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医療生協仲間との忘年会メイン料理はメンバー数人で「おでん」を男性は飲み物を準備しての宴会です。nohohonは夕べ、我が家で食べる分と今日持っていく分で大きな鍋に2杯もおでんを作ったわけ。おでんを作ったのは4人。でも、一杯あまちゃいました。おでんのほかにもたくさんの料理があったから。nohohonはおでんは食べる気が起きなかった。だって、夕べも食べたんだし、翌日の昼、更に今夜も。多分しばらくはおでんを食べる気にはならないかも。一番おいしかったのは、山芋の入ったサラダかな。サトイモのコロッケも。滋賀の名物「フナ寿司」もありました。お酒はnohohonはを少し頂きましたが原チャだったので控えめです。勿論酔ってはいませんでしたが、用心して早めにに切り替えました。正午から始まった宴会。終わって帰宅したら5時半ごろ。まあ、よく食べてよくしゃべって・・・お腹も心も満タンに。仲間のお宅での宴会でした。皆さんよいお年が迎えられますように・・・
2008.12.29
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おっさんの弟は田舎で『鉄職人』として、頑張ってるという。先日お歳暮のお返しに一つの作品が贈られてきた。勿論花は我が家の庭に咲いていたものです。花器だけでは余りたいしたこと無いねって思っていたがおっさんが、一輪の花を刺したことにより、「う~ん!なるほどね」って感じ。いかがかしら?これに良く似た品ばかりだが『浜辺の職人工房』関心のある方は一度見てやってください。義弟は舅、姑の世話を一手に引き受けて頑張ってくれたので、この仕事が上手く行くことを願っているnohohonです。
2008.12.23
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2回目のママカフェの日だった。中心になっているメンバーがこんな可愛いミニツリーを準備していた。昼間は仕事をしているままたち。子どもを寝かしつけながら作ったという。子どももママも可愛いね。手作りクッキーまで。参加したママとお子は前回参加した2人と今日初参加の人。前回に私が話したことのフォローを。聞く人によっては、誤解を招きかねない話し方だったから。今日は新たに『離乳食』に付いて話をした。トイレトレーニングと『おねしょう』の対処の仕方。どのママも『子育て』に一生懸命さが伝わってくる。一生懸命だからこそ『悩み』や『迷い』昼間母子2人っきりの生活がママたちを追い込んでいることが強く感じられた日でした。迷わなくていいんだよ。悩まなくていいんだよ。この一言だ肩の荷が少しは軽くなってくれるようだ。帰りには、ママに笑顔が氾濫する『育児書』に振り回されることは無い。子どもにとって、ママが一番の『教育者』なんだから。
2008.12.19
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今日は老姉の誕生日。2日前になかまとやったけど、そのときとても喜んでいたのですが『誕生日当日』ではなかったので実感が無かったのか仲間からのささやかなプレゼントと一緒に私信メッセージを渡しておいたのにやっぱり、読んでなかった今日は何の予定も無く、午後に小さなケーキと小さなお花を持っていくとあらあら、誕生日覚えていてくれたのと喜んでくれました。戦前に生まれた姉は『誕生日なんて祝ってもらったこと無いから』って行ってました。ケーキを食べる前にいつもの姉なら自分から『コーヒー入れるわ』なんて言うのに最近では催促しないと入れてくれませんこれも年の性かしら?いつもの昔話を聞いて御節を頼むの忘れないでねと念を押して帰ってきました。
2008.12.16
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午前は比較的ゆっくりしていたが、お昼過ぎより大忙しだった。まずは、お昼過ぎより事務関係の処理。それを持って事務所へ。その足で会議に。会議が終わったら、孫ちゃんと歯医者に。孫ちゃんの治療は短時間で済んだが私が偉い時間がかかり、それから買い物に行って帰宅したらPM6時前だった。おっさん帰ってきて夕飯の用意ができてないと機嫌悪いし・・・焦っていたところ、おっさんはどうも残業らしい。やれやれ簡単な料理と言えばカレー。大急ぎ。その後nohohonはたいこに・・・孫ちゃん一人で置いていくのも気が引け20分ほど待つがおっさん帰らず。居るといるで鬱陶しいが肝心なときに居ないのは困るお風呂の湯張りをして時間になったら入りなさいよと言い残してたいこに行った。数時間のうちにいくつものスケジュール。本とは夜にもう一件会議があったがキャンセルしたわ。いくらなんでも同時に二つのことはできません。
2008.12.15
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12月になって早半月近くが過ぎ去っていきましたね。『師走』って『師』だけ走ればいいのに何故国民皆が走るの?nohohonは気持ちだけ走ってますその一つが『年賀状』はがきは早めに買っていたがなかなか手がつけられなくて一人でイライラ今日も午前中は用事が有って午後には姉のところへと思っていたが姉にも午後は別用があるというので時間が空きました。さあ!今日こそチャンスやっと、書き上げました。といっても、規制のソフトでいくつか画像を選んで印刷するだけだけど。手抜き後は、一人一人にあったコメントを書き入れるだけ。この段階で一息抜くからまた、なかなかですが今年は何とか年内に発送できるかな来年はnohohonの周り年ですさて何回目でしょう当たった方には何も出ませんが当ててみてください。
2008.12.13
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告別式に参列した。参列者の多くが青春時代を共に過した人たち。顔見知りも多かったが。その多くが今や高齢者になっていてnohohonなんかは若い方連絡をしてくれた先輩の姿もあり優しい声をかけてくださいます。最後のお別れに花束を棺に入れるとき故人の顔を見た。元気な頃の微笑が感じられ私の涙腺を緩めてします故人は昔は私と同じ市に居住していたから夜の会議が終わると必ず送ってくれた。ある雨の日、車に乗るのに彼は何故か合羽を着ていた。おかしいなあ?と思いつつ助手席に乗り込んだ。しばらく走ると私の足元に雨粒がな、なんやこりゃ車は相当古かったらしいそれでも、貧乏青年は動いてる間は大丈夫おおらかな人だった。このことが妙に鮮明に何度も何度も頭の中で回転していた。天国では新車に乗ってね。 合掌
2008.12.04
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若かりし頃一緒に活動した仲間が逝去されました。彼はまだ65歳早すぎます。私も、おっさんも独身時代からのお付き合い。今朝『なかま』の機関紙で訃報を知って驚いていると別のなかまが、TEL心優しい私にとっては『先輩』です。今は活動する地域が違っていても私やおっさんのこと忘れずにいてくれたことに感謝です。おっさんとの方が親交が深かったのでメールをしました。おっさん『機関紙』呼んでいなかったらしいので。おっさんもショックだったらしく通夜の時間に間に合うか心配しながらも夕飯は食べずに出かけました。私は、明日告別式に行こうと思っています。ちょっと、朝が早いので心配ですが、頑張っていきましょう。60代といえば『中年』なのでしょうか一人、家事をしながら彼のことを考えていると共に活動した『青春時代』が走馬灯のように思い出され涙がにじみます私も、来年には60代突入です。健康には気をつけて行かねば・・・
2008.12.03
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