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目立つ、ということにかけては京介も似たようなものだけど、ハルの目立ち方はかなり違う。
映画館に向かっていきながら、美並は入り口近くで立っているハルにそう思った。
どちらも人の目を釘付けにする、独特な存在感で。
だが京介のそれが動き出しての柔らかさとか、にこりと笑った目元の男性らしからぬ艶やかさとか、つまりはもっぱら「動き」出してからの華に目を惹かれるということに対して、ハルはともかくそこに立っているだけで注目を集める。
真っ白なシャツ。真っ白なセーター。真っ白なスラックス。真っ黒な髪。真っ黒な瞳。通った鼻筋に色の薄い唇。しかもぱちりと目を開いたまま周囲に意識を向けることなく、両手を垂らしたまま立っている姿というのは、服装の珍しさだけではなく、人を寄せつけぬ気配が満ち満ちていて、それとなく人の流れがハルを避けているのがわかる。
「美並」
今しも美並が近づいていったのに気づいて、微かに瞳を緩ませたハルに、思わず数人が相手は誰だとこちらを見るのがわかった。
「ごめんね、待たせたでしょう?」
「始まる」
美並の問いに応じたのか応じてないのか、ハルはちらっと目を動かして入り口を示した。そこにはこれから上映される演目『BLUES RAIN』のポスターが貼られている。
『世界を破壊する能力を ただ一人のために使う』
背景の暗さを跳ね返すような紅で書かれたキャンチフレーズに、なぜハルがこの映画を選んだのか、わかるような気がした。
『絶対色感、というものがあるのかもしれない』
いつだったか、京介が『ニット・キャンパス』について話したときに、そうハルの能力を説明したことがある。
『絶対音感、じゃなくて、ですか』
『世界の全てを色で見ている…?』
僕が言い出したんじゃないよ、と京介は面映そうに笑って続けた。
『源内さんの言うことをまとめると、ってこと』
音と同じように色にもまた限りがない。音階に比べれば、色の区分はずっと細やかに表現されているけれど、全ての音を音階のどこの音が鳴っている、と感じる人がいるように、全ての光景を色調のどのあたりの色だと感じる人がいる。ロマンチックな言い方をすれば、世界の全てが音楽に聴こえる、世界の全てが絵画に見える、そういうことだろうけれど。
『それでも鋭い感覚で生きていくには、人間社会は鈍すぎるんだろう、って』
幼ければ幼いほど、その感覚の支配している時間は長くて強烈だろう。
そしてまた、幼ければ幼いほど、その存在を社会が呑み込もうとする力は大きい。
思い出したのは「赤い空」だ。
美並はハルが「夕焼けの空」を考えて色を塗ったのかと考えていたが、あるいはひょっとすると、見上げている青い空の中にも微かな赤みがあって、それをハルは強く感じるのかもしれない。それを主体に「空」を描こうとしたのかもしれない。
だが教師にも、美並にも、空は「青」いとしか見えない。感覚が鈍いから。
そして社会は基本的には「鈍い感覚」を一般常識として動いている。それが一番大多数を集約できるラインだから。
鋭い感覚を失うこともできずに成長していく子どもにとって、この社会は自分の存在そのものを否定する大きな監獄にしか過ぎないのかもしれない。自分が生きられない場所、それでもそこに居なくてはいけない場所で、何とか生き延びていくためには、社会を壊すか自分を壊すしかないのかもしれない。
その激しい闘いにほとんどが破れ、どちらかを失い傷ついてぼろぼろになっていく中、ごく少数がその両者をバランスさせて生きていく術を見つける。
『それが芸術の力だろうって、源内さんは言っていた』
美並もひょっとすると、そういう方向が必要なのかもしれない、ね。
小さく呟いた京介が、どこか不安そうに瞳を潤ませたのは、それが自分を美並から引き離すことを考えたせいかもしれない。
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