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「温泉×(かける)ワイナリー」ツアー2日目、いわき湯本温泉の古滝屋からまず向かったのは「とみおかワイナリー」。目的地まで約50キロの道のりを、家人の運転する車で国道6号線沿いにゆっくり北上することに。道路標識を眺めていると、並走するJR常磐線の駅名などが目に入ります。現在はいわき市内の町名として残る「平(たいら」の地名を目にし、「そういえば昔『平』行きの電車があったなぁ…」と記憶が反応。その後も「四倉」、「広野」などの駅名が実際の場所に「接地」されていくことに。(実は大昔に一度だけ常磐線の特急「ひたち」で仙台まで乗車したことがあり、海岸線に沿って走る車窓からの眺めを思い出しました。)広野あたりからは道路標識に加えて放射線量(空間線量率)を示す電光掲示板がときたま出現するようになります。最初に目にしたのは〜0.1µSv/h(=マイクロシーベルト毎時)といった数字。この値自体は通常の自然放射線のレベルと同程度ですが、このようなリアルタイムモニターが置かれている、ということでいよいよ原発事故の影響が残る地域に近づいたことを意識させられます。さて、「Jヴィレッジ」まで来たところで国道6号線を海岸側に外れ、県道391号線で楢葉町をさらに北上すると、カーナビの地図上に福島第2原発が現れるとともに、道が原発を囲むように陸側に大きく湾曲して富岡町へと入ります。目的地のとみおかワイナリーはそのすぐ北、JR富岡駅の東側を線路に沿って少し北に移動したところにありました。駐車場はワイナリーの建物からすこし離れたところにあり、線路に沿って広がっているぶどう畑が目に入ります。ただし、まだ苗木は小さく最近植えられたものと想像がつきます。ワイナリー建屋の入り口は駐車場と反対側にあり、南側にある低層の倉庫(?)の脇を通って入り口に向かうと、左手に立つ昔ながらの土蔵と右手にある真新しい感じの母屋(醸造所とレストラン・ショップ)が連結されてひとつの建物になっています。母屋の入り口を入ると、一階がショップで、そこから蔵へと通路でつながっていました。陳列されたワインや蔵の内部ををざっと眺めた後、さっそく試飲をさせてもらうことに。4種類のワインをグラスに注いでもらい、蔵の1階に設られたテーブル席に移動して飲み比べです。亭主の質問にご対応頂いた店長さんによると、この付近はは15メートルの津波が来襲し、残ったのはこの蔵だけだったとのこと。その水圧で内側に湾曲した海側の窓の格子やグニャっと曲がった蛍光灯がそのまま残されています。この窓から入った海水が反対側の出入り口扉を押し開け、蔵の壁面に掛かった水圧がそこから抜けていったことで倒壊を免れたと推測されるようです。その後、この蔵が街の再生・復興のシンボルとしてワイナリーの設立へとつながったとのことでした。ちなみに、当ワイナリーは2016年に町民有志10名でぶどう栽培を始め、外部委託による醸造で最初のワインができたのが2020年。その後、昨年2025年醸造所などを備えた母屋が完成し、同年5月にグランドオープンを迎えて今に至っています。オープンからちょうど一年となるこの5月半ばにはいよいよ自前の醸造所で自前のぶどうを醸した初ワインを発出荷の予定とか。(ぶどう畑については、駐車場付近のそれも含め町内3ヶ所に畑があるとのことで、全部で1万6千本の木が植っているそうです。亭主共が試飲したワインは自前のぶどうを外部委託で醸造したものでしたが、赤・白いずれもフレッシュな辛口が魅力の美味なワインでした。それにしても、これまで遠目でしか震災や原発事故を眺めていなかった亭主にしてみれば、これほど「フクイチ」に近い場所(〜十数キロメートル)でワイナリーができたということ自体に驚かされます。実際、現在の災害区分地図を眺めると、富岡町の大部分は2017年に立ち入り制限が解除されていますが、ワイナリーを北へ数キロ行くと「帰宅困難区域」が広がっています。暴走した原発から大気中に放射性物質が放出された際に吹いていた風がたまたま北西方向だった、という偶然によって事故後の周辺自治体の明暗が大きく分かれてしまったということでしょう。試飲を楽しんだところで気に入ったワインを数本購入してワイナリーを後にし、つぎに訪ねたのは同じ町内のご近所にある「東京電力廃炉資料館」。かつては「エネルギー館」として原発の宣伝に使われていた施設ですが、原発事故の記録と反省をメインテーマとして、廃炉技術や福島復興の取り組みなども紹介する施設として2018年にリニューアルオープンしたとのことで、事故の様子を時系列で詳細に再現したマルチメディア展示はなかなかのもの。ニュースやドキュメタリー番組で見聞きした当時の絶望的な状況がリアルに蘇ってきました。(ただし、館内での写真撮影やSNSでの紹介などは禁止ということで、依然として東電が世評を警戒しているように見えるのがやや残念なところ。)資料館を出たところで国道6号線に戻り、「フクイチ」方面へとさらに北上します。(富岡町からは大熊町、双葉町、浪江町と続き、フクイチは大熊町と双葉町の境目に立地しています。)この辺りになると原発への道につながる海側への道路入り口はすべて通行止めとなっていて、電光掲示板の線量率も徐々に上昇。フクイチの真西に近い大熊町・双葉町の境付近ではついに1µSv/hを少し超える値(自然放射線の10倍)を示す掲示板に行き当たりました。まさに帰還困難区域のど真ん中らしい値です。フクイチを通り過ぎた頃にちょうど昼時となり、腹ごしらえをしようと浪江町にある「道の駅なみえ」を訪ねたところ、何だか人だかりができていて駐車場もほぼ満杯なのにびっくり。何とか空きを見つけて駐車し、建物内に入ったものの、フードコートも大混雑で簡単に食事にありつけそうにありません。外では整理券を配るのに使われたらしいテントがいくつも並び、一角には多くの椅子が並べられたステージがあることから、どうやら何かのイベントがあるらしいと当たりをつけて退散することに。(後でわかったことには、LumiUnionというご当地アイドルグループの最終ライブコンサートでした。)当てが外れたところで家人がネットで調べたところ、次の目的地のひとつである「東日本大震災・原子力災害伝承館」の脇にあるビル(双葉町産業交流センター)の中にご当地グルメ「なみえ焼きそば」を供する店を見つけ、早速そちらに移動。真新しいビル内に入ると1階の一部にはお土産ショップと小さなフードコートがあり、3軒ある出店のうちで唯一営業していたのが件の焼きそばを供する「せんだん亭」でした。ただし、券売機には「ワンオペでやっているので時間がかかります」と張り紙があり、席には先客も4-5人いるようです。カウンターからひょいと顔をだした店主曰く「いまは待ち時間30分ぐらい」とのこと。他にあてもないのでこちらも注文の上待つことにしました。(それにしても、帰還困難区域の中にありながら外で普通に飲食ができるようになったのは画期的のように思われます。が、やはり人手不足が深刻な様子がよく伝わってきます。)約束通り30分ほどで極太麺の焼きそばにありついて大いに満足したところで、隣接する「伝承館」を訪問。2020年に開館したという同館は、前面に広がる芝生を囲むように円周上に並んだ広いガラス張りの窓が目を引くモダンな外観の建物です。が、中に入ると広い空間に比べて展示物はまばらな様子。案内板などから判断すると、どうやらこの施設の主目的は災害伝承のための講演会や座談会といった会議・集会の開催を支援することにあるようです。とはいえ、あまり多くない展示物の中で亭主の目を引いたのが、かつて双葉郡に存在した高校・中学校の制服を小さく仕立て直してクマのぬいぐるみに着せて並べた「おもいでのふたばのがっこう」という展示でした。震災と原発事故によって失われたてしまったものを何とか形あるものとして取り戻したい、という当事者たちの切実な思いが伝わってきます。さて、この旅の最後の訪問先となったのが「震災遺構・浪江町立請戸(うけど)小学校」です。この小学校は津波被害の現状を今に伝える福島県内唯一の震災遺構とのこと。震災当日には地震発生から約1時間後に15.5メートルの津波が押し寄せ、海岸から数百メートルにあった校舎は2階の床10cm上あたりまで津波に飲み込まれたのの、先生・生徒ともに全員が無事避難できた奇跡の学校としても知られています。校舎が1998年に竣工という比較的新しい鉄筋コンクリートの建物だったおかげで、震度6強の揺れや津波にも持ち堪えたのだろうと想像されます。(ちなみに、被災した校舎が遺構として整備されて公開されたのは2021年。)校舎1階から順路に沿って置かれたパネルには、目前に広がる教室や給食室といった各部屋の説明に加え、地震発生から避難までの先生や生徒たちの行動や思いが紙芝居のように一枚一枚描かれたものが並んでいます。それにしても津波で無惨に破壊された教室や設備を眼前にした衝撃は凄まじく、津波からの逃避行を伝えるパネルのストーリーもこの上ない実感をもって迫ってきます。2階に上がると震災前の学校生活に関わる展示があり、失われた街並みを再現した立体模型が目を引きました。この遺構が広大な荒野の中にポツンと佇んでいることからもわかるように、付近の沿岸にあった集落の建物は(小学校以外は)すべて津波によって消滅しただけでなく、放射性物質による汚染で人が住めなくなる、という二重の苦難を背負うことになりました。この小学校跡が震災の記憶を後世に伝えるモニュメントとして残ったことが、せめてもの慰めということかもしれません。かくしてプロジェクトF(福島)は無事完了し、浪江インターから常磐自動車道で家路につくことに。とはいえ、ぼーっと外を眺めていたところ、いきなり1.7µSv/hという表示の電光掲示板が目に飛び込んできました。一見して緑豊かな田舎道が依然として深刻な放射能汚染を抱えていることを念押しされたようで、温泉やワイナリーとの落差を前にして複雑な思いが去来する亭主でした。
2026.05.05
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このところ未音亭の黄金週間といえば、連休の谷間を狙って一泊二日の「温泉×(かける)ワイナリー」巡りが定番。これまではもっぱら群馬・栃木、長野、山梨といった亭の西方にある名湯を訪ねて回りましたが、今年は進路をあえて北に取り、隣県福島の「いわき湯本温泉×とみおかワイナリーツァー」に出かけました。これまでずっと避けていた震災と原発事故の現場に立ち、そのつめ痕を自らの目で確かめるとともに、復興にむけて前を向く人たちから元気のお裾分けを頂くのが目的です。目的地は比較的近場ということで、寄り道しながらゆっくり北上することに。家人が運転する車で常磐自動車道を日立中央で降りて国道6号へと走り、近くのJR日立駅に寄って展望台で太平洋を一望した後、まずは「勿来の関」があったとされる県境の場所へ。勿来の関は、奈良時代から平安時代にかけて奥州との境に置かれていたという古三関のひとつとして有名です。が、実は歴史資料中には明確な記録がなく、和歌などの文学作品の中でのみ知られるとのこと。同じ福島県内にある「白河の関」(一昨年に南会津・二岐温泉にお出掛けついでに訪問)については、江戸時代の末に白河藩主・松平定信が歴史的・地理的調査(発掘調査も含む)を行い、その場所が確定しているのとは対照的です。当地は公園として整備されていて(文学歴史館も併設)、新緑の間にまに小野小町のそれをはじめ数多くの歌碑が立てられていました。次に向かったのが小名浜港にある「アクアマリンふくしま」(ふくしま海洋科学館)。巨大なガラス張りのドーム屋根が東京・有楽町にある国際フォーラムを思い起こさせます。ここは環境をテーマに掲げる水族館で(2000年に開館)、日本近海やアジア・オセアニアの海洋生物に加えて淡水・気水圏の生物も展示し、巨大水槽にはイワシの大群などが舞っています。また、サンマの飼育やシーラカンスの生態撮影など、学術的にもユニークな研究を行っているようです。ちなみに東日本大震災では当施設も4メートル超の津波に襲われ、交通網の遮断や原発事故の影響で燃料や餌が枯渇した結果、展示の9割を占める海洋生物20万匹が全滅するという大被害を被ったそうです。にもかかわらず、関係者の努力によって4ヶ月という短期間のうちに営業再開にこぎつけたとのこと。いまでは震災の痕跡はすっかり消え、当時のようすは写真パネル等で伝えられています。水族館の長い順路をゆっくり散策しながら出口に辿り着くと、すでに閉館時間も間近の夕刻4時を大きく過ぎていたので、そのまま当日の投宿先であるいわき湯元温泉・古滝屋へ直行。お宿のウェブページによると、古滝屋は創業1695年という老舗旅館で、100%源泉掛け流しの湯がご自慢の宿です。とはいえ、大浴場入り口にある解説を読むと、お湯は旧常磐炭鉱の鉱底を掘って湧出した毎分5000リットルの源泉から引かれているとのことで、源泉は創業当初から変わったと推測されます。(ちなみに、そのうち毎分3000リットルが映画「フラガール」で有名な「スパリゾートハワイアン」に注がれ、残りが周辺の温泉旅館に引かれているとか。)泉質は塩化物と硫酸塩が同程度含まれるというやや珍しいもので、ほのかに硫黄臭がします。亭主は宿に着くなり早速大浴場でじっくりお湯を堪能、翌朝にも露天風呂で手足を伸ばしました。ところで、ホテルの部屋に入ると、ちゃぶ台の上に本が2冊置かれているのが目に止まりました。見るともなく手に取ると、「ふるさとは赤」(2021年)、「土地に呼ばれる」(2022年)という短歌の歌集です。いずれも著者は三原由紀子さんという歌人で、浪江町の出身とか。ページをめくると、地元福島の街々を舞台に、若い人の感覚で日常の様々な想いを描いた短歌が並んでいます。もちろん、その背景にあるのは震災と原発事故。心の底に沈澱する災厄の記憶を抱えつつも、何とか前を向こうとする気持ちが素直に歌われていて印象に残りました。1階ロビーでも購入可とあり、どうやら宿の主人推しの歌人のようです。宿の1階ロビーにはブックカフェと図書コーナーがあり、前述の歌集をはじめ震災や原発事故関連の書籍、映画史や常磐地方の郷土史、温泉や観光に関する本など多彩な本が並んでいました。また、(亭主はスキップしましたが)9階には「原子力災害考証館 furusato」という展示スペースもあることからも、震災や原発事故を未来へt伝承しようという宿の主人の思いが伝わってきました。翌日はいよいよ福島第1原発に程近いとみおかワイナリーとその周辺地域へ。(つづく)
2026.05.03
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