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自分が「うつ病」になって二年が経過した。 その間、入院二回。どちらも四ヶ月という結構長い入院期間だった。 その入院期間に、二人の身内が無くなった。葬儀には出席できなかった。 そして、体調も回復が見込まれた時に、小笠原で仕事中に祖父が亡くなった。 病気になってから、何故か身内が亡くなる。 この二年ちょっとの間に「精神病」の世間的認知が大分上がってきた。TVの政府広告で「うつ病」が取り上げられ、「早めに病院へ行きましょう!」と言ってる次第。多くの芸能人が「うつ病」の告白。世の中変わるモノである。 病気になってから、大勢の身内に姿を現すのは、今回の葬儀が初めてになった。 動けなくなったり、ODをしたり(ODは、母親にしか話してないが)。そして、極近い身内には、「二年間病気」だった事を話した。話を聞いた人は皆、「よく一人で、ここまで治したね」 と口を揃えて言う。 確かに、千葉での生活は身寄りも居なく、自宅で発作に震える日々は正直地獄だった。しかし、たとえ離れていても「家族の支え」があったからこそ、ここまで来る事が出来たと思う。 コマめに電話をかけ続けてくれたオフクロ。 「うつ病」の症状を両親に伝えてくれた弟。 そして、病気にも係わらず「やとってやる」と言う就職先を探してくれたオヤジ。 一緒に生活していなくても、常に家族の支えがあったからこそ、こうして今の自分が居る。 逆に、一緒に生活していても家族の支えが無かったら、今の自分は居ないと思う。 自分が出来る恩返しは、無事に働けるようになること。その為には、時に十分な休養が必要になるかも知れない。 今、ここで無理をすれば、また元に戻ってしまう。 もう、入院はしたくない。(思いっきり休む為に、「入院したい!」と思うときはあるけれど・・・) 個人的なHPで、人物の写真を載せるのには抵抗や、非難があるかも知れないが、あえてここに共に「病気」に向かってくれた家族の写真を載せたい。 みんな、ありがとう!
2004/08/31
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着々と引越し準備は進んでいた。 今月31日に千葉を引き払い、1日には現地に行く予定でいた。が、今日引越しで出たゴミを清掃工場に運んでいたときに、手伝いに来ていたオフクロから携帯に電話が入った。「おばあちゃん、今亡くなったって・・・。」「・・・。」 母親方の祖父母は、両方とも亡くなっている。そう、小笠原に行っている最中に祖父が亡くなり・・・。 今度は父親方だ。 引越し準備で、自分の身体は二日前からボロボロ。そして、明日通院予定だった。 自宅(千葉)に帰ると、オフクロが携帯の対応に追われている。身動きが取れず、ウロウロ。弟やオヤジから、「兄貴は(葬式に)出なくて良い」と電話も入る。 緊急事態のときは、とにかく動く事。最善と思った対処を、行動を伴い実行すること。 「いいかい、引越しは延長する。(引越し)業者と、就職先には自分が電話する。ライフラインとアパートも段取る。」 小笠原にいた時は、船が無いから頑張っても何もできなかった。入院中も親戚が二人亡くなったが、これはしょうがない。今回は、出席しないと。と思い、次々に電話を入れた。 引越しは、キャンセル扱い。そして、就職先へは「申し訳ありませんが・・・」 自分の病気も知っている先方、電話から言葉が返ってこない。すでに、弟は同じ職場に出勤している。 自分の電話から会社に伝わり、弟も急遽休みを取れる。 薬・・・。急いで病院へも電話をした。 臨時に一週間分の薬も手に入れて。準備OK。 後は、実は自分のクルマ。福島から千葉に回送されている。いつもお世話になっている千葉のジムニーショップ、AES斉藤オートサービスさんのはからいで、完全無償修理の為に回送されていたのだ。そして、引っ越すまでに必ず直す。と言われていた。が・・・。社長が捕まらない。まぁ、こちらは早急と言う訳ではないので後回しにする。 夜の常磐道をオフクロのクルマで北に向かう。 いわきで礼服を取り、一路オヤジの実家に向かうはずが・・・。ハプニングで、現在いわきに足止めされている。 明日、いわきから更に北上して、小高町に向かう。 日曜が通夜。月曜にお葬式。 体が持つか? でも、やるだけヤルしかない。 また、時間が取れたらレポートします。 幸い、病的なことはありません。ですが、疲れが小笠原から以降、まったく抜けません。
2004/08/27
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実は、金曜には千葉に帰っていますが・・・。 やっぱりかなり疲れが溜まっていたのか、身体が言う事を全く聞かない状態。 引越し準備は捗らないは、HPもアップしようとしたら、三回ばかり消えてしまい、「いいや・・・もぅ・・・」ってな状態。 明日は、オフクロが手伝いに来るのだが・・・寝る場所無い・・・。空回りして、返って足の踏み場が無い有様。 帰ってきてから、全く一人。一日誰とも話しをせず、日中の金縛りで脂汗を流し、何も出来なかった一日を振り返り、モンモンと過ごす。 完全に悪循環に入っている。 が、今回ばかりはこの悪循環の中で、何とかしないと一歩前進できない。 はっきり言って、「病気だからー!」と言って、ウネウネ、ダラダラしていた方がナンボ楽だったか・・・。 ・・・逃げ出したいよぉー・・・。 と言っても逃げ出せない。 マジで発作でも起こして入院したいです。 ODとか、自傷行為ってこんな感じのときにヤルのかな? イヤイヤ、激鬱の時に何度か発作的に「死にたい」って思ったけれど、感じが違うか? (あっ! 心配しなくて大丈夫です。冗談なんで!) ・・・が、死んでも逃げ出したい気分。子供がダダをコネルような感じ? 穴掘って逃げられるなら、ブラジルまで掘れる気がする。 病気で、死んでる訳ではありません。 完全にテンパってます・・・。 全部終わって引越ししたら、また入院したりして・・・。(ちゅーか、入院したいよぉー。 泣 ) ※一部、文章が乱れていますが、ご了承を。また、トップページの誤字にも気が付いていますが、落ち着いたら直します。・・・だれか、オレの頭治してくれー!(ここまで叫べれば、もう鬱じゃない・・・。パニック系かもしれんが・・・)
2004/08/23
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今日も千葉に帰れないでいる。 昼過ぎに起きて、「あー」「うー」 と言い、「気持ち悪い・・・」 やっと、「鬱」から開放されればこの始末。 整体に行き、マッサージ。そして、お灸。・・・年が・・・。一気に年を重ねた感じ。 日記に書いた、音楽ネタ。反応があって嬉しい。バケネコさん、まさか遊佐未森を知っているとは・・・。驚きです。一昔前に聞いていたとは、もしかすると彼女の第一世代かな?現在、遊佐さんは大きな病気を克服して、復帰しています。病気中、そして病後の音楽は一層輝いています。機会があったら是非。 ああ、でも推薦音楽が無いのよー。だれか、最近コレ良いよ。って音楽を教えてなー。 HPのトップを昨日だけ、「自分」にしました。ですが、また変えて、せめて写真だけ「小笠原」にしました。 小笠原の抱える問題に何らかの反応を期待したいです。別に賛同にとどまらず、愛護の立場の人!貶しましたが(うん、オレ愛護ダイキライだからさ!)反論待ちます、受けます。 言いたい事言ってくださいな。 さてと、明日は千葉に帰れるかな?
2004/08/18
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やれやれ。 やっと「新盆」が終わった。 終わったと同時に、完全に身体が壊れてしまった。 思えば、「小笠原」からこっち、多忙を極めている。ただでさえ忙しいのに、クルマの故障が重なり、最悪・・・。 が、以前の自分なら完全に「鬱」まっしぐら・・・だったろう。それが、精神系で「ドーン」と落ちることなく、やっているのだから・・・まぁ、良しとしたい。 現在の症状。 激しい肩こりから、吐き気。・・・を通り越し、胃痛。布団が友達。今居る場所は、いわきの実家。今月末か来月初めに引越し。いえいえ、その前に明日診察なのだが、病院に行けるか? せんねん灸等をモクモクさせつつ、終わり行く二十代最後の夏。(悲しい・・・) このままだと、「小笠原紀行」が書き終わらないうちに、「小笠原紀行パート2」に出発してしまうかも! とりあえず、生きています。(かろうじてだけれど・・・) 今まで、記入率100%!を目指して書いてきたけれど、はっきり言って「多忙につき」難しい。 HPを模様替えするか、はたまた、一度閉鎖するか・・・。 まぁ、暫くはこのままにします。 閉鎖するにしても、新しいHPを構築した後でリンク張っておきます。(・・・こう忙しいと、時間無いな、まず・・・) 脳ミソがかなり「まとも?」になってきたので、早くタイトルを変えられるように・・・。また、現在進行形で「病気と闘う人」の役に立てれば! 病気と復帰のハザマ・・・。とにかく忙しいです。 今後は、気が向いたら、タマーに更新しますので。(あ、でも一週間以上は放って置かないですから) みなさん!今後も宜しく! 病気に関する相談などは、メールでアドレス付きで送ってください。
2004/08/17
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現在、8月18日。午前1時半を回ったとこ。 予期不安が久しぶりに出て眠れない。 明日(今日か?)は、何としても千葉に戻らないといけない、というプレッシャーに心が圧迫されているらしい。 実は、予期不安は薬に頼らなくても乗越えられるようになっていた。だが・・・。 自分の予期不安克服は「音楽」。 まぁ、あんまりにも病状が酷い時は、全く音楽を聴く余裕は無かったが・・・。 中学生の頃からか、眠る前に音楽を聞くようになった。この習慣はずーっと続いている。 が、精神的な病になってからは一時期全く音楽が聴けなくなった。 自分にとって、音楽とは「共に過ごした時間」であり、それは記憶とも繋がる。 「鬱病」とは、自分では意識していなくても「自己否定」が根源にある。なので、病気が酷い時に音楽を聴くと「過去の自分が蘇り」辛いだけだった。かと言って、「新しい音楽」を切り開く気力は無く・・・。 小笠原からの帰り、そして今回の帰省にかけて、実は体力的な問題では無く、対人関係な問題が二件起きた。 二件とも一方的な絶縁であり、両方とも相手は女性だ。 両人とも「日記」に度々登場する。 方は「島根紀行」・・・。一回目の入院で仲良くなった年上の女性。実家の島根に帰り、家族とも仲良くなっていた・・・・。だが、小笠原からの帰りの船、東京湾に差し掛かり携帯が繋がると・・・「結婚する予定でいます。彼の都合で、男友達とは一切付き合いをお断りします。今後、家族を含めて一切の連絡をお断りします。さようなら。」とメールが入った・・・。 今年、彼女の父親が福島を訪れるはずだった・・・。別に付き合っていたわけではない。が・・・。一方的なメールで異性ではあるが友人関係が崩壊するとは・・・。(彼女の妹から「かなりの精神不安」を聞いていたし、彼女には付き合っている異性はいなかったが・・・) もう一つは、Yちゃんだ。 帰省の前に一緒に食事をしたが・・・。 Yちゃんは、何度も書いているが妹みたいな存在だった。彼女からは自分は父親みたいな存在だったみたいだが。 帰省前の夕飯。てっきり知っていると思い、「Sさん」との関係を話した。が、彼女は知らなかったのだ。(過去の日記を見てネ。) Yちゃんは、Sさんと自分の関係を気にしてか、電話にもメールにも返事を返さない。 最初に上げた音楽との関係だが・・・。 常連の方は、「自分が何故、この病気になった」かご存知だが、ここで振り返る。 婚約者と3年間、同棲していた。が、この不況で給料がガクンと下がり、彼女は逃げていった。そして、病気になった。 彼女に対する「思い」は現在一切無い。 だが、女性に対するトラウマが自分の中にある。 島根の女性も、Yちゃんも。一緒に出かけるとき、常に音楽が共にあった。(まぁ、自分が音楽好きだからだが・・・)そうして、音楽の趣味が凄く合っていた。必然的に、CDを交換したり・・・。 二人とも去ってしまった今、大好きな曲が、二人との思い出に重なる・・・。 カミサンも逃げていった・・・。異性の親友も、何も言わずに去っていった・・・。 立場は違うけれど、去っていった女性達。そのイメージや思い出が、音楽を聴くことにより蘇る。 また、音楽を聴くのが恐くなってきた。 音楽を聴くと、別れが訪れそうで・・・。 それでなくても、引っ越して新しい土地で生活する。もう、友人を無くしたくない・・・。 だれか、元気の出る音楽を教えてください。勇気、元気が出るような。それでいて、リラックスできる。 当方、クラッシクから、ロック。民族から、日本古来の音楽まで、ターゲットは様々です。 「こんな曲良いよ!」 の情報をお待ちします。 音楽に包まれて、静かに眠りたい・・・。 現在、唯一聞ける曲。知らない人が多いけれど、「遊佐未森」だけ・・・。 眠らせて・・・。
2004/08/16
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日記に抜けが発生しています。 チョット修正したので、コメントがずれてますが・・・。ゴメン・・。 さてと、この日は・・・。 結局クルマの修理が出来なかった。 何処で修理に出すか。アレコレ考えた挙句が「オフコロ」の所まで持っていく事に。千葉までの自走が困難だし、引越しがあるので、千葉でクルマを引き取るのも難しい。 ただし、オヤジのとこからオフクロのとまでも、100kオーヴァーの道のり。高速は無理だし、かと言って途中でストップする可能性も否定できない。 自分の五感を総動員して、またも騙し騙し走るしかない。 ルートの選択は、山間部の300番台の国道を走ることにした。理由は、交通量がムチャクチャ少ないので、カーブで減速することが少ない。とりあえず、今この車で走るのには極力加速しない事。4速に入れたら、入れっぱなしで巡航する事なのだ。ウラを返すと、幾らきついカーブでも減速しないで走ったほうが負荷が少ない。なんで、先行車がいない方が良いし、信号は無いほうが良い。 盆地特有の「朝からムッ」とする朝の中、ガリガリとギアから音を立ててユックリ加速する。 騙すと言えば、また眠れない夜を過ごした。キツイ。疲れが抜けない。クルマも騙せば、身体もまた騙している。 たまに先行車を抜かしつつ、八年ぶりで走る道路。「これ、本当に300番代国道?」 と首を傾げるように立派になっている。一昔前は、対向車と離合するのも辛い道だった。今は、ちゃんと中央線があり、道幅も充分広い。 フラーっと鬱症状が出ながらも、道脇に広がるヒマワリ畑等を見て、「ああー夏なんだ・・・」 と呟いたりと。途中で一度も休憩を取らずにオフコロのとこへ。「あんた、昼どうするの。食べたいモノある?」「んー(少し考えた)ラーメン」「じゃあ、食べに行くよ」「チョット待って。今日千葉に帰るの無理・・・。」「明日の朝出かけて(医者に)間に合わないの?」「それ、調べるから・・・。」 ネットで、朝の特急を調べて、ついでにクルマの修理も調べて、出かける。 クルマは盆明けじゃないと修理不能らしい。 ラーメン後、クゥー用のお出かけバックを探し(いやさー、クルマで来たから犬猫用のケージで来たけれど、大きすぎて・・・)、家で眠りにつく・・・横になったはいいけれど、眠りに入れない。身体は限界なのに、眠れない。眠れないから余計に疲労が蓄積される。 お好み焼きとビールで夕飯。 フラフラな身体。 クッソー、寝たい・・・。
2004/08/08
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祭りの話しである。 と言っても、どっかの「祭り」を取り上げて、「良いですねー日本の夏」 と言う話しではない。 転職先での「夏祭り 裏方レポート」である。 いやー疲れました。朝から夜まで、滝の様な汗が止まらず、支給された会社のTシャツは綿製。綿製品を非難はしないが、夏のクソ暑い中を動くには、吸水速乾の化繊には負ける。 就職したら、提案しよ!なんならユニクロがユニフォームの製作もしてくれるし・・・。 社員は、仕事の合間を縫っての準備。最初から最後まで、フルマラソンの如く動いていたのはカメブラザーズのみ(かな?) ここ暫く半病人だった自分は、殆ど寝ず、しかも朝も無理やりに身体を動かして出かけた。(同病の方は分かると思いますが、ムチャクチャ辛いですワー。)「とりあえず身体動け!今日だけは持て!」 と言った心境だ。 実は何故か自分は「イベント関係」とは縁がある。やりたい訳では無いのに「企画運営」の仕事経験が多い。モチロン「調査モノ」が経験として一番多いが・・・。 今回の裏方は一兵隊だが、企画を自分でやってみると「兵隊がどう動いて欲しいか」が良く理解できる。自分が理想とする兵隊を自分でやり遂げる。が今回のテーマ。 結果として上出来。 ウツウツ連続の日を考えれば、むしろ自分を褒めたいよ。 コレというのも、小笠原行きが多分に役に立った。そう、調査初日のゲロが・・・。自分でも驚く程に暑さに免疫が出来ていたのだ。 小笠原では、暑さの上に水の制約を受けたが(詳しくは小笠原紀行でネ)、別に荷物を持って山歩きでは無い。水場が無いわけでは無い。水道を捻れば水は豊富。しかも、水が美味い。都市部のくっさーい水ではないのだ。頭から水を気にせずに被りつつ作業。周囲の人が「大丈夫かよ・・・アイツ。」と思うほどに、ガシガシ・・・。 作業も、現場でリーダー不在が度々起こる。本来の性格だが、炎天下で何もしないで「ボッケー」としているなら、早く切り上げて休憩時間を長く取ったほうが良い。断片の情報を繋ぎ合わせ、アルバイト社員を仕切り始める。ただ指示するだけでは人はついて来ない。一緒に汗を流しながら、率先して身体を動かしながら。汗だくで動いていると、自然と「次どうしましょう?」 と聞かれる。「楽に、早く、的確に」を基本に指示するだけでなく、積極的に指導(を受ける)も仰ぐ。 見る人全てが、初めて顔を合わせる人。グループ企業だし、朝、朝礼で挨拶と紹介をした会社の人以外は、自分を新人とは思っていない。 副社長がいつの間にか脇で見ている。「初めてなのに、やってるネ。」 汗で顔をクチャクチャにしてニッコリ笑い返す事しか出来ない。(この事が後々、トンデモになるとは・・・トホホ) 功をなしてか、思ったより早く作業が終わった。っていっても午前中一杯かかったのだが。 でも時間が出来た事で、午後に借家の下見と説明、クルマの修理が出きる筈だったが・・・。 長めの昼休み、そして「なーんかすることあるかなぁー?」と敷地をウロウロしていると、「カメ兄弟!」 と副社長のデカイ声。弟と二人で、駆けつけると・・・。「お前ら、劇にでるからな!」「?」 弟が目で合図する「兄貴、劇ってなんだ?」 目で答える「知るか!」 台本を渡される。「寸劇・・・」台詞は殆ど無いが・・・。台本を見ていると、上役達がリハを始める。リハ、どうも指導している人達の気合がビシビシ来る・・・。気合は伝わるが、やる気は出ない。 一回目のリハ。大雑把な役掴み。が、指導の人達から真剣に怒られる。「何で怒られる?聞いてないぞぉー」 弟とと二人、怒り顔。「二回目やりまーす」 の声、「兄貴、家の下見の時間無いぞ。」「知ってるよ。でも抜け出せないぞコレ」 まだ二人とも気力が出ない。自分なんぞ、あえて「オレやる気ありまっせーん」と露骨な態度を示す。 標高2000m近い山に積乱雲が立ち始めた。「降るな、雨。しかも雷付きで!」 自分達の役は、カメンライダーで言うところのショッカーみたいな役、弟の他に三人。計五人だ。「ヒーロー戦隊なら主役の人数じゃん!」 声に出さずふて腐れてみる。 最終リハ前。雷雨。「兄貴、家無理だな。」「ああ、無理だ。もう時間が無い。」 リハ前にプツリと頭の中で音がした。出来ないで怒られるよりも、、相手を唸らせる方が良い。 立ち回りのシーンで率先して演技に演出を加えてみる。そう、転がって見せた。 最終リハ後、立ち回りだけは綿密な打ち合わせ。今度は弟がもっと大げさな「一回転して倒れる」を提案。・・・弟は武道に精通している。受身の変形?で「時代劇」によくあるシーンをやると言う。「さっき、兄貴転がってたから」 と。(危険なので、弟のみ転がる事に) 夕方、雨の中開場。受付兼、カメラマンに徹する。 出演者集合の場内アナウンスで、衣装合わせで社長室に集合する。 やはりリハでは「やる気」無しの三人も、結構真剣になってきた、五人だけで何度も声合わせ。副社長もメイクを終えて出てきた。「お前ら、声がバラバラになるぞ。オイ誰かリーダーになれ」 そう言われても、皆今日初めて顔を会わせたのだ。(弟と自分は別だが・・・当たり前だ!)「おい、カメの兄貴。午前中、人動かしてたな?お前ヤレ!」 来るんじゃないかと予想していた。「はい!やります。」 五人でゴニョゴニョやる。合いの手を自分が入れる事で、合わせる。「んじゃ、出るシーン」「おー!」 僅か五分程で息がピッタリあった。見ていた副社長が、「声小さい!」 と怒鳴る。だが、顔は笑ってる。五人が言わせるかぁー、と更に声を大きくする。何度も行い、余裕からか初めて五人で雑談。「ビックリしましたよー。だって突然コレ(衣装)でしょ?」 笑い声。 演出家(指導していた人達が、プロの演出家だと知った・・・)が入ってくる。「君達次第だからねー」 相変わらず熱が入っている。が、今度はこっちも負けない。五人から細かい点を矢継早に質問。 そして、本番。リハでは兄弟だけで転がっていたが、他三人もアドリブ。弟は高さ2mのステージから落ちそうに成る程に回っていた。(その為、背中を強打して「痛い」と言っていた。自分も、勢いがありすぎて受身の最中に左手を捻った) 終わって、社長室に戻ると。演出家が握手。「君達出切るんじゃないの!立ち回り、観客のドヨメキ凄かったよ。ありがとう!」 皆で、「ありがとうございました」 と握手を返す。 人が殆ど来ない「受付」で、終わりまで雑用。 帰る客に、「ありがとうございましたぁー」 と挨拶。 そして片付け。受付周辺の若い社員達は、既にベロベロに酔っていて役に立たない。「おめーら、裏方がヨッパラッてどうするよ?」 と心で毒づきつつ、率先してゴミ箱に手を突っ込む。(ゴミの分別の為)「なーに、腐った動物の死体を分解するよりも良いさぁ。手は後で洗えば良いのさ。」 アルバイトの人が一緒に作業をするが、躊躇している。「こっち自分やりますから、そこいらに転がってるゴミ集めて下さい」 動物系の仕事も思いもかけないとこで役に立つ。(まぁ、動物系だと、「哺乳屋」なんかは平気でフンを手に取り臭い嗅ぐが・・・ソレは真似できません!) 社員の解散式の最中も参加しないで、終わらない作業を手伝っていた。 壊れたクルマを再び騙して帰途につく。 PS:寸劇の練習・・・多少違うけれど、自然系のイベント(キャンプやバードウォッチング等)の前って、必ず一人鏡に向かってリハーサルをしていたのさ。もう、笑いを取るタイミングなんかも計算して。 今までやっていた「自然系」の仕事も応用を利かせれば、いろんな事に対応できる・・・。新しい仕事、自信を持って取り組みます。・・・でも、自分は何時までも「自然屋」で通しながら・・・。
2004/08/07
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さてと、転職先の会社の夏祭りに参加するために、オヤジの家に来ているのだが・・・。 今回は東北道を北上してきた。時速110k位で、ノンビリと走ってきたのだが。・・・途中とんでもないアクシデントが発生。 今回、出発するまで、そうでなくても不調で行くか、辞退するか散々悩んだのに・・・。 栃木県に入り、アップダウンが増え、4速にギアを落として追い越し車線に入った。走行車線に戻りながら道も下りになり、5速に入れるが・・・。回転数を合わせて、ギアを入れてアクセルを踏むと、「ブーン」とエンジンが唸る。そしてそのまま失速する。「?」 最初はクラッチ板と思ったが、クラッチだったら事前に症状が出てる。 クルマはどんどん失速する。このままじゃ事故の元になってしまう。 慌てて、色んな可能性を条件反射で探す。 すると、4速に入れると加速する。 4速キープでSAまで頑張り、駐車場へ。 クルマを止めると、ギアボックスから異音がする。 またまた「?」。・・・というか思い当るフシがあった。 このクルマ、中古で購入してから、二回ギアボックスを下ろして分解するという修理をしている。もちろん無料修理だ。 一回目は岐阜に出張の時に、現地で5速が抜けなくなり、そのまま修理工場へ。後ほど岐阜にクルマを取に行った事がある。 二回目は、この春の車検。ミッションンオイルの交換を頼んだら・・・。ギアボックスから部品が転がり出た。そこで慌てて修理。 さて、栃木県で高速をおり、ディーラーに電話を掛けて、最寄のスズキのお店を紹介してもらい向かう。 間違いなくギアボックスだろう。問題は、走行しても大丈夫かの確認だ。ギアトラブルは、最低でも修理に二週間はかかる。滅多に壊れる事が無い場所なので、大抵部品の在庫が無い。 お店で対応していただいた方は、なかなか親切。 改造しているクルマなんで、車好きと見られたのだろう。「一応、オイル抜いてみます。見ますか?」と。脇で見ているが、手間取ってる。「後で呼びますから、中で休んでください。」 すると・・・。「こんなのが転がりでました」 また、部品が外れた。どうしようも無い欠陥ギアだ。「二年間で、二回ギアボックス下ろして修理しているんですけれど、ギアってそう簡単に壊れないですよね?」「・・・普通は壊れないですね・・・」 結果分かった事。オイルに鉄粉は混じってない。ので、金属が擦れているわけでは無い。よって、異音を気にせず、エンジンの回転数を抑えて走れば、多少なら問題ない。 そこで、残りの100kを国道を走行してきました。 ムチャクチャ疲れた・・・。しかも常に音を気にしながらの走行。頭は鬱々になるし・・・。 最悪でした。
2004/08/06
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はーい。久しぶりに病気な人、になってます。 引越しに伴う手続きがてんこ盛り。しかも引越しまでに、千葉⇔福島を二往復。 今日の午後から、完全に行動がストップしてしまいました。 オフクロからは、30分おきに電話がかかり、その合間に引越し業者からも電話。・・・発作が起きないだけマシなパニック系。動きが完全にストップ。 オフクロからの指示の電話も、半分も聞けない。 ダメだわ・・・オレ。 以前なら、「コンニャロ、マケテラレルカ」と考える所だが、その辺が未だ病気を引きずる身なのかもしれない。 まぁ、引越しはしなければいけないんで。焦りすぎて、自分を追い込まないように・・・と!-------------------------------------------------------- 結局、追われっぱなしなパニックは、続き、急性胃痛、吐き気等の症状を伴って、グテングテンに頭グルグル。「だめじゃー」もう投げやり。放棄。 っと、オフクロから電話「さっきは言い過ぎた・・・」と。そう言われても、追い込まれると過剰反応をしてしまう、我が脳ミソは、どーしようもない。 ほとんど治っている病気だが、今後は医者や薬に頼らない、社会生活復帰のリハビリが必要だ。 頭が一杯になると、全く動きが止まるのは、「鬱」の一種と言えばそれまでだが・・・。が、酷い状態の頃を思い返すと・・・そう、以前なら間違いなく発作だろう。・・・だいぶ回復しているのだ。 病気以前の自分が尋常じゃなかっただけ。逆境に立つと絶対に「ナニクソー」な性格だったから。少し気の弱い性格になった、そう考えよう。 動けない身体を無理に「動けー」とやると、リバウンドが来る。 そう何度も同じ事を繰り返していては恥ずかしい。上手く自分をコントロールして騙し騙し、乗り越えよう。 うん、そうしよう。 せっかく「運」が向かってきているみたいだし。 誰かの著にあった。いやいや、多くの人が言っている。「人生は苦しい事があったら必ず言い事がある。だけど、自分に良い風が吹いてきた時に、その風を捉えられなければ負け。自分の周りに吹く風を常に肌で感じ、良い風が吹いたらそれに乗って邁進せよ。」 無性にロッド・スチュアートの名曲が聞きたくなってきた。そう、「アイ アム セイリング・・・」 重い腰を上げて、メインマストにセイルを張るか・・・。風を受けて波を越える為に・・・。 (書いていて、恥ずかしい・・・。高校生・・・の詩のようになってしまった・・・。良いんだ。まだ若いんだモン。)
2004/08/05
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引越しを控えて、やる事が目白押しになっている。 各種書類やら、手続きやら、また荷造りやら・・・。 はっきり言ってテンパッテます。 フル回転にならない脳ミソを小突いて動かそうとすると、頭が勝手に「もう動かないもんネ!」と拒絶してしまうのは、まだ病気が残っている証拠だろか? いえいえ、この暑さで速攻の引越し。健常者でもそうなるか? いかせん、頭が暴走気味。 モチロン、「小笠原紀行」にも手が出ない。 「鬱」モードに突入しないだけ幸せか? パニッくった、頭が少しでも正常に動く事を期待して・・・。-------------------------------------------------------- いっかーん!現実逃避で、Yちゃんと夕飯食ってきた・・・。 っもう!遣る事がタンマリあるのにさ、いい加減に自分がイヤになってきた。 ・・・SさんとYちゃんは仲が良い。自分はSさんとの関係を知っていると思い、「最近、いい感じだよ!」と言ったら、「・・・知らなかった。私と食事なんてしていて怒られない?」と切り替えされた。「えっ!なんで知らなかったの?だって、病院関係の人みんな知ってるよ。」「まぁ、引っ越したら二人で遊びに来て。部屋開けて待ってるから。」 と言いつつ、ビールを飲み、お好み焼きをほお張った。 ・・・しかし・・・本当に引越しできるのであろうか? ・・・不安だ・・・。
2004/08/04
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一日、引越しに向けた掃除の日。 掃除は進まず、タラタラ進む時間だけが物悲しい。 いかせん、一人身。それでも、家庭的に荷物が多いのは仕方ない。同姓期間が長すぎた・・・。 夕方、DVDを借りてきた。「踊る大捜査線 Move2」 織田 裕二ファンにとっては、なかなか。 映画の途中で、Sさんに電話。 もう、こっちに居て会える日は殆ど無い。 電波の状態が悪く、切れ切れの電話。 とりあえず、自分の電話を待ってくれているだけで、嬉しい。 たわいも無い話だけれど・・・自分にとっては重要。「次に会えるのは・・・?」 次に会えるのは、金曜。 しかも、親と一緒だ。 多分、言いたい事は言えないだろう。 手紙が有効かもしれない。 映画は、良かった・・・。 でも、多分みんなと違うところで見ていたと思う。 「生きる事」云々よりも、人を動かすためにどうするか・・・。 そんな考えを持てるだけ、病気は治っているんだろう。 今後の経過を楽しみに
2004/08/03
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三週間振りの通院だ。 昨夜は、帰ってきたせいか何か落ちつかず、珍しく「睡眠薬」に手を付けた。 二回目の入院時の「眠剤13錠」と比べると、今の薬は激減だ。導入剤一、追加一。しかも、二錠とも軽い薬。その薬でさえ、この一週間は飲んでいない。 昨夜は、暑さにビールをプッシューと飲り、睡眠に入るのを待った。が、寝付けない。そして薬。とたんに、フッラーとして思考が停滞した。 と、そのままずーっと眠り・・・。 翌朝(今日)気が付いたのは、11時を大幅にまわった時刻。 ・・・そう、今日は通院日なのだ。予約は11時。過ぎてるよー。もう! 慌てて病院に電話。「11時に予約入れてるんですが・・・。スンマセン、今起きました。12時前には着きます。」 急いで車を運転すると、良い事がない。一人暮らしなのに、誰に見せる訳でもなく、タバコに火をつけ、氷水を飲む。顔を洗って、クルマへ。 12時一分前に病院に到着。 自販機で水を買い、中庭でタバコを吸いつつ、読みかけの「硫黄島」を読む。すると、「隊長ー」 と、弱弱しい声がする。「ふん?」と振り返ると、記憶に無い顔が・・・。女性なのだが・・・。 通院すると、何時もこうだ。入院中のインパクトのせいで、顔と名前が一人歩きしている。相手にしたら、「一時話し相手になってらった」と思っているだろうが、こっちは「そんなイットキ」の人が大勢いる。いちいち名前を覚えていない。片手で数える人しか記憶に無いのだ(たたでさえ人の名前を覚えるのが苦手なのに・・・)。「彼に振られたの・・・」(そんがどうした?ワシには関係ない!)と思いながらも、「どうした?」と言ってしまう自分は弱い。・・・相手が舌が回らず、「病人」しているせいもあろう。「セイケイしたら、彼に振られた」「へっ!」 セイケイがなんなのか分からない。間をおいて整形に気が付く。「整形って悪いの?」(ああ、オレは嫌い!)と喉まで出掛かるが、言葉を飲み込む。「相手にもよるさ・・・。許せる相手さがせば?」 まぁ、せいぜいの皮肉を含んでいるのは気が付かないだろう。 あっ、思い出した!整形したがっていた、若い娘だ。・・・整形するよりも、その焦点が定まらない目を治したら? と言いたかった記憶がある。 人間は表情や目つきに人柄がでる。いくら美人でも、目が死んでいる人を自分は好かない。逆に、多少外見が「?」でも生き生きした目を持つ人が好きだ。それは、男性にも当てはまる。母島で感動したのは、住民の目だったかも知れない。当地に於いては殆どの人の目が輝いていた。・・・せいぜい自分が死んだ目を持たないように努力しよう! 診察。 医師の何時もの、「どうでしたか?」 で始まる。「ムチャクチャ元気でした!」 小笠原~祖父の死まで話して。来週の診察を決める。薬に変化なし。早く仕事をしたほうが良かろう。で落ち着く。 ああ、病人生活も後わずか。か・・・。 家に帰ってきて、またコンコンと寝てしまった。 どうも、現実逃避がクセになり、イカン。 明日は、荷造りにかからねば・・・。
2004/08/02
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ようやく千葉に帰ってきました。 台風の最後っ屁で、気圧が不安定なのだろう。妙に身体が言う事を効かない。 ゆっくり、ノンビリで無理無理に帰って来た。 実は、もう少し早い時間に変える予定だったが夕方16時から「富士登山駅伝」を見てしまい・・・。 ああ、もぅコイツラ異常だよ。歩いて登ってもシンドイのに、走って富士山を登り、降りってキチガイだ! トライアスロンなんかも「コイツラ、異常じゃ!」って思うけれど、もうそれ以上に・・・。逆に自分は真似できないので「スゲー」と思ってしまう。この競技、普段は目にする事の出来ない「自衛隊」の姿を映している。っと言うのも参加チームの大半を自衛隊チームが占める。変わったとこでは「空自チーム」も参加している。(海自が参加しないのは、海の男は汗臭いのが苦手か?) 今回は、我が地元の「第一空挺団」は二位。 いやー。自分は、「格闘技」が嫌いなんだけれど、下手な格闘技なんかより、よっぽど格闘技っす。暑い! そんなこんなで、夕方の常磐道を南下してきた。 日曜日という事でもあり、行楽帰りで渋滞。時間に追われてはいないので、焦らず、チンタラ運転してきた。 家に到着すると、買ってきたバルサンをモウモウと炊いて外出。小笠原に言っている間に、何故かゴキローが出るようになってしまったのだ。 Yちゃんの寮に行き、福島産の桃のおすそ分け。 本屋などをハシゴして、ラーメンを食べて帰ってきました。 今週は、引越し前の荷造り週間。 明日は、三週間振りで病院です。 さてと、風呂に入って「小笠原紀行3」でも書きますか!
2004/08/01
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