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先日と同じミスをしてしまいました。お恥ずかしい限りです。今日は国内出張ちゅうです。ノートは持ってきてますが、イエメン旅行の写真を持ってきてません。って事で困った時には酒飲みの血が騒ぎます。今日のビールは一風変わっています。その名もPhillips Espresso Stout。名前の通りコーヒー風味。結構キワモノかと思いきや、やっぱりキワモノです(笑ただ、視点を変えてビールベースのカクテルと思えば結構おいしい。苦味はコーヒー+ビールなのでやはりあります。が、後に引くような苦味ではなく、飲みやすいです。ビールが苦手な人でも飲めても不思議じゃないです。保障はしませんが。飲むときはビールとしてではなく、カクテルとして飲んでくださいね。
September 30, 2005
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世にも珍しいイエメニア航空に乗り、首都のサナアに戻りました。旅も中盤に差し掛かったって事で、たまってた洗濯物をします。せっかく物価の安いイエメンです。クリーニング屋に出してみます。おあつらえ向きにも宿の近くにクリーニング屋があったので。さて、クリーニング屋とはいえ、ここはコテコテのイエメンです。残念ながら首都のサナアには交栄クリーニングは進出してません。おっちゃんもイエメン人典型な服装してます。左のおっちゃんはどっちかって言うと北部、右は南部の服装かな?クリーニングに出したのはズボンとアラブ人が着てるオバQ服。別にシミがあるとかじゃないんだけど、砂埃とかがひどい所なので。出来上がりは翌日の夕方に決まる。さて、クリーニングを取りにいきます。もちろん、ビニール袋で丁寧に包まって…る訳ない!ええ、綺麗に選択してくれたズボンをいかにも色落ちしそうなイエメンの新聞紙でグルグル巻きにしてくれてます♪さすが!そして宿で広げてみると以外にも綺麗になってます。ただ難点が一つ。あれ?なんで青いペンキの汚れがついてるの?綺麗になったのは折り目だけ。小さいペンキ汚れみたいなのがおまけでついてきました。ほー!わざわざおまけまでつけてくれて、申し訳ないねぇ。ってンな訳ねぇだろ!まぁ文句言ってもアラビアのIBMで交わされるのがオチだろうなぁ。
September 29, 2005
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ファーストクラスが自由席なんでエコノミークラスもそうでしょ。実際、搭乗時間の前頃になると搭乗口には黒山の人だかり。どっかで見た事あるなぁって思ったら中国の空港と同じや!さて、搭乗時間になり飛行機に向かう事になりました。搭乗口をくぐりますとそこには………………私:「あれ?飛行機は?」空港職員:「あそこにあるじゃん。早く行きなよ。」ええ、どうやら歩いて行くようです。変な空中廊下みたいなのでもバスでもなく。でもファーストクラスの階段だけは赤い絨毯がひいてある!飛行機はまったく普通で定刻通り滑走路へ。そして非常用設備の案内の前にイスラム系航空会社名物お祈り。そう、アッラーの紙に旅の無事を祈るのが通例になっているのです。うん、お祈りしとけば安心だね!ん?まぁ、若干疑問は残りますが細かい事は気にしてはいけません。飛行機は以外にも定刻通り滑走路に向かいます。ここでイエメンの空港当局に私はいいたい。頼むから滑走路の横に事故でひっくりかえった飛行機を置くな!これから飛行機が飛ぶっちゅうのに怖いやん!まったく神にも祈る気分のフライトでした。あ、そっか、神に祈ったから無事だったんだ!
September 28, 2005
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昨日の日記をいつまでもトップページにさらすのも問題なので。イエメンには航空会社が一つしかありません。日本より国土が広いのに航空会社は一つだけ。まぁ所得の差を考えるとそれもまた已む無し。乗った飛行機はイエメニア航空!名前からして怪しさ抜群です。中東の飛行機は時刻表がころころ変わるのでとても有名です。ご多望に漏れず、イエメニア航空もその一つ。空港に着いて「飛行機はもう出ました」は困るので早めに出る。するとホテルのイエメン人。「遅い時間に変わる事はあるが、早まる事はあり得ない。」あのさ…それは「遅延」を「予定変更」って呼んでるだけじゃん!空港に着く前から突っ込みどころ満載。さて、今回の飛行機は楽しみな事があります。そう、なんと私「おファーストクラス」なの♪そりゃわくわくしますよ!長蛇の列になりつつあるエコノミークラスを尻目にファーストクラスのカウンターへ。いつも私はあそこにいるんだなぁ…なんて思いながら。颯爽とチケットを出して「できれば窓側を…」と。「あ、好きな所に座ってね!」自由席かよ!書みんな私からするとおファーストクラスだと「お客様、お座席はこちらでございまする」と先導してくれるものかと思いきや、早い者勝ちとは!うーむ、あなどれねぇな。さすがイエメニア航空!
September 27, 2005
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常連のファーユン様から頂きました、バトンです。今日も気合入れて書くぞー!なんてったって今日のバトンは暴露バトン!通称セクハラバトンらしいです(笑そんなに私のセクハラテクを知りたいのなら仕方なかろう(笑Q1. デート中街中では恋人とはどういう密着の仕方をしますか?A1. え?手つなぐか腕組む以外に何か方法あるんですか?以前新宿で男の腕にぶら下がる様に腕組んでる女の子見た。もんちっち状態なんだけど、男は相当歩きにくそうなのが印象的。Q2. 街中で昼間にキスできますか?A2. フレンチ・キスはまず無理ですが、軽い感じでチュッとなら。基本的に羞恥心ってのは欠如してますが、相手がいる事なので♪Q3. 街中で夜間にキスできますか?A3. もちろん!でも夜にキスする状況であったら街中でもラブホ行ってるかな。Q4. それなりの人通りのある駅構内(又は付近)で異性と抱き合った事ありますか?それは長くてどれ位の時間の間でしたか?その時はキスはしましたか?A4. 東京駅の新幹線のホームとか池袋の山手線のホームとか(笑考えると私の恋愛の始まりは駅が多いかも。電車男じゃないが。Q5. プリクラ撮る時恋人とはどういう密着の仕方をしますか?A5. 最近久しくプリクラっちゅうもんを撮ってない。ファーユン様みたいにチュープリなんて撮った事ないなぁ(T∀T;)Q6. あなたが異性を抱きしめてあげたくなる時はどういう時?A6. 甘えに弱い私です。甘えられたり「好き」とか言われたらギューってしたくなります。あ!なんだ、単純なやつなんだな!って思うな!Q7. 逆にあなたが異性に抱きしめてもらいたくなる時。A7. どんな時かなぁ?自信過剰な私も時には自信をなくします(笑そんな時には後ろから抱きしめられたいかも。Q8. あなたが異性の頭を撫でてあげたくなる時は?A8. セックスした後とか?Q9. 逆にあなたが異性に頭を撫ででもらいたい時は?A9. ないなぁ…。頭撫でられたい欲は希薄です。Q10. お姫様ダッコをされた事(した事)ありますか?A10. 会社の先輩が酔っ払った時。とっても重かったです(-_-#)あまりに重過ぎて頭からコンクリートに落としてしまいました。Q11. 恋人(結婚相手)以外で、お姫様ダッコをされた事(した事)ありますか?それはどういう時でしたか?A11. あ、上で答えちゃった(笑同業他社の先輩がへべれけによった時もお姫様抱っこしたなぁ。あなたですよ!私の股間をまさぐって、私にゲロしたあなた!(笑Q12. 異性(恋人)と一緒に寝る時は互いにどっち向きで寝ますか?A12. 右か左かって事?気分次第かなぁ。Q13. 腕枕は、されたいほうですか?A13. 腕枕より膝枕されたいです。Q14. 逆に腕枕を、してあげたいですか?A14. 腕枕します。腹枕もテンピュールに負けず低反発でGOOD!Q15. あなたにとって異性との最高のイチャつきかたは?A15. セックスでしょ?これ以上のいちゃつき方って何があるのかなぁ?デリカシーなくてすんません。って言うかさ、このブログ…うちの親父も見てんですけど!
September 26, 2005
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アル・ムッカラは沿岸、すなわち南部にある町です。ここでまず気付いた事は内陸の人々との違い。先日の写真で私が着てたあのオバQ服、ここの人は着てないんです。しかも一人前男子の象徴である短剣も持ち歩いてないんです。南の人に言わせると「あんなの時代遅れの象徴だ!」そうです。そして、北部より圧倒的に女性だけでの行動が見られます。詳しい話はよく解らないけど、どうも内戦以前に理由は遡ります。なんでも南イエメンは共産主義東側勢力が、北部は自由主義西側勢力がバックアップしていたそうです。共産主義勢力は女性の社会進出を協力にバックアップしてたとか。考えてみれば日本でも一部地域の方が「男は働きに出て、女性は家を守る」みたいな考えが根強かったりするのと同じなのかも知れません。でもまさか服装まで完全に変わっちゃうなんてねぇ…。日本でもアイヌや琉球と内地では伝統的服装が異なるのと同じ?なんか個人的に面白いなぁと思いました。ちなみにこの日は金曜日。イスラム教徒にとっては安息日です。だから町には人もまばら。こうゆう所は共通してるんだなぁ。
September 25, 2005
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ポテトフライなんて日本でもどこでも食べれるじゃん!そう思った方、ポテトフライって奥が深いんですよ!まぁ作り方は日本のそれと同じなんですけど、なぜか味は違う。私が今まで食べた中で最もおいしいポテトフライはデリー。んで、イエメンのポテトフライはそれに継ぐ位うまい!デリーのは結構スパイシーな感じ。イエメンのも結構スパイシーなんだけど、味付けが違う。デリーのはスパイス粉を振り掛けるタイプに対してイエメンのはペーストみたいなソースにかけて食べる。右下に見えるのがそのペースト。面白いのは味がとっても似ている事!やっぱり貿易路で食文化も通じてるって事かな?あの辛い味がやみつきになるんですよね。でもこれ食べた翌日、イエメンで初めて強烈な腹痛が私を襲う。× ポテトにやみつき○ ポテトで病みつき
September 24, 2005
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はい、昨日の日記の写真、よーく見てください。誰も気付かなかったのが嬉しくもあり、悲しくもありです。なんでって?あの写真の真ん中に写ってるイエメン人ですが、イエメン人じゃなく私なんです!いやぁ…一人位「お前じゃん!」って突っ込むかと思ったのに。やっぱり俺って日本人よりイエメン系なのかしら? 北はモンゴル西はポルトガル 東は韓国 南はインドネシアなんだか解ります?私の今まで「国籍当てゲーム」の回答分布図です。日本が入ってないんですよ?第一声が「まず日本ではないはず…」から始まるんですよ!さて、内陸の砂漠も離れ沿岸都市のアル・ムカッラに来ました。内陸でも生魚が売ってるのですが、食べる勇気はありません。でもせっかく沿岸まできたらちょっと食べたいです。んで出てきたのがこれ。真ん中にある白いペーストのソース。超ウマイ!なんか酸っぱいような酸っぱくないような、コッテリしててさっぱり。意味不明な味なんですけど超ウマイ!ポーランド人と一緒にこのソースだけは食べつくした。もちろんあの魚も結構たくさん食べたんだけどね。
September 23, 2005
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砂漠とは言え、緑があるとは先日の日記に書きました。でもやっぱり砂漠は暑い。そんな時通りかかった場所の一場面です。強烈な日光が照りつける砂漠の中でも木漏れ日注ぐ場所はあります。なんかこうゆう場所が和むのは世界共通なんですね。千葉の昭和の森公園でのんびりするそよ風混じりの木漏れ日。カナダのブッチャート・ガーデンの暖かい木漏れ日。パリの街路樹を散歩して夕方に見られる金色の木漏れ日。そしてイエメンの熱風と灼熱直射日光を避けるための木漏れ日。あれ?なんか、今まで無意識にもってた木漏れ日のイメージって「暖か」「さわやか」「きもちいい」だったんですけど、なんでかイエメンに来た瞬間に「暑い」「汗だく」「日射病予防」に変わったんですけど?まったくこんなクソ暑い中、わざわざ木陰に入ってないのなんて写真撮ってる俺とあの道のど真ん中に突っ立ってるイエメン人だけだよ!木漏れ日って言うより直射日光にやられるのを防ぐ命綱だね!人は優しいけど環境はデンジャラスなイエメン。恐るべしだぜ♪
September 22, 2005
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国によって適当さに対する容認度は大きく異なります。個人的に思うには日本は適当な事にかなり厳しいです。どちらかと言うと「重箱の隅をつつく」感じですね。逆になんでもかんでも超適当な国もあります。イエメンはどっちかって言うとこっちです(笑砂漠を走る時は風景がろくに変わらないので結構暇です。隣のポーランド人が「俺のパスポート見て!」と差し出す。何の変哲もない普通のパスポートです。差し出されたページも普通。「よく見て!」Ambassade de Dijbouti - Sana'a解りました?解ったらあなたはかなりのアフリカマニア。そうです、実はこのビザのスタンプ、ジブチの綴りが間違ってる!○ Djibouti× Dijboutiおいおい、仮にもお前ジブチの大使館だろ?自分の国の綴りくらい間違えるなよ(T∀T)
September 21, 2005
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次の町に移動するときはやはり砂漠を通る。当たり前だが砂漠にはほとんど人が住んでいなく、村もまばら。となると大食漢な私に大いなる問題として立ち塞がるのが食事。砂漠のドライブはとても暑いので体力を結構消耗する。あーお腹空いたよー…。って言うか買った水お湯も飲み干しちゃったし…。口にこそ出さないが、私の無言のだらけが通じたのかドライバーのアブドラさんが村に通りかかった時車を停めてくれた。「休憩、水、お茶、ある」相変わらず片言だがなんとなく解る。私を含め、みんなジュースやらお茶やらを注文して飲み干す。すると奥からおっさんの集団が。そして私を手招きする。なんだろう?と思いついて行くとおっさん、食事中でした。「お邪魔しちゃったね」と言いながら部屋を出ようとするとおっさんが「まぁまぁ、ここに座りなさい」のジェスチャー。ひょっとしてここはレストラン?おっさんの言うがままに右手を使ってご飯を食べる。このパラパラしたサフランとかで味付けされているご飯がうまい。ご飯も食べ終わったところでそろそろ出発とする。おっちゃんにお代を払う。すると「ラーシュックラン(結構です)」。なんと私達は売店のおっちゃんの家に上がり込んだ上、昼食までご馳走になってしまったのです!知らなかったとはいえ、なんとも図々しい日本人!イスラム教徒は旅人をもてなく事を美徳とするそうです。しかし、イエメンを旅するまでにここまで素朴な暖かさを持ってもてなされるものだとは思いもしなかった。私が何より嬉しかったのは、まさにこれが旅の目的だからである。そう、旅先でただ飯を食らうマスコミや人伝えで報じられている一元的な事実だけではなく、自分自身の目で現状を見る事。そして現地の人と言葉が通じなくとも、わずかながらでも、交流する事。日本ではアメリカの強い影響もあり、イスラム教は危険といったイメージがありますが、イスラムの人(特にイエメン)程旅人に暖かい人はいないだろう。彼等程平和で友好的な人もまたまれだろう。言葉や生活様式こそ異なれど、イエメン人である彼らも、同行者のポーランド人も、日本人である私も「食べる」と言う人間としての行いは必ず共通している事を改めて実感できたのだ。当たり前すぎる事に気がつくと、なんだか世界で起きている戦争や紛争が本当に馬鹿馬鹿しく思えてくる。ブッシュもラディンも小泉も会談はやめ一緒に飯を食え!
September 20, 2005
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砂漠と言うとみんなどんな所を思い浮かべます?一面の砂。どこまで言っても砂砂砂…。辛うじて見られる生命はラクダと少数の虫等のみ。基本的には生命を受け付けない死の世界。私の砂漠に対する最初のイメージはこんな感じでした。でも砂漠に行くと生命の美しさを感じるんです。それはまさにオアシス。このように癒しを象徴するためにも使われるオアシス。砂漠の中にあるオアシスは本当に美しく、心強く、暖かい物。長い前置きは私の悪い癖。今日はオアシスではない物の、それに匹敵する地下水源。ワディ・ダハールの渓谷の地下には川が流れています。そして地上には緑が川のように流れているのです。一見不毛な土地。しかしそんな土地でもたくましく生きる生命を目に出来る。しかーし!チャーターした車のドライバーが衝撃的一言。「この先がラディン村だよ。」そう、悪しきテロリストの親玉、オサマ・ビン・ラディンの遠い遠い祖先はそのラディン村出身なんです。オサマ・ビン・ラディンとはラディンのオサマ坊やって事。無論彼はいないのですが、彼の祖先はここに住んでいたのです。生命の美しさを感じた所で生命を軽んずる人間の原点があった。なんとも皮肉な巡り会わせだった。
September 19, 2005
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こんなくだらない事ばかり書いているブログにも足繁く通って頂いているありがたい常連さんがいます。そんな常連さんの中の一人、ファーユンさんから頂いたバトン。ちょっと旅行は一休み。ネタを練りたいので…。Q1 小さい頃何になりたかった?A1 考えたら色々とやりたい子供だったかもしれない。「エリート的職業」を考えた時「医者」と答えた事があった。中学校の時司法の仕組みを知るべく行った模擬裁判で弁護士役を卒なくこなせた事をいい事に「弁護士」と答えた事もあった。「こち亀」にはまって「警察官」と言った時はさすがの両親も若干苦笑していた記憶がおぼろげながらある。Q2 その夢はかなった?A2 4歳の頃、そして高校卒業時に描いた職業…なのかな?「世界をまたに駆けるサラリーマン」になりたかった私。「世界を盥回しされるサラリーマン」になった私。ま、許容範囲でしょう(笑Q3 現在の夢は?A3 家庭を持つ。まだ具体的に結婚…否、結婚相手もいない現在。時期尚早な気がしなくもないけど、結婚を含めて夢。最近自分が何のために努力してるのかなぁとか思ったりしてる故。全てをささげる人がほしいんです。Q4 宝くじ三億円当たったら?A4 会社を辞めるかもしれないなぁ。日本人が平均で一生に稼ぐのって2億少々って聞いた事がある。派手な生活さえしなければ平均以上の生活ができるって事でしょ?もちろんニートは嫌だから何かしらの仕事はするでしょうけど。一先ず世界一周旅行をしたいですね、深夜特急みたいな。Q5 昨晩見た夢は?A5 会社に遅刻する夢。これが現実なんだろうなぁ(笑しかも会社は関東なのに1時間前に京都の母方の実家にいる設定。どうあがいても無理決定。どうしようと思ってたら実家の近くのホテルに同僚が集合してるの。切羽詰った系の夢が多いSalaamです。なんか思いのほか平凡なバトンになってしまいました。現在の生き方同様無茶苦茶な夢を期待されてたら申し訳ないです!さて、これから一泊出張だ!あ、バトンは今回は私がアンカーって事で♪つなぎたい方、いらっしゃいましたら受け取って下さい♪
September 18, 2005
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シバームの町の南側には切り立ったがけがある。そもそもシバームの町は幅の広い渓谷の底にあり、シバームはその南はしに位置する町。新市街を抜けるとその崖のふもとに辿り着く。もっとも新市街と言っても同じ建築方法で建てられた建物ばかりなので、町並みに大した変わりはない。おそらく昔は物見小屋として建てられたであろう要塞を越すとあたり一面を見渡す事ができる位置に出る。先日チラッと書いたが、豊富な地下水のため緑も結構ある。日本ではありえない風景であり、見とれる私。しばらくすると日の入りのアザーンが流れてくる。この風景が闇に包まれる直前の一瞬、夕焼けで砂漠色だった町がオレンジに染まる。そしてそこに町のあちこちにあるモスクから共鳴し合うかのごとくアザーンが流れてくる。まさに幻想的なここで私は言葉を失う。美しさと感動のあまり鳥肌が立つかとも思った。いや、実際鳥肌はたったであろう。もっと涼しければな!暑いんだよ!いや、暑いじゃない、もはやここは熱いだ!なんなんだよ48度って!なんで冷たかったペットボトルの水がお湯になってんだよ!
September 17, 2005
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そもそも外敵から守る為に密集した構造になったシバーム。外見同様町の中も狭い道が入り組んだごちゃごちゃとした町。それぞれの家一棟に人家族が住んでいる構造だ。ご覧の通り、外壁は泥で塗り固められている。その為、数年に一回外壁の泥を塗りなおす補修作業をしている。何度も何度も補修作業をする事によって、何百年と同じ家に住み続けるのだ。考えようによれば日本の一般住宅よりもろそうだが長持ちする構造のスーパー建築物!先程も言った通り、一軒に一家族。つまりこれが一軒家なんです!狭い六畳一間の寮に住んでいる私からすると夢のマイホームです!無論、夢をかなえる為にイエメンに移住する程の夢ではないですが。
September 16, 2005
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元祖摩天楼とはどこだろう。東京の新宿高層ビル群であろうか?いやいやいや、元祖の風格はない。ニューヨークのマンハッタンであろうか?いやいやいや、元祖の歴史はない。世界最古の摩天楼はイエメンのシバームにある。シバームとは砂漠のど真ん中にある小さな町。車で砂漠を疾走すると突如その姿を現す最古の摩天楼。今回の旅の最大の目的地である砂漠の摩天楼である。シバームの街は3世紀にはすでに出現しており、8世紀になると現在のような姿になり始めたとされている。さらに、今でも500年以上も昔に建てられた家に人が住んでいる。この摩天楼の素晴らしい所は泥と少量の木材だけで作られたレンガだけで建築されている所である。30から40メートルの建築物が城壁に囲まれた狭い地域に密集しており、世界遺産にも登録されている正真正銘世界最古の摩天楼である。ここの人は今も何百年と続けてきた生活様式を今も保っている。その怪しくも美しい街は摩天の称号がふさわしい。
September 15, 2005
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整理整頓してたら偶然見つけました。JUSCOがイエメンに進出している証拠写真です(笑
September 14, 2005
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私が旅行に行く地域は総じて裕福とは言えない地域が多い。これらの地域に行く理由は大きく別けて二つある。1、見たい世界遺産等遺跡が多い。2、安い。裕福とは言えない地域に行くとカメラは彼らにとって贅沢品。観光客である私が風景を撮ろうとすると何故か写そうとする風景の周りを無駄に行ったり来たり。カンボジアに行った時はキレたダメリカ人が「Hey you fxxk! Move out the fxxking way!」ととても汚い言葉を連発しておりました。言葉遣いはともかく気持ちはよく解ります。ね、Bettyさん!とくにインド辺りだと呼んでもいないのに、カメラを出してもいないのに子供がワラワラ集まってきて「私を撮って!」といいます。なぜか私の父ちゃんと同い年位のおっちゃんも混ざってます(笑「まぁ写真位いいいじゃん!写真撮ったらデジカメだしすぐ消去すればいいし。」そう思ったあなた!彼らのずうずうしさはここで終わらない!そこからさらに「現像したら送ってくれ!」としつこいのだ。インドで「私の家に郵送してくれ」と言われたが、それまで英語でペラペラ話してた私もいきなりたどたどしい英語で「へー、君の家郵便局なんだぁ」くらいとぼけてみてます。さて、イエメンはどうでしょう。偶像崇拝を禁止するイスラム圏の人々、結構写真を嫌います。でも若い人を中心にたまに「写真を撮ってくれ」と言われます。しかし!ここからが違うのです。彼らは写真を撮られる事で満足し、それでおしまい。「送らなくて良いの?」「着払いにしないよ?」と言いたい位。この写真の彼らも写真撮れと言うので撮ったがその後のデジカメにはほとんど興味を示しません。見せても「ふーん」程度。なんだか拍子抜け。さてさて、彼らはともかく彼らの店に注目。解ります?この店女性服店なんです。あの真っ黒な服は店の中でずらっと並んでます。でもごらんの通り、カラフルな服も売ってます。あの黒い服の下って何着てもいいんですって。たまに裾からジーンズとかが見え隠れしてるんですよ。意外とイスラムの女性はおしゃれです。
September 13, 2005
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砂漠の中を疾走していると乾燥と暑さ故、かなり喉が渇きます。そんなときは水か、アラブ特有の甘ーいお茶がベストだと思う。でも毎回同じ物ばかり飲んでいると飽きが来るのが人間です。イエメンではカナダドライ社が結構幅を利かせていて、コカコーラ以上に炭酸飲料部門のシェアを占めているようでした。カナダドライって言うとジンジャーエールじゃないですか?イエメンだと炭酸飲料の総称として「カーナダー」と言ってました。ちなみにペプシはほとんど見かけません。そんなカナダドライ社のモノポリの中でも他のブランドはあります。わたしが思わず購入してしまったのがこれ。なんともいえない怪しさ(笑一文字もローマ字が書いてなく、全部アラビア語。したがって産地すらわからない!って所を見るとイエメンの?味はとってもフルーティーなコーラと言った感じでした。隣のポーランド人は興味津々そうに見つめてたけど「飲む?」と聞くと「いやいやいやいやいや!!!」と断固拒否してました(笑
September 12, 2005
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日本人からしてみるとなじみの薄い中東地域。でも中東の人はとても日本に興味心身です。言わずもがな、中東地域の環境は苛酷です。高温、砂漠地帯、寒暖の差、など等車にはとても厳しい条件化です。そんな中東で一番人気なのは日本車、特にランドクルーザー。どんな条件化でも走って、他の外国車と比べるとメンテナンスも楽。日本ではもうとっくに廃車になっていてもおかしくないような旧式の車がガンガン走っております。もとい!日本で廃車になった車がここで走っているのではないでしょうか?何でそう思うかと言うと、以外にもイエメンで日本語の書かれた車を良く見るんです。残念ながらどう考えてもクリーニングの交栄はイエメンに支店を作っている様子がないですし。だって関西の一部地域でしか営業してないようですし。ましてやジャスコのイエメン進出ってニュースも聞いた事ないです。
September 11, 2005
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イスラム寺院には大抵ミナレットと言う塔が建っております。これは一日五回の礼拝の時間に人々を礼拝に呼びかけるアザーンを流す(最近ではスピーカーから流してる)ために使われているそうです。その他にもその街に立派なミナレットがある場合、その街のシンボルにもなってたりします。日本の五重塔みたいな感じかな?イスラム地域を旅してると結構このミナレットの見比べが好き。その地域独特の建築様式だったり、装飾が綺麗だったり。今日の一枚はタリムと言う街のシンボル的ミナレット。なんと高さが50メートル近くあるんですよ!ほとんど見えないけど、上の方で補修作業中のおっちゃんもいます。でも見えないくらいの高さにいるって事。イスラム建築独特の幾何学模様とか美しい装飾こそないけど、真っ白いだけのミナレットってのも結構お気に入り。この街は昔はイエメンにおけるイスラム教の中心地だったとかで今でも400近い数のモスクがあるんだそうです。そうでなくてもイエメン人の宗教オタクはすごいけど。
September 10, 2005
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体型が紅の豚状態のSalaamです、こんばんわ。さて、今日は数少ないイエメン料理の一つの紹介です。イエメンで多いのはこのトマトっぽい味付けの炒め物。具体的に何で味付けしているのかはやっぱり不明なんだけど、あの独特な甘みとこの色とで多分トマトだろうと勝手に判断してます。アラブ人ってあのごっつい顔とは裏腹に甘いもの好き。まぁあんだけ甘いもの食べてりゃあんだけ腹も出るわな。何の変哲もないトマト味の野菜と肉の炒め物に見えますが。ここで質問です。この肉はなんの肉でしょう?ヒントはアラビア語ではジャマールといいます。解りましたか?ジャマール→ジャマル→キャマル→キャメルそう、この肉、なんとラクダなんです!なんかラクダの肉って言うと臭くて食えた物じゃなさそうです。でもそれは誤解で結構いけたんですよ。なんか砂肝がジャリジャリ言わなく、いまひとつ気合が足りなくなってしまったような触感です。味はと言うと癖はなかったです。って言うか、トマトの味しか解らなかった(笑
September 9, 2005
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それにしても暑い。イエメンの旅行はこの一言がつき物。よっぽど短い冬にサナアしか行かんかった人は別やろけど。それほど暑いんです。今日もぐったり元気に砂漠を疾走するごった煮6人組。私の隣に座ってるポーランド人のラファル君が私をツンツン。「何」と尋ねるとおもむろに携帯電話を差し出す彼。私「へー、NOKIAじゃん。日本じゃまだNOKIAは少数派なんだよ」ラファル君「ノーノー!画面画面!右上右上!」私「は?」暑いとは思ったが…。まだ午前中なのに…。ちなみにこの日の最高気温はこれより2度高かったです。私がよくお邪魔するブログでインド駐在のチェンナイじんさんって方が「夏のデリーは暑い。40度越す事もざらだ!」と。チェンナイじん様、イエメンでは50度もざらかも。何も言うまい。(って言うか言う気も失せる)
September 8, 2005
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出張中は会社が手配してくれるまぁまぁまともホテルに宿泊するのでインターネットが使えなくもないんですよね。でも私が旅行するときってのは大抵安宿。今回のイエメン旅行も一泊400円くらいが相場。そんな宿にインターネットが完備されてる訳がない。幸い現代ではよほど田舎町でもない限り、海外では大体インターネットカフェを見つける事ができる。イエメンでもそれは例外ではない。しかーし!それ以上の問題が。読めない(TдT;)なんだよWindows 2000 Arabic OSって!ってか、全然解らないよ!だって、普通左上にある「ファイル」とか「編集」とかのボタンが右上にあるんだよ!スタートボタンも右下に表示されてるんだよ!文字化けしようものなら大騒ぎ。エンコードを変えるにもアラビア語でエンコードってどう書くの?これで旅先からブログ更新できない理由解ってもらえました?
September 7, 2005
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サナアを出て4時間。久々の砂漠に感動する。地平線の彼方まで延々と続く砂。そして道路も地平線の彼方まで延々と続く。その壮大な景色に言葉を奪われつつも、心の中で熱い何かを感じる。もっとも心の中でなくても暑いのは気温なんですけど…。さて、実はこの砂漠、結構飽きる。なんてったって延々と続く砂漠。景色がほとんど変わらない。走れど走れど、同じ景色。たまーに変化を付けてくれるのがチェックポイント。何もない砂漠の真ん中にいきなりチェックポイントがある。なんて事はない。国籍、人数、行き先を聞かれる程度。で、これがまたいい加減なんだ!「4ボーランディーン(ポーランド人)、1ヤバーニー(日本人)」最初はきわめて普通に申告し次へと進む。運ちゃんが面倒になって「5ボーランディーン」イエメンの砂漠でポーランド人に帰化するとは思わなんだ。そのうち洒落で「2ドイツ人、2ロシア人、1中国人」もはやオリジナルの国籍は見当たらない。しまいには「えーっと5スペイン人」俺、胸毛とかないのにラテン系に決め付けられる。兵士達は色々と聞くのが仕事で確認は仕事じゃない(´Д`;)最後の方になると運転手アブドラさんもネタ切れだったらしく、一生懸命国籍を考えてくれてました(笑そんな砂漠でも極稀に変化が見えます。それはベドウィンのテントであったり、野生のラクダだったり。この写真は多分見かけた野性のラクダのベストショット。なかなか近くまでは寄ってこないから。それにしてもいくら行けども砂漠。景色が変わらないから早さを感じないが、見ると150km/h!対向車線との間にはガードレールなんぞない。すれ違う車とは単純計算で300km/h?新幹線並みの速度のすれ違い。スリル満点でっせ!なんせ、命掛かってますから(TдT)
September 6, 2005
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砂漠の民は忍耐強い人たちです。多くの欲望に打ち勝つ強い精神力を持ってこそ、これ程過酷な環境で生き延びる事が出来るのだ、って事だろう。しかし彼らとて仙人ではない。そう、私の大好きな食事の時間です♪意外な事に砂漠でも米を食べるんです。そう、栽培に大量の水を必要とする米をです。個人的にベトベトするジャポニカ米より、サラッとしたインディカ米の方が好みなSalaamです。その味付けはきわめてサラッとしてます。米の上に乗っているのはチキンです。これもスパイスで軽く味付けされ、グリルされただけ。でもなぜかこれがとても美味。んで、緑色のスープはモロヘイヤスープ♪アラビア語でもモロヘイヤはモロヘイヤなんですよ。高校生の時エジプトで食べて以来のモロヘイヤスープ。そう、考えればこのモロヘイヤスープはかなりしょっぱかった。んで、ドロッってしてるんですよね。これがご飯に合うんだ!ご飯も、チキンもサラッとしている中で唯一濃い味。ちょっと疑問なのはなんでご飯にパンなんだろう?
September 5, 2005
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イエメンの砂漠地帯は暑い。そして、砂漠なのでもちろんだが水はほとんどない。水を持たずに砂漠を旅するのはまさに自殺行為他ならない。私自信、砂漠を通った時6時間で全部で5リットル程水を飲んだ。それだけ喉は渇くのは恐らくそれだけ汗をかいているのだろう。しかし、汗はほとんど出ているように感じない。さすが湿度0%の世界、かいた汗も瞬時に蒸発してしまうのだ。さて、砂漠に人が住み始めたのは最近の話ではない。ずっと昔から裁くには人が住んでいた訳だし、昔の人々は水を必要としていなかった訳ではもちろんない。では昔の人々はどうやって水を運んだのだろう。ここに吊るされているのは動物の皮(だと思う)。動物の皮で作った袋の中に水を入れて運んだんです。で、ちょっと面白いのはこれ、一番下に蛇口がついてんです。イエメンでは何百年前の方法で水を運んでるんですね!ちなみに私はペットボトルの水、車の運転手さんはポリタンクから水を飲んでました(笑さて、この動物の皮タンクの素晴らしいところ。なんと少しずつ水が外に染み出てるんです。「それじゃ駄目じゃん」って思ったあなた!実は私の汗の件で説明した通り、染み出した水はすぐ蒸発します。すると蒸発するのと同時に熱もとってくれるんです。気化熱って奴ですね。つまり暑い砂漠の中でも、冷蔵庫がなくともそこそこ涼しい水を飲む事が出来るんです。すげぇ♪果たしてこれを計算した上で動物の皮を使っているのか、たまたまの偶然だったのか。ちょこっと気になるところです。
September 4, 2005
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その昔、アラビア半島南部に1000年以上栄えた王国があった。その名はシバ王国。そしてここマーリブにその王都があった。「シバの女王」をご存知の人も少なくないでしょう。しかし今では廃墟が残されるのみ。なぜ王国が崩壊したのか。人々はどこへ行ったのか。私には残念ながら知る由もない。また、ここにかつての王国の首都があったとも想像できない。今、ここにあるのは廃墟と、そこに訪れる観光客からガイドともいえないガイド料を取る地元の人々のみだ。果たして彼らは王都の末裔なのだろうか。だとしたら私は残念でならない。もちろん産業のないここでは仕方ない。それならそうと、もっと誇りをもって生きていてほしい。残念ながらそれはあくまでも旅行者のたわ言にしかすぎないだろう。ただ、女性から「私の写真を撮れ」を言って金を取る商売はしてほしくなかった。イスラムを厳格に守る女性の黒装束を商売にはしてほしくなかったのだ。
September 3, 2005
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先日はプサンからローマ字だけの更新をしました。あれだけの更新にもコメントをして下さるなんて嬉しい限り。早速今日からイエメンの話に戻ります。よくドラマとかを見ていると恨みを表す表現として「地獄の果てまで」とか似たような表現を耳にいたします。地獄とまでは言いませんがサナアの近くの風景です。まさに地の果てって感じがします。ここはちょうどサナア近郊の岩山地帯とその先、マーリブ周辺にある砂漠地帯の境目的な地域です。岩の目が粗いので解り難いかも知れませんが、右端にある白い帯の様な部分は道です。しかも人や獣だけが通るような道ではなく4WD車が通るよな結構幅のある道なんですよ!如何にこの渓谷が深くてでかいかが解るかと思います。そして砂漠の方からもうもうとホコリが上がっている。ってなると谷の対岸はもうかすんでて見えません。そして2キロ先でもまぁ見えるのですが、渓谷の底はさらに遠いので結局の所かすんでしまって見えないわけです。この渓谷を下るのにはウネウネした道を下って行きます。普段温厚なイエメン人も運転は荒い!結構なスピードでウネウネ降りて行く。最初は楽しくてワーキャー騒いでた我々五人。でもみんな一瞬を境にシーンと青ざめる。そう、そこら中に転落したと思われるトラックやらの残骸が!しかも中には転落して間もないのか血まみれのおっさんが!しかもおっさん、笑顔で手振ってるよ!
September 2, 2005
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Ima Pusan. Kore kara Seoul. Chotto matte ne.
September 1, 2005
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