ひーちゃんのゼミナール 名古屋産業大学(現代ビジネス学科)・大学院環境マネジメント研究科)現代の社会・経済・環境・芸能・スポーツ・宇宙

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2019.01.01
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新元号 平成を振り返る

 平成はどんな時代だったか、また新しい元号のもとで、時代はどのように動いてゆくのかを考える前に、まず平成の時代にどんな出来事があったのかを振り返ってみましょう。年表風にまとめると以下のようになります。
参考にした年表は、とりあえずは、<https://nendai-ryuukou.com/1980/1989.html> 仲村政則、森武麿『年表昭和平成史1926-2011』などです。

 「時代」とは何か
中島みゆきの「時代」という曲を聴くと分かるように、「時代」とは、人それぞれにあるもので「思い出」や「希望」の「器」と言ってよいでしょう。三省堂の大辞林によれば、「ある観点によって区切られたひとまとまりの期間。特定の事や物と結び付いて意識されている一時期。「明治-」 「学生-」「物のあり余る-」「青の-のピカソ」「 -は変わった」「一-を画する」」とされていますが、一般的にはこちらをさすことが多いのが事実です。だとすると「観点」が異なるごとに「時代」は成り立つわけで、社会科学的な多様性を秘めた概念であると言ってもよいのでしょうか。平成という時代を考察しようとすると、このような多様性に満ちた「時代」感覚を認めたうえで、組み立てねばならないことになります。
生物学的、あるいは物理学的な時代概念もあるでしょうが、生命科学ではカンブリア紀、氷河期などと表現し、物理学では「時間」概念は「時空」という概念で表現され、また別の意味内容になってきます。「時代」を生命科学や物理学的に再構成するという課題は非常に魅力的なことだと思います。また、芸術や哲学で「時代」をどう表現するかは、確たる事例をひくことはできませんが、おそらく中島みゆきの「時代」感覚に近いものになるのでしょうね。
また「時代」を経済学はどう表現するのでしょうか。Time is money 式に剰余価値の生産や利潤動機と関連付けるのでしょうね。「時代」と「時間」を混同することはできないでしょうが、「時間」の刻みが「時代」を形成することになるわけですから「時代」を時空概念の集積として表現することは本質をついているとは思いますが、これでは無味乾燥になってしまい。時代を生きている実感がわきませんが、あえて否定はできません。
「時代」は左記の引用にあるように、人間の勝手な(恣意的である意味合理的な)解釈の産物ということもできましょう。平成は陰鬱で閉塞感に満ちた時代であったと言う場合も、それはそう感じる人の主観を色濃く反映していますし、子どもが生まれたり会社の仕事がうまくいった人には活力に満ちた良き時代という印象が生まれるでしょう。そこでアンケート調査の結果が援用されるのでしょうが、それはうわべの印象であって「時代」の本質を抉り出したものとは程遠いでしょう。そこでそのような恣意性を避けるために「政治」「経済」「社会」「スポーツ」「芸能」といったジャンルを絞り込み、時代の性格特性を絞り込んでゆけば、そこの客観的な「時代特性」が浮き彫りにされます。通常「時代」を語る場合に援用されるやり方です。





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最終更新日  2019.01.01 11:42:00


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