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時どき短大のときの恩師と連絡を取り合ってるのこの道に導いてくれたのも先生でした。その他にもいろいろ理由はあるんだけどね。近況報告のメールをして返ってきたメールの中に「私の仲人の息子さんとお見合いでもしてみませんか。」と書かれてあった。以前から 先生と会うたび話をするたび「いいやついるから 相手を探しているなら いつでも言って」と言われていたお見合いかぁ。。。堅いのはイヤなんだよな先生の仲人さんってどんな方なんだろうしかも、その息子さんう・・・ん年齢的にはクリアなんだけど。。。わたしの2つ上なんだって。
2008.03.10
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参観日だったなかなか おもしろかった特に緊張もせずいつもの私で!子供たちは ちょっと照れてたけど。。日本語雑誌?に載る記事の写真も撮ったみんな 何だかんだ言いながらちゃんと モデルになってくれた!いい一日だったなぁ頑張ったから今日のごほうびはコアラのマーチ食べるの何年ぶりかしら。。
2008.03.08
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土曜日の朝、生徒のおじいさんがやっている農場へお邪魔しました。私が住んでいるのはセントロの外れそこから、車で約40分途中雨が降って、見られないかもって思いながら連れて行ってもらいました。合成っぽく見えるかもしれないけど違います。この農場では、じゃがいも、とうもろこし、にんじん、マメ(何のマメだろう?)を栽培しています。雨上がりの太陽目の前に広がる畑土のにおいにんじんの小さな芽じゃがいもの白い花収穫時期を迎えたとうもろこしマメ?のみどりと黄色の葉写真を撮っていろいろ話を聞いているとき私自身のことも考えた文集のことも気になったままだけど何とかなる!何とかできる!だって、私だもん!って、言い聞かせてた。文集は印刷のみで終わる。今は、学校史の執筆活動中、2回目の編集も兼ねてるそれと平行して、私の活動がこっちの日本語教育の雑誌に取り上げられることになったからその記事も書かなきゃ。。同時期に私の記事が2つ、本と雑誌に載ることになった。一つはもう記事を書いて出したんだけど。今まで自分がやってきたこと、ここと日本との教育の違いとかをまとめたくて少しずつ、こっちの学校にインタビューして回ってる自分自身の課題いろんな違いがあって、それを知っていくのがおもしろくて聞いただけじゃ忘れちゃうから書いて残そうと決めたの興味を持ってくれてる人もいるから、内容の濃いものを残したいって思ってる友達のリトルモアさんに小学校、中学校での運動会や文化祭などの写真も送ってもらったのでそれも入れようとおもうの。私の母校、小中高の校長にも情報をもらえないかと連絡をしてみたけど高校の校長先生だけが返事をくれた。「離れた土地で活躍しているあなたを誇りに思います。」って・・・うれしい言葉をもらった。がんばらなきゃって、元気が出てきた☆ブラジルのどこかの学校で働いたりしてあと1年こっちで頑張りたいと思ったけどその道は途絶えつつある条件が悪すぎる。今は・・・帰ったら、どうするかも考えたいっぱい考えた。何か自分の専門とするものがほしい。ずっとそう思っていた。昔から「先生」になりたかった。この仕事、大変なことも多いけど、やりがいのある仕事だと思う。この仕事に誇りも持ってる。私、ひとりいれば、世界のどこでもこの仕事ができる。収入は低いけど。。。好きなことを仕事にしてるからこそ、やっていけるんだと思う。子供が好きだから、初等教育を通信で・・・と考えた。通信で今 勉強している仲間にもいろいろ相談した。やっぱり、この仕事から離れたくはない。まだまだ修行中。勉強しなきゃいけないことは、山のようにある。仕事を続けながら、「保育士」の資格を取ろうと、今考えてる。自分の町に、近い将来、外国籍の子供たちの為の学校ができるかもしれない。決定ではないし、先のことはわからない。でも、そうなったとき私はそこで役に立てたらと思う。自分の将来で「保育士」としての知識は無駄にはならないはず。もう少し力を抜いたら?って友達は言うでも、性格上できないわたしがいるおかしいよね。って、、自分でも思うけど、やりたいことがあるって素敵じゃない!と開き直る凹んでる私は、私じゃない。さて、気合いれて学校史でもつくるか
2008.03.02
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