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親娘だから、いつも、歯に衣着せぬものの言い方をしてお互い傷ついていたのね。でも最近の娘に少しの変化が。先日も、手術の話をしたとき今思い切ってやったほうが良いよ!そうか、私が辛いことわかっていたんだね。また、手術の日は休める?とそっと聞いてみました。大丈夫!休むから。ありがとう!そして今日、もう、孫ちゃんが寝てからだったが遅い帰宅。タクシー代払わされ、更に晩ご飯もちゃっかり食べましたが、話す時間が取れたので何気に話しているとお母さん、足、細くなったね。筋肉が落ちたんやなぁ~!手術したら元気になるらしいよ!これが娘の私に対する「優しさ表現」そう言う話聞くと、この痛みから解放されてもう少し元気で長生きしたいしなぁそらそや・・・4月になって、入院までのカウントダウンが始まりました。おっさんや、娘の優しさを支えに、がんばって手術台の上に上がりましょう。
2007.03.31
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股関節の調子はこの間比較的良かった。季節的に温暖になってきたからでしょうか。手術まで1週間。なんだか不安は募りますが、Drを信じてまな板の鯉で覚悟を決めていますが今日も、痛み止めのために繋りつけ医のところへいきました。幹部を暖めるための温熱治療。超短波電気を当てた後、今度は低周波電気。更に注射をしていただいて、ないか関係の薬と痛み止めの薬を、処方してもらうのを待っている間、おや?見覚えのある若いお母さんと4・5歳の女の子が来院。これはきっと、私の最後の職場での最後の教え子親子。女の子が振り向き私と目があったのでNOAちゃん?と声をかけますが、NOAちゃんは覚えているわけもなくキョトンとしています。NOAちゃんやろ?2度目の声かけにお母さんが振り向きました。まさしく、MI○ちゃん。MI○ちゃん NOA先生やでNOAちゃんはなおもきょとんとしています。当たり前です。NOAちゃんと別れたの、彼女が1歳になった場狩りだったときだからおぼえてないよね。NOAちゃんの顔から当時の0歳児クラスに居た何人かの顔と名前が浮かびます。NOAちゃんは、もう5歳です。4月には年長さん。大きくなったね^^当時は、やや肥満気味で心配したものですが、すっかり身もしまり、「お姉さん」になってました。実は私、NOAママも保育をさせていただいていたのです。NOAちゃんにおばちゃんね、ママのオムツも変えたんだよ!NOAちゃんのオムツも変えたんだよ!こんなところで再会できて嬉しいわ!などとママと話していると突然NOAちゃんがなんで、保育園辞めたの?鋭い質問にたじたじしました。どう答えたかはご想像にお任せいたしましょう!
2007.03.29
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当県出身の「松居一代さん」確か女優さんだと思うが、最近はバライティー番組にも良く出てますね。そんな中で自分の体験話や、家事上手を売り物になさっているようですが。ある日、スーパーで「松居棒」というのが売られていました。値段は見なかったけど、何と割り箸にテッシュを輪ゴムでまきつけているだけのもの。なんでも、珍しい物の好きな私です。思わず買おうかと思いましたが、やめました。だって、これなら私にも作れます。私は、テッシュじゃなく、フローリングワイパー用のペーパーをまきつけました。また、棒の先は少しゆるめに巻いて「はたき」のミニバンみたいにして見ました。家の掃除はおっさんがしてくれるので私はあまり口には出しませんが、電気のスイッチのところや窓の桟の汚れなどがずっと気になっていたのでその辺をコチョコチョとしてみるときれいになるじゃないですか。なーるほど。ちょっとした工夫で綺麗になるんだ。なんて妙な関心をしながら。それを見つけた孫ちゃん。すかさず、松居棒や!私も作る!これは、テッシュで作るんやで!と、テッシュで作って家のあちこちをこちょこちょやってました。こんな簡単なものでも、有名人が作ると「商品」になるから驚きです。
2007.03.28
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夕べからお泊りしていた孫ちゃん。最近は夜更かしが多くって朝なかなか起きれませんしかし、9時半ごろゆらゆらお家が揺れて、びっくりおきだしてきました。孫ちゃんは「阪神大震災」は経験ないので驚きは大きかったでしょうね。じいじいや、ばあばとではすぐ退屈になりますお昼前に買い物に行って気晴らしをしましたが。午後は、お友達の誘いも逢って遊びに出かけました。ところが帰宅時間がなかなか守れず困ったものですやっと帰ってきたその手には、紙袋に入った本が3冊入っていました1冊は漫画本で、パパに買ってもらったといってました。(親ならもう少しましな本を買えよそしておもむろに出した本2冊。Jyunと図書館に行って借りてきた。なんと、料理本だった。私が入院中は、自分が料理をしなくてはと思っているらしい。図書館の本なので期限には返さなくてはならないから、自分の「レシピノート」に一生懸命書き写す孫ちゃんの姿に胸打たれます。おっさんは、もう1冊の本をペラペラめくっているだけで・・・ようやく帰ってきた娘は、我が家の残りご飯を全部平らげた挙句空っぽになった炊飯器も自分が使ったお茶碗も洗わずに帰っていったはてさて、私の入院中はどうなることかおっさんも娘も孫ちゃんに食べさしてもらいのでしょうか
2007.03.25
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最近あんまりたいしたことがなくて、更新がとどこうって居ますおっさんの、両親が相次いで亡くなって、なんか、気抜けしてしまったようで。今思うと、昨年晩秋から気が抜けない日が続いていましたから。*************そういえば孫ちゃんが、反抗期とでも言うのでしょうか、なかなか言うことを聞きません。ちょっとは大人になったのかもしれませんが「自己主張」が強くって。おっさんは、私が入院したら、家事と孫の世話を一手に担わなければならないので、そのことが、気がかりのようです。それ以外のことをお願いしたら「出来ない」といいますが、子供が小さいとき私はしてきたのです。当たり前のように。男と言うものは勝手なものですしかし、外面の良いおっさんは、私が入院している間に、ご近所では株があがること間違いなし
2007.03.24
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息子が帰っていった。その前に、おっさんと孫ちゃんと4人でランチをして、嫁の実家への土産を買った。そのとき、同じ店にキャンデーの袋があったので、孫助にと買って渡しておいたのです。予定の時間には関東についたらしく、電話があった。おかん?今着いたから。ちょっと間があってKじです。ばあば、おみやげありがとう!Kちゃん、げんき?げんきです。おみやげ、たべた?うん!おいしかった!よかった!Kちゃんまたばあばのとこきてね。うん!バイバイこれまでは、電話口に出ても、小さな声で恥ずかしそうに口ごもっていたのに3歳半になるとしっかりと話が出来るように成長していた。何故か嫁は電話に出ない。
2007.03.21
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約束の時間におっさんが迎えに来た。夕べは、ホールの控え室で舅の子ども4人と孫の私の息子で「通夜」をしたが、おっさんの兄弟にとっては甥になる息子がどうも酒の肴になったようで、朝方4時まで話が弾んでいたとか。前日仕事をしてからこちらに駆けつけた息子だったのに疲れているから、家で寝させようと思っていた私だった。 ごめんね!無理にでも連れ帰ればよかったね。さて、葬儀は予想通り涙一つ出なかった。冷たい嫁です。一通りの儀式が終わり、遅い昼食をかねた食事会。骨上げが済んで、散会となった。しかし、おっさん兄弟たちは、今後の相談があるので私は息子と帰ってきて、病院へ行く。息子が送ってくれた。*******************前回の貯血のときは、一人で原チャで行ったものだから病院のスタッフが驚き、採血後ゆっくり休んでから気をつけて帰ってねと言われた。今日も、同様原チャできた?いいえ、今日は、息子が帰ってきたので送ってもらいました。よかった!よかった!じゃあ、安心だわ。1時間くらいかかったが、待っていてくれる。ありがとう!夕方から、学生時代にアルバイトをしていた店に行くという。おっさんは遅いし、どうせ、夕飯は済ませてくるだろうから、孫ちゃんと私で残り物で済ませました。
2007.03.20
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最近のnohohonは自分の身体が思うに任せない状態の中で、悶々としているのに、周りばかりが騒々しい義母が逝って、2ヶ月もたたないうちに、昨日、早朝、義父も逝った。舅はこの間、広島の病院に1週間。義兄が連れ帰り、こちらの病院に入れたが、3週間ももたず、病院側と喧嘩をして、とりあえず、義兄の家へ退院をさせた。義兄の家に2週間かな?先週末、透析に病院へ行ったが、上手くいかず、その日は入院となり、昨日の朝、容態が急変し終末となった。*****************更に娘が、PTAの役員や自治会の役員を引き受けざるを得なくなり、本人は自分のできる範囲でやろうと思っていたのを、そんな、甘い態度ではいけないと罵倒され、凹んでいます。精神的病は春先に波が来る。そんなときに暴言、非某されたからたまりません。孫ちゃんまで、舅へのPSDが出てまたもや喘息になりました。*****************舅の通夜には、顔を出さないわけに行かず、(義兄が葬儀をだすためと私の住んでいる「シティーホール」で行うため)知らん顔は出来ません。おっさんは、今夜ホールで兄弟たちと「通夜」です。私は、甥の車で一人家に帰ってきました。明日は、葬儀開式前に、おっさんが迎えに来てくれます。葬儀が終われば私は2回目の「貯血」に行かなければならないし・・・舅が逝ったからといって、涙一つでない通夜でした。痛いのは足ばかり。明日の葬儀でも涙はでないでしょう!息子が、明日の葬儀のために今夜帰ってくれたのが私の何よりの励みです。明日の葬儀が済んだら、我が家に止まってから明後日までいてくれるらしい。久しぶりです。我が家に止まるのは。
2007.03.19
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医療費還付併給の手続きに税務署に行ったこの前にS会病院へ先週受けた大腸ファイバー検査の結果を聞きに行って、結果、大腸に異常はなかったが、排便があまりスムーズではないので、下剤を飲む結果となった。また薬の量が増えたのでした税務署ではインターネット申告を進められる。アドバイザーの指示に従って入力して、還付金は支払った医療費の1パーセントなんか少なすぎて気落ちがしてしまいましたこれら2つの仕事を終えて次は、市役所へ市役所では高額医療のため、障害者は「更生資金」により、本来なら3割負担が1割負担ですむというので申請はしたが。所帯主の所得に応じて審査がされ、許可が下りるという。何の手続きも「申請申請」で疲れてしまいそうこれで、私が入院するまでにしておかなくてはならないことの公的手続きは済んだのかな?あとは、家事の段取りをおっさんに伝授しなければ。仕事に行って買い物して夕飯準備やその他のもろもろの家事。孫ちゃんのおむかえもあるしね。私だって、仕事をしているときは、全部一人でやっていたのだから、おっさんにも出来るでしょう!私の病院での生活は何とかひとりでやっていかなければと思っています。
2007.03.14
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手術時に必要な輸血用血液を自己血で行うための貯血採血にいきました。病院と言うちょっとなんか違う雰囲気で神経がまいるのか、前回は激痛が発作の如く起き、失態したので、今日は前日に係り付け医に行き、「電気治療」をしておいた。その性かどうかわからないが、何とか激痛発作は起きなかった。はじめに、心電図をとり、心肺力測定、そしていよいよ「貯血」の為の採血。今日は400cc。牛乳瓶2本分。そんなに、血を抜いて大丈夫なの?不安だったが、担当Drが女医さんで、看護士さんたちも明るい方たちだったので、すごくリラックスして採血に対応できました。採血による「貧血」がおきやすいので入院までは少し「ごちそう」を食べてくださいね。ッていわれたけどね。採血した同じ量の生成水(?)を点滴されて終わり。鉄分の不足がおきやすいので、補充薬を飲むことになった。また、薬の量が増えたわ2回目の採血は、1週間後です。はて、さて、ご馳走がいただけるだろうか
2007.03.13
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1月半ばに「障害者手帳」を申請して、1週間ほど前に、手帳を受け取りに行った。病院から介護保険も使えるようになったから、と言う助言を頂いたので、市役所の窓口、「障害者支援課」の隣が「介護関係」の窓口だったので聞いてみた。一般的に介護が受けられるのは65歳以上からだが私は「特定疾患」として介護が受けられるらしい。しかし、役所は甘くない介護は退院してからで良いのではという。退院とは手術も済んで治ってくるわけだから、もし受けられるなら、今受けたいのです。ここまで来るのに役所は、介護保険の仕組みなどべらべらべらべら喋り捲った。で?介護保険を受けるにはどんな手続きをすればいいのですか?ここに書いてある通り、先ずは申請をしたいんです。あっ!そうだったんですか、ジャこちらの書類にしたがって、申請をしましょうか。私はこの時点で長い間いすに座っていたので右足股関節がジンジン痛み出していた。えっ!これからですか?もう足が痛くって耐えられないんですが・・・しゃあ!出直して来られますか?嗚呼!!とうとう切れて申請もしないで怒って帰ってきました。***************最近私はちょっとはなれたところへいくときは必ず杖を持っていく。大方の人がぎこちなく杖をついている姿を見ると、優しく接してくれたり、いろいろのことに配慮をしてくれる。本当に「人の親切」がうれしい。今日は来月の入院に備えて、延び放題の髪をカットに行った。毛染めは今まで家で自分がしていたが、なかなか、上手くいかないので、今日は美容院でして貰う。美容師さんたちの多くが気遣ってくれ、なるべく、移動距離の少ない、シャンプー台の席を用意してくれたり、脚をだるそうにすると「足台」をおいてくれたりした。感謝感謝です。 で、思うに「障害者」に一番冷たいところは「役所」だわ
2007.03.12
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先にも書いたが、今日の同窓会は、股関節の痛みで皆に気を使わせてはいけないと諦めた。そして、nohohon家では姑の49日法要の日だった。またしても、孫ちゃんを同行しなければならないので、私自身の出席をどうするか悩んだが、次男の妻として看病や通夜、葬儀にも出ていなかった。おまけに今日の法要は義父母が以前住んでいた、京都でするというから、我慢できない距離ではないので言ったのです。孫ちゃんも私も義父とは話すことも目をあわすこともしなかった。法要の前に段取りの悪い義妹のせいで、小さなトラブルがあったが何とかクリアし、無事終えることが出来ました。納骨も済ませました。これで姑も迷うことなく行くべきところへいけるでしょう。(合掌)口うるさく、気ままな義父は今、長男(おっさんの兄)宅で面倒を見てもらっています。お姉さんには頭が下がります。私なら、健康体であってもとても診られません。その、お姉さんにも大分ストレスがたまってきているようです。お姉さんのストレスを共用することにより、緩和させてあげたいと思います。49日の供養読経、納骨、食事会を終えて帰宅するまで5時間の緊張でその間の痛みはあまり感じなかったものの、自宅についたとたん、緊張が取れたのか、痛みが出だしました。しばらく足腰を伸ばしお炬燵に入って暖めましたが・・・今夜は寝むれるか心配です。同窓生たちは楽しんでいるかしら?
2007.03.11
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18日振りの更新です何かあったのでは?とご心配頂掲示板に書きこしてくださいましたトロちゃん。ありがとうございました。(__)m色々のことがあったけど、結果的に私の「意欲衰退」です。例の「股関節」が痛くって、痛みに神経が行くばかりで、何事にも集中できない「心の病」みたいになってましたの。そうこうしているうちに、3月もずいぶんすぎて昨日(7日)担当医から電話があって、4月の5日が空きました。手術しましょうか?当初は「4ヶ月待ち」って言われていたが、痛みに耐えられなくてなるべく早く手術をして欲しいとお願いしていたのです。手術日が決まって、吹っ切れた気分になり、ようやく今日更新しています。手術までに「貯血」を800ccするため、通院します。手術時におきる出血を自分の血で輸血するためです。なんだか怖い気もしますが、Drを信頼してお任せするしかないね入院は6週間位らしいので、5月の半ばくらいまでは、病院の中。でも、痛みがなくなるならいいの!後は天にまかせましょう!
2007.03.09
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