャバレーやクラブでのバイトも楽しかったです。ボーイしながら、テーブルに出す前のオードブルをつまみ食いしたり。何しろ腹へっていましたから。もちろん、そっと並べ替えて出していました。(^^)着物の似合うとても素敵な、憧れの店の女の人にある日「焼肉弁当」を作ってきてもらいました。このときは嬉しかったです。まだまだ初心だった私は、ただただもじもじていたのを覚えています。あっ!訂正、訂正。ある貧乏学生は、です。いろいろあっても、振り返ってみれば実に楽しい青春時代。けれども、さすがに食うに食えないと言うのは辛いのです。その内に息絶え絶え状態になってしいました。飢え死に寸前の仮死状態。そしてとどめを刺すかのような失恋・・トホホ。そんなある日、目の前が朦朧としたなかで餓死寸前?の身体を横たえていた学生。すると、なにやらそのほったて小屋を仄かな灯りが包むではありませんか。どう表現したらよいでしょう。そうそう、映画「ET」の様な未知との遭遇状態。気がつくと目の前には・・マザーテレサが・・その方は、後光のなかで、貧乏な学生に救いの手を伸ばしてきたのです。すると凍死状態のその学生の身体は急に温まってきて、ことなきを得たのです。めでたしめでたし。その後どうしたか?って?その学生は、現れた天使様に、クリスマスにはチキン。その都度、おにぎりやその他差し入れ・・と学生は思い存分甘えておりました。そして、天使様の壮大なる愛の救済活動により、無事一命をとり止めることができたのです。さて、その天使様。救済活動を終え、やれやれと、その場を立ち去ろうとしたのですが、その学生は、味をしめたらしく、振りほどこうとする天使様の手をしっかり掴んで離しません。「やっと食い扶持を掴んだのに~!」と”^_^”海でおぼれるものが救助の人間に、藁をも掴む状態でしがみつく感じでしょうか。そして、幸運を掴んだその貧乏学生と、ひょんなことから不幸を掴んだ、その天使様は、腐れ縁につながれて現在もある地方で元気に暮らしているようです。時々天使様は、溜息つきながら「あ~あ~、あの時手を差し伸べさえしなかったら・・」「あのままほっとけばよかった。大失敗。」とぼやきながら・・(^^♪
2005年11月26日
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昨夜のYAZAWAライブは最高でした。初めての会場なので、早めに現地に着いたのですが、その場所は、福岡ドームの隣。ホークスタウン敷地内にありました。開場までの2時間を、妻と二人で、タウン内での食事や、球場周辺、ホテル内を散策しながらその時を待ちました。付近には、これから銭湯?にでも行くのか、脇にタオル抱えてうろうろする人達。食事に入ったレストランでは、二組の若いカップルが後から入ってきて、私の後部座席に座り会話。いつもの光景の、頭はリーゼント風。「・・・ばい。」「そげんとね・・」あの、武田鉄也風の博多弁で話しております。それを後ろに私は聞きながら、思わず「ぷっ!”^_^”」・・「頭と話が合わんばい。おかしか~」(^^♪ と思うのです。しかし、素朴でかわいのですね。これが。言っておきますが、私は決してリーゼントではありませんよ。したこともありません。リーゼントした不動産屋なんて、恐すぎます。(^^)高校生の時は、詰襟のフォックをきっちり止めておくのが格好いいと思っていた位ですから。本当ですよ。(^^)いよいよ18時の開場は、整理番号順で入場したのですが、ライブ会場は私にとって初体験。1800人強の会場内はいつものコンサート会場に比べあまりに狭い。その内全員入った場内は、身動き取れない状態。ステージと私の位置は5、6Mの距離の超接近戦。永ちゃんの汗が飛んできそうです。しかし、これであれば椅子のある2階の若干席でも十分よかったかも。すぐ近くに知人の○○不動産のW氏夫妻を見つけました。彼らは相当以前からのファンで毎年来ているのだそうです。おや!?とそこにいるのは、私が時々いく居酒屋の大将じゃあありませんか。この店は座敷にポスターも貼ってあり、大のファン。商売は奥さんに任せてきたようです。そしてやがて始まったステージは、いつもの大盛り上がり。熱い熱いライブは21時に無事終了しました。最高。けれども、トホホ。(~_~;) 私は、腰をやられました。(~_~;)開演前の1時間。そしてライブの2時間。計3時間を完全立ちっぱなし状態。寄りかかるところもありません。いつものコンサートもほとんど立っているのですが、一応席はあり、途中で座る場面もあるのです。ところがこのライブは、全くの立ち見。日頃運動不足のおじさんには辛い。でも今回で要領がわかりました。次回は、せめて手すりのある近くで参加することにしましょう。よれよれ状態で手すりにしがみつきながら・・(^^)ところで、妻はというと「もう今回で勘弁して・・」と言っております。「もう少し落ちついたコンサートに行ってみたい。「あなたとは趣味が合わない」とも。結構私の横で乗っていたと思いますが・・しかし今日は、まだ足と腰が痛くて痛くて。ライブハウスは体力勝負・・
2005年11月25日
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昨夕から今朝にかけての、不動産の当地区会員による、一泊忘年会は大成功でした。13名の参加でしたが、会員の皆さんの協力を得て、無事終わりました。会議もスムースに進み、メインイベントの宴会では、若い人達が段取りよく場を進行させてくれました。カラオケも大いに盛り上がり、私と同じくYAZAWA大好きな、元銀行マンのOさんが「I LOVE YOU OK」を熱唱してくれました。本当は私もYAZAWAを歌いたいのですが、残念ながら歌いきりません。いつかせめて1曲は熱唱してみたいものです。で、上手ではありませんが、私は、しぶく好きな1曲を・・「奥入瀬」山本譲二。会員さんは、皆さんとても誠実で良きメンバー。これからも互いに、仕事もプライベートも更なる交流が深まれば良いですね。さあ、本日は早退いたします。いざ福岡ライブ会場へ。社員さん、今日は社長のわがままをお許しください。「後は頼んだぞ!」ちゃんと事実を言って、公認の浮き浮きYAZAWAライブに行くのです。(^^)YAZAWAブログ
2005年11月24日
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本日の私は、早めに仕事終え、夕方から動産業界の当社が所属する地区の、総会と、一足早目の忘年会を兼ねての一泊をします。場所は、福岡寄りの神湊海岸というところで、玄界灘を眺めながらお湯に浸かり、会員と懇親します。あの、同業者でもあり、今年当地区に新入会した、楽天仲間のマキさんとも一緒です。何人かで車に分譲し1時間ちょっとで現地に着きますが、沈みゆく夕日を見ながらひと風呂浴び、その後、退屈な会議は早々にしての宴会。宴会部長も兼ねる?私は、場を盛り上げるために、ビンゴゲーム等の余興も用意しております。賞品は、会員各自が提供する、とっておきの一品。大したことあるものも、大したことないものも、会員があれこれ考えて持ち寄った、どれも気持ちの入った一品のようです。ですからきっと盛り上がることでしょう。(^^)そしていよいよ明日は、待ちに待った、あのYAZAWAコンサートです。明日朝旅館をチェックアウトした後、出社。仕事をしっかりこなして、夕方からいざ福岡へ。会場は福岡ドームの近くです。いよいよ気持ちも高揚してきました。(^^♪
2005年11月23日
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先日お会いしたお客様。あらゆる事に、様々な想いを持っておられるのですが、実はこんなイベントにも参画されているのです。Fukuokaヒーローフェスタ立ち上げられたばかりなのだそうですが、夢のありそうな企画の内容を、とても楽しそうに聞かせていただきました。いつになっても、人は、胸の内に大なり小なり希望と夢を持ち、それぞれの夢実現に向けての、自分の歩みをとっていたいものです。自分の現在地のその先・・自分なりの成長と未来は、誰しも平等に与えられているということは素晴らしいこと。そしてそれは、終わりなきNext。ところで藤岡 弘さんて、私は好きだな。なんかいいじゃないですか。(^^)お昼休みの今、河島英五を聴いております。彼の曲は素朴感があって好きなのですが、12年前の独立には、先の不安と孤独感のなかで、随分と、カセットから流れる歌に救われました。穏やかに、そして力湧き響くものがあります。人は人に動かされる。惜しくも亡くなってしまいましたが、彼も、一度逢って、様々と語ってみたいと思わせる私の好きな人でした。今生きておられたら、きっと私は逢いに行くでしょう。12年前に勝手にお世話になったお礼に。(^^)もちろん得意のアポなしで。
2005年11月22日
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長らくご無沙汰しているお客様を10年振りに訪問してきました。今から15年程前に、以前の会社で取引させていただいたお客様です。NTTにお勤めだったこの方には、12年前に私が独立した折に、独立祝いにと、現在の当社の電話番号をわざわざ提供していただきました。普通はなかなかとれないもの。現在はコンピューター処理によりとることはできないでしょう。×××-1010この番号。実は、警察が-0101ということで、慌て者の人から、当社へよく間違い電話があるのです。それも又愛嬌で、とにかく覚えやすく掛けやすくで、この番号をとても気に入っていました。しかし、来年早々の当社の事務所移転に伴い、局管轄が違うため残念ながら今年で使用不可能になります。やむなく返上することになった経緯と、お客様のご厚意によったこの電話番号を、12年に亘り大事に使用させていただいたことへの、心からの謝意を述べるために訪問させていただいたのです。突然ご自宅を訪ねたのですが、幸いご夫婦ともいらっしゃって、夕飯支度の時間帯にもかかわらず室内に招き入れていただき、月日を隔てた久しぶりの再会に、つい、時を忘れて話をさせていただきました。私と同年代の方なのですが、現在、仕事においても重責を担っておられながら、また関る人脈のなかで、多方面で活躍されておられる様子が、その生気のある話し振りからから窺うことができました。元来楽天的だとはいえ、課題山積みの状態での当社の移転決意。希望と若干の不安のなかにいた私には、心の通った1人のお客様がおられることの有難さと温くもりが身に沁みました。そして、やはり私の目指す仕事の方向性というものは決してぶれてはいけない。この先の歩みも、自分自身の心が一番落ち着くところの選択だと、改めて確信を得たのです。何気ない会話のなかでの今日のお客様との再会は、私にとって強い心の味方を得た様で、大いにこれからの私の励みになります。とてもハッピーな日となりました。心より感謝。有難うございます。
2005年11月19日
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いよいよ来春開港の北九州空港は、早朝から深夜までのシャトル運行が売りなのです。東京への運行数も多く、ビジネスマンの出張日帰りも楽にできそうです。ここを拠点とする新規航空会社スターフライヤー。その漆黒の機体色が精悍で、スタイルはなかなかのものです。今後売り出される、黒を基調とした関連グッズもおしゃれです。ちょっと古い現地リポート近々に最新の現地を見てきましょう。さてさて、来週は↓ここZepp FukuokaでYAZAWAのライブに参加。大いに盛り上がりますよ。(^^♪
2005年11月18日
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今日の日経新聞のコラム欄に、熟年夫婦の旅に思わぬ不協和音・・なる記事が掲載されていました。「熟年の旅 会話で摩擦も」の見出し。そもそも、自立した子供達によって創られた夫婦の時間を、さてゆっくり楽しもうと、旅にでも出た夫婦に、つい日頃の口うるささが出る夫に妻はうんざり・・云々のお話。我が家も、年に一度は、近場ではありますが、夫婦で温泉旅行なりを楽しんでおります。私は妻との旅行をいつもとても楽しみにしております。一番リラックスできるのです。特段の会話はなくとも。なにせ長年の同志のような存在なものですから。向こうはどうであれ一応私は・・で、旅先では、初々しいカップルや、時々遭遇する、なんか不自然さの漂う、”そのような”カップルを見かけると、無言で女房殿の方をチラッと見やり、思わず・・俺も恋の逃避行を・・等の、不純な希望的連想もたまに頭の中をかすめたりして・・すぐさま、「いかんいかん”^_^”。私としたことが・・」と、きれいな自然のなかで、はたと我に返ります。”^_^”あの~、念のため。上記はあくまでジョークですよ。(^^)少し話しはそれましたが、その妻は、仲の良い友人仲間三人と、けなげにも毎月積み立てをして、年に一度あちこち、そのかしましい女友達達と旅行に行っております。夫婦共に付き合っている仲ですから、その時には、我々夫達は留守番なのです。しかし、私は、どちらかというと2回に1回位は、夫婦一緒に行きたいとも思うのです。それを時々おねだりするのですが、どうやら夫のなかで、そう希望しているのは私だけらしく、いまだに聞き入れてもらえません。女房曰く、「女同士で行く旅だから楽しい」というのです。誰の気兼ねもなくワイワイと。確かによく理解できます。旅先まで夫と一緒だと、あれこれ旦那の面倒みなければならなくて、結局日常の延長でゆっくりリラックスうできないのだそうです。そういわれればそうですね。特に私の場合は、身近なことを、女房殿がいないとなにひとつできない感じなのです。家のことは頼り切っている駄目親父なのです。料理もままならず・・「将来女房いなくなったらどうしょう・・^_^;」「まっいいか、今はコンビで弁当売っているし・・」いつも身勝手に自分の心配をしております。そして、こんなことを言っていると、必ず妻から言われるのです。「やっぱり!絶対私より長生きするつもりなんだから・・」と”^_^”続いて言います。「私は、そう長生きしなくていい。子供に迷惑かけないようにが一番」そして「そっちは、いくつ位まで生きるつもり?」私「俺もそんなに、よれよれになってまで生きようとは思わんよ。 まっ、80~85才位で十分やない?・・」妻「十分過ぎ!やっぱり自分だけ長生きするつもりじゃない。厚かましい~」要注意です。子供が手を離れたとたん、妻はやっとの真の自由を手に入れるのです。そう熟年離婚も大流行。考えてみたら妻って大変です。どうしようもない大きな子供の面倒をいつまでも見なければならないのですから。ところで、本心は、やっぱ、同時にtheエンドが理想ですね。一人置いて行かれてはもう生きていけない私。ただただ料理のことが心配。トホホ。なんやかやで、話が随分と逸れましたが、いつまでも、嫌われながらも二人して旅行に行ってみたいものです。(^^)できるだけ迷惑掛けないように、私なりに心掛けて。だから女房殿、いつまでも私を捨てないで。(^^♪
2005年11月17日
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本日は「つむじ」のお話。子供の頃、私の出身地ではこれを普段「ぎり」と呼んでいた。その後、世間に出ても、一般的にこの言葉を聞くこともなかったので、おそらく方言なのだろう。内緒の話なのだが、・・実は私の「つむじ」は7つもあるのです。普通、あっても2つか3つくらいですか?であれば、どうです?羨ましいでしょう?えっ?ちっとも羨ましくもなんともない? 確かにそうですね。”^_^”口外厳禁でお願いしますよ。で、この「つむじ」は結構大変なんです。やや癖毛で、毎日朝シャンしなければ、うまくセットできないんです。トホホ(久しぶりに聞きましたね、朝シャンという言葉 ”^_^”)先ず頭頂部に2箇所、前頭部に1箇所。左右のピンのところで2箇所。そして襟足のところに2箇所。襟足の所にある人は案外いますが、これも床屋さん泣かせでした。床屋さんからは、よく「女の人だったら良いのに。アップしやすいのに。」などと昔言われていました。で、私の大切な「つむじ」ですが、小学生の2、3年の頃、いつも行っていた床屋さんには、「ぼく!(^^) あんたの頭は凄いね。「ぎり」がこんなにあるとは珍しい。きっと将来は偉い人になるよ(^^)」等と、言われていたものです。もちろん、小さなお客様へのリップサービスなのですが、このつむじは、反面「つむじ曲がり」とも言われるように、偏屈者、変わり者等としても比喩されます。このときの床屋の親父さんも、内心、きっとそう思っていたのかもしれません。ところであの時代の床屋さん。散髪終わると、帰り際に決まって、おこづかいの50円をくれました。今で言うキャッシュバック。気が利いているではありませんか。「三丁目の夕日」のような人と人の温もりのある時代。時は移り行き、あの時の坊ちゃん刈りの可愛い"ぼく"?は、さてどうなったか。あの時の床屋が言っていた、リップサービスの「将来偉くなるよ、きっと・・(^^)」の予想通りにはいかなかったが、至極ナチュラルに、しかしあるときは、ある種の生き方の一徹さを持ちながら、そして、最近は頭頂部の「つむじ」に手をやりながら、「・・大事な俺のつむじ。最近なんか猫毛になりつつあって、やばいな・・」(~_~;)等と一人ぼやきながらも、期待通りのちょっと「変?」は漂わせて、こうして元気に楽天日記書きながら、どんまい人生をしぶとく生きておるのです。
2005年11月15日
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今日は福岡で行われた、「不動産重要事項説明書作成セミナー」に1人で参加してきました。不動産取引におけるトラブル回避と、業者側リスク回避についての勉強会。今騒がれている、アスベスト問題についても出てきました。石綿は、私たちの生活空間において、身近の電化製品等にも多く使用されていますし、住宅用建材については原則的にアスベストが使用されているのです。住宅用に関しては、この問題発生により昨年度にて製造終了されたものの、すでに製造された在庫分は、これからも当分の間、建築において使用されることもあるようです。住宅においては、すでにいたる箇所で使用されている石綿ですが、厚生労働省は、「板状に固めたスレートボードや天井裏・壁内部の吹付けアスベストからは、通常の使用状態では室内に繊維が飛散する可能性は低い」としています。今日のセミナーの説明で講師は、「我々不動産業者が石綿の有無の可能性について、重要事項として説明することは現実に困難な作業。なぜなら2004年度まで製造された住宅建材があまりに数多いから」「しかし不動産業者のアスベスト対策として、少なくとも、製造を終了した石綿含有住宅建材の最終製造年月日を頭の片隅においておくのも、ひとつの対策だ」とのこと。我々不動産業者も、次から次へと、様々な注意事項が噴出してきて、取引の対策勉強多々なのです。本日は結構勉強になりました。
2005年11月14日
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私の友人のEさん。彼は、同業者で、また役者でもある。役者といっても地元の劇団に所属しているのです。この劇団の歴史は古くて、彼もまたこの劇団での芸歴は長く実績もあり、界隈では知る人ぞ知る存在。そしてこの劇団ではいつも主役級なのです。不動産業も役者も、どちらも現役。いわゆる二足の草鞋をはくというやつなのです。彼はとても愉快な人で、時々見せる、ひょうきんなその振る舞いは、いつも周囲を和ませてくれ、とても親しみの持てる性格。彼の特徴は、長年の芸歴によっていつしか染み付いた会話の中の言い回し。意識してそうしているのか、知らず知らず癖になっているのか、なんとなく台詞調なのだ。日常でも出合い頭に、彼の振る舞いは、歌舞伎の「大見得を切る」調。電話口でもこんな感じだから、もう日頃においても役者魂は抜けきらないのかも。大したもんだが、何か少し変だ。いつぞやは、当社の事務員さんが街で出会ったら、やはりその場で、「やあ~~!\(◎o◎)/!そこ行くお方は、変な社長とこの○○さんじゃあ あ~りませんか!!(@_@)」などと大げさに声を掛けられたらしいのです。ところで「変な社長」とは、私のこと。変はよけいだと思います。翌日彼女は、「やっぱあっちも変ですね?」と言っていました。(どさくさにまぎれてあっちも!?とはなんだ(@_@))上記を補足すると、ある日街で、少し変な役者兼不動産屋から、変な社長のところの、変な事務員さんが声を掛けられた。まあ、こういうことになるでしょう。(^^)彼の口調の雰囲気を大げさに表現すると、あの加藤 茶がよくテレビのコントで見せる見得を切る感じか。そのEさんが10年ほど前に、ある2時間ドラマの九州ロケがあった際にちょい役で起用されたときの話。(彼は時々ドラマの地方ロケで抜擢される貴重な存在)それは大分かどこかの山間で行われた。その日、マイクロバスに、有名俳優である、筒井○○さんや、あの松阪○子さんと同乗して、ロケ現場に到着。松本清張原作によるある時代背景におけるドラマロケ。彼の役は通りすがりの主人公に道を尋ねられる行商人?の大役。「本番、スタート!!\(~o~)/」と元気よく監督の声。・・「うん~~~~!だめだめ!!(@_@)、Eさん!もっとリラックスして」・・・・・・・・・・「さあもう1回いこうか~ スタート!」と、再びカチンコの音は山間に響きます。(@_@)(~_~;)(@_@)「ちょっとEさんEさん!歌舞伎じゃないんだから、もっと自然に、ナチュラルにお願いしますよ」Eさん「ええ!合点承知のすけ(^0_0^)」監督「さあ~!もう一度気を取り直して 行ってみよう!」\(~o~)/・・「だめだめ、だ~め!!いい加減にしてよ(>_
2005年11月13日
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本日は休日をとりました。不定休の私の休日です。今日は、端から、頭の中を空にして徹底的に眠るぞと、布団にくるまってただひたすらに正午近くまで眠りこけていました。久しぶりに長時間睡眠をとっておかげで、すっきりしました。肉体的疲労も精神的疲労も、日常の流れのなかで、油断するとついしらずしらずのうちに蓄積してしまいます。(決して飲み疲れではありません(^^))例えば、仕事上において、ある問題点を解決しようと考えた場合、陥りやすいのが自分の日常によって固定化された一定枠のなかでの思考。結局狭い視野において、考えれば考えるほどに、迷いのスパイラル状態となることもままあります。経営者としては常に様々な局面にさらされているわけですが、このところ、あれこれ考えながら、やや思考の迷路に入り込んでいました。この様なときには、早めの軌道修正が肝心で、マイナスのスパイラル遮断。私の場合、ひたすらだら~として眠ることにしています。というわけで、本日は自己回復のための休日となりました。この様に、時に日常の枠から一歩逸れて、日頃の自分の位置を眺めてみると、案外、問題点や解決策も見えてくるものです。さあ、明日はまた前向きにファイトでいきますよ。
2005年11月09日
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昨夜は夜12時を越えてまで、鍋を囲んで道場で飲んで語っていました。皆歳とっていくなか、各々の一家言にも少々頑固をはらみながら、しかしその会話や時に討論も、心の共有感を持つ友人であれば、また楽しくもありです。1年に1、2度会う仲間ですから、話は尽きないなかで、あっという間に時間は過ぎます。もっといろいろと、互いに、互いの近況や踏み入った、したい話は山ほどあるはずなのに、久しぶりのなかでは、時間はあっという間に過ぎて、毎度、話し残しながらの散会となります。昨日集まったのは12人程ですが、途中、来年は皆で北海道へ行こうということになりました。それぞれの生活圏や就いている職も様々ですから、うまくスケジュールが合うかどうかわかりません。しかし、もし実現するとなると、各自の仕事とは無縁の、全くしがらみのない仲間ですから、どんなにか楽しい旅になるでしょう。想像できます。そういえば、この仲間には、旅行にメリット?あるかどうかは別にして、航空会社のチーフパーサーもいるのです。そして皆それぞれ、愛すべき良き人の繋がりなのです。
2005年11月06日
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ワタミ株式会社社長、渡邊美樹さん著作に書かれたなるほどと思った一節。「時間は有限であると認識しよう」という内容。それを抜粋すると、『砂時計のようなガラス容器の上部に、一円玉がいっぱい入っている様子を想像してみます。その中に入っている一円玉の数、それはあなたがこの世で生きるであろう日数。その枚数はというと、男女合わせた平均寿命82歳から出した数。すなわち82年×365日=2万9930枚なんと三万枚にも満たない数。その一円玉は、新しい一日への参加料として毎日下に落ちていきます。最後の一枚まで落ちれば無事に寿命を迎えることができて、「めでたしめでたし」ですが、人生そううまくはいきません。この砂時計には一つだけルールがあり、そのたくさんの一円玉のなかに一枚だけ金色の一円玉が入っています。その金色の一円玉が下に落ちた瞬間、その他の一円玉も全て一気に下に落ちてしまうというもの。これが唯一の特別ルール。そう、これはいつ訪れるかわからない「死」。八十二年の人生は決して約束されたものではないのです。金色の一円玉が落ちるのは100枚目なのか一万枚目なのか。明日なのか、それとも三十年後なのか。もし金色の一円玉が一年後に落ちるとしたら、あなたは何がしたいですか。それまでにどのような自分になっていたいですか。そう考えるだけで、やりたいことは山ほどでてくると思います。まずはそれらの願いや希望をどんどん書き出してみましょう。』 渡邊美樹 夢に日付を!よりこれを読んで、改めて日々の大切さ、重さを、強く感じました。大いに明るく有意義に、反省・感謝・報恩・平常心、そして愛の心で大切な日々を生きたいものです。明日は、夕方から親しき仲間と集います。少林寺拳法福岡北道院「だるま会」という名称。OB、現役の社会人が先生を囲んで未来を語っての懇親会。もうかれこれ20年近くになりますか。私は、全く実績はないのですが、それでも快く声を掛けていただいて、良い師に恵まれての、年に2回の総会には、いつまでもここを縁にした門下生が参集してくるのです。なかにははるばる遠路をやってくる人もいます。皆、歳とっていきながらも、いつまでも途切れることのない、とても良い関係なのです。
2005年11月04日
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昨日紹介した夢実現手帳。この手帳の一番上にくるのは、5-YEAR PRANNING。「5カ年計画」というやつですね。この5年間で何をしたいのか、そして5年先にどうなりたいのかの目標設定をし、その計画を記入するものです。この5年計画書、折込になっていて、広げるとほぼB5サイズを横にした大きさなのです。これが5年間分に罫線で分割されているのですが、こうして改めて区切られた1年間ずつを眺めて見ると、あまりにこの期間を短く感じます。油断しているとあっという間に1年の枠をやり過ごしてしまいそうに思えます。やはり視覚的にも、この様な形で、年というものの全体を見てみる必要があったようで、貴重な気付きでした。このB5サイズに見る5年間という白紙の狭い領域を大切に有効に活かさなければいけません。せっかく授かった人生ですから。さあ、これから精進しますよ。小生は。とりあえず現在の狭い事務所の移転計画。今のところはとても狭いのです。独立した当時、急遽の独立でしたから、小さなところでも良しとして、しかも大通りを一歩入ったところで、ここだったら万一うまくいかなかったら人知れず閉めることができるだろう・・などと気弱な気持ちでおりました。ところが活動するにつれ、すぐに同業社間ではそこそこ知名度もあがり、迂闊なこともできなくなりました。しかし、この場所では、紹介客以外の新規の来店客は年間に数人程度です。消極的かどうかは別にして、表にも一切の不動産物件掲示はしておりません。控えめが過ぎたような気もしますが、これでもなんとか今日まで生き延びて?これました。感謝 感謝(^^♪けれども12年間の内に室内は書類で溢れてしまいました。室内を移動するにも蟹歩き状態でストレス溜まります。それに狭いと創造的発想もできませんし、人員も増やせません。そして当社の方向性を模索しての現状維持の脱却作戦。これはここ数年経営計画と連動して考えていたことのですが、なかなかそのタイミングに巡り合えませんでした。今回たまたま良い機会がありまして、若干無計画ながら、これも縁だと先に一歩踏み出し、先日とっとと転居先を契約してしまいました。しかし相変わらずの感覚的行動が多々あります。ふと思い立ち、急にこの1カ月の間で事を運びましたが、若干不安のなかで、まあ、どんまい、どんまいの精神です。ただ、2006年度経営計画は、後追い状態なのですが。"^_^"なんとかなるでしょう。ところで今年の私の運勢は八方塞の年で、新規の事を起こさないほうが良いとのことでしたが、縁は縁ということで、たまたま巡り合った適度の場所の運というもの方を選択しました。来年からの運は上昇ということですから、引越しは新春早々しますが。なんだかんだで、先行き不透明な我々業界において、気持ちも新たに原点に返って、そして前向きに頑張ります。
2005年11月03日
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ちょいと決意した私は、その後、これまでほとんど中途半端にしていた経営戦略的なこともやっと真剣に考えたりもしてみることにしました。真に経営を成功に導こうと思うなら、やはり現状というものをしっかりリサーチして戦略を練らなければならないのですが、ついつい、今年こそは、来年こそはといいつつ、月日は惰性的に流されています。改革とは難しいものですが、誰かさんと同じく?やはり断固強い意志で推し進めなければなりません。やはり、時に立ち止まって、しっかり方向性、目標というものを見つめてみる必要は大です。これまでがこれまでですから、自省の念で、少し本気モードの私です。18:00~20:00まではその点を思慮する時間と決め、行動に移しております。といっても昨日からですが(^^♪ところで遅ればせながら気がついたんです。何が成功の邪魔をしているのか、ということを。実は、私の「生真面目さ」に尽きるのではと。(^^)決して良い方にいっているのではありませんよ。しかし、真にそう思います。商売においては、これは結構障害になっているようです。融通が利かないというか、人との付き合いもある種の一線を画してしまうというか、それによって情報の風通しを自ら妨げているのこともままあると思いますし、儲けということへの執着と貪欲さと嗅覚と営業的な積極性にも欠けております。のんびりとなんとなく・・の感じで生きていますので、責任ある経営者としては失格であるかもしれません。混み合う電車で座席にいつも座りそこねる・・というより急いで乗りませんから(^^)そうそう、そしてこれこれ昔、運動会でのフォークダンスで女子と手をつなぐのを楽しみにしながら、何度やっても、スピーカーから運動場に流れる楽しい楽しい曲♪が、期待しながらの内気な?私の何人か手前で、突然無情にも終わってしまう時のような・・。でもいましたいました。私と同じような奴が(^^)そんな、いいとこがいつも素通りしてしまうような。大体において、戦国時代だったら、ひとたまりもないタイプでしょう。現代でもビジネスにおいては同じようなものですが。直線的な考えはいかんですね。義経しかり・・(すぐ良いほうに持っていく癖があります(^^))先日も東北旅行で行った新潟の豪農の屋敷にあった28mもある杉の通しの丸桁。それを見て友人から「これとそっくりだ。よく理解できるがたまには曲げろよ」と言われました。その時には、あることがあって、それを指しての彼の言葉だったのですが。でも、ビジネスの世界では、無策で丸腰のような生き方ばかりではいけませんね。よびりんさんから教わった中真面目論がまだまだ実践できていません。真面目さとアホさが同居しております。まあ、そんなこんなで、少し反省もしつつ、少し積極的に頑張ろうと思っています。ところでこんなものも購入しました。↓夢に日付を電子手帳以外使ったことなかったのですが、このようなシステム手帳に、きっちり自分の手で、思い描く到達先を記入し、ブレイクダウン式で実行していくもいいでしょう。今年までは私の運勢は八方塞で悪いようですが来年からは良くなるとか。(^^♪大いに期待して、というより、自ら扉を開けて行くことにしましょう。事務所の移転等も考えております。
2005年11月02日
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