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四百年前の貴族の館、ウンブリアのワインの星と呼ばれているルンガロッティ一族の家です。家宝のコレクションが膨大な資料と共に並び、醸造から歴史まで一望できる「ワイン博物館」になっています。先日ご紹介した「オリーブ博物館」から徒歩数分、トルジャーノといったら、この「ルンガロッティのワイン」なんです。案内して下さったのは、シニョーレ・Kのお姉さんR子さん。フランス留学から在日フランス大使館勤務を経て、ご両親と一緒にイタリアに住み着いて二十年以上。今ではウンブリアのオリーブ畑付きの大きな一軒家で、「正調・イタリア田舎暮らし」をなさっています。リミンの「田舎暮らしごっこ」とはチョイと違う「正調」ね♪難関といわれているイタリア・ガイド資格もお持ちなのに、とても控え目で謙虚、そして博識な勉強家、そのお人柄に、私は、魅了されてしまいました。そのお姉さんにご一緒して頂けることになり、私がウンブリアに行ったら、必ず行ってみたいと思っていたトルジャーノへの小さなドライブ旅行が実現したというわけです。葡萄畑、オリーブ畑、トリュフが採れる森、ウンブリアは豊かな大地の恵みの宝庫でした。テルニからナルニ周辺、アメリア、オルヴィエート、ペルージャ、アッシジ周辺からトラジメーノ湖一帯、そしてアッシジから南へ約10キロ、ここトルジャーノが「ストラーダ・デル・ヴィーノ」と呼ばれる「ワイン街道」です。ウンブリアは11のDOC(統制原産地保障ワイン)と、4つのDOCG(統制保障原産地呼称ワイン)を抱えています。トスカーナのキャンティにはマーケティングで遅れをとっているもののやっぱりココでは「トルジャーノ・ロッソ・リゼルヴァ」(DOCG)が人気かな~これは↑「チャルタ」という焼き菓子を作る型。それぞれ、一族の紋章が入っています。かつては、全聖人の日や、お祝いの日に、このチャルタと共に、「聖なるワイン」として、パッシート (陰干した干し葡萄で作るワイン)が、町の人々に振舞われたそうです。今ではチャルタも、たまに結婚式の引き出物に使うお宅があるくらいだとか。お菓子の模型見本がありましたが、風月堂のゴーフルみたいなもの?かな。ま、ワインに能書きは、あまり必要ないかも‥この「恍惚の表情」が、全てを物語っていますね♪トルジャーノからの帰り道、ルネッサンス時代から続くイタリア最大の陶器の町「デルータ」で私はデルータ焼の飾り皿を一枚買いました。昔ながらのデルータ焼の模様。こちらも孔雀のモチーフ同様、ローマ時代以前のエトルリア文化が色濃く反映されているとのことでした。そして‥ウンブリアで一番感動したワインが、シニョーレ・Kが、自分の畑で葡萄を育て、愛情込めて作り上げる自家製ワイン!リミンたちのアパートで、日本のお母さんの味「カレー・ライス」食事会を開いた際、K家・ワインをお土産に頂きました。K家・ワインは、ほぼ600リットル、瓶にしておよそ1000本弱を毎年、自分たちのために作っているそうです。奥さんのAさんはサルデーニャ島の女性。デザートのケーキも毎日家で焼くそうですが、このカプリ風チョコレートケーキ、外側カリッ、中シットリ甘味を抑えた大人の味、絶品でした~☆ちなみに、シニョーレ・Kは、横浜生まれ。イギリスの大学に留学後、イギリスの旅行会社で活躍。奥様との出会いもそこで、職場結婚なんですって!その後、フランス、ベルギー、スイスなど移り住み、最終的に本拠地として選んだのがイタリアだったとのこと。過去40数年のうち『日本に行ったのは二回です』という。やがて、ご両親やお姉さんもイタリアに移住して、一家揃って、ウンブリア田舎暮らしの達人です☆美味しいものを食べるためにだけでも、飛行機に乗って出掛けて行く価値があるといわれるいにしえの土地「ウンブリア州」です☆
2007年11月26日
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イタリア・ワイン街道のお話をと思いましたが、里山は、秋・真っ只中!でございます。なので、「帰ってきたよ~!我が町、秦野」編を先にお届けしたいと思います♪今年は紅葉が遅れていて‥まだまだ黄金に輝く錦織りというわけにはいきませんが、青空に映える柿の木や蜜柑の木、風に揺れるススキの穂、陽射しに輝く丹沢の山並みの匂い。やっぱりココが、私たちの幸せの原点だと実感します。そうそう、そうだ、そうだった。この感動が『里山暮らし、ときどきスペイン』という一冊の本になったんだっけ!この「幸せ感♪」 ウンブリア州に勝るとも劣らない!こっちの方が暖かい分、冬は暮らしやすいかな~でも地元の元気さにおいては、こっちは少し負けてるかも‥もしかしたら、日本は便利すぎるのかもしれません。だって、たったの、ひと月半空けていただけなのに、成田空港に降りたとたん、便利なサービス攻勢の数々に「日本って、便利なところなんだね~」と驚きます。荷物は空港カウンターから自宅まで宅配してくれるし、しかも当日の夕方着というではないですか!誘導標識も日本語のみならず、英語はもちろん、中国語、韓国語まで表示されている!何から何までアナウンスで教えてくれて、こんなに親切な国、あまり見たことありません。でも、きっとその分、裏で苦労している人たちがたくさんいるのでしょうね。そう思うと、一概には喜べないような気も‥以前、イタリアで、小包み一つ出すのに郵便局に三日間通ったこともありました。時間が来ると、話の途中でも明日になってしまいます。長距離トラックの運転手さんも日曜日は働いてはダメ、数時間ごとに休憩をとっているか?1日8時間以上働いていないか?監視のタコメーターを車に取り付ける事が義務付けられて、違反者には驚くほど高額の罰金が科せられるとのこと。この法律が出来てから、交通事故が減ったそうですから、これで普通に暮らせるなら、それに越したことはないですね。その分、みんなが少しづつ「不便でもしょうがない」とお互いさまの精神で暮らしているように見えました。里山暮らしの幸せが、日本にいつまでも残っていますように‥●追伸1不在中、さがみ朝日の「人欄」に取り上げて貰っていた情報誌が郵送されていました。なんと十月号、ちょうど私の誕生日に発行されたようです。ちょっと嬉しいバースディ・プレゼントさがみ朝日の清水さん、ありがとう~☆●追伸2イタリアで見つけた「オモシロ不思議グッズ」第二弾!これも、最初見つけたとき不思議だったのね。ポツポツ穴が開いたフライパン!何に使うのかと思ったら、なんと焼き栗を作るんですって♪寒さが増して、暖炉に火を入れる頃に店先に並ぶ、アロマや焼き栗の「暖炉の幸せ」いいですね~☆..................................................................................★風は地球を吹き抜けて☆ 【里山暮らし、ときどきスペイン】太陽出版
2007年11月21日
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アッシジ旧市街から、フランチェスコが臨終を迎えた「サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会」を望む。今週は、例会出席のため東京に出掛けたり、ウチの彼が所属している某文芸同人会に一緒に参加するため箱根に出掛けたり、気ぜわしい一週間でした。で、例の「恐ろしい?事件」の顛末を書くのが遅くなり、お待たせ致しました。話はアッシジのホテルのロビーに戻ります。一息入れようとロビーに腰を落ち着ける前に、ちょっと「私、先にお手洗いに行ってくるネ」と、サムエラさんと彼に言い残し、地下へ続く階段を下りて行ったリミンでした。地下には朝食用の食堂やトイレがあるのです。誰もいませんでしたが、自分で電気をつけて、三つ並んだ個室の真ん中に、何気なく入りました。ドアノブのすぐ下に小さな鍵が差してあったので、迷わず鍵を回しました。ほんの少し、ツっかかるようだったので、ドアを引き気味にしてもう一度回したら、カチリと音がして鍵がかかったのですが‥この「カチリ」が地獄への第一歩だとも露知らず!こんなところにまで可愛い鍵が付いているなんて、イタリアって、お洒落~なんて思っていました。さて、いざ出ようと‥さっき右に回したんだから、こんどは左よね~と頭の中で反芻しながら回しましたが、ドアはピクリともしないのです!あれ?さっき左だったんだっけ?逆かあ? と再度挑戦。それでも、開きません。右に回したり、左に回したり、ドアを押し気味にしたり、引き気味に回したり、鍵穴からいったん抜いてみたり、ノブを回しながらとか、とにかく考え付くことを全て、何十回も繰り返してみたのです。「カチリ」という音はするのです。でもドアは開きません。非常用ベルなぞ、イタリアの田舎町にあろうはずもありません。うーむ、困った!閉じ込められた!ブルース・ウイルスなら、こんな時どうやって脱出するだろうと映画を思い出しながら、脱出口を探します。石造りの建物、しかも地下、窓はおろか隙間一つ無く、ドアはピッチリと埋め込まれています。いくらブルース・ウイルスでも、こりゃ拳銃でドアを壊すしかないよなー!誰か入ってこないかと耳を澄ましても、食事時間でもないし、客の到着時間にも外れた中途半端な時間帯です。フロントの男性も暇そうにパソコンで何か見ていたし‥そういえば、エレベーターに閉じ込められた映画では、酸素があと何時間もつかというのがあったっけ。一生ココにいることは無いにしても、それまで酸素がもつかと思ったら、なんだか急に息苦しくなってきた。しょうがない、この際だ、ドアを叩いて助けを呼ぼう!ところがアセっているのでしょう、イタリア語で覚えていたはずの「助けて!」が出てこない。とりあえず、咄嗟に口に出てきたスペイン語で「ソコーロ!」とドアを叩きながら叫んでみた。石のホテルはシーンと物音ひとつ聞こえない‥待てよ、フロントは英語の方が分かるかも!で、「ヘルプ・ミー!」ドン、ドン、ドン(ドアを叩く!)疲れたら休み、と、繰り返すこと、数十回!だんだん腹が立ってきた!ウチの彼は何やってんだ!きっとまた、サムエラさんと喋りまくっているんだろう!異国の地で、一人で地下のトイレに行った妻が心配じゃないのか!この間、私にとっては30~40分に感じたが、ウチの彼は10~15分だと、いまだに言い張っている。やがて、「大丈夫か?」と彼の声が聞こえたときは、私はトイレの中で疲労困憊の極致だったような気がする。結局、フロントの男性が外から鍵をバラシ始め、「キィをドアの下数ミリの隙間から出せるか」試してくれということになった。私はキィに付いている大きな玉飾りを、震える指で、それでも慎重にと自分に言いきかせながら取り外し、心臓が破裂しそうな思いで数ミリの隙間から外に向かって滑らした。「カチリ」と音がしてドアが開き、フロントの男性が壊しかけた鍵の残骸を手にし、申し訳なさそうに立っていた。『ソーリー‥』と言ったようだったので、作り笑いでニッコリしてみせ、振り向きざまに、「アナタ!なんでもっと早く探しにこないのよ!」後日、シニョーレ・キクチに言うと、「よくある事件なんですよ」と、こともなげに言った。ヨーロッパの鍵は日本と構造が違うので、2度回しじゃないと、開かないものがあるという。らせん階段に無理やり取り付けたエレベーターが途中で止まり、閉じ込められるなんてのはザラだという。翌朝、食堂の帰りに、トイレの鍵を確認しに行ってみたら、鍵穴に、もうキィは差していなかった。よくよく見たら、上部にスライド式の錠があり、外人なら、ちょうど目の高さだろうに、小さい私は目に入らずキィを回してしてしまったということらしい。それにしても、三つの個室のうちキィが差してあったのは、真ん中の一つだけ、両サイドはスライド錠だけだったのに、それを選ぶ私は、ロシアン・ルーレットなら一番最初に死ぬ人間だろうと思う‥。書いているだけで、疲れが戻ってきそうなので、話を変えて‥イタリアでよく見かけたのが、暖房器にかけられている花瓶のような↓こんな器。 最初見たときから、何するものなんだろう?と不思議だったのです。お湯を通して部屋を暖める暖房器に取り付けるのだから、まさか花を生ける訳でもないだろうし‥で、ある日、スーパーの売り場で発見したわ!中に水を入れ、このような↑アロマ・オイルを数滴たらす。温められて湯気といっしょに部屋中に、いい香りが漂うしかけ。昔からアロマテラピーが暮らしの中に普通にあったのですね☆ウンブリア州、オルヴィエート旧市街から、新市街、鉄道駅方面を望む。この街は、白ワインで有名というだけあって、バスに乗っていると、道々、葡萄畑が続いています。ちょうど、新酒の季節でもあることですし、次回は、ワイン街道のお話をお届け予定です。では、またお会いしましょうね☆
2007年11月17日
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先日、修道院のお食事に招かれた話をしましたが、そのアッシジの話の続きです。世界中から年間数百万人もの巡礼者が訪れるアッシジ。牧師さん、シスターさん、聖学生、教会関係者、世界中からやって来る観光客も多い「静かなる賑わい」の町でした。そこの修道院での食事に招いて下さったのは、こちらの「サムエラ山田」さん↓(向かって右端) 国際会議にも出席なさるイタリア語も堪能なとても立派なシスターさんです。でも、ちっともエラぶっていなくて謙虚で優しい語り口と、包容力がにじみ出ていて、甘えたくなっちゃう素敵な方。そういえば、イタリアのシニョーレ・キクチも言ってましたっけ。『サムエラ山田さん、電話で話しただけですが、 控え目でスゴ~く良い感じの女性! 皇后陛下と話しているような‥ いやボクは皇后サマと話したことはないけど‥ 思わず背筋が伸びて緊張しましたよ~ あの口調と声で説得されたら、 いっそ洗礼うけてもいいと思っちゃいますね~』そのサムエラ山田さんが、食事のあと、『今日はこのあとフリーですので、どこかに行きましょう』と、嬉しい提案をして下さいました。で、アッシジですもの、そりゃあ勿論、教会へ!歩きながら、聖書や聖人フランチェスコのいろんな話をしてくれました。どこに行っても「マードレ」 (お母さん)と、呼びかけられて、シスターさんというのは、どこでも尊敬を集める存在なんですね。アッシジの心「聖人フランチェスコ」この町の裕福な毛織物商人の一人息子として生まれたフランチェスコは、何不自由ない暮らしであるものの、戦争と重い病による失意と絶望の日々を送っていましたが‥ある日、教会の十字架にいるキリストを通して「神の声」を聞くことにより、世俗を捨て、厳しい修道の道に入ったといいます。愛と平和と清貧を説いたフランチェスコの教えは、多くの人々の共感を呼び、アッシジの彼の元に大勢の人が集まって来るようになっていきました。上空からじゃないと、ちょっと分かりにくいのですが、聖フランチェスコ教会の前庭に浮き出ている「PAX」(平和)が、アッシジの合言葉です!写真提供:横山由梨さん 2009年10月撮影フランチェスコに「神の声」を伝えたとされる十二世紀の十字架が、聖キアーラ教会に今でもそのまま保存されています。だから、アッシジの十字架は、私が知っている、十字架の形と少し違っていました。上記の十二世紀の十字架の形と、「タウ」と呼ばれるTの字です。最初に見たとき、どうしてクルス型じゃなく、Tの字なんだろう?と不思議に思ったのです。が、サムエラさんに教えてもらって、謎が解けました。旧約聖書・エゼキエル書に出てくるもので、神が預言者・エゼキエルに「選ばれし者」として与えた印が、この「タウ」だったのです。フランチェスコが好んで使っていたことから、「タウ」がアッシジならではの十字架になったそうです。●十字架の話のついでにオマケの話写真↑は、トルコの魔除けのお守り。エーゲ海、アドリア海沿岸に暮らす人々は、魔除けとして身に着けたり、部屋に飾ったりしています。魔よけ・お守りとしての歴史は古くこの目玉のモティーフは、それを見たものを石に変えてしまうメドゥーサの目を模しているそうです。トルコでは「ナザール・ボンジュー」と呼ばれ、子供たちや家々を守っているそうですよ。今回、私のイスタンブール土産です。さて、 聖書の話を聞きながら、私たち三人は、アッシジの教会巡りをした訳ですが‥疲れてきたので「ちょっと、どこかで休もうか」ということになりました。ちょうど、私達の泊まっているホテルが目の前だったので、ホテルのロビーで、お茶でもしようということに。ここは、現地に着いてから飛び込みで選んだホテルでしたが、メインストリートに面して銀座のド真中といった便利な場所です。私達の部屋の天井画も綺麗で、フロントの人も親切。ところが、このホテルで、私は、恐ろしい?事件に遭遇することになるのです‥この続きは、次回にまた。前ふりが長くなってしまい、「引っ張るなよ~」といわれそうですが、黄色に染まるアッシジの秋の風景で、いったんお別れいたします。明日は、久しぶりにエッセイスト・クラブの十一月例会のため東京は銀座界隈の都会に出没しま~す♪..................................................................................★風は地球を吹き抜けて☆ 【里山暮らし、ときどきスペイン】太陽出版 1,260円(税込)買物カゴはコチラです♪
2007年11月12日
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アパートに入居して、アッという間に一か月が過ぎました。「イタリア田舎暮らし」の現地レポートは、ひとまず終了し、懐かしの丹沢の山ふところに帰ります。ウチの裏山「弘法山」、鮎が泳ぐウチの下の川、富士も見えれば温泉もある、四季折々の散歩道、どんなもんだい日本の本拠地!里山暮らしの、あの幸せ感がリミンの原点です。幸せの核があればこそ、どこに行っても楽しめる!私は、そう思っています‥。イタリア田舎暮らしのアパートの窓から、毎日、飽きずに眺めた木々も、小鳥も、トカゲの色や、陽に輝くクモの巣さえも、美しく愛おしいものでした。二人で、ときどきバスに乗り、近郊の小さな町に出かけたりもしましたが、ほとんどの時間を費やしたのは、半径一キロ内のアメリアの町と、私達が暮らすアパートの窓辺です。『それじゃあ、秦野にいるのと変わらないじゃないか‥』呆れたようにウチの彼は言いますが、旅は日常で、日常は旅。窓辺の景色も、日によって、時間によって、季節によって刻一刻と変わります。バールの片隅から眺める街角の風景も、行きかう人、交わされる会話、出来事も、毎日少しづつ違っているように‥散歩の途中、窓辺の様子も、それぞれの家々で、住む人の主張や個性が表れて、通りすがりの人をほんわり包んで、楽しませてくれているようです。散歩の途中で拾い集めた、小枝や木の実や松ぼっくりです。やっぱり、幸せは、すぐそばにあるものなんですね。 だから、窓辺やテラスで花に水をやる人も、洗濯物を干したり、取り込んだりしている人も、みんな、何かしながら道行く人を眺めています。散歩の途中で、そんな人を見つけると、なんとなく親近感が湧いてきて‥『こんにちは』『こんにちは、どこから来たの』『私たち、日本から』ニッコリ声を掛け合って、手を振りあう、ほんの少しの「日常の幸せ」です。※というわけで、現地レポートはここまでで、私たちは無事に日本に帰国いたしました。またまた、昼と夜がひっくり返ってしまい調整に苦労しています。イタリアでは、ネットができる環境だったとはいえ、信じられないくらい時間がかかり、写真を入れて、更新するのがやっとでした。なかなか訪問もままならなかったのにもかかわらず、大勢の皆さまから温かいコメントを頂戴いたしました。心からお礼を申し上げます。次回からは、イタリアで見つけた面白いモノや、出会った素敵な人たち、ドッキリした事件など、まだまだ話は続きます。どうぞ引き続きご愛顧下さいませね。それでは、皆さま、またお会いしましょうね☆
2007年11月08日
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写真↑は、トルジャーノという町にある「オリーブ博物館」に残っている、オイル作りのためのオリーブ摘みをする昔の人々の様子です。アッシジ近くのトルジャーノに、ウンブリアでも有名な、もと貴族でワイン醸造家・ルンガロッティが、私財を投じて造ったのが「ワイン博物館」と上記の「オリーブ博物館」ウンブリア州の緑のハートと呼ばれる丘陵地帯、その象徴がオリーブと葡萄の栽培なんですね。私達のアパート近くも、オリーブや葡萄の木が沢山あり、それぞれの家で自家製のワインやオイルを作っています。そうそう、ここらのパンには塩気がまったくありません。最初はちょっと味が無いようで驚きましたが‥パンにフルーティなオリーブオイルをかけ、塩を少し振って食べる、この美味しさを知り、我が家の朝食も最近はバターとジャムより、ブルスケッタ式になりました。庭で採れたオリーブを持ち込むと、オイルにしてくれる小さな工房も近所にあります。みんなの話題も『今年のオリーブの出来がどうの』とか『何ヘクタール増やした』だの『減らした』という具合で、二人で散歩していると、ウチもオリーブ畑がちょっと欲しくなってしまいます。でもまあ、三坪の農園ですら持て余して小作人?でも募集したいなどと言っている我が家の現状を考えると、「オリーブ博物館」で楽しんでいるうちが華でしょう‥今は電動化されていますが、かつては目隠ししたロバが石臼の周りをグルグルと‥自然の恵みに感謝して生きるウンブリアの魅力は、単に美しいだけではない、人と神の内的交わりが底に流れている落ち着いた暮らしそのものが魅力なんですね。
2007年11月06日
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以前にも話したことがありますが、ウチの彼の実の姉さんは修道院のシスターです。「アッシジの聖フランシスコ宣教修道女会」というのが、姉さんの所属する会派です。総本山は、もちろんウンブリア州の「アッシジ」イタリアの、緑のハートの真ん中にある辺鄙な街に、世界中から年間数百万人もの人々が訪れるのは、アッシジが聖人フランチェスコの故郷であり、この美しい平原の地に、愛弟子のサンタ・キアーラとともに眠っているからなの。今回、偶然にも、姉さんと同じ教会のシスター「サムエラ山田」さんが、会議のためアッシジに滞在されていて、修道院でのお食事に招いて下さったのです。アメリアから列車とバスを乗り継ぐこと、およそ二時間。私達がアッシジに着いたのは、「全聖人の日」の前夜祭ハロウィンの日です。『イタリアでも最近はハロウィンをやるようになった』と聞く。そういえば、ハロウィンは、もとはと言えば、イギリスのケルト人たちの収穫祭と、キリスト教の祭祀を祝う年間行事がルーツだったっけ。イタリアもスペインもラテン系だからなぁ‥それでも、街角の店先やウインドウは、ハロウィンの飾り付けで雰囲気満点!お菓子をもらい歩いている扮装した子供たちとすれ違います。暗い横丁から飛び出してくる、可愛いお化けたちと声を交わして☆お母さんたちも帽子をかぶって引率しています。お店屋さんもキャンディやチョコを用意して‥きっと手にした袋もお菓子でイッパイになるのでしょうね。カメラに向かい、おすましでポーズをとってくれたキュートな悪魔チャンや、お化けクンたちありがとう!マリア像が微笑みながら、静かに見守る修道院で、シスターの皆さんと一緒に温かいお食事を頂きました。前菜からデザートのケーキまで真心がこもった美味しいお料理の数々でしたが、食事中の写真は失礼させてくださいね。寒かった一日が暮れていきます。北風に吹かれて凍えそうな巡礼者に、惜しみない愛と安らぎを与えてくれるアッシジの町です。アッシジのハローウィンの夜は更けて、聖フランチェスコの鐘が鳴る‥
2007年11月03日
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