眠れない夜のおつまみ

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2005/11/20
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カテゴリ: 小説
俺に文字は天から降り続けた。
パソコンの画面から飛び出るように、ある時は頭の上から2重螺旋が解ける様に、雨のように、ホログラムが浮かび上がるように、慣れればその現象は美しいとさえ思えるのだ。
ゲームに熱中するように俺は文字を来る日も来る日も拾い続けた。
そして、本を出し続けた。
出して出して出しまくった。
こんな短期間にこんな数の本を出した人間などいないだろう。
1冊目からのファンはついて行くのに大変だと言う。
それでも、この異例の速さでの出版は話題になり、次々と興味を持った人が読んでくれるのだ。
こんな噂も流れ始めた。

これだけ注目されれば妬み、僻みは当たり前だ。
だけど、俺は一人しかいない。
俺はこの世でただ一人。
文字を拾う作家だ。
作家とは言えないかもしれないが、俺にしか出来ない事をしているのだ。
そんな優越感を持ち始めていた。
「あなた、食事よ。」
ユリコが晩御飯を書斎に運んできてくれた。
「ありがとう。」
「また今夜も降ってくるのかしらね。」
ユリコは心配そうな顔で言う。

「身体だけはしっかり休ませてね。顔色悪いから。」
そう言うと子供達の居るリビングへ行ってしまった。
鏡を見てみると確かに顔色が悪い。
でも、常に興奮状態にあるような俺の精神は身体の疲れなど気にしてはいなかった。
そして、深夜がやってきた。

俺はパソコンを開いて待つ。
画面から大きな渦のように文字が現れた。
思わずその渦に飲み込まれてしまいそうな感じがした。
いつもと違う、そんな嫌な予感がした。
その文字の渦は俺を飲み込むように広がった。
見たことは無いがブラックホールのようだ。
どこか違う次元に引きずり込まれそうだ。
助けを求めたい情動に駆られるが、目を反らそうにも金縛りにあったように身動きが取れない。
あぁ、このままでは大変な事になる。
けれど、どうにもならない。
助けてくれ。
俺を、解放してくれ。
声に出ない心の叫びは誰にも届かない。
俺の目は意思に反して文字を捉え指でキャッチする。
果てしなく続く行為。
朝方になっても、昼になっても止め処なく続いた。
ユリコが俺の異変に気づいたのは午後2時。
いつまで経っても起きて来ないのを変に思い書斎にやって来たのだ。
「ねぇ、あなた。まだ終わらないの?」
俺の肩をさすって言う。
顔を覗き込むとユリコは悲鳴を上げて遠のいた。
「あなた、どうしたのよ?一体どうしたのよ。パソコンから離れて。もうやめて、やめて!」
無理やり放そうとするが俺は石のように重く固かった。
俺の指はひび割れ、キーボードは血が滲んでいる。
俺の充血した目からは涙が流れ、悲痛な表情をしているに違いなかった。
「分かったわ。私が変わりにタイプするから。」
ユリコがそう言うと俺は力が抜けぐったりとキーボードの前に倒れこんだ。
俺は両親に事情を話し子供を預かってもらった。
両親は怪訝そうな表情でベッドに寝ている俺を見ると子供を連れて行った。
ユリコがパソコンの前に座ると俺は眠りながら寝言を言うように物語の続きを話し始めた。
それをユリコはタイプしていった。
5時間が過ぎた。
俺は目が覚めるとのどがカラカラだった。
何か飲みたいが、口から次々に言葉が出て何も出来ない。
ユリコにアイコンタクトで俺と変わるように合図する。
椅子に座ると小さな文字の渦が現れた。
もしかして、もうすぐ終わるのか?
そんな期待をしてしまう。
「ごめん。なにか冷たい飲み物持ってきてくれないか?」
フラフラになりながらユリコは
「分かったわ。」
と言ってスポーツ飲料を大きなコップにストローを差して持ってきてくれた。
多少は体力も回復した。
また俺はキーボードを叩き始めた。
「ユリコ。小型のテープレコーダーを買ってきてくれないか。」
「わ、分かったわ。」
そう言ってユリコは家を飛び出した。
30分程でユリコは帰ってきた。
そして小さなレコーダーを俺の前に置いた。
どうやら手を休めると声になって文字が出てくるらしい。
ならば録音すればいいのだ。
そして、2日録音したり、キーボードを叩いたり繰り返し続いて、やっと最後の読点が飛んできて終わった。
今回の事で、俺とユリコは危機感を感じていた。
「ねぇ、あなた。あの占いの館にもう一度行ってみましょうよ。」
「そうだな。あの占い師にもう一度会いたい。」
レコーダーをポケットに入れて俺達は3年前に行った占いの館に向かった。
3年前と変わっていない入り口はゲーセンの音で相変わらずうるさかった。
そしてエレベーターで地下へ下りる。
受付で水晶占いのあの占い師に占って欲しいと言うと、意外な答えが返ってきた。
「あの、もうあの先生はお辞めになられまして・・・。」
「えっ?!」
俺達は同時に叫んだ。
「そんな・・・。じゃ、今はどこに行けば占ってもらえるのですか?」
ユリコが必死な感じで受付の女に聞く。
「さぁ・・・。辞められてからの連絡先は分からないんです。」
と困った顔で受付の女は答えるだけだった。
無駄足を踏んだだけだった。
もう一度あの占い師に会って、俺はどうなってしまうのか聞いてみたかった。
あの占い師なら答えを知っていると思った。
俺は、何だか見放された惨めな気持ちになった。


あの日から、俺に起こる現象は日に日にエスカレートしていった。
そのお陰で睡眠もほとんど取れず俺の体力は消耗され、酷い隈はでき、体重もぐんと減ってしまった。
俺が視線を合わせる所に文字が現れて、もう狂ってしまいそうだ。
文字は蛆虫のように一文字一文字俺に向かって這って来て、俺の耳から、鼻から、口から、目から、と身体全体を蝕んでいくように向かってくる。
まるでアル中患者のようだ。
いや、俺は違う。
活字中毒患者なのかもしれない。
いつまで経っても文字を拾う、この作業から開放されない。
何か見えない意思に従わされる、と言うのはこんなにも苦しい事だったのだ。
一度たりとも、この状況を楽しんでいた自分自身が信じられない。
ユリコも心配して手伝ってくれるが、他人の手は間に合わない。
残念な事に俺でなければ、このスピードについていけないのだ。
俺は打ち続けた。
ひび割れた指先を保護して手袋をはめても、いつの間にかじんわりと血が滲んでいた。
そして、喉を潤す為に側に置かれたドリンクをストローで口に含むと、急に口からも、俺の意思に反して言葉が漏れ始めた。
どういうことだ?!
俺は焦った。
同時に、こんな事が起こるなんて。
とてつもない恐怖が俺を襲った。
まるで、口からこぼれる言葉は、嘔吐のように苦しい。
もう、俺を解放してくれ。
なぜ、俺なんだ?!
そんな俺の思考もいつしか閉ざされ、頭が真横に2つに割れる感じがした。
俺の視界は、文字で埋め尽くされて、他の何も見えなくなった。
俺は俺なのか?
俺はどこにいるのか?
俺は狂っちゃいない。
俺を取り戻せ。
俺を返せ。
俺は狂っちゃいない。狂っちゃいない。狂っちゃいない・・・・。
そして、どれだけの時間が過ぎ去ったのかは知らないが、俺の前に大きな読点が5つ現れて、頭から一つずつ身体をすっぽりと包むと一斉に急に縮んで俺を締め付けた。
そして、映画の「キューブ」みたいに、または「人体の不思議展」の輪切りの人体標本のように、すっぱりと5つに切り離されて、どこからか心電図モニターの「ピー」と言う音が聞こえて、乱れていた心電図はフラットになった。


                       <つづく>


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Last updated  2005/11/21 01:43:12 AM
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