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新鮮なのになつかしい、セピア色した連作短篇が集まって、ゆるゆるとひとつのものがたりを形成してる。決して、むずかしいことばや言い回しを使わないひとだ。そこも、気に入っている。谷崎潤一郎賞受賞!!! その前から、この作品については川上弘美の最高傑作との声が高かった。 ここには、ただ、単純な言葉づかいで綴られたせつない愛の物語があり、 文章のそこかしこから、生きることのかけがえのない喜びとためらいが・・・こんこんと涌き出てくる。山本文緒さんや山田詠美など、さんかくゆびの好きな作家たちや、評論家たちがいっせいにほめちぎる小説だったので、ずっと気になっていた。<平凡社・1400円> ↓(島森路子・評 )この人の書くものの読後感は、いつも不思議だ。リアリズムなのかファンタジーなのか、具象なのか抽象なのか、どうにも判然としないところにもって行かれる。リアリティーがないというのではもちろんない。細部の描写は実に具体的だ。が、そのくせ、その全体が、どこか春霞の中を漂っているように、儚(はかな)げで、掴(つか)みどころがない。言葉は研ぎ澄まされ、物語や登場人物の輪郭はくっきりとしているのに、そこに漂っている感覚(作品の色調)が、独特に“川上色”なのである。 人と人との間にあって“かたち”にならないもの。ましてや“言葉”になどならないもの。言葉にした途端、微妙にズレたり変形してしまうもの。そのくせ、きっとそこにあるもの。そういう、いわく言いがたい人の感情や生理の機微を、川上弘美は、行間に塵(ちり)のように漂わせる。そして、その“塵”が、読む私たちをふわりと包んで、そのくせ圧倒的に支配する。書かれたことよりも書かれなかったことに、川上弘美の小説の核はあり、しかし、それは言うまでもなく、彼女の書いたことからしか浮かび上がってこない何かなのだ。 どうでもいいような、どこにもあるような、しぶくて、カッコ悪くて、しみったれた恋愛。けれど、ここにしかない、かけがえのない、切羽詰まった感情。晩秋の乾いた風がカサコソと吹き抜けるように、生きることの“さみしさ”が、行間からヒューヒューと吹き渡ってくる。 ↓以下、「センセイの鞄」本文より********************************もうすることがなくなった。一人で今まで楽しく生きてきたはずだったのに、どうしたことか。しかしほんとうに、今まで一人で「楽しく」など生きてきたのだろうか。楽しい。苦しい。きもちいい。甘い。苦い。しょっぱい。くすぐったい。かゆい。寒い。暑い。なまぬるい。いったいわたしは、どんなふうに生きてきたんだったっけか。 ###########「育てるから育つんだよ」亡くなった大叔母が生前にしばしば言っていた。年がいっていたくせに、母などよりも余程ひらけたひとだった。「恋情なんて、そんなもんさ」大事な恋愛ならば、植木と同様、追肥やら雪吊りやらをして、手を尽くすことが肝腎。そうでない恋愛ならば、適当に手を抜いて立ち枯れさせることが安心。語呂あわせのように、そんなことを言い言いしていた。###########動物を飼うのはお好きなんですか、と聞くと、センセイは首を横に振った。「得手ではないですね」「だいじょうぶですか」「ひよこならね、そんなに可愛くないでしょう」「可愛くないのがいいんですか」「可愛いと、つい夢中になる」かさこそと、ひよこは箱の中で動いている。センセイがコップを干したので、わたしがビールをつぎ足した。センセイはこばまなかった。もうちょっと、泡たてて。そうそう。そんなふうに言いながら、わたしの酌を静かに受けた。###########わたしはセンセイの後ろで、星を数えつづけた。十五まで数えたころに別れ道に来た。「さよなら」と手を振ると、センセイも振り返って、「さよなら」と言った。センセイの背中を見送り、自分の部屋に向かった。部屋に着くまでに、ずいぶん小さなのも入れて、二十二個の星を、数えた。 ###########林檎が食べたくなって、かごから一つ取り出した。母と同じ剥きかたをしてみた。途中で皮は切れた。突然、涙が出てきて驚いた。玉葱をきざんだのでもあるまいに、林檎で、泣いた。林檎を食べている間も、泣いていた。しゃくしゃくと噛む音の合間に、涙が流しのステンレスにぽたりと垂れる音がした。流しの前で、立ったまま、食べたり泣いたり、いそがしくした。厚いコートを着て、わたしは部屋を出た。もう何年も着ている、けばだったコートである。深緑色の、けばだっていても、あたたかなコートだ。泣いたあとは、いつもより寒くなる。部屋で震えていたが、じきに飽きた。厚い靴下にはきかえ、手袋もはめ、底が厚めの運動靴をはいて、外に出た。オリオンの三つ星がきれいに見えていた。まっすぐに、歩いた。元気よさげな歩調で、歩いた。歩いているうちに、少しだけ体があたたまってきた。どこかの犬に吠えられて、一瞬涙が出た。じきに四十歳にもなろうというのに、子供みたいになっている。子供のように、手を大きく振って、歩いた。空き缶があれば、蹴った。みちばたの枯れ草を、何本も折りとった。自転車が何台も、駅のほうから走ってくる。無灯火の一台にぶつかりそうになり、おこられた。また涙がじんわりと出た。座り込んでしくしく泣きたくなった。しかし寒いので、やめておいた。そのまま駅に向かって歩いた。いつも見慣れている道が、よそよそしかった。長く道草をして、日が暮れて、家までの道がぜんぜんちがうもののように感じられた子供のころに、すっかり戻っていた。センセイ、とつぶやいた。センセイ、帰り道がわかりません。 ############かすかに春になりかかっている空気の中を、ゆっくりと歩いてゆく。月が、金色に光っている。 ############何日か雨がつづいた。若葉は急に色を増し、窓から眺めると視界はまみどりだった。 ****************最近読んだ・読んでる本*********************(5月末から6月始め)室井祐月「LOVE GO GO」「ああ~ん、あんあん」川上弘美「センセイの鞄」菅浩江「夜陰談」白石一文「不自由な心」北野勇作「どーなつ」清丸恵三郎「出版動乱・ルポルタージュ本を作る人々」筒井康隆「天狗の落し文」「愛のひだりがわ」椎名誠「ハリセンボンの逆襲」「からいはうまい」荒俣宏「アジアまぼろし画報」恩田陸「劫尽童女」中山可穂「感情教育」南伸坊「装丁」岡崎大五「だましだまされ生きるのさ」日本に帰るお金も無くなってしまった旅行者が、バンコクの街で抱腹絶倒のサバイバル!アレグザンダー・ケント「提督ボライソーの最期」帆船時代の海の英雄を描いた人気シリーズ24巻目。1巻目から読んでるけど、もうここまで20年も(笑)経ってる・・。栗本薫のグイン・サーガよりはマシだけどさ。松本隆「成層圏紳士」伝説のバンド、はっぴいえんどのメンバーだった昔から、数々のヒット曲を生んだ作詞家としての日常、そして現在までの様々なシーンでのエッセイ集大成。井上尚登「キャピタル・ダンス」旧き上海を舞台にした横溝正史賞のTRYのあと、革命の英雄ゲバラにちなんだCHEと来て、期待の新作はビル・ゲイツをふった女性の話からスタート。目黒孝二「笹塚日記」別名、あの北上次郎の日常とひたすらの読書日記。林真理子「紅一点主義」このひとは、おのれをよお~く知っている。だから、自慢しまくっていても、いやみなく何時でもオモシロイ。谷口裕貴「ドッグファイト」第2回日本SF新人賞受賞作。センスオブ・ワンダーあふれる、遠未来の何処か遠くの星と、荒廃した地球人類の軋轢。犬好きなひとには、人間と犬たちのテレパスによる密度の濃い精神の交流が、なかなかこたえられない内容で、泣かせる。
2002年07月13日
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なあんにもない日曜日でした。 ひさびさにゆっくり起きて、家のリビングで放し飼いにしてるうさぎのモモタと遊んでもらう。うさぎの種類、聞いたような気がするけどずぼらなさんかくゆびは、忘れた。色も形も、ピーターラビットと、ほぼ同じです。(ただ、うちのほうがちょっとハンサムだけど)寝転がってTVを見てると、鼻をふんふん言わせながら顔に迫って来るもんで、なでてやる。いや、なでさせていただく・・・。まるで、毛皮をなでているようになめらか。(←あたりまえ!)とっても、とってもいい気分♪ このうさぎの名前は、最初「モモコ」だった。それはそれは、ちっちゃくって、可愛いメスうさぎに見えた。けれど、しばらくすると「ちょっと、見て!なんかお腹にデキモノがある。どんどん大きくなって腫れてるから」と、配偶者が騒ぐ「早く、お医者に連れてかなきゃ!悪性の腫瘍だったら、大変」 おいおい、「よく見ろよ」そりゃ、タマだ。 と言う訳で、りりしい♂モモタくんの、出来あがり。特技は、<オマワリ>かな。うさぎのくせに、好物をおねだりする時や、とっても嬉しい時なんか、足元でぐるぐる廻る(笑)機嫌が良いと2回も3回も、くるんくるん廻って、可愛いのなんの・・・。 午前中のうちに行きたいと言うので、宇都宮郊外の大規模公園<ろまんちっく村>でやってるフリマに、息子と出かける。てきとうに分かれて、店をひやかして歩く。今日は、120店ほどの出店数なので、放っとくと迷子になりそう。(互いに携帯を持ってると、こう言う時に便利だね) とってもハワイアンなレイが、30円だったのをさらに値切って20円で買う。「アジア・パー伝」の続編にあたるサイバラと鴨ちゃんの最新刊が、何故か半値で並んでいるので、さらに500円に値切って買う。さらに移動してタイの少数民族風の、お粗末なまがい物が出てたので見てたら、「***さん、ですよね?」と、声をかけられた。 聞くと、さんかくゆびが店をやってる頃によく来てくれていたらしい。おまけに、書いていた詩のことまで言われた!恥かしいけど、やはり嬉しかったのでHPのことを伝えた。でも、アドレスを教えた訳ではないので、たどりついてくれるといいなあ・・・・。
2002年07月03日
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バンコク下町のATTゲストハウスのスタッフのアモ-ンは、タイ人にしてはひょろりと長身でとてもはにかみや。心優しいのが仇になって好きなガールフレンドにも思うように告白できません。彼女の写真を一枚撮るにも、はるるに依頼する始末。・・・まあ、そこが良いんだけどね(笑) 足に怪我しちゃった数日前、彼の故郷の村を初めて訪れた日のこと。長距離バスの旅を終え、いちばん風通しの良い部屋をあてがわれて自分の荷物を降ろし、同じようにひょろひょろの彼のばあちゃんと、カタコトのタイ語で喋ってた。アモ-ンは、繰り返し「ぼくんちは、ビンボーだから」と言うけど、タイの農村の家の中は何処も同じだ。つまり、家具なんて、ほとんど無い。たいていの家の床は黒くぴかぴかに光る板張りで、暑い日中はひんやりして風通しも良くって昼寝には最適で、気持ちいい。フローリングなんて言葉は、ここには無いけれど・・・・日本で流行るずっと前から、南国ではこのスタイル(笑) この村、ワット・ボーでも青少年の憧れはモーターサイクル、略して「モトサイ」です。ホンダやスズキ、そしてヤマハを乗り回さないと、女の子にも相手にしてもらえません。でも、とアモ-ン「ぼくの家は貧しいから、自転車しか買えないんだ」そう言えば、ここには黒いちゃりんこしか無いや。ごめんね、と言いながら暫らくすると何処からかモトサイを借りてくる。「ハルオ、ちょっとタラートに行こう。パイ。ティアオ!(遊びにね!)」 モトサイに2人乗りして少し傾いてきた陽射しの中を行くと、大きな町のタラート(市場)と違ってここのバザールは、粗末な屋根の下に簡単に長い板が数列ほど差し渡してあるだけ。まだまだ陽射しの照り返しは強くて、屋根の下の日陰は嬉しい。その広い板の上には、さまざまな野菜、色とりどりの果物に混じって村を流れるナ-ン川で捕れた生きのいい川魚が並ぶ。冷蔵設備やショーケースなんて有るはずは無いから、元気なハエもぶんぶん飛んでる。ぐりぐり茶色のハエ捕り用リボンが沢山下がってて、ちょっと懐かしい風景だ。ふわふわしたハタキのようなもので追い払ってるおばちゃんも居る。ほっぺに化粧パウダーをぐりぐりしてる、ハッとするような美少女も居る。ここでの主役は、買う者も、売る者も、みんな女性だ。なぜか、お魚さんのとなりに、ちょっとだけ電気製品が並んでたりする。電池とラジオ。懐中電灯にウオ-クマンもどき(笑) 大したモノも買わず、彼の同級生に出会って紹介されたりして笑ってると、ずっと前から知っているふるさとに戻ったような気分になった。でも、それにしてもまだ暑い。さっき、荷物を降ろして着替えて来たばかりなのに、汗っかきのはるるはTシャツの背中がべたべたする。「アプ・ナーム」水浴びしたい、つまり風呂に入りたいと、カタコトのタイ語でアモ-ンの肩をたたく。彼は無言で頷いて、いっしょにモトサイが停めてある場所へと足を返す。 家へ戻って、部屋で石鹸やタオル、着替えの準備も整うと、アモ-ンが呼びに来る。「パイ、ハルオ」行こうぜ、と言われて彼の後を追う。台所を抜けて、家の裏手に出てしまう。「あれれ」昔の日本みたいに、風呂が庭先にでもあるのかなあ?!どんどん歩いて、敷地を抜けてしまうのに、止まらない。あれれ、原っぱの斜面を下って行くと、村をつらぬくナ-ン川が大きくカーブを描いているのに出会う。ふと、気がつくと同じような仕度をした人々が、対岸からも降りてくる。こちらからも、夕暮れの風に誘われるように三々五々、男女を問わず川辺に出て来ている。あ。そうなんだ。 みんなのお風呂は、このナ-ン川でした。そう、思うとちょっとだけ涼しくなった空気より温かい、やさしく流れる川の水が、ものすごく雄大な露天風呂に見えて来ました・・・。立ち止まってると、ちいさな魚たちが足先をつんつんつつきます。その、絶え間の無いかすかなくすぐったさが、ぼくの心を包むように歓迎してくれている、ナ-ン川のメッセージのような気さえして身震いして来てしまう。嬉しさがこみ上げる内に、夕もやがたなびいて無数のホタルが飛び交い始めました。ほんとは時間が経っていたのかも知れませんが、あっという間に闇が押し寄せて、頭上には銀河の流れが広がっていました。ふつう、これは沐浴と呼ぶものかも知れませんが。はるるにとって、これは生涯最高の露天風呂との出会い体験で、生きているしあわせを、ほろほろと実感したものでした。
2002年07月01日
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