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この度はカメラを忘れると言うハプニングで同行した方々に、要らぬお手数を煩わことになりましたが、即対応して頂いた結果、早やカメラが手元に戻って来ました。昨日は1枚のスマホ写真だけでしたが、今日はその続きを書かせてもらいます。何回も書いてきたことですが・・・西国33所の札所を全て参拝した印として、掛け軸に表装した御朱印が揃っているのですが・・・(表装は数年前に小、中学校同窓の表具店をしている友達に頼みました)私が参拝していない札所9ヶ寺を回ろうと思い立って今までに7ヶ寺を参拝を終わり・・・あと2ヶ寺となっていました。下の黄色で囲った右の粉河寺(和歌山) と左の岡寺(奈良)です。この度はその粉河寺の参拝に、和歌山の3人の山友達に付き合って貰って行ってきました。昨日載せましたネコ電車の車内は更に、猫一色です。図書館まで有ります。JR和歌山和歌山駅からネコ電車に乗る事、約30分、ネコの顔の駅舎の終点・貴志駅に到着。ここからはKさんのマイカーで4人 粉河寺に向かいました。粉河寺は予想以上に広大なお寺で有ったこともさることながら、JRの粉河駅からの門前町の規模も大きく、圧倒されっ放しの寺院でした。とにかく、広大な敷地に立派な建物がたくさんある凄いお寺でした。先日行った石山寺同様に大きな自然石の庭がありました。若山牧水の歌碑までも・・・先日ブロともさんに教えてもらった 蟇股(かえるまた) 紅梁(こうりょう)そして木鼻(きばな)蟇股(かえるまた) 紅梁(こうりょう) 木鼻(きばな)を勉強した日のブログは・・・ここを朱印は既にあるので、お参りだけして、次の根来寺に向かいました。(根来寺は西国33所とは関係ありません)残るは奈良の(茶色〇で囲った) 岡寺だけにななりました。赤□は今までに参拝した8ヶ寺明日に続きます。
2026.07.27
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粉河寺参拝のあと根来寺へ向かいました。根来寺は今回の西国33所参拝完遂の目論見とは別に、前々から行って見たかったお寺だったのですが・・・和歌山県のの岩出市の山中でアクセスが悪く行けないままだったのです。そこで今回、粉河寺へ連れて貰えることになって、厚かましくも根来寺も連れて貰ったのでした。何故それだけ根来寺に執着があるかと言いますと・・・私が我が家の庭のように愛でている智積院は元々この根来寺の塔頭だったのです。大変古い話ですが豊臣秀吉がこの根来寺を焼き討ちしたのでした。秀吉が夭逝した子供鶴松の為に建てた祥雲禅寺(今の智積院)を豊臣家没後、徳川家康が根来寺の塔頭だった智積院の高僧に与えたのが今の智積院なのです。そんなことで前々から和歌山の根来寺に関心をもっていたのです。さて、根来寺はかなり山の上のこんな雰囲気のお寺でした。粉河寺の大きさまでは行きませんでしたが、大きなお寺でした。あとは写真の羅列になりますが・・・・・・と言ことで、今回は粉河寺と長年懸案だった根来寺まで参拝出来て同行してもらった山友達に感謝感謝の一日でした。このあとカメラを紛失と言うトラブルが有りましたが、済んでみるとそれもこの日の思い出を色付けることになりました。
2026.07.28
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1. 花筏京都新聞にこんな記事が載っていました。元は貨物駅、長年の整備で奇麗になっていたことは知っていましたがこんな立派な庭園が出来ていることは知りませんでした。一度行ってみる価値あるなぁと思いながら記事を読み進みますと・・・見出しにも、文章にも「花筏」の文字が・・・花筏と言えば、勿論桜の花びらが水面に浮かぶサマを、筏に見立てたもので、季語でもあります。いくらサルスベリの花が奇麗に浮かんでいても「花筏」という表現は・・・と念のため花筏を調べましたが花筏=さくらとしか書かれていませんでした。まあどうでも良いことですが・・・(笑)2. 百日紅 百日白先日ブロともさんのブログでこの千日紅の花を教えて貰いました。花は知っていたのですが。名前が千日紅という事は知らなかったのです。千日紅に対して百日紅・・・確かに、両方とも長く咲く花です。7/31に載せた智積院の百日紅の写真がこれですが・・・ほぼ1ヶ月経った今もこんな状態ですので百日紅と言う名前もまんざら考えられないこともないようです。さて、ここからが本論なのですが、上の写真の様に百日紅いと言う事でサルスベリを百日紅と書くのは良いのですが・・・この我が家のサルスベリを・・・・どう考えても、百日紅と漢字で書くことが出来ず、百日白と書きたいところなのですが・・・仕方なく、いつもサルスベリと書いているのです(笑)・・・・とここまで書いて念のために百日白を検索しますと・・・なんと白いサルスベリを百日白(ひゃくじつはく) と言い、夏の季語にもなっていると書かれていました。「百日白」と言う言葉あるとは・・・目からウロコでした。
2022.08.26
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昨日は和歌山の西国33所の三番粉河寺と根来寺へ行って来ました。掛け軸に御朱印は有りながら、私は参拝していなかった9ヶ寺の札所を、只自分の気持ちの問題で、全て回ろうと思い立って、先ずは兵庫県の清水寺、一乗寺参拝から始めて滋賀県の竹生島宝厳寺、石山寺、大阪府の勝尾寺、総持寺、葛井寺の7ヶ寺の参拝を終え、残るは和歌山県の粉河寺、奈良県の岡寺の2ヶ寺になっていたのです。今回は山友達の和歌山のKさんのマイカーで、しかも和歌山の山友達お二人も一緒に回って貰うことになり総勢4人の参拝団?になり粉河寺に行けることになりました。そして併せて、秀吉の頃に智積院がそのお寺の塔頭だった根来寺も行って見たいと思っていたのですがその願いまで叶えることが出来ました。先ずは京阪電車、JRと乗り継ぎ、和歌山鉄道のこのネコ列車に乗って、約30分 終点の貴志駅まで行き・・・・Kさんのマイカーにピックアップしてもらいます。ネコ電車は相変わらず中国系の家族連れが沢山乗っていてスタンプを押したり写真を撮りまくっている、まるで観光列車でした。聞くところによると台湾人が多いとか。・・・で、スマホで撮った写真を使ってここまで書いたのですが、これから先を書こうとすると写真を撮りまくったカメラがないのです。さて、何処で落としたか、忘れたか???電話やラインで人の迷惑も顧みずやっさもっさしたら、在りかが分かったのです。帰りに駅まで送って貰った車の中に落としていたのでした。一時は出て来ない事も覚悟したのですが、助かりました。早速宅配便で自宅へ送って貰えることになったのですが・・・・画像が無いのでここから先はカメラが手元に戻ってから書かせてもらいます。大変失礼なことで申し訳ありません。
2026.07.26
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昨日は五山の送り火、3年ぶりの完全点火だったので、お精霊さん送りに行って来ました。見に行く場所は歩いて5分程の太閤坦(たいこうだいら)、ここからは大文字と妙法は見えませんが、あとの船形、左大文字、鳥居の三山が見えます。・・・と言いまして、船形は京都市の西北の端の上賀茂の西、左大文字は金閣寺の裏山、鳥居は西端の北嵯峨野であり、南東端の太閤坦は京都市内を挟んでほゞ対角線にあるため、遠くて小さくしか見えません。さて、当日は夕刻に強い雨が降り、今年もダメかと思ったのですが、そろそろ点火が近づく時間になりますと雨が止みましたので、8時前に家を出ました。例年のことですが、観衆(?) は20人にも満たない数、穴場なのです。8時に最初の大文字に点火されるのですが、こちらかには見えません。見えませんがどこかのお寺の鐘が鳴りだし、厳かな気分になれます。結果的には大文字は強い雨のため点火が遅れたらしいのですが、知る由もありません。見える三山では左大文字が一番早く点火されたと思います。テレビ中継やネットで鮮明な画像が報道されていますので、今更小さなカメラで撮ったピンボケの写真ではどうかと思いますが、この様に見て来たと言う証明の写真です。船形の船底の部分が欠けています。前には完全な姿で見えたはずなので、3年の間に何か建物が建ったのか、雨などの事情でその部分が点火出来なかったのか・・・テレビ中継で観られた方が完全姿のものを見ておられたら、障害物が建ったと言う事になります。私も録画していますので、あとで検証?? してみるつもりです。そして、船形と左大文字の位置関係はこうなります。最後にブレブレの鳥居です。この日は点火が始まる前の豪雨、そして、見終えて京阪電車に乗り自宅最寄り駅で降りると傘が有っても役に立たずびしょ濡れになる程の雨。あとから思えば、お精霊さんを送る為だけに雨が上がった・・・・と言う感じの空模様でした。
2022.08.17
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手洗い所の改造について、前回、ここまで工事が進んだことを書きましたが・・・続きは・・・陶器の洗面器取り付けの為、天板に孔を開け・・・今度は配管を接続して完成。まるで水道屋さんの仕事でた。それから小さい縦型の姿見が有ったので・・・と、右の壁に横向きに取り付けていました。格子越しに庭の緑が写って、明るく広く感じる様になりました。ところで、私は・・・・と言いますと。駐車スペースに入庫する時、1台なら問題ないのですが、2台入れようとすると、ハンドルを切るとき、この石が少し邪魔になっていたのです。この際、これを除去しようと思い、一番簡単な方法は・・・・割る事と思い、ツルハシで叩いたのですが・・・角が少し割れた程度で大きく割れないのです。硬い石なのです。されば・・・掘り起こすしかないと、石の周りのコンクリートをツルハシで斫ることにしました。後ろの土を取り除くために、ホースの水圧を消防車の様に勢い良く放水して・・・悪戦苦闘、石をグラグラ動くところまで掘り、ついに掘り出すことに成功しました。石を取り出した跡の穴に、コンクリートを斫った残骸を埋め戻し・・・・木の根の周りの土も取り除き埋めて・・石の撤去は完了しました。あとは埋め戻した箇所にモルタルを打つこと、そして剥き出しになった木の根の土の部分を体裁よく隠すことが必要ですが、取り敢えず車の出し入れの障害物は撤去出来ました。話は変わりますが、昨日の京都新聞の一面です。大文字が朝刊一面のトップ記事です。さすが地元としか言いようが有りません。文字の部分を拡大しますと、以下の通りです。雨で点火が遅れたこともちゃんと記述されています。
2022.08.18
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今日は11時半~14時10分まで2時間40分にわたる、老若男女 否、老老男女 8人でのビール、ランチ付き会合???(要は飲み会) に出席して来ました。その道すがら、京阪電車三条駅から河原町周辺で撮った写真です。1.まず駅構内にはこんなポスターが・・・(全面のビニールが反射しますので止む無く斜めから撮っています)テレビでは 舘ひろしやビッグボス、松坂大輔のCMが流れていますが偶には奥ゆかしく 「ここだけの話、今おトクどす」 なんてCMを流したら???2. そして地上に上がり三条大橋を渡ろうとしますと・・・今まで見たことの無いようなきれいなブルーの水が流れていました。先日来の強い雨で、鴨川も上流の汚れが洗われたのでしょう。水嵩を増して、なかなかの眺めだったのですが・・・・加えて、左岸の遊歩道には真っ赤な日傘・・・木の緑、ブルーの流れに赤い傘・・・・なかなかの眺めでした。3. そして先斗町まで進みますと・・いつもは南から北へ向かって撮っている写真ばかりですが。今日は歌舞練場の前で南を向いて・・・歌舞練場に向かって・・・・4.そして河原町へ出て、驚いたのは京都のど真ん中、河原町通りに面して業務スーパーの店舗が出来ていたことでした。面白いのは・・・郷に入れば郷に従え の通り、緑色で統一されている看板が黒が基調に・・・。マクドナルド、ローソン、コカ・コーラなどの自販機同様に景観に気遣いが窺える光景でした。
2022.08.23
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土佐清水で一泊して、二日目高知市へ向かう途中に今回のもう一つの目的の伊豆田峠の検証に行きました。 前にも書きましたが・・・小説『赤い椿の花』の時代( 昭和30年代前半以前)までは土佐清水と中村を結ぶ道は険しい峠越えの道しかなかったので、下にトンネルが掘られ、明日が開通式と言う日に、佐田啓二扮するバス運転手と倍賞千恵子扮するバスガイドが乗ったバスが峠からの転落事故で運転手だけが死ぬのですが・・・ その1本目のトンネル開通から・・・時代が移り・・・平成6年にもう一段低い位置に昔の難所もあっと言う間に通り過ぎる長い2本目の新しいトンネルが開通したのです。 土佐清水側からその進みますと、2本目の新しいこのトンネルの坑口の直ぐ傍に・・・ こんな石碑がありまして・・・ 直ぐ近くの「旧道はここだろう」 と思える落ち葉や木の枝が道路の両端を覆い隠して細くなっている曲がりくねった山道を2~3km 進みますと・・・ 突然こんな形で道が無くなっているのです。 ここが小説「赤い椿の花 」の時、開通して今までの危険な峠越えをしなくて良くなった1本目のトンネルの無慚にも覆い隠された坑口跡で、時の流れを感ぜずにはいられませんでした。 ここがこう言う姿になっているのなら反対側の坑口は・・・・と山道を引き返し、最初の写真の新しいトンネルを通り反対側 に行きますと・・・左側が新しい道のガードレールなのですが、その横にこんなガードレールが残っていたのです。ここが旧道のはずとまたまた舗装も割れた細い道を進みますと・・・ またまた行き止まりです。追い越し禁止の黄色い中央線が突然切れていて薄っすらトンネル坑口のコンクリートが見えるだけでここが1本目の旧トンネルの中村側入口だったのです。 そしてこのすぐ傍に、もう一本、もっと荒れた細い道が山へ向かって伸びていて・・・ その先に・・・急な坂道のコンクリートの基礎が見えるのです。これが1本目のトンネルが出来るまで、危険な峠越えを強いられた旧々道なのです。 映画では佐田啓二が運転するバスが通ったこの道を発見しただけでしたが感激してぱちぱちと写真を撮って満足して元来た道を引き返しました。 そして須崎市まで進みますと・・・某セメント会社の高知工場です。カルスト台地の多い高知の象徴のような工場です。 そして往路と違い景色の良い海沿いの道を走ってくれたのですが・・・ その太平洋を見下ろす景色の良い所に有ったのが、武市半平太の像です。 仲間曰く、「この像は元有った像の人相が余りにも悪いので作り変えたもの」 顔はこんな顔で確かに変な顔ではなかったのです。 半信半疑で帰って検索してみると確かに作り変えたとの記述がありました。そこまでするのは余程の顔だったのでしょう。 この後高知市に入りここで昼食をしたのですが・・・・ ここがまた観光地にもなっていて、びっくりするような場所だったのですが・・・明日に続けます。
2014.11.20
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「来年の備えは万全」と言いましても単にゴーヤ作りのことなのですが・・・。今年初めて去年採ったゴーヤのタネから沢山のゴーヤを収穫出来ました。それで気を良くして、今年もタネを採取しようと一番大きいこのゴーヤを残してタネを採ろうとしていることを書きました。このまま放置置いたのですが、ふと気が付くと、熟し過ぎてはじけ地面に落ちていたのです。慌てて拾い上げたのがこれなのですが・・・地面に広がっていたタネも拾い集めたので砂が付いていますが、水洗いしてぬるぬるした部分を除去して乾かすとこれだけ収穫出来ました。そうこうしているうちに、いつもの後輩さんが、稲荷山の仙人さんにも渡してとアップルゴーヤのタネを送ってくれたのです。これなのですが・・・そして、ラインでアップルゴーヤはこう言うものと写真を送ってくれたのです。一番上がそのアップルゴーヤで、その下が白ゴーヤ、一番下が普通のゴーヤです。そんなことで、来年は普通のゴーヤに加えてアップルゴーヤも植えることになりました。ただ、問題がありまして・・・いつもの後輩さんや稲荷山の仙人さんは広い貸農園なので幾らでも植えられますが、猫の額の自宅の庭では他の野菜も植えないといけないので、植えられる数に限りがあるのです。沢山発芽すると、苗の段階で人に貰ってもらうことになりそうですが、いずれにしても一族のみんなが好きなゴーヤを来年も苗を買わずに食べられそうです。
2022.08.19
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昨日のブログでは、ゴーヤのタネを採取したものと、いつもの後輩さんから貰ったアップルゴーヤのタネを確保出来たので「来年の備えは万全」なんて書きましたが・・・・まずいことになりました。・・・・と言いますのは昨日載せました我が家で採取したタネの写真はこれだったのですが・・・これを袋詰めしておいたものを今日見てみると・・・この様に変色しているのです。袋から取り出すと、濃い茶色の部分があり、全体が変色していて、カビだと思うのですが、粉が落ちるのです。拡大しますと・・・推測できる原因は・・・水洗いして、まだ完全に乾燥していないのにビニール袋詰めしてしまったのが原因ではないかと思うのですが・・・・。カビたタネでは来年、発芽しないのでは??? と「備えは万全」から一転、備えはアップルゴーヤだけになってしまいました。タネの確保もなかなか難しいことを今になって痛感することになりました。いつもの後輩さ~ん 普通のゴーヤのタネも少しお裾分けしてもらえませんか????
2022.08.20
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高校時代の懐かしい思い出を共有している2人の友から相次いで珍味を頂きました。一つはこれ「葉とうがらしの佃煮」稲荷山の仙人さんから頂きました。私の頭では、この調理品をもって「葉とうがらし」と言うのですが、仙人さん曰く「きごしょう」とも言うとのこと。「きごしょう」とも言うことを知らなかったので検索しますと・・・・確かに、農林水産省のホームページに「きごしょう」として、次世代に伝えたい大切な味 京都の郷土料理として記載されていました。ここです。我が家でも(今年は不作でしたが) 甘長とうがらしを植えているので、やってみる価値ありです。レシピでは若い葉と書かれていますが、とうがらしを採り終えた後でも何とかなるでしょう(???)何しろ「次世代に伝えたい大切な味」なのですから!!!そして、これは同じく相前後して高校同窓のYさんが今年もクール便で送ってくれたイモのツルの佃煮です。戦後の食糧事情が悪い、子供の頃の記憶では佃煮よりも炒め物で食べさされたものですが、今となってはまず手に入らない、イモのツル、そして、それに手を加えた佃煮です。「きごしょう」に「イモのツルの佃煮」・・・二つとも子供の頃の郷愁を呼ぶ、懐かし珍味。それを高校の同窓生お二人から貰い・・・・四重の懐かしさを味わうことが出来ました、否、味わっています。本当に美味しくて、食べるご飯の量が増えてしまいます。
2022.08.29
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前からの続きです。車2台をスムーズに駐車出来る様に、この石を撤去して・・・この様な目隠しを立てた事まで書いて来ましたが・・・その後も、この目隠しの横の土を削る事とそれに伴う修復の工事をしていました。石を無くした後ろのスペースも広げる為、土を削るのですが、当然木の根が露出して来ます。土を掘りながら、こんなに根をカットして・・・取り敢えず、ここまで削りました。次に、(名前を何と言うのか知りませんが前に使っていた) コンクリートの基礎のついたアングルを3ヶ所埋めます。その為に穴を掘り・・・・一つずつ埋め戻して・・・3ヶ所埋めました。それに縦の板をレベルを見ながらボルトナットで取り付け・・・この縦の板に取り付ける横桟用の適当な木材がないので、電動ノコギリで板からカットして作りました。カットした横桟に防腐剤を塗り・・・先に取り付けた縦の板にネジ釘で固定して・・・取り敢えずここまで完成・・・あとは竹を取り付ければ・・・・と言うところまで進みました。(その竹はお願いして貰えることになっています)
2022.08.30
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昨日、工事がここまで進んだ事を書きましたが・・・コンクリートが余り固まると溝を作る為に埋めた木材が抜けなくなったら困りますので、まだ完全に固まっていない今日木材を抜き・・・・目隠しを立てました。これで道路から見えるこの部分はアラを隠すことが出来ました。この面が奇麗になったので、道路からき見えないこの目隠しの右側もアラ隠しをしようと言う気になりました。(笑)話は変わりますが、智積院の現場では・・・ポンプ車が来てコンクリートを打ち込んでいたので・・・その先の階段を撤去していたを見ると・・・車が通れるように階段を坂道にするのかと思っていたのですが、あれれ??? また又階段を復元? しているのです。階段を撤去して復元とは・・・何が何なのか、さっぱり分かりません(笑)
2022.08.25
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京都新聞の記事の紹介です。あの「哲学の道」を舗装する計画浮上して、地元民の方々から反対の声が上がっていると言うのです。既に舗装されている部分もある様ですが、その舗装工事の時も反対運動があって中断された経緯があったとか。余りにも有名な観光名所!! 京都にお越しになった方はまず歩かれたのではと思います字が小さくて読み難いですが、関心持って頂ければ拡大して読んでください。部外者の私でも反対したい計画ですが????
2024.10.30
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京阪電車七條駅近くで新築されなが、なかなかテナントが決まらずシャッターが下りたままだった貸店舗がついにこの様に工事が始まったことを書いたのは5/30のことでした。7/3にはこのようなタンクが沢山入り、クラフトビールが売りの店舗になるのでは??? と大いに関心を持ったことを書いたのですが・・・その後、7/27の記事では又シャッターが閉まったままで・・・・一向に工事がされない日が続いていると書きました。一体どうなるのか???と思っていたのですが、昨日通りますと・・・工事が再開されていて・・・・ 置いてある機材は工事中断?前よりが更に増えているようでした。いよいよ本格的な工事が始まるのてでしょう。それから、智積院の参道のこれら敷石の張替え工事ですが・・・・こんな光景まで書きましたが・・・急ピッチに工事が進んでおり、こんなに奇麗に出来上がって来ました。自動車が通れるように敷石を厚くする工事と聞いていましたが・・・確かに分厚い石です。元の敷石は見たところ8cm程の厚みでしたが、新しく敷かれた医師は12~15cm程ありそうです。最後に我が家の車の出入りに邪魔になるこの石の撤去工事? ですが・・・この様に掘り出したことまで書きましたが・・・このままでは体裁が悪いので目隠しを作ることにしました。あり合わせの木材で枠を作り防腐剤を塗り・・・前に貰いながら余っていた竹を所定の長さに切り、4等分に割り・・・長らく放置していた竹なので油脂が浮いたからか汚いので、金属束子で表面を磨き・・・(右2本がbefore、左2本がafterです)釘の頭を細い竹で隠しました。石を掘り出した跡をセメントで埋める時この目隠しを固定するつもりで、少しセメントを打ったところで・・雨で中断、仮置きのままで続きは24日以降の工事となりました。
2022.08.21
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日立製作所の ♪この木なんの木 気になる木♫ の歌ではないですがこんな実を手に入れました。はてさて何の実でしょう????ハイ! 答えは 蓮の実です。蓮の花は次から次へと咲き、花の期間が長く未だに咲いているのですが・・・花の下にはかなり前に咲いて茶色い花托になったもの、まだ緑色の花托のものとその花期の長さを象徴する残骸が残っています。この緑の花托は手の届くところでは無かったので触ることが出来なかったのですが・・・手の届くところに有ったこんな茶色くなった花托に沢山実が有るので採ろうとするとポロリと簡単に採れるのです。花托を切り取るのはいけないですが、どうせ池に落ちる実ならば少し貰っても良いだろうと、花托を下に向けて手のひらで受けてゆするとポロポロと採れるのです。そして、実を採ったあとはこんな風に・・・・・・・と言う事で貰って来た実が冒頭のこの写真なのですが・・・前から蓮の実食べられると聞いていたのでnetで調べると・・・等など色々書いてあるのですが、それはどうも若い実のことではないかと思うのです。・・・と言いますのは、この実はまるで椿の実の様に硬いのです。皮を剥くどころか、縦向きに切ろうとしても硬くて切れないのです。仕方なく輪切りにしますと、こんな切り口なのですが・・・真ん中に新しい芽の様なものが有るのは良いとしても周りの白い部分も硬いのです。この硬くなっている部分は炊くなどしたら食べられるようになるのかも知れませんが・・・こんなにまで硬くなったものは食用にならない・・・・と言うのが私としての結論でした。蓮の実について詳しい方がおられましたら教示方お願い致します。
2022.08.22
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8/21のブログにで、この石を撤去した跡に・・・この目隠しを立てること書きましたが・・・そのための溝作りと、石の撤去跡の埋め戻し工事にかかりました。あり合わせの目隠しの脚より少し太い木材を2段に並べます。目隠しの二本の脚の部分に四角の穴を開けるだけでも良いのですが、そうするとその穴に水が溜まるので、穴ではなく水が流れる溝の様にしました。ポールに入っている石は打つモルタルの量を少なくするために拾い集めて来たものの一部で、この石も埋めます。セメントを沢山打つ時には、セメントを混ぜるプラスチックの箱を借りるのですが、今回は極少量なのでペンキ塗りの時使うブルーシートの上でセメントを練りました。数回に分けてセメントを打ち・・・とりあえず完了です。モルタルが少し固まった段階で埋めている木片を引き抜くと、溝が現れますのでそこに目隠しを立て、脚以外の溝に小石を詰めて完成なのですが・・・・果たして???
2022.08.24
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今日は28日、8が付く日は豊国神社の何でも市、中でも28日は骨董がの日。先日、夏の掛け軸の良いのが有ればと覗きに行き、空振りであったことを書きましたが、今日はどうかとまたまた覗きに行きました。最近は出店数が極めて少なくなり・・・物色したい掛け軸を並べているのはここだけ・・・夏用の絵無いかと訊ねるも、無く、武士の絵はどう?? と、ひつこく言うのですが、見もせずに退散しました。さて、ここからが本論なのですが・・・豊国神社へ向かうべく、博物館の前を通りますと・・・その前は「サルスベリ」の並木です。先日はサルスベリが紅い、白いと書きましたが。ここでは又微妙に色の違うサルスベリ並んでいるのです。正に色とりどりです。紅に・・・紫系に・・・ピンク系の白に・・・これだけ色のあるサルスベリですから、これからは百日紅とも、百日白とも書かず・・・「サルスベリ」と書くことにします(笑)そして、夕方家に帰ると、ご近所さんから花を貰ったと玄関に生けて有ったのですが・・・問題はこの千日紅なのですが、紅だけでなく、サルスベリ同様に「白」も混ざっているのです。先日、白いサルスベリを調べて「百日白(ひゃくじつはく)」の言葉に至ったことを真似て・・・「千日白」を検索しましたが、何もヒットしませんでした。白い色でも「千日紅」と書くのでしようね???
2022.08.28
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2/5の京都新聞にこんな記事が載っていました。「一般公開始まる」を読んで、ただそうかと思っただけだったのですが・・・・所有者の名前を見てびっくり、対流山荘が今を時めくニトリが所有者になっていたとは・・・南禅寺界隈には超の字が幾つも付く程の名庭のある広大な別荘が沢山有ります。例えば・・・松下幸之助の別荘(真々庵)、元首相の細川護熙家の別荘(怡園) 等など15邸程 超豪邸街を形成しているのですが、それが今誰の所有になっているか詳しく知らなかったのです。各々今の所有者を調べていくとニトリ以外にも、オムロン、ファーストリテイリング ZOZOTOWN 等 今飛ぶ鳥を落とす勢いの会社がずらり・・・各別荘を個別に調べてびっくりでした。
2025.02.06
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ブロともさんが一昨日のブログで御所の建礼門の蟇股(かえるまた)のことを書かれていました。(そのブログはここを)蟇股なんて・・・・私はしょっちゅう現物を見ていながら「蟇股」と言うことを初めて知ったのです。それで、今日雨の中 名前を知った上で、改めて見て来ました。いつも見ている智積院の、この金堂の・・・この部分てす。雨の中、上手く撮れなかったのでネットで借りますと・・・・・・・・と言う目的の部材でした。隣の明王殿のものはそれから、金堂の、この象が前から気になっていたのですが・・・・ついでにネットで調べると「木鼻(きばな)」と言うことがわかりました。プロともさんのお陰で2つ賢くなれました(笑)
2026.07.06
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7月初めの稚内・礼文・利尻旅行で『氷雪の門』を読もうと言う呼び起こされた件ですが・・・北海道から帰って直ぐ当市市立図書館に借りに行ったのですが、蔵書がなく、大阪府立図書館から借りて貰うべしで待っていたのですが、3週間以上経過して、やっと一昨日借りる事が出来ました。この本がないないと騒いだ時、神戸の図書館にあると調べて下さったジュラさん、いつもの後輩さん、ありがとうございました。借りた本がこれです。 昭和55年 (1980年) 発刊の本ですが、当時かなり読まれたのが、かなり損傷していました。一昨日夕方に借りて帰り、昨日読み始め、全236ページの本なのですが、一日で一気に読んでしまいました。 (目に負担がかかるといけないので、最近は読書もPCもかなりセーブしており、昨年入院時から読み出した吉川英治の新平家物語もかれこれ9ヶ月になるのに前12巻のうち、まだ6巻までしか読んでないのに・・・)今回の北海道旅行で行った、宗谷岬、ノシャップ岬、稚内駅等が小説の舞台で登場するので尚更感じるところが有り、お蔭で、第二次世界大戦終戦後のソ連軍の侵攻による樺太での悲劇をかなり詳しく知る事が出来ました。終戦時の沖縄の悲劇は今でもいつも問題になるのである程度の知識はありますが、同じ終戦時でも樺太の悲劇については、不戦条約を結んでいたソ連が、終戦後に侵攻して来たと言う歴史的な知識はありましたが、それほどの悲劇が有ったのかと今さらながら思い知らされました。ただ9人の電話交換手の事が、この小説の中の一部でしかないので、またまた調べてみますと、映画『氷雪の門』の原作は金子俊夫の『樺太一九四五年夏・樺太終戦記録』と言うものでした。早速、市立図書館、大阪府立図書館でその本を検索したのですが、見当たらず、さてさて・・・・。
2017.07.31
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アクリル板を取り付けたと言いましても・・・・新型コロナの感染対策では有りません。息子が手配してくれたアクリル板が配達されたのです。これなのですが・・・この大きさで、厚さ2mmのものが2枚です。目的は・・・この欄間を塞ぐ為です。昔の家は寒さ対策は犠牲にしても、夏の暑さ対策の風通しを第一に考える構造になっています。この欄間は装飾用で特に風通しを目的にしたものでは有りませんが、隣の部屋と欄間の隙間で繋がっています。現在の部屋ごとの暖房、冷房に対しては極めて効率が悪いのですが、今までこの状態だったのです。そこで今回塞ぐことにして、正月に帰省した息子が採寸から手配までしてくれたのでした。まず、始めたことは・・・在庫の木材の端材から薄くて細いものを選んで・・・墨を摺って塗りました。(長さはバラバラ)勿論黒いペンキが有れば塗ったのですが、無くてわざわざ、買いに行くより墨で塗装することにしたのです。墨を塗って、同じ長さの4本を作りました。この細い板は、欄間の両端に縦方向にネジ釘で固定してアクリル板を差し込んで止める構造にするためのものです。・・・と言うことでこの様に取り付けたのですが・・・両端4ヶ所取り付けた細い板も、アクリル板も、付いているのか、いないのか分かりませんが、照明器具が映っていることでアクリル板がある事は分かって頂けると思います。隣の部屋から見ますとシルエットの様で・・・・これで空気の行き来は遮断出来て、熱効率がアップすることになりました。・・・・と言いますのは、暑くなる2階にはエアコンが付いているのですが、1階は夏でも風通しが良くて、そう暑くないのでエアコンは無かったのです。冷房の為なら、今でもエアコンをつける気はないのですが、暖房にはこれからはエアコン!! と言うことでエアコン取付けの為の前準備の仕事でした。
2022.01.09
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この手洗い所の改造について、前回までに・・・洗面器を外し、壁の塗り替えをして、タイルを貼り・・・タイルの目地仕上げにかかったことまで書きましたが・・・白い目地埋めが完成すると、明るくなった様な気がしました。そして左右の腰壁に塗装した合板を張り・・・・洗面器を置く台を付けると、大体の形が見えて来ました。黄色い道具で板を挟んでいるのは・・・2枚重ねにした合板を接着させるためです。そしても右上に写っている黒いものは、新しく取り付ける蛇口です。そして、まだ梱包を開けただけこれは・・・・新しく取り付ける洗面器です。蛇口も、洗面器もネットで買ったものです。現場監督の私・・・本当は見物人の私の見たところ、ほゞあと一日の仕事を残すのみとなりました。盆休みを活用の仕事は無事(盆休みの)期限内に完成出来そうです。
2022.08.15
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偉大な経営者だった京セラ創業の稲盛和夫氏がお亡くなりになりました、新聞、テレビ等でこのニュースで持ちきりです。そんな中、今日はマイカーで京都へ行くことになったものですから・・・いつもの道を少し変えて、敢えて京セラの本社前を通りました。社旗の掲揚がどうなっているか関心が有ったのです。車を停めて、見上げますと、やはり、半旗が掲揚されていました。さもありなん と納得して後にしました。余談ですが・・・・1. このビル、南面は全てソーラーパネル張りです。(勿論自社製なのでしょう)2. このビルの高さは95mなのですが、ここから桂川を挟んで直線距離で4~5km?の 地にある日本電産の本社ビルの高さは100mです。 あとで建てた日本電産の永守社長が敢えて京セラビルより高くしたという話あり ますが真偽のほどは分かりません(笑)それから帰ってから半旗について見ていると、半旗の掲揚、降納方法につて次の様に書かれていました。半旗を揚げる際には、国旗を一度ポールの上まで揚げ、 その後半旗の位置に降ろし、半旗を降ろす際には、国旗を一度ポールの上まで揚げ、その後降 ろします。 このことについて、私は初めて知る事でした。
2022.08.31
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稲荷山と言えば今は駅からまるで外国です。次の登山も近づいたので足慣らしにその稲荷山へ。今日は混雑のない、自分のペースで歩ける静寂のルート?で山頂へ行き、反対側の山科の大石神社へ下るルートを歩くことにしました。稲荷山から大石神社への道は初めての道でヤマップの地図にもなっていない道なのです。千本鳥居までは前も後ろも外人の混雑の中を歩きましたが・・・・「おも軽石」を過ぎて直ぐのこの案内を右へ折れました。このルートは京都一周トレイルの道でもあります。混雑の参道を外れると、直ぐこのような゜山道になり「静寂」の中を山頂を目指すことになります。この看板の通り、直ぐ大変手入れされた竹藪の中を進むことに・・・時々すれ違うのは決まって外人のアベックでした。この二人も・・・この二人も・・・殆ど人が歩いていないのですが、何故こんな道を知っているのか?? と思う程人は少なくても外国では有りました(笑)ここからは竹藪と滝が続く道です。滝と言っても細い水が落ちる小さなものです。そしてこの分岐を左へ折れるのですが、右は3/12のブログで書きました十二帝陵からの道で、山頂までは同じ道を進みます。/またまた滝の横を進み・・・この分岐を左へ進み・・・厳しい急登を過ぎると・・・真っすぐ行くと直ぐ外国人で混雑の稲荷山山頂(一の峰)ですが・・・外国人で混雑の山頂はバスして右へ・・・折れますと稲荷山と言うよりどこかの登山道の様な道が始まります。この分岐で山科から登って来たと言う人と言葉を交わしたのちは大石神社へ下山するまでの約30分の間誰にも遇わないと言う寂しい道でしたが迷う心配がない程度の山道なので余裕で進みました。この先長くなりますので明日に続けます。
2024.06.26
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1/11のブログに載せました、この欄干の欠落部分(赤線) の補修をしました。実は左の赤線の下の板は以前に私がはめ込んだ模様彫りの無い板で、 そして右側の赤線の下はここも欠落していたので、合計4ヶ所の補修になりました。直ぐやる気になったのは・・・この工事をする為に「稲荷山の仙人さん」がホルソーと細いノコギリを貸してあげると言ってくれたので、それならばと朝から借りに行き早速仕事にかかったのでした。借りたものは・・・30mmと20mmのホルソーと細いノコギリ、そして一番右はグラインダーです。さて工事をしようとよく見ると樋の中に全部では無いですが欠落した残骸があるのを発見したのですが・・・これでは使えません。そこで、下側の桟2枚を作る為に、今ついている桟から作った型紙で・・・ホルソーで孔をあけ、ノコギリで切込みを入れ・・・ノコギリで孔と穴の間に切込みを入れ・・・色を合わせるために塗料を塗り・・・こんなのを2枚作り・・・そして、上側の桟 2枚は樋にあった二つに割れた板を合わせて型紙代わりにして・・・切り込む線を書いて・・・ホルソーで孔をあけ・・・ノコギリで孔と孔の間に切込みをいれ・・・切込み完了これも同じものを2枚作ったつもりでしたが、下の方が実物に近いです。下の方の板は真ん中を大きい方のホルソーであけたのが良かったのです。・・・が、多少違っても遠目には分からないのでこのままとしました。・・・・と言うことで黄色の矢印の4ケ所を組み込み完成しました。赤い矢印の箇所は下部が欠落していて他の部分と違いますが、これは手を付けずにこのままにするつもりですが・・・反対側の窓の、この部分も前に飾り彫り無しで私が採りつけた板4枚あるのです。ここは目立つ所では無いのですが、この際飾り彫りを施そうという気になり、またまた後日の仕事が出来ました。元々二つに分割してM型、W型に切込みを入れて作る方法を考えていたのですが、ホルソーを借りることが出来て大いに省力化と仕上がりも良くなり、貸してくれた「稲荷山の仙人」さま、さまです。昨日のブログに頂いたコメントへの返事、及び訪問は明日させ頂きます。
2021.01.14
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我が家では猫の額の畑?? で採るキュウリを2種類に分けて収穫しています。一つはキュウリの通常の食べ方用の普通の大きさももの。もう一つはキューちゃん漬けや、キムチで食べる為のお化けキュウリです。この事は7/27のブログに書きました。ところが、油断大敵、注意を怠ったと言うか、第三の大きさのキユウリを収穫したのです。・・・と云うより「生ってしまった」のです。葉っぱの陰に隠れて目につかなかった間にバカみたいに大きく生った・・・超々お化けキュウリとも言うべきこんな大きさなのです。一番右は普通サイズで収穫したもの、真ん中のお化けサイズのキュウリに対し左がその超々お化けサイズキユウリです。余りの大きさにびっくりして『測定・計量』をしますと・・・長さは超々お化けキュウリが42cm。重さが左から902g 423g 152gで、超々お化けキュウリは何と普通のキュウリの6本分と言う代物。いやはやキュウリって大きく生るものだと、改めて知る事になりました。
2019.07.27
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工事が続く智積院ですが、今日通りますと・・・土を掘って赤い線で縄張りがしてあるのです。こんな小さい面積に何をするのかと思い周りを見ますと・・・その答えは(ちょっと分かり難いですが) 右の方に有りました。この石碑を上の赤線で囲った場所に移設するようです。カメラを引きますと・・・真ん中な鎮座?している石碑がその左の大きなモミジの木の左側へ移設される理由が良く分かりました。これで、モミジの木の右がすっくきりします。多分駐車場にするする為に邪魔になるのでしょう。敷石の張替えに比べ石碑を動かすこと位、軽い仕事の様です。そして歩を進めますと・・・参道だけでなく金堂の前の敷石も全面張替えの様です。そしてついでながら・・・例のクラフトビールの店になるのであろう工事中の建物に、初めて木製の引き戸が入っていました。 それにしても工事/はなかなか進みません。追記 昨日の街ピアノの記事に関連して、NHKで駅ピアノ、街ピアノの番組がある事を教えて頂きました。早速、調べると明日9/3(土) 午前7時45分から京都の駅ピアノの再放送がある事が分かりました。早速録予約しました。
2022.09.02
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まず最初にこの2枚の写真ですが・・・・どう見ても、外来種でその繁殖力の強さから既に至るとこで繁殖している「アレチヌストハギ」だと思います。タネが引っ付き虫で、その引っ付き力で衣服に大量にひっつき、除去するのに大変な苦労がいる帰化植物です。私も日頃近隣で駆除に苦労している植物です。そのアレチヌストハギと思われるものが、智積院のいるところで花を咲かせているのです。蓮池の周りにも・・・・金堂からお墓へ向かう石段に繋がる道にも・・・花の時期が終わったアジサイを凌駕するが如くにです。駆除するどころか、花を愛でる為に育てているのではと思いました。これが萩ならば素晴らしい景色として紹介するのですが、アレチヌストハギでは紹介するどころか、早く駆除して欲しいとしか思えません。どうなのでしょうね??ついでながら、アレチヌストハギを調べていて、私は多分見たことないと思います「ヌストハギ」との区別方法が載っていましたので添付します。これがヌストハギの種子で・・・これが天敵・アレチヌストハギの種子です。
2022.09.14
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12/12に 竹灯り作り用に貰った竹でこの竹箒を作ったことを書いた時・・・続いて手元竹箒を作ると書いていたことを実行しました。作ったのはこの3本です。右の2本は竹を束ねて差し込んだだけで、至って簡単に作った箒ですが、左の1本は束が太くて竹に差し込んだのては握るところが太くなり過ぎるので・・・・握るところの細工をしました。太い竹割って細くしたものを、更に薄くしました。右3本が割ったままの状態で、真ん中の3本が使う皮の部分で左の3本は燃料になります。皮の部分を箒に巻き易い様にガムテープて仮止めすることを思いつきましたので・・・いとも簡単に箒に巻けました。その横を銅線できつく巻いてがムードを取り除き・・・2ヶ所銅線を巻いて出来上がりました。断面はこんな感じです。吊り下げ用の輪っかもつけました。・・・・、と言う事で、普通の竹箒の他にこの3本の手元竹帚が出来ました。ヒマ潰しの「お遊び」でした。
2025.12.15
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昨日(5/5)は前日アルコールが入り過ぎ、珍しく『自宅で休養の日』でしてが、鳥羽街道のプータロ-さんから携帯で、(今から紹介しようとする場所に来ているが) 来てみたら・・・・とのこと。 もとより古いもの、安いものの好きな者のとしては『今行かねば・・・』と、またまた京都へ・・・・。 いつもの七条駅のふたつ手前、鳥羽街道駅で電車を降り行ったところがここです。 いつも前を通った時、気になっていた所に入れるのも行った理由のひとつです。やっていた催しは…これです。 昔の障子、襖、欄間などいろいろの古い建具家具が売られていました。 何万円もする箪笥、長火鉢から何千円の障子などなど、最終日でしたので大きなものには売約済みの紙が張ったものがかなりあり、小物は買った人が持帰ったはずなので最初はかなりの品数だったのでしょう。 いつも門の前から見て広い敷地だろうとは思っていたのですが、初めて中に入れて貰うとその広さにびっくりでした。庭と言うより森と言う方がふさわしい手を加えない自然がそこに有りました。都会の中にさて、何百坪の森(広すぎて広さの想像がつきませんでした)のある家・・・最高の贅沢とはこう言うことなのでしよう。『森』の一番奥に辿りつきますと、茶室があって300円でのもてなしがあったのですが、もとより茶道には無粋な身、コーヒーなら・・・と思いつつパスしました。掛け軸など良いものがあればと思っていたのですが、その類のものは全くなかったので失礼ながら『見学』だけで辞して来ました。
2013.05.06
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そもそもこの竜馬脱藩の道・檮原に行ってみたいと思ったきっかけは、司馬遼太郎の『街道を行く』を読んだのがきっかけでした。高知市の西、須崎市から山に入り、曲がりくねった道の峠まで行きますと・・・まるで向井潤吉画伯の世界のような藁葺の水車小屋があって水車が回っていました。 峠を下りて行きますと山間の小さな盆地が檮原(ゆすはら)の町です。 ここでも竜馬による町お越しの案内板や幟がやたら立っており・・・ 前回訪れた時はこの旧役場の建物が資料館になっていたのですが、今は横に立派な資料館をはじめ多目的の立派な建物が建ったり、立派な木造の役場が建っていたりして前回訪れた時とは全く風景が変わっていました。 ただこの大きな銅像群は昔のままの威容を誇りなかなか圧巻のあるモニュメントです。 みんな竜馬と一緒に脱藩した仲間で当檮原の者も多かったようです。 これは竜馬の脱藩の支援をした掛橋和泉の像です。 ここでコーヒーブレイクをとり、次に山中で少し愛媛県に入った後、再び高知県に入り最後の清流と言われている四万十川 に沿って土佐清水へ向かったのですがさすが四万十川と思うほど綺麗な光景を見ることが出来ました。 明日に続けます。
2014.11.18
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正月の1.2日は近くの氏神さんへの初詣以外一歩も外へ出なかったのですが、3日になって61年ぶり22cmの積雪のあった京都へ赴きました。雪が降ったのは1.2日で、京都行ったのが3日の10時半頃だったのですが・・・枚方ではほゞ姿を消しつつあった雪も京都では博物館の前の道路はまだこんな状態で歩くのには注意がいる状態でした。上の写真、正面の智積院では・・・冠木門の入口から・・・金堂までは幅広く除雪されていたのですが・・・金堂の軒下には、京都ではまず見かけないこんな注意書きがあり・・・金堂の横から、いつもの道へ曲がりますと・・・除雪幅が俄然細くなっているのです。我が隠れ家に着きますと・・・屋根に積もった雪が、今まで見たことが無い様に垂れさがって・・・雪の厚さはこんな状態で、22cm以上あるのではないかと思われました。帰る時に・・・人の少ない妙法院なら足跡のない新雪(?)が残っているのではと寄り道をしますと・・・先客(?)の足跡が残ってはいたのですが、私の足跡も(白い足跡)も残すことが出来ました。 この足跡は何人分なのでしょう?? どこも観光客が多い中、これだけの足跡しか残っていないことで訪れる人の少なさがお分かり頂けると思います。このあと、正月で鈍った体に喝を入れるため四条まで歩いて、少し写真を撮ったのですが明日に続けます。
2015.01.04
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昨日の続きです。目指す宮内庁の事務所は道明寺から直ぐ、第15代応神天皇陵の入口にあります。(赤矢印が進んだ道と宮内庁の事務所です)堺市にある第16代仁徳天皇陵も大きいですがこの御陵も大きく、 お墓の大きさで当時の天皇家の隆盛が見えるようです。 自転車の右側が宮内庁事務所へ通じる道ですが、ここに自転車を置き人っ子ひとりいない、静寂の中砂利を敷いた参道を歩き・・・こちらが正面で『前方後円』の『前方』部分です。緑の部分との間にお濠があるのを撮ろうとしたのですが、近寄れず、高い場所もなく撮れませんでした。そして、この宮内庁事務所が管轄している御陵は17ケ所です。今回、応神天皇陵を参拝したのですが・・・今回貰った朱印は他の2ケ所のものでした。と言いますのは応神天皇陵を含む15ケ所の朱印は父か祖父が既に頂いていたので今回頂いたのは75代・崇徳天皇陵と47代・淳仁天皇陵の2ケ所のものでした。讃岐へ流された崇徳天皇陵は高松にある白峰ご陵というのですが、奇しくも四国八十八ヵ所を回った時、81番札所の白峰寺と隣接しているので参拝を済んでいたのでした。 もう一か所は淡路島にある淳仁天皇の淡路陵なのですが・・・ここは現地まで行かずに朱印を貰ったことになります。・・・と言うことで今回は天皇家の争いで破れ、配流先で亡くなった二人の天皇の御陵の朱印を頂いたことになります。天皇家に何度も何度も争いがあったことがこんなことでも分かります。 参拝と御朱印を頂き、道明寺駅へ戻り、近鉄で次に向かったのがここです。 この駅から次の行程へ進んだのですが明日に続けます。
2015.03.29
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1/15のブログで予告していました交流会に初めて参加して来ました。場所は紅葉で有名な洛北三尾(高雄、栂尾、槇尾)の高雄の百有余年の歴史のある『もみじ家』でしたが、この辺りへ行くのは20余年振り、もみじ家は初めてでした。足の悪い場所ですがJR二条駅から送迎バスで30分程だったでしようか、雨の中でしたが殆ど濡れずに行くことが出来ました。雨の中でしたので周辺を散策すること無く館内へ・・・秋にはこんな景色が見られる黄葉の本場ですが・・・沢山のモミジの木も今はこんな姿で・・・山あいには雲までも・・・。主催者側の市役所等からの多数の職員は別にして、参加者は56人で約半数が初参加とのことでした。(今回で3回目とか)この講師は神護寺のご住職で・・・今回は160年の歴史があって南禅寺等の庭園を守っている社員数60人もの植弥加藤造園の社長による造園・植木がテーマでした。今回はハッピを着た女性庭師が3人程参加していました。出された茶菓がこれになのですが・・・さすが鶴屋吉信はさることながら、湯飲みの模様が・・・当地の鳥獣戯画の模様だったのです。今回リュックに入れていた本は先日書きましたハードカバーの『若冲』でしたので・・・ブックカバーは『風神雷神』の模様だったのですが・・・湯飲みの4面の模様をカメラに収め、家に帰ってこの文庫本タイプのブックカバーの模様と見比べたのですが・・・同じ絵はありませんでした。(これらブックカバーはブロ友のチャオリンさん から買わしてもらったものです) 交流会の隣の席は外国人夫婦の方だったのですが、右京区の山の中(京北町?)の茅葺屋根(今はトタンで覆っている)の家でおくどさんがあり五右衛門風呂もある家にお住いの方でした。 他には市内中心部の正味の町屋の方、市内の古い農家の建物の持ち主の方など多種多様の家の持ち主さんが居られました。
2016.01.29
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我が家にミョウガを植えて数年になるのですが・・・今日、たった4本の万願寺、シシトウ等を収穫しようとして、ふと横をみるとミョウガの花盛りに気がついたのです。毎日の様に横のトウガラシは一生懸命生っているものを探していたのに、真横でいっぱい咲いている黄色く派手なミョウガのが目に入らなかったのです。下のピンボケの写真、トウガラシなど植える畑にミョウガの根が侵入しない様にゴムシートで境界をしているのですが、その直ぐ左にトウガラシが生っているのです。慌てて採り出したのですが、全てが花を咲かしているので採らない訳に行かず・・・採ってみるとこんなに沢山採れたのです。 夏の最盛期にもこんなに採れなかったのに・・・。 今頃採れることを知っていたら、ずっとウオッチしていたのですが、時既に遅し。 花を除いて食べられはしますが、花が咲くとスカスカになって捨てる部分が多く、もったいない事をしました。ネットで調べると・・・ 『夏みょうがは7〜8月、秋みょうがは9〜10月に収穫の適期を迎えます』なんて書いてあるのですが・・・去年まで秋の収穫をした記憶がなく、出来ていたのに気づかずにいたのか、出来ていなかったのかが「闇の中」と言うお粗末でした。こんなもの近所にお裾分けも出来ないので、明日は沢山のミョウガの天ぷらにサラダが食卓に上る事間違いなしです。来年は気をつけないと・・・。
2016.10.06
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京阪電車に乗りますと、吊り下げ広告が目に入り・・・・『in KYOTO on KEIHAN』まるで私の行動を書いているようです。しかも『きょうは、どこいこ』 まるで私の思考回路まで書かれていて・・プラス『きょうはなにしよ』と書かれていたら・・・正に私そのものなのですが・・・・
2018.01.20
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我が家にやって来るヒヨドリのために、元はリンゴの芯や皮をこのように地面に撒いていたことを書きましたが・・・ガラス戸の下半分がスリガラスなので、コーヒー飲みながら見るには立ち上がらなければ見えなかったのです。そこで座ってでも見られるように「舞台?」を作りました。その結果・・・この様に座ってでも見えることになり、朝のコーヒータイムの楽しみが増えたのです。エサ? の残り具合が分かり易いように植木鉢を傾けています。そんな事で、最近は夕食後、食べたリンゴの皮を刻んでタッパーウエアに入れて、朝「舞台」に置くことにしています。ところが・・・・最近はこの向こう向いた姿勢で食べることが多くなって・・・・発見?? が有ったのです。この写真ではちょっと分かり難いですが・・・この赤矢印の部分の「白ブチ」に気付き・・・観察していると、毎日来るのはこの白ブチのあるヒヨドリである事が分かったのです。今迄は何羽も入れ替わり来ているのかなぁ? とか、2羽位かな? なんて思っていたのですが同じヒヨドリが来ていたことが証明されたのでした。しかも一度飛んで行っても、又来るのですが、やはり同じヒヨドリなのです。そんなことで「ブチ」と名付けて愛着が湧き、せっせと食べたリンゴの皮を刻んでいる毎日です。・・・そうそう、切り方も前から変えたのです。それは、小さく刻むと、次から次へと直ぐ飲み込み面白くないので、大きく刻むことにしたのです。「エサ」が大きいと、飲み込むのに、上を向いて首を振ったり、うがいをする様な仕草をしたり色々の動作をするのが実に面白いのです。秋の柿のシーズンには「天敵」になるのは分かっていても、今、毎日面白い物を見られる楽しみには代え難いので有ります。
2021.03.20
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オリンピックは賛否両論、と言うより中止又は延期の声が大きかったですが、実施に舵がとられました。京都では、今日の新聞で大文字 (五山送り火) について、今年も去年に引き続き、(新型コロナウイルス感染対策で) 点火場所を数か所に減らすと報道されました。見物客の密集を避けるのと、点火を行う保存会の会員同士の接触を避けるためとか。グーグルでの去年の画像ではこんな感じです。ところで祇園祭りは今年も山鉾の巡行を行わないが、山鉾建てが行われることを先日書きました。我が家の7月の京都銀行のカレンダーは月鉾です。四条通り、烏丸通りを挟んで東側の長刀鉾は毎年先頭を行き、生きた稚児(変な表現ですが他は人形)が乗り、しめ縄切りも行うで祇園祭の代名詞のように扱われますが・・・・大きさではこの月鉾が一番です。(高さ26m 重量11トン強)来年には点々ではない大文字が灯り、 宵山や巡行のある祇園祭が行われることを願うのみです。今日はこれから2回目のワクチン接種です。酷いと言われる副反応も皆さんから、大したことないと言うことを聞いていますので心配なく行けます。(開業医なので土曜日の診察後と言う指定です)
2021.07.10
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過日、この部分に竹を張ることを書きましたが、その竹を貰いに行って来ました。車で15分程の距離、高校同窓生の実家の弟さんに話をしてもらっていたのです。家の裏のいつも筍を貰う竹藪で・・・今日の目的は「筍」ではなく成長した「竹」です。そして1本の竹を切り出しました。・・・と言うより、私は「手伝う」だけだったのですが・・・切るのは容易でも、切った竹を倒すのが大変!!他の竹と枝が絡み、おまけに上の方でツタが巻いていたのです。二人でエイヤッ、エイヤッと引っ張ってやっと倒せました。「切るのは容易でも、倒すのが大変」と・・・竹藪整備のボランティアに行っている、稲荷山の仙人さんがいつも言っていたことを、実体験で実感したのでした。苦心して・・・(と言っても手伝っただけですが) 切り出した竹と、前に切って置いてあった竹までもらいました。右が5本が今日切り倒した竹、左3本が前に切られた竹です。そしてスダチと立派なミョウガまでおまけに(?) 貰いました。喜び勇んでマイカーに載せて帰り、下準備に少しだけでも所定の長さにカットしておこうと思ったのですが、折から急に凄い雨が降り出し (間もなくあがったのですが) 明日以降の仕事となってしまいました。
2022.09.03
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高校同窓のMさんから一昨年と昨年、連続して「鮎」をもらったことを書きました。2020年はここ 2021年はここその去年2021年のブログに次の様に書いていたのですが・・・「去年と、今年、2度ある事は・・・来年3度目が有れば良いのですが・・・」その3度目が有ったのです。2020年は福井県は九頭竜川の鮎、2021年は岐阜県は長良川の鮎でしたが・・・・今年の鮎は京都府は周山の桂川の鮎でした。Mさんが友達から貰った4尾の鮎のうち、2尾のお裾分け、しかもわざわざ架電の上ウオーキングで配達??までしてもらってのことでした。早速、持ち帰って直ちに焼いて・・・骨抜きして・・・妻は川魚は食べないので2尾とも私のビールのアテに。今年の鮎は桂川の藻が良いのか、今まで貰った鮎以上に鮎独特の香りと苦みかあって最高の鮎でした。ところで、ウオーキングの為とは言いながら暑い中、わざわざ歩いて持って来てくれたので喉を潤してもらおうと、第3のビールにスダチを搾って飲んでもらったのですが・・・2杯目を勧めると・・・「スダチを入れないで・・・」私の好みのスダチビール、誰もが美味しいものと思ったいたのですが、さにあらず!!人それぞれと言う話でありました。以後心しないといけません(笑)
2022.09.16
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台風14号はいよいよ近畿圏を暴風雨圏に巻き込みながら進んでいるようです大型で非常に強い台風14号は九州に上陸して本土縦断の可能性大との予報で有ったため、飛びそうなものは室内に入れるなど早めに対策をしました。雨戸は他の箇所はサッシに替えているので、すわ台風が近づいてからでも良いのですが・・・・この角部屋の雨戸は私の手作りなのではめるのに手間がかかるので早めに対策したのでした。元々、この窓には雨戸無かったのです。かなり昔のことでハッキリ憶えていないのですが、サッシ屋さんに何とか雨戸を取り付けられないか相談したことが有るのですが・・・戸袋を取り付けるスペースが無いので窓1枚分を戸袋にするか、雨戸なしでガラスの強度を上げるためワイヤ入りのガラスにするしか方法はないと言われて・・・・確か前に書いたと思いますが、それでは自分で雨戸を付けようと思い、私なりに考えたのが、岡持ちや昔の家具で使われているこのケンドン方式でした。窓の周り上下と左右にもうひつ枠を作りそこにはめ込む方法です。その時、そこそこ暑いベニヤ板を使ったのですが・・・・、来襲する台風がみんな強くなって来たので、心配になり、全部の雨戸の裏にもう1枚薄いベニヤを全面糊付けしたのでした。それで元の重さからかなり重くなって脱着、格納がし難くなったのですが、致し方ありません。その後、益々強い台風が来る可能性がアップしたため、又々心配になって・・・今度は縦に桟を付けて強度アップしたのです。下の写真の赤矢印があとで付けた縦桟です。外観上も、強度的にも裏側に付けた方が良いのですが、裏にはガラスがあるので付けられないのです。昨日雨戸を装着していて、この雨戸の2回にわたるグレードアップした時の苦労を思い出したのでした。
2022.09.19
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・・・と言いましても標高196mしかないのですが、今日もまたトレーニングを兼ねて登って来ました。前に登った時は黄砂などで余り眺望が良くなかったのですが、今日は昨日の雨で空気が洗われ。凄くハッキリ見える眺望でした。前に載せた写真と変わり映えしませんが、くっくり度が違いますので見てください。頂上のこの秀吉の墓は前と変わり映えしませんが・・・急な階段を見ると、なんと日傘をさして登って来る人がありました。さて、眺望ですが、清水の舞台が手に取るように・・・この写真の右の山の端の向こうに見える山の中腹ですが・・・アップしますと・・・更にアップしますと・・・五山送り火の「妙法」の「妙」がクッキリと・・・そして、船形も・・・更に左大文字も・・・更にアップしますと・・・愛宕山もくっきり。アップしますと山肌まで見えるくっくり度でした。この惚れ惚れする素晴らして眺望を眺めながらコーヒー飲めば最高!! 今度はバーナー持参で来ようと思っていたら・・・・突然「○○さん」と声をかけられたのです。何と何といつも当ブログの記事に登場していて山菜の師匠でもある大工さんだったのです。3組の夫婦のグループ登山中でした。稲荷山から京都一周トレイルを歩いて来て今から弁当&コーヒータイムとか。稲荷山登山口から2時間程で来たらしいのですが、稲荷山の外人さんで凄い喧騒に対してここの静けさはウソのようとのこと。それがこの人たちなのですが・・・黄色く写っているバーナーで淹れられたコーヒーと柿のタネまでもらって・・・今度しようと思っていたコーヒー飲みながら眺望を楽しむと言う至福の時を今日持てたのでした。ここで大工さんのグループと別れ、登って来た道の反対側、渋谷街道側のこの登山口まで一旦下りて・・・またもと来た道を引き返し太閤坦(たいこうだいら) へ下りて、今日のコーヒータイム付のトレーニング??を終わりました。今度は自前のコーヒー持って・・・・です。前回登った時の記事はここです。
2025.05.03
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去年のブログで京都女子大の校舎建て替え工事で右側の元のこの箱型の高い校舎が・・・・校取り壊されて、新しい屋根付きの低くなった校舎の原型が現れると・・・・校舎に遮られて女坂から見えなかった清水山が見える様になったと書きました。その後完成して、バッチリと見える様になって喜んでいたのですが・・・・。上の写真の手前の高校の校舎建て替え工事でもやはり校舎が低くなったのてすが・・・7/5に新校舎が完成したので、横の高い校舎の取り壊しが始まった書きました。さて。ここからが本論タイトルの「還って来た西山」なのですが・・・校舎の取り壊しはまだ奥の方は施工中ですが、赤線で囲った手前の方は影も形も無くなりました。女坂を進みますと・・・・こんな感じで、赤線で囲った元の高い校舎か無くなると・・・遠く向こうの方に西山が姿を現していたのです。無粋な(??)箱型の高い校舎(赤線) が消え・・・・・西山がぱっちり。アップしますと・・・女坂から清水山が見える様になったのに続いて、西山の北部の景観か帰って来たことになりました。校舎が低くなったり、屋根のある建物に変わったことは誰でも分る事ですが・・・こんな清水山や西山の景観が還って来たことは余り気付かれないと思いますが、素晴らしい事だと思います。
2025.08.01
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竹の枝でコンクリートを隠す工事の内、赤丸と黄色丸で囲った箇所の追加工事ですが・・・赤丸の箇所はこの様に追加で工事したことまで書きましたが・・・続いて・・・黄色丸の部分の工事をしました。コンクリートに角材を接着すること考えて、丁度良い太さの外材や杉材はあったのですが、腐食が早いので・・・・大工さんから燃料用に貰ったこの太い檜の柱材をカットして使う事にしました。電動ノコで半分に切って、更に半分に切って、1/4の太さにして・・・コンクリートと木材の接着剤を買って・・・・コンクリートに取り付け、一日おいて・・・防腐剤を塗りました。その角材に割った竹をネジ止めしました。(左と段ちになっているのは修正したのですが・・・これは修正前です)残っていた竹の枝の葉を取って全て挿したのですが、まだ少なくって、もう少し挿さないとスケスケなのですが・・・・もう枝が無いのです。スケスケながらまあ、ここまで進んで形が出来上がると・・・こんどは又その横の赤丸の部分が気になることに・・・ここは割った竹を取り付けるか!!?? なんて思うのですが・・・・それと全体的にもう少し枝を差し込んでスケスケでないようにしたいのですが枝を貰えるかどうか????いずれにしてもまだまだ遊べそうです。
2026.03.21
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5/31のブログで、次の様に書いていました。庭のフキを採り・・・いつもの通り・・・葉は葉脈を除いて、茎は筋を取り除き・・・・ここでバトンタッチ 一晩水に浸けてアクを抜き・・・・そして、佃煮に・・・なる予定です。ところが・・・・出来上がったのは葉の方だけ・・・ 梅干しと自家製山椒の実たっぷり入れて圧力鍋で煮て・・・こんなに沢山のフキの葉の佃煮が出来ました。・・・・が、茎の方は・・・幾ら圧力鍋で煮てもダメな程硬いので煮ずに捨てた・・・・とのこと。半分は徒労に終わりましたが、まあこれだけ出来れば十分です。それにしても、(山の畑でないと) 庭では細くて栄養失調のフキしか育たない事が良く分かりました。 それからもう一つ 二八蕎麦ではなく、二八塩昆布も出来上がりました。これですが・・・新たな昆布2 冷蔵庫に溜めてあった出汁がらの昆布8に 山椒の実との廃物利用の塩昆布です。食べると2種類??の昆布が混ざって一体化、区別がつきません。
2026.06.02
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タイトルの「珠数」について。「珠数」と「数珠」 二つの書き方があって、大勢は「数珠」の様ですが、京都には珠数屋町と言う通り名があるし、ゴロから言っても、私は「珠数」だと思いますので、この表現を使っています。先日、織豊時代の戦跡、湖北の賤ケ岳と虎御前山(と竹生島) に登ることになり、この本ほ読んだことは書きました。この本を読んで、関ケ原の敗軍の将・石田三成に関心を持って、長浜市の三成の生地や歌碑等を訪ね、益々三成に興味を持って・・・・この本を読んだのですが・・・・今度は上杉景勝の名家老だった直江兼続は名前を知っている程度だったのですが・・・・石田三成とこう言う関係だったことを知りました。・・・・・で、この本を読みだしました。このあとどんな本に繋がっていきますやら???
2026.06.28
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「蓮の花」今日 10時過ぎ智積院を通りますと、観光にはまだ少し早い時間と思いますが・・・・早や、明王殿前の池の周りに人だかりが・・・奇麗に咲いた蓮の花を愛でる人達でした。こんなに綺麗に・・・画く人も、撮る人も・・・・それが・・・・再び午後に通りますと・・・若い花は閉じていました。 古い花は閉じる力がありません(笑)「桔梗」 今タイトルに使っているこの智積院の桔梗も少しは知名度も上がって来ましたが・・・・またまた京都新聞の定番記事(今日7/4)ですが・・・(桔梗の) 歴史も紫式部の看板あるここには足元にも及びません。
2026.07.04
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親しくしている大工さんから手作りの竹箸を貰いました。前から細くって、その箸で食べると食べるものが美味しいと聞いていたのです。これなのですが・・・確かに細くって・・・ちゃんと紙で巻かれていました。持ち帰って、早速食事に・・・・確かに美味しく感じました(笑)作り方を訊くと、カンナで削って、サンドペーパーで磨くとか。備蓄した竹が有るので作りたい気持ちは山々なれど・・・・カンナで斜めに削る行程が有るので。ちょっと手に負えそうにありません。因みにAIに相談すると・・・
2026.07.09
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頂上に豊臣秀吉のお墓のある阿弥陀ヶ峰その南麓の5月の姿を、この写真を載せて「山笑う」なんて書いていましたが・・・夏に至り、こんな景色になりました。「山滴る」と表現するらしいです。秋になれば「山粧う」と言いたいところですが、この山は常緑樹ばかりなので、秋になっても「山粧う」ことがありません。念の為に冬を調べると「山眠る」でした。
2026.07.14
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