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もう3月も明日で終わりなのですね。1週間もひと月も、すこぶる早く過ぎ去る感があります。最近は不動産購入も二極化の感。現金で購入される年配層と目一杯借り入れを起こされる若年層。元々不動産の第一的購入層である、30代のサラリーマン中間層というのが、不景気と言われたこの何年かで極端に減少した気がします。長く続いていた雇用不安によるものでしょうか。しかし、随分低迷していた不動産市況も最近はなんとなく活発化してきたような気がしないでもありません。本日の取引も、明日の決済も現金のお客様なのですが、堅実に生活設計をされている方を素晴らしく思います。何とかここまで辿り着いていますが、職も転々とし、お金にもアバウトで無計画だった私は、過去を振り返りながら反省すること多々ありです。そんな私がローンの返済計画云々・・はあまり説得力はないかも・・いやいや、だからこそ力説を・・"^_^"大きな買い物である不動産購入において、住宅ローン返済は計画的に・・
2006年03月30日
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私の通っていた高校は、言わば一次志望に落ちた連中が集まるような学校で、悪そうな学生も多かった・・・私はというと、当時は特に、融通の利かない感じのくそ真面目な、最もいじめの対象にもなりやすいタイプだったようだ。そして、どこでも多少いるように、やはりこの学校にも、何人かの不良らしきグループはいた。今でもやや直情過ぎるきらいがある私は、当時特にそのような悪そうな連中に免疫もなく、全く対応が苦手で、さらりと交わす余裕も知恵もなく、それが余計に彼らのターゲットになる存在だったようである。私と同様の何人かは、昼休みや放課後に、この不良連中のたばこ銭のたかりの対象になったりもした時期があった。この連中には決まって、一人ではなにもできない、よいしょ的な手下が一人や二人はいたもの。いつの世も、権力に擦り寄る保身者のように。たかりは執拗に行われ、ほとほとその時分がやってくるのが嫌だった。しかし、私は、脅されても決して彼らに屈して金を渡すようなことはなかった。正義は絶対に屈服しない・・そんな揺るがない論理が私のなかにあった。やはり図体は大きいけれど、口下手で物静かで、のそっとして、対応下手な同級生がいて、彼も同様にたかりの対象となったことがあった。しかしある時、あまりの執拗な不良のドンにさすが堪忍袋の緒が切れたのか、彼は、「わ~っ!と声にもならないうめき声を出しながら、相手に突進して行った。椅子も机も大きな音を立ててぶつかり散乱するなかで、二人の取っ組み合いが始まり、遠巻きにする輪ができるなか、闘いはしばらく続き、そして対決は終わった。ドンも突進した彼も、痛み分けのような状態だったけれど、当然雰囲気はし~んと一瞬神妙になり、誰が見ても、気まずそうな雰囲気のなか、あきらかにその不良の負けだった。そんなこんなでその彼のお蔭か、それ以来いじめも少し落ち着いたのである。拝啓あの時の不良諸君、ご無沙汰です。今は懐かしく諸君の事を思い出します。よくも、あの時、かよわき私に対してゆすりたかりをしてくれましたね。そして憎たらしいほどのあの当時の手下の君。今再び君達と会ってみたいものです。今だったら・・・・この野郎!!(*_*)おっと、すみません、つい興奮してしまいました。平常心、平常心”^_^”冷静に・・今だったら決して力勝負でも負けませんよ~~~だ!。(*^_^*)当時は、もやしのような「のび太」君状態だったけれど、今では十分体力もつき逞しくなっているんだよ、こちとらは。まあ、正直言えば、筋肉というより脂肪がついたんだけど・・”^_^”だから、ようするに「のび太」君が逞しく「ジャンアン」のように変身したということだよ。不良君達、今頃何しているの?随分と年月は過ぎたからね・・・まさか今は趣味が盆栽いじり?ということはないでしょうねでももしそうだったら、なかなか可愛いとこあるやないか。"^_^"しかし、今では齢とって体力も気力もないんじゃないの?だなんか、ますますこっちに優越感がでてきちゃった。(^^)えっ!?しかしまてよ。相手は齢とって弱くなっているだろうと思ったんだが、考えてみれば同級生。私も当然、齢とっているということ・・!?”^_^”まっいいかこっちはいまだに前向きで気が若いんだよ~~~っと。まだまだ青春真っ只中。どうだ、まいったか!。あ~、すっかりすっきり。やれやれ今日はだいぶんあの時のしかえしをしてやりました。まあ、今度会ったら一緒に飲もうよ。互いにまだまだ頑張ろうぜ。(^^♪ 敬具なんか春の陽気に誘われて、あの頃以上に変になりつつあります。
2006年03月27日
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昨夜の慰労会はとても楽しく過ごしました。先輩方も来ていただき、集まってくれた皆さんの気持ちが十分に伝わってきて、感謝感激、とっても美味しいお酒でした。ここは30会員ほどの小規模地区ですが、私の後を引き継いでくれるOさんは、リーダーシップがとれる立派な人であり、又、その他会員さんのバックアップも十分に期待でき大安心。二代目や若い人の多いこの地区ですが、身びいきではないけれど、何のしがらみもなく、どこよりも純粋な人の集まりだと、ついほくそ笑んでしまいます。同じ区内のそんなに距離の離れていない他地区に移動したにすぎないのですが、別れ際には、「離れても引き続き付き合ってくださいよ・・」「こっちこそ是非気軽に当社に立ち寄って、私の居ないときでもコーヒー飲んで行って・・」などと、まるで永久の別れのよう。(^^)分譲マンション会社のM専務は、集まりにはいつも参加してくれます。とても気の良い人で、但し挨拶をしてもらうと話が長い・・(^^)昨年末の忘年会では、乾杯の音頭をお願いしたのですが、これが大失敗。皆グラスを持って、さあ挨拶から乾杯!の段になって、話が終わらない。5分経過して、挨拶の本人がグラスを置いてまだとめどなく話すのですから。もう終わりかな~と思いつつ、また繋がっていくのです。結局10分近くも話されてしまい周囲はくたくた。”^_^”でもとても親しみのあるベテラン大先輩なのです。今回の式役目は、もちろん皆承知で乾杯を避け、「専務、手短に」と一言添え、最後の挨拶を。そして、目立たないけれど陰でいつも協力してくれたWさん。将来の二代目経営者である、若きFさん、Yさん。みんなみんないい人ばかりです。そして、最近富に逞しくなりつつも、一家言持った親父さんに似て、ちょっと頑固になりつつも、人のため世のためにと、とっても純粋に真っ直ぐな心根を持った20代のY君は、有難くも私を慕ってくれています。本人には不釣合い?な素晴らしい彼女がおります。(そんなことはありませんね、出逢うべくして出逢った二人ですよ(^^))大好きな青年です。Y君登場日記彼とは、しっかりと握手して別れました。そうそう、楽天のマキさんは少々酔っ払っていました。(^^)本当に皆さん有難う。とても嬉しかったです。
2006年03月26日
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めっきり春らしくなりましたね。日落ちも多少伸びて、このところ、日中はうららかな日が続いています。今日のような、ほんのりとした温もりの昼下がり・・・私の高校時代における、ある日の午後一番の授業中でした。この時、担当は商業の○○先生。柔道部かなんかの顧問をしていた、まだ三十代で元気はつらつ体格もいい。弁当も食べてすっかり平和な満腹感のなかの私は、ついその日のぽかぽかのどかな陽気に誘われて、前から数列目の廊下側の席で、ついコックリコックリと居眠りしてしまっていました。女子生徒の少ない商業高校で、私のクラスは30人近くが全員男子。(-_-)zzz (-_-)zzz (*^_^*) (*^_^*) (-_-)zzz・・・夢うつつのなかで女子生徒の事を考えていたのではありません。良い気持ちだったのです。と、突然、(*_*)(@_@。(*_*)バチ~~~~ん!と大きな衝撃を受けて目が覚めました。一瞬、一体なにが起きたのか私には分かりませんでした。びっくりしたまま瞬きし、見ると、私の目の前には、大きな熊のような○○先生が立ちはだかっていました。そういえば色白で熊は熊でも、白熊のようでした。「こら!俺の授業中に舟を漕ぐ奴があるか!(@_@。)」といいながら顔はニヒルに笑っておりました。私は、やっと気づきました。先生の手にした、教科書で私の側頭部を思い切り斜めに引っ叩かれたのです。商業の教科書は、英語の教科書よりずっと厚くて重いのです。しかし、コンサイス英和辞典よりは良かったかも。否、コンサイス英和辞典だったら、分厚くても持ちにくいから、叩くときにスピード落ちて、さほど痛くないかも・・が、やっぱり、分厚いだけに当たり所が悪ければ、相当痛いかも・・”^_^”と、今更どうでもいいことですが。高校生時代の私は、いたって真面目。!?詰襟は必ずきちっと止めていましたし、皆が、封筒のような、超薄っぺらなカバンを持ち歩くなか、私のカバンは、ボストンバッグのように分厚いものでした。煙草を吸う連中を、なんて奴らだ!と思っていました。融通のきかない面も多分にありました。若き身体は、空腹を昼まで、もたすことができません。何人かは、午前後半の授業中に、後ろの席で、こっそり弁当を出し食べる者もいました。私は、早弁は、1度!?しかしたことがありません。あまりの空腹を抑えられず、やってみましたが、小心者の私は、はらはらどきどきで、すぐに見つかってしまうのです。なんやかで、うららかな陽気とともにあの時の白熊先生が思い出されるのです。あの時代は皆、よく先生に殴られたものです。いくら叩かれても全く暴力とはいえない部分。先輩を敬う気持ちも我々は十分に持ち合わせていましたし、なんとなく互いに気持ちが通っていたような気がします。そして個性ある先生も多くて、なんか気持ちがあって、不揃いの先生と不揃いの生徒はガチンコ的に交わっていたような感じでした。今は、先生も萎縮、親も過保護。次回は「でこピン」の巻。さあ、三月も残り僅か。業界の役ももうすぐ終わりです。今夜は、地区の皆さんが開いてくれる私のための慰労会に出席してきます。楽しく飲んできますよ。
2006年03月25日
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いやはや気が気ではなかった我が、王JAPAN。試合の流れを先取したものの、そこはやはり決勝戦。相手はアマでありながら、実力は世界一ともいえるキューバ。素晴らしい集中力と粘りでしたね。手に汗握るとはこのこと。はらはらドキドキでした。今日は祭日、ビル内はほとんどがお休み状態。ゆっくりもしているので、「申し訳ないm(__)m。お願い(^^)」と社員さんに許しを請い、最も電波良好な駐車場屋上に車を停め、野球観戦。 手に汗握るとはこのこと。そして難産の末の、記念すべき最初の優勝。今日は心より感動しました。出場の皆さん、本当に、元気と感動の涙を有難う。そしてまたいろいろと気づきをもらったことにも大感謝。指揮官の、冷静で粘り強い采配。それぞれ選手の力量を最大限発揮してもらうための忍耐と、配慮、掌握。選手がエラー、失投、好機に三振・・「えい情けない、俺が投げてやる!バッターに立ってやる!」とつい思いがちな私・・。”^_^”エラー続きの選手に・・何でやねん。その選手が、次に挽回の動きをとれば、・・やっぱりさすがやないか。”^_^”と勝手な一喜一憂。長たる者、これはいかんですね。さすが王さん。そして選手たちの連帯感。辛抱強く選手を信頼して、各人の持ち味を最大限活躍してもらうように場を図る。平常心、平常心の統率。いや~、熱戦、そして大いなる感動とともに、統率者としての采配のPointを改めて認識するとともに、自己反省の大変勉強になった良き日でした。
2006年03月21日
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当社が入居するビルには、当社以外ほとんど大企業さんの約40社がテナントとして入居しています。此処に働く人、出入りする人数としては相当数になります。ビル内では、朝一番から夕方までの間、男女6名程のビル清掃係りの人が、定期的に通路やトイレ等、ビル内外を清掃してくれています。モップがけ、ワックスがけ、やれトイレが詰まった等々、結構忙しそうです。当社の前がトイレですから、そのようなときには、声が聞こえてきてよく分かるのです。私は、朝の出社時、あるいは日中において廊下で出会った時など、その清掃係りの人達に声を掛けるように心がけています。此処に入居することになった当初、まだ荷物の搬入前の下見にこの部屋にやってきたとき、今では一番互いに挨拶する清掃係りの40代らしき男性社員さんは、当社事務所前の通路に立ち、未だ看板も上がっていない入口ドアを眺めていました。どんな会社が入居するのだろう・・と思っていたのでしょう。室内は、すでに新規入居のための美装がきれいに仕上がっていました。出会わした私は、「これから宜しくお願いします・・」と言い、互いに、挨拶がてらの言葉を二言三言交わしました。そしてその人は、その会話のなか、にこやかな表情で、やや得意げに、「この部屋の照明等は、私がきれいに拭いときましたから・・」と言っていました。以前の事務所では、社員さんと共に、毎日交代でトイレ掃除などしていましたから、今では室内の掃除だけとなって、仕事に集中でき、随分と楽をさせてもらっています。仕事とはいえ、他人が汚すトイレ等の日々の清掃は大変だと思います。その昔、ジーパンに前掛をした私は、食品卸のルートセールスをしていました。朝一番、今は無くなったデパート小倉玉屋。食材搬入のために毎日行くその食堂部に、社員さんの出社で賑わう道路際に車を停め、手押し車に荷物を目一杯乗せて、通用口から社員専用EVで運びます。EVにはパリッとした姿の社員さんも一緒になります。その頃は、デパートは花形商売。社員さんのなかには、上等の車で出勤する若い社員さんも多くいて、私には、男性も女性もなんとなく華やいで映ったものです。私は、その頃、いつかスーツを着て颯爽と仕事をしたいと思っていて、これといった明確な仕事感もないまま、ただ頭のなかでは、漠然と自分のスーツ姿を常にイメージする日々でした。決して当時の仕事を卑下していたのでもなく、しかし、このように、晴れやかな感じで出勤するサラリーマンの姿の前にしての前掛姿の自分に、思い描くものと違う若干の悔しさと気恥ずかしさを胸の内に秘めながら、「いつかはきっと俺も・・」と思いつつ悔しさをばねにして日々真面目に懸命に仕事をしてきたものです。そしてそんなか、ひょんなことで元気をもらうのが、やはり出会う人の何気ない一言であったりするのです。見ていると、このビルで働く人で、いつも清掃に汗をかいてくれているこの係りの人に、挨拶をする人はほとんどいないようです。人はほんの少しのことでも嬉しいと思うはず、その日の心の糧にもなるはず。そして掛けられた方は気持ちが良くないはずがない。通路のモップがけ。ここからは足元だけがみえるのですが、当社の入口にで止まると、何故か丁寧にその場所を清掃してもらっているような気がしてきます。(^^)決してそんなことはないでしょうし、又、私も策あっての挨拶でもなし。しかしお気楽に良い方に解釈して万事うまくいきます。一応、念願のスーツ姿で仕事をすることになって早云十年。いまでは体型的にスマートさはふっ飛んでしまいましたが、今年は改めてビジネスのビジネスらしき、もっと当時描いていた自分の姿に、気持ちだけでも更に近づいた感がなきにしもあらず
2006年03月20日
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我が日本、王JAPANの勝利をTVで見ていて感激しました。一度は死んだJAPANの復活。起死回生、代打ホームランの福留、熱投の上原、皆有難う。アメリカの、メキシコによるまさかの敗戦によってもたらされた棚ぼた的準決勝進出。あきらめのなか、運も実力の内でものにした今日の勝利は、本当に良かったです。先のオリンピックの金メダル同様、気持ちは晴れ晴れとすっきりしました。しかし敗れた韓国は、これまで全勝できたのですから、これはやはり凄い、たいしたもので実力十分。そして、今回の国別対抗野球で印象に残ったのは、なんといっても、報道写真で見た、アメリカとの試合前、ディズニーランドのジェットコースターに乗りユニフォーム姿で無邪気にはしゃぐメキシコ選手陣の姿。あれはとても微笑ましかったですね。(^^)無の境地?というか、心和ませてくれる最高のショットだと思います。きっと、見た誰をもが、むじゃきに写ったその姿にハッピーを感じたに違いありません。熱闘、感動の各試合とともに、私はこのショットに何か賞を差し上げたいくらいです。さあJAPAN、ここまできたら是非、韓国の分まで頑張って優勝を!。
2006年03月19日
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本日この時間、「福岡よびりん学校」の開催中。一期6回コースの勉強会、今日は四期4回目の日。私めは、一昨年に一通りコースを終了した後、志願の留年をしまして、昨年2回目のコースをも学んだのです。しかし何せ出来が悪いものですから、また今年もチャンスあれば是非参加しようと思っているのです。今回は、初回に顔を出しただけだったので、そろそろと思っていたのですが、当社はこの時期忙しいのでやむなく本日は欠席しました。よびりんさんの、経営においても人生全般においても、目からうろこ的な、とてもためになるこの寺子屋的学びの場での講義に、私は、というより、この場に縁あった人々は、皆一応に此処の雰囲気に魅了されます。そしてここでの勉強会は終わりがないのです。毎回新しい気づきに出合えるのですから。私は、その後も皆さんとは気持ち離れがたきで、いまだに、人恋しく、そして、ふと人生様々に思いを馳せることあれば、この故郷的場所に立ち寄って、また新たな元気をいただいて帰るのです。私の場合、この学校の真骨頂でもある、居酒屋での深夜まで続く、講義終了後の、延長戦爆笑勉強会が大いに愉しみで、いつまでも参加しているようなものです。もちろん楽天仲間も多く参加していますし、皆ハッピーモードで、なんとなく福岡はいい感じです。本日参加の楽天仲間は、聞くところによると、主催者さんのsfpさんとパワールックMIWAKOさん、パナテリア・ピノキオさん・・ところで、いつも通りこの日は、こうして参加しないときの私は、なんとなく福岡が気になるのです。時々時計を見ながら、今頃・・と、いつものその場の光景が浮かんできます。今日は楽天仲間のタカさんも参加ということで、ちょいと彼に電話入れました。タカさんは、いつも福岡へはバイクで行っているのです。パチンコにめっぽう強く、焼き鳥が好きな素敵な中年青年。今日は久し振りに参加するということなので、激励と、あいにくの雨模様なので優しい?言葉をと、午前中、私は彼の携帯にTEL。「タカさん、気をつけて福岡まで行きなさいよ。そして私の分までしっかり勉強してきてよ(^^)」と、親しみを込めて半分冗談、半分激励の声を掛けました。そして、「あっ!それより、MIWAKOさんに宜しく。(^^)」「否、気をつけて、それと皆にも宜しく(^^)」注意:少し脚色。しかしまあ、こんな感じの会話なのです。午後2時から、よびりんさんの会社で勉強は始まります。そろそろ彼は着く頃だと思い、何故か今日は参加しないのにそわそわ気分な私は、またTELします。しかし留守電・・・。その直後折り返しのTELが彼からありました。私、「もう無事着いた?(^^)」「勉強中、パチンコ台を思い出さんと、しっかり勉強してよ(^^)」とからかいます。彼、「もう着いた?って、気をつけてと言いながら、運転中のいたずら?電話は勘弁してくださいよ”^_^”危ないじゃなですか・・」(^^)互いに笑いながら、こんなやりとりしつつ、そして彼は今頃、ためになる勉強を皆と楽しく勉強中なのであります。次回は絶対参加しますよ。(^^♪
2006年03月18日
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昨夜は、同業者の若き経営者Kさんとそこの社員さん、そして私の三人で、居酒屋で懇親しました。Kさんは、数年前に親から引き継いだ会社を、現在社員と三人で、彼なりの若い感性による地域密着型営業を地元で展開し、着実に自社のファンを創っている青年でまだ29歳。私は、彼の前向きで誠実な営業姿勢、そして何より明るく、全社一丸となって顧客との距離を縮めるよう、日々仕事に取り組んでいるのがよく分かり、以前から好感と興味を持ちつつ一目置いていたのです。折込広告チラシひとつとっても、彼や社員全員の思いや顧客志向の工夫がなされ、若き代表者の経営するその会社は、親近感も得て、ファンが増えつつあるのも納得。彼とは時々顔を合わせる度、「いつか一緒に飲んで語りましょう」といいつつ、そのままになっていたのをやっと実現させることができたのです。勉強熱心な彼会社には、見習うこと大有りと、常々思っていた私は、今日の日が確定したときから大いに楽しみにしていたのです。私は、この様に前向きで頑張っている人をみると、私よりずっと年下であれ、いろいろと話しながら、訊きながら、どこか参考になるところはないだろうかと思うのです。そして自然に素直にその人達に教えを請うことができるのです。物事や人に対して、「観る」「聞く」の、素直な心の対峙姿勢があれば、自己成長の糧となるヒントや知恵には、いくらでも出合うことができます。昨日も、前向きな純粋な人と話すのがとても楽しくて、気の若いnextおじさんは、すっかり若者と同化したまま、互いに仕事の「思い」を、「夢」を、明るく語りながら、あっというまに夜更けてしまいました。若いということはいいですね、多くの失敗も経験十二分にできます。先は長い、是非今後も頑張って欲しいものです。この夜、私は普段に増して喋りまくってしまったようです。”^_^”前向きな会話のなかの、元気が出る楽しい酒は、実にハッピー気分になるのです。
2006年03月17日
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昨日に続き寒さ厳しい日でした。昼前、粉雪舞い、冷たい風吹き付けるなか、ある告別式に行ってきました。私がいただいたひとつのご縁。この地における少林寺拳法の道院長の義母様が一昨日亡くなられたのです。享年84歳。私は最近において、ほとんどお目にかかることもなかったのですが、先生の奥様と同様、我々門下生に対しては、我が子のごとく接していただいて、その明るく気さくなお人柄を、皆慕っていました。私がここに通ったのは、その昔の僅かな期間でしたが、その後、長い年月を経た現在においても尚、若輩でありながら、同輩、諸先輩方々とも、此処に関わる人々とは親しくお付き合いをさせていただいているのです。先生に惹かれ、この場所を愛し、各自遠く離れていても、ここを基点とした様々な節目に集うと、皆仲間ですぐに打ち解けます。互いに年取りながらも、久し振りに会う懐かしさで、その場はすぐに同窓会状態になるのです。本日もしかり。会場に着くと、受付の世話も、東京から駆けつけた者も含め、知った顔の面々は、いつも通り、自ずと今日の役目を果たしています。そして待合室でも久し振りに交わす互いの会話のなかでは、気持ちはなんとなく通ってくるのです。葬儀でも、また結婚式においても、心底良い式・・と言ったらおかしいでしょうか。そのように思うものがあります。数年前に、やはりこの場所に縁を持った仲間であり、とても素敵で尊敬でき、誰からも慕われた友人の死というものがありました。発病して死するときまでの数ヶ月近くを、その身寄りの無かった友人に、これまた多くの友人が関わった末での最期でした。さりげなく皆が役割分担をし、彼を精一杯見守ったものです。しかし、その限られた日々、病床における彼と接する仲間達の交流というものは、とても多くの感動の日々を残してくれました。結局悲しい結果に終わってしまいましたが、亡くなった彼は、やはり今日の様に、我々の気持ちは一にしながら、そして幸せをくれたのでした。読経の響く中、故人の遺影を見ながら、列席の皆さんとの温もりも感じながら、何故かとても気持ちも落ち着いてくるのです。ある部分の信頼できる連帯感というか、共有できるものを持っての列席者。一つの縁に純粋に集う今日の人々。故人も又、我々に幸せなるそのひとつの縁を運んでくれたのです。どうぞ安らかに。
2006年03月14日
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同業者のYさんはまだ若き女性で、昨年ご主人が急逝された後、女手で数人の女性スタッフも抱えて頑張っておられます。このお店は、ご主人のお父さんの代から長らく地域密着型営業をされてきて、それなりにその地域では名も浸透しています。亡くなったご主人は、お父さんから引継ぎ二代目として表立って頑張っておられた矢先の、まだ四十程の若さでした。当社とは営業地域も離れ、仕事上でも個人としても、それほど親しく付き合う機会はありませんでしたが、此の身近な同業者の若き突然の死というものは、これからというときにさぞかし無念だったであろう彼と同様に、日々、各々独自性を模索しながら、それぞれに思いを持って努力している者としては、後継者等の諸問題をも含め、いずれ誰しも訪れる死とはいえ、この様なときには、おのずとある種の感慨を持つのです。亡くなってしばらくした業界のある会合で、私は初めて奥さんと話す機会がありました。とりあえず代表者変更も済ませ、この仕事を頑張っていくとのことで、表面はとても明るくて安心しました。それから半年以上も経った今、夕刻6時を過ぎると暗くなるその通りの一角に、灯りは煌々と輝いて、当時はご主人の手伝いに過ぎなかった奥さんは、今では、しっかりと後を継いで頑張っている姿がそこに窺えるのです。従来の実績をしっかり守りながら、ご主人の思いを継いで頑張っておられる姿。私は時々通るこの会社の前で、「私も頑張らなければ」と、いつも勇気と元気をいただいているのです。今日は、その会社へ心よりの応援と、そしていただく勇気と元気への感謝を。
2006年03月12日
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本日も天候穏やかなり。朝から小さな会社の社内はばたばたと忙しかったですね。つくづく、飛び込み客のある通りの店舗でなくて良かったです。Webと紹介のお客様が主ですから、こちらのペースでじっくり仕事に取り組めます。たまに壁に椅子を向けて、事務員さんに気づかれないように、考え事する振りして、うたた寝することもできます。”^_^”午後、ご紹介で、賃貸物件をお探しの男性客様が来社。今年大学新卒で、地元デパートにテナント出店しているデザイナーズブランドのお店に就職とのこと。紳士服も小物品もトータル的に扱う有名ブランド。そして、夕方まで長時間に亘って当社担当がお世話させていただき、なんとか住まいも見つかったようです。その若人が帰られるとき、若者を見るとすぐ割り込みたがる私は、「いよいよ初仕事ですかいいですね。頑張ってください。」 そして、ちょっと辞令的に「・・○○ブランドですか・・いいですね。」「今度行ってみようかな・・(^^)」・・(^^♪と言います。すると、横から、当社の手強い女性社員はすかさず、「だめだめ、あまり相手をしないほうがいいですよ、きっと合う服もないと思うし。(@^^)/~~~」「おい!社長に対してなんという言い方。いい加減にせいよ~~!」(>_
2006年03月09日
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今日はとても暖かったですね。春はもうそこまでやってきています。事務所の私の席からは、夕暮れになるとネオンがちかちか輝いて、窓越しにカラオケ屋さんの灯りが見えます。私は今、 JOHN COLTRANE を聴きながら仕事中。自分で入れたコーヒーを飲みながら、このきらめきに、JAZZはまたよく合うなと思いつつ、しばし休憩。
2006年03月07日
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映画「ALWAYS 三丁目の夕日」は、関わる人々の人情の機微を、昭和三十年代における日本の懐かしき風景とともに、温もりを持って描いた作品である。私はまだこの映画を観ていないのですが、日本アカデミー賞では、ほとんどの賞を、この作品が総なめにしました。ノスタルジックに、セピア色のなかに描かれるこの作品を、私も是非観て見ようと思っています。ところで、昨日の受賞式の模様をテレビで見ながら、唯一他作品から吉永小百合さんが主演女優賞を取られました。その小百合さん、テロップを見てびっくり。もう60歳になられるんですね・・小百合さんは早稲田大学2部を優秀な成績で卒業された聡明な方。拝啓吉永小百合様私は、一目会ったそのときから今日まで、変わらぬサユリストであります。小学生の時、先生に引率され、ぞろぞろ友達と行った映画館で観た優秀映画鑑賞会「キューポラのある街」の貴女様は、正に一目会ったその時からのごとく、後の私の女性観、否、俗に言って「好み」を決定付けたのです。スクリーンに映ったおきゃんで活発で愛くるしい女子学生。もちろん私より年上でしたが、とても魅力的でした。私の初恋は、川端康成の「伊豆の踊り子」の主人公だったように記憶しています。そして、その内に貴女様が主演の同上映画が封切られると、小説のなかの主人公とスクリーンの女の子はピッタシ合わさって、いつしか、川端康成の踊り子=小百合と、私のなかでは、揺ぎ無い一体感を持つに至ったのです。主人公の踊り子と出逢う旅の青年は高橋英樹が演じましたね。踊り子=小百合&高橋英樹。一点、私の感情のなかで違ってきたのは、このような図式。↓踊り子=小百合&旅で出逢う変な青年・・と。変な青年?・・となった私は、もう夢うつつの状態でありました。やがて、月日は過ぎ、二十歳を迎えた私は、記念に、(何が記念かよくわかりませんが"^_^")その小説のなかの旅をすべく、本気で伊豆旅行をする気でおりました。天城峠、そして山間のトンネルを抜けると、きっとその踊り子に出逢えるような気がしたものです。結果実行には至りませんでしたが、昨年団体で初めて伊豆へ旅する機会があり、その話の付近をバスが通った折にバスガイドさんが「踊り子」の歌を唄ってくれました。ガイドさんの素朴に流れる澄んだ歌声に、私は、快晴の伊豆連山を車窓から眺めつつ、何十年も経った今でも、踊り子=小百合=変な旅の青年(next)・・の妄想に懐かしく浸ることができたのです。初めてお目にかかってからその後、女性としての成長、変化をとげるスクリーンの貴女様に、自然に私も、演じられる女性へと、好みもピタリと適応してきました。健さんとの共演、「動乱」「海峡」。いや~この役の女性は、実に切ないほどによかったですね。話が、長くなりましたが、小百合様。さりげない気品。そして、ブランド品は似合わない小百合様を、月日は流れいくとも、私は今後もファンであり続けるでしょう。決して、叶姉妹にも惑わされることはありません。・・・きっと。・・少しはあるかもしれませんが・・”^_^”・・正直、今、叶姉妹に心がぐらっときました。"^_^"申し訳ありません。いえいえ、本当にサユリストを放棄することはありません。ですからどうか、いつまでもお元気で麗しく。束の間の三丁目の夕日を見ながら 敬具
2006年03月04日
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今回、当社にマンション売却依頼があったお客様が来社され歓談。定年を機に、昨年、奥様と二人で、大分は国東半島の田舎暮らしを選択された方で、その理由は、歳取って都心部にいても、出歩くことも、することもないだろうし、田舎にでも行けば、せめて畑仕事でもしながらのんびりと、心安らぐ暮らしができるだろうとのことでした。転居前に、随分とあちこちその場所探しをされながら、結局、西国東半島の海も山も望める、ある町を適地として見つけ、転居されたのです。田舎は老人がいつまでも元気で、60歳前のこの方はまだまだ若輩扱い。海も山もありの風光明媚な地では、近所の畑仕事の手伝い等、日常においてすることには事欠かないとのことでした。とても楽しそうに話されるその顔に、私は、少し羨ましく思いました。聞く側にも、のどかな田舎風景のなかでの、お年寄り、気さくな隣人とのほがらかな語らいが浮かんできます。様々に溜まってしまった肩の荷を下ろして、この方の様に、私も、最もリラックスできる形での自然な日々を生きてみたいとは、胸の内で仄かに思っていること。それはひとつの憧れでもあります。数年前には、理想の生き方を目指した私のお客様であったご夫婦が、同様に、何年も前から考えを巡らせた後、終の棲家として沖縄西表島に移り住まわれました。その時もやはり、その方の旅立ち前の幾度かの打ち合わせのなかで、私は、金銭的に無欲の、しかしとても幸せそうなお二人を見て、つくづく羨ましく人としての理想を感じたものです。その方には、今でも時々便りをいただきますが、沖縄の美しい海の風景が写ったポストカードには、便りの文字とともにハッピーが一面広がっているのがよくわかるのです。この様に、自分の生き方をしっかり選択されている方を見ると、自分が置いて行かれたような、何故か一抹の寂しさを覚えるのも事実です。元来、競い合うということが苦手な性分。といっても仕事ととなるとはそうはいきません。私も、のんびりと生きてみたい・・もう憧れであります。
2006年03月02日
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このオリンピックによって初めて耳にした「イナバウアー」。調べると、イナバウアーとは、足を前後に開き、つま先を180度開いて真横に滑る技、とある。荒川静香選手のように大きく上半身をそらせて滑るのがイナバウアーだと思っていましたが、1950年代にドイツのスケーターであるイナ・バウアー選手が開発したことにより、この名が付いているとのこと。しかし、今や誰しもが、そしてこの先も、荒川選手によるあの滑りをイナバウアーだと思うでしょう。もはやオンリーワンの世界。もうそういうことにしておきましょう。ところで、足を前後に、つま先を180度開いてやってみました。誰?がって、もちろん私がですよ。イナバウアーを語るには、先ずは自分でやってみる。社員の帰った事務所で。「う~~~んっ!」(@_@)「えいっ!~~」(T_T)あの静香さんのように優美に・・イメージしながら。いや~やっぱりこれは凄い。実に難しい。静止状態でも絶対できんです。やはり日々努力の賜物ですね。素晴らしい。ワンダフル荒川さん。私も一応頑張ってみました。短めの足を、めいっぱい前後に開き、つま先を180度開き・・「イタタッ!・・」←気にしないでください。独り言です。上半身を前に折って・・”^_^”えっ!?「上半身はそらすのではなかったか」って?冗談じゃないです。そんなの出来る訳ないでしょ。前屈姿勢でも、私の身体はよれよれです。はい。(@_@)後ろにも前にも思うように曲がらない。トホホ。とても優美とはいえません。もう、ただの醜いおっさんであります。まあ、金メダルがどんなに価値あるものか、よく解った日でした。皆さん決して想像しないでくださいね。
2006年03月01日
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