灯台

灯台

2016年10月02日
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 二日後も、まったく変化のない、

 すさまじい照りかたの真夏の日だった。

 工事業者のトラックが何台も止まり、

 広場を取り囲んでいる空間に堀が設けられ、

 それは紛れもなく、キューブな外観をしていた前衛芸術のように、

 たった一時間の間に、右から左へと作り替えた。

 あるいは、立体回廊の空間に生まれ変わった。

 そこにアンブレラという国家が誕生した。



コロシアム
 これが闘技場よろしく見世物としてたえまもなく継続した。
バディ はこ
 そこに首のない身体が運搬れてきた。

、、、、、
 彼等は、ぺしゃんこ、というのが最適な人間という生き物である。

 差別ではない、――それならのっぺらぼうのビルの方がまだ差別のはずだ。

 その時から死ぬ日まで、彼は世の中で最もすさまじい生き物になる。

 しかも、巨体である。床と天井が接触するような巨体である。

 そういう奴らが、尻に火がついた馬のようにすさまじいスピードで驀進する。


 背からは異形の手が生やされ、足は三本だか四本になる。



 誰かはそれをスペースシャトルの発射のようだと言ったが、至言である。

 しかし僕はそれを、黒い低い折り重なった屋根、と呼称したい気がする。

 それがまた、見る者を圧倒するような肉体的存在感をただよわせている。

 五官でしか物を感じられないわれわれと、

 はなから皮膚感覚しかない生き物とでは比ぶべくもない。




 殺意と称すべき闘気が迸っており、それは一説には、

 彼等の首があった頃には、

 自己評価が低く、恥をかいたり傷ついたりすることを極端に恐れていたからで、

 かえって首をなくしたことによるものだ、と。

 また、彼等は頭部がないから脳もないと思われているがそれは間違いで、

 肉体のどこかしらに、その脳はある、と言う。

 広大な柵や、その向こう側であるビルにも反響してすさまじく拡大された。

 なるほど、暴力にも一種のすがすがしい解放感がある。

 閉め切った雨戸をあけると桜の花びらが散っているような――。

 矢の豪雨が降りそそぐ中、快速するありさまは、間歇泉的であるし・・。


 しかもそれは、社会から隔離され、無視されるためだけの、戦争の駒なのだ。

 だが、それは四角い水槽の中にあけられた錐の穴である。


 柵の中からは、日本海の波の音がすさまじく聞こえてくる。

 潮風に吹かれる軍艦旗!

 火花は小さな雷火となって飛散し、救急車やパトカーの音などものともしない。

 力と力の戦い、すさまじい刃音は雨音さえ切り裂く。


 しかしこの戦争はけして、二十四時間スクランブルではない。

 憤怒と恥辱と悲しみとが、先を争って表面に出てこようとするような、

 そんな待ったなしの、親の仇さながらの争いであるのにもかかわらず、だ。

 タイムカードの呪力のおかげか、

 あるいはそれも合理主義の賜物か午後五時には終わる。

 それはもう、閉園を控えた動物園で見る、

 夕暮れのようなものがなしさである。

 その時、仕事帰りのサラリーマンやOLたちは拍手する。

 学生も、浮浪者も、そこに通りかかった政治家も、主婦も、

 外国人も、拍手する。それが、数分くらいは続く。

 かならず一定の時刻に行なわれるディズニーランド的なセレモニーである。

 そのあと、食事がある。


 だが、どうして始まったかは今現在もよくわかっていない。

 それが残酷であるという種類の抗議も、一切おこなわれていない。

 これには、まず、そこが新しい国家であるという前提がある。

 その国家にわれわれの法律は適用できない。

 無論、いかなる武力行使を持っても阻止できない、という体裁である。

 水が不足したように、人々は疲れに加わる渇きをいやすこともできなかった。

 もちろん、写真撮影は禁止されている。

 柵付近一帯には、銃を持ったものものしい兵士たちが待ち構えている。

 発砲は一度もおこなわれていないが、

 誰一人、撃たないと考える者もいないだろう。


 何しろ、あろうことか、ネットで配信した不届き者が発見されて、

 その翌日には、血祭りにあげられた。

 反動的な古い世代に対して反抗的なのが常な若者のことだから、

 やむをえないところはあるが、分別がないのは、いつの時代も嫌われる。

 率直にいえば、殺された。

 日本国はそれについて、一切の抗議を許されなかった。

 何しろアメリカ政府からじきじきに正当な行為であった、と表明されたからだ。

 日本はアメリカ政府の腰巾着であることも一つの理由があるが、

 そもそも、ルールを破ったのは、われわれである。

 批評家も、これについては賢者や司祭のように擁護した。

 国家アンブレラは、これ以上のことをさせないでほしい、と言った。

 誰もそれについて異論はなかった。爆発的に拡大する興味は結論に至った。

 われわれの権利はそれを見守るか、まったく見ないふりをするか、だ。


 しかしそうした中にあってはわれわれの日常や現実感覚など、

 霧か何かのようなぼんやりとした曖昧なものにすぎない。

 黙殺される、非現実的光景。警察も口を出せない。

 初めて見た人は腰を抜かし、戦慄した。

 そこには仮に分厚いシャッターでもなければいけなかったのだ。

 まばゆい光の放射のために、氷は溶けて流れ出ていくのである。

 たとえそこに栓があったとしても、だ。

 殺し合いの圧力のもとで、いよいよ強化された、

 途方もなくばらばらで、しかも途方もなく大きい世界である、

 個人の利益や欲望の象徴、

 抑圧された攻撃信号、うるわしいほど赤い月。

 日を追うごとに意見の交換も、議論もすさまじくなる。

 根源的な感情が身体の芯を突き上げる衝動ゆえであろう。

 だが、その戦争の実体を何びとたりとも捕まえることはできない。


 夜、都会の街明かりは変幻自在に歪む。

 その不毛の平原から聞こえる噴き出す水の音。

 心にははじめから非常に強力だった映像、イメージ、音響が、

 すさまじい速さと規模で空間形式を埋めてゆく。

 今後、どのように進化してゆくのか、予想もつかない戦争である。

 孤独の洞窟を掘り続ける以外に何の手立てもない、この戦争の意味。
ライフ
 それでも戦争は時間化されながら、新しい生活を語る――。










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最終更新日  2016年10月02日 07時55分18秒


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