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いやー、この「台風10号」の進路って何? 日本は何時から「赤道直下のトロピカルアイランド」になったんだ? これじゃ、南極や北極の氷も溶けるわなぁー。 皆さん知っていました?今年の春に、どっか(んー何処だったか忘れたが・・・Wなにがしな世界的機関だな)から公式発表があったのを。 その内容は「世界の海面が年間数mm上昇している」んだと。まぁ、世界規模の温暖化がやっと庶民に届く(?届いてない?)「目に見える形」になったんだな。 だが、この報道は事実だけを述べていて、その後の予想を全く無視した報道なんだな。今回の場合、以前から示唆されていた、両極の氷が溶け出した問題と絡めて考えて見ると・・・(地球に他の惑星が急接近しているわけでも無いし・・・) 極にある氷って、かなり古く中々溶けないのよ・・・。でも、(私が言ったわけではないけれど)一度溶け出すと、加速度的に溶けるらしい。その結果、どうしようもなく止められない(人間の力では)程に、溶けるのよ。もちろん、溶けた氷は海に混じり、海水面は上昇する。 まぁ、極の氷が溶け出した話しは、数年前に公表されているし・・・。恐いのは、もしこのまま海水面が上昇し、海面が現在よりも1m上昇したら・・・。実に世界の穀倉地帯の90%以上が無くなる。はかなくも、人類は増加の一途を辿っている。 世界的な飢餓が起きるはなぁ。日本なんか、放っておいても自滅するなぁ。世界戦争は間違いなく起きるだろうなぁ。黒柳徹子がいくら「発展途上国」の子供の為にって叫んでも、彼らの将来を考えると、「今のうちに・・・」って考えちゃうよ! あ、そうそう「この問題」って先に書いたけれど、既に人類ではスットプできないから。今更、地球に優しいとか言って、気分良く「プ○リウス」とか転がしても遅いから。 本当に地球に優しい事って言ったら、とりあえず「人類を減らしましょう」だな。前記のクルマに乗るなら、本当に「地球に優しくなりたい人」は、そのお命を捨ててください。「・・・いやいや自分は・・・」とおっしゃる方は、そうだね、君が独裁者になって戦争(だめよ、紛争じゃ!世界戦争でないと。その際、核なんかバンバン使ってネ。)やって、人類減らせば、もしかすると「英雄」かもよ! アルカイダ辺りが、「環境保全の為に我々は立ち上がった」とか言って、「人類抑制の為に」とか言えば、突いてくる人は少なくてとも今より多いかもよ。(まぁ、オレはついていかんが・・・) あ、そうそう「核」は良くないって言う人は多いなぁ。人類に残されたエネルギーって、もう核しかないのよ。なんせ、一番クリーンなエネルギーなんだから。(使い方間違えなければ・・・) 風力は、太陽光は?と聴こえてきそうだが・・・。風力は安定しないから、エネルギーとして向いてない。太陽光は、ソーラーパネルって、作る段階でスンゲーフロンを使うんだよ。オゾンホールを拡大させて、皮膚ガンで死ぬか? ああ、そうそう両者ともやっぱ不安定なんだけれど、最近はソレを軽減させるため「蓄電池」が目覚ましい進歩を遂げてる。この技術は凄い!(ああ、日本がその道の先進国なんで、世界的に見て評価されないのが悔やまれる・・・なんで、日本人はアピールが下手なんだ?)でも、バッテリーの原材料も、高い、少ない、扱いにくい!んだなぁー。 まだまだ、書きたい事があるが・・・。 え、何時もと雰囲気が違う? うん! 違うんだよー。何故かって? それは、暑いから! 暑い&まだ、福島。祖父が亡くなり、慌てて駆けつけ、一人でいるオフクロの相手をしていたら、「小笠原」では一切出ない病気の症状が・・・。「鬱」じゃなく、「パニック」系です。 しかも、10日以上、留守して「保険」の申請等してなくて、金が無い・・・しかも家賃待ってもらってる・・・。 人生逃げ道です。 ああ、何時もと感じが違う「環境」関係ネタだけど、こんな保護思想を「ダークエコロジー」と言います。この言葉の発祥は日本です。(毛等には発送が無いか)←気に障る人居たらゴメン、千石さん(日テレ系番組に出る、爬虫類オヤジ)の受け売りです。 「ダークエコロジー」の発祥は「もののけ姫」です。(本当)。でも、思想事態は、「寄生獣」(まんが)です。後者のほうが、より古いです。 ああ、核(放射能)について・・・。「放射能に汚染されたら生物は生きていけない」と思っているあなた、ソレは嘘です。生き物はしたたかで、例え放射能があろうと生きて行きます。っていうか、地球誕生、そして最初の生物が誕生した時には地球には放射能がバンバカ降ってました(太陽から)。80年代の宇宙飛行士の宇宙遊泳の写真等を見ると、バイザー越しに頭蓋骨が写っています。アレはレントゲン写真の原理です。 生物誕生初期は、放射能の海の中、生物は二酸化炭素を吸収し、酸素(当時の生物には毒)を吐き、その酸素で地球に大気を作りました。 ああ、現存の「生き物」も凄いけれど、古代から生き物を見ると、もっと凄いよ。(面白い!) その代わり、「ダークエコロジスト」になるか、「環境保全」ってなぁに?になるか・・・。 はい、自分は後者です。でも、知らないで「叫ぶ」人より、知ってて諦める人の方が、自分的には良いかなぁ?と思います。(ああー。また、敵作った・・・) 日記が途切れ、迷惑を掛けました。 落ち着いたら、「小笠原」再会します。・・・自分は、疲れたけれど元気です。
2004/07/31
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えーっと、バタバタした一日でした。 その為、「小笠原紀行」は休載です。 今日の行動。 昼まで、金縛り地獄で起きられず。 昼を一人で作り、午後からオフクロと祖父の墓参りへ。 ダラダラして過ごす。(オフクロの話し相手で疲れた) 庭木の手入れ。 あるもので夕飯。 Sさんに電話。「今週は会えないよ」と。比較的長話。 晩酌しながら、「小笠原の文献」あさり。 ・・・眠い!「鬱」は無いけれど、お休み!
2004/07/28
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昨日は「デート」等とウツツを抜かし、祖父の初七日には出なかった・・・。(決してデートが理由じゃないよ!小笠原で疲れたの。長距離運転に自信が無かったの!昨日の日記読んでね。) 今朝は、「はぁー」もう、思わずため息。帰ってきたら忘れていた「金縛り」地獄。目覚ましは0645時(小笠原の植物調査起きの時間)。でも、目覚ましも止められない。現地ではなーんにも症状が無いだけに悔しい。 やっと起きたのが10時。でも、脳ミソが稼動に入るまでタバコをプカプカ。氷水をガブガブ。 1030時。オフクロよりTELL。「今日は大丈夫なの?」「ああ、早めに行くよ」 何時もの如く、何時ものように常磐道を北上する。・・・何時もと違う点が一点あった。今回は時速100Kアベレージで走った。(自分的には)ノンビリ走りながら、静かな音楽を聴きながら、Sさんとの事、祖父の事、次回の小笠原、新しい仕事、走馬灯のようにグルグル頭を巡回する。 「小笠原紀行」でそのうち出るが、新しい仕事で既に内申の以来が入った。それが、(多分)福島市で実習地の学生の指導員。次に行く会社でソレが可能か?との事。現場を引退する自分にとっては魅力的な話だ。 オフクロはかなり参っていた。と言うのも、相続の関係でかなりモメたからだ。オフクロは長女。実は、「祖父母の面倒を見る」と長男が近くに引っ越してきたのに、全く面倒を見ず、それに対しオフクロが業を煮やして、自分の実家に帰ったのだ。だから、今回の祖父の喪主は「長男」では無くオヤジが行った。 この期に及び自分の両親の面倒を一切見なかった「長男夫妻」がイチャモンをつけているのだ。 どーせHP上。この際書く。 長男夫妻は千葉で暮らしていた。だが、「両親の面倒を見る」と言い、「いわき」に戻った。その際オヤジが仕事の世話をした。その会社に自分も一時在籍していたが(かなり短い期間)、「長男」(自分から見たらオジサン)は、悪いうわさしか聞いていない。会社の金を使い込んだとか、仕事は全くしないとか。オヤジの面目は丸つぶれ。(そうでなくても、自分もその会社を辞めたのに・・・)しかも、オジサン、所長待遇できたのに・・・。その上、本末転倒で一切親(自分から見て祖父母)の面倒は見ていない。 大きな声で言いたい!「人間失格」だよ。 オフクロは、長い間話をしていた。自分は聞くだけだ。オフクロと言えど、女性である。女性は「話し」をして、身の内をブチマケれば、多少気持が落ち着くもんだ。(自分も少しは大人になったかな?) 祖父の葬式だけは出ないと。と、ずーっと思っていた。だが出られなかった。自分が病気になって二年。その間、三人の身内が亡くなった。亡くなる度に、自分の入院が長引いた。 ただ、亡くなった身内の中で祖父だけは自分にとって特別だったのだ。それは祖母が亡くなり、それを追うように祖父が寝たきりになる僅かな間に、祖父が誰にも話した事が無い「戦争」の体験を話してくれたからかも知れない。それで、寝たきりになった祖父を、孫では一番長く自分が見ていたからかもしれない。 祖父は旅行が好きだった。でも、旅行に行っていたのは、それほど長い間ではない。祖父の旅行の仕方と自分の旅行の仕方がそっくりだった。別に、祖父から幼い頃に「こんな所に行って来たぞ」という話しは聞いた事は無かった。 この仕事について、祖母が亡くなる以前に「旅行?(旅)」の話しをして、意気投合しただけなんだ。まさに「血」なのかも知れない。生物学的な見地からだと、遺伝子は一世代を置いて繋がる事が多い。自分は「旅」の仕方を「血」で祖父から受け継いだのかもしれない。 話しが飛びすぎるのは、今回はご愛嬌で勘弁して欲しい。 祖父の位牌の前で、酒を注ぎ一緒に飲んだ。祖父は語りかけてはくれない。でも、母島での戦史後を海底で目撃した時には、海底で砂に帰る砲塔に祖父の顔が浮んだ。マスクの中で、涙が出てきた。 祖父なら、分かってくれると思う。生前は「気持ち」とか「心意気」とかを大事にしていた人だから。・・・そう信じたい。向こうで祖母と一緒にノンビリ暮らして欲しい。どうせ生身の人間だ。自分も何時かは其処に行く日が来るのだから・・・。その日まで、懸命に生きて、土産話しをタンマリ抱えて行けるように・・・。
2004/07/27
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さて、昨日無事に自宅に帰ってきました。やはり、自宅に帰ると調子がいまいち。今朝はお得意の「金縛り」でなかなか起きられず、「ああー、やっぱオレって自然の中の方が良いワァ」と唸っている始末。が、絶不調てわけではなく、なーんとなく調子悪いなぁ。と言った感じ。 さて、「小笠原紀行」の方は時系列で一日一回更新の形で続けます。現在、デジタル、フィルムあわせて千枚を超える写真の整理に追われています。また、今回はトップページでの紹介では無く、日記上で写真をふんだんに載せて合わせて「母島」の魅力と今後取り組むべき保全対策を私見を交えてお伝えします。多少専門的な話が持ち上がるかも知れませんが、書き込みやメールでの質問は極力受け付けるつもりです。今回は、既に登場していますが実名の人物が登場します。(勿論、本名です)有限会社「コピス」の代表「仁井さん」です。アウトドア雑誌等でたまに登場する方なので、この際実名で発表させていただきます。 「紀行」の最後の方では、「母島」が直面している現実を紹介しますが、より多くの方の意見を聞きたいと思っています。そして、ここでの意見を挟み、次回調査の9月までは、石原都知事に対して「上申」を考えています。このままだと、「母島」の鳥類の大半が絶滅の恐れに直面します。現にカツオドリの集団繁殖地が一箇所、消滅してしまいました。国内で初めての大規模な保全活動が早急に必要とされています。 以上、前置きがやたらと長くなりましたが、本文。 昼少し前にモソモソと起き出して、「少しでも写真の整理をしなければ」とPCに齧りついていた。本来なら、今日は実家(福島)に行く予定だったが、流石に疲労は隠せない。そりゃそうだ。毎日四時間を超える山歩き、そして夕方はスキンダイビング。ソレを一週間以上続けたら・・・疲れるはなぁ。 が、お陰で見違えるように身体が引き締まった。なかなか落ちなかった脇腹の贅肉も綺麗に落ちて「ちょっと男前?」ってな具合。(後で昨日Yちゃんに強引に撮らされたプリクラを掲載します) 実家に何度も電話を入れるが、オフクロは電話に出ない。代わりに叔母さんが出る。何でも、疲労が蓄積して病院に行っているみたいだ。 14時をまわり、やっとオフクロから電話。「あんたは、身体大丈夫なの?」「ああ、病気は出ないけれど肉体が・・・やっぱ疲れた。」「今日は無理しないで、明日来なさい。」 これで今日の移動は無くなった。 変わりに、今週Sさんと、「会おうネ」 と約束していたのが前倒し。「一緒に夕飯どうよ?」と電話すると、即「行く」と返事。 Sさんの自宅は、微妙に都内だ(千葉より)。彼女はまだ一人で遠出はできないので、自分が車で近くまで行く事になる。(おお、久しぶりに自分の運転で都内を走るぞ。) 途中、渋滞につかまり約束の時間より三十分送れて19時に着く。(イヤイヤ渋滞だけでなく、間違えて「悪魔のネズミワンダーランド」に突入してしまったせいもあるが・・・) 実は、自分が小笠原に行っている間に彼女は退院し、誕生日を迎えていた。それで両方のお祝いを兼ねて、多少豪華な食事を考えていたのだが・・・。「ちょっと、調子悪いから人が居ないとこにしようよ。」「じゃぁ、ネズミの(クドイ!)ホテルで食事するか?」「出来れば近くが良いなぁ」「わかった」 と近くのファミレスに入ってしまう。(Yちゃんとは豪華な食事しているのに、Sさんとは何時もこんなんだよ。・・・ああ、言っておきますが、Yちゃんはあくまで友達です!)「っしゃー食うぞ!」 と自分はステーキ320g。「退院、誕生日、まとめてお祝いだから好きなもの頼んで!」 とSさんに言う。(ファミレスの最高額なんてたかが知れてる) いつもはSさんの話の聞き役にまわる自分が、今回はノンストップで話した。食事をしながら、感動した事を一つ一つ話し、食後はPCを持っていったので、まだ「まとめ」が終わらない写真を見せて・・・。「凄いよぉー!沖縄みたい。」とSさん。「いやいや、沖縄より凄い!だって、普通に泳いでいて、アオウミガメや、サメ(ネムリブカ)と泳げるんだぜ。」 時間はあっと言う間に過ぎる。都合二時間以上話をしていた。「行ってみたいなぁー」「そうだなぁ、交通費が高いけれど。海外に行くほうが安いし。でも、行く価値はあるね。今回の写真、コンクールに出すけれど、もし(ありえないが)金賞取れたら、おがさわら丸の往復ペアチケットなんだけど、一緒に行くか?」「絶対に行くよ!」「よーし、じゃぁそれまで病気を安定させないと。」 彼女を自宅まで送り届ける。彼女のお母さんが出てきて挨拶。(まずーヒゲ剃ってないよ!) 何事も無く、家路に着きました。 ああ、彼女には「お土産兼プレゼント」でイルカのネックレスを渡しました。元来アクセサリーが嫌いなんで、いたってシンプルなヤツ。イルカの歯(本物)を削ったモノ。これがとても気に入って貰えて「ほっ」と一安心。(実は、結構値段が高いのだが・・・) 今週、もう一回会う約束をしました。 なにかあったら、また報告します。
2004/07/26
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さて、いよいよ調査初日である。 昨日の晩から、しっかりとパッキングしてある。 パリパリの迷彩服を着込む。ノースリブのシャツ。その上に、ヤフオクでゲットしたPKOで自衛隊員が着ていた、ホンマモンの上着。陸自隊員の手により改良が施されて、半そで。 ズボンも勿論、陸自新迷彩2型だ。そして足元は半長靴。鉄板が入ったゴッツイやつである。 装備は、弾帯ベルトに、双眼鏡、カメラを入れてある。ザックには水4ℓ、弁当、雨具。調査用にテープ、コンベックス等等。そして雑嚢に、調査用紙、コンパス、替えのレンズ。もう、気合充分である。 そんな、装備ジャラジャラな自分を、仁井さんは冷ややかに見ている。「おい、カメ。本当にソレ着ていくのか?おれなんか、コレだぜ!」 と、Tシャツに化繊の薄手のズボン。ザックはペチャンコ。「いえいえ、初めて入る所は一応スタンダードな装備で。」 と言っておく。 実は以前に、彼の主催する「都会と田舎を結ぶ体験キャンプ」なるイベントで(ああ、恐ろしや!そのキャンプで前のカイサンをゲットしてしまったのである。)、登山体験があった。自分は、ボランティアスタッフで参加していたが・・・。登山コース概略を彼に聞いたら、「ああーカメだったらサンダルで充分だ。ビーサンでも良いんじゃない?その辺フラっと散歩だよ。」 と言い腐れ、本当にビーサンで自分を山の中に送った前歴がある。 今回も、内心では「完全迷彩バリバリで、鳥を激写じゃぁ」と逆転サヨナラも狙ったのだ。(が、アテは崩れる) 初日は植物調査オンリー。同行する親会社の一人が、補助でお手伝いだ。 0815時。宿の「わ」ナンバーでは無いレンタカーで出発。 今回入る「母島 石門地区」は特別保護地区。一般の方は立ち入り禁止だ。林野の許可を取り、しっかりと腕章をして入山する。(そうそう、一般の方もガイド同伴なら入れます) 何故この地区が「特別保護」なのか・・・。実は小笠原は、開拓の歴史でもある。戦前にありとあらゆる開拓がなされ、現在、父島、母島の両列島に於いて唯一ジャングルが残る森とされている。セキモンノキと言う、世界でここにしか無い木もあるのだ。(まぁ、こんなウンチクは帰ってから仕入れた。何故調べたか・・・ソレはそのうち書きますから。) 0830時。三人が入り口に立った。自分以外はこのコースを何度も入っているベテランである。昨晩、「最初の登り30分がキツイぞ」 と言われていた。「スンマセン!本当に山は久しぶりなんで、宜しくお願いします」 とまだ大きな声で言う。 登り初めの5分で顎が上がった。「?」チクショー、思っていた以上に体力落ちてる・・・。鉄板入りのブーツが恨めしい。15分で最初の休憩。「不気味だ・・・」 と仁井さん。「様子へんですねー」 と同行者。二人の話を聞くと、例年以上に暑いらしい。しかもやっぱりオカシイ程風が無い。自分は・・・余裕が無い。暫くは谷間を縫う道。 そこから5分。そして、最大傾斜で尾根道に入る。膝が折れる。体力が落ちた自分をネタに笑う余力も無い。二、三歩歩いて「ゼイゼイ!」そして、膝に両手をついて「ヒーヒー」・・・洒落にならん・・・殺される・・・。 やがて、尾根に取り付く時・・・二人は「なんだこれ!」 と絶叫!自分は、「す、ストップ」 とだけ言うと、道の脇に朝食を全て戻した。「ゼイゼイゼイ・・・ゲロロロロ。」「オイ、カメ大丈夫か?」 仁井さんを手で制す。「フウフウフウ、ンババババ・・・」 吐くだけ吐いた。朝食が納豆だったのを恨んだ。・・・が、本来頑丈に出来ているのか、吐いたら楽になった。「行けますOKです」 強気で言ったのではない。それを察してか、「次の休憩まで直ぐだ。行くぞ!」 嬉しいハッパがかかる。 尾根に取り付き、地形的にも本来なら風が抜けそうな所。が、無風だ・・・。「カメ。ここが、調査区1だ。」 仁井さん。 言い終わら無いうちに、装備を殴り捨てた。氷水を頭から被る。そのまま飲む。「ペース大丈夫っすか?足引っ張ってないっすか?ゼイゼイゼイ。」「カメ、登山開始時間覚えているか?」「はい!0830です。」「んーここまで30分だ。ペースは何時もどおり。が・・・暑いぞ今日は!お前、大丈夫か?」「はい、吐いたら楽になりました。気合で行きます!」ようやく笑えた。二人は「ヘン」を連発している。 この登りで、やっとココの山を理解した。今回の自分には余計な装備が多すぎる。「スンマセン。時間良いですか?」 呼吸が落ち着いてから言った。「どうした?」「いやー、やっぱり装備過多でした。帰りに拾うんで、ここでデポります。(デポ=置いておく)」 上着、カッパを置いた。 昼前に、調査区No10の頂上に行き、調査をして昼飯。植物調査のやり方は、やっぱり後で書きますネ。 実は、この日の記録も記憶も殆ど無いのだ。それだけ、死んでいた証拠だろう。ある記憶は、「暑い」一言。歩いていれば、それは暑いだろう。が、止まっていても汗が吹き出る。立ち止まり、下を向くと滝のように汗がメガネに落ちるのだ。人間とはこんなに汗をかくのか?と思った程。良い証拠に、この日は4ℓの水を摂取した。が、尿は出なかった。そう、全てが汗に変わったのだ。宿に帰って、強引にトイレに入ると、濃縮された尿がドロドロでた。 とにかく、滴り落ちる汗だが「汗が止まったら熱射病!汗が出てるうちは、死なない!」と言い聞かせ、本当に気合で一日を消化した。 この日一番の失敗は、重いだけの「半長靴」であろう。登山に於いては「靴の軽量化が最重要」と言う。だが、全盛期の自分は「体力、気力じゃ!」と言っていた。そんでこんな、クソの役にも立たないブーツを履いていた。鉄板入りのブーツなんて、格闘をするか、戦車に踏まれでもしない限り何の役にもたたない。・・・しかも、この靴のせいで両足に水疱を作り、右足を捻った。(・・・病院に行きます・・・) 調査初日はこんな風に散々だった。だが、この日をスタートのゼロと仮定するならば、どんどんと体調が好転していく。 それはまた、別な話し・・・。 明日は、いよいよ鳥類調査です。
2004/07/16
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たたみ一畳分しか寝る場所が無い船内。まるで真夏の山小屋を彷彿させるような空間。睡眠障害で、寝つきが悪いはずの自分だったが・・・。何故か、ぐっすり眠れた。そして、6時起床。「おおー健康だ!」 起きて早々に鳥見に甲板に出るが、クソ暑い。日差しが痛い。・・・鳥も居ない。海は鏡の様にベタベタに凪いでいる。こんな時は二度寝。日差しが当たらないEデッキに戻り、毛布を掛ける。(あのー小笠原海運さん、船内寒いんですけれど・・・皆震えてますよ!) 10時もまわる頃だったろうか、船内放送の「父島列島が見えてきました」 の放送にガバリと起き出し、カメラ片手に甲板に上がる。「おおー!」 ベタベタの海の向こうに霞む奇岩の群れ。 島々が左舷を通り過ぎていく。 一度船内に戻り、荷造りを済ませて、再度上へ。船内放送が、30分以上早い到着を告げている。痛い日差し、青い海。南の島である。頭がクラクラするのは日差しのせいだけでは無い。10年チョットの調査屋生活。その終止符を、こんな島で迎えるとは・・・。ただただ感無量!(その後、そんな甘いものではない事を実感するが・・・)武者震いで体が震える。何処に向かってシャッターを切ったか?とにかくカメラを構える。 船員も携帯で!下船準備でゴッタ返す人々おがさわら丸も、父島の港に入ると中々どうして立派に見える 11時、船は静かに入港した・・・。と書きたいところだが、出迎えの人が凄い。音楽の生演奏(何て言うのか、ドラム缶で作ったティンパニーみたいなヤツ。それで、「やしの実」を演奏していた)。歓迎の横断幕。湾に入るときは、ダイビング帰り?の船が伴走していたが、これも実は出迎えだった! 同じ船で、東京都のレンジャー二名が到着だったらしいが、何時もこんな熱烈な歓迎らしい。呆気にとられてシャッターを切るのさえ忘れていた。暑いぞ「小笠原!」。 我々、母島調査一行も役場の方々の出迎えを受けて挨拶。1230時に「ははじま丸」が出港するので、ソレまでに弁当を買い食事を済ませる事にする。「おがさわら丸」が偉大に見えるのは、この「ははじま丸」のせいかも!排水量600t小笠原最初の陸上鳥類は「イソヒヨ」でした 弁当を買っている間に出迎えの人も、船の客も居なくなり、我々だけが、ガラーンとした「おがさわら丸」待合所で弁当をパクついている。(「ははじま丸」待合所にはエアコンが無いんで) ここから、さらに母島まで足を伸ばす人は百人も居ない。いや、五十人も居ないか。 1230時、ははじま丸は定刻に出港した。父島滞在一時間半。最終目的地、「母島」までは更に二時間の航海。はっきり言って遠いです。 母島までの二時間は、やはりレアな海鳥は見つけられず、その殆どがカツオドリ。何枚か撮って見たが遠すぎて「?」な感じだ。(やっぱり、500mmのレンズを持って来るべきだったか?)が・・・カツオドリには爾後、急接近できます。写真もあるよ! 飛び交うカツオドリを見ていると、前の職場でカツオドリの死体をさばき、骨格標本を作った事を嫌でも思い出す。(会社を辞めるとき、我が家に持ってきてしまったのだ。) カメラと双眼鏡をぶら下げて、狭い船内を、右に左に鳥の群れをチェックする。そのうちに、母島の全景が見えてきた。初めて見る気がしないのは、何度も写真と地図を見て頭に地形を叩き込んだお陰。目指す「石門」地区の大まかな場所も分かる。母島全景。 母島到着もシテヤラレタ。 たかだか人口400人しかいないので、父島のような盛大な出迎えとはいかないが、いろんな人が出迎えに来ている。 面白かったのが、まだ若い駐在さんが率先して、船の舫いを取り、桟橋を掛けてくれる。真っ黒に日焼けして、腰には「ニューナンブ」は下がってない。さらに金縁のレイバン!「トップガン」でトムクルーズが掛けていたタイプだ。ムチャムチャ渋い。日本にこんなカッコイイ警察が居るのか?と思う程に渋い!(写真は、帰りの出港で載せます)後で知るのだが、小笠原の警官や役所の方々は大抵「希望」で来ているらしい。見事に島に馴染んでいる。良い顔をしている。 港(桟橋?)から宿までは、200m程。宿の車で、荷物を運んで貰い、観光協会に挨拶&情報収集。父島にはビジターセンターがや、水産センター等があるが、母島では、それら全ての業務をここ観光協会で行っている。また、鳥類のコロニー調査までも行っている。 この日は、「業務」と言えば観光協会でのおしゃべりのみ。後はオフ。(ってまだ何も仕事をしてないって!)宿で荷解きをしていると、早速窓から「メグロ」の姿が。一応、パシリと撮る。あんまり良い絵ではない。 この日は、軽く潜り、ビールを飲んで早めに寝ました。 追記:現在「実家」に来ている為、水中写真のデータCDが無く初潜りを端折りました。 実はここでも「ビックリ」が待っているのですが・・・。追ってまた。 さて、明日はいよいよ調査初日!
2004/07/15
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久しぶりに眠れない。 興奮しているのだ。まるで、運動会や遠足を明日に控えた子供のようだ。 明日の今頃は、きっとフェリーで寝ているに違いない。 今回行く場所だが、正確に言うと「母島」だ。 出港は10時。25時間かけて、父島。そこで船を乗り換えて、さらに南へ50km。 今まで乗った外洋航海の船では一番小さい。が、それでもメゲズに、甲板で双眼鏡を構えながら、ビールを飲んでいるだろう。島に上陸してしまうと目立った鳥には会えない。航海中が鳥探しになる。ミズナギドリ、ウミツバメ、ネッタイチョウetc。他にはイルカと遭遇できるかも知れない。 就職先の社長からは、「そんなとこに行ったら、戻って来ないんじゃないの?」 と言われたが、んー?可能性も否定できない。でも、「引退する」のは決めた事。後悔はしないためにも今回の調査で全力を出したい。 根っからの「調査屋」なのが痛いほど自分でも分かる。こんなに好きな仕事を辞めるのは辛い事だ。でも、食えないんじゃしょうがない。いい加減、遊んでる年齢でも無いし。 しっかりと地盤を作って、Sさんを福島に迎える位の心意気で行かないとなぁ。 何はともあれ、最後だ。(正確には、9月にもう一度行くけれど)。 悔いなく仕事をして来よう。 PCはおいていきます。東京湾を離れる前に、携帯よりレポート出きるかも知れません。 では、コレ以降は「カメの小笠原紀行」で会いましょう。-------------------------------------------------------- 朝07時前竹芝桟橋で途方にくれていた。 東京は暫く続いた晴天が嘘のように、低く雲が垂れ込めている。気温は高くないが、肌にまとわりつく湿気が不快感を上げている。「さて、どうしたものか?」とりあえず、このドンヨリを伝えるためにカメラのシャッターを切った。竹芝桟橋の対面にある「フジTV社屋」とそれに続くレインボーブリッジ。 待合室には、「大島行き」の客たちが集まりだした。忙しない客達を横目に「朝定食」のおかゆと生ビール。待ち合わせの0930時までは大分時間がある。 大島方面の各ジェットホイルが落ち着くと、徐々におがさわら丸の客達が集まりだす。 東京から南に約1000k。25時間の船旅。が、乗船する船は6000tといささか小ぶり。 ・・・と、いつの間にか待合室は人で溢れて、外も人だらけ。今までの自分の「船旅」だと「こんなに乗れるの?」ってな感じに人が多い。しかもさらに増えていく。あまりに人が多すぎて久しぶりに発作の予感がする。朝飯に「生ビール」だったし、もう行けー!とばかりに、缶ビールをグビグビやり、アルコールの力で自分を忘れさせる。 待ち合わせはすんなり行った。片手に缶ビールな自分を見て、今回のボスで専門学校時代の講師だった仁井さんは、「なんだーもうヤッテるのか。」「はぁ、人ごみに負けました。」 すると、その後ろから挨拶をする二人連れが・・・。直感的にマズイぞ!と頭が警報を出して、缶ビールを荷物の後ろに隠した。挨拶を交わす仁井さん。・・・やはり、この仕事を受注した会社の方々であった。ともかく挨拶。「はじめまして、今回鳥の方をやらせて頂きます。」 四人で雑談しながら、乗船名簿を書き、船の飯は高いから。とコンビにで若干の食料を買う。 イザ、乗船だ。 乗客はやはり定員一杯。殆どが夏休みに入った大学生。船内、甲板、あっちこっちで早くも宴会的に飲んでいる。自分は、船内は窮屈だし、甲板も人が多いし、カメラ片手に所在無くウロウロ。 上の写真は、羽田沖を航海している時に撮ったもの。 14時~16時までは、双眼鏡を片手に頑張って鳥見をしたが、たいした鳥は発見できない。シャワーでも浴びるか・・・。石鹸が無い・・・。 それでも、夕焼けでも見て気分転換!と思ったが、やはり人でゴッチャリ。しかも時代なのか、各々携帯片手に夕焼けを撮っている。「すんげー、怪しい宗教みたいだ・・・」 しかし、やる事が無い。幸い?乗船前に購入したウイスキーがあったので、四人で舐めつつ22時の消灯を待つ。昨晩寝てないせいか、睡眠障害は何処に?と言うほどスッカーンと眠りについた。
2004/07/14
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「何じゃこりゃ?」 って程に暑い! 扇風機は、ただ熱気を掻き回すだけ。熱風が吹きつける。 あまりの暑さに、身体の動きが止まる。 とにかく暑い。 荷物の用意は整っていたが、パッキングがまだ。休み、休み、作業をする・・・。 持って行く物リスト。 迷彩服上下(2セット)。迷彩半そで。下着(3日分)。双眼鏡。三脚。一眼レフカメラ(デジタル、レンズ2本)。充電器。コンパス。バインダー。カロリーメイト(若干量)。タバコ(1カートン)。水筒。ヘッドライト。ブーツ。雨具(ゴアテックス新迷彩)。ザック。 ココまでが調査道具。 その他、ダイビングギア(足ヒレ、シュノーケル、マスク、グローブ、マリンブーツ)。水中カメラ(フィルム)。パソコン。 んーリストアップしただけで、只者では無い。この荷物を、スーツケースとボストンバッグに振り分けるが・・・入らないのである。頑張っても、まるで入らない。ぜーっ対に無理。 本来なら、浜松町のビジネスホテルでビールを飲んでいるはずが、ホテルをキャンセル。 涼しくなるのを待って、冷静に考える事にする。 何を削るのか・・・。ダイビングギアとPCが今のとこ候補。が、せっかくだから潜りたいし・・・。10日以上の「日記」を一気に更新するならPCは必要だし・・・。 頭、いてー。 一応パッキングが終了した。PCとフィンは明日の朝元気なら持って行く事にする。 今晩はアルコール抜き。 調査中も基本的にアルコールを抜こう。が・・・多分船の上では飲んでるなぁ、ビール。 二つに分けた荷物だが、カメラバックはどうやっても入らない。 総重量40Kg。・・・持って歩くだけで汗まみれだよ・・・。 明日は、更新できるかな?
2004/07/13
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いよいよ出発が迫ってきた。 出発前の「ラスト診察」。 1100時の予約だったが・・・。オレ、起きたんだよ!06時には起きたんだぁ。でもね・・・二度寝した・・・。気が付いたら1058時。「ヤッベー!」 慌てて病院に電話。「スイマセン・・・。11時、医院長予約のカメですが、今起きました。半には行きます。」 立て続けにタバコを二本吸い、洗顔、歯磨き、でクルマのキーを持ち、エンジンを掛ける。 遅れて行ったのに、待ち時間は全く無く診察。「どうですか?」 の医院長。病気の経過と、今後を話す。が・・・話途中で、何故かカミキリが首筋に・・・。「イッテー!」「どうしました?」 ムンズと掴まえたカミキリ。「コイツ・・・何時の間に?」 と言いながら、殺さずに外に出そうとすると・・・。「ちょっと待って。関係者以外こっから外に出るのは・・・。」 と医院長の言。面倒なので、「じゃぁ、潰して下さい。」 と言うが、「殺すのもねぇー・・・。預かっておくよ。」とテッイッシュに包む。 モガク「カミキリ」を措いて置いて、「小笠原」と「就職」の話をする。「じゃぁ、次は(診察)何時(が良い)?」 と、頓服も、常備薬も変わらない。「いいのか?」と思いながら、「先生、頓服は?」「大丈夫。薬に頼らないで、楽しんできて!」 との事。 病院から出ると、買い物三昧。 何故か見当たらない「コンパス」、そしてダイビングギア。 そんな訳で、「津田沼」までクルマを走らせる。JR津田沼から、南へチョイ行くと「山屋」さんと、「ダイビング屋」さんがあるのだ。 山屋で「フーン」と唸りつつ、コンパスを購入。現在、登山の世界では「GPS」が主流になっているので、この機会にレクチャーを受ける。 この時、自分は「マリーンカット」で、自衛隊のシャツを着ていた・・・。よって、以前に床屋に行ったときの喜劇が起きた。「いやー、自衛隊さんが演習の前にGPS買って行くので、突然無くなる(在庫が)んですよー」「はぁ!」 そこで、自分の服装と髪型に気が付いた。 散々質問をしても、嫌な顔を見せなかった理由が分かった。 職業を明かさずに、「九月にも行くんで、ソレまで考えます!」 と言って出てきた。 ダイビングショップも同じような対応。 自分がしたい事を述べると、「ああ、陸自の・・・・」「いえ、違います。調査で小笠原に行くついでに遊ぼうと・・・」「分かりました」 全然分かってない。完全に「空挺部隊の特殊任務」と勘違いだ。 否定すればするほど、「分かってますからー」と言う態度で接してくる。(お陰で、安く済んだが・・・) 家に帰ってからは、電話の連続だ。 お世話になった方々に「引退します。ついては、最後の調査で小笠原に行ってきます。」 最後に「HP」をチェック。 小笠原滞在中に「何とかHPで近況報告」が出来ないか?と考えて、ひとつ手を打った。顔も見た事が無いHPの友人に直接電話。「出来れば!」って事で、「小笠原」レポートを委託する。 その後も電話が続く。 落ち着いたときに「Sさん」へ電話した。「よぉー!元気かぁ?」 あくまでもさり気なく話す。「元気だよー。」 初めて彼女に「小笠原」と「就職」の話をする。 だが彼女は同様しない。「私も、退院のめどが立ったよ。」「そうかオメデトウ。」「隊長(カメ=自分)いつか、ゆっくり会えるよね?話できるよね?」「できるさー!なに言ってる?帰ったら会おう!」 ・・・嬉しかった。 凄く嬉しかった。 いざ、お互いに「離れる」事になって。初めて「彼女」が「会いたい」と・・・。 辞めよう。お互いに病気が治ったなら、もしかすると、もしかする・・・。まぁ、それは時間が解決するだろう。 退院するとき、彼女に渡した「お守り」(靖国神社)。自分が入院中に持っていて、彼女が外泊するときに「自分は、このお守りを持って退院する事になりました。Sさんの退院を願って、このお守りを渡したいと思います。」 そんな事が頭に浮ぶ。「Sさん・・・良かった・・・退院できるんだ・・・」 HPのトップを変えた。 「島根紀行」は、機会があれば続けます。 あとは、小笠原・・・。 明日の日記が最終になります。 近況報告は、「小笠原紀行」をクリック。また、感想は「掲示板」にお願いします。
2004/07/12
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「小笠原行き」へのカウントダウンが始まっている。 明日、月曜は診察。医師の事後承諾を取り、まとめて薬を処方してもらう。 明日中に行う事。 一、診察。 一、コンパスの購入。なぜかコンパスが見つからない。 一、ダイビングギアの確認。 一、パッキング。 いよいよだ。 本日も、時間的に余裕が無いので「動かないと!」とは思っても、身体が動かない・・・。以前に、眠りっぱなしだ。 明日の診察で、薬のチェンジをお願いしよう。 大分、病気が回復しているのが自分でも分かる。 今後の身の振り方を今一度考えたい。何が出きるのか?出来ないのか?したいのか? 「鬱」という症状は全く無い。が、睡眠の安定が今後の課題だ。 このペースで行けば、HPのタイトルも変わるだろう。 HPについて。 今回、小笠原に行くにあたり、HPの管理がまるで出来ない。かの島は携帯も圏外だ。PHSも使えない。そんな訳で、一切の管理が出来ない。 小笠原から帰るまで、最後の日記は多分13日の分になると思う。 帰ってから、まとめて更新する可能性もあるので、特に常連の方々、宜しくお願いします。 また、間に合えば別なパターンで近況を報告出きるかも知れません。 まぁ、いずれにせよ、今後もよろしくお願いします。
2004/07/11
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小笠原行き、そして引越しを控えて目まぐるしく忙しい毎日だ。落ち着いてPCを開く事も出来なかった。 金曜には、打ち合わせ後に帰ってきて、長ーい日記を書いたが、送信エラーで全文が消えて、フテ寝。 今日(日曜)まで、PCの電源さえ入れなかった。 昨晩は、久しぶりに「飲み」に街へ出かけた。 前の会社の同僚と「一杯どう?」と相成り「久しぶりに行きますか!」となった。 週末の夜の街へ繰り出すのは久しぶりだ。が、会って開口一番に友人が「静かな店にしない?」と言う。チェーン店以外に知ってる店は二つしかない。どちらも静かだ。 友人(といっても大分年上だが)はあまり飲まない。こちらもピッチを併せつつ。つまみも程ほどに、話を肴に飲む。 以前いた会社では、まるっきり違う部署にいた。環境調査といえど、騒音、振動、大気等の「生活環境」と動物、植物の「自然環境」では全く性格が違う。 彼とは趣味の面で意気投合していた。(登山や自転車等) 最近の会社の近況を聞く。と、「とうとうボーナスカットだよ。社長含めて役員も逃げる体制に入ったから、下は全然付いてこない。」 辞める前に危惧していた事は現実になったらしい。 元々は業界最大手のコンサル会社の子会社で出発した会社だ。バブルの時に出来上がり、社長は親会社の天下り先ポスト。なもんで、仕事をやる気が無い。営業と言っては親会社の元同僚と「飲みに」行く。 それでも、世の中が「環境」に対して重きを置くようになったから仕事もあった。が、現在は嵐のような不況の中。 役員が仕事中に転職先を探しているらしい。まるで「沈む前の船」だ。 ほろ酔いになった頃、なんとは無しに「発病に至るまで」を話していた。前のカミサン(仮にAさん)は友人と同じ部署に居たから良く知っている。今だからと友人が「実は、カメさんから別れたって聞いた後、職場であらゆる悪口を言ってたよ。皆カメさんの事知っているから、本気では聞いていなかったけれど。」「あいつなら言うな・・・」 ゴロゴロと裏話が出てくる。結論では、「別れて正解だったね。当時皆が理由を知っていたら、カメさんお疲れ様飲み会でもやれたのに・・・。」(当時は、何か理由を作っては独身男性で飲み会をしていた)「でも、当時は完全にテンパッテたから。ようやく笑って話せるようになりましたよ」 ほろ酔い以上には飲まず、程ほどで切り上げて家路についた。中途半端に振った雨のせいで湿度が身体にまとわりつく。 電車の中では、二十歳前のガキが床にだらしなく座っている。「こんな風景を目にするから、電車に乗るのがイヤなんだ」と、心の中でため息。 やる事が山のようにある。 でも、中々手につかない。
2004/07/10
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度々日記に登場させたこの言葉。何度も書いたが、もう一度記しておく。「あおいくま」すなわち、あ:焦るなお:怒るない:威張るなく:くさるなま:負けるな である。病気になった時に、オフクロの手紙に添えられていた。 オフクロ自身はTVのトーク番組で耳にしたらしい。(たしか、コロッケが自身の母親から教えられた言葉だったと記憶している) だがこの言葉、もっと深い歴史があったのだ。 が、文字列が違う。本来は「おいあくま」。これだと、病人に送る言葉としては、ちーっと重い。が、重くて当然だった。 「日本海軍に捧ぐ」(阿川弘之著)の解説(半藤一利)に書かれていた。いわゆる「海軍の教え」だったのだ。 どこで「あおいくま」に変わったのかは不明。また、現在も「海上自衛隊」などで使われているか不明。 言葉一つにも「歴史」がある。
2004/07/09
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相変わらず暑い朝だ。目覚めても、布団の上でゴロラゴロラ。どうも、あんまり暑いと「思考停止」してしまう。「それじゃ、暑くならないうちに早起きすれば良いんじゃない?」と言われれば、実にその通り。だが、「何かやるべき事」が無い限り、起き上がらない。ダメ人間だ。 それでも、今日は千葉に戻らないといけない。荷物をクルマに詰め込むだけで大汗をかく。 エアコンの効いた車内でも、一度かいた汗は臭う。 今日は、Yちゃんと「カラオケでも行こう!」と約束があった。が、焦らず「夏川りみ」の全アルバムを聞きつつ、一路常磐道を南下する。 ステアリングを握りながら、明日行う「小笠原の打ち合わせ」をシュミレート。鳥類調査はラインセンサス法(決められたコースを時速2km位で歩き、出現した鳥類をマッピングする)。実は鳥も、あんまり暑いと動かなくなるし、鳴かなくなる。その為、暑い日中に調査をしてもデータが少なくなる。まぁ、さほど重要種が出ないと分かった上で、日程の都合で日中やらないと消化できない場合は、決行するが・・・。 日の出前に宿を出て、09時位には午前の部終了。昼飯は宿。午前のあまり時間は、任意調査と撮影。 午後は昼寝、もしくは趣味でダイビング。夕方にもう一度ラインを行う。そして、冷たいビール。 この週末を利用して、紛失したダイビングギアを購入しないと・・・。(あっ!足ヒレはレンタルで済ますか?)調査機材もダイエットしないと・・・。望遠鏡は必要無いかな?変わりに望遠レンズで。三脚は一本。カメラは、デジタル一眼、水中カメラ(フィルム)、ビデオをどうするか? 総重量、四十キロ?イヤイヤ、絞って三十キロ以内にしないと、身動きが出来ない。ヘルメットは?ザイルは? 考えていたら、三郷に着いた。高速を降りて、松戸を抜けて船橋へ。家には寄らず、給油してYちゃんの寮へ。 カラオケ二時間。「夕飯、一緒に食べようよ」 となり、さてどうすんべ?・・・「なぁYちゃん。花火見ないか?」「えっ何処で?」「浦安。千葉なのに、東京を主張してるとこ・・・に入らないで、外から花火を見る。」「だって、遠いでしょ?」「?。えっ、クルマなら三十分だよ。」 てな具合で、浦安の「ネズミ達の国」へ向かう。渋滞も無く、夏休み前でまだ混んでもいない。 そういえば、テーマパーク的ショッピングモールが出来ていたな?・・・えー名前・・・そうそう「エクスピアリ」だったかな? じゃぁ、そこで夕飯ね。って事で、花火は脇に置いて駐車場を探すが、探すまでも無く見つかる。ハタ迷惑な、改造マフラーの低音を響かせて、場内に入ると・・・。ベルボーイと言うか、ドアマンと言うか、まぁそんな感じの人達が、湧き出てくる。 恥ずかしく無いのかなぁ、こんな格好で仕事していて。指示に従い、エレベータホール前で停車。エンジンの回転を合わせたので、「バボン、ボンボンボン」 と、あーウルサイクルマ・・・。しかも、フェレットのケージが入ってるし(本人中にいるし)、それが臭うし(少し)。ちょうどかかってる音楽が「夏川りみ」の演歌風な曲。車高の高い、土臭いクルマ。自分の格好も短パン、Tシャツ・・・。「あーオレってこの場に似合ってねぇわ」、Yちゃんは、さすがに腐っても(失礼!腐っては無いですよ)二十歳。興味深々。こっちは腐っても(うん腐ってる!)年の功。何が起きたのかは理解していた。エンジンを切らないでクルマから出る、「コレ、マニュアルですから。後、ケツに動物乗ってるんで、窓開けておいてくださいね」「かしこまりました。お預かりします。」 そう、お客はクルマを預け、帰る時は同じ場所で受け取るのだ。たかがショッピングモールでこの気合。 ガラガラで人がいない、そしてひろーいモール内をズルズル歩く。 興味を引いたもの。模型屋。こんなとこに何故?と思ったが、入ると出れないのがこの手の店。Nゲージを中心に、珍しく旅客機が多数ある。自分が揃えている、1/500モデルもあるし「欲しい!」と思ったものもあったが。引越しを前にモノを増やすと・・・。それだけ? なーんか「ネズミの気迫」に負けた。 もうひとつ、ひそかに「ぬいぐるみマニア」である。しかも、リアルな野生動物のぬいぐるみを集めている。・・・あったんだよ、そんな店が・・・。メーカーは「WWF」。はい、アノです、決して格闘技団体ではありません。でも、模型屋と同じく、負けて、なーにも買わなかった。 夕飯は、「ちょっと高いかな?」と思ったが、やはりテーマパーク的なレストラン。テーブル毎に担当ウェイターが決まっている。「お飲みものは?」カクテル、リストに無いものも応じます。で、「ブラッディーマリー」 出てきたそれは、カゴメのトマトジュースでは無く、生のトマトを搾ってある。悔しいかな、めちゃくちゃ美味いのだ。胡椒をかけて頂く。 我々がついた席は、熱帯魚の水槽の隣。確実に「カップル」と見られた感あり。水槽の中には、カクレクマノミ・・・あっ!ニモじゃん・・・。 だめだ!愚痴が多い。 結論!駐車場が凄かった。飯は安く、美味く、多く、食いきれなかった。外だと思ったら、室内だった。(あのネ。天井に空の絵が書いてあるの) 都会とは、金さえ持っていれば遊べる場所です。・・・嫌いだ・・・。 明日は、打ち合わせで久しぶりに都内に行きます。 ではでは・・・。
2004/07/08
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本来なら千葉の自宅に戻り、「暑いのである。クソのように暑く、溜まりかねて扇風機を引っ張り出した」などと書くはずが、何故かまだ福島だ。クソ暑さで、脳ミソが「ヤッテラレネー」と活動を放棄したのが原因である。 本来なら今日はナイトケアだが、暑いから良い。と良いわけしながら、エアコンの下扇風機を回してビールを飲んでいる。 どの道、明日は帰宅。夕方、病院に行く。 病院の玄関でオフクロに会った。行き違いギリギリセーフ。 病室に入り、祖父の手を握り声を掛ける。弟と来たときには眠っていたが、今日は何とか目を開けていた。が、目は焦点が定まらない。握った手は、握り返して来ない。 家に帰ってオフクロが「今日、診察があったんだけど、今週もつかどうか分からない。って。」「・・・。」 小笠原に行ったら、二週間は帰れない。最初の話だと、「まだ大丈夫」と思っていたが。「あんたは、最後の仕事しっかりやってきな。」 こうなると、行く前か?行ってる最中か?だ。以前に日記に書いたが、祖母の時は、現場(愛知県伊良湖)で受けた。 が、今度は本州から遥か彼方の島だ。上手く帰れても、二日。三日に一回の船だから、最悪は・・・。いや、先方の「社運」が掛かってる事を考えたら、終わるまで帰れない。 仏壇に向かい、線香を立て、祖母に問いかける「じいちゃん、頑張ったから、もう良いよ。そっちで迎えてあげて・・・。」 オフクロは、自分が帰ってくるまで呼ばないで。と線香を立てたらしいが・・・。今日の祖父を見て、「もう苦しまなくて良いよ」と言う気持が強くなった・・・。 祖父に対して、今自分が出きる事。それは、一日でも早い「回復」だろう。例え、通夜に、葬式に出られなくても分かってくれると思う。 大体、一番顔を出していた孫が自分だし・・・。 じいちゃん、早く楽になってくれ・・・
2004/07/07
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昨夜は、なかなか眠れなかった。夜間に急激に「気温」と「湿度」が上がり、完全に「ダメ」モードに突入してしまった。 02時、ゴソゴソしていたらオフクロが、「寝ないと・・・エアコン付けて居間で寝れば・・・」 畳の上に直に寝た。08時には起きる事が出来た。上出来。エアコンが病気に有効なのを実感。「エアコンなんてクソクラエ!」と思っていたが、コレでは・・・。認めるしかない。 さて、今日は仕事先の面接?話合い。09時には出かける。 久しぶりに袖を通すスーツだ。 シャッキリと髭を剃り、髪の毛はスポーツ刈りなので、特に無し。 靴に靴墨を塗り、スーツに腕を通す。 一時間ちょっとのドライブだ。親父が同行。親父はそのまま、単身先に帰るので、自分の車に弟を乗せ(弟も喫煙者。親父は吸わない。)二台で出発が・・・。弟と親父は出発時間10分前に、シャワーを浴びている・・・。病気のせいもあるが、思わず、「何やってんだよー。」 と毒づく。既にこっちはネクタイを締めているのに・・・二人とも裸。イライラ。 あまりにも暑い。朝からガンガン陽が照っている。先に、クルマのエンジンを掛けて、エアコンをガンガン。と、サングラスを出して、レンズクリーナーで拭いていた。二人が準備を終えると、メガネから、度入りサングラスに変え、「行くぞ!」 と家を出ようとした。そこで親父が、「お前、サングラス向こうに着いたら外せよな!」「はぁー?」 そこで、プッチーンと切れた。「何言ってんだ?ッザケンナヨ!馬鹿じゃないか?サングラス掛けて面接すると思ってんの課?」・・・と言いそうになったところに、オフクロが止めに入った。 歯軋りしながら、クルマに向かう。が・・・。メガネホルダーにメガネを入れようと胸ポケットに手を入れると・・・。さっきまであったメガネが無い。顔面蒼白・・・。ただでさえ、発作寸前にイライラが募っていたのに・・・。家に戻り、探す・・・。無い・・・。時間だけが過ぎる。「ええーい!」 親父のクルマに行き、「先に行ってて。必ず追いつくから。」「良い待ってる。」 明らかに怒っている。「オメーラがグダグダやってっからだろー!」と言いそうになったが・・・。言葉を飲み込む。 結局メガネは直ぐに見つかった。実は、以前はコンタクトをしていたが薬の副作用か、目の乾きが異常でメガネにしている。それも、メガネを掛けているのが分からないような透明なフレーム。ソレが災いして、発見が遅れた。(異常に軽くて、落としても気が付かなかった。のもある。) いざ、出発。クラッチを踏み込み、ギアをローに静かに入れた。右足でアクセルをゆっくり踏み込み、それに合わせて左足で丁寧にクラッチを繋ぐ。アタマを冷やせ!と自分に警告だ。(こんなときマニュアル車良いねえ) 家の直ぐ前の信号で止まると、自分が使うのとは違う道を行きたいらしく、親父がクラクションを長く二回鳴らす。「じゃぁーがしー。言われんでも分かる!」 今度は、声に出して言った。「あんたと違って、こっちは常に全てのミラーを見てるんじゃー」既に、ウィンカーを出した時点で気が付いていた。なんで、立て続けにクラクションを鳴らす?こう見えても病人なんだよ! 冷静にキレた。・・・こうなると止めても無駄と弟は瞬時に悟ったらしい。 高速に入るまで、うねる山道を三十分走る・・・全開で走れば十五分。が・・・ここで全開くれると、親父はさらに怒る・・・なんで、グーの音が出ないように、制限速度+きっかり20Kを守りながら走る。いくら「登り」だろうが、「降り」だろうが、またコーナーだろうが、アクセルワークでメーターの針がピタリと止まって動かないようにする。こうやって走ると、助手席に乗ってる人は、全然スーピード感が無い。 連続コーナーに入ると、後ろの車は、あっという間にミラーから姿を消した。消えたのを確認して、憂さ晴らしで、床までアクセルを踏み抜く。K6A(ジムニーのエンジン)が悲鳴を上げる。 弟が、「親父消えてるぞ。待ってた方が良いんじゃない?」「分かってる。国道前で先行させるつもり・・・」 省略・・・。 とりあえず、無事に着き、「お話」。我が家「男三人」一応、剣道家だ。さり気なくても、必ず目上の人を立てる。 社長室に入るときも、親父、自分、弟の順。が、親二人の話からか、「鬱病」「病人」「ひ弱」の自分のイメージが出来ていたらしい。しかも・・・弟の方がデカイ(自分も身長170と標準だが、185のヤツが異常?)&室内仕事で真っ白。自分は、庭の手入れで少し黒。そして、背が低い。自分を、弟と間違えて握手攻め。 改めて自己紹介。そこで一同ビックリ。社長?(代表取締役)が、「長男、何処が病気なんだ?」「いえいえ、こう見えて・・・」 と病気の説明。 内容は割愛する。その前に、会社概要。 三つの会社がある。(全て株式)運送会社の「親」。下に「倉庫」「人材派遣」。弟は、倉庫の幹部候補。 倉庫は、会社がほぼ独立している。先の「代表」も社長を退き、業務を一任している。自分は「運送」。運送は、二年間は代表が社長をしているらしい。代表が退くまで「病気」を治せって事らしい。んで、代表から出た言葉が・・・「環境関係を今後重視したい。その考えから、既に新しい会社を作るつもりだ。お兄ちゃんは、そっちの社長候補だな。」 おい!聞いてないよー。・・・常にオレの人生って手探りですか・・・。 その後、各会社を訪問。幹部が行くと、気持の良い挨拶が返ってくる。しかも、社長が「暑いねー」は禁止、と言っている。自ら「暑いねー(オイオイ)でも、気もちいぞ!夏だぞー!負けんなよ」 と社員の名前を呼びながら巡回する。(おおー海軍魂!と納得?) これは、下から見たら嬉しいボスだぞ。 そんなこんなで行ってきました。決定事項。 八月、第一週に二人とも引越し予定。 09月の「小笠原」は承認。 弟は仕事が決まっているが・・・。自分はまた、ゼロからの出発・・・。ゼロから創作・・・いったい何回やれば気が済むんだ?何時もコレだよ! やるかー!まずは、代表の洗脳だ!あとは、社内教育。難しいんだよね、年上を納得させる事。 ・・・でもやります!
2004/07/06
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・・・とうとう来てしまった。三十路へのカウントダウン。まさか病気を抱え込んでこの日を迎えるとは露にも思わなかった。 昨日までの秋みたいに「カラッと涼しい」は何処へやら?朝から「ムッハ!」と梅雨に戻った。 と同時に、全く起き上がれない。金縛りでは無い。「鬱」である。 もう、本当に「ウツー!」と言う例外無し、文句無しにきやがった。 そして、起き上がれたのは14時を回ってからだ。 何が出きる?とりあえず・・・クルマを拭き拭き。で、終わり。アタマがすっ飛び、「ぼっけー」としている。 弟から「いわき駅に居る」と電話を受け、駅まで迎えに行く。ちょうど市街地は帰宅ラッシュ。裏道を通ったつもりが、思いっきり渋滞の真ん中に入ってしまった。 弟をピックして、祖父の病院へ連れて行く。オフクロとは入れ違いだった。 弟は、もしかすると祖父とは「最後の面会」になるかも知れない。黄疸が酷い祖父は、顔は「黄色」を通り越して真っ黒。身体は「コレが人間の身体?」と思うほど黄色。もうどうする事も出来ない。 明日、面接に行く会社に手土産と、「カニ」を物色する。だが、既に夕方で選択肢が無い。一杯「1900円」の毛ガニのみ。「高けーぞ、コレ」 と弟と二人で話し、オフクロに電話で指示を仰ぐと、その間に「さぁー一杯1000円!」 あっれー?値下げ。そこにあった全ての毛ガニを買い占めて来る。(絶対、千歳空港の毛ガニはボリだよ。だって、同じものココで買えば、千円。大きさから千歳じゃ一万するよ。) トロ箱を二つクルマに詰め込み、家路に着く。 さて、二十代最後の誕生日は家族と過ごす日になってしまった。色気も何も無いが、そんなもんさ。 食卓にはズワイガニだ。五杯で800円。安い理由は、足が二、三本無い。 ねぇー、観光地で食うカニが、馬鹿みおたく高いでしょ。我が家じゃ、こんなんばっか食べてるから。 弟と二人で、小樽に行った事があるが市場に行って、あまりの値段の高さに「馬鹿らしー。」 と素通りした事を思い出す。市場のオヤジがしつこく「買っていかない?」と言うので、二人でハモッて「高い!」 そう、あの時は自分のするどい嗅覚で、とてつもなく安い寿司屋を見つけたのだ。(小樽に行く人、教えるよー!回転寿司だけど、地物で一皿全部100円。もちろん、生うにも!) 29歳である・・・。だから何だ。と言われても、29歳だ。まだ、かろうじて20代だ。三十路が恐い・・・。
2004/07/05
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昨日昼まで寝たせいか、また昼夜逆転に戻りそうな気配。 眠れずにゴソゴソしている。 日付が変わって、いい加減に「眠ろう」と決心して遊んでいたクゥーをクルマへ。 が・・・眠れない。睡眠薬「リスミー」を一錠。 本を開いて・・・。 ・・・眠れない・・・。01時、02時・・・03時にトイレに行くと、オフクロが起きてきた。「あれ、どうしたの?」「寝汗かいて、起きてきた・・・」 何故かオフクロは午前三時に食器を洗い出した。って、なんで肌寒いのに汗をかくの?「何、全然寝てないの」「ああ、眠れん」「そろそろ新聞来るから、新聞読んでお茶でも飲めば?」「ああ・・・そういえば腹減った。飯ある?」「ジャーに入ってるよ」 お茶じゃなく、お茶漬けを作る。昆布茶と紫蘇の実の漬物でお茶漬け。丼いっぱいを三十秒で平らげる。 まあ、この親で、この子だ・・・。 お茶は止めて、ビール片手に部屋へ戻り、睡眠薬を追加・・・。混沌とする記憶で、ヤフオクをやってしまった。・・・頼んます、どうか全部を落札しないでくれ! 最初は小笠原の装備を探していたのが、何故か自衛隊に走り。書くの止めよう、恥ずかしい。(が・・・やってしまった「海上自衛隊の冬制服の二佐上着」を落としてしまった・・・何に使う?) 眠りに落ちたのは、夜が明けてからだった・・・。 寝た時間が、時間。起きたのは、昼。「カレーと焼きそば、どっち食べる?」 のオフクロの声。「両方」 おや?声が出るぞ。金縛りじゃない。試しに身体を起こすと「ヒョウイ」と起きた。んー、調子は良いらしい。 ノコノコと台所に行くと「あら?一回で起きた」「んー起きた」 昼ってよりも朝食だ。それで、焼きソバと目玉焼きカレー。食欲が凄い。そういえば、こっちに来て初日に偏頭痛をやったキリ、頭痛が無い。 オフクロはイソイソと病院へ。 さーて、今日の仕事はと。剪定バサミ、ビール一箱を購入。ついでに、火曜に面接だから、汚れた車を洗わないといけない。(結構、車の外見とかを気にするのよー。こっちの田舎の人って。)そんで、メンドーなんで「拭くぴか」で。 ホームセンターで、ハサミと戦車、ちがうー洗車用具。ペットコーナーに行くと、犬猫用の「持ち運びケージ」が安い。千葉だと、一万前後のモノが四千円代。夜な夜なクゥーを車に入れるのも辛い・・・し、車内がとんでもなく散らかされてるし。思いきって購入。 途中、給油。スーパーでビール購入。 帰ってきて、クゥーの機嫌をとりながら、庭木の剪定作業に入る。気分は床屋だ。 床屋といえば、カミサンが居たころは、「節約、節約」と言われ自分の髪の毛は自分で切っていた。当時は、髪を伸ばしていたから出来たけどネ。 結構器用に切れるんですよ。自分の後ろ髪を。 一番最初はカミサンに風呂場から、「おーい、髪切ってんだけどさぁ、後ろやってくんない?」 と台所に立つカミサン呼んでやってもらったら、恐い、恐い。「頼むから、耳切んなよ・・・いい自分でやる!」 素っ裸で、風呂場で髪を切る男、それを見るカミサン。中々シュールな光景だ。「私がやる必要ないみたいネ。それ、自分でやったって気づかないよ。」 とか言ってたが・・・。 そんな事を思い出しながら、シャキシャキ切っては遠目で見て修正を加える。 切ってると、祖父がやりたかった木の形が見えてくるから不思議だ。一部、どうしても手が届かなくて出来なかった箇所があったが、なかなかどうして上手く出来たじゃないの。 縁側に座って、眺める庭は「子供の頃に」見た風景に近づいた。 落とした枝を片付けて、水を撒き、一服していると両親が来た。 オフクロは「庭、すっきりしたねー。この間、私がやって失敗したのに」 親父は「誕生日プレゼント」 と言い、ゆりの花を手渡す。「いらん! 花貰ってどーすんの?」 でも、明日が誕生日なのは覚えていたらしい。「実家から貰ってきた花、貰ってもしょうがないとねー」 とオフクロ。 そーか、親父は自分の方の実家に行って来たんだ。 オフクロと二人で台所に立つ。オフクロは、刺身の用意。自分は「ご飯炊かない」と言われたので、ウドンとソーメンを茹でる。うどんは、氷水に入れて冷たい出汁で。ソーメンは、シーチキンと炒めて「ソーメンちゃんぷる」。 カツオとツブの刺身を加えて夕食。 いざ、親父を前にすると、言いたい事が言えない。「小笠原」を相談しようと思っていたのに・・・。 二人で、黙々ビールを飲む。 結局、話が出来なかった。 明日、話そう。 明日の夕方には弟が来ます。 家族写真を出来れば載せますネ。特に、親父を見て欲しい!外見は、絶対に五十を超えてるとは思えない。 一緒に飲みに行くと(スナックとか)ママさんに「兄弟だから。」 と良く言うが、子供ながら思わず「若い!」って言ってしまう。 写真のアップは、明後日以降。 小笠原を控えて、自分の写真は「一切」を排除しましたが、多分公開期間は短くなります。 弟は、180cm超で、日本柔道の「古賀」選手に似てます。
2004/07/04
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タイトルは、特に意味はありません。 半日「草刈」をしていて、日記を書こうとしたらちょっと思い出したので。 ・・・何度か登場している、広島県蒲刈町の「蒲刈ふるさと自然の道」。そのころ(遊歩道?登山道?は今もあります。自分が仕事をしていた頃です。)「道の維持管理をどうするか?」で頭を捻っていた。なんせ、放っておくと草だらけ。当初、町が「遊歩道」と宣伝したが半分は「登山道」。全てを町の予算で草刈すると、それだけで予算オーヴァー。 そこで苦肉の策で出したのが、「草刈隊」と言うボランティアだった。コレ、「草、刈りたい!」(wont to)と引っ掛けたのだ。・・・以上。 さて、昨日は寝てませんでした。今日は寝てました・・・。恒例の金縛り地獄。オフクロが声を掛けるのに、聴こえているけれど、声が出ない。夢と金縛りを行きつ、戻りつ。かろうじて出る声が、「うっうっ・・・」 唸り声じゃないか。 自宅だったら、一日寝てるパターンだ。 お昼、何度目かの「起き上がり」にチャレンジ。「ダメかなぁー」「身体動くかなぁー」と思いながら、勢いをつけて(気持にネ)エイヤ! ・・・簡単に起き上がった。 例のごとく、強張ってた身体のせいで、身体中が筋肉痛。 一つだけ、「金縛りクセ」にも効果がある! それは、無駄な贅肉が落ちてきた。 日常では、鏡を殆ど見ない。 こちらに来て風呂上りに鏡を見たら。・・・無くしていた、腹筋の分かれ目が薄っすらと戻っている。「おおー」 まるで、初恋の女性と再開したみたい(嘘です)。 病気以前、既に無くしていた、と言うか「見えなくなっていた」 お分かりかと思うが原因は「酒」である。「酒飲み」の血統書をぶら下げ、酒飲みだらけの仕事環境。「それはねぇ、お酒が原因じゃないの、ツマミなの!」 と言われるお方は、私の飲み方を知らない。ツマミ無しで、「グイグイ」行くから。 だが、最近は飲まないし、食べないし。そして「金縛り」。何とか、体型を保って社会復帰せねば! なーんか脱線だらけだなぁ。 つー事で午後、オフクロが病院に行ってから(祖父の介護)、何するか? 考えていたら「クゥー!」 部屋からの脱走を企てていたらしく、いつの間にか起きて、板の間を「トテトテトテ」(歩くと音がする)隙を突いたのは認めよう、でも「だったら走れよな」。 ムンズと捕まえたけれど、ヤツは完全に「遊びモード」 が、付き合っていると自分が睡眠モードに入りつつ・・・。「いかん。」 と思っても、眠いー。睡魔と闘いながら、クゥーの相手しながら、本を開いたり、PCは開けない。机が無いのでノートPCを床に置いて開いていると、必ずキーボードの上にクゥーが来る。 庭に日陰が出来ると、昨日の続きの草刈。(クゥーは散々遊ぶと寝ます)。 物凄くスローモーションに、日陰を探して作業。 祖父が元気だった頃は綺麗だった庭木たちも今は荒れ放題。丸く剪定されていた枝も、「床屋に行き忘れた、短髪のアタマ」みたいに、長い枝が何本もニョーンと伸びている。 剪定ばさみを探すが、見当たらない。 鉈がある。これで、出切る範囲をっと。込み入った場所は出来ない。まぁ、大雑把にバッサバッサと。 枝を片付けている所に、オフクロが帰ってきた。「あれ?木までやったの?」「ああ、剪定ばさみ無かったから、鉈で出切る範囲だけ。」「物置の建替えした時に、ゴミと一緒にハサミ捨てられたみたいなのよ。明日にでも、買ってきて。そんで、残りやっておいて。」 仕事がまた増えた。 風呂、夕飯。 身体は全然疲れていない。 「疲れたぁ」 と言いながら、バタンと寝たい。けれど、「連続駆動時間」が短い。 しょうがないよな、一応病気なんだから。 自宅に居るより調子が良い。 明日は、親父が来ます。
2004/07/03
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昨夜は寝てない。 いや、若干「ウトウト」した程度。空が白くなりだして、ちょっと記憶が無くて、06時には目覚めた。 おなじみ「昼寝」も無し。 「鬱」じゃないけれど、身体が動かない。 北の高気圧が頑張っているお陰で、涼しい。Tシャツだと少し肌寒い。 午前中は休み休み、庭の草むしり。 午後からはクゥーの相手。昨夜から「暴れん坊?」になっている。 今回の滞在は、モモンガ夫妻は留守番だ。前回の帰省の時には連れて来たけれど(二週間と長かったので)、実験結果10日は持つのが分かったので、フェレだけ連れて来た。モモンガ達は、一回目の繁殖が不発だったらしく(当歳時同士なので、成功は五分五分と踏んでいた)現在、二回目に向けて精進中。夜な夜なラヴコールが聴こえている。神経質な時に外泊は酷と判断。 さてクゥーは、昨夜から「新しいおもちゃを与えられた子供」。眠くてフラフラしながらも遊んでいる。 ケージを持ってこなかったので、常に外。それが嬉しいらしい。あんまりにも、うるさいので昨夜は車内に監禁した。・・・ケージ持って来るんだった。ケージの中の何時ものハンモックだったら大人しいのに・・・。 車内も、何時もの場所が決まっているので直ぐに寝てくれる。実際、昨日来るときもずーっと寝てたし。 朝、目覚めと同時にクゥーを連れ出して、ついさっきまで遊び通し。 寝てない上に、元気なクゥーの相手は結構堪える。今は、ぐっすり寝てるが・・・。眠くなると、グズルのまで人間と一緒。目を「トローン」とさせて、でも遊びたくて、欠伸しながらも駄々をこねる。クゥーの場合、「ダメ」って言っても、言う事を聞かない。普段は語気を荒げて「クゥー」って言うと、ビクっとして止めるのが、今日のグズはしょうがないので、久しぶりの躾けのデコピン。がー・・・。 「ふぅ。」 遊び盛りの子供を持つ親の心境もかくや。 ・・・まだ暫く、「独身ライフ」で行こう。クゥーだけで充分だ。この身体で、嫁さん、子供だったら・・・考えるだけで恐ろしい。 「クゥーよ。オレはおっかない母さんで行くからな!」 さて、昨日の「小笠原」だが、やはり調べれば調べる程「下に恐ろしき也」。が、「一丁やってみっか!」て気にもさせてくれる。 「調査員の守秘義務」が、もしかすると解除されるかもしれない。と言うのも、アセスメントとは全く関係が無いからだ。HPで公開となれば、クライアントから許可が必要ではあるが・・・。現段階で言えるのは、東京都が熱を入れるエコツアーに関する調査。興味がある方は調べて見て下さい。多分、コレだけで現地が分かると思う。慎太郎ちゃんがガンバる、例のアレである。それでも、んヶ所あるが・・・。「恐怖!」とか「立ち入り禁止」で謎解きが出来る。(分かった方、メールで教えてネ。まだ、公に出来ないので・・・。先着一名様、小名浜港直送でカニを差し上げます。←マジです。掲示板や、日記のコメントでの回答は除外します。ゲスト様は必ずメールアドレスを記入して下さい。) ・・・眠い!
2004/07/02
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どうも変わらずに調子が悪い。 草刈機の音が、何故か「お経」に聴こえて、気分の悪さに拍車がかかる。 結局、食事も摂らず二度寝して、起きたら14時。食欲が無い。 今日から実家「福島、いわき」へ行く予定が気乗りしない。 だが、そうも行かない。「さて、準備でもするか・・・。その前にメールをチェック!」 で身体が震えた。別に発作じゃない。旧友からだ。概略は「小笠原調査のアシスタントをお願いしたい。ついては、鳥類調査もお願いしたい。と、受注会社が私を名指し指名で言っている」 約二年、調査から離れて、それでいて指名を受けるとは・・・。 心臓が早鐘を打ち、止まらない。出発は三週間後。今年中に「業界を引退」する話は、先方の会社にも伝わっている。最後の錦と言う事か? 現在「小笠原」は、入島規制がかかり簡単には行けない。それが、「仕事」で行ける。もちろん入島規制には引っかからない。何せ「東京都の環境調査」と言う印籠を持って行ける。島の中でも「立ち入り禁止区域」にも入れる。・・・しかも、「指名」で「お願い」だ。 調査員生活十年。これ程「震える」仕事があっただろうか?確かに「大規模な現場」のコーディネーター等は「震える」仕事だった。が、今度のは「違う種類」だ。 月曜に、就職先の会社と話をする。「小笠原」を受注すれば九月いっぱいまで、就職を延期しなければならない。 是非とも行きたい。 病気を理由に「業界」から自然消滅。よりも、最後の「花道」を歩いて「引退」したい。そうすれば悔いは残らないだろう。 これから、「いわき」に向かって出発します。 到着後、また報告します。-------------------------------------------------------- とりあえず「無事?」に実家に到着しました。 「とりあえず」と付くのは、常磐道の途中で、「吐き気」に襲われつつも速度を落として走行したから。 食後も、突然頭痛が起き(頭叩かれて、鼻血が出そうな感じに)・・・「脳血栓」の文字が浮かび、「ゾー」っとする。ここ三日、毎晩あるんだよ。昨日の医者の話といい・・・。 タバコ止めようかなぁ。 薬の副作用か? ・・・と、書いている最中に「小笠原」関係のメールが来た。 ネットを使って、基礎データ収集が思うように行かなかったので、ありがたい。 添付ファイルを開いて、やるべき事を頭の中で組み立てて・・・。「ああ!仕事してる」 って実感が凄い。いや、仕事じゃないな。ライフワークだ。 腐りきった脳ミソをフル回転させて、「さぁ!行くぞー!」-------------------------------------------------------- 参考資料を基に、調査エリアに的を絞りネットサーフィンしてみた。 調査業務には「守秘義務」があるから、ここで場所を公開は出来ない。 が・・・。そこは「一般者立ち入り禁止」だ。 「なぜ?」と思い、さらに調べたら・・・。単純に「危険だから」 「おーい!そんな所に病人送って良いのか?」 ・・・殺される。しかも、一人調査。現地案内人無し。装備がGPS。遭難注意。・・・「小笠原」の甘い言葉に騙されたか?
2004/07/01
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