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なんとか帰ってきました。 しかし、母島は遠い! 今回は、植物調査の内容が増え、植物のエキスパートが一人加わった調査になりました。 が、人数は増えたけれど調査項目も増え、しかも日照時間が七月と比べて、短い・・・。 前回は「学生でも連れてきて手伝いをさせる。」 と聞いていたが・・・予算の都合で学生の補助員は無し。 七月の、調査の後は「ダイビング」なんて甘い! 毎日、日が落ちて足元も見えないようなジャングルの中を下山。それでも、調査終了のメドが中々立たない。 登山道、入り口に戻ると「服を着たまま水中に入った」様に全身ずぶ濡れ・・・汗でだ。 毎日のように洗濯をしていたのに、男三人の部屋は、酸っぱいような「体育会系」の部室の臭いが漂う。が、三人ともソレについて言及しない。疲れすぎて、余裕が無いのだ。 調査も半ばで初めて自分が言った。「しっかし、この臭い酷いですねー」「しょうがないよな・・・ザックや装備は洗えないから・・・。でも、この散らかりようも凄いな・・・合宿だよ」 後日公開しますが、本当に散らかった部屋。そして悪臭。それでも眠るのである。部屋が汚いのは、片付ける余裕が無いから。 朝は、「ああ・・・」「っうっうー」 等のうなり声。疲れすぎて、起き上がれない。 筋肉痛?いえいえ、そんなんじゃ無い!体が動かない。まぁ、自分だけがそんな症状ならば「ウツ」じゃない?だが、三人ともだから・・・。 前回は「小笠原紀行」と題して、書いていたが(中途半端になっているけれど・・・ゴメン・・・)、今回は漠然とした内容では無く、内容を調査に主体を置いて書いていきたい。タイトルは、「われ等、石門調査隊」。 石門調査とは、そのものズバリ母島の石門地区を指す。 石門地区は、現在はガイド無しには立ち入ることができない。しかも、ガイドは島に二人。一度に連れて歩ける人数は最大五人。コースはほぼ一日かかる。料金は一人一万円。小笠原で、唯一「湿生高木林」(ジャングル)が残る場所である。 調査業務事態は「東京都」の発注だが、環境省、林野省の利害が複雑に絡み合い、保全対策が前進していない。 東京都(石原知事)は、世界遺産の指定と、エコツアーを主体とした島の活性化を狙い、今回の調査を行っている。(まぁ、実際現地で行うのは我々になるが・・・) 自分は、七月、そして今回の九月と二回しか参加していないが、調査結果から導きだされた予測・・・もしこれが現実になるのなら・・・。ちょっと想像したくない・・・。 まぁ、詳しくは書いていきます。 これから仕事も始まるので、ゆっくりになるかも知れませんが読んで頂ければ幸いです。 病気のほうは・・・ちーっと、辛い・・・かも!
2004/09/28
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オガサワラゼミ・・・。「そうなんだよー。夏季の小笠原のゼミ。みんな倒れるんだよねー。飲みすぎて・・・。」 そんな大学のゼミでは無い。セミの仲間である。(というか、セミである。) 本州では、大抵の人が「セミ」=「夏」というイメージが強いと思う。セミにも発生時期があるから、「エゾハルゼミ」の声を聞くと「ああ、夏が近い」と感じたり、クマゼミの声で「ッルセー!タダでさえ暑いのに、暑さに拍車がかかるわい!」と激怒してみたり。ヒグラシの声に夏の終わりを感じたり・・・。 だが、熱帯に良くあるのだが昆虫の発生が真夏からズレル事がある。 これは、モチロン?真夏はあまりにも暑すぎるから。ソレを避けた昆虫の選択である。 今回、調査で一番悩んだのが、セミ。前回の七月調査は全くセミの鳴き声を聞かなかった。が、今回は・・・。ハッキリ言います。常人が、あの鳴き声のシャワーの中に入れば、30分で気が狂います。一日いたら、間違いなく廃人になるか、精神病院行きでしょう。 あの音といったら、高周波かな?鼓膜を通り越して、脳みそに響く。良く「映画などの拷問」シーンで、低周波や高周波を聞かせるシーンがあるでしょ? 音は聞こえないのに、拷問を受けた人は、両耳を覆い絶叫するシーン。まさにアレの再現。 聞こえる音も凄まじく、1m先の人と会話が出来ない。そう、本当に殺人ゼミなのだ。 この殺人ゼミ・・・と言う以前に小笠原においてセミの研究が全くされていない。というウソのような本当の出来事に直面し、我々調査隊の面々は勝手に怒っていた。怒りのぶつけ場所が無かった為なのだが・・・。 我々の、聞いたセミの声は明らかに二種類あった。しかも、二種類の鳴き声は、聞こえる場所、鳴く条件が明らかに異なっていたのだ。 殺人ゼミの方は、地形が平らな場所で固まって、主に樹上で鳴いている。また、無風である事、日が差していることが条件。なので、平らな場所でも強い風が吹くと、鳴き声は鳴り止む。それは、日が陰っても同じ。あまりのうるささに、頭にきて木の幹を蹴り上げても、一向に鳴き止まない。 もう一つは、地形的条件を気にしないタイプ。これは、単独で鳴く事が多い。風の影響を全く受けず、日の陰りも気にしない。鳴く場所も比較的ランダムで、木の低いところでも鳴いている。鳴き方が面白く、木の周囲をグルグルと回りながら、抑揚をつけて鳴く。 これほどに違いがあるのに、「絶対に違う種だろー」と四人で「ウンウン」とうなずいていた。 小笠原自然環境研究会編の「小笠原の自然 東洋のガラパゴス」には、オガサワラゼミとオガサワラツクツクボウシの二種の記載が以前はあったが、ミスデータで現在は「オガサワラゼミ」一種の記載しかない。と書かれてある。また、鳴き声を聞く限り、明らかに二種の声を確認できる。とも書かれている。最後に、専門家の調査が待たされている。で〆。 この事を、母島観光協会や、母島のガイド等に聞いてみた。ところが、あるガイドによると父島での勉強会に参加したときに、専門家が、「小笠原には一種のセミしかいない」 と断定していたそうである。そのガイド氏には調査中に会って話を聞いたのだが、我らのボスが、「えー!だって、明らかに二つの鳴き声が聞こえますよ」 と言っていたが・・・。そして、たかだか三日で鳴き声の違い、鳴く条件の違いが、専門家(あくまで、虫のネ)ではない我々にも区別できるのに・・・。 悲しいかな、ハッキリ言ってしまえばあんまりにも専門が行き過ぎると、お馬鹿になる方が結構いる。 母島でも、ガイドの養成の為に、島以外の専門家を呼んで勉強会を実施しているが、あんまり評判が良くない。そんななか、「石門調査隊」である。 自分は調査業務以外はタッチしていないが、地元のガイドと一緒に母島の自然を知ろう。という取り組みが来期から始まる予定だ。専門のおエライさんから、小難しい一方的な講義を聴くより、一緒に山に入り調査の仕方を教え、また地元ガイドの要望や考え、ソレに対する、ビジター(自分たち)の考え、等をフィールドで共に考える。というスタンスで行うそうだ。 一部ガイドにはすでに打診してみて、結構反応が大きいらしい。自分もかなり興味がある。ので、「来期の業務が決まったら、会社辞めても行きますから。」 と調査の継続を約束してきてしまった。 オガサワラゼミ。果たして本当に一種なのだろうか?問題は、鳴き声、鳴き方が違う同一種の場合も考えられる。 ・・・ソレを調べるために、実は大量のヌケガラを持ってきた。コレを調べれば、もしかすると明らかに違う二種が出る可能性がある。 標準和名 オガサワラサツジンゼミ。なんて種が出来たら面白いかもしれない。
2004/09/18
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排水量490t「ははじま丸」は、強い向かい風と2~3mのうねりの中を南下していた。船首デッキを波が洗い流す。薄曇の空。決していい天気ではない、九月だと言うのに多くの乗客は短パンにTシャツ姿だ。 オナガミズナギドリ 母島列島近海で繁殖する。 200mのレンズを海面スレスレに飛ぶオナガミズナギドリ、カツオドリにピントを合わせる。船のローリング、ピッチングに合わせて体を前後左右、そして上下に動かす。人間スタビライザーだ。カメラに潮がかからないように、ウインドブレーカーに隠し、撮影する瞬間だけ取り出す。ははじま丸(父島 二見港にて) 母島の島影が次第に大きくなり、鬼岩や乾崎が大きく見え出すと船客は左舷に集まる。みんな多少の「荒れ」は気にしない。カメラの列が島に向けられる。 同行する、植物のエキスパートIさんが、「ほーら、アカギだらけ。ここからでも良く分かるよ。」「へー!何が違うんですか?」「全体的に見て、色が薄い場所分かる?薄緑のパッチ。」「はい、分かります。」「あれがねぇー、全部アカギ。桑の木山なんてアカギだらけだよ。酷いなぁ、こりゃ。」母島沖にて 桑の木山のアカギ林を撮影するIさん。 彼は海外の調査にも参加するエキスパート。 鳥屋、植物屋。お互いに自然を相手にしているけれど、見る視点が違う。植物屋さんと同行調査は自分にとっては、とても勉強になるし面白い。 石門山、堺ヶ岳、乳房山。海から一気に延びる標高400mの山。青い海。一見穏やかな、風光明媚な南の島だ。いや、何も知らなければ実にその通りの島だ。緑豊かで、観光客には「カツオドリ」だけでも珍しいに違いない。だが、島の緑は移入されたアカギがその主体を占めている。ハイビスカスやココヤシはもちろん移植。世界でもここにしか無い植物や動物が、絶滅に向かっている事。昆虫類にいたっては、未だに新種記載さえされずに人知れずに絶滅に向かうモノすらあるだろう。そんな視点で見る「母島」は、外見とは裏腹に少し暗い影を背負っているように見える。 「ははじま丸」がスピードを落とし、「沖港」に入る。左手に、七月に毎日のように潜っていた「脇浜」。港には出迎えの人々。 最後の仕事になるかも知れない・・・。体調は多少崩れている。「頼む!体よ、今回は耐えてくれ」祈るような気持ちで、ザックを担ぎ上げる。 ボーディングブリッジを渡り、周囲をぐるりと見渡す。「さぁ、着いた。今日から10日間、仕事だぞ」 四人の「石門調査隊」は迎えの車に荷物を積み込んだ。 いよいよ、始まりだ・・・。いよいよ到着 ボーディングブリッジ?を用意する人たち。おじさんの笑顔が素敵!撮影:セアカスジガメ2
2004/09/17
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さて、これから出発です。 小笠原からの中間報告は、Sさんの都合でできません。 今晩は「福島市内」のオヤジのとこに泊まり、朝一の新幹線に乗ります。 出発までは、トップページの「小笠原紀行」に書き込みをします。 行ってきます!
2004/09/15
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また、小笠原までのカウントダウンになってしまった。 体調はあまり良くない。 金曜日に会社の勉強会に出るように言われた。まだ、出社もしていないけれど、「とりあえず」と言う事で。 が、これが良くなかった。終わった後の「飲み会」の席で、軽く発作。まだ居るオフクロに慌てて電話を入れて、迎えに来てもらう。 家に帰ると、完全に「やってられるかー!」モード。 とりあえず、酒でも・・・。が完全に良くなかった。ツボに入ってしまい、トリップ。 ・・・。疲れが、また溜まっていく・・・。 そんなこんなで、小笠原。彼の地で、自分を取り戻せたら。そう切に思う次第。 期待して、こちらに引っ越してきたけれど、期待は裏切られるかも知れない。 良いのさ。そしたら、またフリーの調査員になれば良いや・・・。いやいや、自分は変な接待をするよりも、自然の中に溶け込んでいるほうが好きだし。 すでに、出社前から意気消沈しています。 それと言うのも、会社の方針が宗教がかっていること、変に幹部候補と見られている事。 勉強会事態が、宗教がかっている(いや、完全に宗教?)。 そして、後の飲み会で紹介されたのが、若手の二代目社長候補で作る「~の会」。はぁ、名前を覚える気にもならないワ。 だってさぁ、年齢は自分と一緒。黒いスーツで、高級車に乗って・・・もうこの次元で自分とは人種が違う!。って、こんな人種と交わりたく無い。・・・どっちかと言えば、ジムニーで野外生活ガシガシな自分は・・・。 さーてと。小笠原・・・。前回は日程を使って、髭を蓄えた。・・・副社長が「髭なんてー」と若いヤツに言っていたから。さぁ、帰ったら髭面で出社しよう! どこまでも、天邪鬼な自分である・・・。追記:Sさんとは、頻繁に連絡を取っています。 大体同じ時間に電話を入れるので、待っていてくれるみたいです。コールがなる前に、電話に出てくれるので・・・。 今の自分には、彼女の存在が何よりの励みです。 HPで自分が取り上げられていると知ったら・・・怒るな! 今回はネットは繋がらないけれど、PCを持って行くので、紀行文を帰ったら一気にアップします。 あと、現在の場所でvodafoneが非常に使いづらいので、docomoを買いました。これを読んでいて、私の連絡先を知っている人たちには、後日一斉メールでお知らせします。 今回の小笠原、中間レポは、まだ思案中。もしかすると、Sさんに仲介をお願いするかも! 今日、小笠原、母島に荷物を発送しました。押入れケースのようなデカイコンテナ。送料・・・1500円・・・。距離はムチャクチャ遠いのに、東京都への発送料金なんだそうです。ビックリ!
2004/09/13
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えーっと、本文に入る前にひとつ。 昨日の日記のコメントからですが「家賃」について。 多分どこかで書いた気もするけれど・・・。 昨日入った「新居」は、船橋を大きく上回り、3DKで月三万。駐車場は三千円。そのうち写真公開するね! さてと、今日は積まっているダンボールの山をいかに少なくするか。だったが・・・。 流石に、身体がボロボロ。もう、動けない! オフクロも、疲れが溜まりグチが出る。でも、こっちも動けない。 この病気の特徴で、動きたくても動けない。 同居する弟とも、もう十年間一緒には住んでないから、生活習慣も違う。 細かな事、全てにイライラする。・・・でも身体が動かない。イライラは頂点に達するが、はけ口が無い。 これは薬では収まらない・・・。 時間が解決してくれるだろうか? 話は、昨夜に戻ります。 「さて、寝ようかな?」 と思っているときに、携帯が「メール」の着信を知らせた。「誰だよー。遅くにー」 と毒づきながら、メールを見るとSさんから「今日、引越しだったんだよね?無事に終わりました?」 メールで返信せずに、電話を入れた。 クタクタ、ボロボロの身体でも、彼女の声を聞くと例え一時でも気休め?いやいや、涙が出るほど嬉しい。電話口の彼女の声が弾むのが、さらに拍車をかける。・・・もう少し、若ければ?病気じゃなければ?その声だけで疲れが飛ぶだろう。 お互いに、切るに切れない電話。何でも良いんだよ、話が出来て、声が聞ければ。 今度の「小笠原」は自分がメイン調査員になり、補助員が付く。補助員は学生(予定)。給料は無し。でも、単位が取れて、交通費、宿泊費は勿論会社負担。 そんな話を彼女にする。「いいなー。行きたいよ!」「良いでしょー。給料が無い代わりに、俺が鳥や植物、生態を教えるの!」「うんうん!そうだよね、本当に好きな人はそれでも満足だよね。」「でもネ!ただ一つ条件があるんだ。」「何?」「それは、潜れる人。ほら、小笠原って、潮流が場所によっては急だから、バディー・・・。えーっと、二人組じゃないと危険なんだよ。俺の仕事は、いかに遊ぶか!だから、早く調査を上げて、一緒に泳げるのが条件。」 今度の小笠原の補助が女性である(チーフと自分の意見で勝手に決めた!)と彼女には話していた。「でもさぁ、女性だと水着になるの恥ずかしいって人多いでしょ?」「いやー、こっち系(動物屋)って気にしないよ!」「ふーん。私も行ってみたいなぁー」「よっしゃー。無いとは思うけれど、もしまたあったら推薦する!」 ・・・ゴメン・・・書いてても恥ずかしいよ。ノロケだよね。 でも、彼女と(小笠原)母島の海を見てみたい。海外に行ったほうが、金額は断然安い! でも、やっぱり凄いんだよ!小笠原。最近何かで読んだけれど、多少お金がかかっても、ハワイより沖縄に行きたい人が多いらしい。・・・ようやく、日本人が日本を見るようになって来たのかな?嬉しいことです。・・・でもね、沖縄も行ってるけれど、もう小笠原はケタ違いで凄い!保障します。 ボロボロを通り越して、ズタズタな身体。 明日、会社で話をしてきて出来れば、小笠原以降に正式出社をしたい旨を伝えます。 会いたい・・・。Sさんに会いたい。会って抱きしめたい・・・。その為に、仕事を軌道に乗せて、自信を持って会いに行きたい・・・。 昨日も書いたけれど、いい年して「青春」です。
2004/09/09
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とうとう来てしまった。 ダンボールの山に囲まれて、ノートPCを開いているが、来てしまった・・・。 住み慣れた、船橋。 嫌な思いでも、いざ離れるとなると名残惜しいもの。 でも、今日からはココ二本松が我が家。 家は、船橋よりも広い。 標高が高い為、窓は全て二重窓。でも、網戸がないんだな・・・。 近くに国道(四号線)があるので、船橋よりもうるさいかも。 さて、引越し。 朝九時に、業者が来た。十時チョイ過ぎには、積載終了。 不動産屋が入れ替えに来る。 家賃が安い為に、ハウスクリーニング代が、なんと12万円!(高いよー!)。聞けば、間取りが広く、畳が多いので。との事。そうそう、船橋のアパート?(一階と二階しかないけれど。その一階。)は3K。6・6・4,5畳。バス、トイレ別。東京まで電車で三十分。家賃五万・・・。東京近郊の家賃を知っている人は大抵驚く。・・・そう、あまりの安さに。駐車場は六千円。 家を明け渡して、オフクロとクルマ二台で出発。オフクロは「いわき」に寄ってから。 自分がトラックを追いかける。 が・・・。高速に入ると、スピードが出ない。アクセルは床まで踏みっぱなし。それでもダメで、シフトを4速、更には3速まで使う始末。そう、貴重品や最後に残った荷物を、二台のクルマに振り分けたのだが、自分のクルマは重量オーヴァーしていた。しかも、栃木を過ぎてからは台風の残りの強風でフラフラ。オフロード走行を意識して上がった車高と、良く動くショックのせいで、風に対してカウンターステアを使う始末。 引越しトラックには追いつかなかった。そうそう、あまりの燃費の悪さに、(なんとℓ7km)二回も給油したし。 荷物は業者に上げてもらった。運転に気を使いすぎて、精神的にフラフラしていた。 乱雑に積み重なったダンボールに埋まって、ソラナックス。居間だけは、人が座れるようにして、後はダウン。 先に入居していた弟の洗濯物が異臭を放っていたので、洗濯機を回し(それまで、シャンプーで手洗いしていたらしい!)デレーン。 いかん!会社に挨拶を忘れていた。フラフラなままに、手土産を下げて会社まで歩く。(歩いて五分)。 副社長に、「ユックリやろうや!」 と言われる。「明日、昼飯でも食べながら話だな。」 との事。「小笠原」を説明するのも億劫だったので。「明日で良いさ」と言わないで、またフラフラ帰る。 管理人にも挨拶。 実は、この周辺はオフクロの親戚が集中している。もちろん、管理人さんも知っている人が出てきて、「親戚や知り合いが多いんだし、ユックリ馴染んで。」 と言われてくる。もしかすると、病気のことも伝わっているのかもしれない。 しかし、環境がガラリと変わってしまった。 今までは、まるっきりの一人身。それが、弟と同居で、親戚が多くて。この環境がプレシャーにならないように上手くコントロールしないといけない。 小笠原までカウントダウン。 こちらの仕事は、その後で。 それまでユックリ休養させていただこう。
2004/09/08
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眠剤が効き過ぎていて、昼ごろ起きる。 手伝いに来ていたオフクロは、残りの窓掃除をしていたらしい。が、気がつかなく「グーっすり」寝ていた。 10時に目が覚めるが、動けない。 11時を回って、ようやく身体が動く。 時折、強風とバケツをひっくり返したような雨が降るのは、台風から伸びる雨雲のイタズラか。 電車に乗って、市街へ。クルマを取りに行く前に、駅の中の市役所の出張所に行く。 転出届け。 カミサンが逃げてから、住民票を見るのは初めて。 婚約で「同居人」だったので引越しすれば、×は消える。住民票に付いた×印・・・。 二人で一緒に、今の家を下見に来て、そして一緒に住んで。逃げて行き。自分は病気になり・・・。いろんな思い出が詰まった家だ。五年と少し住んでいた。オヤジが地方公務員だったせいで、一箇所に住んでいた期間はココが最長。 総武線の快速に乗る。 千葉を過ぎて、駅から20分程歩く。湿った風が身体にまとわり、背中にベッタリとシャツが張り付く。 クルマは、無事に修理が終わっていた。ギアボックスを丸ごと取り替え。しかも、試走も終えて「合格」。 これを自費で行えば30万以上かかる計算になる。この春の車検で、安い車検を行わず、完全チェックを行った為(その際に故障箇所が見つかっていた為)に無料になった。 ジムニー乗りで関東にお住みの方、お勧めします。四街道の「AES 斉藤オートサービス」。ジムニー乗りには天国です。 さて、宣伝は措いておいて、自宅(今日までだけれど)に戻りつつ、久しぶりに運転するマイカーは、奇妙な感じ。いままで、オフクロのネイキッド(これは、これで素晴らしい!4WDでターボだし、ジムニーより加速が良い!・・・。ただし、マニュアルね!)に乗っていたため、高い車高がまるでトラックを運転しているよう。また、シフトレバーもジムニーはトラックのようにガックンって感じで入る。 オフクロのネイキッドは、快適装備がまるで無いので、走行感覚はスポーツカー。・・・やっぱジムニーはトラックに近いよな・・・。馬力は70チョイでるのに、パートタイム四駆だから、普段はFRだし・・・。 クルマ・・・いいや・・・。好きだけど・・・。 ともかく、明日朝はクーのケージをたたみ、移動用のケージに移し、明日のうちに「福島県二本松」の新居に行きます。 荷物も、明日到着します。 嫌な思いでは、ここ船橋に置いて行き、新しい希望を持って新しい土地で生活が始まる・・・。 PS:第二回の小笠原の日程が決まりました。今月の16日に出発予定です。 ・・・って「おい!」時間無いじゃん!
2004/09/07
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はぁ・・・ハリーポッターも読み終えたし・・・。・・・違う・・・。 やっと引越しの日取りが決まった。 今週、水曜日の8日。 今度こそ、本当に引越しができそうだ。 すでに荷物は箱詰めが終わっている。ライフラインの停止。大家の立会い。 動かない頭でウンウン唸る。 残りは、市役所と郵便局。そして、クルマの修理が終わっているので、取りに行かないといけない。 オフクロが、残りの掃除。 今度こそ、引っ越せるよな・・・。 が、引越しが延び延びになっているうちに、「小笠原」が迫っている。・・・なんだけれど、全然連絡が無い。 向こうに行けば、やっぱり仕事・・・だよな・・・。 医者の「決して焦らないように」 との言葉を反芻。 まぁ、今週はゆっくり休むか。 休める・・・よな?
2004/09/06
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昨日土曜日は久し振りに、担当医の診察だった。あまりにも、緊急事態が連発したために、まともな診察を受けていない。 ODをしてしまった事もあり、引越しの手伝いに来ていたオフクロも同行する。 案の定、ODについては「ダメですねー。一度やると、癖になるから気をつけるように。」 と言われてしまった。 三週間分の薬をもらい、次回診察の時に状況に応じて引っ越し先での転院を考える。との由。 そして、夜にSさんに電話を入れる。 外は、雷を伴った大雨。最後に彼女の声を聞いたのは何時だろう? あまりのもいろんな事がありすぎて、電話をする事も躊躇していた。 電話の第一声がお互いに、「調子どう?」 二人で電話口でハモってしまい、笑いあう。 彼女と話をしていると、何も気を使うことが無い。 それは、彼女も同じらしい。 彼女の方は、順調な回復をしている。モチロン、ODの話もした。服薬した時の記憶が無い事も言った。そしたら、「普通は、ODすると長期間の薬って処方してくれないよ。大丈夫だよ。先生から見たら治ってる。ってみたんじゃない?」「Sさんの気持ちが少しだけ分かったよ。」「へへーん。私は、今は覚えているもん!」 電話で気が付いたが、何時しか彼女は自分のこ事を、入院中の愛称の「隊長」とは呼ばなくなっている。「電話、凄く嬉しかったぁ。私、病気治すよ。そして、引っ越しても遊びに行くよ。」 彼女に、電話じゃ伝わらない事が多いから、手紙書くよ。住所教えて。と言い、後でメールで送ってもらう事にする。 引越し荷物は、すでにまとまっている。 明日、業者に連絡して段取りを決める。 たとえ遠くに行っても、これで彼女と繋がっていられる。 話はとんで、現在「ハリーポッターよ不死鳥の騎士団」を読んでいる。もう間もなく読み終わるが、読んでいると時たま自分の顔が赤くなる・・・。そう、自分が15歳のときとダブる事が多いのだ。大人の配慮に気が付かず、一途に突っ走っていたこと。そして、恋・・・。 スートリーはここでは書かないが、ハリーに接する大人たちの気持ちがイヤと言うほどに良く分かる。しかし、恋は・・・。 残念ながら、ここは未だに自分は大人になれていないらしい。 Sさんに電話するだけで、心臓が発作のようにドキドキして、内臓が中を舞うような感覚を憶えてしまう。「おいおい、お前、もう三十になるんだぜ!」と自分を毒づく。 本で、ハリーとロンが言うように、「女性の心が分かる本」が欲しいよ。ハーマイオニー、お願いだから出版してくれないかなぁ。 大人になった分、さすがに大胆な行動は取れるようになったさ。・・・でも、Sさんとはまだキスもしてない。「したいのか?」と問われれば、「別に・・・」と答えるさぁ。そう、肉体を求めるほどガキでは無くなってしまった。 それよりも、彼女の心。 そして、共に生活できれば・・・。それに勝る事は無い。 「精神病患者」同士が結婚するのは難しい。でも、現段階では、彼女は自分を心から信じている。 彼女の全てをしっかりと受け止めて、包んでやれるよう。まずは、自分の病気改善に向けて、ゆっくり一歩一歩進んで行きたいものである。
2004/09/05
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昨夜、午前三時。(今日?) 激しい予期不安で飛び起きた。 ・・・いかん・・・またクセになる。 薬は無いし、ただ過ぎ去るのを待つしかない。 あまりの呻き声にオフクロが起きてきた。 震える身体で、大量服薬の時に「何があったのか?」を聞く。 自分が覚えているのは、二階の寝室から一階の台所に下りたこと。その後は、何故か裏山のお墓にいたこと。だけだ。 オフクロの話だと、一階に倒れていたらしい。オヤジと二人で起こすと、激しく吐き気をもよおしていた・・・らしい・・・。薬の飲みすぎで、吐こうとしていたのか? この時に、大量服薬が原因だと分かっていたら、そのまま間違いなく救急車だ・・・。自分が入院しているときも、そんな患者を何人か見ている。 そして、一週間は入院・・・。 なぜ、そんなに大量に薬を飲んでしまったのか。理由は分からない。完全に頭は、意識下から離れて行動していた。 自分が怖い・・・。 自分の身体が、自分以外の何者かにコントロールされてしまう・・・。って殆どホラーの世界じゃないか! それとも、オレは多重人格? 多重人格と言えば、Sさんがそう。 彼女から聞いた、症状・・・。ヤバイ・・・もしも同じ症状がまた出たら、かなり可能性濃厚か? 疲れ・・・。そうであって欲しい。 ただ、最近「自己コントロール」が、ブチ壊れる事、多いしなぁ。 とりあえず、土曜に親と一緒に診察に行って、医者に話しを聞いてこよう。 ・・・入院だけは避けたいよ・・・。
2004/09/02
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29日 通夜 30日 葬儀 28日の昼前に、オヤジの実家に着いた。葬祭屋から、すでにテント等が届き、準備は始まっている。 今回亡くなったのは、90歳の祖母。自宅葬だ。喪主は従兄弟。だが、多少複雑で、自分のオヤジが長男。が、長女が跡取りだったのだ。 その、長女の旦那さん(婿養子)は、昨年亡くなっている。その葬儀には、病気の為に自分は出席できなかった。 田舎の自宅葬は、準備が大変だ。風習や、しきたり。また、古い農家なので、参列者も多い。会場のセッティングでも、隣組が駆けつけるし、その隣組の接待等にも気を使う。 女はマカナイ。男は力仕事と段取り。 弟と自分は、終止「裏方の裏方」にまわる事に努める。すなわち、あっちこっちを回り、雑用を探し、買出しをまとめたり、調整役をしたり。自分は撮影がそこに入る。ここでもまた、「イベント屋」が役に立った。 首から、手帳とペンを下げて、カメラを持つ姿に、「あそこの長男、カメラマンなんだって」と声が聞こえたが、あえて何も言わなかった。 親族には自分の病気は知らせていない。いや、極少数は知っているが、多分理解は出来ていないだろう。 今回、こっちに来るにあたり「倒れるまで動くしかない」と覚悟をして来た。 (母方)の祖父の葬儀には、小笠原に居た為に参列できなかった。出来る時に、出来ることをしていないと後悔する。 28日。既に「供物」が山のように届いている。 供物用のテント一張り。台風に備えて、アンカーをしっかりとる。 29日、通夜。まだ、体が動いてくれる。早い時間に「雨対策」を講じたかった。が、隣組のオジサン連中が口だけ動かして、全く動かない。とりあえず、テント四張りを立てる。二つが、受付と隣組の休憩用。二つが、焼香用。「とりあえず、動きましょうよ。やってみないと、分からないから!」 と言っても、オジサン達は口だけは達者だ。 業を煮やした喪主の従兄弟は「カメ、こっち(焼香用)頼む。」 従兄弟達だけが集まり、焼香用のテントと屋根をブルーシートで繋ぐ。「さぁ、やろう!雨が降る前に!」 自分の掛け声に呼応して、30歳前後の従兄弟達が動き出す。四十畳のブルシートを広げて、屋根に上がり作業開始。二十分ほどで、結構しっかりした屋根が出来上がる。 作業終了と同時に雨が降る。 通夜は、受付とカメラマンに徹する。雨足は時にバケツをひっくり返した様になるが、焼香用は影響なし。隣組控えは・・・。想像にまかせます・・・。 通夜と言えば、一晩中起きてる。という印象だったが、地域性か、叔母さんに、「寝てな!」と言われて、24時には床に就いた。 30日、告別式。式が始まるのは、1130時。だが、体が動かない。金縛り・・・。オフクロと弟が交代で来て、マッサージをしてくれるが、起き上がれない。「起きなくちゃ!」と思うほどに、何かが体を締め付ける。 遠い意識の中で、「お経」が聞こえてきた。気力だけで起き上がり、礼服、カメラ片手に・・・。眩暈が酷い。が、仕事柄?ファインダーを覗くと、「仕事モード」に頭が切り替わる。既に「親族席」は一杯で入れない。外側から、親族、参列者と撮り、親族挨拶で、オヤジが挨拶。それまで出なかった涙が零れてくる。ファインダーを覗く事で、頭を仕事モードに切り替える。 出棺。そして、いまどき珍しい、長い葬列。 バスで、火葬場。 裏の裏に徹する・・・。つまり、他の親族が休んでいる時も、気を張っている。飲み物は足りているか?つまみはあるか?足りなくなれば出して、連絡事項は? 精進揚げが終わり、親族が帰った22時に、ようやくゆっくりとビールを飲むことが出来た。 24時まで、喪主の従兄弟と飲む。 そして、眠ろうとした時に・・・。 身体全体が震えだして、心臓が飛び出す勢いで鼓動する。「キヤガッタ!」 パニックオブディスオーダー。予期不安。いやいや、暫く出てなかったから「予期」じゃない。不安発作。 荒い息遣いで、起き上がり、台所に向かう。 椅子に腰掛けて、肩で息をつく。 テーブルにあったナイフを手に持っている。「ダメだ。それは、ダメだ。自分以外の人に迷惑がかかる・・・。」 小雨の中、外に飛び出し、気がつくと裏山にある墓に腰掛けて真っ暗な空を眺めていた。 どの位そうしていたか、記憶はない。 外に出る前か、後に、一週間分の眠剤を服用していた。 初めての、大量服薬。 全くの無意識。 翌31日、目覚めたのは15時。 起きて、薬袋を見て初めて「大量服薬」に気がついた。 これだけの量の眠剤を飲めば、そりゃ起きないよなぁー。 来週、月曜を目処に引っ越します。
2004/09/01
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