奇しくも今朝の日経新聞の文化面は熊楠特集でした。
わたしの書棚にも「十二支考」が眠っています。
ぜんぜん読んでないのです。
そろそろ読んでみようかと思います。

(2006年02月11日 08時40分32秒)

風雲 いざなみ日記

2006年02月11日
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熊楠は、南北アメリカやイギリスなどでも独特の熊楠スタイルで研究活動を続け、熊楠の研究活動は多岐に渡り、諸外国語、民俗学、考古学にも精通します。 孫文や柳田国男など大勢の世界的学者らとも親交を持ち、植物学・民俗学など広範囲なジャンルでの研究活動をして世界的な業績を挙げました。 民俗学者の柳田国男(1875~1962)は、熊楠のことを 『南方先生は、これだけが"世間並み"というものが捜し出せようにもない』 と評したといわれています。


朝焼けの海




思想家・民俗学者としての足跡


維新から近世における宗教政策は、明治元年(1868)の神仏分離令にはじまります。これは、仏教伝来から脈々と受け継がれてきた神仏の習合を根本的に否定するものだったといいます。 神道は 『国家の宗祀』 とされ、神社は国家の行政機関として制度化されていくというものでした。 


南方熊楠


こうして神道は国家によって一元化され、明治39年(1906)の終わりごろから、集落ごとにあった神社は合祀して "一町村一神社" という神社合祀令が発布されることになりました。 明治新政府は、記紀神話や延喜式神名帳に名のあるもの以外の神々は、排斥することによって "神道の純化" を狙ったのです。 



なかでも熊野信仰は、古来の自然崇拝に仏教や修験道などが混交して成立したものであったため、合祀の対象となり得ると危惧した熊楠は、政府による神社合祀に対して反対運動に立ち上がったのでした。 事の発端となったのは申神神社の森の伐採でした。 


山茶花



熊楠は、甲神の森で見つけた希少な粘菌標本をイギリスに送りますが、状態が悪いとの一報を受け再び採集に行くと、森が消えていたのです。 熊楠はこれに激怒して、地方新聞への批判記の投稿や中央の学者への協力要請、集会への乱入など、新政府の神社合祀に対して激しい反対運動を繰り広げ、一時は逮捕されて拘置所に拘留されたこともありました。 



"命" を育む "日本の森" そのものだったのです。 



それら先人から受け継がれたものをことごとく否定し、うち壊していく新政府の神社合否政策は、熊楠の目には "薄っぺらい西洋かぶれ" としか映らず、到底許すことのできない敵そのものだったのでしょう。


冬枯れのセイタカアワダチソウ



この熊楠の激しい抵抗によって、那智の原生林、神島、野中の一方杉、八上神社、田中神社など、多くの熊野の自然が守られ、熊野三山にまつわる多くの伝説も生き残ることができました。 それらの多くは、熊野古道および熊野の自然が "世界遺産" に認められる根拠となるとともに、我々日本人の "心の財産" ともなっているのです。



それでも一説によれば、この神社合祀令によって熊野地方の神社の約80%は破壊され、そこにあった森は失われ、語り継がれた神話や貴重な伝承も失われてしまったといわれています。


水仙


熊楠の死後21年経った昭和37年。 熊野の神島を再び訪れた昭和天皇が、そんな熊楠の心意気を偲んで読んだ歌が残されています。 



雨にけふる 神島を見て紀伊の国の 産みし南方熊楠を思う (昭和天皇)



熊楠は中央学会には所属せず、生涯一人離れて研究していたため、思想家としても研究者としても長い間 "伝説" の存在でした。 学者としてよりも、奇人・変人として取り上げられることの多かった南方熊楠が、日本人として最も深く学問を探求し、同時に日本文化の真の価値を知り、高めようとした人であったと認知されはじめ、彼の不屈の精神はようやくこの国でも認められつつあります。




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最終更新日  2006年02月11日 01時24分11秒
コメント(8) | コメントを書く
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■コメント

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Re:南方熊楠 (後編)(02/11)  
金魚19  さん
この文章を読んで映画の”ラストサムライ”を思い出しました。お代官様観ましたか?
文明発展もいいのですが、己の文化も大切にして欲しいものです。 (2006年02月11日 01時34分04秒)

こんばんは。  
ROVA  さん
普段全然気にも留めていないジャンルですが
その為に人生と賭した方がいらっしゃるのですね。
ああ、何かスゴイなぁ・・・視野が広がります。 (2006年02月11日 02時01分18秒)

Re:南方熊楠 (後編)(02/11)  
tomatocco  さん
自転車で行けるところに牧野富太郎の旧居があります。彼の残した膨大な植物の観察記録とその様子のビデオを見ましたが、やはり並みの探究心ではなかったようです。ビデオの中の彼の姿は熊楠の写真とそっくりでした。

民間伝承の保存、今が最後の時期と言われてもう久しいです。戦争を語り継ぐことも難しくなっている今、今一度自分が生を受けた国をみつめなおし、未来へつなげていきたいものです。 (2006年02月11日 02時52分21秒)

Re:南方熊楠 (後編)(02/11)  
八十艮7633  さん
お早う御座います。
記事、ありがたく拝見しました。

その後は、如何ですか?

南方熊楠のこと、いろいろの本で見ていますが、地味な研究者ですね。 (2006年02月11日 04時21分41秒)

Re:南方熊楠 (後編)(02/11)  
明治の「神道純化」の過程を探るのは面白いでしょうね。面白い本があったら教えてください。 (2006年02月11日 04時27分29秒)

Re:南方熊楠 (後編)(02/11)  
耕平com  さん
鎮守の森。。門前町。。
理の周りに成される人の集まり・ココロの集まりは
守る方の存在があったからなのですよね。。きっと。。 (2006年02月11日 07時04分48秒)

こんにちは  

Re:南方熊楠 (後編)(02/11)  
miki285  さん
熊野の素晴らしい自然や遺跡を守った熊楠の偉大さに感動します。
このあいだの熊野探訪で、熊野三山の神社の記帳をすましてきたようで、何か霊験あらたかなパワーをこちらもいただいております。 (2006年02月11日 12時51分55秒)

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