ひーちゃんのゼミナール 名古屋産業大学(現代ビジネス学科)・大学院環境マネジメント研究科)現代の社会・経済・環境・芸能・スポーツ・宇宙

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2021.11.11
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カテゴリ: 推理小説
四十 海のカンバス

 翌朝、真佐子はいつもより目が覚めるのが遅かった。時計を引き寄せて針を見ると、7時を指していた。仲村との楽しい会話に、どこか、もやもやした気持ちが吹っ切れるところがあったのか、ぐっすりと眠った。年のせいか夜中に必ず一度は目が覚めるのに、布団にもぐりこんだまでの記憶はあるのに、眠りに入るまでの記憶がない。熟睡とはこういうことなのか、自宅での母の世話や家事、孫の世話に近所づきあい、仕事、どれをとってもストレスのたまることばかり。調子に乗ってはいけないと自制するのだが、仲村の寛容さにかまけて甘えると、つい日頃のストレスを忘れてしまう。カーテンを開けると、まだ明けやらぬ夜の静寂が、ひんやりとした空気の中に漂っている。
「これから観光協会へ乗り込む」
 昨晩の仲村の言葉が、窓の外の木々の梢の間を駆け抜ける。
 真佐子は、いつものようにタオルを首にかけ、水道の蛇口をひねって、じゃぶじゃぶと顔を洗った、空腹で目が覚めたのだと分かった。仲村は起きただろうか。窓を開けると、秋のすがすがしい空気が部屋に入り込んできた。名もない小鳥が、つがいでやってきて仲良く餌をついばんでいる。軽い嫉妬の気持ちが真佐子の感情の片隅を駆け抜けた。
「いいなあ、小鳥は自由で・・・」
真佐子は、独り言を言った。遠くに朝日を受けて白く輝く海があった。亡くなった亭主と漁に出て見る海は職場だった。今日見る海は、仲村と見る海、海のカンバスに自分がいると感じる。仲村は、青谷という海水浴場で子供たちと遊んだことを、昔の記憶を手繰り寄せて話してくれる。
「真佐子さんは体調が悪かったのか、海に入れず、宿泊した寺院の本堂の縁に腰かけて、つまらなそうにしていましたよ」
 仲村が嘘を言うはずはない。真佐子は、一人で何度も青谷海水浴場を訪ねた。しかし記憶は蘇らない。

「早起きね」
の言葉に、仲村は、
「真佐子さんこそ、よく眠れましたか」
と笑う。
「いよいよ、今日は勝負ね。一気に犯人を突きとめましょ」
「真佐子さんは若いなあ」
仲村は笑っている。
「瑠偉さんは、何か言ってたかしら」
 真佐子は、仲村の背中をつつきながら言った。
「ええ、瑠偉さんも気になるところがあって、新しい事務所で聞いてくれたらしいです。風吹翔馬は、どうも何かよからぬやり方で、黙示録の配役を手中に収めたらしいのです。瑠偉さんと風吹は、この萩で行われたイベントで、偶然、山城教授を見かけました。ということは、瑠偉さんと風吹翔馬は、山城がこのイベントに来ることを知らなかったのでしょうね。むこうは気付かなかったようですが、山城教授と一緒だった男性は、見られてはまずい人だったのでしょうね。これはあくまでも推測ですが、その辺が瑠偉さんがひき逃げされ、そして、今度は風吹が銃で殺害されたことにつながったのではないのでしょうか」
 仲村は、回りくどい言い方をした。

と言って、真佐子は両手を後ろ手に組んで、仲村の前に出て振り返った。
「そうですね、例えば不倫相手の男性といるところを見られて、山城教授が彼らの口を封じなければならないほど重大なことだったのはなぜか、また同伴の男性にとっても重大なことだったのか、その辺がよく分かりませんね」
「瑠偉さんは、私の勘ですけど、人を脅すような人じゃないですね。あの人は純粋でいい人よ。風吹翔馬という人は全然知らないけど、何か企んでいたとして、それが原因だったような気もするのよ」
「僕も今それを考えていたのです。どうでしょうか、風吹の身辺を詳しく洗ってもらうよう夏警部に頼みましょう」
仲村が言うと、

 真佐子は不満げだ。
「そう思いますけど、ここはいったん警察を立てたほうがいいのではありませんか」
 仲村がなだめると、
「そうね、警察にもメンツがあるものね。一応メンツを立てたことにして、その先を行くのね」
「どういうことですか?」
「コロナも収まる気配が見えてきたし。あなたも大学で忙しくなるでしょうから、しばらく様子を見て攻撃開始っていうわけでしょ、ね、そうでしょ」
 真佐子は仲村の腕をつかんで詰め寄る。散歩の若い人が珍しそうに二人を見ている。
「まいったなア、真佐子さんにも。朝ごはんにしましょうか」
 真佐子は仲村のシャツの裾をつかんであとをついていく。

 萩の観光協会は市役所の近くにあった。昨日の電話で、午前九時に行くことになっていた。朝食をとり、二人は一階のロビーでテレビを見ていた。真佐子の携帯が鳴った。しばらく話し込んでいたが、携帯をたたむと真佐子は言った。
「蜜柑さんからだわ。私たちの推理を話すと、向こうも同じだって。さすが警察ね。それで、観光協会への聞き込みは鳥取県警も同伴するのでよろしくだって。瀧川刑事一人だけど、九時前に来るって。それで、風吹翔馬の身辺を、怪しい人たちを中心に洗ってほしいというと、了解ですって。それから・・・えーっと、終わり」
真佐子がもったいぶって携帯をしまうと、
「なんですかその、それからっていうのは」
と、仲村が読んでいた新聞を置いていった。
「女だけの秘密」
と、真佐子は悪戯っぽい目をして答えた。
「そうですか、まあいいでしょう。それでは着替えて八時四十分にここへ集合ということでどうでしょうか」
「いいわ」

続く





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最終更新日  2021.11.12 20:27:57


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