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夢中に成り過ぎて、「今ここ」を忘れてしまう。ランニングを始めたのは、風を切ったら気持ちよかったから。思わず笑顔になってしまうような爽快さが好きで。気づけば本末転倒で、走り切ったら・・・って、息を切らしてる。今を過ぎれば・・って、歯を食いしばったりもして。速度を落として目の前を見た。山並みのように見える雲の層・・林間の朝、山の上で見た雲を思い出す。記憶の扉はたった一点を捉えて開かれる。そして次々にバトンを渡していく。小学校、中学校、高校と、ずいぶんいろんなところで朝をみた。自然の中で目覚める一瞬の澄み切った時間。懐かしさとほんの少しの歯がゆさが同居する。でもいい。今、ここに見える雲の層もまた特別過ぎる朝の瞬間。にほんブログ村別窓で開きます
2015年04月23日
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早朝のランニング。何度かの雨にも負けず、川沿いの桜の花はまだその美しさを保っている。そろそろ少しくらいなら・・と、桜の花を4つだけ失敬してきた。コップに入れて塩をまぶしてみる。しばらくすると、いい香りがする。満開の桜の下に居ても桜はあまり香らないけれど・・ 「ときどきは息抜きをする。それが生き抜く力となる。」めくり続けている日めくりにある言葉である。息と粋が心の中で重なった。だから日本語は素敵なのだと思う。昨日、映画を観てきた。「ソロモンの偽証」の後篇。前篇もよかったけれど、事件が解決しないまま終わってしまうので、少し辛い面もあった。けれど、後篇を見てスッキリした。必然と偶然の織り成す出来事が、結局、ごく普通の人生の突発的な出来事に至ったりする。そこに罪があったのだとも思えない出来事。悲しい出来事ではあったけど、ややほっとした。翻弄されない自分。思い遣る気持ち。生きる力。本来、誰もが持っているはずなのだという気がした。にほんブログ村別窓で開きます
2015年04月12日
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