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○柳沢厚生労働大臣は、土曜日(27日)に松江市で、 年金や福祉、医療の展望について約30分間講演を行いました。 その中で少子化問題についてふれた際、 「15~50歳の女性の数は決まっている。産む機械と言っては何だが、装置の数が決まったとなると、機械と言っては申し訳ないが、機械といってごめんなさいね。あとは産む役目の人が一人頭で頑張ってもらうしかない」と話しました。 ここで、少子化問題はかなり考え抜いて日記に書いていますが、なんと何も考えずしかも女性を「産む機械」と平気で公然と厚生大臣が発言するとは、驚愕である。こんな無知で非人間的な馬鹿が国を動かし、ましてや厚生労働大臣を負かされているなど、お話にならない。議員辞職して、静かに老後を送りなさい。
2007年01月30日
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社会で使う内容を学校で教える。それが社会前教育の基本だ。必要で専門分化し、将来のために自身で選びたい者は微分積分でも学ぶべきだが、 四則計算や基礎的な小数や分数の理解はあっても、複雑な計算や図形はいらない。比例反比例はもっと易しく留めて良いし、いらない内容はどんどん削除すべきだろう。それだけでも学校での学習時間は軽減できる。 そのかわり、実社会的な学習を大きくとりくんだり、創造することや考えたり、表現したり、時には建物を設計、施工したり、地球温暖化をどうくい止めるかや国際問題の解決策を練ったり、いじめをどうすべきかを教師といっしょに子ども達が学ぶことは大事だ。文学や画像の表現を工夫してできるようにしたり、歴史の探訪で現代をひもといたり、海底の生物を調べたり、栄養について学んだり、やるべきことは山ほどある。高齢社会、少子化で社会がどう変化するか、携帯の仕組みや、社会でのルールマナーから海外での暮らし方。いろいろ講座を組んで教え、また教えられる。つまり、今学校で学んでいる殆どのことは役に立たない。是非、「これはいらない」、「これはやるといい」という内容があればコメントをお願いします。*さっそく波多江さんから「家庭科」の提案が。事実家庭科はありますが、もっと料理の具材から考え、或いはそれらを作ってみて、料理のある程度手際よくできるように人間にまでしてもいい。掃除は大事ですよね。ゴミの流れから、ゴミ捨て、掃除、洗濯、掃除だって教室に留まらずマタの清掃や河原の清掃、トイレの清掃。町の中で平気でゴミを捨てていくようなこともなくなる自覚が持てるといい。*三次関数、三角関数、順列組み合わせ、微分積分、どれもいりません。*倉橋さんへコメント本当に有り難うございます。いろいろ考えさせられ、刺激をうけています。1.教育現場にいたので、カリキュラムが薄くなるにつれていじめや不登校が増えた感じがある。 カリキュラムの削減といじめや非行、不登校との相関関係が裏付けられているわけではないと思います。ただ、授業が減り、自分の時間が増えると自然に別の関心事が大きくなるのは否定できません。社会には子ども達にとって刺激的な誘惑がひしめいていて、なんの価値基準や考え方のアプローチもなくさまざまなメディアが情報として飛び込むので、簡単に彼らの心は浸食若しくは影響を被るはずです。モラルや価値観や倫理観が不毛な教育では悪も正義になりかねず、いじめも非行も彼らを誘っています。また、学校が面白くないと登校するのが億劫になる引きこもりも、助長されうると言えます。不登校児の研究は、原因究明が待たれます。学校教育にある、既存教科では、彼らの意識は漂流するばかりです。 2.1と関連しているが、私立の進学校では危機感を感じて従来通り、またはますます程度の高いことをやるだろう。すると格差社会がますますでき、負け組だと感じている生徒達はますます無気力になる。 社会価値が学力進学や社会出世や収入額に主眼が置かれ、学校教育の全てが進学、立身出世、高学歴と社会的な富裕層への帰着目的が、すべての誤りの根元です。世の中の勝ち組負け組は立身出世と上層階級にあるとしたら、それに乗らない連中はすべて負けと言うことです。そんな馬鹿な価値観しか子供立ちに与えきれない学校教育の根本から覆さないと、先が見えないのです。3.役にたたない単に趣味に見えていたものから有用なものが作られたりする。行列を使ってコンピューターで連立方程式を解くなど その有用と言えることは社会にとって有用という意味です。自分で発想豊に知の創造の醍醐味を持てることが、またその環境作りが教育には不可欠です。4.そもそも役にたつかどうか分からなくても考えたり、知識を楽しむことが勉強の醍醐味だと思う。その通りだと思います。利益優先、相手をけ落としも成績だけ上げる受験勉強の内容は意味のないものばかりです。5.普通の女の子が微積を解けるのは日本だけ、と一昔前に言われていましたが資源のない国がこれだけ栄えたのは頭のよさのためが大きいと思う。 07/01/27 08:24 それを、もっと早い時期から有意義化できれば良いと思います。微積を女の子がとくより、もっとやって欲しいことがありませんか?
2007年01月30日
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◎フジテレビの生活情報番組『発掘!あるある大辞典2』が 1月7日の放送で紹介した納豆のダイエット効果に、 データのねつ造がみつかった問題。 すでに番組を制作した関西テレビとフジテレビには、 2800件を超える意見や苦情が寄せられているという。 ○きのうの放送は休止。 本来、番組が始まる午後9時から、5分間、「おわび放送」を行いました。 関西テレビのの男性アナウンサーがねつ造の経緯や内容を説明し、 頭を下げて謝罪しています。 「納豆でヤセる黄金法則」として、 「1日2パック食べる」「朝晩食べる」「よく混ぜて20分放置する」 などと紹介。 ○この放送直後から、納豆が売り切れる店が続出。 納豆の商品が、なかなか手に入らない状態が続きました。 これを受けて、メーカーは増産体制をとり、 会社によっては、通常の1・5倍以上の注文が入ったということです。 ○土曜日、制作した関西テレビは「事実と異なる点があった」と発表。 ・被疑者がやせた写真は別人のもの ・アメリカの大学教授の発言を一部ねつ造 ・正常値になったとした中性脂肪については測定せず など6カ所で「ねつ造」があったことを発表しました。 ○今回、ねつ造が発覚したことで、 大生産地の茨城県水戸市のメーカーには、発注取り消しの電話が次々に。 増産体制をとっていたメーカーは「廃棄処分もありえる」とため息。 番組の製作は下請け業者が作るという。ありもしない酵素や事実を完全に変えて嘘の情報に作り替え、またしっかりとした調査もなく、製作したという。信じがたい悪質でレベルの低い製作姿勢だと言わざるを得ない。こくな低級な人間が作ること自体がどうかしている。倫理観も麻痺し、報道がどれだけの社会的責任があるかを分からないプロデューサーも、また製作チームも視聴者をよくもバカにしたものだと思う。信じた自分もアホなのだろうか。納豆業者の皆さんも、被害があれば損害賠償請求すべきですよ。結論をうやむやにせず、それこそメディアを使い、情報公開とその後始末の経緯や結果をきちんとすべきです。
2007年01月30日
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女への悪戯で20歳の男が逮捕された。こんな馬鹿は毎日のように報道されている。 しかし、今度のは少し違っていた。それは20歳になっても、その男には戸籍がなかったというのだ。戸籍がないと言うことは、生まれてからの出生届をず、学校にも行かず、近所の子供達とのコンタクトもなく、社会保険証もなく、働いたこともない。両親と姉まで居るのに、都会でなぜそんな男性が成長していたのか。考えられない死角で育った人間。先日、アジアのどこかの国で15年以上森林の中で、一人で生活していた少女が発見された。 今回は、都会というジャングルの中で、未開の世界から突然とんでもない人間が発見されたことになる。問われるべきは、親の義務不履行という責任だ。。
2007年01月30日
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文明が発達するほど 人類は少子化が必然的となるつまり文明の後進性は多産であるとともに生命の価値や意味づけが低いため命を奪うことや失うことが自然的である文明の発達は生命の価値に意味を与え個体の生命の価値に意義を与えるさまざまな観念の発達は生命そのものに有意性を持たせ人間の命を奪うことや失うことを嫌うこの二つの尺度が文明の尺度となる文明の先進性は少子化し生命を尊重する度合いが強く文明の後進性とは産むことを抑制せず多産化し生命の価値はより自然の一部という意識が強く生命を失うことは自然的であることから個体化している生命尊重の観念は弱いといえるまた文明が高度化し男女平等社会が実現していくと少子化と同時にもうひとつの問題が発生するそれは子ども達への時間のかけ方や愛情の注ぎ方の変化が起きると言うことだ女性は子どもを産まなくなると共に男女平等意識が高まり異性である男性と対等になるため男を見下し始める場合が起き子どもへの愛の接し度合いが低下し始めるそれが大事なある時期に欠落あるいは希薄になるため子ども達が成長し 暴力的な行動を心の核に抱える可能性が大きくなってしまったのだ少子化と家庭内暴力とは同時進行している車の両輪のように起きる現象だと言えよう
2007年01月23日
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どうか 聞いてくださいこのたった一つの願いをどうか助けてくださいこのたったひとつの命を第一章 子供の命あなたには物言えぬ幼児の 心の言葉を聞き取れますかあなたは知っていますかあなたの傍らで黙ってあなたの言葉を聞いている子供の俯いた顔をあなたは知っていますかあなたの態度が子供の心を壊すだけではなく厚い心の壁を作ってしまい 自閉していまうことを痛みを与えられると 子供は自分の心の世界を壁で囲いだし防衛しようと孤独な世界に引きこもる不幸を負わされますだから 子供に極度の恐怖感や暴力的な苦痛を加えてはいけないそれは 本人が成長したとき 必ずあなたに戻されてきます冷酷な子供自身の暴力や他人への暴力や時には多重の部屋を持つ特異なな子供にまでなるかもしれませんいつもの朝 元気に子供が家を出ていく送り出す親も毎日の日課として笑顔で別れる昨日 遊園地で乗り物に夢中になり 笑顔一杯に大きな叫び声をあげていた子供の成長に 思わず自分が笑顔になれたことや 昨日 登校斑で先頭の男の子が速く歩くのに付いていけないと泣きべその我が子の話を聞き さっそくその子の親と話し合ったり昨日 初めての発語に親の方が大騒ぎをして記念の写真を我が子を真ん中にして撮影したり昨日 幼稚園の園長先生にほめられたことを顔を紅潮させて報告する我が子の真剣な目つきに 聞き入りながらも 嬉しさを堪えたり昨日 一緒に子供とお風呂に入り この喜びはいつまで続くのかなとふと 我が子の成長を親として受け止めてみたり昨日 食後に「ごちそうさま」とはっきり大きな声で言えなかったから注意した自分が 子供のために ちゃんと挨拶しようと言い聞かせたり昨日の毎日の出来事は すべて 我が子が成長し 大人になっても社会に出たときに 困らないようにとの親心で 自分なりに精一杯の子育てを考えながら 授かった我が子との成長を見つめて 一緒に暮らしている今を満ち足りた思いで納得していた めくる思いのアルバムは 一枚ずつが自分の喜怒哀楽の感情の全てであり成長は死んでしまうためではなく 未来へと進んでいく過程だと思えていたもし あなたが凶器を使うことで通りかかった子供をあやめたり酒酔い運転でハンドル操作やペダル操作のちょっとしたミスがある 見ず知らずの子供の命を奪ったとしたらその子供が 不意に死を迎えることになることを親の悲痛な思いが どれほどのものになってしまうのか想像できないことでしょう もし 我が子がいるとして もし あなたが 目に入れても痛くない程我が子を大切に育てていたとしたらあなたは どう思いますか ひとりの子供には 親の思いが 何千倍も詰まって居るんです また あなたは それに負けないくらいの思いをつぎ込むべきです 溺愛や我が儘が行けない子供にしてしまうと思えば話し合えばいいのです ただ 幼児だとしたら とてもひ弱く か細く まるで心までもが柔らかい乳状にできているからもっと 大事にしてあげると良いのです言うことを聞かないからと大人の力で叩いたりまるで人形のように壁に投げつけてはいけない大切な心も命を そのために全て失ってしまうから自分の感情をコントロールすることを学びなさい良い子に育てるために親として今までの自分を変えなさい命を受けたときから その命はその子自身のものです命を渡したときから その命はその子の固有のものです 良い子に育つように 親として最大限の努力を捧げなさいその努力を誰も否定することはありません精一杯の愛情を 我が子に注ぎ込むのです きっと 必ずその行為は自分に最高の宝物として後からあなたの元に届くはずです
2007年01月21日
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文明が発達するほど 人類は少子化が必然的となるつまり文明の後進性は多産であるとともに生命の価値や意味づけが低いため命を奪うことや失うことが自然的である文明の発達は生命の価値に意味を与え個体の生命の価値に意義を与えるさまざまな観念の発達は生命そのものに有意性を持たせ人間の命を奪うことや失うことを嫌うこの二つの尺度が文明の尺度となる文明の先進性は少子化し生命を尊重する度合いが強く文明の後進性とは産むことを抑制せず多産化し生命の価値はより自然の一部という意識が強く生命を失うことは自然的であることから個体化している生命尊重の観念は弱いといえる By 裕樹
2007年01月21日
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先日、大阪で知的障害を持つ男が、男の子を投げ落とした事件がありました。犯人の男性は、知的障害者で再犯を繰り返していたということです。 事件の内容は、大阪府八尾(やお)市の近鉄八尾駅前の歩道橋で 3歳の男の子が、歩道橋から路上に投げ落とされた事件。・男の子は足の骨を折る重傷。・殺人未遂の現行犯で逮捕されたのは、吉岡一郎容疑者41歳です。・その吉岡容疑者は、知的障害者が暮らすグループホームで生活していて、通っていた助産施設でお菓子をつくる仕事をしていました。「仕事場で同僚に世話を焼かれるのがうっとうしかった」と供述しています。彼は1987年~2000年にかけて、幼い子供を誘拐する事件を合計6件起こしていて、2000年に懲役1年10ヶ月の実刑判決を受けています。「子供への傷害で以前いた施設を退所。今の施設に来てからも、年に何度か突然いなくなることがあった。・施設では再犯を防ぐため、外での活動時には必ず職員が同伴。幹部は「気を付けていたが、結果的に甘かった」と話している。」■厚生労働省の統計では…■・知的障害者は全国でおよそ46万人。ちなみに、身体障害者が352万人精神障害者が258万人。・46万人の知的障害者のうち、3割の13万人が入所施設で暮らしている。・知的障害がある受刑者らの自立支援策と再犯防止を支援するため、研究班を発足。モデル事業が去年の秋から始まっている。 ●法務省によると、2005年に服役を開始した受刑者およそ3万2千人のうち、明らかに知的障害者とされる人は、287人でその中の38人は 10回目以上の服役だった。再犯に走ることなく社会復帰できるようにするため、今春から、受刑者施設と地域の連携を強め、出所者に適切な福祉施設をあっせんする仕組みをスタートさせるという。 知的障害者が、その受け皿となる社会内の施設で専門スタッフの治療と改善にあたる環境整備が整わない限り、累犯者の施設たらい回しや、押し付け合いが続くに違いない。累犯者はあくまでも、知的障害を持つ、犯罪を犯しやすい人物に間違いない。精神カウンセラーのメンタルケアーも時間がかかるだけではなく、脳障害等がある場合は、いつ犯罪を実行するかは分からない。いつでも起こしうる状態のはずだ。一般の社会に出されれば、何かの切っ掛けで累犯する可能性を十分もっている危険な人物には違いない。本人の改善、保護と同時に、見ず知らずの子供達が、いきなりとんでもない党利魔笛名事件に巻き込まれるのを防止するには、安全と判断できうるまでは、施設での収容とケアを継続しないといけないと思われる。
2007年01月20日
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「労働組合」というと大変古くさいイメージがある。社会主義思想、あるいは共産主義思想が世界思想として時代を占めたとき、プロレタリアートという労働者階級の階層が誕生していた。また資本家という収奪者との対立関係が鮮明化、労働環境の改善を戦い取るだけではなく、資本主義社会そのものをも転覆し、「革命」して社会全体を変えてしまおうという壮大な恣意的思想に裏付けられた闘争の歴史が始まった。 しかし、それを実行していく過程で、素晴らしい理想郷のはずが、とんでもない社会を生み出していった。そのいくつかの欠陥に、「革命官僚」を生み出し、新たな「支配と弾圧のシステムの世界」を人類史は生み出していた。スターリニズムやファシズム、また姿を変えて北朝鮮のような未だに現存する特殊国家をも作り出してしまった。これはアジアの特殊性と民族主義が社会主義と結びついて変容したものだ。このように、中央集権独裁政治を生み出してしまった。 この負の歴史を持って日本でも労働運動は社会党や共産党などの党派を後ろ盾にプロレタリア革命前段階として組合活動を位置づけ、労働者の開放をベースに賃金闘争や職場の労働環境改善、労災対策などを行い、メーデーもには多くの労働者が参加していた。しかし、社会主義国家が崩壊していく中で労働組合運動も、そのバックの政治団体が思想の支柱を失い、崩れるように下火になっていった歴史がある。 ただ、この新しい構造変化の時代にホワイトカラー、専門職や特殊労働者、派遣社員、パート・アルバイトなどの労働するワーカー達が主体となった保護組織を作り、既成の政治党派とは無縁の全国規模での団体作りが必要だ。国や地方自治体が一方的に決めて実施する政策にブレーキをかけるだけではなく、働く者の保護と改善を先取りで要求できるニューワーカーシステムが必要です。 具体的なプランがなければなんの実効性もない。そこで、まず既成の企業や団体にある労働組合に共闘の輪を広げる。ただ、単独で、あるいは企業内だけの小集団ではなく、連携を深めることが大事。既存の組合が旧態依然とした組合から抜け出すか、その可能性があれば十分。また、困難なのは単独のフリーの労働者たちの参加だと思われる。無理に加入ではなく参加も退出も自由、自分たちが身に詰まされる行政の抑圧や企業、団体等の一方的に不当行為が社会問題化すれば共闘し抗議したいという気になる、そのときに組織的に機能すれば良い。専門の労働幹部などは必要ない。
2007年01月18日
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少子高齢化は大きな社会問題として先進諸国の将来に影を投げかけている。というのも、その第一に女性が子供を産まなくなったことに原因がある。しかし、それは女性を責めるわけには行かない。なぜなら社会構造の全体の変化に大きな原因があるからだ。 男女平等と機会均等から女性の社会進出、職場進出が可能となり男女同権思想が女性を働く労働者として社会参画できるように、弱者から強者へと変容してきたからだ。ただのお茶くみや跡庫の下働きのはずだった女性の立場は向上し、今や男性の上に立ち男を性の差別としてではなく上司として労働者である男を使用する立場になった。危険な仕事緒男だけの職場も門戸を開けられ、次第に女性と男性の職種の隔たりもなくなってきた。また、その女性としての特性を生かすことで男ではなしえない業務をも独占することも起きてきている。結婚と出産、育児もこの男女平等は研ぎ澄まされたように平等が押し進められ、出産と授乳意外は男女の育児参加も平等に行われ、出産による職場放棄を拒む女性達も増え、同棲しても結婚しない、あるいは結婚しても子供は生まない、生んでも育児分担や託児所等での自己作業の軽減で社会参画を果たすまでになった。このような社会構造の変化は少子化も進めることになった。 これらの原因を踏まえて、少子化を防ぐとしたら、その構造変化を是正していく方法が社会全体に施されなければならない。 ある専門家が1組の夫婦が2.1人を産めば少なくとも少子化にブレーキが掛けられるという。しかし、0.1人は社会全体で見た場合であって、具体的に夫婦1組を1ユニットとすれば、3人以上の子供を産めば計算上は少子化から、さらに右肩上がりの人口増へと向かうことにはならない。2人では一人が事件、事故や病気、或いは未婚などで次の世代を増やせなくなる場合があるので、3人以上なら少なくとも増加することになる。戦後の生めよ増やせよの時代の夫婦の出産数へのイメージは、やがて2、3人へと落ち着きだし、やがて2人くらいが社会常識のようになった。実は、問題は、この生む人数の数イメージという幻想の共有にある。そして現在は1人でも生まなくても、結婚しなくても、と歯止めを失い拍車がかかってきた。 ただ、その数のイメージを形成する要素は他にもある。 子供を産むには、夫婦がその数字を産み育てる意思と、社会的にも当然という暗黙の了解がある数値が後押ししている必要がある。つまりどの家庭も3人以上は作るのが当然という了解だ。 次に、安心して育てられる環境が不可欠だ。出産の数と、収入や将来の不安が結婚して出産する夫婦にとってどんなバランスとして斟酌されるか。体力、結婚後の子供の成長と自分の将来の年齢での不安や、教育費、自分たちの生活費や老後の資金と不安、お金はいくらあっても足りないし、はたして一生安瀬菜生活環境が保証されるか、子供達が親を養う時代は失われ、核家族化し、子供達はバラバラになる。そんな将来のさまざまな不安からもブレーキがかかる。そう計画性のある親たちばかりではない。 * 「少子化をのりこえたデンマーク」とは、湯沢雍彦氏の署名である。私たちは少子化の危機感や現象はとらえていても、それをどう克服するかで戸惑うことになる。方法論としては、子供が増えること、あるいは外国人を労働力の支えとして受け入れていくこと。せいぜい、思いつくのはこの二つに絞られる。ところが、デンマークはそれを乗り越えているというので興味津々で読みふけった。 ただ、バラバラの核家族の夫婦は、とても危うい関係でもある。出会いも偶然で、二人の結婚や暮らしに幻想を持った男女が、性のエロスで惹かれたとしても、出生や家族構成や個性、性差や考えの食い違いや嗜好の違い、食い違いを見つけ始めると切りがないはずのことを、性のエロスという男女の出会いの幻想がすべてを都合良く覆い隠してしまう。そして、現実の共同生活の中で現れ始める違和感が、ばらばらのペアにさまざまな試練を加え始める。また、友人や刺激的な異性の出現は続くかもしれず、また出会いの時と変貌した相手を閉じこめて、ふたたび異性を求めても何の不思議もない。それは周囲に整っているから。そんな危うい夫婦が、ともすると家のイメージを喪失していたら子供も破綻の材料にすらなっていく可能性を持っている。 そこで、個々バラバラの夫婦を社会や地域が、子育て支援にどう具体的にかかわるか。また、福祉のサポートやボランティア、共同参画と行政の参加が重要な鍵となることは想像できそうだ。 つづく
2007年01月16日
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White Collar Exemption ホワイトカラーエグゼンプション ホワイトカラー労働時間規制撤廃制度は、いわゆるホワイトカラー労働者に対する労働時間規制を適用免除すること。ホワイトカラーを全員裁量労働制とみなすようなものである。 つまりは、残業するしないは労働者の判断になり、仕事の成果が問われるため、嫌でもしなければならない場合、超過勤務手当は支給されないと言う制度である。なお、この場合年間労働時間は多大になる可能性もあるが、企業側は労働時間を管理対象とする法的義務がない。仮に、激務に耐えられずに過労自殺しようがそれは労働者の自己責任ですまされる危険がある。 労災認定に適用外となってしまう。ホワイトカラーエグゼンプション 上記の問題点から考えられる影響労働者の(時間あたりで見た場合の実質的な)年収ダウンや、過労死の増加、有給休暇の未消化など様々な問題が発生する可能性がある。また、ホワイトカラーエグゼンプションに反対する論者からは、仕事が一部の人間に集中することによって失業率が上昇したり、労働時間の延長によって少子化に拍車がかかったりと既存の社会問題を悪化させるのではという懸念も出されている。 労使協定のあり方や、法律による規制の範囲(裁量労働制の適用範囲を狭める、ドイツ・オランダのように「残業禁止法」を新たに設ける。)など、多くの検討個所がある制度といえる。 年収ダウンが最も大きく、企業にとっては労働してもらい人件費が抑えられるという、会社利益優遇の制度となる。おそらく、これらの懸念以上のものが実際にはいろいろ起きてくるはずだ。労働産業省の勝手な立法や傍若無人な強行実施に、さて日本の企業を担うもっとも最前線で働く労働者達は、政治的な組織力がなく、そのまま黙って受けていくのだろうか。お人好しな国民が、いつかはその自己主張で国の身勝手な行動抑止に、いつ打って出るのかが期待される。ホワイトカラーエグゼンプション 背景日経連が「新時代の日本的経営」という本において提案したことで注目された。「ホワイトカラー」は、その働き方に裁量性が高く、労働時間の長さと成果が必ずしも比例しない部分があるとしており、このため、労働時間に対して賃金を支払うのではなく、成果に対して賃金を支払う仕組みが必要、というのが提案の要旨である。この提案については、「合法的に賃金を抑制したい」「労働者は、自己の健康は自分で管理すべき」といった経営側の飽くなき利益追求および社会的責任の放棄に過ぎないとの主張もされている。 まず、多くの企業では働き方と成果を、どう相関関係として見極めるかが大きなテーマであるはずだ。と同時に、超過勤務労働とその成果との関係も、よりシビアに考えると必要な適切時間と労働成果の因果関係は上司の見極めるところで、その運用は人件費の無駄をどう抑制するかに関わっている。ただ、時間外無賃金を法で定めるとなると、経営者にとっての有利な制度で、いままでの労働法を歴史的に勝ち取ってきた制度が、大きく崩れる可能性を持つと言えよう。経営サイドでは願ってもないシステムになる。さあ、労働組合が機能しない現代で、バラバラになったホワイトカラー達は、どうする?これはパートやアルバイトにも適用されるというから、大変だ。さまざまな税制改革や教育、福祉改革で自己負担が増えるばかりのホワイトカラーにとって、深刻な収入の打撃と健康面の不安材料になる。 取り締まりを強化したため、その回避策としての提案ではないかとの指摘もある。ある者は、提案を「盗人猛々しい」と批判している。メリットとして、達成すべき成果をもとに時間という概念を経営計画をたてやすくなるという点が挙げられる。残業の多寡による給与変動が無くなることや、対象従業員の健康管理義務が無くなる事もメリットの一つと言える。 意図的にダラダラと残業して得をしようとする社員や労働者が減る可能性もあり、業務がさらに効率的に行われるようになるのではないかと期待している経営者もいる。 残業稼ぎの社員や効率アップは、国の制度改革なくしても経営管理者が当然行うべきものである。こんな虎の威を借りるまでもなく、民間はこの対策には基本的に余念はないはずだ。むしろ、ずさんな公務員の税金管理こそが問題となるべきで、ホワイトカラーではなくオフィシャルワーカー・エグザンプションの方が急務である。ホワイトカラーエグゼンプション 労働者側同じ成果でも時間をかけて残業してやった方が賃金が高くなる…という不公平が無くなり、人により自由な時間の使い方が可能になるという点が挙げられる。後述するように、賃金と成果の関係などがあいまいなため、必ずしも思ったようなメリットを享受できない可能性がある。提案では、あるべき給与の決定方法について法案化を含めた具体的な対策が示されていない。そのため、短時間で成果を上げた労働者に賃金はそのままで次々に仕事を与えるだけ(労働強化)ではないか、無賃金残業を合法化しようとするだけ(労働時間強化)ではないか、労働者の健康管理コストを削減したいだけではないか、といった批判が発生することとなっている。 労働内容の問題が残り、処理能力と同時に労働量の強化に拍車がかかることは間違いない。健康管理への配慮が薄れ、残業は限りなく増えても、健康管理のサポートは手控えられるとあっては、労働者はたまったものではない。無論業種によっても異なり、営業や専門職、さらにアイデアなどが重視されるサービス、クリエイター部門では関係ないだろう。 ホワイトカラーエグゼンプション サービス残業の合法化これまでは、時間外労働に対して「割増賃金を支払う義務」が存在しており、また形骸化されているとはいえ、「時間外・休日労働に関する協定(36協定)」の存在もあった事で、労働時間が過剰に増える事に対する一定の歯止めがあったが、ホワイトカラーエグゼンプション導入が実現化すると、それらの歯止めが一切無くなる。実際にホワイトカラーエグゼンプションを導入しているアメリカでも、適用除外労働者のほうが労働時間が長くなる傾向にある。経団連の提言では、仕事と賃金の関係についても具体的な規定を想定していないので、企業によっては、仕事を増やすだけ増やして賃金は増やさない、処理しきれなかった仕事の分は減給という事にもなりかねない。「欠勤は減給とする」という提案とあわせると、休日労働の常態化の危険も指摘される。 まさに、企業最前線では、そのことが言える。ホワイトカラーエグゼンプション 労働者の健康管理に関しての懸念ホワイトカラーエグゼンプションにより労働時間は経営者の管理対象から外れるので、万が一従業員が過労死した場合も、従業員の自己責任で片付けられる可能性が出てくる。労災にも問われなくなるので労災保険料(労災が出ると保険料が上がる、100%会社負担の保険料)が抑制でき、過労死裁判などで従業員の遺族に多額の賠償金を支払う、という可能性も減少する。日本経団連では、労働者の最大拘束時間を定めたり、一定時間勤務したものに休暇を付与したり、一定期間毎の健康診断を行ったりといった対策を提言しているが、いずれも労使で「自主的に取り決めるべき」としており、実効性に疑念がもたれている。ホワイトカラーエグゼンプション 「ホワイトカラー」の定義の曖昧さ経団連からの提言によると「現行の専門業務型裁量労働制の対象業務に従事する労働者」は無条件で適用除外対象、としているが、提言ではこれに加えて「労使協定や労使委員会の決議で定めた業務で、かつ年収400万円以上」であれば適用除外対象、とされている。言い方を変えれば、工場労働者やスポーツクラブのインストラクターなどの「肉体労働者」であっても、年収が400万以上であれば、適用除外とする事が可能になる、という事である。このように定義を曖昧にすることにより、企業側が自己の裁量において適用範囲を広げることを狙っている。しかし、現在年収300万円台の労働者に対する残業時間が多いことから、適用除外対象を徐々に広げていくことが望ましいと云われている。ということは、全ての企業労働者対象のこの制度を実施するということになる。このような曖昧なままの施行では、労働者泣かせの悪法になる。労使交渉と言った労働争議が弱体化した今こそ、既成の政治的党派の影響のない、新たなWhte collar党の誕生が自主的に結束されないと、対抗できない。
2007年01月13日
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どうしたことだろう。殺人事件が連日のように報道される。しかも、多くは死体をバラバラにし、遺棄するものばかり。今回は30代の妻が、30歳の夫をバラバラにして都内のあちこちに、死体を遺棄した。死体が重いのでのこぎりで切断し、バッグに入れて、あちこちに捨てたという。その生活ぶりは別として、相手への怒りが抑えきれずに、前後が判断できなくなり、憎悪を抑えきれずに、家族を或いは夫婦が殺し合う。昨日は兄が妹を殺害し、バラバラに。今日は妻が夫を。その報道の一方では、茨城でまたバラバラ殺人が起きているという。 全ての事件の関係者の日常の様子や動機を調べないとはっきりしたことは言えないが、最近のいくつかの報道では、犯行に及んだ容疑者は、等しく自身の存在感をないがしろにされるような誹謗中傷の発言が日々向けられ、その苦痛に耐えきれず犯行に至っているようだ。解決手段が話し合うことではなく、心にため込んで一気に憎悪を爆発させ、前後の見境を失い、殺人という凶行にブレーキを掛けられず、何度も暴行を加えて死に至らしめている。死後は、肢体の処理に困り、凶行を隠蔽しようと、死体をそのままに隠すのではなく、体をノコギリで切り離して個々に処分していくやり方は、報道から学習しているように思われる。 直情的憎悪の爆発が、個人のアイデンティティーを壊されたと思うことで引き金になっている。殺人は世間にばれ、日本中に報道され、1人の存在が忽然と消失することに周囲が不信に思い、事件も発覚してしまうことも予想できないままの抑制やコントロールができない直情的な怒りの噴出行為である。
2007年01月12日
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あっという間に、大事件が、知らされぬ間に起きた。防衛庁が突然、防衛省に昇格。防衛大臣が誕生した。ますます、日本は、これで右傾化の下準備ができてきた。まさに、憲法改正の前段階。日本は再び軍事化へと向かうステップを踏み出したと言える。戦争があれば出兵も起きる。 いよいよ日本は戦争を始める支度を始めたんです。いずれ、挑戦出兵や攻撃を受け、あるいは徴兵制から戦争の正統論が開始する。 許してはならない事態が始まってしまった。
2007年01月09日
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フロイトの戦争についての論文に「戦争神経症者の電気治療についての所見」(1920.2.23 ウィーンにて)がある。 平穏と思われる日常でも、私たち現代人は多くのストレスを感じ、自立神経失調症による神経障害を引き起こしている。それが、交通事故や通り魔といった事件、なんらかの心身に極度の危険を感じ、あるいは傷害を受けることで発症する心的ストレス障害を被る体験をもつことで精神障害を持つことは知られている。統合失調症や躁うつ病以外にも幼小児期の環境が心にダメージを与え、異常性を示す所見も現代では多く知っている。 この現代に、戦争が起きると、私たちは戦闘の最前線に送り込まれ、例えば現在のイラク戦争のように日常の中に戦争殺戮行為や、その被害が生命の危機を抱えながら発生する。手榴弾が側で炸裂し、敵に土中に埋められ、銃口を向けられて撃たれる。拷問を受け、あるいは拷問する側に回り、人を銃殺する立場に立たされる。戦争は、予想しがたい、非日常性の危機的世界に置かれることになる。これらの経験は、多くは震えや麻痺などの運動障害を生じ、それはたとえ最前線に居なくても生じる可能性がある。 戦争という異常世界は、人々の心に大きなダメージを与える。かくて、第一次世界大戦時には、その処置として電気治療が施されていた。ただ、その目的は患者である兵士の回復を目指したものではなく、再度前線へと送り込むための「戦争遂行能力の回復」にあった。電気治療をして再び戦場へと戻す。兵士は、再びその症状が発症する。 病気を理由に戦争回避をさせまいと、軍医達はこれらの戦争神経症者達に拷問とも言える、さらに強度の電気治療を、個人の忍耐の限度を超えてでも施していた。まるでその拷問を回避したくて前線に戻るかのように兵士は解き放たれた。イラクのように敵味方が分からず、しかも日常の中に爆弾テロや不意の攻撃があると、神経は極度の不安に晒され、その持続は危機的な状況にまで至ることになる。戦争を職業とする軍人や従軍へいはもちろん、家族の負担も同様の不安を抱えることになる。 かくて、この方法の間違いが指摘され、以後は戦争神経症を心的治療として診療することになる。しかし、戦争は多くの正常な人達を、極度に非日常的な殺戮と不安の世界へと強制的に投じるために、精神面での心的傷害も生涯傷として残す可能性があるのは言うまでもない。
2007年01月08日
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●安倍総理は、平成19年度の年頭記者会見でこんな発言をしました。・「今年は憲法が施行されて60年であります。憲法を、是非、 私の内閣として改正を目指していきたいということは、当然参議院の選挙に おいても訴えてまいりたいと考えております」と述べ、今年7月に行われる 参議院選挙の争点を「憲法改正」にする考えを示しました。○総理は「憲法改正」を参院選でも訴える、と意気込んでいますが・・・・改正には、まず、国民投票法案の成立が必要。・総理は「与野党で議論が深まることを期待したい」と述べています。 さて、新鮮な目で憲法を見直し、改正しようという聞こえよがしの懸案事項。言うまでもなく、憲法台九条の「戦争放棄」の平和条項を削除するのが主眼であることは分かり切ったこと。 つまり、自衛隊を軍隊とし対北朝鮮外交を有利に展開するためにも、核保有国となり武力制裁をも辞さずして拉致問題を解決し、ひいてはアジア外交で経済面のみならず実質的指導権を握る意図に他ならない。第二次世界大戦でアメリカから原爆を投下され、人類史上初めての被爆国となった日本が、アメリカ・マッカーサー率いる戦後処理からGHQの指導下で作られた日本国憲法は、特に第九条がさまざまな解釈の論議を引き起こしているのも分かっている。 平和世界を希求する証として、戦争を放棄する憲法の銘文も史上初めてのこと。ただ、別の解釈では、日本から戦闘能力を剥奪し、二度と参戦もしくは戦争行為を行わしめない足枷と解釈する論議もある。 しかし、憲法がどんな経緯で作られたかとか、どんな意図で作られたかは問題の争点ではない。我々が平和憲法を放棄し、軍事力を強化、いつでも戦争が行える状態に軍隊を整え、いざとなれば戦争も辞さない。その右傾化に拍車がかかるとういことなのだ。自衛隊が軍隊化すると、徴兵制度が当然起こってくる。韓国同様、戦争をしたくない、自分が軍人として戦争に行きたくない、日本という国家のエゴのために人を殺し、あるいは他国民の生活を破壊したなくない、自分は強制されて国家のために死にたくないといっても、国が決定すれば義務づけられ、服従しなければ犯罪者扱いで収監されることになる。 たとえば母親が我が子にはもそんなことをさせたくないと思っても、強制的に戦争に従軍させられ、特攻隊のように死ななければならない事態にもなりかねない。好きな恋人と引き裂かれ、もう二度と逢えなくなるかもしれない。自分の思想や信条とはまったく異なる国の利益に従わなければ、つまり戦争に行かなければ犯罪となる。 宗教や民族やじんゅの違いで、人類は多くの不幸な戦争を繰り返してきている。そこに、再び戻ろうという意図と同質の状態に逆戻りするのが、この憲法改正の本当の意味です。世界の国々は、日本の再軍事化をもっともおそれているに違いなく、国際世論がNOを種中止、各地で反戦デモや集会が起きることは目に見えている。それどころではない。 どんなことを言っても、素直に服従する日本国民が、また政府の思うままに素直に軍備化にしたがうようなことになれば、国民も世界の世論を敵に回す覚悟も持たなければならなくなる。 国民投票でしか、意志を反映する方法はないと思う日本の大多数の国民の特性を、政治になんらかの方法で異を唱え、NOのシステムを政治意思表示できるように行動し、作れるか、戦後民主手記が初めて問われる時が来たと言えよう。どうする、あなたは。
2007年01月06日
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今年も ┌|∵|┘ヨロシク┌|-.-|┐ペコッ
2007年01月02日
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