ワルディーの京都案内

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2021/08/02
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テーマ: 京都。(6366)
カテゴリ: 若冲と応挙
2021年 8月2日(月)】

 今日も早朝に散歩。勤務がほとんどないので、意識的にウォーキングをしなければなりません。8時にはもう暑いので、7時半には終えることができるよう、6時半には歩き始めたいところです。会のお役目の月イチの集まりの記録は昨日出せたので、今日は自分のペースで会の諸事をそjました。


 「若冲と応挙」の第29回。応挙の「円熟期」に入っていきます。


◆第3章 円山応挙(続き)

3-5 円熟期

 前回は、三井家の庇護を受けた「黄金期」について述べました。

 これに続く時代は、応挙45歳から56歳までの時代で、美術書では「円熟期」とも呼ばれる時代です。以前の回でも述べたように、円満院時代の安永4年版 「平安人物志」 図1 )では応挙の弟子である 島田元直 源琦


図1 「平安人物志」安永4(1775)版 画家の項(再掲)(応挙、島田元直、源琦の名が見られる)



 何面にも及ぶ障壁画を描くためには、頭領絵師が中心となって一貫した構想を立て、これに沿って門人たちの能力を考慮しなながら、仕事を分担して仕上げていく統率力が必要となります。若冲も障壁画の大作を遺してはいますが、その枚数からいうと応挙が圧倒しています。応挙は自身の絵の力に加え、頭領絵師としても非常に長けたものを持ち合わせていたということです。

 この時代に制作した障壁画を年代順に列挙していきます。安永9年(1780)応挙48歳、 本願寺山科別院「春景海浜図」 、天明4年(1784)52歳、 愛知・明眼院(みょうげんいん)「老梅図」「芦雁図」「老松図」「朝顔狗子図」 。その後は、ほぼ毎年障壁画制作に携わっています。天明5年(1785)53歳、 和歌山白浜・草堂寺「雪梅図」 、天明6年(1786)54歳、 和歌山串本・無量寺「波上群仙図」「山水図」 、天明7年(1787)55歳、 京都・南禅寺帰雲院「海辺老松図」 香川・金刀比羅宮「遊鶴図」「遊虎図」 兵庫香住・大乗寺「山水図」 、翌年同寺 「郭子儀図」 。和歌山・草堂寺と無量寺は、臨済宗東福寺派の禅宗寺院です。当時の両寺のそれぞれの住職は京都の本山に居た頃から応挙と旧知の間柄で、本堂が普請された際に、応挙に障壁画制作を依頼したのです。明眼院は、その寺名からも窺い知れますが、中世から眼病で知られる寺院です。 奥文鳴 「仙斎円山先生伝」

 このように非常に多くの障壁画を一時期に遺していて、すべてを紹介しきれませんので、ここでは一部を紹介します。

 代表作の一つが 兵庫県・香住 大乗寺 の客殿の障壁画群です。山陰海岸にある香住は冬場の蟹で有名ですが、この大乗寺は応挙寺とも呼ばれ、知る人ぞ知る観光スポットになっています( 図2 )。和歌山の2寺と違って、どのような経緯で大乗寺が応挙に障壁画制作を依頼したのかはよく分かっていません。


図2 兵庫・香住 大乗寺 山門・応挙碑・応挙像



 障壁画の面数はなんと165面で、すべて重要文化財に指定されています。応挙一門総がかりで制作しています。応挙に加え 呉春 奥文鳴 円山応瑞 (応挙の子)、 山本守礼 秀雪亭 亀岡規礼 源琦 長沢蘆雪 が筆を執っています。そして多くの絵が、天明7年(1787)から翌年にかけて描かれているのに対し、孔雀の間の絵だけは、時期が数年空いてます。寛政7年(1795)、応挙は63歳で他界しますが、その3ヶ月前に自らが描いたものです。なぜ時期が空いてしまったかというと、完成直前だった孔雀の間の絵が 天明の大火 (天明8年・1788)で灰燼に帰してしまったからです。痛手から立ち直った応挙が、眼病に悩まされながらも、弟子たちに支えられて、最後の力を振り絞って描いた作品なのです。

図3 に大乗寺客殿襖絵の配置図を示します。薄く色付けしたところが、応挙本人の筆による絵が入った部屋です。筆者は去年(2019年)に大乗寺を訪れましたが、原画をデジタル複製と置き換えるプロジェクトを進めているところで、既に大部分がデジタル複製と置き換わっていたと記憶しています。置き換えられた原画は収蔵庫に収納されており、気候の安定した春・秋に期間限定で公開されているようです。普段訪れると多くはデジタル複製での観覧となるわけですが、応挙やその門人たちが納めたままの位置で、しかも間近で眼にすることができるところが大きな魅力です。


図3 大乗寺客殿 襖絵配置図



 応挙本人が揮毫したのは3室で、山水の間の 「山水図」 、郭子儀の間の 「郭子儀図」 、孔雀の間の 「松に孔雀図」 です。ここでは「山水図」と「松に孔雀図」(こちらは黄金期ではなく晩年の作ですが)を紹介します。

 山水の間は、床・棚・付書院を備えた本格的なつくりの部屋で、貴賓が訪れたときの座所とする間です。一段高い上段の間に座って、左手側の「山水図」を眺めると、奥の方へと水面が延びてゆくのが見えます( 図4-1 )。反対に下段の間の下座から上座を見上げると、広がる水平線が次第に陸地へと収斂してゆくのが見えます( 図4-2 )。この2つの写真は非常に表情が異なっており、なかなか同じ絵からの写真とは信じられないくらいです。しかもどちらから鑑賞しても遠近法に破綻がありません。複数の鑑賞者の位置を想定して構想を練って描いた応挙ならではの作品です。



    上段の間から見る               下段の間から見る




 この山水図の付書院の床の間の上の絵( 図5 )を見てみましょう。水辺に小さな崖があり、その上に家が建ち、松が水面の上に伸びているという景色に見えます。この絵の下は艶のある板間になっており、崖や松が水面に映っているような効果が見てとれます。板間を水面と見たて、絵の一部として利用しているのです。応挙はこの襖絵を描くにあたって大乗寺を訪れていないとのことなので、部屋の構造・間取りなどの情報を弟子たちから得て、アトリエでこの構図を練り、絵を描いたのだと思います。これも応挙ならではの構想力といえるでしょう。


図5 大乗寺客殿「山水図」(部分) 床の間に絵が映っている




(続きます)


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最終更新日  2021/08/04 11:24:04 AM
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