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まだまだ感動が止まりません。誰か撮影しててくれなかったのかなー。特に2日目。
家ではバヤデルカのCDをかけっ放しにしています。マリインスキー版だから幻影の場までしかなくて、その次の場がないと終わった気がしない。これだとルジのソロルはまだ終わった気がしないのでちょうどいいのかも?
ずっとずっと脳内リプレイしていたいけど、明日はミハイロフスキー・ガラ。その前にバヤデルカのモロモロを書き留めておきたいのでちょっとだけ。と思って書いていたら、ペレンのことばかりで長々となってしまいました。
ペレンのニキヤを前に観た時は3年前のあの公演。ペレンはすでに踊れていたけど、あの時はやっぱりまだルジのソロルとは波長がずれていて、二人では何も生み出してなかった。初めからどっちも違う方を向いていて、感情の絡み合わないちぐはぐしたものだった。なにせカーテンコールはまるでペレン独りの舞台のようでソロルは置いてけぼり。
それで余計にシェスタコワ演ずるニキヤとの共鳴しあう世界が忘れられなくて、どうして今回はペレンが2日ともニキヤなのか、ちょっとがっかりもしてました。
ガムザッティが他にいなかったからなのか?シェスタコワをリフトするのは無理があったのか?ルジが最後にペレンと2日とも組むにはそれなりに理由があるのか?
などと考えたりしてました。
初日はまだ硬かったのでしょうか。ペレンの表現力は増しているとはいえ、ソロルはそれほどニキヤに執着していないように見えました。やっぱりペレンとだとそうなっちゃうのかと思わずにはいられませんでした。初日を観る限り、「このニキヤは強いな」(足腰強靭&精神的にも)と思いこそすれ、あと1日で大きく変わることはないだろうと思っていました。
ところが2日目は二人が呼応
しあっていました。こういうことがあるから、全部観たくなっちゃうんだよね。
以前はペレンの鬼門だった2幕の幻影のニキヤが、とても繊細に表現されていて見とれてしまいました。1幕から出ずっぱりでこの場面のソロはよろけそうになる難しい振りなのに、軸がしっかりしていてちゃんと魅せてきました。ここで素に戻らず、役に入ったままこの振りの美しさを印象付けることができるなんて、ペレンはすごい。
ヴェールの舞いを見てペレンの足首の柔らかさに感嘆しました。ソロルと手をつないだまま後ろ向きに横に飛んで、アラスゴンドに蹴り上げた左脚で着地するところも、足首が柔らかいせいかほとんど音がしない。でもそういった技術に驚く以上に、なんともいえない切なさが微かな目の動きや手のしぐさに表れていて、ソロルの想いと共鳴していたこと。これにはびっくりでした。
お互いに大切に大切に呼吸をあわせて踊りを重ね合わせていました。
うーん、こういう世界観をペレンも出せるようになったのか。もう最強ではないか。
3幕のヴェールをかぶったニキヤはまさに巫女で、亡霊であることもわかる浮遊した感じもよく出ていました。真実の訴えがかろじてこの世に魂を繋ぎとめて、ニキヤの意志が今この場にいさせるのだと。
このシーンで、もう生きていないことと、神に仕える神聖さを自然に表せるのはシェスタコワぐらいだと思ってました。たとえばザハロワだったら、もっと「踊り」を見せてくるから、死んでしまった儚さは感じられないだろうから。
これまで身分においては低かったニキヤが、最後に神の化身のように、誰よりも高いところで寺院の崩壊を見届けるのが象徴的。結局誰が一番神に純潔であったか。ということでしょうか。
だから生き残ったのは大僧正ただひとり。
正直、大僧正役のドルグーシンが非常によくて、このストーリーの核でもあることがよくわかりました。素晴らしい演技で見応えがありました。
ペレンばかり書いてしまいましたが、まだまだ言い足りないくらいです。
ドルグーシンも最初っからツボだったので、あらためてメモしておきたいなーと思います。
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