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空間知性とは、対象の位置関係や空間情報を認識し行動を組み立てる知性を言います。これは言語的知性にも関係し、第一次視覚野といって、対象の形を認識する知性は、まず1~4才までに決まり、それ以後変わらなくなると言います。アフリカのマサイ族はサバンナに住み遠くの物を見る能力に優れ視力5を持っている。一方、ネイティブアメリカンは三角のテントに住み子供の頃から斜線に囲まれているため、斜線への識別能力が高い。都会でビルに囲まれた子供達は縦横の線に大きく反応すると言われている。アフリカのピグミー族は森林に住むので遠近感に弱いというデーターがあります。脳は生まれてからすぐに環境にふさわしい基本的機能を獲得します。人では、四歳までが第一次視野の感受性期といって、その期間に受ける環境要因の影響は生涯にわたって続きます。たとえば不幸にも幼児は白内障にかかり、四歳まで物が見えずに生活すると、生涯にわたって物が上手く見えず明暗しか感じられなくなります。これが逆に四歳以降に白内障にかかり、それ以後直ったとすると、きちんと視力は回復します。つまり視覚や聴覚のような初期的な感覚器官の働きは、ほぼ4才で決まってしまうのです。一方、高次感受性期の言語表現力や思考力の大脳皮質形成は、八歳までがピークといわれています。よく症例として使われる「オオカミ少女」といってオオカミに育てられた少女が八歳頃に発見され、それ以後さまざまな教育をほどこしたが、言葉も一生不完全だったといいいます。また、七才までに異国に移住した子供は、その土地の言葉を流ちょうに話せるようになるのに対して、8歳以降の移住者は前者より言語能力が著しく劣ると言われます。すなわち言語知性の変容は八才までが流ちょうに話せせる時期の限度といわれています。これらの症例の結果から、幼児教育は8才までがピークだということになります。 参考文献:幼児教育と脳(澤口俊之)
2006年04月30日
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新生代にアルプス造山運動が大規模に起こり、巨大な地殻変動はヒマラヤ、アルプスや、太平洋岸の花菜列島を生み出した。平坦だった地表は安定した機構を生み出していたが、ここへ来て極寒の冬と酷暑の夏を地上にもたらし、植物は裸子植物から被子植物を、また動物では卵生動物から胎生動物の進化をもたらす結果となった。こうして、母体内に子宮が誕生し、過酷な自然環境から隔絶された生命空間の中で母胎が生まれ、ほ乳類の進化が始まった。また乳腺の起源は汗腺に行き着き、腎臓の補助機関として血液を濾過して母乳化していた。胎児にとってはこの吸乳が唇や舌の筋肉をも発達させ、人の言語の元となる発語の基礎を、腸管の入り口である口に進化させたことになる。唇音である「マミムメモ」が哺乳動物の乳児の共通音となるのも、ここにある。 ママ、マンマなど母や食べ物の欲求が、最初に音声化するのも、この唇音や口蓋音の形成にあります
2006年04月30日
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(1)個人の世界(1人の世界)・・考えたり、思ったり、感じたり といった個人的な世界(2)男女としての性別の世界(2人の世界)・・自分が性別で は男性とか女性とかの性の世界で、異性として他人と関 わる世界(3)共同体の一員としての世界(3人以上の世界)・・・個人が 自治体や、学校や、職場、大きく言えば市民、国民として 国家の構成員として関わる世界*個人の存在は、この3つの複合的な総合体として存在して います。ただ、これをカテゴリーとしてしっかり区分できてい ることが 大切です。
2006年04月30日
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人間の睡眠と覚醒の周期は25時間といわれ居ます。これは、地球と月との関係、つまり潮汐のリズムが関わっています。これに対して、地球と太陽との関係は昼夜の周期は24時間です。人の睡眠障害や覚醒障害は、この太陽と月の引力の違いが地球に及ぼす影響により、1時間ずれてしまうことに大きな原因があります。それに加えて、都市は地方に比べて、時間が加速的に早くなっています。一定時間の濃密度が仕事という労働時間と都市の生活環境のスピードにより、人間に必要以上の速さを強いています。これは、人の持つ体内時間:延髄を持った動物は16秒のリズムを持っているのに対して、それ以上に早まっていることになります。この時間差が、ストレスを人間に生み出し、原因不明のイライラや不安感を感じさせています。田舎ののんびりした時間が、ほっとするのは時間のスピードが緩やかな為に、人体の持つ体内時間に合ってくるからです。スピードは加速し、自律神経系をこうして蝕んでいきます。
2006年04月30日
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宗廟(チョンミョ)、 和冦を討伐し、1392年には高麗を滅ぼした李王朝時代の歴代の王と王妃を祭る世界遺産で、 横に細長く毎月五月には祭礼が行われている。景福宮、昌徳宮、昌慶宮、徳寿宮と並び5大故宮の一つ。李王朝の太祖李成桂はソウルに国王、王妃の神位を祭る祀堂として建設を開始、1412年に完成。しかし1592年の文禄・慶長の役で消失。現在の建物は1865年から7年がかりで再建されている。宗廟(チョンミョ)は2殿があり、正殿の柱間内の王・王妃の神位を祀っている。「チャングムの誓い」のロケ地にもなっている。 特に当時の王様は、運動を殆どせず移動も人の手に便り、美味しい宮廷料理ばかりを食していたので糖尿病を患っていた。そこで皮膚炎が酷く、皮膚病に効く温泉にもよく行かれたという。王宮へは石畳の中央を王が歩き左右に家臣が歩くという。儒教の朱子学を国教として国勢を運営、518年間の長期国家を築いた。ここに入るのには秘園という韓国最大の庭園が周囲にあるが、ソウルのお年寄りたちが大勢集まっている。韓国全土は地盤が教婚岩盤で出来ているため地震がなく、高層マンション群がともかく林立している。ご多分に漏れず核家族化が進み、親たちの世代の祖父母は居場所が無く、仲間や出会いを求めて自然とこの公園へ出かけてきては交流している。しかし、ただ日向ぼっこではなく、一部では政治や宗教の青空演説会、将棋や麻雀の似たゲームをするグループある。日本人と分かると日本語で話しかけてくるお年寄りたちも多い。
2006年04月29日
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生命の誕生は単細胞から始まり、各種の微生物が生命誕生 の源流といえます。その生命体の進化と共に植物も誕生し、さらに動物も誕生してきました。ですから、胎児は羊水という古代海洋の中で単細胞からの進化を十月十日で、母体内で生命進化進化辿ることはすでに分かっています。同時に、私たちの体は、これにら微生物との共存を不可欠なものとして出来上がっています。植物の葉緑体、あるいは糸粒菌、中心小体なども植物内には存在し、また動物の体内には鉄、亜鉛などといった鉱物や、窒素、酸素、二酸化炭素などの様々な気体も体を作る不可欠な成分ですが、無数の微生物も生存共栄の形で取り込まれています。私たちが様々な細菌や病原菌を取り込むのは不可欠なことで、その細菌の血清を作り、有害なものは白血球で退治し、形を変え、或いは身体にさほど影響ないものは、そのまま体内に宿ることになります。動物界全体としても植物を体内に取り込むと同時に、微生物である菌類を動物体内に取り込むことも不可欠な要素として地球上の生命として運命づけられています。乳幼児がよく病気に かかり、まるで病気にかかるために生まれてきたように思えることすらありますが、これも共存の流れの一つとして生命進化の受け入れざるを得ない摂理といえます。この生命の全体の流れの中に各種の生命は生存し、共存することで進化をしていきます。生命を考えると地峡という多きに宇宙的世界の全体で、菌類も植物も動物も共存するという自然界全体の生態環の生物共存の流れがあります。
2006年04月29日
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このフランスの現代哲学者の既刊本「完全犯罪」の一説を引用してみます。あなたは、どんな感想を抱きますか。 この著書で氏は現実世界がテクノロジーに中和されてしまった状態を描写したかったとのこと。 現実世界の抹殺、この殺戮は合成された人工的な世界、テクノロジーの発展から生じたクローン的世界の利益のために、この種の世界を現実世界と取り替えるために、なされたのです。 ところが、こうしてある段階で現実が消滅してしまったのに、人々はその肢体さえ見つけられない。これはまさしく犯罪であり、人々は現実の死体を探し回るでしょうが、見つかるはずはないのです。 なぜなら、それらはどこかに隠されているのではなく、すっかり溶けて亡くなってしまったからなのです。これこそは、皆殺しの一形態です。 したがって、「完全犯罪」は現実の抹殺についての表現ですが、これは幻想の抹殺でもあります。というのも、現実と共に、世界という幻想そのものが消えてしまったのですか。 さて、長々と引用しましたが、どんな感想を持たれましたか。 これは、コンピューターの発達が、さまざまな現実とは別の映像や、あるいはインターネットで仮想の世界を設定し、そこであたかも自分の分身のようなアバターを持ち、仮構の人物を現実の自分とは別に持つことで、他者と関わりを持つチャットの世界やネット上の世界のことまでも、言っていることになります。彼は極端に、もう現実が亡くなってしまった、あるいは現実と共に、いままで現実と思われていた幻想も亡くなってしまった。それは犯罪行為だと言っているわけです。 従来であれば、出会うことも、コンタクトを取ることもあり得ない人々が、例えばネットを通して出会い、あるいは疑似恋愛や詐欺行為から、殺傷までもできる。それは、あたかも現実のように思えるので、現実の実世界、実社会の喪失だ、と言っています。 ネットお宅は、これを見て「はっ」としたかもしれませんが、インターネットに実生活の半分以上を使い、そのインーネット生活が現実より実質占める割合が多くなると、その人間にとって、見えている現実がインターネット上ての意識のやりとりになる。通常の人間は、しかし実生活との区別が出来ているから、ボードリヤールが良すぎているほど、悲惨になっては居ない。 これは、ヨーロッパ思想が科学との関係を深め、原子論や量子論と同一に個々の人間をものと見たり、機械的な物質と捉えることで、人間や個性を持たない画一的な個にしていまったところにある。 我々はインターネットを仮想に現実とわきまえ、仮想の中での人間同士の交流楽しんでいる。しかし、個性も考えも異なり、感情も反応も違う者同士の交流であることなど分かりきっている。 彼が逆に倒錯しているような仮想現実の絶対化は、現実の実生活を関わりもつ我々にとっては、危惧以上のものでも、以下でもない。
2006年04月26日
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まだ写真はアップできませんが、直接韓国の人達や歴史に触れ、多くのことを感じました。写真混じりに書いていきます。これからスターとかな。サクラが満開。散り始めたサクラの木のしたはピンクの絨毯。
2006年04月07日
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