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**** **** **** ****かなしみを 全部引き出しに 収めて目を閉じるとあの昼下がりの夢 が 見えるこれは 悲劇だね何だか見たことない街まで 見える**** **** **** ****選んだ者を選んでやろう美しいものをもっと美しくしてやろう見つめるものを見つめてやろうあのひとは ただのばかな まちがいだったのだそんな生涯を 生きよう
2007年05月28日
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さっき、TVを、中京地区から数日ぶりに帰宅した配偶者とくつろいで見ていたら、びっくり!日本国内での最近よくつけられるペットの名前、人気ランキングのベスト3をやってたんだけど。1位 モモ2位 はな3位 チョコとゆーことに、なってるらしい☆【モモちゃん】ってのはうちのリビングで6年間、放し飼いしてたうさぎさん。寒い季節は、よくこたつうさぎ状態でしたが・・2001年まではおおきななうさぎが、家の中でぴょんぴょんしてました。けど4年前の12月23日、うちのももたとは永遠に別れちゃいましたけどね。★それから、【はなこ】ってのは20年間の長い間、ぼくたち家族といっしょに暮らしていた、お嬢様のシャムと野良猫のとら縞の、それぞれの血をひく「野性味たっぷりの混血ねこ」の名前だった。★あと、今年の早春。最後のペットとして、うちのムスメが「たのんだよ」と、自分の部屋に置いていったのが、【チョコちゃん♪】まだ、こどものハムスター(ジャンガリアン)の名前なのだ。配偶者は「ずる~い!あたしたちのペットの名前なのに、みんなして取っちゃうなんてっ!!」などと、わけのわからない言いがかりを、TVに向かってつぶやいた。。
2007年05月13日
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仕事してるのが、本当にもったいないくらいの良い天気。そんな時、ときどき仕事場の屋上に上って,地球の大きさを確認します。近くの5~6階建ての屋上を見下ろしてると、制服姿の女子銀行員たちが二人がかりで持ち上げて、コカコーラのロゴのついたベンチを目立たない場所に、えっちらおっちらと移動しています。教師に見つからないかと警戒する学校の生徒たちのように、こっそりとベンチに固まって美味そうにタバコを吸いはじめました(笑)まもなく、あと数人の制服が合流して来て、楽しそうにリラックスして談笑してます。きっと、この後もきびきびとした笑顔をつくって、全面禁煙のオフィスでサクサク仕事するんでしょうねえ。 北に那須高原の山々から始まって、西に向かってハンターマウンテンやエーデルワイス他のスキー場がある塩原温泉方面の鶏鳥山などの連なり。 手前に杉並木や鬼怒川・川治温泉を抱える日光連山ーーー女峰山から、男体山・・・その間から、可愛いい顔を出してる太郎山。背後に、真っ先に雪をいただく日光国立公園の最高峰白根山。さらに西から南にかけて足尾銅山のあった、足尾連峰。その向こうには、群馬県の赤城山・榛名山、さらに軽井沢方面の浅間山が遠くかすんで見える。 南から東にかけては、さえぎる物の無い日本最大の関東平野がおおきく遥かに広がっています。東京方面は、やはり何時もかすかに上空がにごって居るので、直ぐ分かります。こんな晴れた日は、秩父方面の低い山並みからは、富士山がちょこんと上半身を覗かせます。何時も見える訳じゃ無いけど。 東南の方角には、唯一の独立峰のように平将門ゆかりの筑波山。東から北にかけては、標高の低い八溝山脈が続いてる。あの遥かな向こうは、茨城県の太平洋沿岸~海無し県の栃木県からは、どんなに高い場所に登っても水平線は見えません。 自分で経営者だった時は、「良い天気で、仕事してるのがもったいない!」などと、ほざいて午前中で止めにしたりしてました。仕事はバイトのひとなどに任せて、よく近くの鬼怒川にカヌーしに行ったり、小一時間の那珂川まで足を伸ばしたり・・・。平日の川面はとてもひっそりしてて、空の青さに自分まで染まってしまいそうでした。
2006年10月30日
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★武士の子が元服の儀を迎えたとき、真っ先に教わるのは切腹の作法。今の世の中なら、なんなんだろう?こどもがおとなになるときに、どうしても伝えたいこと、って?!★厳密に言うと、銭湯において家族以外の者を番台に座らせることは、法律で禁じられているそうな。ちぇっ!★遺体予定者(笑)が疲労していると、それに比例して死後硬直は早く始まるという。川などで溺死したひとが流された場合は、流れの中で死後も関節が小刻みに動いている状態になるので、硬直が起こりにくくなって、かなりその進行が遅くなるものらしい。★選挙カーに同乗して立候補者の名前を連呼している女性のことを「ウグイス嬢」というけど、男性がアナウンスする場合は「カラス」と呼ぶ。かなり、男女で差があるなぁ~。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ブログで話題のないとき、こんな↑「トリビア」みたいな「小ネタ」を、どっかから拾って来て並べるひと、けっこう居ますね。汗しばらく日記を書かないで「放置」しちゃったひとが、再開するときの「いいわけ」みたいのが大体ワンパターンで笑っちゃいます。「具合が悪かった」か「忙しかった」って、ゆーのが圧倒的に多いですね。正直に、「ネタが思いつかなくて、サボってた!」とゆーひとは、少ない。そんなひとたちのために・・・。「トリビア」なんかのほかに、書くことが思いつかないひとたちにとっての「おたすけ相互救済システム」みたいな、次々と考え出される色んな種類の「バトン」とかも、相変わらず流行ってますね♪よくある、「今日は何の日?」ネタとか。ネットの中で「おもしろ画像」や「旬のニュース」などを見つけて来て、転載してみるとか・・・。でも、やっぱり・・・それって「借り物」みたいなものだから、よほど自分の視点の料理法で独自に味付けしないと、どこかで見たことあるようなありふれた日記になってしまう。なかなか、ひとすじなわでは行きませんね。笑新しい映像をUPするのがめんどくさくて、4000枚以上ある自分のブログの過去の画像の中から、のぞきうさぎさんなんかをピックアップしたりしてる、不精なおいらもひとのことは言えません。ま、でも。日記と名前は付いていてもその内容は、エッセイ集みたいのもあれば、写真アルバムみたいの、旅行記、こども自慢にペット自慢、ひみつの告白から、おたくのマニアック解説、ほんとうに色々です。世の中はほんとうに広くて、実にさまざまな考えを持ったひとたちが、それぞれの小宇宙を持っています。。。。ブログ・わんだーらんど。旅するために必要な燃料は「あなたの好奇心」だけ。どうしてかみぶくろの底にのぞきうさぎが住んでいるのかは、永遠のなぞ。もし、この日記を気に入っていただけたら、ぜひクリックをお願いしますね。アジアを始めとする世界各地、選りすぐりの旅行好きたちのHPが見られるランキング集にジャンプします♪人気blogランキングへ ////////////////////////////////////////////////////////☆今まで、あやしいほむぺにUPした映像を、まとめてご覧いただけるように、こちらに700枚ほど整理してみました・・♪ ↓ ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー(3)★2002年春のバリ島(いんどねしあ)れぎゃんビーチの夜明け。 南の海でレッドツェッペリンを聴いた♪こちらは、35のアルバムに570点以上の映像が収録されてます。もちろん、ここのアルバムに掲載されている写真のぜんぶ、はるるさん自身がそこに行って撮影したものですよん。笑 ↓デジタル映像あるばむ総合メニューそのいち
2006年07月17日
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今日も予報では一日中ぐずついたお天気で、雨がちのはずだったのにぃ・・・。朝、起きたら、窓の外はきれいに晴れ渡った青空。朝飯を食べる前に、前にやり残した玄関からガレージまでの生垣の刈り込みを命令される。(実は、こないだからとぼけて逃げ回ってた・・汗)大きな剪定バサミを持って、暑くならない朝の内に脚立を立てて登った。はるるの自宅が南西の角に面しているので、L字型をした道路部分の生垣を、側面とてっぺんの処理を5~6メートルぶんチョッキン・チョッキンして、やっとこさ配偶者の許可が出て、ごはんと味噌汁にありついた。ふう。さて・・前回、食べに行ったそば屋さんは県西部の山間部だったので、今回の休日は反対の方角を目指す。自宅からは、クルマで1時間ほど。日本北限のみかんが採れる地区が、とちぎ県東部の八溝山ろくにあるんだけど、ちょうど今頃がみかんの花の開花時期とも聞いているので、出掛けることに。みかんの花時期は意外に短くって、この週末あたりまでが見頃だと言うので・・。烏山市を流れる那珂川の対岸、日本の棚田百選にも選ばれている国見地区まで。このあたりは、みかん栽培農家が十数軒ほどかたまっていて、収穫シーズンの10月末から11月にかけては、けっこうにぎやかなことになるらしいけれど、白いみかんの花が咲いてる現在はほんとうに静かな山里だ。この辺、秋から冬にはイノシシが出るので、農閑期を利用した兼業の猟師さんたちも多い。白くてカワイイ十字架のかたちをした花が、斜面に植えられたミカンの木に咲き揃ってる。こんなに沢山のみかんの花が咲いている風景は初めて出会ったけれど、花そのものは思っていたのよりも、ふた廻りくらいちいさい印象。白い綿雲がゆっくりと流れる空の下、みかんの花の咲くところどころに、まだ完全には実が入ってない夏ミカンや、その仲間たちが顔を覗かせて、柑橘系の甘酸っぱい香りを振りまいてる。東京の小平市から10年ほど前に脱サラして引っ越して来たというおじさんに庭先で声をかけたら、畑の夏みかんやキンカンをひょいと5・6個ほど、もいでくれた。とてもきゃんきゃん鳴きつづけるけれど、おりこうさんのイヌと、いつもおとなしく黙ってるんだけど、だれ彼構わず見境ナシに噛みつく、ばかやろうのイヌが庭で放し飼いされてる。来週、6月1日からは那珂川のあゆ解禁になるので、5月後半の週末は、首都圏からのカヌー・ツーリング姿も目立つ。釣り人と、カヌー漕ぎの利害は、川をはさんで完全に対立するので、平和なカヌーの川の旅が出来るのは、5月31日を過ぎると、秋風が吹くころまでは無理なのだ。梅雨どきから夏の終わりにかけて、釣り人の前をカヌーが横切ったりすると、石をぶつけられたりも、する。この川は天然のサケ(鮭)が現在も太平洋から遡上する清流で、関係者たちには「関東の四万十川」と、ずいぶん前から呼ばれている、美しい流れだ。よく、大規模な工場廃水などが公害の元凶みたいに報道されたりするけれど、実際に川を汚し尽くしているのは、自分たちの日常生活での生活廃水が大部分。中でも、台所や洗濯機から流れ出す洗剤を含んだ汚水が、川に与えるダメージはいちばん大きいみたい。だから、上流や中流に大きな都市のある河川は、もう絶望的。こどもたちが、何のためらいもなく水遊びしたり、泳いだりは出来ません。清流と呼ばれる大きな川があるのは、大体において過疎地ばかりを流域にしている川なんです。四万十川も、この那珂川も例外じゃありません。みかんを頂いて、川辺で休んで、上流の馬頭町に向かう途中で地元の人々に絶大な人気の「そば処 一徳」で昼食に。配偶者は辛し大根そば。おいらはとろろめし定食にはミニそば。あと、冷えたエビス・ビールの中瓶を頼み、ここからの運転はしばらく配偶者に交替。
2006年05月26日
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みんなの目の前に日常的にあるのに、その存在そのものを無かったことにしているものの、何と多いことか。お昼近くなった午前中の今の時間。昨日・今日と暑さも和らいで、ちょっぴりしのぎやすい。仕事中のはるるの替わりに、配偶者が仕事の合間に、近くのお寺さんまでえ身内の命日のお参りに行ってるはずだ。ひとの死。さまざまな障害のあるひとたち。日常の中の排泄行為。換金行為が当たり前になっているのに、ギャンブルではないことになっているスロットやパチンコ。いくら増床しても入院患者があふれてしまう、精神病院。どこでもやってる談合事件。至るところで疑われる食品の表示。楽天HPのトップ・ランクを占めてゆくあだるとまがいのサイト。じゃぱゆきさんやホームレスたちも、自分たちと同じ感情を持つひとりひとりの人間だということ。じぶんの欲望。だれよりもきれいでいたい、おかねがほしい、せっくすしたい、えらくなりたい、とにかくなんでもいいから、みんなにうらやましがられたい。そんなことは、おくびにも出さずに日常の会話をしている。みんな、臭いものにフタをして、何食わぬ顔で暮らしてる。見たくないから。見せたくないから。そして今も、こどもたちはそんなおとなたちから、確実に学んでる。そう言えば、死者に対する礼儀として・・・お盆のお迎えに、提灯を持って行かなくなって久しい。ちょうちんのなかに、お墓で灯したロウソクの火を移す。それを、自宅まで消してしまわないように慎重に歩いて運ぶ。玄関で家族が出迎え、仏壇のお灯明にその火を移すと、亡くなってしまった肉親たちの霊魂が、やっと一年ぶりに帰宅したことになるはずだった。そんな基本的な心象風景も、都会では失われてしまって久しい。もうすぐ、春のお彼岸だけど。
2006年03月07日
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・・・でも人間てさあ、考えたら(考えなくても)みんないつか死んでしまうのだ。忘れたフリしてるひとの上にも、目をそらそうとしてるひとの上にも、真っ直ぐに見つめつづけてるひとの上にも、その恐怖におびえるひとの上にも。平等に、死はひとの上に訪れる。すべて平等に、というのとはちょっと違うかもしれない。何故なら、死はすべてのひとびとの上に、ランダムにやって来るから。生れ落ちてすぐに終わってしまう命もあるし、天寿をまっとうしたと、祝福されるような長命のひとも居る。自分の周辺でもついこのあいだ、親しくしていた友達が、幼い子を残して急死した。やはり、どうにもやりきれないのは、人生がこれからますます輝きを放つ時期に、まったく突然に訪れる死、だ。七五三の晴れ着を見にまとったおんなのこ。志望校合格が決定したばかりの学生。婚約者とハネムーンの相談をしている青年。幼い子供たちと、輝く笑顔で念願のテーマ・パークに向かう若い主婦。病気・事故・天災・犯罪ーーー理由は、あるかもしれないけれど、なくても同じだ。 どうせ、彼らは、もう、ここには居ない。この地球の上のどこにも居なくて、もう同じ空気を呼吸することは決してない。酒も飲めないし、SEXもできない。ぼくらは、身近な人間がそんな目に遭う羽目になってみないと、日常生活を送っている間に、それを思い知らされることは無い。ヒマラヤのふもと、カトマンズ盆地を眼下に見晴らす寺院で、地球の大きさを想像してみる。『ひとは死ぬ、いつか死ぬ、絶対に死ぬ』そんな、あたりまえ、のことをさえ。みんな、忘れたフリしてる。それで、自分の同世代の身近なともだちなどが、この世から居なくなってみないと、なかなか判らない。理屈では判っていても、身体では身に沁みて来ないし、理解しない。いよいよ、それを前にしたら誰も助けてくれない。だから、ひとはいつだって淋しい。旅に、似ている、という。たったひとりの、ゆくえのわからない、すこしながい旅。かなしみって「しみ」は、どんなしみ?!そんなものを、探しながらのひとりだけの旅。こころの底からの、きらきらやわくわくの、ときめきをを求める旅。たくさんのにんげんの、たくさんのにんげんの数だけの、実にいろいろな種類の旅。 『ひとは死ぬ、いつか死ぬ、絶対に死ぬ』かつて、この標語がポスターになって、ありとあらゆる場所に、べたべたと貼りまくられた、おおきな建てものがあったそうだ。それは、オウム真理教の「サティアン」と呼ばれた、建物群の中。どう転んでも、ひとの旅はいっかいきり。みじかい旅も、ながいながい旅も、結末はみな同じ。一期一会。さみしいことばだ。「一期は夢よ ただ狂へ」先人の残したことばが、切ない。だから、ぼくも。「ああ、あのとき、ああしておけばよかった」と、あとでくよくよ後悔するよりは、まずやってしまってから、「あれれ」と、舌を出して、頭をぽりぽりかくほうを選ぶことにする。やらなかった後悔よりも、やってしまった後悔のほうが、なんぼかマシだし、本人も納得できるもの。
2006年02月14日
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あふれるお風呂がわいたらお茶をいれて、起してあげようみなしごだったわたしの心をほっこり、ふわりと包んでくれるあなたに感謝してひとの意識しないやさしさはさりげない言の葉の数々はなんだろう・・さむい季節にこそ思い知るひとのつめたさひとのぬくもりさむたいむす・あい・ふぃーる・らいく・あ・まざーれす・ちゃいるど「時には母のない子のように」と。寺山修司さんは訳していた・・・・もともと、黒人霊歌(ゴスペル)の有名な曲のタイトル☆ただ、カルメン・マキが唄って流行ったのは、1970年代初頭の日本のオリジナル曲で、まったくの別物なんだけどーー。誰でも、こんな季節には。時々、みなしごのような気持ちになることもある。
2005年11月26日
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と、言っても・・・いかにも、中年のふたり連れ(笑)海を目指してのドライブと言っても、北関東の宇都宮市を出発してから、まず向かったのは40キロ先にある、日本三大稲荷のひとつに数えられる笠間稲荷神社。こちらで食事も兼ねた、お参りを。どうせ決して、渚を目指してひたすらにクルマを飛ばしたりなんか、しない(笑)たぶん、早く着いてしまうと連休の中日で、海岸線近くが混雑しているのは目に見えてるし・・。ゆっくりと、なんでもない午後の漁港を見られれば、それでいいことにする。ここは、商売や芸能の神様として、今でも広域の信仰を集めている。賑わいの門前町らしく、鳥居の内側には土産物屋の仲見世もある。・・あの、坂本九さんの郷里でもあり、柏木由希子さんとの結婚式もこの神社で挙げたらしい・・・。お参りもそこそこに、表通りの稲荷にほど近い店へ昼食に。もうずいぶん昔、独身の頃からひいきにしている老舗の蕎麦屋「つたや」では、もりそばとミニ天丼のセットを注文。配偶者は同じくもりそばに、とろろめしのセット。どちらも800円。出て来るお茶も、香ばしいそば茶。小上がりの座敷で、ゆるゆると足をのばしつつ・・・おでんと、冷酒も追加注文。テーブルひとつ、へだてた老夫婦がゆったりと盃を傾けてるのを見て、蕎麦を肴にした様子にほれぼれとしてしまい・・・。つい、自分たちも、顔を見合わせて(笑)真似してしまったのだ。 ↑ほかほかのツユもたっぷり、湯気を立ててるおでん(500円)がやってくると同時に、冷酒も来た!地酒の「松緑」の純米酒だけれど、さらりとして飲み口がいい。本来、「まつみどり」と呼ぶのだけれど、歌舞伎役者の尾上松緑の襲名披露に使用されて以来、そちらで呼ばれることもあるようだ。おでんも、うす味でいて、そのくせしっかり染み込んでいて、なんだか嬉しい美味しさ・・・一人前なのに、ボリュームもある。ちょっぴり添えられた、からしは飛び上がるほどに、ぴりりと辛い。ささやかな小鉢には、甘辛い蕎麦味噌が酒の肴として、ちんまりと盛られて来る。箸の先で、ちびちび舐めると日本酒のお腹に染み渡る感触とともに、実によく合う。つづいての、名物もりそば、あつあつの天丼、大根の味噌漬け、どれも身震いするほどに美味くて、配偶者と目と目で頷き、微笑んでしまう・・。でも、何年ぶりか、なのだ。この店に来たのは・・。良いものは、変らない。時代が、音を立てて流れても。 ↑太平洋だ!びーるだ!アル中気味のうさぎ・・水平線といっしょに、うさぎのあたまのなかも揺れる・・それは、おいらの黒ビールなのにぃーー。 ↑海なし県から、この新車のィプサムに乗って海にやってきたうさぎさん。ここらへんで、走行距離140キロくらい・・かな。
2005年09月03日
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最近読んだ214ページのこの本にすっかり惹き込まれたもんで、ちょっくら紹介!****************作者デビュー作↓1995年に「天使の骨」で、朝日新人文学賞受賞。ぼろぼろの天使に導かれて、あてもなくイスタンブールからパリへ。どこまでもつきまとい増殖し続ける天使たちは、果たして再生へのメッセージか、あるいは死への誘いか。と、演劇活動ののちに「天使の骨」でデビュー。きらめく恋愛小説の新たな到達点を示しつづけている作者は、特に最近目が離せない!!1960年名古屋市生まれ。***************作品プロフィル↓この長篇「深爪」は、2年前の作品。全体は3つの章<深爪><落花><魔王>に分かれている。それぞれ、べつの人物の視点で語られていて、最初は35才の知的なポルトガル語の翻訳家の女性。次は、その恋人の32才の時と処を選ばないでフェロモンを撒き散らす子持ちの主婦。最後にその良人が、人が良くて大人しいのが取り柄の公務員として登場。他に、主婦であるハンドル・ネーム『吹雪』の駆け落ち相手として、詩人で女性長距離トラック・ドライバーが出て来る。「ビアン」と「インターネット」が重要なファクターとして使われているけれど、「ビアン向けネット」が女性の同性愛傾向のWEBサイトを指すとは知らなかった(笑)*********************>吹雪は、あけっぴろげな性格で、自分のお気に入りや傾倒しているものについて誰かに話さずにいられないようなところがあった。よく言えば屈託のない育ちの良さ、悪く言えば甘やかされて育った者に特有の傲慢さがあったように思う。基本的に隠し事のできないたちなのだ。根っこのところに少女の心を持ちつづけているのだろう。しかし、そういう性格は不倫には向かない。⇒困ったことに、こう言う人間に限ってひどく魅力的だったりする。>枕に心臓を押しつけて、体をこわばらせて雨の音を聞いていたら、死にたくなった。女と別れたのもこんな雨の夜だったからではない。雨の音を聞きながらいつ果てるともしれず抱き合った、永久運動のようなセックスを思い出したからだ。窓もカーテンも閉め切って、あかりを消して、時間を止めて、相手の皮膚の匂いと雨の音だけを感じて抱き合っていると、海の底にいるような気がしてくる。花びらを一枚一枚毟り取っていき、最期に残った花芯をゆっくりと味わい尽くし、そして溶ける。相手の皮膚と自分の皮膚の区別がつかなくなる。⇒翻訳家と主婦の初めての情事は、おさない子供のヒステリックな泣き声と、部屋いっぱいに干された生活感あふれる旦那や子供の下着などの洗濯物たちの下で展開する。>また深爪をしてしまった。深爪をする女と、夕立に降られる女とは、どこか似ていると思う。要領が悪くて、融通がきかない。⇒どうにもならないね。愛すべき存在だけれど(笑)>西日の中で荒々しく唇を吸われ、有無を言わさず服を脱がされ、ひたむきに求められると、とろけるような幸福感と背中合わせの張り裂けるようなさびしさに、体じゅうが浸されてゆく。この感覚、甘い蜜のぬかるみに足元から引きずり込まれ、見る間に全身が覆われて皮膚呼吸ができなくなり、少しづつ少しづつ窒息していく死のよろこび。⇒著名な詩人だけれども、食べるためにトラック運転手をしている寡黙で大柄な女性と、フェロモン主婦の交歓。>ある日突然、あまりにも多くのものを捨ててしまうと、人は顔が変わる。⇒サングラスをかけて、かつて自分が暮らした街に戻る。**************これまでのベストは↓中山可穗『白い薔薇の淵まで』(集英社)。恋愛小説だけどもちろん中山可穂だから、女性と女性の愛の物語だ。ところが、これが普遍的な愛の物語に見えてくる。我々がいつかどこかで味わったような、あるいは一度は経験してみたいと思っているような、苦しい愛の物語に見えてくるから不思議。会いたい、声が聞きたい、セックスがしたいという強い渇望の物語が、巧みな構成と抑えた筆致で、静かに、そしてダイナミックに語られて行く。これまでの中山可穂の作品でベストだと思う。
2005年08月10日
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忌野清志郎・・・彼の歌う、この「スローバラード」を初めてステージの袖で聞いたとき、背中に電流が走ったことが忘れられない。「スローバラード」は、深夜の立川市営グランド?!が目の前に浮かんでくる名曲。切ないメロディーなんだけど、その中に「二人」の将来に対する不安(もしくは「悪い予感」)が刃物のように見え隠れするような激しさが。昨日は クルマの中で寝たあの娘と 手をつないで市営グランドの 駐車場 Ah~二人で 毛布にくるまってこの曲を聴いたか聴かないかで、その後の恋愛に対するロマンチック度が、大きく左右されてしまうこも知れないような、もの凄いナンバー。10代後半から20代前半の、いちばん感じやすい年頃に聞けたひとは、シアワセかも。1970年代の前半に打楽器みたいにハードなアコースティックを聞かせるフォーク・デュオとして、デビューしたRCサクセション。ウッドベースと生ギターだけで編成された、なかなかこれ以上はシンプルになれないふたりだけのバンドだったけど、日比谷の野音でのステージなどに立つと、そこいらのフル編成のロックバンドやフォークバンドをぶっ飛ばしてしまうような、空前絶後・天下無敵の電撃エナジーを撒き散らしていた。最初のアルバムの中では、ヒットした3枚目のシングル「ぼくの好きな先生」がよく代表曲みたいに言われることが多いけど、おいらは若い頃特有の、あのもどかしく、じりじりした焦燥感がまぶしい「2時間35分」が好きだったな~。究極のRock'n Rollは「壊すもの」でも「励ますもの」でもなく、ここから溢れ出るような「絶対孤独」の中から生まれるものなのかも知れない。本物のラヴ・ソングって何か、この「スローバラード」を聴けばきっとわかるような気がする、と。カーラジオから スローバラード夜露が 窓をつつんで悪い予感の かけらもないさあの娘の ねごとを聞いたよほんとさ 確かに聞いたんだけれど、70年代の中盤から後半にかけてはバンドの解散、76年に出したばかりのアルバム「シングルマン」の廃盤と、サイテーの低迷期に。オリジナル・メンバー破廉ケンチ(はれんけんち)の脱退後まもなく、仲井戸麗市(チャボ)・林小和生(りんこわっしょ)・新井田耕造・ゴンタ2号などの加入でよりロック色の強いステージを展開し始めたけれど、なかなかバンドとしては売れないまま。この前後に歌われていた、「ボスしけてるぜ」は、当時の給料がたったの5万円でまったく食うことが出来ず、めげる心情をそのままに歌ったドキュメント・ソング。実は、おいらがイベンター(こんさーとを主催するひと)をしていたのはちょうどこの時代。日本に無数に存在する、今にも空中分解しそうな売れないバンドのひとつになってしまいそうだった時から。。。あの「雨上がりの夜空に」が、目の前であれよあれよと大ブレイクして行った時代にかけて。初め、北関東の群馬・茨城・栃木の3ヶ所でのコンサートを主催した時には、栃木会館の小ホールも、茨城県民文化センターも、400~500名ほどの定員の会場がなかなか埋らず、かなりのプロモーション活動をして、必死にチケットを売ったたあげくに、やっと客席を埋めた聴衆は全体の半分足らずで、どこも赤字興行でした。印象的だったのが、RCたちのバンドとしてのギャランティが、照明やPA(音響システム)などの機材費を下回っていて、それらの照明やPA、楽器などの機材全体のトランスポート(運搬費)と似たような金額だったことです。でもでも、RCサクセションの「愛しあってるかぁ~い♪」で始まるステージのボルテージは、終始、やけどしそうに熱かった。その内容もテンションも、やがて実現した武道館ライブと寸分の差も見られないほどに。舞台衣装も装置も演出小道具もろくすっぽ無かったから、楽屋のすみっこに立て掛けてあった掃除道具のモップなんか持って、舞台でジャンプしたりしてましたねえ。苦笑プロのイベンター(音楽興行師)をする以前には、客としてステージを見たことは何度かあったけど、忌野清志郎さんとは面識がありませんでした。ただ、アマチュアのイベンターを足掛け5年間ほどやっていた時期に、エレックレコードと音楽舎のふたつの事務所とのつきあいが多かったので、吉田拓郎や泉谷しげるなどと同時に、エレック所属の古井戸のコンサートを何度もやっていた関係で、そのメンバーだった仲井戸麗市(チャボ)とは個人的に面識があって、その時の楽屋では彼からキヨシローさんに。「こちら、ボクが前にとってもお世話になっていた宇都宮のXXさんです」と、ていねいに紹介されて、ちょっとくすぐったい思いを。笑仲井戸麗市(チャボ)くんは、泉谷さんやケメ(佐藤公彦)くんたちと一緒に、宇都宮のぼくたちのアマチュア・サークルのメンバーの自宅に、民宿がわりに泊まったことなどもあるから、けっこう親しくしてもらってた。はるるの同級生で、郊外の広いお屋敷みたいな農家の息子Y・Tがいたから、空いてる座敷がいっぱいあったのだ。「シングルマン」曲目リストA面)1.ファンからの贈りもの2.大きな春子ちゃん3.やさしさ4.ぼくはぼくの為に5.レコーディング・マン(のんびりしたり結論急いだり)6.夜の散歩をしないかねB面)7.ヒッピーに捧ぐ8.うわの空9.冷たくした訳は10.甲州街道はもう秋なのさ11.スローバラード
2005年07月15日
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春の訪れ ひなまつりなのはな ひらひら三人官女 ひらひらうめももさくらみっつの春が いっぺんにやって来るけれど おいらのとこだけ 春が来ないうめ ぽんぽん 咲いたもも ほろほろ ふくらんださくら ほんのり うかぶ ぼんぼり☆お手本は 野辺の名も知れぬ ひと くさ ハナ このみ お手本は 大地のはぐくみが あふれ あふれる 熱いもの お手本は くるくると 回転している ねじ うそ ほほえみ お手本は 葉脈標本の向こうがわに 透かして 見えた 世界 お手本に なれない あなた なれるはずのない あたし お手本は 野辺の名も知れぬ ひと くさ ハナ このみ☆こころがしずむと からだもぎくしゃくそのはんたいでからだのぐあいがすぐれないと きぶんもすぐれませんよね旅行直前になるとおいらは最近、原因不明のブルーな気分になりますま、いつも飛行機に乗ったトタンに回復しちゃうんだけどね。このあいだ行ってきたところは。あれは どこでもない国のだれでもないひとたちの街、だったんだね。どうりでみんな まっすぐの目をしてた。ああ そうか。ずっと 待ってたきみは とても疲れちゃったよ。名前と その名前を知ってるひとたちをどこかに 忘れて来ちゃった。たいせつなもの。たいせつにしたくてずっと ずっと たいせつに持っていたはずのもの。でも どうしてか なんでたいせつだったか 忘れちゃった。☆そんざいは そんだい、だ。えらぶっていなくてもえらそうにみえるやつえらそうにふんぞりかえってもぜんぜんえらそうにみえないやつひこうきは ほんとににぐるまより えらいのか?はしるのをやめたらおちてしまう のに。そらでは とまれないはしりつづけるだけだ。それって おいひこうきよ かなしくないか?にぐるまなんてつかれてしまったらみちばたに たちどまれば いいだけだおい ぴかぴかの ひこうきよ。☆純生って ビールのことではないのねにんしんしてしまう 純生でもなくって純生って 赤字損失補填せずにいたらそのまま純生でなくなってしまう ものかしらところで アタシって純生?!?宇宙は純生だけれど 地球は純生じゃないらしいインターネットの中の時間軸は 高速回転してるひとのこころも その渦に びゅうびゅう巻き込まれてるチーズフォンデュみたいに 柔らかい時計燃えるきりん あなたの胸の五つのひきだしぷにぷにの 取っ手誰が 握ってるのか判らない☆判らない 道路地図をたどってもそこには 最後のページの空白しか 待っていない判らない あなたの毛細血管マップ灰色の 見えない頭脳細胞の かすかな電子信号判らない やさしいことばをかさねて かさねても手垢にまみれた パチンコだま はじけて とんだ判らない やさしくからだをかさねて かさねても汗と血と体液とにまみれても だあれとも つながらないつながれない さわれない うかびあがってるプラスティックと硝子と水晶のとうめいな 壁の向こうがわ☆息をひそめてからたちの そばで 泣いたよだって うたのことばのとおりにみんな みんな やさしかったよとげの痛い からたちのはなのいろは しろあなたのように まっしろになって 咲いてるよ☆耳の長い脅迫者白いヴェールをつけた脅迫者手と足とおへそと顔のない脅迫者その木戸をくぐるとあの角を曲がると見えないとびらを押すと・・・そこに 【不在】が目覚める聞こえない言葉が語られる感触の不確かな肉体が忍び寄る
2005年07月03日
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80年代には無料で入れたのに、その後は有料になったと聞きました。。 現在は、どうなってるのかなあ?? 誰か、知ってたら教えてね☆
2005年06月18日
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ふと。楽天の日記を続けているのがばかばかしく無意味に思えたり、精神的にしんどくなってしまうときなんかが、誰にでもあるみたいですね~。HPをスタートさせたとたん、三日坊主にもならないうちに放り出したくなるひとも居るだろうし、数週間とか数ヶ月後に、そんな気持ちになるひとも。思いついたとたん、カンタンにHPを閉鎖するひともいるし、そのまま冬眠しちゃうひともいるけど、堕性でいつものようにそのまま続けてるひとだって、結構多いんじゃないかな~?!百年の恋も、命をかけていたはずの仕事も、無我夢中だった状態から、ふと、我に返ってしまう瞬間があったりします。「あれえ、ここで、こんなに苦労して、こんなことやってて、いったい何の意味があるんだろうか」なんてね。どんなに一生懸命書いた日記でも、1周間か10日経ってしまえば、誰も読み返してくれない。。現実。スキーやスノーボードに夢中になっていたお兄ちゃんが、新しいシーズンを迎えるときに、「あれえ、おいらは何でこんなに寒い季節に、わざわざもっと寒い思いをしに大雪の中に出かけるんだろう?!」と、思ったりし始めるのと同じ、かなあ。笑みんなの場合は、どうだろ~か?
2005年05月12日
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なんだか、おいらの世代としてはアタリマエ過ぎてお恥ずかしいけれど、昔から五木寛之を愛読している。なんせ、この日記でいつも、自分のパートナーのことを【配偶者】と書いているのだって、実は告白してしまうと、むかしの彼のエッセイ「深夜草子」の影響なんだからネ・・・。何と言っても、無名の新人として小説現代新人賞を受賞した短篇が掲載された雑誌が発売されたのを、リアルタイムで読んだ時からのつきあいだものな。「青春の門」シリーズなんか、現代の宮本輝の「流転の海」連作長篇のように夢中になって熟読したものだ。もっとも、主人公がロシア行きの船に乗ったり、ヒロインの織絵が演歌の歌手になったりしてからは、ちょっとついて行けなくなったかな?!ストレートじゃなくなって、屈折した内容が多すぎて、文章全体から立ち上るエナジーが・・・。今回読んだのは、タイトルも恥ずかしい「生きる言葉ーー五木寛之のパワートーク」という対談集。タイトルは恥ずかしいものだけれど、中身は恥ずかしくない。冒頭の対談相手に登場するのは、芥川賞作家で都知事の石原慎太郎さん。そのなかに、子供の頃に弟が箱に子犬を乗せて川に流して、それを下流でキャッチするという遊びをしていて、捕まえそこなって見失ってしまう場面のことが出てくる。ベストセラーにもなった石原慎太郎「弟」の作品の中のエピソードだ。それ以来、弟には舞踏病のようにアタマをふり続ける不思議な症状現れたと言う。いろいろ医学的に調べても、どうしても解決がつかない。で、ある祈祷師のところへゆくと、そのひとが知らないはずの子犬の事件を言い当てて、瞬時に治してしまう。こういう出来事を疑うことなく、とても素直に受け入れる資質が石原慎太郎にはあるようだ。言うまでもなく、この場合の「おとうと」とは、あのタフなヒーローのイメージで知られる故・石原裕次郎さんのこと。悲しい話ではあるけれど、生身の「にんげん」の、ぬくもりを感じさせるなあ。
2005年03月30日
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月夜の晩にデートすると、とってもきれいな白い木蓮があちらこちらで満開の花を咲かせています。つないだ手の指先が冷たく感じて秋から冬のうつろいを知り、月のひかりに輝く大きな木蓮の花びらに遠ざかってゆく冬を背中に感じる・・・。もう、寒くなくなって来たので、わざと遠回りして彼女を家に送って行った、どきどきの甘酸っぱい日々(笑) もう少しすると、滝のように雪やなぎも開きますね。里山から、ちょっと奥に入ってゆくと、まだまだ無彩色の殺風景な冬枯れの景色のなかに、こぶしの花がほっこりと存在してて安心させます。ああ、ここにも春は確実に来ているなっ・・・てさ(笑)あれれ、ここまで↑なんだか、白い花のオンパレードになっちゃったぞ♪ ロンシャン洋菓子店の近く(つまり、いなかのほう・・)の、となり町にある図書館の帰りに、ひろびろとした畑の中で、背丈の低い梅の苗木に、すっかり花がついているのを見つけました。それにしても、暖かい・・・今年の宇都宮は、結局一度も積雪を見ないままに春を迎えてしまった。ふかふかに耕された黒い畑の土が、陽射しに柔らかそうにふくらんでいる。春の陽射しの中でクルマを降り、何枚かの写真を撮っているうちに、自分のクルマが遠景になってしまうくらい歩いてしまっていた(笑) 平成元年製造のおんぼろ車で、17万キロくらい走っている、いすゞのビッグ・ホーンのロング・ボディ。けれど、手入れだけは良くして貰ってる(自分でやるわけない、けどね!)ディーゼル車なので、満タンにして走ると800キロくらいはノンストップで給油せずに走ることが出来る。栃木県の宇都宮から、岐阜県の郡上八幡を往復した時も、途中で1回だけの補給で済んでしまった覚えがある。 このクルマの背中にカヌーを乗せて、釧路川や長良川などにもキャンプに行ってから、もう5~6年経っている。最近は、ホームグラウンドの那珂川や鬼怒川が多い。でなければ、ログハウスのある裏磐梯の穴場、秋元湖が多いかなあ・・・。カヌーでの何日もかけての川下りツーリングのわくわく感は、旅のよろこびそのものだ・・。もっとも、最近はめっきり日帰りカヌー・ツーリングが多くなってしまったけど。あやしいたんけんたいごっこをやらなくなった影響が大きいかな・・・と、思う。 この季節は、まだアウトドア・シーズンだとは思われて居ないので、河原にもだあれも居ない(笑)でも、陽射しはぽかぽかだし、鳴き始めた雲雀の声をかすかに聞きながら、ビールの缶をプシュッと開ける瞬間の楽しさ・・。汗ばむくらいの、晴れた日のクロスカントリースキーも、いいよお!!♪ ↑紅梅と白梅の向こうに、白いオンボロなくるまがご主人さまを待ってる・・
2005年03月28日
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昨日今日と、ひさびさに暖かい陽射しが戻ってきましたぁ。けど。戻ってきたと言うより、やっと春が来た・・・って感じですねっ!どちらかというと確かにあったかいんだけれど、この強い日差しのなかには、ネパール南部のインド国境近く、仏陀の生誕地としても知られるルンビニイあたりみたいな、ひっそりと緊張した透明感のある氷のような気配が、背後に隠れてる。一見、明るく和気あいあいとしていて、シアワセそのもの、みたいに見える家庭。そのくせ、実はみんなそれぞれに秘密を抱え込んで、ひとりぼっちでバラバラなんだ・・。が、テーマのこの「空中庭園」は、昨年秋の直木賞候補にもなった作品でした。最近になって角田光代さんのこの「空中庭園」は、第3回婦人公論文芸賞(主催・中央公論新社)を受賞してます。ぜんぶで六つの短篇の連作で構成されているーー。以下に、それぞれの、最初の一行を紹介してみる。★ラブリー・ホーム:あたしは、高速道路のインター近くに林立するラブホテルのなかの一軒、「ホテル野猿」で、仕込まれた子どもであるらしい。・・・主人公は15才の娘。★チョロQ:あー、逃げてえ、というのが、娘のボーイフレンドの口癖らしいが、それを聞いてからというもの、気がつけばぼくは、あー逃げてえ、とつぶやいている。・・・主人公は中年の父親。★空中庭園:もし完全犯罪を思いついたら小説を書こう、なんて思ったのは九歳のときだ。・・・主人公は中年の母親。★キルト:死ぬ段になって、自分の送った人生が走馬灯のように見えるっていうけど、あれ、本当だろうか。・・・主人公は祖母。★鍵つきドア:9時すぎに乗った電車は停車駅でもないところで突然止まり、動き出す気配はない。・・・主人公は父親の愛人で息子の家庭教師。★光の、闇の:だれも信じないだろうけれどぼくは童貞じゃない。・・・主人公は中学生の息子。 ☆窓に額をつける。 ひんやり冷たい。 空の彼方で、楕円の月が夜を照らす黄色いランプみたいに光ってる。☆これってへんなものだよな。 ひとりだったら秘密にならないものが、みんなでいるから隠す必要が出てくる。☆電車から無事脱出した人々は、行列になって田んぼの中を歩く。虫の音が遠ざかり、田んぼの彼方、水に浮かぶお城みたいに、ネオンで照らされたラブホテルが並んでいる。現役のバックパッカーで、最近はそこそこの売れっ子作家の角田光代さん、この連作短篇をつなげた長篇小説で新境地を開いたと言われるーー。若い頃に、バックパッカ‐として気ままに外国を放浪してた、という現役作家はてきとうに居るけれど、職業作家になってからの旅は、編集者やカメラマンが同行し、経費も出版社もち、ってことが大部分だ。どんなワイルドな旅に見えてもーーいわゆる作家の大名旅行になってしまう。その点、カクタさんの旅は(方向音痴のくせに)ほんとうにひとりぼっちで、アルゼリアでもミャンマーでもアイルランドでも出かけてしまう。。笑30代半ば、独身。ーーいいなあ、身軽で。なにも持たずに出掛けられるってことは、何でも手に入れられるってことだ。本当の意味で自立してる☆この【空中庭園】、軽く読み進んでしまうけれども、家族について、自分のじんせいってものについて、けっこうしんどいものを思い知らされるような気分にさせられるかも。
2004年03月28日
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☆良いドロボウ~盗るところを見つければ、返してくれる。悪いドロボウ~盗るところを見つけても、返してくれない。☆ベトナムの女スリの知り合いに聞いたところによると、「膝から下に現金を隠されるとやりにくい」らしい。☆日本では結婚式というと、結婚するひとがお金を使うものと決まってるけれど、ベトナムでは金儲けのひとつらしい。結婚式に招待されたひとの祝儀の相場が10万ドンとすると、料理はだいたい5万ドン。50人来れば、250万ドンの儲けというのが、新郎新婦の皮算用。もちろん、引き出物なんかあるはずないし、まるも~け。笑☆オートバイに乗りながら一晩のお相手を探す「ホンダ・ガール」は名物としてすっかりガイド・ブックなんかでも有名だけど、ホテルの近くで、客待ちのタクシーの横にただ立っている「タクシー・ガール」というのも居る。(こういう女性はドロボウを兼ねていることが多い) ☆サイゴン(ホーチミン・シティ)のオカマさんには、バンコクのオカマさんと同じように日陰者という暗さはじぇんじぇんない。けれど、タイのように洗練されていないもんで、はっきり言って「キタナイ」。☆ここ一番、安く買いものをしたいときには、相場を調べた上で朝一番の客になることだ。サイゴンの商売人は縁起を担ぐので、朝一番の客が買わないと、その日は商売があがったりと考える。それはさすがに気分が悪いので、かなり勉強してくれる。☆ベトナムの交通ルールは、ドライバーの【気の強さ】によって決まる。笑☆バイタク(バイクのタクシー)やシクロ(人力車)あるいはガイドといったものに、いったんついた観光客は、客の都合がどうあれ、その土地を離れるまではその人たちの客であるという、暗黙の了解が成立しているらしい。だから、そのルール破りの行為があると、当の観光客に対してだって、ものすごく怒る!☆小柄で華奢できれいなベトナムの女性は、見た目はかわいい子猫のようだが、中身はトラだ。
2004年03月17日
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昨夜から、横浜の親戚たちが宇都宮に来てる。今日、車で30分の近郊の田舎のお寺で納骨式。土葬が、まだ少し残ってる。この田舎では、はるるが子どもの頃は100%近くが火葬じゃなくて、土葬だった覚えがある。酒を飲みながらお坊さんの言うには、今でも年間トータル20%くらいはある、らしい。横浜のおばあちゃんも入ってる墓地の、土葬率!気がつくと、墓地のそこここで、ひとの大きさくらいに土が盛り上がってる。しばらく前に埋葬された場所は、だんだんフラットになっている。そうして自然に、土に帰ってゆく・・・ね。ご住職から、いろんな話を聞いた。その中で十三仏----薬師・如来・弥勒なんてほとけの名前と役割。なんで、十三なのか、ってのが「カッコ良かった」ぞ!東西南北・・・・の、四方!それから・・・・八方!ここまでが、2次元。天と地・・・・・・で、3次元。それぞれに位置する仏たち。ここまでで、十仏だよね。あとのみっつ、は・・・過去・現在・未来のほとけ!未来は、もちろん五十六億八千万年の未来に世界を救済しに来る弥勒菩薩。ああ、仏教世界は2600年前から、4次元!の、概念を持ってた。すげぇ~!先週、99才のヨコハマのおばあちゃんが老衰で亡くなったと思ったら・・。今朝になって突然、93才の東京は東小金井のおじいちゃんの訃報。どちらも、大往生と呼ばれるくらいの長寿のひとたちでした。戦前、ブラジル移民船の看護婦さんとして活躍した、元モダンガールさん。銀座や上野の松坂屋で、沢山のデパート・ガールたちにかこまれてたおじさん。でも、ひとの一生なんてあっけないよねえ!残りの人生、あと何冊の本が読めるんだろ。そんなこと思って、手元の手帳の記録を調べたら・・・2年前の3月から12月までの10ヶ月間で、約390冊。昨年の1月から12月までの1年間は、約430冊ほどでした。仕事中に好きな音楽を聴いて、好きな本が読める環境が大きいと思いますが。ちなみに、この今月に入って読んでるのは・・・「東の海神 西の滄海」小野不由美「カリスマ(上下)」新堂冬樹「ハンニバル」T・ハリス「風月夢夢・秘曲紅楼夢」藤水名子ダヴィンチ・オール読物・本の雑誌・小説新潮など・・・雑誌は主に図書館。「死は炎のごとく」梁石日「灰夜・新宿鮫Ⅶ」大沢在昌「インターネット犯罪」河崎貴一「62のソネット」谷川俊太郎「涙」乃南アサ「熱血ポンちゃんが来たりて笛を吹く」山田詠美「銀座八丁目探偵団」北尾トロ「昼寝主義」沢野ひとしアエラ・週刊ダイアモンド・日経TRENDY・ダカーポ・創・旅行人「マレー鉄道・途中下車の旅」下川裕治・編あと、朝日と下野(地元)新聞と日経新聞と、官能小説(笑)
2003年07月29日
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ときどきあたいは 詩みたいなものを書きたくなります・・笑***********************うす汚れた 靴下の中に誰かの 足が入っている。銀色の アルミ箔の中にドロップスみたいなかたちの 夢がある。あなたの白いトレーナーの 胸のふくらみに大切なものの名前が しまってある。扉の 向こう側 に明日がある。改札口を くぐらないと明日は 来ない。そこでーー。いらないものから順に次から次と捨てて行ったら終いにはなあんにも残らなかった。思えば 私はいつも忘れものばかり していたよ。*****************************
2003年06月29日
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井上靖の「楼蘭」や、岡本好古の「登竜門」など、光瀬SFの未来年代記にも通じる、時間そのものが主役のような作品が好きです。筒井康隆で言えば「旅のラゴス」あたり、かな。「墨攻」は、装丁も中身も好きです。酒見賢一の代表作は、やはりデビュー作なんでしょうが。PS.また、ネパールに行きたいなあ。直径が1~2メートルもあるアンモナイトの化石が、畑なんかに現実に転がっている村があるんです。雨期も明けて晴れた日が続いて、なぜか段々畑に菜の花の黄色が天まで続いてる。これからは雨の季節を迎えるカンボジアも、なつかしいなあ。
2003年04月26日
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まったく、あふれる混沌のエナジーの根源『なにわパワー』は、凄いっ!!伝説の「ノーパン喫茶」だけでなく、庶民たちのの《ああ、こんなのがあったら、いいだろなぁ~。でもちょっと、ばかげてるかなぁ~?!》と言う、卑近な夢想の世界を、あれよあれよと現実のモノにしてしまう、なにわの「てなもんやマジック」。まるで、少し恥かしいあだると版のドラえもんのポケットだ(笑)純粋無垢の藤子ワールドとは違って、このあだると版のポケットは不純な動機で・・・と言うか、そのことごとくがとても判りやすい理由「金もうけ」からスタートしてるのが、実にカワイイ。さて、『さすべえ』だけど。おそらく、関東以北のひとなら、ほとんどのひとがまだご存知ないのではないだろうか。それとも、はるるだけが知らなかったのかな??そんなワケ無いよな~。とりあえず訊ねた周りのみんな、誰もしらなかったもんな。知人は関西地方では、けっこう有名でみんな知ってるって言うんだけど、それもホントなのかなあ?自転車のハンドルの中央に、ハンパでぶっといアンテナみたいな正体不明なもん。それが、『さすべえ』に対するはるるの第一印象でした(笑)アンテナにしては、つくりが頑丈で、短か過ぎる・・・。さて、これはいったい、なんだべさ??その自転車の持ち主は、30代前半のひとづま☆柴門ふみ、の漫画によく登場するような人物にそっくりな、大きな目をしてる。彼女が昼休みになって自転車置き場に出てきたところで、つかまえた。なんでも、雨降りのときの自転車ドライバーにはけっこう便利なのに、このあたりでは全然売っていないから、大阪に実家があると言う友達が里帰りしたとき、わざわざ向こうで買ってきてもらったモノだとか(笑)『さすべえ』は、みなさんもそろそろお判りだと思いますが、言わば「三本目の腕」みたいなもん、なんですね(笑)雨降りのときに、傘をさしながら自転車を運転すると、どうしても片手運転になってしまい、疲れるし、不安定だし、危険。そこで、がっしりしたホルダー付きの支柱に開いた傘を固定して、自由になった両手でハンドルを持ち、楽ちん運転を可能にしてくれる『さすべえ』の登場!自転車に乗ってるあいだじゅう、透明人間が傘を差しかけてくれているようなもん、です。なんだか、ほーこくしてる間に、はるるも『さすべえ』が欲しくなって来ちゃったゾ(爆)でもでもさ~、もうすぐ冬だから、晴れの日がひたすらにつづいて、『さすべえ』の出番なんか、しばらく無いんだよな~、笑
2003年02月16日
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「水滸伝」の連載が『小説すばる』で続いている。ここのところの、北方謙三の中国歴史ものが、すこぶる快調だ。ただ、おもしろいだけじゃなくて、ずしりと重低音が腹の底にひびいて心地よい。冒頭の「死ぬなーー」のフレーズ、全文は・・。↓殺した。それは、おきてしまったことだ。自分さえいなければ、金蓮も兄の武大も、死ぬ事はなかった。そんなことはよくわかっていても、自分で自分は殺せなかった。それは、たぶん弱さなのだろう。王進のところに、預けられた。子午山での生活で、自分は一度きれいに洗われた、と武松は思っていた。激情の果てに死んでも、それは自分のやったことに眼をつぶるだけのことだ、と感じられたのだ。王進と、ともに耕作し、焼物を焼いた。土を揉みながら、土と語った。土は、実にさまざまなことを、自分に語りかけてきた。死ぬな。土は、そう言った。無意味な死に方をして、楽になるな。生きて、苦しめ。苦しみの中にも、必ず光はある。 (北方謙三「水滸伝・六」風塵の章より)そのむかし、同期の立松和平などといっしょに、没原稿の山を作っていたキャリアはもちろん、ムダじゃないのだ。のちに、純文学一辺倒からハードボイルドの旗手として転進、華々しくデビューし、83年に「眠りなき夜」吉川英治文学新人賞を、「渇きの街」で日本推理作家協会賞、さらに91年には時代物の「破軍の星」で柴田練三郎賞をも獲得している。中国歴史モノ独特のかび臭さを、お手のもののハードボイルド手法で、切れ味の良いエンターテインメントに仕立て上げ、さらに人生の機微、人の世の中の非情な真実にも、さらりと触れる。その行間に、読み取れるものは深く、興味の尽きないシリーズだ。北方版「水滸伝」は現在巻を重ねている最中で未完だけれど、その前に同じ作者の「三国志」が完結しているので、結末まで一気読みしたいひとには、そちらもオススメ
2003年02月08日
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旅の準備♪<改訂版>やっと、デジカメを買う。―――ナップザックひとつで、アジアを3週間、旅することができるか? 11月9日(金) 出発前日の夕方、機種が決まった。このカメラだけでよいのだろうか?普通だと、防水カメラと、望遠付のもなんて悩むけど。これでいいのだ!きっと。スマートメディアで数百枚。パスポートは2007年まで有効。チケットはリコンファーム無しで、楽チン♪お金は円キャッシュと、カードのみ。ドルやTCは、要らない。もし、ネパールに入る時は入国時のドルが必要だけど。それは、現地調達でいいや。夏物をいっぱい重ね着すると、秋冬ものを着てゆかずに済む。つまり、夏物衣類は荷物に入れずに、なるべくいっぱい着て行く。タンクトップの上にTシャツ、その上にもういちまいTシャツ、さらにトレーナーの上に薄手のウインドブレーカー、でジャケットかブルゾンかコートを着る!下はパンツのうえに海水パンツ、さらにふつうの短パン。薄手の麻のスラックスの上に、カジュアルなズボンかジーンズ!!(←これって、でも今時のご時世で、厳密にセキュリティ・チェックされたら、そうとうにアヤシイ奴、だね)まあ便利だけど、ファッションを気にする女性は、無理だろな(笑) ///////////////////////////////////////////////////////////////////宇都宮→成田→バンコク(旅行1日目)リアルタイム旅日記---成田から深夜のバンコクへ移動☆ナップザックひとつで、アジアを3週間、旅することができるか?2001年 11月10日(土) 午前中まで仕事していたので、配偶者に車で送ってもらい、12:11のJR快速で上野まで。となりに、やたらによく喋る小学3年生が座って赤羽までいっしょだったので、話を聞かされる(笑) なんでも両親が健康食品のマルチをやってるらしくて、こないだ違う会社をつくったので、自分たちの名前もタカハシからフジクラに替わったそうだ。をいをい!そんなことを知らないおじさんに、明朗快活なおおきな声で。こちらが、はらはらしてしまう。 13:40に上野で、京成の特急2:10に乗る。スカイライナーの半額で、時間は10分ちょっとしか違わない!今度は、美男美女の中国人カップルのとなり。彼らの持ってるおおきなスーツケース、なんちゃってベネトンの色がすさまじく強烈!!で絶句。 成田のチェックインは、確かに荷物検査の回数は増えたけれど、意外にスムーズ!それより、この7月から日本人のみ出入国カードが不要になったのが、おどろいた。めんどくさくなくって、とっても良い(笑)はるるはとにかく、めんどくさいのは全部きらいだ! なぜか成田の管制がごちゃごちゃで、滑走路にでるまでにゲートを離れてから50分も待たされる。その遅れは、バンコク到着時には15分程度に解消されていた・・・どうなっているんだろ。ちょっとスピードUPするのかなあ、ジャンボも。 ひこーきはそういう訳でなんとか無事なフライトだったけれど、はるるは前日の寝不足と空きっ腹のせいか、生まれて初めてひこーきの中で悪酔いしてしまった。気圧の関係で、地上に居るときよりアルコールの巡りがとても良くなるので気をつけたほうがいい---とは、ひとに教えてたくらい知ってたはずなのに。ワインとビールをしっかり飲んでしまい、しばらくしたら・・ もう、きぶんがほんとに悪くなって、なんだかゲロはきそうな感じがしてよろけながらトイレの前に向かった。足がもつれて四つんばいになったら、もうちからが入らなくって立てない。何時の間にか、となりの座席できゅうくつそうに座ってた、シカゴから10日間の休暇でタイのリゾートに行くというデニスが来て、腕をとって立たせてくれた。二の腕をさすってくれながら、「大丈夫か?」と何度もたずねる。そのまま座席に戻って、死んだようにしていると大柄な黒人のスチュワードも来て、同じことを言う。 とにかく、嵐の過ぎるのを待っていたら、しばらくして楽になった。過信は禁物なのかもしれない・・若くないんだから。デニスは2メートル近くもあるのに、エコノミー席にやっと収まってるだけでも大変なのに。ずうっと背中をやさしくさすってくれたり、声をかけたりしてくれていた。彼にはほんとに感謝の言葉も無い。ただの通りすがりの旅人なのに、お互いに読書が好きで同じ作家が好きなことなんか話してて、他人に思えなくなっていたからか・・。あのまま、トイレの前に這いつくばっていることを想像するとぞっとする。 到着ロビーから出国ロビーに出て、タクシーを拾う。何も知らない旅行者にてぐすねひいてるドライバーが、こちらのほうが少ないのですねえ。メーターで、120B。物価は上がってるのに、メーターになってからほんとに安くなった。300円ちょっと。15年まえ、はじめてタイに来たころの標準と同じ。 ↑はるるのバンコク1泊目の部屋からドアを開けると・・・中庭に面したテラスが見える。 レックとスンチャイがやってる、下町のギャラリーに向かう。ふたりの商売も最近はうまく行ってるようだ。カスタム・バイクにフル・ペインティングする芸術(?)は、ドイツ・アメリカ・フランス・オーストラリア各国のゲストが直接店を訪れて注文して行くらしい。4階に寄宿してるフランス人のフリージャーナリストのアランは、クラビに遊びに行ってて留守だそうな。前回も、すれ違いで逢えなかったのに・・。 とりあえず、2階に寝床をつくってもらい、1:30頃から8:00過ぎまでぐっすり眠る。メインストリートの交差点と踏み切りのすぐ近くなので、車の音は爆裂的に大迫力だ!まるで道路の真ん中に寝床があるみたいで(笑)クーラーでなくて、なまぬるい空気をかき混ぜる扇風機の風がやさしい。蚊もいないし・・・。 *** ↓このときの付近の掲示板のカキコです☆ ***mmayunさん(****.ne.jp) すっごいリアルだ~!(@。@ここまでリアルだと隣にいるような気がしてくるよ~ぁぁ・・・ゴムぞうりのぺたぺたとした音が・・・ (11月12日16時6分)//////////////////////////////////////////////////////////////////////(旅行2日目)ホテルのプール→ネットカフェ→カオサン→チャオプラヤー河→ぞうさん☆リアルタイム旅日記---バンコクのいろんな乗り物に乗った1日☆ナップザックひとつで、アジアを3週間、旅することができるか 11月11日(日) ぐっすり眠って、友人の家から朝一番に、歩いてすぐのホテルに向かう。 昨年、家族旅行で一族9人でしばらく泊まったところなので、顔なじみもちらほら。いつも数人の白人が利用している程度で、ゆったりしたプールサイドは手入れも行き届いて静かだから、のんびり出来るのが嬉しい。 タイでいちばん高い高層ビルのバイヨーク2と、その前にいちばん高かったバイヨーク1が、すぐ目の前にそびえ立っている。雨季が完全に去ったようで、晴れ渡った空にかげりは無いから、何となく心も弾む。ホテルのネームの入った厚手のタオルを2枚、デッキチェアに敷いてから朝の日差しの中で読書。しばらくしたらちょっと泳いで、また読書。の繰り返しを1時間ちょっと。 ホテルのフロントで日本人スタッフを電話口に呼んでもらい、近くにインターネット・カフェがあるかと尋ねるが、分からないと言うので、自分で探すことにする。この下町の有名な市場を抜けた先に、バンコクの秋葉原とも呼ばれる「パンティープ・プラザ」があるので、その辺なら・・・と足を伸ばすと、やはりあった!しかも、1時間で30バーツの利用料金。日本円で85円くらいだから、昨年に比べても格段に安い。オープンに、少し時間があるのでおとなりさんの足裏マッサージにかかる。こちらは、1時間200バーツなので、550円と言ったところか。 せっかく繋がったと思えば、楽天のメンテナンスで日記が書けない!くそ。しかたないので、メールと掲示板に書き込んでいたら、思わずけっこうな時間が経っていた。エアコン無しのバスに3.5バーツで乗り、部屋に戻って、水浴びしてからちょい昼寝。・・・ああ、至福のひととき(笑)枕元のくるまの轟音は相変わらずだけど、子守り歌にしかならないのだ。 移動の合間に、旅行代理店を5-6軒はしごしてみたけれど、うち半分は国外旅行を扱っていなかったので、なかなか話が進まない。ベトナムは安いし、こちらでならビザも簡単で良いけれど、ネパールはベスト・シーズンに入っているので捨て難いのだ。 昼寝のあとオート三輪のタクシーに乗って、60バーツでカオサンに向かう。MPツアーの森さんのところでも、どちらにするか迷ったが「今の季節なら、やっぱりカトマンズ」の言葉に背中を押され、ネパールの航空券を手配していただく。アフガンの関係で、ちょっと空きが出たこともあったけど、現在はすっかり盛り返してほとんどの便が埋まっていた。帰りの日程に空きが無いので、クラスをひとつUPして航空券を手配の運びに・・・。クラスUPと言っても1000バーツ(2800円くらい)で済んだので、出来たこと(笑) チャオプラヤー河に出て、夕暮れの赤く染まった空と水面をぼんやりと眺め、数十分の船旅を乗合いバスのような船で楽しむ。終点近くの大きな橋のたもとで降りて、最新の高速移動システム、首都モノレールの超近代的な駅に向かう。伊勢丹の前を交通ラッシュの中、車の海をゆうゆうと象さんが横断していた。 *** ↓その付近のときの掲示板です! *** 今バンコックですか。 YS一心さん(****.ne.jp) 静かなプールサイド・・・いいですね。今日の関東は曇り空、冷え込んでいます。日記楽しみにしてます。 (11月13日10時39分) お元気ですか? gonzobarさん はるるさんが出会う方は良い方ばかりですね。人徳でしょう?!(11月13日9時41分) Re:リアルタイム旅日記---バンコクの(11/11) よちえあねさんがいこくのいちにちって、長いんだなー。いろんなことが、できちゃうんだね☆よちえあねのいちんちは、みじかい。お店行く→はたらく→おうちかえる。くやしいから、うらやましい、なんて、ゼッタイ、言わないもん!(笑)象さん、どーろを歩くの、見てみたい♪よちえあねのアタマの中では、いまだにたいらんど=象さん、なんだよ☆はるるさんご帰国までに、このイメージ、変わるかなあ。(11月13日4時35分) 知ってる人がいると旅もいいなぁ。 shilfy1さん とても疲れて到着しても、笑顔で迎えてくれたりするとほっと出来そうで・・・。何度も同じところに行くとそういう知り合いが出来るのがいいですよね。さて、どんな風に動くんでしょう? (11月13日0時17分) 鳥羽八郎さん 日記読んで自分も一度やってみたいなあって思いました。また、のぞきにきま~~す (11月13日0時10分) //////////////////////////////////////////////////////////////////////
2002年12月11日
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9月21日の夜。成田からバンコクへ向かう飛行機の中で、ノート・パソコンを開いて書いた文章です↓そういえば、今夜はお月見、だった(笑)いつもと違って、真っ暗やみの窓の外だと思っていたら、意外と明るいので気が付かされた。それもそのはず今夜は満月で、遥か彼方の下方には、南シナ海がいちめんの銀色に輝いている。中秋の名月を、こんなかたちで迎えるとは・・・。月明かりで、熱帯性の積雲が規則性を持って並んだ影を、くっきり映しているのが、小人たちの影法師のように見せて、不思議な光景をつくってる。日本列島を離れて、はるるの乗ったボーイングは沖縄上空を飛び、台湾南方をかすめ、中国沖の最大の島である海南島を過ぎると、いよいよベトナムにさしかかるところ。大部分の雲は、眼下にあって。ジャンボジェットの座席は、いつでも快晴の空の下を飛んでるから、意外と最高の観月スポットなのかも知れない。昨夜、寝不足気味だったので、短時間だけど何時の間にか、機内食のディナーのあとに熟睡してしまっていたらしい。我知らず眠っていたあとの、思いがけない目覚めのひとときの、なんとも理由のつかない、うすら淋しいようなかなしみ・・。それとも高度一万メートルの成層圏に身を置いて、世界じゅうから取り残されてしまったような、さみしさ・・なんだろうか。この、なんともやりきれない、甘い感触の漂う気配はきらいじゃないな。そして、そんな気分のまま眺める満月の、まぶしいくらいの輝き。比較の対象が見当たらないせいでか、虚空の中で青みがかった銀色に光り輝く円盤は,やたらにちいさく見えてしまう。セカンド・バックから天使うさぎを出してあげて、十五夜のお月様の中で相変わらず餅つきしてるうさぎさんと、分厚い風防ガラスごしに対面させてみた。すすきの替わりに、うさぎさんの耳がささやかにキラリン、輝いてたら・・・。
2002年10月07日
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何とまあ急にお決まりなんですね。もしかしてHPでは告知されてらっしゃったのでしょうか。今年は8~9月とお客様が多くてはるるさんちのHPへ寄せてもらえませんでした。ゴメンナサイ!今回もピピやランタへ行かれるんでしょうか?たしかビービーのかおるさんは18日タイへ戻ってるはずなのでバンガローは開いてるかどうかまだわかりません。なんせ今は雨季真っ只中なので。。。とはいえ今年は雨量が少ないようです。その分東北や北が洪水だったようでお気の毒です。 デジカメのカード余ってるようでしたら是非譲って頂きたいです。説明書だけではなかなか分かりづらい事も多くPCへの取り込み方などもやっと最近できたところです。以前言ってらした圧縮すれば100枚ぐらい取れるというのもやり方がわからず19枚しか撮れませんでした。どーも機械オンチで。トホホホ。またまたお土産リクエストさせて頂けるならばやはりインストラーメン!!スタッフ全員ピラニアのように食い尽くして?しまいますので。。ホントは焼きたて宇都宮ギョーザが食べたいのですがそれは無理というもので。。。もうすぐですね。おまちしておりまーす!! さくら クラビ 井上由佳子 SAKURA KRABI Cafe & Tours 29 Issara Road KrabiTown 81000 THAILAND 携帯(日本語) 09-5513619TEL(075) 622262 TEL&FAX(075) 630280 国外からは TEL66-75-622262 TEL&FAX 66-75-630280 e-mail; sakurasara99@hotmail.com ////////////////////////////////////////////////それは、それは。と、いうことは、プールのお仕事も一段落ですね?おつかれさま。 スイスまでのチケット、季節と航空会社を選べば、10万を切るでしょう。まめにチェックして、またの機会に、ぜひどうぞ。 両親にも、ぜひ一度来て欲しいんですけどねえ、なかなか難しいようで。友達にも、「スイス!? 行きたいー!!」っていう人が少なくない(っていうか、ほとんど)のに、ここに住んで3年半、未だに誰もお迎えしたことがない。やっぱ、遠いのかな、ヨーロッパとなると。その割には、毎朝の通勤の乗り換えで見る、向かいのホームに止まっているパリ行きのTGV、いつも数十人の日本人ツアー客が、我も我もと記念写真。ピエールは、「日本人は、年がら年中バカンスだ。」と笑ってます。 先週末は、ほんとはマルセイユ付近に行こうと思ってたんだけど、折からの洪水で、もうちょっと東のイタリアサイドに変更。やっぱ、海のある土地はいいわ。新鮮な海の幸が楽しめるのはもちろんのこと、そこに海が広がっているっていうだけで、土地柄も、人柄も、がらっと変わる気がする。知らなかったけど、地中海では、ホエールウォッチングが楽しめるそう。もちろん、イルカもいっぱいいる。この次は、ぜひ参加してみたいものです。それにしても、せっかくここに住んでいるのだから、家でだらだらしているのもいいけど、もうちょっとあちこち出かけてみるべきかも。って、いつも思いながら、週末はついつい寝坊してるんですけどねぇ…。ちなみに、今度の土曜日は、「スイス名産物展」に行く予定。かなりの規模のはずなんだけど、スイスの名産物って、チーズとチョコレートとワイン以外に、何があるのかなぁ…。 それでは。 夏香 PS 写真、ありがと。
2002年09月20日
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あるあさ、きがついたら。じぶんのねぐらで、いつものようなかおして、つめたくなってよこたわってた。ほんとにこんなに、とつぜんに。はんとしまえに、どうぶつのおいしゃさんにつれってたことあったけど。まだ、さんさい。わかくて、げんきなさかりで、これからしそんをふやすよていだった。そろそろおよめさんをえらぼうか、とそうだんしてたやさきだったのに。さいきんも、なんのきざしもなかったのに。こんなことになるなんて。ふれると、まだあたたかい。たぶん、よあけがただったろう・・・ひとりでしんでゆくって、どんなきもちなんだろう。いっかいのりびんぐに、ひとりで。かぞくたちはみんな、にかいの、それぞれのへやでやすんでた。かわいそうで、だいてあげたいのに、だいてあげられない。よこたわってるままのからだ。あたまをなでて、みみをなでて、せなかをゆっくりなでて、おなかにふれた。ぬくもりがある。いのちのしるしが、まだしっかりのこってる。はいぐうしゃが、すこしはいたももたのあかいちを、ぬぐいながら「えっ、えっ」とちいさくないた。にわにでて、すこしふかくおおきなしゃべるにあしをかけ、あなをほった。らいねん、でてくるよていのはなのきゅうこんを、いくつもほりかえした。ちょっとした、つちのやまができたところで、ももたをきのうのしんぶんしで、つつんだ。ももたおきにいりの、もうふも、かんがえたけれど、つちにかえりやすいかみでつつむことにした。ぬのは、そのままのこってしまうもの。しんぶんで、こうちょくをはじめたからだをつつみ、はじめてだきあげた。すこし、かるくなったようなきがする。いのちの、おもさ。うでのなかに、しみじみとかんじる。はだしのまま、さんだるでにわにでて、ほったあなによこたえる。すぐに、どんどんどんどん、つちをかぶせた。むすめのゆめは、まだにかいでゆめのなかだ。あのこに、ももたのすがたは、みせたくない。しっぽのほうから、つちでおおって、さいごにかおのへんにきた。もういちどしんぶんしをめくって、そのめを、みようかとおもったけど、やめた。つちで、おおってしまうのが、かわいそうでできなくなりそうなきが、したから。あとは、きかいてきに、いっぱいつちをのせた。いぬや、ねこに、あらされないように、そのうえにうえきばちをのせた。さみしくないよう、このぱそこんのある、まどのましたにうめた。そこには、なんびきかのはむすたーたちも、ねむってる。ゆめが、じぶんでかっていたはむすたーを、じぶんでうめたものだ。みんな、いっしょにそこでねむってる。
2002年09月16日
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熱帯の風に吹かれて *****************************************************一昨年の10月の満月は、バンコクの母なる大河を見下ろすゲストハウスの4階のテラスにいました。明日は、日本に帰る晩で、なんとなく眠れないで、ぼんやりと酔いながら。深夜になっても熱帯の風に乗って、中国風のシルエットの木造貨物船のかすかなエンジン音の中にいました。去年の11月の満月の夜は、タイの国全体が「ロイ・カトゥーン」と言う、灯篭流しでした・・・。花火大会などもあって、まるで日本の夏祭りの風景です。この祭りの本場は、何と言っても世界遺産登録のスコターイ遺跡でのフェスティバル。実物の遺跡の舞台装置のなかで、数百人の出演者によるミュージカル仕立ての歴史再現ドラマが圧巻です。本物の僧侶や、本物の象さんたちが出演して、激しい戦闘シーンを繰り広げたり。正面の特等指定席でも、日本円で千円ちょっとくらい。エジプトで行なわれた、あのギザのピラミッドの前での歌劇アイーダ公演が、ひとり十万円でもたちまち売り切れたのを思い出すと、申し訳ないくらい素敵な2時間でした。このスコターイ公演の迫力あるシーンは、よく観光ポスターやパンフレットの写真として使われています。 もちろん、池には無数の蓮の花の形をした灯篭が浮かんで、揺れています。
2002年08月23日
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新鮮なのになつかしい、セピア色した連作短篇が集まって、ゆるゆるとひとつのものがたりを形成してる。決して、むずかしいことばや言い回しを使わないひとだ。そこも、気に入っている。谷崎潤一郎賞受賞!!! その前から、この作品については川上弘美の最高傑作との声が高かった。 ここには、ただ、単純な言葉づかいで綴られたせつない愛の物語があり、 文章のそこかしこから、生きることのかけがえのない喜びとためらいが・・・こんこんと涌き出てくる。山本文緒さんや山田詠美など、さんかくゆびの好きな作家たちや、評論家たちがいっせいにほめちぎる小説だったので、ずっと気になっていた。<平凡社・1400円> ↓(島森路子・評 )この人の書くものの読後感は、いつも不思議だ。リアリズムなのかファンタジーなのか、具象なのか抽象なのか、どうにも判然としないところにもって行かれる。リアリティーがないというのではもちろんない。細部の描写は実に具体的だ。が、そのくせ、その全体が、どこか春霞の中を漂っているように、儚(はかな)げで、掴(つか)みどころがない。言葉は研ぎ澄まされ、物語や登場人物の輪郭はくっきりとしているのに、そこに漂っている感覚(作品の色調)が、独特に“川上色”なのである。 人と人との間にあって“かたち”にならないもの。ましてや“言葉”になどならないもの。言葉にした途端、微妙にズレたり変形してしまうもの。そのくせ、きっとそこにあるもの。そういう、いわく言いがたい人の感情や生理の機微を、川上弘美は、行間に塵(ちり)のように漂わせる。そして、その“塵”が、読む私たちをふわりと包んで、そのくせ圧倒的に支配する。書かれたことよりも書かれなかったことに、川上弘美の小説の核はあり、しかし、それは言うまでもなく、彼女の書いたことからしか浮かび上がってこない何かなのだ。 どうでもいいような、どこにもあるような、しぶくて、カッコ悪くて、しみったれた恋愛。けれど、ここにしかない、かけがえのない、切羽詰まった感情。晩秋の乾いた風がカサコソと吹き抜けるように、生きることの“さみしさ”が、行間からヒューヒューと吹き渡ってくる。 ↓以下、「センセイの鞄」本文より********************************もうすることがなくなった。一人で今まで楽しく生きてきたはずだったのに、どうしたことか。しかしほんとうに、今まで一人で「楽しく」など生きてきたのだろうか。楽しい。苦しい。きもちいい。甘い。苦い。しょっぱい。くすぐったい。かゆい。寒い。暑い。なまぬるい。いったいわたしは、どんなふうに生きてきたんだったっけか。 ###########「育てるから育つんだよ」亡くなった大叔母が生前にしばしば言っていた。年がいっていたくせに、母などよりも余程ひらけたひとだった。「恋情なんて、そんなもんさ」大事な恋愛ならば、植木と同様、追肥やら雪吊りやらをして、手を尽くすことが肝腎。そうでない恋愛ならば、適当に手を抜いて立ち枯れさせることが安心。語呂あわせのように、そんなことを言い言いしていた。###########動物を飼うのはお好きなんですか、と聞くと、センセイは首を横に振った。「得手ではないですね」「だいじょうぶですか」「ひよこならね、そんなに可愛くないでしょう」「可愛くないのがいいんですか」「可愛いと、つい夢中になる」かさこそと、ひよこは箱の中で動いている。センセイがコップを干したので、わたしがビールをつぎ足した。センセイはこばまなかった。もうちょっと、泡たてて。そうそう。そんなふうに言いながら、わたしの酌を静かに受けた。###########わたしはセンセイの後ろで、星を数えつづけた。十五まで数えたころに別れ道に来た。「さよなら」と手を振ると、センセイも振り返って、「さよなら」と言った。センセイの背中を見送り、自分の部屋に向かった。部屋に着くまでに、ずいぶん小さなのも入れて、二十二個の星を、数えた。 ###########林檎が食べたくなって、かごから一つ取り出した。母と同じ剥きかたをしてみた。途中で皮は切れた。突然、涙が出てきて驚いた。玉葱をきざんだのでもあるまいに、林檎で、泣いた。林檎を食べている間も、泣いていた。しゃくしゃくと噛む音の合間に、涙が流しのステンレスにぽたりと垂れる音がした。流しの前で、立ったまま、食べたり泣いたり、いそがしくした。厚いコートを着て、わたしは部屋を出た。もう何年も着ている、けばだったコートである。深緑色の、けばだっていても、あたたかなコートだ。泣いたあとは、いつもより寒くなる。部屋で震えていたが、じきに飽きた。厚い靴下にはきかえ、手袋もはめ、底が厚めの運動靴をはいて、外に出た。オリオンの三つ星がきれいに見えていた。まっすぐに、歩いた。元気よさげな歩調で、歩いた。歩いているうちに、少しだけ体があたたまってきた。どこかの犬に吠えられて、一瞬涙が出た。じきに四十歳にもなろうというのに、子供みたいになっている。子供のように、手を大きく振って、歩いた。空き缶があれば、蹴った。みちばたの枯れ草を、何本も折りとった。自転車が何台も、駅のほうから走ってくる。無灯火の一台にぶつかりそうになり、おこられた。また涙がじんわりと出た。座り込んでしくしく泣きたくなった。しかし寒いので、やめておいた。そのまま駅に向かって歩いた。いつも見慣れている道が、よそよそしかった。長く道草をして、日が暮れて、家までの道がぜんぜんちがうもののように感じられた子供のころに、すっかり戻っていた。センセイ、とつぶやいた。センセイ、帰り道がわかりません。 ############かすかに春になりかかっている空気の中を、ゆっくりと歩いてゆく。月が、金色に光っている。 ############何日か雨がつづいた。若葉は急に色を増し、窓から眺めると視界はまみどりだった。 ****************最近読んだ・読んでる本*********************(5月末から6月始め)室井祐月「LOVE GO GO」「ああ~ん、あんあん」川上弘美「センセイの鞄」菅浩江「夜陰談」白石一文「不自由な心」北野勇作「どーなつ」清丸恵三郎「出版動乱・ルポルタージュ本を作る人々」筒井康隆「天狗の落し文」「愛のひだりがわ」椎名誠「ハリセンボンの逆襲」「からいはうまい」荒俣宏「アジアまぼろし画報」恩田陸「劫尽童女」中山可穂「感情教育」南伸坊「装丁」岡崎大五「だましだまされ生きるのさ」日本に帰るお金も無くなってしまった旅行者が、バンコクの街で抱腹絶倒のサバイバル!アレグザンダー・ケント「提督ボライソーの最期」帆船時代の海の英雄を描いた人気シリーズ24巻目。1巻目から読んでるけど、もうここまで20年も(笑)経ってる・・。栗本薫のグイン・サーガよりはマシだけどさ。松本隆「成層圏紳士」伝説のバンド、はっぴいえんどのメンバーだった昔から、数々のヒット曲を生んだ作詞家としての日常、そして現在までの様々なシーンでのエッセイ集大成。井上尚登「キャピタル・ダンス」旧き上海を舞台にした横溝正史賞のTRYのあと、革命の英雄ゲバラにちなんだCHEと来て、期待の新作はビル・ゲイツをふった女性の話からスタート。目黒孝二「笹塚日記」別名、あの北上次郎の日常とひたすらの読書日記。林真理子「紅一点主義」このひとは、おのれをよお~く知っている。だから、自慢しまくっていても、いやみなく何時でもオモシロイ。谷口裕貴「ドッグファイト」第2回日本SF新人賞受賞作。センスオブ・ワンダーあふれる、遠未来の何処か遠くの星と、荒廃した地球人類の軋轢。犬好きなひとには、人間と犬たちのテレパスによる密度の濃い精神の交流が、なかなかこたえられない内容で、泣かせる。
2002年07月13日
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なあんにもない日曜日でした。 ひさびさにゆっくり起きて、家のリビングで放し飼いにしてるうさぎのモモタと遊んでもらう。うさぎの種類、聞いたような気がするけどずぼらなさんかくゆびは、忘れた。色も形も、ピーターラビットと、ほぼ同じです。(ただ、うちのほうがちょっとハンサムだけど)寝転がってTVを見てると、鼻をふんふん言わせながら顔に迫って来るもんで、なでてやる。いや、なでさせていただく・・・。まるで、毛皮をなでているようになめらか。(←あたりまえ!)とっても、とってもいい気分♪ このうさぎの名前は、最初「モモコ」だった。それはそれは、ちっちゃくって、可愛いメスうさぎに見えた。けれど、しばらくすると「ちょっと、見て!なんかお腹にデキモノがある。どんどん大きくなって腫れてるから」と、配偶者が騒ぐ「早く、お医者に連れてかなきゃ!悪性の腫瘍だったら、大変」 おいおい、「よく見ろよ」そりゃ、タマだ。 と言う訳で、りりしい♂モモタくんの、出来あがり。特技は、<オマワリ>かな。うさぎのくせに、好物をおねだりする時や、とっても嬉しい時なんか、足元でぐるぐる廻る(笑)機嫌が良いと2回も3回も、くるんくるん廻って、可愛いのなんの・・・。 午前中のうちに行きたいと言うので、宇都宮郊外の大規模公園<ろまんちっく村>でやってるフリマに、息子と出かける。てきとうに分かれて、店をひやかして歩く。今日は、120店ほどの出店数なので、放っとくと迷子になりそう。(互いに携帯を持ってると、こう言う時に便利だね) とってもハワイアンなレイが、30円だったのをさらに値切って20円で買う。「アジア・パー伝」の続編にあたるサイバラと鴨ちゃんの最新刊が、何故か半値で並んでいるので、さらに500円に値切って買う。さらに移動してタイの少数民族風の、お粗末なまがい物が出てたので見てたら、「***さん、ですよね?」と、声をかけられた。 聞くと、さんかくゆびが店をやってる頃によく来てくれていたらしい。おまけに、書いていた詩のことまで言われた!恥かしいけど、やはり嬉しかったのでHPのことを伝えた。でも、アドレスを教えた訳ではないので、たどりついてくれるといいなあ・・・・。
2002年07月03日
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バンコク下町のATTゲストハウスのスタッフのアモ-ンは、タイ人にしてはひょろりと長身でとてもはにかみや。心優しいのが仇になって好きなガールフレンドにも思うように告白できません。彼女の写真を一枚撮るにも、はるるに依頼する始末。・・・まあ、そこが良いんだけどね(笑) 足に怪我しちゃった数日前、彼の故郷の村を初めて訪れた日のこと。長距離バスの旅を終え、いちばん風通しの良い部屋をあてがわれて自分の荷物を降ろし、同じようにひょろひょろの彼のばあちゃんと、カタコトのタイ語で喋ってた。アモ-ンは、繰り返し「ぼくんちは、ビンボーだから」と言うけど、タイの農村の家の中は何処も同じだ。つまり、家具なんて、ほとんど無い。たいていの家の床は黒くぴかぴかに光る板張りで、暑い日中はひんやりして風通しも良くって昼寝には最適で、気持ちいい。フローリングなんて言葉は、ここには無いけれど・・・・日本で流行るずっと前から、南国ではこのスタイル(笑) この村、ワット・ボーでも青少年の憧れはモーターサイクル、略して「モトサイ」です。ホンダやスズキ、そしてヤマハを乗り回さないと、女の子にも相手にしてもらえません。でも、とアモ-ン「ぼくの家は貧しいから、自転車しか買えないんだ」そう言えば、ここには黒いちゃりんこしか無いや。ごめんね、と言いながら暫らくすると何処からかモトサイを借りてくる。「ハルオ、ちょっとタラートに行こう。パイ。ティアオ!(遊びにね!)」 モトサイに2人乗りして少し傾いてきた陽射しの中を行くと、大きな町のタラート(市場)と違ってここのバザールは、粗末な屋根の下に簡単に長い板が数列ほど差し渡してあるだけ。まだまだ陽射しの照り返しは強くて、屋根の下の日陰は嬉しい。その広い板の上には、さまざまな野菜、色とりどりの果物に混じって村を流れるナ-ン川で捕れた生きのいい川魚が並ぶ。冷蔵設備やショーケースなんて有るはずは無いから、元気なハエもぶんぶん飛んでる。ぐりぐり茶色のハエ捕り用リボンが沢山下がってて、ちょっと懐かしい風景だ。ふわふわしたハタキのようなもので追い払ってるおばちゃんも居る。ほっぺに化粧パウダーをぐりぐりしてる、ハッとするような美少女も居る。ここでの主役は、買う者も、売る者も、みんな女性だ。なぜか、お魚さんのとなりに、ちょっとだけ電気製品が並んでたりする。電池とラジオ。懐中電灯にウオ-クマンもどき(笑) 大したモノも買わず、彼の同級生に出会って紹介されたりして笑ってると、ずっと前から知っているふるさとに戻ったような気分になった。でも、それにしてもまだ暑い。さっき、荷物を降ろして着替えて来たばかりなのに、汗っかきのはるるはTシャツの背中がべたべたする。「アプ・ナーム」水浴びしたい、つまり風呂に入りたいと、カタコトのタイ語でアモ-ンの肩をたたく。彼は無言で頷いて、いっしょにモトサイが停めてある場所へと足を返す。 家へ戻って、部屋で石鹸やタオル、着替えの準備も整うと、アモ-ンが呼びに来る。「パイ、ハルオ」行こうぜ、と言われて彼の後を追う。台所を抜けて、家の裏手に出てしまう。「あれれ」昔の日本みたいに、風呂が庭先にでもあるのかなあ?!どんどん歩いて、敷地を抜けてしまうのに、止まらない。あれれ、原っぱの斜面を下って行くと、村をつらぬくナ-ン川が大きくカーブを描いているのに出会う。ふと、気がつくと同じような仕度をした人々が、対岸からも降りてくる。こちらからも、夕暮れの風に誘われるように三々五々、男女を問わず川辺に出て来ている。あ。そうなんだ。 みんなのお風呂は、このナ-ン川でした。そう、思うとちょっとだけ涼しくなった空気より温かい、やさしく流れる川の水が、ものすごく雄大な露天風呂に見えて来ました・・・。立ち止まってると、ちいさな魚たちが足先をつんつんつつきます。その、絶え間の無いかすかなくすぐったさが、ぼくの心を包むように歓迎してくれている、ナ-ン川のメッセージのような気さえして身震いして来てしまう。嬉しさがこみ上げる内に、夕もやがたなびいて無数のホタルが飛び交い始めました。ほんとは時間が経っていたのかも知れませんが、あっという間に闇が押し寄せて、頭上には銀河の流れが広がっていました。ふつう、これは沐浴と呼ぶものかも知れませんが。はるるにとって、これは生涯最高の露天風呂との出会い体験で、生きているしあわせを、ほろほろと実感したものでした。
2002年07月01日
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旅先の熱帯ふるほんや<カオサン・ロード>の、あの店でのことです。(数年、まえのこと) 1 バックパッカーが世界中から集まって来る、バンコクのカオサン・ロード。メインの通りの北側の真ん中あたりに、三階だての古本屋さんがありますよね。一階と二階は洋書で、三階は日本の本だけ置いてあって。途中に、「ねこを、踏まないで下さい」と張り紙がしてあります。確かに、いかにも足下のけつまずきそうなそこここで、何匹も昼寝してるねこが居ます。そう言えば、と振り返る通りに面した看板まで、ねこの絵がついてる。(ちょっと前の話ですが)ここで、すごいものを見ました。ぎしぎしと音のする階段をのぼって、三階に来ると・・文庫本と新書判のコンパクトな本は、50えんから200えん程の値段がついて、きれいに分類されて並んでいます。ところが、それ以外のいわゆるハードカバーの単行本は「ご自由にお持ち下さい」コーナーに、山となって積み上げられています。日本の普通の古本屋と、立場が逆転してる訳ですね。旅行者は、旅の途中でなるべく荷物を軽くしようとするものね。 ↑ページをひらけば、それは楽園への「はじめのいっぽ」
2002年06月09日
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な、ことを今日もひとつ、やってしまった・・・。 あふれる緑がきれいな中央公園にクルマを乗り入れて、とても大切に戸締りして、あんまり大事に戸締りし過ぎてしまい、カギをつけたままロックしちゃった(涙)気がついたのは、かなり良い気分でゆっくりと公園内をデジカメ撮影して戻った時だったので、一瞬、ぼ~ぜん!(笑)あらら~。配偶者に電話したら、会議中!(う、言い出せない・・「ふふん」と、ばかにされそうで) 仕方ないので、公園の前にあるタクシー会社から、自宅まで。料金は1400円ほど。 幸いにして、スペアキーは直ぐに見つかったけど、クルマの処まで自転車で行くかそれとも配偶者の帰りを待つか。と、なれば当然水は低きに流れます。しかられるのを覚悟で、配偶者のクルマの帰りを待つことにする。それにしても、春ですねえ~。物忘れの季節(笑)暖かいというより、暑いけど!!ただ、それを言ってしまうと、はるるの季節は一年中「春」だあ。 ちょうど、今日ではるるんちもパソコンのIT環境がつなぎ放題のフレッツ・プランになって一週間目。時間帯を気にしなくて良いのは、実に精神衛生にヨロシイ(笑)・・・おまけに、家計も助かる。ここの処、毎月の電話代金がけっこう嵩んでたもの。 久我山の住人に現在使っているパソコンを譲ることにして、繰り返し書き込めるCDと、30~40GBのHDDを基準に中古パソコンをオークションやネット販売で探す。ここ数日探していたけれど、なかなか適当なのが無いので、市内の中古もあたっていたら、ヤマダ電気の中古コーナーで2001年あたりのSONY製品が見つかった!値段も6万2800円と、お手頃(笑)昨日、下取りしたばかりで、まだ店頭に出していない人気商品。ただ、製品が入っていた箱が付いていなかったので、少し安くなったらしい。
2002年06月06日
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失恋や、ココロがキズついた時はぁ友情と文化とセックス しかないっす(岡崎京子:私は貴兄のオモチャなの)↑この漫画では、このみっつを兼ね備えたおとこのこが出てくる(笑)<ひつようなもの>にんげんにはいつだってひつようなやさしいことばを、うわべだけではなく、こころのそこからかけてくれるひと。 美しい映像☆美しい音楽☆たましいゆさぶる文章☆壮麗な建築物☆どうぶつのぬくもり☆あいするひとのうつくしいゆびさき☆ふるぼけていても、たいせつなおもちゃのまなざし☆そら・うみ・だいちだきしめてだきしめて、かぎりなくだきしめても、はてしなくちかづいても、はてしないばしょへ、つれていってくれるもの☆////////////////////////////////////////////////////////漫画家としての作品、でなくその周辺の彼女のことばを拾い集めてみた。たいくつかもしれないけど、はるるには、きらりん☆★に、みえる。以下、かっこのなか→(はるるのかんそー、です)*************************************************>一人の女の子の落ちかた。駄目になりかた。(ふた昔前のおふらんすえいがのように)<愛>は、ふつうに語られているほどぬくぬくと生あたたかいものではありません、たぶん。それは手ごわく手ひどく恐ろしい残酷な怪物のようなものです。そして<資本主義>も。(資本主義の社会にからめとられている、大多数のおんなのこ)たいくつをあきらめること。きめられた同じ作業を有能にこなすこと。あいまいな、永遠のなかで。(とても、たくましくしたたかな、おんなだ)いつも。たった一人の。一人ぼっちの。一人の女の子の落ちかたというものを。(ぜつぼうで、まっしろになる)禁止することを禁止する。(かっこいい、いさぎよい!)わたしはわたしの欲望から、わたしを守って欲しいのです。わたしはわたしの欲望が、どこから来てどこへ向かうのか、さっぱりわからないのです。(すぐれた、戯曲の名セリフみたいだね。でも、ここにはおおきなまよいと、おおきなかなしみがある)イヌだいすき。いるかもすき。ねこもすき。かわいいから。うしもすき。おいしいから。(かわいこぶってる、おんなのこの、もうひとつのほんしつ)(うしさんだって、かわいいのに。はるるは、うしどし、笑)それぞれの人生にかいもく見当もつかない、日本の女の子の人生の幸福と不幸と困難さと退屈さについて。(だれにもある、じっさいのせいかつのかんしょく)いつも。たった一人の。一人ぼっちの。一人の女の子の許せるというものを。許せないというものを、リストアップしてゆく。どうでもよいこと、どうでもよくないこと。彼女にとって痛いもの、痛くないものをマップしてゆく。(できそうで、できない、困難な作業)********************************************************岡崎京子の作品は、未だに新しく版を重ねている。再び、あの作品群に新作が加わることを願って・・・。
2002年05月25日
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ある晴れた日曜日(ことしの早春)に、凄いものを見ました!事情あって―――。午前11時頃、なぜか北関東に住んでるさんかくゆびが、湘南の浜辺で海を見ていました。あれえ、なんだか大きなカサが太陽にかかってるな・・・と思いつつ。空を見てたら、東の空の雲が虹色にかがやいてる!ふと、気がつくと横一直線のふとい虹が北から南に架かってる。平塚から大磯にかけての海岸線だったので、左手の江ノ島のほうから、右手はるか小田原から伊豆半島にかけて・・・。ウソみたいに綺麗な、壮大な光景を前にしばし言葉を失ってしまいました。後で聞いたら、その日の夕方のTVニュースでもやったらしいね。・・・さんかくゆびは、翌朝の朝日新聞の社会面コラムで読みました。なんでも「水平環」と呼ばれるとても珍しい現象、らしいです。気象庁のひとの談話で、「見られたひとは、とても幸運」と、太鼓判だそうで。一生かかっても、見たことの無いひとのほうが遥かに多いんだと思う。そんなものを、見られたよろこび。珍しい虹、と言えば・・・二重虹とか、幻日(げんじつ)なんかはときたま気をつけていれば見られるけど・・・。まるい虹に出遭えたときには、嬉しかった!太陽や月にかかる「笠」とは、ちがうんだよ。ほんとうに、まあるい虹。この世界にも実在する「まるい虹」とは、登山家たちの間で「ブロッケンの妖怪」と呼ばれている現象だと思います。飛行機が雲海の上を飛んでいる時、注意しているとたまに見られますよ!まるい虹に包まれたちいさな飛行機の影が、雲に映りながら、自分のあとを追って来ます。あやしいたんけんたいごっこをやってた頃。僕は、それ以外に那須連山の三本槍岳の頂上でブロッケンの妖怪に出会いました。1995年の7月にランプの宿の三斗小屋温泉に泊まった翌日でしたが、こちらの主人公は、自分。まあるい虹に囲まれたはるるの影が霧の中から、太陽を背にして浮かび上がったんです。手を振ると、そいつも手を振って、なんだか妙な気分でした。前前回の直木賞、船戸与一「虹の谷の五月」はフィリピンのジャングルの中に、伝説のまるい虹が出る話でした・・・。むかしの山岳信仰は、たまに現れるこんな現象を、きっと神の降臨とでも伝えたんでしょうね、きっと。
2002年05月18日
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