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学園祭の季節。数多くのミュージシャンを輩出した、名門ジャズ研の、先輩ミュージシャンを交えてのライブは、ねらい目。後輩達に囲まれて、普段は見られない、ミュージシャンのくつろいだ表情に、無料で(笑)・・出会える場所だ。小雨降る中、野外ステージ。そんな大学の、名門ビッグバンドの、第一期生だという、アルトのNさん。後輩達に、暖かい視線を注ぎながら、やはり、桁違いの貫禄を見せる。誰もが知っているがゆえに・・やりにくいか?料理のやりようが無くて、面白みにかけるのか、プロのライブでは、まずお目にかかれない曲に出会えるのも嬉しい。たとえば、アートブレーキーの「モーニン」こんな曲が聞けるのも、学園祭なればこそ。このところ、何日も集中して、耳コピーをやってきたせいか、アドリブの音が、一つ一つ、これまでに無い明確さで、耳に入ってくるのも嬉しい。ひょっとして、この何人かが、数年後にプロとして、ステージに立つ日も?学生達のレベルは、高い。そんな学生達が、若き日のNさんの姿に重なって見える。もともと、若々しいNさんも、還暦をとうに過ぎた、ジャズ界の巨匠?のY先生も、いつも以上に若々しい。若さの発するエネルギーは、周りも巻き込むものらしい。ライブの後。後輩達と、楽しそうに語らうNさんに遠慮して、黙って帰ろうと思ったが、私の姿をみつけて、Nさんのほうから、駆け寄ってきてくださった。「Y大も、来るんでしょ?もし場所が分からなかったら、僕の携帯に電話ください」そういって、名刺を渡された。こんな気安さも、学園祭ならでは。「お祭り」の空気が、ミュージシャンとの距離を、またすこし、近いものにしてくれた。学園祭は、「ねらい目」だ!
2005.10.31
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狭いレッスン室に、隅から隅まで、耳に残っている音が再現される。黙って譜面を見ている先生。終わりに、鉛筆を取り出して、♭を二つ書き足した。「little flower 」のコピーの添削は、それでおしまい。「この曲が、もし大好きだ!というのなら、やる意味はあるとおもう」と一言。そうか・・あまり勉強にはならないのかな?とちょっと残念。まあ、サンボーンの魅力を再発見できたという点は、自分としては収穫だと思うので、よしとしよう。「好きな曲を」と先生はよく言う。そういわれて、答えに困る。あのアルバムの、このテイクが!というのならある。ある日、ある時、あの店で聞いた、あの人の演奏というのなら、数え切れない。ジャズは、演奏を楽しむ音楽だと思っている。よい音に満たされた空間を、楽しむものだと思っている。特にブルースなどでは、アドリブを聞いているうちに、テーマが何だったか忘れる・・・なんてざら。ミュージシャンも同様だった・・という場面に遭遇したことも(笑)もうすこし、上級者になれば、このコード進行が面白い。とかいうことが、出てくるかもしれない。音を出してみてこその、レッスン。実践を伴わない理論の勉強は、意味が無い。ということで、宿題のアドリブ教材に「枯葉」を録音させてもらい、1時間のレッスンを30分で切り上げた。教材として良いとは思うが、この「枯葉」も、好きとは言えない曲の一つ。ムード歌謡めいた、野暮ったさがどうも苦手。「枯葉よ~♪」と、しわがれた声が聞こえて来る。私にとって、この曲は、どうしてもシャンソンなのだ。サムシン・エルスのイントロも、どうも好きになれない。演奏は素晴らしいので、テーマを飛ばして、聞きたいくらい(笑)「ムード歌謡」という言葉に、先生はやや傷ついてしまったようだ。芸術家は、繊細だ。言葉を選ばなくては・・反省!時間が出来たので、上野に脚を伸ばし、「北斎」を見てきた。平日の夕方、にも関わらず、なかなかの混雑。北斎は、世界の美術界を仰天させた、日本が誇る天才・・だと私は思う。「おお~!これは!」と思う作品のほとんどが、海外の美術館のコレクションなのはいかがなものか。ことに、人物描写が素晴らしい。単純な線が生み出す、生き生きとした動き。時間が許せば、何時間でもその前に立って、見ていたい。「好き」なんて言葉を越えて、心を捉えて話さない、強烈な磁力!「好き」ではない人には、ただの紙切れ。「好き」な人の目には、無限の世界が、広がって行く。「好き」であるか無いかということで、その対象から得られるものが、これほどまでに違ってしまう。「枯葉」も同じだろうか?
2005.10.28
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譜面を見て、作曲者の意図を読み取り、それをどう表現するか・・。それが、僕たち、演奏者の努めだ・・と先生に言われる。たとえ、譜面にかかれていなくても、ここは、クレッシェンドで吹くだろう!生き生きとした、高揚感を表現しなくては。僕が、この譜面をみたら、間違いなくそう吹きたいと思う。ここは、絶対に突っ込んじゃだめだ。遅れるくらいでいい。たっぷり、余韻を持たせなくては。そんなことを、あれこれ、あれこれ、言われる。それでは、演奏から、譜面を書き起こす「コピー」は、どうなんだろう。デビッド・サンボーンの、「little flower」を取って見た。本当は、ブルースをやりたかったのだが、レベルにあった教材が、見つからない。ジャズの曲は、テーマが取れても、アドリブ部分になると、速くて、とても手が出ない。いつか、色んな巨匠の曲が、取れるようになるのが遠い、私の夢。フュージョン系のサックスは、キ~ンとした音質が苦手で、実は、あまり好んでは聞かない。この曲も、音が少なくて、テンポが遅く、短い・・それだけで選んだ。ジャズの勉強としては、あまり適当ではない気がするが、3拍子のリズムが難しい。テンポのゆったりした曲は、リズムの勉強としては、とてもよい気がする。実音キーでは♯が5つ。これをE♭で吹くのは、ちと骨がおれそう。好きだった曲ではないが、全神経を集中させて、繰り返し、繰り返し聞いていると、聞こえ方が、まるで変わって来る。これまで、耳を素通りしていた、かすかなささやきの一つ、一つが、心の中に、優しく何かをささやきかけているようだ。だから「little flower」悲しみの中、うつむいて歩いていると、いつもなら、見過ごしていた、小さな花の、思いがけない美しさに、優しく慰められた。サンボーンは、何を思って、この曲を書いたのだろう。出来上がった譜面は、実に素朴。こんな単純な音符の並びから、これほどまでに、豊かな情感が生まれるとは・・。やはり、サンボーンはさすがだ!葵のご紋にひれ伏すかのように、神々しく輝いて見えるCD。どれほど、真摯な思いで、耳を傾けても、おそらくは、作り手がそれにこめた思いには、とても及ばない。それでも、一つ、一つの音に、深く関わることでしか得られない、「何か」それが、私にはまだ届かない、「音楽」の世界・・かもしれない。この曲を、先生は、どう聞くのだろう。
2005.10.27
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治療院のベッドで思い浮かべるのは、人体の模型図。血管、神経、骨、筋肉、あらゆる部分が、道路地図のように、つながって出来ている。腫瘍の箇所は、左足のふくらはぎの内側だが、歩いていて、痛くなるのは、ふくらはぎの逆の側。さらに、無理を続けると、膝の裏側、右足、腰と、痛い箇所が、広がってゆく。弱いところがあると、他の部分が、それを補おうと働くためだといわれた。今回、痛めたのは、右手手首周辺の筋。テーピングで固定された手首は、あまり痛まないが、その部分の負荷が、肘と親指の付け根にかかってくる。もともと、楽器の練習による使い過ぎで、痛めていた親指には、過酷。おなべ、包丁、菜ばし・・何から何まで辛い。仕方ないので、テーピングでぐるぐる縛り付けてあるが、不自由なこと、この上ない。楽器の練習は休めても、家事は休めない、この調子で使っていては、症状は悪化するばかりだ。右手の親指が、こんな状況では、楽器を持てるのは、当分先のことだろう。明日は久々のレッスン。やっと見つけた・・かもれない何かを、先生に聞いてもらいたかった。とても残念。生徒都合によるキャンセルは出来ない。仕方ないので、耳コピーでもやっていくことにした・・が、レコーダーの操作が、また大変。譜面を書くのも、またまた大変。困ったものである。歩みののろい、亀さんなら、固い甲羅があるのになあ・・。私は、甲羅の無い亀。歩いても、歩いても、傷だらけになるばかり。ちっとも前に進めやしない。
2005.10.26
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あ~あ・・と、嘆いてばかりいても仕方ない。治療院に、行ってきた。腕がよくて、人当たりがよくて、おまけに男前の院長先生。月曜の朝ともなると、診療時間の前から、年配の女性を中心とした、長い列が出来る。脚の具合の悪い私は、さすがに立って並ぶことは出来ず、診療時間になってから、行ったが、待つこと・・待つこと・・そりゃあ、待つこと。まあ、家にいても、手が使えなくては、それほど出来ることも無いので、持参した、英語のリスニング教材を聞きながら待つ。これは痛いですか?では、これは?これはどうです?手首をあれこれひねったり、押さえたり、この歳になって、こんな男前の男性に手を取ってもらえるのも、幸せかもしれないない・・が、それにしても痛い!やはり、手の筋を痛めたようだ。が、楽器の練習で痛めた場所とはすこし違う。だったら、楽器は出来るかな・・とのかすかな望みは、はかなく消え。でかでかと貼られたテーピング。重いものを持つのは禁止。楽器の練習、当然禁止。家事も出来れば控えめに・・これは禁止してほしいのに(笑)おまけに、禁酒という厳しいお達し。私は、もともと手首や腕の筋肉が、弱いらしい。楽器をやるには、致命的だ。荷物を持つときには、予防の意味でも、テーピングをしておいたほうがいいという、アドバイスも戴いた。長袖の季節には、めんどくさいなあ。あ~あ。これが、何週間も続くのである。酒でも飲まなきゃ・・やってられない。でも・・我慢!我慢!
2005.10.24
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目が覚めて、最初に気づいた。焼けるような右手の痛み。数ヶ月前まで、いつも私に寄り添っていた親指の付け根の痛み。もう、忘れかけていたのに。忘れさせないぞ・・とでも言いたい?あれほど、気をつけていたのに。もうすこしやりたい・・と思いながらも、練習時間をセーブして。あれこれ、やらなきゃならないことを、おいておいて、まずは、じっくり手を冷やし。たっぷり、ストレッチをして・・。昨日のPTA行事。事情を知っているお母さんの何人かからは、無理をしないように・・と声をかけられはするものの。皆が忙しく動いている中、ただ、座ってもいられない。あれこれ、あれこれ、声がかかる。重いテーブルや荷物を運んで、長い廊下を往復。手が痛い。足が痛い。せめて、手をよく冷やしてから、寝ればよかった。後悔しても後の祭り。「お前のせいだ!お前のせいだ!」料理、洗濯、掃除・・。何をしても、責めるように襲われる痛み。今週はレッスン。あんなに、頑張って、練習したのに・・。多分、もうだめだ。ねえ!どうして?私の手!私の脚!悪いのは私?どうすればいい?左手しか使えない手で、キーボードを打ちながら、悪いのは私!悪いのは私!どうしようもない。
2005.10.23
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難しい指の動きは、最初はゆっくりと、出来るようになったら、すこしずつ早く。「いいな!出来た!」ためしにもう一度。もう一度。やっているうちに、ころっとつまづく。あれ?おかしいもう一度。やはり、出来ない。もう一度。やはりダメだ。やれば、やるほど、出来なくなってくる。こうなったら、もうだめだ。そこでやめるのは悔しい。でも、手が、「やめて」と言っている。だから、今日はもう終わり。バンドの人から、メールが来た。「完全なコンデションになるのを待っていたら、いつまでも、戻ってこれなくなるよ。ためしに、来てごらんよ。全部一緒に吹けなくたっていいんだから・・」今の自分の実力には、遠く及ばない上級者の方たち。難しい曲の数々。でも、聞いているだけでも、勉強。出来るところだけでも、一緒に出来れば、十分。そう思って参加してきたけど、やはり、すこしでも出来るようになりたくて、頑張って・・頑張って・・。でも、頑張りきれなかった私の手。復帰は、諦めていた。心が揺れる。だけど・・やはり今はダメだ。少しづつ、時間をかけてやっていけば、手の筋肉も次第に強くなってくる。練習時間も、増やしていける。その前に、勉強したいことなら、山ほどある。「その気持ち」だけなくさなければ、いつになったって、復帰は出来る。だから、今はお勉強。(笑)「お勉強」の色々1・「ロングトーン」 全音域・強弱をつけて、30~40分2・「スケール」バークレイのスケール教本。毎回2ページづつが、宿題。160くらいで出来るのを目安に。3・「アルペジオ」「三度のスケール」全キーで4・「2-5-1」の簡単なフレーズ。ジェイミーのVo3を参考に、全キー5.耳コピーを譜面に書き起こしたブルース。実音譜を頭で移調して吹く練習6・ベーシック・ジャズ・エクササイズ。夫がレッスンで使っていたジャズの教本。よい本らしいので、やってみることにした。 7・「サクソフォーン教本」レッスンはじめてから、もう2年半使っている。初心者向けのクラシックの教材。特に後半部分は、意地悪で、憎らしいエチュードばかりで大嫌い。実は、先生も嫌い・・みたい(笑)なんとか、早いことやっつけてしまいたい。先生から出されている宿題は、1、2、5、7言われたことだけやっているようでは、上手くならないと言われるので、あれこれ、色々考えて、今は、こんな感じ。練習時間は、日に3時間ほど。なにか、他によさそうな練習はないでしょうか?
2005.10.20
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「では、難問をやります!」という、先生の言葉に「やった~!!!」という歓声が上がる。学校公開週間。小学4年生の算数の授業。「ルールは同じです。全部で5問。どれでもいいので、その中の一つ。出来たら見せに来てください。正解だったら100点。不正解だったら0点です。出来た人は、他の問題に挑戦してください。そこで、正解だったら、100点。不正解だったら0点です。何度でも挑戦できます。」一番後ろの子の問題を、覗き見しながら、一緒に考えてみた。ちょっとひらめくと、簡単に出来るが、老化した頭に、暗算はちと辛い(笑)子供達は真剣そのもの。「やった~!!出来た!」と意気揚々と先生に見せに行く。「2問目、正解が出ました!」「4問目、正解が出ました!」先生の言葉が、さらに子供達を熱くする!「出来なくてもいいんです。難問なんですから。最後まで、諦めずに、考え続けることが大事。」授業の終わりまで、先生は、繰り返しそういい続けた。上手い授業だ!・・まずはそう思う。分からない問題を、考え続ける集中力。出来たときの達成感!子供達が得るものはとても大きい。「ここは、ちょっと難しいよ!」先生にそういわれると、俄然燃えちゃう私!ぜったいにマスターしなきゃ!と思って張り切って取り組む。我ながら、子供だなあと思う。「この歳になって、先生と呼べる人がいるのは、幸せなことだよ」お琴を習っている友人が、以前、そんなことを言っていたのを思い出した。「先生」と呼ぶ人の存在が、私の中に眠っている、頑張る子供!を目覚めさせてくれた。幾つになっても、子供になれる時間をもてるのは幸せだ。今も、その時間を、待ち遠しい思いで待っている!
2005.10.17
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知人のブログに、近頃、熱くなれるものが無い!と書いてあった。それに共感するレスが沢山ついてた。レスというのは、あまり反論めいたことは、書かないのが礼儀のような気もするけど、そんなものかなあ?と思う。子供の頃から、今まで、振り返ると、いつも大好きなものがあった。大好きな本や、テレビの登場人物、夢中になって、取り組んできた、いろんなこと。仕事だって、頑張ってやってきた。好きな人が出来ると、その人のことを思わない時が無くて、どこにいても、一緒にいる気がした。不器用なものだから、どれほど一生懸命やっても、そう簡単に上手くなれなくて、だから、いつまでも飽きるということがない。だけど、やはり不器用なものだから、一度に熱中できることは、一つだけ。天秤秤が、釣り合った、ためしの無い。いつも、いつも、重症な片思い。サックスを買って、家に帰った日。嬉しくて、嬉しくて、抱いて寝たいと思った。夢の中にも、ずっと出てきた。次の朝、目が覚めて、ひょっとして、夢だったかも・・と思って、布団から出てすぐに、サックスを置いた場所に行ってみた。愛しい楽器は、ケースの中で、赤ちゃんのように眠っていた。気が付くと、いつも手の中にいるような気がする。唇に、マウスピースの感触を感じる。耳に音を感じる。お腹がなんだか、うずうずしだす。初めて母親になった時のように。こんなに近くに居るのに、やはり片思い(笑)私は、幸せ者だ。私の楽器も、もう少し、幸せにしてやりたい!
2005.10.12
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大きく息を吸って、ロングトーン。メトロノームは、60。中音域を、まっすぐに8拍。それから、下から順に、クレッシェンド、デクレッシェンド、それぞれ4拍。口の脇の筋肉を、意識して、マウスピースを深く、しっかりホールド。なんだか、音の立ち上がりが違う?唇はしっかり締めて・・でも、なぜかリラックスしている感じ?なんだろう?お腹の奥のほうから、息がたっぷり出てくる。体が、風の神様の袋になったみたい。一番上まで行って、今度はくだり。やはり音が違う。良いリードに当たったのかな?次はスケール。息のコントロールが、とてもスムーズ。お腹の筋肉が、よく働いている・・みたい。スケールって、こんなに楽に出来るものだった?指も軽やかに動く。自然に、気持ちよく、力が抜けている。これは、一体なんだろう?私・・・。何か、見つけたのかもしれない。
2005.10.11
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な~んと、ザッキーさんも出演されていたんだ・・。知ってたら、絶対聴きに行ったのになあ。ゴメンナサイ。子供達の用事があれこれ入っていたので、諦めていたんですが、急遽、いけることになったジャズプロ。当日券になったので、やや高い・・とはいえ。小学生は無料なので、家族4人1万円で一日、聞き放題!というのは、やはり素晴らしいです!お目当てのミュージシャンが、一箇所に集中していたのも、嬉しい。開港記念会館で、古野光昭トリオ、辛島文雄Terzett、峰厚介クインテット、向井滋春クインテットを聴きました。大好きな人、大好きな曲、大好きな音、大好きな空間・・。大満足、お腹いっぱい、もう何も入らない(笑)
2005.10.09
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ライブが終わって、楽屋に挨拶に行くと、「あれ?どこで聞いていたの?」と先生。この日案内された席は、壁際の、一番後ろ。予約時に席を指定できないシステムのため、已むを得ないと思うものの、正直、ガッカリ!思ったよりは、よく見えたが、音響のシステムが良くないので、スピーカーからの音が聞くに堪えない。出来れば、生音の届く場所で聴きたかった。普段は、なるべく早く並んで、前に座る。「どうして、こう、まん前に座るんだよ~!」と先生に言われることがある。「楽器をやってるヤツはさあ~。ほら、間違えた!とか、あっ!音外した!とか。重箱の隅をつつくような聞き方をするから、イヤだ。」・・などと、本当に、毒舌なんだから(笑)同じ人のライブに、何度も足を運んで、同じ曲を何度も聞いているから、「違うな?」というのは、そうでない人より分かるかもしれない。レッスンで取り上げられた曲で、コード進行が頭に入っていたりすると、音にともなって、譜面が浮かんできたり・・ということだってある。でも、「間違いなんて、どうってことない」という事だって、音楽との濃密に関わっているからこそ、分かるのだ。リスクを犯さない、完璧な演技で、安全勝ちをねらう選手と、一か八かの勝ちにかけて、難易度の高い技に挑戦する選手。私は、「負けない人」ではなくて、自ら「勝ちに行く人」が好きだ。先日、耳コピーをして驚いたことの一つは、「え?こんな音が?」と思う音が、思いがけない場所に沢山出てきたことだ。出しにくい音、難しいフィンガリング、私には、とても出来ないことの数々、あまりにもやすやすとやっているから、まるで分からなかった。前日のレッスンで、注意されたスタッカート。ステージの上での先生のアタックは、氷河に打ち込むスパイクのように、鋭く、強く、それはもう、カッコイイ!「タンギングは、舌のこの辺でね?」と口をあけて見せてもらったその口の中が浮かんでくる。あんな、舌が欲しいなあ~。プロなら当たり前のことの数々。でも、自分にはとても出来ないことの数々。その一つ一つに、感動してしまう私。こんな客は、やはり一番前には、いて欲しくないものだろうか?
2005.10.07
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「スケール」ってイヤ。私程度の耳でも、「走ってるな」とか、「音の粒が揃っていないな。」とか、「音と音の間に、余計な音が入ってる」とか先生に言われるまでもなく、色々、色々、よく分かる。もう、聞くのがイヤになる。多分、先生にはもっとよく分かる。でも、一度に受ける注意は一つだけ。自分が、気をつけて出来ることも、せいぜい一つだけ。一つだけでも、しっかりやらなきゃ。まだまだ、集中力が足りない。「スタッカート」ってイヤ。腕を早く振るとか、地面をしっかり蹴るとか、色々考えたって、早くなれないカケッコみたいに。「舌」なんて、どうすれば早く動くんだ???と思う。後で、聞き返すと、思った以上に、のっぺりした音。イヤだ、もう聞きたくない。アンブシャーも悪いから、下唇も一緒に動いてしまう。「唇が前後に動くというのは、かなりまずいよ!唇の両脇にしっかり壁を作る気分で」壁?壁?そうだよなあ。根性ナシの私のほっぺたは、紙のようにふにゃ~。壁にならなきゃ!頭の中に浮かぶのは、げげげの鬼太郎に出てくる「塗り壁」「一反木綿」じゃない。「塗り壁」だ壁!壁!お前なんかあっち行け!「タ!タ!タ!」「そう、すこしよくなった。口の脇を意識したのが、良かったみたいだね。もっと、勢いよく。たすけて~!って叫ぶみたいに!」そうか、目の前にいるこの先生と、悪い妖怪だと思って・・・「タ!・・」スケテ・・って感じ?「うん!音の立ち上がりがよくなったよ。次のレッスンでまたやってみよう。この感じを忘れないようにね」忘れずに・・ってう~ん?難しいな。だれか、怪しい人に、側にいてもらわないと。さて、次は、前回出された、耳コピーの添削。「イヤだな~」と今度は先生。「自分の音、聞かなきゃならない。」今度は、先生が聞きたくない?「え?そうなんですか?」・・あんなキレイな音なのに?と言うと、喜ぶかな?でも嘘っぽくなるから、やめとこ。「イヤだよ!自分の音、嫌いだもの。・・・もっと上手くなりたい!」雲の上から聞こえるみたいに、上手いのになあ~!と思ったけど、そんなことは言えない。先生の言葉は、きっと本心。「どう?出来た?もっと難しいのにすればよかったかな?」「70点くらい出来てると、嬉しいな。」といいながら、書きおこした譜面を差し出した。表記の間違いを、色々指摘されたが、それは、教わっていないから、出来なくても仕方ない。音は大体取れていたから、まずは合格のようだ。「面白かった!こういうの、いっぱいやってください!」とお願いしたら、「うん!」ととりあえず、肯定のお返事!やった~!嬉しいなあ。先生が作ってくださった教材。「誰に欲しいって言われても、絶対誰にもあげない!」そういうと、「あげちゃダメだよ!」と先生「そりゃ、そうですよ。・・高いんですから」そう、レッスン料がというだけでなくて、いろんな意味で、高いのだ。私のためだけの、先生のオリジナル・ブルース(笑)洗い物をしながら、洗濯物を干しながら、イヤだ、イヤだと思いながら、何度も聞き返す、昨日のレッスンの録音。かわいそうな私の耳。かけらも残らない、かわいそうな私のささやかな自尊心(笑)今夜は、いっぱい頑張った耳へのご褒美。先生のライブ。ほら!耳が喜んでいる!お楽しみの前に、もうちょっと頑張ろう!
2005.10.06
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テーピングがまた増えた。成人女性の平均に、遠く及ばない私の指の骨の太さ。激しい使用には、耐えられない・・そうだ。磨り減ってしまった関節の軟骨。変形した関節が、ずきずきと熱を持って痛む。「使い過ぎが原因です。昔は縫い物をよくする女性がなりました・・」レントゲン写真を見ながら、先生はそう説明をした。歳をとって始めた楽器のお稽古は、若い人には考えも付かないことが、色々と起こる(笑)カラオケ・ボックスでの練習の帰り、コンビニでアイスを買って、腫れ上がった指を冷やしながら帰る。家に着く頃は、すでにドロドロ。冷凍庫に戻して、子供達に見つからないように、こっそり食べる。「最後に残った、一滴の息までも、吹き続ける。ひょっとしたら、脳の血管が切れて、死ぬかもしれない。でも、さらに、やるんだ。自分の体の限界をわきまえて、そこまでしかやらない人には、決して見えない世界が、その先にあるんだ・・。」あるトランペッターがそんなことを言うのを、テレビで見た。「その向こうまでやる人と、やらない人・・分かるよね!」一緒に見ていた、連れ合いが言う。「そう、分かる。たとえばNさん」と私が答える。「うん!そうそう、後は、Kさん、E先生もそうだな!」スマートなセンスで、誰もが聞きやすい曲を書き、いつも安定した美しい音を聞かせるAさん、そして、Hさん。優れたテクニックを持つ人、楽しいライブを聞かせてくれる人でも、彼らは、その手前にとどまる人だ。・・と思う。なぜか、そこで意見の一致する私達。「KEEP PLAY・・肝心なのは、いつまででもやり続けること、一生かけて、やり遂げること。それが出来る人が、天才だ・・」そのトランペッターはこうも言う。比べて語れる話ではないが、手の痛みくらい、何だ!と、思う。痛みが続くのはせいぜい2年だと医者には言われた。使えば使うほど、関節の変形は進む、不恰好に節くれだって、さらに曲がっていく。その頃には、痛みは治まる。それまでの、ガマンだ。2年なんて、短い。私は、「サックスをやってみたい」のではない。「美しい音楽を奏でる人」になりたい。指輪の似合う、形の良い指なんて、私はいらない。美しい音を紡ぎだす指が欲しい。失うものを惜しんでいては、手に入るものなど何も無い。私が欲しいもの、私がなりたい私には、今の私では絶対に手が届かない。>そこにかける努力って自分を将来豊かにする時間の蓄え。sayaさんから、素晴らしい言葉を戴いた。この言葉を宝物に、私のなりたい「私」私が行きたい「向こう側」に、いつか、いける切符を手に入れたい。
2005.10.04
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