治療 1 日目夕方から病棟内では騒ぎが起こっていた。
茶髪をツインテールにしたマダムが廊下に陣取って結構な大声でご家族に電話を掛け続けているのである。

退院したいと訴えるマダムが、ご家族に会おうと外来と繋がるエレベーター前にある自分の病室前廊下でシルバーカーの座面に座り込みを決行していた。

耳栓を突き抜ける、張りのある大声。
マダム、この際だ。燃えろ。塵なるまで燃えろ。

寝られない。

パクリタキセルのアルコール分が行き渡って、体は横になっていたいのに脳だけ休むことが許されない。
堪らず病棟内ロビーに避難しソファーに身を預けた。

「こんな所にいた。女子さん。」
声を掛けられ頭を上げると Dr 豆 boy ・ Dr 渡辺明棋士チームの回診だった。
怪訝な表情の医師たちに「ツインテールのマダムが部屋の前で叫んでいて。」と寝ぼけたままシドロモドロで説明する。
「椅子から落ちないようにして下さい。」と Dr 豆 boy が怪訝な表情のまま去って行った。

便秘予防の白湯調達の為、病棟内ロビーに行くとツインテールマダムがロビーにいる患者さんに身の上話をやや一方的に語っていた。

早々に立ち去ろうとする自分にもマダムの影が迫る。

私はこんなに不幸・あなたは若くて羨ましいと絡むマダム。

「自分はがんで帽子の下はハゲてるので髪の毛羨ましいです。
子どももいないし、家族もコロナで来られません。羨ましい。」

絶句するツインテールマダムの横を通り過ぎる。

不幸話なら、こっちも負けてないぞ。