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私は普段、スポーツ番組をじっくり観ることはほとんどない。大きな大会などもスポーツニュースで結果を確認する程度だ。野球はほんの少しだけ、観ることはある。野村監督がヤクルトの監督だった時代の、阪神VSヤクルト戦が好きだった。特別誰が好きということはなかったけど、野村監督と古田さんの関係がなんとなく好きだった。あの当時のヤクルトのチームの雰囲気が好きだった。野球のことは全くわからないので“なんとなく”いう感覚で見てしまう。だけど、好きだったわりにはあの頃のヤクルトの選手の名前はほとんど覚えていない。どちらかというと阪神の選手の名前がでてくる。湯舟、八木、あの頃の新庄、、、片岡はまだ最近の選手か、、矢野は現役、、赤星も?、、今岡、、、そういえば去年ディズニーシーで見かけた、、、、私の野球の知識はこんな程度である。そんな私も、今回のWBCは燃えた。姉が岩隈さん岩隈さんと連呼していたせいだろうか。姉は、オリンピックで岩隈さんが選ばれなかった時はブリブリ怒っていた。負けたのは岩隈さんを落としたからだとさえ言っていた。WBCが始まる前の報道でも、松阪、ダルビッシュだけが注目されていることにまたブリブリ怒っていた。そんな姉を見ていると、岩隈さんを見ずにはいられなかった。カッコイイ。爽やか。ソフト。また私の“なんとなく”の感覚でしか見れないが。初登板の時、確か実況で古田さんが『松阪ほどスピードはないが、岩隈の球は深い』というようなことを言われていた。“深い”の意味は私には全くわからないけど素人目で見ても岩隈選手の送球は安心して観ていられた。WBC優勝。今では姉は、内くんやら青ちゃんやらオガさんやら。岩隈さん以外の選手の名前が出てきている。技術面や精神力もさることことながら、チーム力も優勝の大きな要因だったことだと思う。日本野球バンザイ!!
2009.03.24
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昨日のブログ内で『再出発』と書きながら今から遊びに行くんだけどなぁ、と思った。いいの、いいの。感性を磨きに行くのよ、とちょっと自分に言いきかせて家を出発。待ちに待った舞台を観に行った。場所は梅田芸術劇場。座席は10列目のほぼ中央。前過ぎず、後ろ過ぎず。というか、大満足の席。演目は“グリーンフィンガーズ”イギリスの囚人たちが、更正プログラムのガーデニングを通して心を開いていく実話を元にしたストーリー。舞台を観るのは今回が初めて。きっかけは、嵐の相葉さんが主役を演じるから。でも、その相葉さん云々と言うよりも、舞台そのものが素晴らしかった。もちろん相葉さんは素敵だった。でもなんと言っても、平幹二郎さんの存在感は圧巻だった。そして、歩く姿、振る舞いだけでも笑ってしまったのはこの女優さん。出演されたどの俳優さんたちも皆本当に素晴らしかった。テレビや映画と違って、見る所は自分で決めれる。ずっと相葉さんを見ていても良かったのだろうけど、端の方で演じる脇役の方を見ていても楽しかった。そして音楽も素晴らしかった。多分、ほぼ生演奏だったと思う。セットの中央に大きな木があって、その木を囲むように演奏者が常に居るという演出だった。ボイスパーカッションと弦楽器が2人の合計3人。脇役の俳優さんが語りかけるようなブルーハープの演奏もあった。音楽を聴くだけでも十分価値のある舞台だったと思う。このような素晴らしい舞台を観に行くきっかけをつくってくれた嵐と職場のOさん、Hさんに感謝。帰りはまっすぐ家に帰ろうと思っていたけど、感動を抑えきれず実家に帰った。家族にドーナツを買って帰ったけど、食後に自分で3個も食べてしまった。感動は食欲も倍増させてしまうのか。それとも単に私が大食いなのか。感動が大きかった、ということにしよう。
2009.03.23
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報告が随分遅れましたが大学のレポートは3通とも無事クリアし、昨日、晴れて卒業式へ参加することができました。いたる所に在学生のこんな計らいが。単純に嬉しかった。よく見る桜とは違うと思うけど、春の門出を祝ってくれているかのように美しく咲いていた。式は2部形式で行われた。1部は卒業式。2部では、250番目の名誉学術称号となる創立者のデンマーク南大学の名誉博士号の授与式が執り行われた。世界の知性は創立者を見ている。感動だけではすまされない式だった。大袈裟かもしれないけれど私にとって大学は特別な場所であり、自分の使命を考えさせられる場所である。その大学を卒業できたことを誇りにし、これからの自分を再出発したい。
2009.03.22
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日曜日から一泊で岐阜~常滑に行って来た。岐阜へは一人でゆるゆると電車を乗り継いで。私の住む所からなら普通、名古屋まで特急に乗って行くのだろうけどそこはあえて普通電車で行った。(快速ですが)今、時間も心にもゆとりがあるので、そんなことをしてみたくなった。なぜゆとりがあるのかは、また後日書かせていただきます。岐阜での目的は、バーナーワークのとんぼ玉の展示会。20人の作家さんの作品を一堂に見ることができてとても勉強になったし、楽しかった。岐阜に今月中に行こうと思っていたところ、両親が常滑の叔父(母の弟)宅へ行くと言うのでそこへ便乗した。岐阜から名古屋を経由して常滑へ、両親と合流。常滑は焼き物が有名だそうで(私は全く知りませんでした)叔父の経営するお店は観光地の中にあった。観光地と言っても、どちらかというと地味でよほど好きな人でないと訪れないのではと思うくらいだ。“やきもの散歩道”左側に見えるのは土管で明治10年頃、右側のは焼酎瓶だそうで、昭和30年代に焼かれたものとか。 質素だけど風情のある道が続く。昨日は、叔父に知多半島をぐるりと一周案内してもらった。中部国際空港にも立ち寄った。 ANAのこんな色は初めて見た。 広告だらけの空港だと思った。実は嵐も好きだったりする。 思わず撮ってしまった。。。常滑は、20世紀少年の第3章で舞台となるらしくどんなふうに描かれるのか楽しみにしたい。・・・映画館に足を伸ばすことはないかもしれないけど。
2009.02.09
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年末年始の休み希望は1コと決められていたので私は遠慮しつつも大晦日と元旦の2日間を希望した。ところがところが、人数調整で結局4日まで休みが頂けて6日も休みが入っていた。東京から帰って来て、シャカリキにレポートを書いて無事に4日に書き上げることができた。この休みが無かったら、4日に仕上げることは無理だった。5日6日は家族で神戸~淡路方面へ行く予定をしていたのでそれまでに仕上げなければ、居残りするつもりだった。なので頑張れたかもしれないけど。今回の小旅行は、父がいたく楽しみにしており何を今さら、神戸方面の雑誌を2冊も買っていたり、それまで行ったことのある淡路島でのいろんな冊子を出してきたり子供のようにはしゃいでいた。今回は、そんな父にみんなで付き合うことにした。やはり一番楽しんでいたのは父だった。いろんな資料を集めていたわりにはシンプルな旅行だったけど“みんなで行った”という事自体が嬉しそうだった。そんなに嬉しいのなら、また計画しようと思う。せっかくの雑誌も、今度こそ有効に使わなくては。昨日、久しぶりに家に帰ると法学のレポートがもうかえっていた。法学の先生たちは採点が厳しく、再提出になる率が高い。(と聞いている)再提出になると、もちろんこの春の卒業はできない。一番評価の気になる科目だったけど、なんとお褒めの言葉が添えられていた。再提出にならなかっただけでも嬉しいのに。あと2通。ドキドキで待っている。
2009.01.25
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大変、大変遅ればせのご挨拶になりますが、、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。ブログはタイムリーな内容でないと意味がないと思うのですが、お正月にタイムスリップさせていただきます。まずは、カウントダウンライブ。やっぱり武道館には日の丸がありました。肝心のフミヤさんは、この日の丸よりも遠くつまようじよりも小さくしか見えませんでしたが、楽しかったです。それにしても、東京に居る間はポカポカ陽気で厚着をしていた私はコートを持ち歩く破目になりました。行きの新幹線では、富士山をきれいに見ることができました。宿泊ホテルは、一応銀座に位置するのですが中央通りから随分はずれた場所だったので食べるお店がほとんど閉まっていました。そんな時期では当たり前、、でしょうか。変なお店に入るくらいならと、ホテルの前にあったコンビにで済ませてしまいました。ところがところが、ここのお惣菜はとても美味しかったです。“ナチュラル ローソン”明らかに女性向きのコンビにでちょっとした雑貨も置いてあったりと、とても楽しめました。早く関西にも出店してもらいたいです。
2009.01.23
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いざ武道館へ!カウントダウン楽しんできます!今年もありがとうございました。来年も皆さんにとって、良い年でありますように。では行ってきます!
2008.12.31
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便利な時代になったとつくづく思う。卒業に向けて頑張っていたあの頃は、参考文献を探すことが一番の苦労だった。ひたすら、大学の図書館や地元の図書館で本を借りたり書店で購入することもあった。だけど今は、インターネットで簡単に検索できる。もちろん、丸写しなんてナンセンスなことはしない。参考資料として記載もしなければいけない。おかげで、法学なんて未知の世界も思った以上にすんなり入ることができている。と同時に、あの頃の苦労が懐かしく思う。こんなに楽していいのかなぁと、一抹の寂しさなんかも感じたりして。・・・なんて、悠長なことを言っている場合ではない。今日の休みも、これから出かけなければいけない。明日から怒涛の4日勤。その間、まだ忘年会なんてのもある。カウントダウンライブで武道館にも行く。年明けはまた仕事。提出期限もカウントダウン体制だ。よく学び、よく遊び、よく働く年越しにしたい。
2008.12.26
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お久しぶりでございます。この言葉も今まで何度使ったことか。ありのままの自分でいたいと思うと、頑張れない自分でいる時はココに入るのもなかなか勇気が必要だったりします。そんなに構えなくてもいいのになぁと思ったりもしますが。迷宮入りからようやく出口が見えてきた私は今、大学卒業に向けてひたすらレポートに向かっています。隠れ大学生というわけではありませんが、通信教育の在学があまりにも長く恥ずかしくてほとんど人には話していません。というか、話すきっかけもなかったかもしれません。あと一歩というところで何年経過してきたことか。今回卒業を決意したのは、単に来年の学費は払えない、と思ったから。レポート3通。これだけ。あとこれだけなのに・・・〔課題〕 法学:類推解釈について、具体例を交えて説明してください 経済学:一国の経済活動の規模を表す代表的な経済指標をとりあげ、 その内容について説明しなさい 保育内容総論:幼児期に培う「生きる力」について、発達の特質をふまえて論述せよまだ保育内容総論しか手をつけてないのに、下書きを終えたところで行き詰ってしまった。納得がいかない・・・過去の私は、とりあえずレポートに字を埋めてしまえ的な散々なレポートを提出してきた。でももうそんなことはしたくない。というか、できない。再提出になると卒業はできない。でも時間がない。年明けには全て提出を終えなければいけない。だったらもっと早くからしておけばいいものを。いつもこんなだ。お気づきかと思いますが、法学、経済学は一般教養科目で大学1、2回生の履修科目でございます・・・はい。
2008.12.24
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親の友人から、頂き物のおすそ分けで松茸を頂いた。なんでも、松茸山を所有している人がいるらしい。いくつ頂いたか聞かなかったけど、こんな立派な松茸を食べるのは私は初めてかもしれない。母があまり好きでないという理由で、我が家では滅多にすき焼きを食べることはないけど昨日は松坂牛に松茸にと、日頃食べ慣れない物を食べた。さんざん食べてまだこんなに残っている。明日は松茸ご飯の予定。だけど、私は網焼きでお醤油をつけて食べたいみたい・・・
2008.10.02
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私の通うとんぼ玉教室の生徒作品展が、今日から15日まで開催される。 私の作品たち初参加の昨年は、会場に並べるのが嫌なくらいお粗末で数合わせの出品だったけど、今回は“玉”自体が作れるようになったので『成長したわ』と自画自賛しながら並べた。まだまだ初心者には違いないのだけど。法事のため、高知のおばさんが今滞在中で、両親とおばさんが作品展に行ってくれた。おばさんが、自分のと父母それぞれに買ってくれていた。身内買いだ。ありがたい。けど、ちょっと複雑な気分。私としては、見に行ってくれるだけで十分だったのにな。
2008.10.01
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毎日毎日、仕事を辞めたいと思う。安易に転職するものではないと思い知らされたのに仕事を変えたいと思ってしまう。全く違う仕事に。そんなことを考えているから心がゆるんでしまう人に会うと、つい愚痴や弱音を吐いてしまう。先週の土曜日、外来のIさんから着信が続けさまに3件入っていた。外出していて気づかず、帰宅して連絡をした。何やら電話の向こうのIさんの声が高揚している。外来が落ち着いていたので、ランチをボス先生と済ませたところだという。そこに私も誘ってくださっていた。ありがたい。弱気になっている私をIさんたちも気にかけてくださっていた。今日、食堂でボス先生を久しぶりに見かけたので土曜日のお詫びというかお礼というか挨拶をさせてもらった。ほとんどF先生としか話さなかったけどあの空間は、ちょっと大袈裟だけど懐かしかった。病棟に移動してから、あらためて外科の先生方に感謝している。今とはまた違う感覚で、毎日辞めたいと思っていた一年目、その歯止めとなったのはKA先生のおかげだった。もうダメ、と究極に思った3回のうち、2回はKA先生に励まされた。先生はそんなつもりで話してくださっていたとは思えないけどいつもタイムリーに突っ込んだ話を先生からしてくださった。見透かされているようだった。M先生には、疾病や手術のことも沢山教えていただいた。それだけでなく、私が入院中、陰の主治医のようにお世話になった。本当の主治医には相談できないことを、メールで随分助けていただいた。メールが嫌いだった私だけど、この時ほどメールがありがたいと思ったことはなかった。感謝の思いで何度も泣けた。『一年目に携わってくれた先生のことは忘れられない存在になるよ』今の師長が当時私に言ってくださった言葉だけど本当にその通りになっている。KA先生、M先生は、私にとっては別格の存在となっている。手術の手技も今だに忘れられない。U先生は私と生年月日が全く同じとあって、親近感があった。その人格は、人として、医師として、尊敬できる先生の一人でもある。O先生は、その当時、外来が空いてたこともあっていつも水曜日の午前中はマッタリとしていた。マッタリとできる先生だった。愚痴のこぼし合いタイムであり、ちょっとした心のオアシスでもあった。お別れする先生に、『卒業アルバム』をお渡しするのが通例となったのもO先生からが始まりだった。一番手の込んだ作品(?)となった。KU先生とは一番短い期間だったけどその人生観は一番触発されたように思う。会いたい時にはすぐに会える環境にあるので、ある意味、今の私には一番近い先生かもしれない。しばらくお会いしていないけど・・・近い先生といえば、ココの存在を教えてくださった先生。こんなことを書いていること自体が少々恥ずかしいけどココで一言で済ますのは難しいくらい色んな意味で本当に感謝しています。Y先生。打ち解けるまで時間がかかった先生だけど、自分がお腹の手術を受けるとすれば迷わず先生の病院へ行こうと思える先生。ぶっきらぼうだけど、人間味あふれていて大好きな先生。一度は釣りへ連れて行ってもらいたかった。『常勤の外科の先生』最長記録更新中のF先生。誰にでも、気さくで飾らず威張らずな先生。先生がたまに詰所に来られるとなんだか嬉しい。えらいもので、視界に入ってなくても先生が入って来られると足音でわかるというか、空気でわかるというか。最後にボス先生。なんだかんだ言っても、言いたいことを一番言えた先生かもしれない。良くも悪くもであるが。一番長くお世話になった先生なので私の良い時も悪い時も知ってくださっているし、私の長所も短所もお見通しな感じがする。ちっっ、と思ったことは数知れずだけど今は会うと笑ってしまう。人口密度の濃い詰所に居て、まだまだアウェイ感が否めない私は、ふとそんな先生方の存在がいかに大きかったと感じる時がある。外来で頑張ってこれたのは、もちろん先輩や同僚の方達に守られてたことは大きいが同じくらいに先生方の存在も大きかったと今さらながら感じている。今日、食堂で3人の先生方の空間へ少しだけ立ち入らせてもらい、午後からほふく前進する思いで仕事していると頑張ろうという思いが1ミリだけ湧いてきた。これといったきっかけではなかったようにも思うが先生方に対する感謝の気持ちがふつふつと湧いてきた。と同時に、今居る場所で頑張らなければとも。
2008.09.03
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今日は朝から何回洗濯をまわしただろか。だから夏は大好き。朝した分は朝に乾く。通常の洗濯から始まって、カーテン類、マット類、スリッパなど。フィニッシュに、マニュアル通りに槽洗浄をしたはずが・・・こんなことになってしまった。今まではすぐに蓋をしていたので分からなかったけどこんなアワアワになっていたとは。マニュアルに書かれてある漂白剤の量が多いのだと思う。300cc はいくらなんでもと思い、120cc にしたらこのありさま。アニメに出てきそうな状況になってしまった。見つけた時は、阻止しようとあれこれ試みたけどこの泡たちはいっこうに消えて無くならず触れば触るほど周りに付いてしまうので諦めてしまった。一体どこまで成長するのだろうとしばらく放っておいたらモコモコに。今度から、漂白剤は絶対に30cc にしよう・・・
2008.07.26
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邦画の興行成績がここ数年伸びていると、以前ニュースで見たことがある。実際私がこの数年観た映画も、ほとんどが邦画だ。今年に入ってから観たもので覚えているのは『マリと子犬の物語』『相棒』『花より男子ファイナル』『クライマーズ・ハイ』などなど。家の近くに映画館が入っているショッピングモールができてから家族の誰かとふらり、レイトショーで観ることが多い。昨日は父抜きの家族で『崖の上のポニョ』を観て来た。告知からもわかるように、とにかくカワイイ。最高にカワイイ。心がホコホコする。終始笑顔で観ていた気がする。グッズがコレまたカワイイ。19日に『クライマーズ・ハイ』で来た時に一目惚れして買った“さし”は、昨日早速仕事で使った。詰所内 ♪ポーニョ ポニョ ポニョ♪ の繰り返しだった。きっともう一度観に行くに違いない、と思う。
2008.07.22
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昨日、夜勤入りで出勤すると、詰所のエアコンが故障していることを知らされた。暑さはあまり苦にならない方なので、気にはならなかった。今日の9時から工事が始まるとのことで、申し送りが済むと工事の準備が始まった。詰所の作業台である円形テーブルは隅に寄せられ、内服薬の棚も移動され天井からはナイロンがカーテンのように通路を確保されながら下ろされていく。動く度、至る所シャカシャカ音が鳴る。「なんか文化祭みたいだね~」一緒に外来に居た頃から慕っている先輩が言った。「ホントですね~、お化け屋敷とかしましたね~」と私。「ただでさえ狭いのに、場所あらへん」ぼやきながらカルテをドサッと広げる内科の先生。加えて看護学生さんたちも居場所に困ってる。リーダーさんはすべきことを着々としている。私も残っているカルテの記録を済まして早くこの場から退散しなくては。なんとなくみんなが自分の作業スペースを確保しながら、必要最小限度の動きになってる。それでも動く度「あ、すみません」「ちょっとごめん」「それ取って」などなど明けで疲れた私にはだんだん可笑しくてたまらなくなってきた。そして、特浴の格好をして、奥の方からシャカシャカ現れたNさんとぶつかりそうになり可笑しさの極限にきた私はとうとう笑ってしまった。Nさんはなぜ私が笑っているかはわからない。「何々?この格好可笑しい?」いや、この状況が可笑しい。疲れもピークを越してくると、ちょっとしたことで笑えてしまう。辞めたい感MAXはまだ持続中。。。
2008.06.27
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昨日、難波に行った。父の日を祝って家族で計画していた事である。お目当ては、姉のお気に入りの居酒屋さんの北海フェア。なんだかんだと理由をつけて、父と姉は外食をするのが好きである。食にあまり興味が無い私なので、夜勤明けで案の定ヘロヘロになってしまうと外に出るのは非常に億劫になってしまった。しかも電車で難波へ・・・面倒くさい・・・だけど約束である。頑張って起きた。しかし寝坊した。1時間の遅刻である。父も母も姉もそんなことは承知していた。早かったと姉は言った。さすが家族である。電車とあって、しかも家族と一緒なので私は珍しくビールを飲んだ。生の中と小一杯ずつ。モルツのプレミアムは美味しい。そういえば冷蔵庫にプレミアムが一個眠っている。家から持って帰ってずいぶん経っている。きっとお歳暮だったに違いない・・・なんてことを思いながら、食は進んだ。昨日一番の目玉のウニ。私の到着を待って注文してくれたのでみんなそろそろお腹一杯になっており、きっと私が半分は食べた気がする。父と母食後のコーヒーのはずが、誰もコーヒーは頼んでいない。父は可愛くココアである。ここのお店は中学生だか高校生の頃、母と一緒に来たことがあった。なぜ母と難波へ来たか忘れてしまったけど高級イメージが強くて、もう2度と来ないだろうと笑いながら話をしたことを覚えている。姉が、ホテルみたいな喫茶店に行こうと言った時ここに違いないと母も言った。やっぱりそうだった。懐かしい話が続いた。あの時は向こうの方に座った。チンチラカーテンがいっぱい父と母は高島屋で買った夏用冬用のそれぞれのビールグラスを見せた。手前中央がそれである。こんなふうに衝動買いして眠っているグラスは沢山あるのに・・・・・とは言わなかったけど。昨日は妹が仕事で来れなかったので火曜日に妹のリクエストでスペイン村へ行くらしい。私も偶然休みだけど、ガラス教室があるので行かない。昨日でお腹も心も家族サービスも、きっと満たされているはずなので。
2008.06.22
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病棟へ移動になって、10日で2ヶ月になる。「慣れた?」と他の病棟の方まで声をかけてくださる。「空気には慣れました」とは、私の決まり文句になってしまった。移動当初の好スタートは、今ではこっぱ微塵になってしまっている。それなりに気分転換もしているが、思考がネガティブになりがちかも。昨日、シャンプーとボディソープと間違えて髪を洗ってしまった。先月は、夢か幻覚か定かでないものを見てしまった。さすがに疲れを実感してしまった。介護の仕事をしている時は、自分に向いているかいないかなんて考えたことがなかった。多かれ少なかれ不満に思うことはあっても、仕事を辞めたいとは思わなかった。今の仕事に就いてから、自分には不向きだという思いが常によぎっている。この1,2年は、惰性からかその思いも薄らいではいたが移動してからは、不向きということを通り越して嫌いなのではないかと思うようになってしまった。働けるだけでも幸せなはずなのに。
2008.06.06
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また随分ご無沙汰してしまいました。仕事の方は、毎日冷たい汗をかきながら頑張っています。夜勤デビューは6月のはずが早まり、昨日明けでした。落ち着いた夜だったので良かったです。仕事から帰って、余力がある時の今の私の楽しみは、好きな音楽を聴きながらガラスに向かうことです。以前にも少し紹介させてもらったと思いますが月2回ガラス教室に通っています。私が習っているのはとんぼ玉というものです。今までひたすら玉を巻いていました。私にとって『プラトー』な作業でした。(次元が違いすぎますが・・・)鉄の棒に千歳飴のようなガラスを巻いていきます鉄の棒に巻いていくのでガラス玉には穴が空いています。このようなガラス玉のことを『蜻蛉玉』といいます。これは私が今まで作った中で一番マシな玉です。ガラスを巻く工程の次に、点打ちという作業まで終わったのもです。点打ちは8個くらい重なっています。そして今している工程ですが、ようやくムリーニと呼ばれるパーツ作りにはいりました。 まずポンテという土台を作りまして 中心となるガラスをおいていきます 細く伸ばした違う色のガラスおいて両方からニョロ~と伸ばすとこんなふうになります上 下自分のしたい細さに均等に伸ばせたら成功なのですが今はまだできません。だけどこの作業が、毎度毎度楽しくて仕方ありません。炎をあてる感覚が少しずつわかってくるからです。と言ってもまだ少ししかしてないのですが。ムリーニはいわゆる金太郎飴状態になります。切っても切っても同じ模様がでてきます。その切った金太郎を、巻いたガラスに埋め込んでいくととんぼ玉が出来上がります。去年まで一緒にバーナーを囲んでいた私の好きな作家さんの作品です。作業スペースこのスペースが欲しくて引越しをしたのが半分の理由かもしれない。
2008.05.19
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前回のブログに疲れきることはない、なんて書いてしまったけど次の日は恐ろしく疲れはて、その次の日も次の日も疲れが抜けないままの勤務となり、泣きそうになった。さすがに新人の頃のような、何もかも分からない状態ではないのでしんどくても「あの頃よりはマシ」と思うようにしている。6月から当直が入るので、それまでには“モノ”にならなくてはいけない。大丈夫だろうか・・・しかも5月は連休消化でめっきり人がいない。日に日にしんどくなってる気がする。うりゃぁ~がんばるぞぉ~!
2008.04.27
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病棟に移り、部屋持ちの業務に就いて3日が過ぎた。慣れない仕事には疲れるけど、疲れ切ることはない。嫌な疲れは今のところ無い。帰宅して、何もしたくない、と思うことは無い。むしろ、予習復習が楽しいと思える。睡眠時間も短いけど、出勤時間は少しずつ早くなっている。明日はもっと早くタイムカードを押したい。昨日、ケアについて先輩2人が意見を交わしていた。交わす・・・と言うより、だんだんヒートアップして何かの討論番組のような状態になってしまった。私が間近でこのような状況を見たのはもしかして初めてだったかもしれない。お互いが一歩も引かず、自分が正しいと思うことを主張する。収拾がつかず、師長が間に入ってようやく収まった。看護に対しての、真剣なバトルだった。休憩をはさむと何事もなかったように話されている。怖かったけど、あとくされがない。多分。ここでは、陰口は少ないかもしれない。言いたいことはあるけれど胸にしまっておく、なんてことも。何でもかんでも言えば良いとは思わないけど、いつまでもくすぶって根に持つより断然良い。これから色々見えてくるかもしれないけど、以前とはまた違った心地よさを感じている。
2008.04.15
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私の血液型は、小さい頃からA型だと親に言われ続けてきた。採血で調べもせずに何の根拠もなく、ただ私の行動や性格を見て親はそう思い込んできたのだろう。そして事あるごとに、何かをする度に「あんたはA型やからなぁ」と言われてきた。一般的にいわれているA型の性格に私の性格が近かったのだろうか。だから自分でも、私の血液型はA型だと信じてきた。ところが中学2年の時、初めて入院した際の術前検査でO型だったことが退院後の通院中で知った。たしかこの時、一人で診察に行ったので何気なく夕食後に両親にO型だったことを言ったような気がする。そして一瞬両親が凍りついたことをはっきり覚えている。母が食器を洗っている間に、父と私がこっそりと『家庭の医学』らしき本で血液型について調べた。無知な両親は、A型とB型の間にO型の子供はできないと思っていた。私は父の子ではないかもしれないという疑惑がほんの数十分もちあがった。当たり前だけど、その疑惑はすぐに晴れた。ちょっとした笑い話となった。それからというもの、私のO型人生が始まった。何かにつけ「O型やなぁ」と親にも親戚にも言われてきた。A型だった私はどこへ行ってしまったのだろうか。ところがところが20代前半で、膝の手術をした時の術前検査でO型ではない血液型を知らされた。この時も退院後で、外来診察中にチラッと見えたカルテにはアルファベットの『B』があった。私「それは血液型ですか?」医師「そうや」私「O型のはずなんですが・・・」医師「それは親に言われた?」私「いえ、○○医大で言われました」医師「あーそう、また調べんなあかんな」だけどそれっきり調べることはなかった。私もそのままにしてしまった。この頃になるとさすがに親はもうどうでもいいと思ったのか血液型の性格についてまったく言わなくなった。かわりに友人たちが「絶対Bやで」など好き勝手に言う。O型かB型かどちらかはっきりしない人生が始まった。実はこの膝の手術は、私がまだ介護の仕事に就いてる時で職場には併設されている病院があるけどもしも入院することになったら嫌だと思い、あえて通い慣れていた○○医大に行った。だけど、この時の外来担当の先生は「大学(病院)で入院待ってたらいつになるかわからへん」と関節鏡一式の器械を持参して、職場の病院で手術をしてくださった。この時、まさか自分が看護師になるとは思っておらずましてその病院で働くことになるとも思っていなかった。外来勤務するようになって自分のカルテを見ると、あの時チラッと見えた『B』は実は『AB』だったことがわかった。またしてもB型性格に言われた自分は何だったのかと思う。そして同僚の人からは「AB型の性格よ」とも言われた。そしてこの一連の流れを同期の臨床検査技師さんに話したところ、「えらいこっちゃ!」と過去の事例としてリスクの会議にかけられてしまった。調べなおすとやっぱりO型だった。あってはならないミスだ。輸血に至らない、しかも私が患者で良かったと思う。このように、私は短期も含めて全血液型の性格にあてはまってしまった。昨日書いた講演の中では「つくられた性格に当てはめて、自分も他人もマインドコントロールされている人がいかに多いことか」とも言われていた。マインドコントロールされてしまっていたのだろうか・・・念のため、3ヶ所目の入院先の病院で、手首に巻かれたネームバンドと点滴横にぶら下げられた『O(+)』の表示は確認しておいた。
2008.04.12
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新しい環境に身を置いた時、最初に聞かれるのはまず年齢。次に聞かれることは、職場以外では職業。少し間をおいてから、必ずと言っていいほど聞かれるのは血液型ではないだろうか。新しい人がその輪に加わろうとする時、どういう人なのか判断基準になりうるのが血液型による性格といっていいかもしれない。何かの講演で、日本人の血液型による性格の根源となった話を聴いたことがある。うろ覚えなので詳しくは書けないけど、『戦時中、日本人を優位にさせるために、日本人に多いA型を几帳面な性格。中国人に多いB型かAB型(忘れました)を今言われているような性格に、欧米人(これも曖昧です)に多いO型を大雑把な性格。など、当時の軍事政権の偉い人が日本人と諸外国の人を差別するために勝手に決めた。その資料は今も(私が聴いた当時なので10年以上前)残っている。そもそも地球上の人間を4種類の性格に分かれるはずがない』というような内容だった。少々極端な話のように思えたが、あり得る話だとも思った。私の血液型遍歴を書こうと思っていたけど、本題に入る前に寝ないといけない時間になってしまったので今日はここまでにします。もったいぶるような大そうな話ではないのですが・・・明日のために寝るとします。すみません・・・
2008.04.11
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今日が終わろうとしている。移動先の病棟では、ひたすら説明の嵐だった。ありがたいと思う。でも15時くらいに頭がパンクしそうで、思考が鈍くなってきた。無地のメモ帳をほぼ一冊使いきってしまった。ほとんどなぐり書きだけど。帰り際に、今日教えていただいた先輩に正直に言った。「すみません。今日の内容の半分も理解できてないと思います」先輩は笑って「当然、当然」と言ってくださった。それを聞いていた、私が怖いと感じていた人も「うん、うん」とうなずいてくださった。温かい。さあ、明日も頑張ろう!
2008.04.10
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介護福祉の仕事から転職して7年が経った。新卒で入職して以来、外来勤務が続いたがとうとう病棟移動が決まった。明日から。移動の話は先週のこと。内科診察に就いていて、まだ2人か3人診察が終わったくらいに主任に呼ばれた。主任のその口調から、移動だとすぐにわかった。以前のブログでも書いたように病院の諸事情で私の当直が復活していた。諸事情はそんなことでは改善されなかったようだ。移動の時期からちょっと外れた、遅ればせの人事発表だ。とは言うものの、以前から移動は言われ続けていた。以前からというよりも、入職後から言われ続けてきた。1年経ったら病棟へ、2年経ったら病棟へ、いつかは病棟へ・・・7年越しとなってしまった。なので移動の噂が出る度にいよいよか?いよいよか?とドキドキしてきた。今さら新しいこと覚えるの無理やわ、と思ってみたり早く移動してしまいたいと思ってみたり。そして、明日から移動が現実となった今の心境はと言うとあまり実感が湧かない。これを書いていると気持ちの整理がつくかと思ったけどあるのは不安と少しの寂しさだけ。辞めるのと違い、挨拶をするのもちょっと微妙だったりした。今日の手術は肝臓の部分切除で久しぶりに直接介助をしたけど、これで最後なんだという感慨深さはなかった。それよりも、移動までに1週間猶予をいただいたのにやり残した仕事があるので、そっちが気になってしまった。まったく、要領が悪いのは何年たっても成長しない。はぁ・・・明日の今頃は何を思っているやら。とりあえず、パソコンだけは開こうと思っている。
2008.04.09
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22時、実家から帰ってきた。帰りに信じられない光景を見た。実家の駐車場は、家から少し離れた所に月極で借りている。駐車場の横には、昔から汚れている川が流れている。車に乗ろうと駐車場の前あたりに来たところでバサッともバーンともいえない音がした。音のほうに視線を向けると、傘をさした女性らしき人が向こうに歩いて行く。(まさか・・)川に走って近づくと、案の定、ゴミ袋が流れていく。(信じられへん・・今捨てんでも、明日ゴミの日やんか!)歩いて来たのだからこの辺りの人だろうとどの家に入るか見ていた。見えなくなったところで、車で追いかけた。姿は無かった。大体の察しはついた。だけど、どこの誰かを知ったところで何をするというのでもないのだけど。私は他人に注意することはあまりできないほうだ。だけど、ゴミのポイ捨てだけに関しては注意してきた。親戚の叔父さんの空き缶のポイ捨てや友達のタバコのポイ捨てなど、注意するにはやっぱり勇気が必要なので覚えている。しかも、注意しても、捨てた本人が拾ったためしがない。妹には強制的に拾わせたが。だから私が拾って捨てる。嫌味たらしく。だけどさっきの人の行為はポイ捨てどころではない。偉そうなことを私は言ってるけど捨てられている大きなゴミを見ても拾うことはしない。あーあ、と思うだけである。だけど、実際にゴミを捨てる場面を見てしまうと(実際には見ていないけど)ちょっとショックだった。本当に捨ててしまう人がいるんだと。ポイ捨てしたゴミの行方を思ったことはないのだろうか。環境のことを思うことはないのだろうか。環境のことをいうと、父に言わせれば半端ではない。例えば、洗剤の使用や冷暖房の温度、トイレットペーパーの使い方にいたるまで。父が私のしていることを見ると、矛盾だらけかもしれない。だから偉そうなことは言えない。だけど、だけど、ゴミのポイ捨てだけは許せない
2008.03.30
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今日は当直明け。以前も月2回くらいの割合で外来当直をしていた。それは一時的な措置だったので退職者があり、外来がまわっていかないこともあって約半年間しただけだった。私の当直が復活した理由は、病院の諸事情から。以前もそうだったのだけど今回は看護体制云々、シビアな問題が山積している。私が当直することによってそれらがどの程度改善されるかよくわかっていないけど少しでも役に立てるのであれば嬉しい。今回の当直を始めて今日でまだ2回だけど・・・よく眠ってしまった。前回は寝る時間はあったけど緊張していたのか、一睡もできなかった。おかげで普段したいと思っていた仕事がはかどった。一人の手術室は怖いけど、色んな音にビクビクしながら、器械の整理ができた。昨日の夜も、しようと思っていた仕事の半分くらい済ませたところで睡魔に襲われ、(うーん、丑三つ時になってしまったし、あそこの部屋は怖いし、明るくなってからしよ)と、2時半に寝てしまった。朝まで電話が鳴ることもなく、目覚ましが鳴るまでグッスリ寝た。グッスリも度が過ぎて、3度寝してしまい守衛のおじさんからの電話が鳴るまで寝てしまった。のんき過ぎる、と自分でも思う。前回の緊張はなんだったのかと思うくらい。以前の半年間でもこんな事は無かった。や、以前は寝る時間がなかった。長くて2時間、足を伸ばせる程度だった。こんな当直なら、ちょっと嬉しい。かなり嬉しい。なので、当直明けでも今日はとても元気。さあ、何からしようかなぁ。 (意味無く載せてみた写真です。今なら桜が綺麗なのに・・・)
2008.03.29
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去年の2月、母の誕生祝に母、姉、妹と青山のホテルに行った。目的はランチと温泉。ランチはバイキングで、チョコ好きな私の最大のお目当ては このチョコホォンデュ。今年も母の誕生祝に、同じホテルに行った。もちろんチョコホォンデュは外せない。だけど、今年の温泉は意外な物が浮いていた。妹のお色気ショット 浮いていたのはリンゴ。香りはそれほどしなかったけどプカプカ浮いてるリンゴを見てるだけで癒された。そしておととい、私の誕生日を祝ってもらってまた同じホテルへ行った。今月のチョコホォンデュはホワイトチョコだった。これが最高に美味しかった。日帰りだけど、前回から部屋も取った。ランチで満腹になって、一眠り。 川の字・・・同じ格好で笑った。そして温泉。今回もお天気が良くて気持ち良かった。take toka さんの真似をして夕日を撮った。 やっぱりいまいちだなぁ。
2008.03.27
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なんだか下書きばかり増えてしまう今日この頃。そしてどんどん旬が過ぎていく。・・いけない。今日、誕生日を迎えた。妹からのプレゼント。このコたちもかわいいけどこうして毎年プレゼントを用意してくれる妹はもっとかわいい。
2008.03.16
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過去2回、休みの日に出勤してしまったことがある。その2回目は、先月の16日だった。私の部署では勤務表はコピーはしていけないことになっている。休み希望をしている日は忘れることはないけど希望していない日の休みは、私は忘れがちだったりする。あの日もフツーに出勤した。そしてみんなに温かく笑われた。ちょうど人手が足りない日だったので、そのまま勤務した。私は日々、大なり小なりのマジボケをしてしまう。そして、周りの人はちゃんとソレを突っ込んでくれる。中には呆れてる人もいるかもしれないけど幸か不幸か、私はそれを感じていない。だけど業務の上でボケてはいられない。私のような人間は医療の現場では危険人物だと思う。それで何度も仕事を辞めようと思った。だけど辞めずに現在に至ってしまっている。今でも私は危険だ、と自分でも思う。自覚している間はまだ改善の余地はあるかもしれないけどなかなか改善できないのが現実だったりする。
2008.03.07
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報告というほど大げさな事があったわけではないです。またさぼってしまった言い訳をしようというだけであります。2月に入ってから、頭痛が続いた。パソコンを開ける気になれずその頭痛もおさまった中旬以降、四六時中眠気に襲われた。仕事中も、動いていないと目が閉じてしまう。動いていない時・・・大事な仕事中にさえも倒れるかと思うくらいの眠気に襲われた。シビアな時でさえ・・・気持ちがたるんでいたのだろうか。なるべく早く寝るようにはしていたのだけど。ようやくその眠気からも開放されてきた。そして今日、明日は休みだからか非常に元気。だけど、あの眠気が続いていた休日前夜、明日は昼まで寝てやる!と思っていても平日よりも早く目が覚めてしまい、もったいないと思いながら寝ようとするけど眠れず結局いつも通り起きてしまう。引越しして、お気楽な一人暮らしをしているのにまだ一度も休みの日にウダウダ寝ていない。休みが嬉しい小学生みたいだ。
2008.03.07
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やっと冷蔵庫と洗濯機を買った。日曜日に届く。嬉しい・・・はずが、ちょっと微妙。あんなに色々考えて、何度も電気屋さんや頑張ってLoftにまで行って最終的に職場近くの電気屋さんのNationalのものに決めた。はずが、お風呂ポンプが標準搭載されている洗濯機を店員さんに勧められて「じゃあ、これにします」とよく考えずに決めてしまった。あほやぁあかんたれやぁ明日また、自分を納得させるために電気屋さんに寄ろう。
2008.02.14
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今年の目標の一つに掲げた『月3冊の読書』2月の初めにかかってしまったけど、一応3冊読了した。一月の読書*陰日向に咲く劇団ひとり)*ダイニング・アイ(東野圭吾)*ニングル(倉本聡)『ダイニング・アイ』はまた秘書さんからお借りしたもの。ちょうど『陰日向に咲く』を読み終える頃だったので嬉しかった。Dying eye のタイトル通り、ホラー物と言って良いのか何も考えずに単純に読書を楽しめる内容だった。『ニングル』を読むのは今回で4回か5回目くらいになる。私の一番好きな本。今までに贈本したり、貸したまま返ってこなかったりと好きな本だけに人に勧めることが多かった。これまで3人の方に勧めたけど、反応は全く無い。ちょっと悲しい。そんなことをして、手元にあるのを人に渡すものだから購入も今回で4回目になる。本屋さんで探すのは大変だったこともあって今回はアマゾンで買った。やっぱり便利である。何度読み返しても『ニングル』は素晴らしい本だと思う。笑われるかもしれないけど、実話だと信じている。『ニングル』を読んで自然に対する見方が変わった。だからといって、日々の生活に反映できているかというとそうではないんだけど。もたもたしていると、今月ももう半分が過ぎようとしている。いけない。実家には本が売るほどある。ほとんどが父の物だけど。姉は今、父から借りて『九十三年』を読んでいるという。私も姉から『セント・ヘレナ日記抄』『モンテ・クリスト伯』『永遠の都』を借りた。姉の読書はかなり偏っていると思う。いや、読書を嫌っていた私が言えることではないのだけど。ドイツ文学やフランス文学を中心に、日本の歴史物では司馬良太郎か吉川英治。現代作家では宮本輝、と決めているのだとか。だから姉の本棚の前に立っても、コレ!と飛びつけるのがない。私と好みが全く違う。今日のチョイスは姉にしてもらった。最低限読んでおくように、、、との本を。ありがたくお借りして帰ってきた・・・
2008.02.13
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携帯を買った。携帯を持つことはあまり好きじゃなかったので今までは買うことへの執着は全くなかった。でもそろそろ、というかバッテリーが限界にきていた、というか壊れる寸前だった。これといって欲しい機種はなかったけどワンセグでカメラの画素数がそこそこで白色がいいと思っていた。ワンセグは、必要ないとこれまでは思っていたけど実家に帰って元自分の部屋にテレビがないと不便を感じる。新居では、テレビの音が聞こえてこない台所に居ると(広いわけではないけど)朝は“めざましテレビ”を時計がわりにつけているので音が聞こえてこないと朝のリズムがいまいちだったりする。だからといって新しくテレビを買うほどでもない。そこでワンセグ。(といいながら、あまり意味をわかっていない)まったく、便利な時代だなと思う。カメラ機能も、やっぱり必要ないと思っていたけどココに載せる写真は携帯のほうがお手軽なのかと想像している。今まではほとんどデジカメから取り込んでいたから。相変わらず物を片付けていると、古い携帯が出てきた。『そうそう、残しておきたいメールがあったんや。でも残ってなかったんよなぁ』とダメもとで充電して確認したけど、やっぱりきれいさっぱり残ってなかった。捨てる前に写真撮影。左が古い携帯で、真ん中が今まで使っていたもので、右がおnew。白だと思ってたけど規格ではブルーだった。まぁいいゃ。auのお姉さんに聞くと赤いのは2004年5月に購入したようだった。かれこれ4年近く使っていたことになる。小さくて、キーも可愛くて、結構気に入っていた。携帯が好きじゃないわりには。今回は発売前の携帯を予約して買った。私としては珍しい。そして発売日が昨日だった。いつになく楽しみにしていた。雪で電車で帰ることになると取りにいけなくなる・・・そんな心配もしたほどだった。無事、ノーマルタイヤの車で帰り新機種を手に入れて帰ってきたけどまだ説明書を読んでいない。紙袋から何一つ出していない。ワンセグもカメラも使っていない。かろうじてメールをしただけ。だけど絵文字の入れ方がわかわない。やっぱり私はこんなもんだなぁ。
2008.02.10
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引越しにあたり、購入した中で一番のお気に入りがこのストーブ。ほんとは白かモスグリーンでレトロな形が欲しかったのだけど電気屋さんで『七色に輝く』なんて表示を見るとつい買ってしまった。エアコンもファンヒーターもあるけどこのストーブが一番活躍している。家の中をウロウロしながら、このストーブも共に移動させる。炎を見ているだけで暖かくなる。今日、菓子パンを上に置いてみたらすぐに焦げてしまった。パワーもある。ますます可愛く思ってしまう。
2008.02.07
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またまたご無沙汰してしまいました。先週の日曜日から新居で生活しております。と言っても、肝心の冷蔵庫と洗濯機はまだ購入しておりませんが。だから生活とは言えないかな・・・先週は月曜日から土曜日までフルに働いて新居に帰って色々な事に没頭するとあっという間に夜中になり疲れているはずなのに良く眠れず、頭痛もどんどんひどくなって新生活に慣れるのにちょっと時間がかかりました。書きたいことはたくさんあるのですが明日のために寝るとします。こんな内容のないブログでいつもすみません・・・
2008.02.05
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間接的に、ガックリ落ち込んでしまうことを聞いた。仕事をする上で、見返りを求めることは決してないがなんとなく、全てを否定されているかのようで、情けなくなった。今まで必死にやってきたことがダメだと思われていたのかと、虚しくなった。・・・もう、いいや。もう少しだけ我慢したらいい。そう投げやりになりかけた時、はまってしまったジャニーズくん達の顔が浮かんできた。みんな若いのに。きっとやりたくない仕事もあるだろうに。だけどいつも笑ってるし。あかんあかん。がんばろ。なんとか切り替えて午後からの仕事をこなした。こなしただけかもしれないけど。単純・・・まさか自分が若いアイドルにはまるなんて思っていなかった。ちょっと恥ずかしい。これからこの話題にふれてもどうか引かないでください・・・
2008.01.23
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プロバイダーの移転もとっくに終わっているのにまだ実家で寝泊りしている。いいかげん引越しを完了させなければ。とりあえず日曜日にお布団を運ぼう。ここに居なければいっこうに進まない気がしてきた。不便さは増してくるし。報告。私の通院は終了となりました。完治・・・ということでよいのでしょうか。いまいち実感はないのですが。またこのこともあらためて書きたいと思います。お祝いに父が車を買ってやると言った。たぶん自分が欲しいのだろうけど。甘えるべきか遠慮するべきか・・・当分今のでいい、と言っておいた。母も怖いし。
2008.01.22
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新居にインターネットがつながりました。仕事帰りにとりあえずパソコンだけ取りに来たのでとっとと暖かい実家に帰ります。あ~、お腹すいた~~
2008.01.18
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今年初読書となる本を購入した。『陰日向に咲く』いわずと知れた劇団ひとりの書き下ろし作品。読みたいと思ったきっかけは映画を観たいから。いつも映画先行だなぁ。最近You Tube にはまってしまって何かにとりつかれたように観てしまっている。なので全く本を読んでいなかった。月3冊の目標は早くも挫折の気配か?いやいや・・・だけどこの本も木曜日までおあずけにするつもり。木曜日は電車を使うので、移動中と待ち時間にとっておくのだ。久しぶりに通勤ラッシュに直撃してしまうので読めるか不安もあるけど・・・
2008.01.14
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ぶたモードON・・・いや、すでに遅し。この冬は体重が増えないなぁと不思議に思っていたけど昨日恐る恐る計ってみると4kg増えていた。急にきた。年末年始のぶた生活が如実に脂肪へと変換されている。夏からすると6kgの増だ。毎年冬は体重が増加する。でもこの2年くらいは3kgくらいでおさまっていた。以前は夏と冬の体重差が10kg近くあったこともあった。その体重差は徐々に減ってはきたのだけど。6kg増は久々だ。あ・・・お腹のお肉が悲しい。ビリー隊長に再入隊の申し入れをしなければ
2008.01.07
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6日になってしまいましたが明けましておめでとうございます。この年末年始は、ほぼ何も気にせずしたいことだけやった。こんなことはいつぶりだろうか。年末は小説にふけった。『対岸の彼女』私にとってタイムリーな作品だった。なんともいえない想いがずっと残っている。絶対もう一度読まねば。YaMaYaMaさんありごとうございます。そのなんともいえない想いをひきずったまま『華麗なる一族』にはまってボロボロ泣いて、ジャニーズのカウントダウンにうっとりして、元旦の『はじめてのおつかい』でまた泣いて、2,3と『24』三昧でハラハラドキドキし、昨日は妹と観に行った『マリと子犬の物語』でまたボロボロに泣いた。あんまり泣いたので、目がしょぼしょぼする。いや、目が疲れているのか?明日からは本格的に現実生活に戻らねば。今年の目標(書ける分だけ)・読書月3冊(私にしては高い目標)・料理をまともにする・きれいになる(身も心も?)目標とは言いがたい当たり前のことばかりだけど・・・
2008.01.06
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もうすぐ今年が終わる。このブログで貴重な出会いがあったことも今年の嬉しかったことの一つ。みなさんありがとうございました。来年も宜しくお願いいたします。
2007.12.31
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さっき外に出てみたら雪がチラチラふってきた。この地域ではきっと初雪のはず。おお~と思いながら運転をして帰ってきたら手も足もジンジンしていた。こんな感覚は久しぶり。寒いのは嫌いだけど温暖化を叫ばれている今、寒いことにも感謝しなければ。あーだけど元旦には降らないでほしい。今のところ天気予報では雪・・・元旦は日直にあたっている。雪が積もると、雪慣れしていないこの地方ではとたんに交通網がマヒしてしまう。車は使えない。電車はいつ来るかわからない。職場まで徒歩ではとんでもない。どうやって行こうか。やっぱりいつ来るかわからない電車を使うことになるのだろうけど。だけど駅から職場までも遠い。何よりもあの坂。坂では車道を歩くしかないので雪の日、恐る恐る運転している車の傍を歩くのはこちらもビクビクしながらだけど転ばないように、そしてさっさと歩かなければいけない。あんな思いはもうしたくない。どうか天気予報が外れますように・・・
2007.12.30
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今日で今年の外来診療は終わり。混雑を予想していたけど、それほどでもなかった。そして今日やっと、ほんの少し大掃除をした。少しなので大掃除とは言えないか。それもシンクまわりだけ。そんな所は普段からしておけばいいのだけど。去年の大掃除は、非常勤の先生に手伝っていただいた。毎年師走は緊急手術が入りやすいのに去年は手術日に手術が入っていなかった。予定すらなかった。こんなことは私が働いてから初めてだった。なので、午後から手術室の大掃除ができた。非常勤の先生は「手伝おうか」とさりげなく言ってくださった。たしか、手術室のホールと先生たちの部屋をつなぐ小さな小窓をガラッと開けて言われたと記憶している。「そうですかぁ」と私たちは遠慮なくお願いしてしまった。壁拭き。小さな部屋だけど、四方の壁全部となるとかなり重労働だ。それから無影灯、フィルターなどなど。これこそ大掃除だ。みんなですると大掃除も楽しかった。しかも先生まで手伝ってくださっている。非常勤なのに。そんなことを思い出しながら常勤の先生二人がインターネットを見ている横でシンクを洗った。掃除をしているのに、なぜか小言を言われた。なぜだ~! ふん!目には目を、小言には小言で返した。・・・いけない。非常勤の先生とは知る人ぞ知る、あの先生です。去年は本当にありがとうございました。
2007.12.28
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ヤフーのトップページを開くとさっきまであのソフトバンクのCMが見れたのに今開けると見れなくなっている。残念。ソフトバンクのホワイト家族のCMは我が家全員大好きだ。どうしても、飼っているリキと重ね合わせてしまうのだろうか。『お父さん』が最高だ。一番はやっぱり、今放送されているバージョン。『お父さん』入浴中の。入浴中というかシャンプー中というか。ゴシゴシ洗ってもらいながら息子の説明が、終わるか終わらないうちにするあの絶妙なタイミングの返事がおもしろい。「ん゛ぁ」 「ん゛ぁ」 「ん゛ぁ」さっきヤフーで見たCMでは「うん」とテロップが出ていたけど何回見ても「うん」とは聞こえないその言い方。目を細めながら気持ち良さそうにゴシゴシされているからまたカワイイ。姉情報によると声の主は北大路欣也らしい。ホントかどうかは知らないけど。北大路欣也と思って聞いてもホワイト家族の『お父さん』にしか聞こえない。すっかり『お父さん』に定着してしまっている声。キムタクとのドラマにあった『お父さん』とは全然違う。名優、と思えるほど私は知らないけどやっぱり名優なんだろうと思う。ちなみにもう一つ姉情報。『お父さん』犬は北海道犬で兄弟で出演しているらしい。ホワイト家族、なので白い犬なんだろうか。でも息子はなぜ外国人なの?ま、ちょっと調べればこんな情報はたくさん出てくるんだろうけど、別に調べるほどでもない。たまたま見たCMでちょっと笑えればそれでいいのだ。
2007.12.27
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妹と私の共同制作、リキのマフラー。ロックな感じがカワイイ。でもリキにとっては迷惑だろうか。嫌がる様子はなかったけど・・・喜んでいる、ということにしておこう。
2007.12.25
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先週からお食事会が続いている。お酒が入らないので、やっぱりお食事会となる。木曜日はバイキングでお腹いっぱいになり今日は焼肉で胃の中は満タン状態だ。なのに、帰宅してドーナツを食べてしまった。さすがに苦しい。こうなることはわかっていたけど。めっきりお酒を飲まなくなってしまった。今日は仕事が終わったら一旦帰って電車で行こうかと思っていたけど案の定、診察の全てが終わったのは17時半を過ぎていた。やっぱり車で行くことになり、お食事会となった。そして明日は日直にあたっているため、焼肉だけで帰ってきた。2次会メンバーは今頃スナックで大盛り上がりだろう。倒れても気にせずにすむ場所ならガンガン飲んでみたい。ま、よく食べてよく笑ったのでそれはそれで楽しいのだけど。
2007.12.22
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転職して一年目の冬に手術をした。頭頚部に属する器官に腫瘍ができ、14歳の初発から再発を繰り返して5度目に摘出した腫瘍は悪性転化していた。追加切除および頚部郭清とradiation も施されたが病理組織の結果はあまり良いほうではないのでそれらの追加治療もどこまで効くのかわからないと主治医は言った。あれから約6年。自分なりには、もしかして5年はもつかもしれないけど10年は難しいかも、と思っていた。そんなふうに思っていると本当に細胞がそんなふうに育ちそうだけどなぜかそう思わずにいられなかった。だからといって、怖いとかの不安はあまりなかった。どちらかというと、守りたいものができないうちにそうなったほうがいいとさえ思うこともあった。良くいえば楽観的か。悪くいえば生きる希望がないのか。いずれにしても生きているかぎり自分の使命はまだあるということだと思うので来月の検査結果が良ければ、もう少し自分の生き方に貪欲になってみようと思う。
2007.12.21
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今日は私の診察日だった。病院は県外なので、いつも高速を使う。近畿道の料金所はクリスマスムード満載だった。ガラスには飾りつけが綺麗で「こんにちは!」と元気良く挨拶してくれたおばちゃんはサンタの格好をしていた。笑ってしまった。私の通う病院は、行く度に何かが変わっている。前回の6月は、元喫煙所にオートバックスが入っていた。今回は、普通の売店がローソンになっていた。ふきぬけのスペースはカフェもどきになっている。この一角だけ見ると、とても病院とは思えない。時間をつぶして外来に戻ると、すぐ診察に呼ばれた。画像処理システムがダウンして、画像の必要な患者さんは後回しになっているようだった。診察室に入ってすぐ主治医が言った。「6年だね。次MR撮って、何もなければ終了だね」ビックリした。本当ですか?いいのですか?大丈夫なんですか?あまりの驚きに、先生が言われるまま返事してしまった。次回は来月。てっきり暖かくなった頃だと思っていた。取り帰りで採血と胸部レントゲンをとった。主治医がオーダーするのは初めてだ。最後の検診といったところなのか。それにしても来月の検査結果が良ければ、本当に無罪放免となるのだろうか。とりあえずまだ両親には、このことはナイショにしておこう。
2007.12.20
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普段の私の生活の中では、マウスは使ってもキーボードを叩くことはほとんど無いに等しい。ココのおかげで、パソコン入力が随分速くなったように思う。ん、ココも活用できているかと言えば、そうではないけど。私がパソコンを使うようになったのは職場の病院がオーダーリングを導入した時期からである。導入月は9月だと覚えているけど何年かは覚えていない。たぶん2003年だったと思う。導入の9月までにパソコンに慣れておこうとその年のゴールデンウィークにパソコンを買ったものの、何もかもを始めたのは結局導入されてからだった。ずっと箱から出せずにいたのを覚えている。封さえ開けなかった。電機屋さんから運んだだけの状態。今思うともったいない。でもそのおかげか、マウスは両手どちらでも使える。ほとんどの先生は自分で入力されるが、一人だけ・・誰よりもパソコンに詳しいと思われるその先生だけが絶対に自分で入力しない。自分で入力したほうが早いやん、と思われる場合でも絶対しない。そばに居る私たちがしている。そこで、マウス操作。私たちは先生の右側に立つことがほとんどなので右手でマウスを扱うと、どうしても先生との距離が近くなる。いや、あんまり変わらないかもしれないけど気分的に、左手で操作するほうが近くないように感じた。パソコン操作に慣れていない導入時期にそのことを判明してから家では左手でマウスを使うようにした。右でも左でも、その頃の私にとってはどちらでも同じだったから。今現在もマウスは左に置いている。今日、久しぶりに内科の介助についてとっさに左手が出た時に「左利き?」と先生に聞かれた。いえっ、両方です、、あ、マウスだけ、、、なぜか挙動不審になってしまった。いいかげん年賀状にも取りかからないといけない。写真をプリントして渡さないといけない人がどんどん増えている。仕事のマニュアル作成も早くしなければ。この数年で、パソコンが無いと困るような状況になってしまった。無くても十分生活はできてたはずなのに。(この下の空白がいつも気になる・・・)
2007.12.17
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