灯台

灯台

2024年04月08日
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母子


ラファエロ・サンツィオの「大公の聖母」は、
トスカーナ大公であったハプスブルク家の、
フェルディナント三世が所蔵し、公務で出向する際は勿論、
私的な旅行の時でさえ片時も手放すことはなかったという。
このように呼ばれるようになった作品は、
強力な滋波を持っているように感じられる。
何の奇もないながらもかすかなさびのある、


ラファエロといえば、聖母マリアと幼子キリストを描いた、
聖母子作品を数多く残したことから、
「聖母子の画家」とも呼ばれるが、
背景が黒の作品は本作のみ。
そのため聖母子はラファエロが描いたものと認められていたが、
背景に関してはラファエロ自身が黒くしたのかどうかの、
議論が行われていた。
科学的調査の結果、黒色の背景の下には室内の風景が描かれており、
黒色の成分も聖母子の物とは違う成分であり、
別の人間が黒く上塗りしたことが判明している。
おそらく背景部分の傷みを隠蔽するために、

とはいえ、漆黒の闇に溶け込んでいる聖母子の姿は、
ラファエロの筆の妙を際立たせ、
かえって威厳と典雅を持たせているという見方もある。
西郷隆盛像が別人みたいに、
黴に包まれて熟成したチーズのような天啓。

様式は師であるペルジーノに依拠し、
レオナルド・ダ・ヴィンチの影響が色濃く見られるが、
そこには月の世界の上のような非現実感がある。

胸の遣えや溺れ、慈しむ手つきとは同時に、
蟷螂の前脚さながらに潰してしまうのではないかと思えるほどの、
乱暴な力がかかっている。
僕が秀逸だと思うのは、
この聖母の眼の裏に薄い膜でも貼ったような瞳だ。
見えない装飾音符の火花。
様々な感情の居場所が見つからぬような気持ちは、
親をなくした時のものだ。
それがこの少し気の遠くなるような静けさを実現している。

親を接ぎ穂にして憑かれたように恋文を書く心理は、
歪んだものでなければ、
自己去勢を伴い性的不能を招くようなものであると思う。
但し現代とは違って昔のことであるので、
そこには立身出世とか、
成長を見せようという意気込みもあっただろうと推測できる。
黒い背景には、土の匂いや、虫の音が聴こえてくる。
炎の津波に呑まれる一瞬。

ところで中世以降は聖母信仰が強まり、
礼拝のための聖母子像が数多く置かれ、
画家たちもそこに理想の女性像を見出したとされる。
さらに一歩踏み込めばラファエロは九歳の時に、
母親をなくしており、
聖母子というテーマを探求する契機となったことも指摘できる。
また幼子キリストの手が聖母の胸の真ん中あたりにあるのも、
一種、女の肉体に対して、
妖艶な雰囲気が月暈のようにほのめき出て、
模糊とした歳月に紛れて美しい傷みが瀰漫している。
僕は静かで思いやり深い人だったのではないか、と想像する。

母性の憧れと信仰とが島のように点在する高みにおいて、
すべてを語り終えた塑像のような端正な姿勢、
死と隣り合わせの情愛や温もりを連想させる。
木彫りのように嬾のうげな心理的な手ごたえが感じられる聖母の瞳と、
静かに何かを見透かすような幼子キリストの瞳には、
画家自身の無表情にも似た、
忘我の境地がよく表れているように感じられる。


  *


  2






硝子



硝子の材料といえば珪砂とソーダ灰、石灰石だ。
珪砂は石英で、公園の砂にも使われている。ソーダ灰は、
中華麺を柔らかくする「かん水」にも使われている。
石灰石は二百か所の鉱山があり、
山口県の秋吉台、福岡県の平尾台、岩手県の猊鼻渓は、
石灰岩を多く含む地形として有名だ。

そういえばツルハシで三〇回叩いても壊れない、
「SR 5096」
最強クラスの防弾ガラスの衝撃耐性実験映像は一度観るべきだね。
銀行や美術館、高価な商品を扱う、
ショールームの防犯用として販売されている。
しかし盗まれないようにしたい、守りたいというのは諸刃の剣だね、
その為に頭を悩ませなくちゃいけなくなる。

そしてユーチューブ動画は馬鹿と鋏による、
興味本位の底辺を引き寄せる法則を完璧に理解していて、
防弾硝子をシュレッダーにかけるとどうなるかという実験をしていて、
見事、粉々にしている。
どういうシュレッダーなのかは疑問に感じるところだが、
世の中にはシュレッダーで人を殺したいと考えている人には朗報だ。
毎日お疲れ様、悩みすぎるなよ、
どうせそいつらみんなくたばるから。

さて、水飴のようにどろどろになったガラスの元を、
パイプの先につけて、職人が息を吐きながら壜などを作る光景を、
あなたも見たことがあるだろうけど、
これは紀元前一世紀からある手吹き硝子という方法。
これで大量生産するには人間を辞めるしかないわけだが、
現代では機械を使って硝子を大量に作る方法があり、
窓やテレビ画面などに使う板硝子を作る「フロート法」や、
網入り硝子や型板硝子をつくる「ロールアウト法」などがある。

そういえば硝子妄想という、俄かには信じがたいけれど、
十七世紀の百科事典に現れている。
ガラス妄想のもっとも有名な例は、フランス王シャルル六世。
彼は毛布に身を包み、
自分の臀部が壊れないようにした。
彼等は、自分が硝子になったと盲目的に信じている以外は、
一見正常で、日常生活もちゃんと機能している。
人が近寄りすぎて、壊れやすい手足が、
粉々になる危険を心配しているだけだ。

当時は透明な硝子は珍しい素材だったため、
まるで魔法か錬金術のような感覚で見られていた。
僕の勝手な解釈だけれど、それゆえ潜在意識に入り込み、
ナルシズムにも似た一体化願望となったのではないか、と思う。
もちろん僕の心は硝子なんだといえば、
たんなるポエマーか中二病設定である。乙。
ただ、尻尾を切ると全体が砕け散る硝子、
「プリンス・ラパートの滴」というのがあるように、
その頭部は非常に硬く、ハンマーによる打撃にも耐えられる一方で、
本当に繊細な人というのはその尾とよく似ている。
一秒に一万二〇〇〇ものカットを撮影するハイスピードカメラで、
ようやく尾を切ったその振動によって、
一瞬にして全体が砕け散っていくのがわかる。
突然死ぬなんてその人じゃないとわからない。
しかもこれたんに水につけて冷やしただけという代物、
強化硝子と同じなんだけどね。

そういえば高級ガラス工芸品として有名な、
スチューベングラスがあるように、
実はガラスにも美術館というのがある。
「コーニングガラス美術館」がそれだ。
五万点を超える古今東西の硝子の歴史が収蔵されており、
多岐にわたる手法で造形されている硝子の魅力を伝えている。
美術館や博物館というのが何かに特化した、
事典と同じような意味合いだと思われてくる。

ちなみに硝子は固体だけれど、限りなく液体に似ている。
多くの固体は結晶構造を持つけれど、
硝子は不定形固体になる。
この不定形固体にはアスファルトやペットボトル、
セラミック、ゴムなどがある。
なお、超軽量化された牛乳壜とか、
新聞紙よりも薄いプラスチックフィルムのような硝子もある。
スイッチ一つで向こうが見えなくなる調光硝子というのもあり、
綿菓子のような九九パーセントは空気というグラスウール、
しなやかに曲がる下敷きみたいな硝子とか、
粉の硝子や布の硝子といったものもある。

  *


  3







スイミングスクール


ばしゃばしゃ泳ぐ音が聞こえる、
スイミングスクール。
ちなみに小学校低学年から、
中学校二年ぐらいまでが人気という傾向があるらしい。
運動神経の発達という観点からすると、
四歳までに通わせ始めるのが効果的。
夢はインターハイ、オリンピックという傍らで、
ビート板で泳ぐ子の傍らで、
アームリングの子もいる。
イケナイ太陽が流れ出す、ORANGE RANGE。

「嫌われることを先延ばしにしない」
それから、
「『みんな』は、だれでもないことが多い」

平らな水面が天井の照明を鈍く反射しているが、
水の中に潜るとすべての動きが止まり、
音が消えたような気がした、
鯨の潮 吹きのような世界の画素が増えてゆく。

シュノーケルの楽しさを覚えた子供は、
お風呂場でゴーグルをして潜る。
お尻がぽこっと入れ歯のように浮いている、
コミカルな光景は無情だ。
お尻が旧時代のランブルフィッシュ。
こんな馬鹿でも大人になる。

しかしスイミングスクールのインストラクターは、
そんな子供を相手にしなくてはいけない。
子供が好きだからと保育園に就職した女の子が、
一年後でもその台詞を言えたら大したものだ。
心の病の始まり。
子供の相手は百万倍しんどい。
万年ものもらいに安月給、
モンスターペアレントだらけときたら、
ストレスで激太り。
屋外プールの監視員の夏場の滝汗が涙に変わる、
突然の天候くずれ、寒い、寒い、寒い、
一身上の都合により退職。
あのそれって、社会じゃ?

とはいえ、水泳は全身の筋力がアップし、
基礎代謝が上がる。
風邪をひきにくくなるし、
うつ症状の軽減や抑うつ状態の改善、
また最低限のリラックス効果は望める。
でもそういうのはやっぱり俄かの考え方だ、
「平均寿命」と「健康寿命」の差を、
スポーツで縮めよう。

こんな開放的な空間なので、
成人女性生徒さんにガチで迫られ、
オホーツク海の流氷にしばかれたったに、引いたり、
成人男性生徒さんにガチで迫られ、
陰キャの聖剣抜いたったに、引いたりする。
水泳というのは別名、綱引きなのだ。

六歳でクロール出来たら大したものだって、
誰かが言っていたけれど、
六歳でバタフライをしている子もいる。
成長には大きく分けると、
「積み重ねて伸びていくフェーズ」と、
「破壊で伸びていくフェーズ」の二つがある。
あのね、いっとくけれど、
僕は犬掻きを完璧にマスターしているから。
あと、スカイラブハリケーンできないでしょ?
僕もできないからね。
個人差じゃないよ、無茶苦茶だからね。
いっときますけどね。

水は、君より君のことを覚えている。
あるいは、水こそが聞こえるものだった。

女の子は可愛い水着を着るために、
ダイエットに励み、
見事痩せて戦闘準備OKで、
スカウターぶっ壊したはずなのに、
毛や、汗疹という仇敵がそれを許さない。
肌をさらすのがそれでもやっぱり、
苦手っていう女の子もいる。
男の子がいったら蹴り上げるけどね。
いや、蹴り上げますけどね。
Z世代はプール派が五九パーセントで、
海派が四一パーセント。
だが、もちろん自宅ひきこもりニート派、
おたくエンジョイホモゲクラブ派もいる。
普通ではインスタグラム脳を満たせない。
もちろん流す曲は睡蓮花で湘南乃風。

いかつい男がちゃらい曲を歌うのは、
ギャップ萌えなのだろうかと考えるお年頃。
体力の配分が上手くなったのか、
下手になったのかよくわからないビールの中さ。



  *


  4






生体認証

SF映画などでもてはやされた生体認証も、
日常で利用されている。
家の鍵をなくした、
身分証やカードをなくしたという経験がある人にとって、
銀行のATMコーナーの静脈認証の装置は画期的で、
ごくごく自然な流れと思えるものかも知れない。

宝石や金の装飾が全身に施された、
ヨーロッパの地下墓地の骸骨「カタコンベの聖人」みたいだね。

手のひらをかざすだけでお酒が買えるようになる、
Amazonの生体認証決済に年齢確認機能が追加されるが、
こういう決済方法は定着するんだろうか?

「受け入れがたいリスク」⇒「高リスク」
⇒「限定的リスク」⇒「最小限のリスク」⇒「安全」という、
五つの段階があると仮定して、
あなたはこれをどのカテゴリーに属すると考えるだろうか。
安全活動がもたらすレピュテーション。
自分の価値観だけに頼っていては問題は防げない。
鷲の背中にカメラを取り付けて見た世界を、
僕等はこれから信じなければいけないのだろうと思う。

宇宙ビジネスは大きくなるしかない領域だというのは理解できても、
格差の小さい、みんなが幸せになれる社会を想像できるだろうか?

とはいえ、本人を確認するためのものが不要であるということは、便利だ。
生体認証の精度や、認知度、さらには信頼性が上がっていけば、
パスポート代わりになるかも知れない。
紛失して困るものを持ち歩くという不合理さは原始人だ。
いや、原始人以下のナンセンスと揶揄すべきかも知れない。
余分なものを省けば便利になるという極論はしないが、
淘汰されるべき、洗練されるべき要素だと感じる人は多いだろう。

スマホ決済はスマホを盗まれたら悪用されそうだし、
クレジットカードも紛失やスキミングの恐れもある。
いやしかしまさかと思う人もいるだろうが、
二〇〇五年にマレーシアで起きた事件では、
車の窃盗犯が持ち主の指を切断し、
指紋認証式盗難防止システムを破ったことがあった。
どんなに安全性を謳ってもこういう馬鹿はいつでも現れる。
とはいえ、生体認証は一度登録されると訂正がきかず、
悪用されれば一生本人の災いにもなる。

静脈認証のほかに虹彩認証、顔認証、
さらには脳波を利用して特定する認証方法というものもあるらしい。
面白いところでは歯ぎしり認証とか、尻認証というのもある。
ベトナム国民IDシステムではNECが開発した、
「顔と指紋を組み合わせたマルチモーダル生体認証システム」
が使われているし、
人食いヒグマを「生体認証ドローン」で追跡して、
駆除することに成功したという話もある。



  *


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テストで、あれ、わたし、
何していたっけという時に読む詩


テストと一口に言っても、
それはもちろん成績だけのことではない、
いやしかし百点の出木杉君もいれれば、零点の、のび太もいるわけだ。
多くの人はしかしのび太というと悪いイメージがあるだろうけど、
のび太ってあやとりと射撃の天才だし、
あの天才的な眠りの才能はベッドメーカーに就職可能な貴重な逸材である。
人と違うことに価値を見出せる人も少ないけど、確実にいるものさ。
テストの成績だけで推し量れないものが世の中にはある。
とか言っていれば、満足なんでしょ。

テスト対策のノートを作って満足する人もいるし、
それどころか勉強する前に机を掃除して疲れて止めてしまう人もいる。
綿密なスケジュールも実行しなくては意味がないのに、
それが逆にストレスに繋がったりする。
乗り越えなければならない課題は日々やってくるが、
それを解決するためのアイデアを発想するためには、
誰にでも意識できるコツがある。
ようは座って悩むな、動いて考えよ、だ。

たとえばネットを使うたびに、
迂闊な人が騙されても自己責任的な思想に触れることはないだろうか。
そういう詐欺師的なデザインや、そういう泥沼的な広告がある。
実は勉強だって甲論乙駁、意見が礫のように飛び交う。
事実、勉強なんかする必要がない、
毎日今日の復習するだけで十分という人もいる。
これはかなりの優等生だが、もっとも勉強の本質を心得ていると思う。

僕は何でもかんでも達人を見つけるべきだと思う。
物事の本質がわかっているのとそうではないのとでは結果がまったく違う。
こんなこと、誰も教えてはくれないけどね。
ぼんやりと教室の中でよく出来ているといわれる生徒が、
毎日どんなことをしているか注目して眺めてみるといい。

あのね、教科書を読むだけで完全に覚えてしまう人もいれば、
授業を受けるだけでテストで高得点を普通に取れる人もいるんだ。
学校っていうのはそういう人達が頂点になるように出来ているんだ、
申し訳ないけどね。
もちろん彼等だって記憶の仕方や、勉強時間、成績の上げ方など、
多くの人が気付かないような色んな細かい努力をしていると思う。
あるいはそれ努力とは呼ばないかも知れない。
塾と学校の違いみたいなものだ。
人と違うことをしているからいい成績を取れるという見方だって、
僕はあながち間違っていないと思う。これは出世論と同じさ。

でも世の中に出ればもちろん、
勉強の成績がそのまま社会人の成績になるとは限らない。
出来上がったのはテロ集団みたいな集まりかもしれないけどさ、
人生ゲームのすごろく要素といってもいい。
それに、人の中には歳を取ってから本気になる人もいるのだ。
あのさ、コメダ珈琲で粘りながら、テスト勉強したっていいのさ。
勉強と同じぐらい色んな空気に触れるのは、
大人になった時に確実に役立つビックサンダーマウンテン。

とはいえ、どんなに頑張っていても、
結果に結びつかないと腐ってしまう人も大勢いる。
記憶力に自信がないとか、集中できなくていい成績につながらないとか、
テスト中に頭が真っ白になったなんていうメンタルな問題もある。
色んな人がいるんだけど、
学校は結局収容施設なわけだから、能力のふるいがかかる。
運動という要素もインターハイ、プロという道がなければ何の意味もない。
人より優れた偏った知識も仕事にしなければ宝の持ち腐れだ。
つまり学校ってそういう人には一切意味のないように出来ている。
友達作りや、恋人作りが大切というのも僕は間違っていないと思う。
あのさ、キャバ嬢は食事が男たちへのインセンティブに使えるのを、
知っているんだぜ。
職業に貴賎はない、後代のルネッサンス期イタリアでは、
インテリジェンスが高く知的な高級売春婦が、
貴族を顧客としていたことが分かっている。
どんなことにもノウハウがあり、学ぶ姿勢があれば見え方が変わる。

感情に身体を乗っ取られて言葉や心がバラバラになってしまうこと、
子供の時分なら何度もあるだろう、
一つの塊として存在してくれないような時、
手ごたえが欲しいと思う。

ただ、言い訳を引き合いに出す時点でやる気がないと言う人もいるが、
僕はそういうのもわかる、
でも僕は脳の遣い方とか、遺伝子の問題とかを持ち出さない。
たとえばいい成績を取りたいならゲーム理論を用いればいいとか、
どうしてもそうしたい夢を作ればいいと思う。
一生後悔するぼんくらになるか、
死ぬ気で今頑張って夢を叶えるかという瀬戸際だったら、
どんな人間だってちゃんとやるものさ。
モテないコンプレックスの噴出だとしてもさ。

勉強しておきながらテストの範囲を間違える、
マークシートの位置がズレていたなんていうのも、あるあるだ。
ともすればやってしまいがちなミスが緊張の中にはある。
実際成績関係なく、同じ答えが続いた時にやはり人は不安になるものだ。
真珠のように小さな記憶の粒を頼りに、ぼうっとしていたら、
カンニングを疑われて先生が横に立つというのも、あるあるだ。
なくて七癖というし、李下に冠を正さず、だね。

テスト前日に机の上で、
明日の自分に任せたというのも、ある。
お前はスカーレット・オハラか。
風と共に去りぬ。
また天才や秀才などの優等生とは違う凡人達にとって、
テストはそれだけで心理戦といっても過言ではない。
ただし、見えない怪物仕様でね。
だから都市伝説が好き。
というか、頭が悪いわけじゃないのに要領が悪い人、
頑張りが結果に結びつかない人というのも一定数いるのだ。
担任ともなればそういう生徒がいることはわかるだろう。
僕は同級生の顔色を見ながらぼんやり想像していた。
底辺度が高くなるとゲーム時間や、漫画時間、
さらには遊び時間というのも必要になって来る。
僕は君にいいことを教えよう、
ジョン・レノンはいつも平和と愛について話していたけど、
障碍者を馬鹿にしていたし、家庭内暴力の申し子だった。
インスタグラムやティックトックも同じようなものさ、
僕の言っていることは間違っている?

二十四時間働く神話は高度経済成長期の話だ。
漫画家であれ、クリエイターであれ、百害あって一利もない。
能力が落ちても根性で何とかするという考えも個人的にはわかる、
だけれど、そこにもやっぱりふるいはあるだろう。
僕はそういう時、自分自身についての理解がどれほど高いかが、
その選考基準になるのではないかと思う。
長期的計画を立て、無理のないスケジュールと、効率的な勉強方法。
って言っていればいいんでしょ、そんなものあるか。
一番いいのは先生に迷惑をかけまくることだという意見がある。
答えが分からないところを聞きまくるのだ。
できないところをできるまでやってくれるよう仕向けるのだ、
パターン化されたエモが気持ち悪すぎるとしてもね。

人間は一人でありとあらゆることができる方がいいと思っている。
超人伝説だね。
だけれど、脳は様々な作業をするようにはできていないし、
一時でこなせる多重タスクは能力が下がるように出来ている。

徹夜してきた、勉強頑張った、だけど眠い。
詰めが甘いんだ、だけど、仕方ないよね、
急に眠気が襲って来て、テストに変な落書きをして、
突然の謎ミッション開始。
消しゴムをかけまくってそしてテストを破った猛者もいる。
心因性の腹痛というのもあるし、
存外精をつけるつもりで食べ過ぎてお腹が痛くなったのかも知れないが、
これはかなり辛い。冷や汗掻きながら、便意を覚えながら、
高得点を取るのは至難の業だろう。
でもそこをグッと堪えて挙手して、先生と声をかけよう。
トイレ行きたいんですが、と勇気を持って言おうよ。
そしてお前は明日からウンコマンと呼ばれる、
あの時ウンコマンと呼ばれたくない人生でしたって言え。


  *


  6







Messiah complex


ジョン・レノンや尾崎豊が典型的だと思うが、
メサイアコンプレックスというのがある。
自分は劣った人間だという気持ちと、
自分は人を救える優れた人間だという気持ちが入り混じって生じる反応。
原因と結果が逆転している心理の一瞬の忘我。
メサイアコンプレックスが共依存や有難迷惑であっても、
とある宗教的には正しいのかも知れない、
たとえその自己犠牲が偽善や欺瞞に充ちているとしても。

メサイアコンプレックスというものは、
ようは相手のことを本当に思うことで消えてゆくものだ。
これも一種の人生修行のようなもので、
ピタリと心のツボに触れるようなことがあると思う。
軽度であれば社会生活をする中で要領を心得てくる、
しかしこじらせてくると老人の世迷言のようになる。
ポエマーが浅学菲才なら、
老人の世迷言に充ちた詩はメサイアコンプレックスだろう。
天地創造、モーセの十戒、死後の世界なんて何もないさ、
きっと記憶の中から飛び出してきた恐ろしい思い出に、
自分の無能を認めたくなかっただけなんだろう。
だから地位や名誉やお金なんか捨て去らなければいけないのさ。

もちろんジョン・レノンや尾崎豊ほどではなくても、
会社や学校には一人いるような、
他者に対する奉仕精神、人間関係を円滑にする優しさなどを持った、
そういう愛を持った人を僕は否定するつもりはない。
否定はしないから考えろよ、と言っている。
問題はその持続性や、焦点をズラさないことだと僕は考える。
だってメサイアコンプレックスではない、
メサイアコンプレックスというものが存在しない根拠もまた、
誰も説明できないのではないか、と思う。

心理学が面白くない気持ち、つまらないと思う気持ちは、
そういう何でもかんでもを形にはめて、
ステレオタイプな物の見方を押し通すところにある。
統計学や科学の論文にもそういう言い方が出来る。
曰くこの心理には教育ママの押し付けにも該当する。
でも最後に選ぶのは自分さ。
毒にも薬にもならないようなら、
いっそ毒や薬の方がいい、
間違い続けた方が人間の成長度は大きい。
これだって偏見や差別、色眼鏡といえば、その通りだろう。
哲学ではないけれど、そうだということには、
そうではないというものが不随しているから、
それであるがゆえそうだということになる。
馬鹿みたいな物言いだろう。
そもそも絶対にそうだとわかっているようなものとは違う、
心の変化を伴うものには、呪文の効果を持った、
芝居の台詞のように聞こえる。

あなたではなく、全体のことを考えてみるといい。
社会や世界のことを見つめてみるといい。
明け方の白さを増した空を背景を山が滲むように、
なだらかに連なる朝、僕は君の心を試したい。

ようはメサイアコンプレックスの傾向を持った人の中で、
KYがいて、鍍金のようなつやをかぶせたまがいものがいた。
そういうことだと僕は思う。
間違いや勘違い、そんなの誰にだってあるわけさ。
人に優しくするなら誰にでも優しくするべきだ、
相手が自分にとって都合が悪いからといって、
態度をコロコロ変えるべきではない。
それだけさ。
メサイアコンプレックスの傾向は疫病に似ていると思う。
この強烈な毒を飼い慣らせるほどの、
なまなかな感情など一切受け付けぬ強さが君にあるだろうか。
僕は君がメサイアコンプレックスかどうかの真贋を調べるために、
滅茶苦茶に銃を撃ちまくってるぜ。

行き過ぎた心理はキチガイということは指摘できる。
僕は優しさの最終形態を宗教的な円環感情だと解釈している。
人それぞれの罪の深さを味わってこその僕の意見だ。
とはいえ、それが蟻塚のように積み上げた大言壮語なり、
宗教的感情を曲解した十字架を背負った積み木なら、
それは邪悪と言うべきだろう。
どんな皮肉も受け付けないような強靭さで、
本当にどうあるべきかを考えるべきだろう。
みんないい気持ちになりたい、ずぶずぶのでろでろの脳内麻薬状態、
ねえでもそれじゃあ病気だよ、愛にならない。

「自分が救われたいから他人を救う」
/共依存になるのですか?
「人を助けることで自分の存在意義を確認する」
/有難迷惑です。
「他人を救うことで優位に立とうとする」
/あなたを洗脳します。

僕はありとあらゆる宗教で、
こういう誤った、偏った心理が成立している、と思う。
心理士や介護、福祉関連の人、医療従事者、教育関係者など、
人の心身を援助する人達には、
メサイアコンプレックスが潜んでいることが多いと思う。

「本当にそれはあなたの為なのか?」
「本当はそれ、自分の為じゃないのか?」

もちろんそこから犯罪性を伴ったことに発展するケースは少ないだろう、
サイコパスのような物言いになるけれど、
たんに誰かが犠牲になるようなことになるだろう。
反省なき、自浄作用なき理想を掲げることなかれ。
理想という名の船はいずれ海中の巨大な手にひきずりこまれるように、
音もなく沈没してしまう。
すぐ手が届きそうなところにある花の美しさを見つけたかい、
そしてその花の美しさは夜空の星に手を伸ばしてみる気持ちなのさ。

「優しさが一番難しいんだよ、
女性に優しくしたら変な誤解を受けるし、
男性に優しくしたらそういう人かと思われる。
困っている人がいたらついつい助けてしまうけど、
それで予定に遅れて困ったこともある。
ねえ、川の向こう岸を見ているようさ、
けれど絶対にそこに立っているだけじゃ、
向こう岸へは手は届かないのさ。
どうなってんだ、この社会、
何が一番正しいって言うんだ」
「どうだっていいっていうことさ、
そのどうだっていいという惰性や頽廃の匂いを嗅いでなお、
本当にできることを探していく、
それが優しさっていうもんじゃないか」

多かれ少なかれこういった心理は普遍的に存在しているもの、
どう足掻いても他人の気持ちを、
一〇〇パーセントわかることは出来ないし、
人間関係に思いやりや支え合いはあれど正解はない。
痒いところに手が届くほどの心遣いで、
みんなわかっていることを書くね。
社会の怨念白書みたいなネットの掲示板の戯言だけが、
人間の姿だとしたらこの世界はバベルの塔のように崩落する。
子供時代、矢継ぎ早に繰り出される不道徳なニュースに、
この世界って随分なものだと思った。
人間が冷たいのは古今東西その通り、似非講釈ぶちやがんな、
じゃあお前がその冷たさを持ち上げてんじゃないのか。
人間の屑はいまに始まったものじゃない。
足場の悪い雪道を進むようなものだろう、
叫び声が豆の木のつるのようにするする延びるだろう、
何とかしたいって思う気持ちもあるだろう、
あのね、心理学はそういう人達の気持ちを、
馬鹿にしまくっているのさ。

愛に隣り合わせた不信をばらまいて金儲けするのが心理学の手法さ。
奴隷になりたい洗脳されたい信者の底辺具合を眺めながら、
真っ直ぐ立っていられないほどの風の強さの中で、
本当の英雄になったり、本当の救世主になったらいいと思うんだ。
人は誰もちゃんとした物の見方をしないよ。
誰も心の底を覗くことができないものだからね。
ジョン・レノンや尾崎豊が、人間の屑だったっていう一面もあるさ、
でもそれを認めれば認めるほど、
まともな人や、立派な人なんて、
世界中何処探してもいないような気がするのさ。
たんにおべっか使った、
リップサービスだろってすれてしまいそうさ。


  *

  7






Beyond words


矢が弦に触れてしまう。
遠い過去、
一方に味方し、一方の敵になる、
蝸牛が殻の中に、
すっぽりと閉じこもるように、
いつか、なめらかにすんなりと、
矢は音響かせて飛んでゆく。

ささやかな杭を打ち、
抵抗やこだわりが、
霧のように薄れた頃、
不意に遠くへ出掛けたくなった。

夢の中のように、
行き先も決めないまま、
電車に乗ってバスに乗って、
タクシーに乗って、
歩いて、
一体ここが何処かまったく、
わからないところまで、
来ていたよ。

何故もっと早く、
気付かなかったんだろうと、
内心歯ぎしりするけど、
手足が融け合うほどの、言葉は、
宙の闇を飛ぶ蝙蝠じゃない、
甘い痺れだった、
遠くへ来たよ、
風はすっかり冷えてたよ、
鋼のように厳しい眼をしてたよ、
ここに来るまで。


  *


  8







何でもないことだったな。
鏡の上を歩いているような、
春がもう一度巡った。
あの日の二人が、
アスファルトの上を駆けてくる、
焦れるよ、まだるっこしいよ、
照れくさいよ、
でも胸にこみあげる、
馬鹿になろうよ。

その天使のシーン、
その固まったシチュエーションに、
ビクンと胸を震わせる、
気が付いたら天と地が、
逆さになってないかな、
霧に隠れた街じゃないかな、
本当は一人のまんまじゃないかな、
あの夜の懐中電灯で、
照らし出された泣き顔と一緒に、
頁が捲られてゆく。

舌の先から痺れる、
鼓動に押されて、
もっと君を好きになる、
激し過ぎる動機で血液が逆流する、
興奮は邪悪かな、
甘ったれた踊りを続けるよ、
もっともっと君を好きになる、
すうと息を引くよ、
砂糖菓子のようなまやかしの世界の、
魂の抜けたデクノボーや馬鹿な、言葉。

馬鹿になろうよ、
知ってるんだ、
いたずらな堂々巡りの循環小数、
何もかもが苦悩のるつぼの世界で、
たった一つの真理、
信じるよ、だから騙されて、
肯くよ、夜が終われば、
春が永遠に続く。



  *


  9






イスラム教徒
Muslim


七世紀の預言者ムハンマドは、
神様アッラーからいくつかの教えを授かった。
この教えが多くの人達に受け入れられたことで、
イスラム教が誕生した。
全然関係ないけれど、ムハンマドは無類の猫好きだったらしいので、
モフモフが好きな人におけるイスラム教の見方は大きく変わるだろう。
とはいえイスラム圏では、犬を害獣と思っているということがあり、
文化とはいえ、犬好きの僕にとっては残念だ。
いやいや、それぐらいならまだいいけれど、イスラム教徒は嫌いとか、
宗教は人間を害する、なんて強気なメッセージを飛ばす人もいる。
あなたはそれでいいけれど、
差別や迫害が助長されて困るのはいつも無関係の人だ。

ドラムが途切れることなく正確なビートを刻み続けるとしても、
いつかはそういう文化にも許容が働いたらいいな、と思う。
宗教同士でいがみ合ったりするのも変なことだ。
だのに、とらえようとすると逃げ水の如く遠のくのが理想。

イスラム教徒たちは教えが記された経典コーランに従って、
生活している。
全世界で約十六億から十八億人もの人たちに信じられ、
キリスト教や仏教と並ぶ三大宗教で、
二〇七〇年にはキリスト教を抜いて世界最大の宗教になる、
という話もある。
移民の流入でヨーロッパやアメリカでも信者が急増しているという。
またイスラム教徒の同性婚もイギリスで二〇一七年に行われた。
それで開放的になるとは言い難い要素もある、
たとえばイスラム教徒における婚前交渉は御法度であり、
もしイスラム女性なら名誉殺人と言って殺される危険性がある。
もちろん、怠惰な空気や無感動が毒のように犯す、
現代が侵蝕していけば、そういう悪習も斥けられてゆくだろうが、
どっちが正しいのかは僕にもちょっとわからない。

僕は結婚していない男女、とりたてて高校生や大学生の時分に、
婚前交渉をして妊娠したりするのをとても不気味に思う、
かなり保守的な派閥だからだ。
婚前交渉がいけないと言っているのではない、
ピルやコンドームなどの避妊の対策を徹底的にやって、
望んでいないようなことを、
絶対に起こさないようにしてねということだ。
一時の快楽という誘惑の毒に身を任せた結果、
子供を困らせて不幸にすることのないようにね。
でも、薄い本ではそういうのをやりたい放題で書くものだし、
童 貞とか処 女とか馬鹿なことはなくならないだろう。
秘密の重さは荊棘ということかも知れないね。

ちなみにイスラム教の過激派ばかりが注目されているけど、
仏教でも、キリスト教でも、ユダヤ教でも過激派がいるという、
当たり前のことを見逃してはいけない。
たとえばラマダンという一か月も続く断食というのがある。
とはいえ、日没から日の出までの間に一日分の食事を取れるのだが、
これ夏場で、しかも労働者だったら水を飲んでもいけないということで、
およそ狂気の沙汰である。日本の医者が聞いたら卒倒するだろう。
ちなみにこの期間は性 行為は禁止されているが、
自 慰行為は許されている。

というようにイスラム教徒にも色々あるわけだが、
あまり教えに縛られずに生活しているイスラム教徒もいれば、
一日五回のお祈りをきっちりとこなす敬虔なイスラム教徒もいる。
四時に起きて夜明け前の祈りからスタートするのが、敬虔な信者だ。
お祈りの時間になるとモスクと呼ばれるイスラム寺院から、
アッラーへの祈りの言葉が流れ、
お祈りの時間を知らせてくれる。
この呼びかけをアザーンと呼ぶ。

昔はイスラム教の指導者が、
モスクのてっぺんから大声で叫んでいたらしい。
何とも咽喉が痛くなりそうな体育会系の仕事だが、
いまじゃちょっと考えられないことが昔の話にはよくある。
もちろんいまはスピーカーで轟音で教えてくれるという。
ビジネスマンが飛び起きたって話も聞いたぜ。
あと、メッカの方角を教えてくれたり、
祈りの時間を通知してくれる、
便利なスマホのアプリもある。
信仰とテクノロジイ。
あと、タクシーでもコーランを流している人が結構いるのだ。

お祈りは基本的には、モスクないしは自分以外の誰か、
大人数で行うものだ。
お祈りをする前に、手、腕、顔や髪、足などを水で浄める。
モスクの入り口には身体を浄めるための場所が必ずあり、
清潔な状態でモスクに入らなければいけない。
モスクの壁には聖地メッカにある、
カアバ神殿の方角が示された目印の窪みがあり、
その方角に向かって祈りを捧げる。
夜明け前、昼、午後、日没後、夜の五回あり、
宗派や人によっては、
朝、昼、夜の三回のこともある。

ところでイスラム教徒のお祈りというのは、
会社勤めにはハードルが高いように感じられる。
またお祈りの時間を確保することによる、
生産性の低下が問題にもなっているのだ。
けしからんことだと言いたくなるイスラム教徒もいるだろうけど、
お祈りが短い人なら十分程度だが、
人によっては礼拝前の浄めを行うために、
わざわざ遠方の水場まで出かけたり、
礼拝中に気の遠くなるほど、
長いコーランを暗誦したりする。
アイツ、また仕事サボってやがるとはいわないにせよ、
イスラム教徒に対する理解があまりない地域だと、
そんなの省略せよ、最低でももっと短縮しろ、ということになる。
働くっていうことは人間の自由を奪うことだし、
されど労働の対価で生活をする。
宗教で自由になるのではなく足枷になるのは残念なことだけれど、
仕事と熱心な信仰の両立はやはり難しいだろう。

ちなみにイスラム教徒の食事も一日三回で、
食事は「神様からの報酬」という考えがあるので、
楽しむことを重視するわけだが、
食べるものに関しては決まりがある。
コーランでは死んだ獣の肉、血液、豚肉、
アッラー以外の神様に捧げられた食べ物は、
けして食べてはいけないと決められている。

とりたてて豚肉は加工したベーコンや、豚骨スープ、
ゼラチンどころか豚肉を調理した器具を忌避し、
さらには豚自体を見るのを毒だとばかり眼を背ける人もいる。
イスラム教徒のそれを偏狭だという見方もあるかもしれないけれど、
食文化、しいては宗教的な生活というのはそういうものだ。
またアルコールも口にしてはいけないので、
ビールやワインなどは飲まない。
敬虔なイスラム教徒にもなると、
アルコールの含まれている調味料さえ口にしない人もいる。

付け加えて、敬虔なイスラム教徒の中には、
食事に豚肉などが混入することを不安に思い、
外食を避ける人も結構数いると思われる。
とはいえ、イスラム教徒の多い国では、
大手の飲食チェーン店がイスラム教徒が安心して食べられるように、
オリジナルのメニューを地域に合わせて開発したりしているようだ。

ところでイスラム教の基本的なマナーとして、
食事中は右手しか使ってはいけないというのがある。
左手は不浄の手とされていて、
握手などをする時も右手が基本なので、
覚えておくと役立つ日が来るかも知れない。

また鶏肉や牛肉など食べられるお肉であっても、
処理や輸送の方法に決まりがある。
こうしたお肉の処理もイスラム教徒が行うという決まりになっており、
動物の顔をメッカの方角に向けて、
「アッラーは偉大なり」と唱えてから頸動脈を切る。
この際、首は全部切り落としてはならず、
切り落としたものは食べられない。
その後、逆さに吊るすなどして血抜きを行い、
血液が全部抜けて白くなった肉を食用にする。

また、血液は穢れたものという考えがあるので、
魚なども焼き加減によっては食べられない。
こういうイスラム教徒が食べることのできる食べ物を、
「ハラルフード」と呼び、
輸入品などでは食べられるものに、
ハラルマークという印がついていたりする。
ちなみに、日本料理では、
天麩羅などを好んで食べることが多いようだ。

イスラム教徒の女性の服は、全身を覆う「ブルカ」
眼以外の身体全体を覆う「ニカーブ」
髪の毛と首をスカーフで覆う「ビジャブ」
などいくつもの種類がある。
どうしてこのような服装をしているのかといえば、
コーランの、
「両手と顔意外の美しい部分を隠せ」という教えを、
忠実に守っているからに他ならない。

とはいえ中東七か国で実施された調査では、
多くの人々は女性が完全に髪を覆うことを好みながらも、
顔まで覆う必要はない、と思っているらしい。

もちろん男性にも服装のルールがある。
イスラム教では基本的に、
男女問わず肌の露出はよしとされていない。
女性が顔と手以外を隠さなければいけないのに対し、
男性はへそから膝までを隠す必要がある。
このためイスラム教徒の男性は、
短パンで街を歩くことを以ての外だと考えるものだし、
男同士だとしても裸を見せ合うことはない。

ちなみに、アラブの中でも、
サウジアラビア、UAE、オマーン、エジプト、モロッコなど、
国によって少しずつ着ている形が違う。
日本人からしてみるとその違いがよくわからないけれど、
東アジアでいうところの「着物」「チャイナドレス」「チマチョゴリ」
のような違いがあると捉えてみると分かり易い。
服の名前は、
「トーブ」「ディスダーシャ」「カンドゥーラ」などと、
違う名前で呼ばれており、
頭の被り物も、「シュマグ」「ゴトラ」「クンマ」という、
違う名前がついている。

さて、普段女性はヒジャブなどの布で身体を覆い隠しているが、
一般的には男性から身を守るために着用すると解釈されていて、
街で見かける敬虔なイスラム教徒の女性はみんな着ている。
彼女たちのヒジャブを脱いだ姿を見ることができるのは、
同じ女性と親族、そして夫だけなのだ。
基本的にイスラム教では禁欲をすすめていない。
イスラム教の開祖ムハンマドは、
一晩に複数人の女性と性 行為を行ったというエピソードも残され、
ムハンマドは五十歳を超えた頃に、
九歳の女の子と結婚したとされている。
これを根拠にイスラム法では、女子の結婚最低年齢が九歳とされている。
ここだけ切り取ると、とんだロ リコン法だということになるけれど、
もちろん児童婚問題は現代では問題視されていて、
法律で認められるような類のものではない。
もちろん僕はムハンマドについて深く知っているわけではないけれど、
前に一夫多妻制の話で、
戦争で亡くなった未亡人を憐れに思って引き取るという話があった。
特殊な事情があって、九歳の女の子と結婚したと考えるべきだろう。
何より、僕はイスラム教の人に背中に銃を突き付けられたくない。

またムハンマドは結婚していない男女の性 行為に対し、
未婚者には鞭打ち、既婚者には石打ちによる死刑を行ったとされる。
何故こんなに刑が重いのかというと、
「結婚は、男性による女性の所有」と考えられていた為だ。
人の所有の権利を脅かすものには厳しい罰が待っていた。

それからイスラム教でかなり特徴的な教えの一つとして、
前述した「一夫多妻」の文化というのがある。
男性が女性を公平に扱い、生活の保証も出来、
一夫多妻が原因で起こる問題を処理できることを条件に、
妻を四人まで持てる。
なろうファンタジーで十数人に俺の嫁しているのを見たことがあるけれど、
あれは本当に頭がおかしいと思う。
A V女優の話だったと思うけれど、彼氏がいるのに、
別の男性とセックスをしていたらやっぱり喧嘩になるという話があった。
インドで、複数の妻を持つ聖職者の男性が、
更なる妻を迎え入れようとしていることを、
二番目の妻に伝えたところ妻が逆上し、
夜中にナイフで夫のイチモツを去勢したという話があった。
ちなみに出血多量で死亡した。

結婚していなければ自由恋愛だと考える人もいるけれど、
張りつめていた糸が切れるようなことがあれば、
築かれていると思っていた堰から飛び出してくることもある。
というような話はさておくとしても、
現実的には富裕層や特殊な条件以外で、
一夫多妻をすることはないというニュアンスで考えてもよいと思われ、
昔から基本的に一夫一妻というのがイスラム教の結婚観だ。
さらにだが、いまでは一夫多妻を禁止や制限している国がほとんどで、
一部の国で認められているだけだ。
なお、イスラム教徒はお見合い結婚が多いのだが、
イスラム社会でも近年では、
男女の「マッチングアプリ」が人気となっているらしい。
宗教とテクノロジイ。

ところでイスラム教の中で配偶者との性 行為は、
「善い行い」とされている。
そもそもイスラム教で結婚生活といえば、
性生活と結びつけられるほどで、
性 行為をすると神様からお恵みが与えられると考えられている。
これは他の異性に魅せられて心を乱すことを抑える効果があるからだし、
結婚している者同士が深く愛し合えば、
社会の秩序が乱れることはなくなるだろう、ということだ。

前に日本の法令でも似たようなものを見たことがあるけれど、
夫婦の営みが満足に行われないことは離婚の原因として認められる。
どちらかが性的な誘いをずっと断り続けることや、
性 行為であまり満足できない場合も、
離婚の正当な理由となりえるのだ。
普段は肌を露出しないイスラム教徒が、配偶者にだけみせる姿や、
そこでの性的なかかわりを大事に考えるからこそだと言える。
影のように通過し、
心に風のように通り過ぎる夫婦の絆というのは、
心だけではわからない肉体の触れあいを通した向こう側にある。


  *


  10





風が吹いた



夜までの軌跡は、
長い長い自由落下だ。
パラシュートの傘にもなれない、
風に翻弄されて、
踊っているのだか、
おどけているのだか、
うっかり蜂の巣をつつけば、
アキレス腱。
みんな弱いという標語でも、
つくろうか。
街燈は夕暮れ、
ぽつりぽつりと灯る、
それを見ながら歩いてる、
君はムーンリヴァーと言う、
月の見えない夜でも。


  *


  11







読書感想文に何か書けって言われたから、
書いたった。


厄介なパズルのようなドラマのワンシーン、
トランプのカードを何枚も横に並べて、
一枚ずつ手品してみせる鮮やかさよ。
ぐじゅぐじゅした日で、
マジックマッシュルーム生えてきたよ。

種子も仕掛けもありなんよ、
飼ってるフクロウみたいに眼開いたって、
到底解き明かせぬことわり。

それは君の視線の通過した跡、
なんていうか、チョーク投げたろか。

わたしも紅蓮の穢土の煉獄へ彷徨、
白夜の如き陽炎の那由他、

言葉ってむずかしいんよ、
気障ったらしいのはいけんと思うんよ。
でもロックだって気がするんよ。
えっちい。

ヘッドライトと青信号、
ファブニールの心臓を切り取った、
心のうつろな、
そうよ、永遠のような一瞬の無言の間。
サクリファイス言いたいお年頃。
タツノオトシゴ。

しゃらくさいペルソナの向こうの、
アイデンティティとやら、
檻の中の動物を眺めてるんよ、
分厚い硝子も融ける風景の魔術、
音漏れの淡いしじま、桜って流星、
これがわたし達の限界。
エヴェレットの多世界解釈、
ハーディ・ワインベルグの法則、
カオス理論。

頭の中じゃ太陽系だって始められるんよ、
嘘つきな神様殺せばコヨーテの鳴き声。

本当はわたし、
泣きたいんじゃなくて、
殴りたかったんよ。
嗚呼、われらかなしき乙女回路に、
HP削られる消耗戦。

ざらめざらめ、テーマの変転。
ぞろめぞろめ、ヴァリエーションのいやまし。
最高にカッコいい殴り方を考えたんよ、世界、
フォロースルーのあとに空間に弾力が生まれて、
一斉に凪ぐんよ、
腐った梨みたいなぶよぶよした地球を、
も一度もいで生まれてくるんよ。


  *


  12







すべてのものが透けてしまいそうな夜の時刻、
四月は昔懐かしい夢の聖域、
涙が出てきそうだった。
蛞蝓。

殺されてゆく幸せと、
気の狂うような懊悩が薄らぐまで、
運命はきっと幻肢痛。

可愛いものや美しいものを微妙に持て余しながら、
魂に辿り着く、
暖かい波間をたゆたうような静かでやさしい気持ちが、
子供に辿り着く、
脈絡もないようなパトカーのサイレンの音。

街燈にほの暗く見えた桜は、
つむじ風に花弁を落として、
公園の子猫を撫でさする充溢を胸の内に吸い込んで、
浄化や虚無を摂理へ。

無価値でも、
存在するはずのないものでも、
あどけなさと小生意気さで、
油の絵の具のように見えていた桜並木は、
記憶の底深く、
ぐにゃぐにゃと揺れる、
針一本落としても何かが崩れてしまいそうな不安と裏腹の、
穏やかな表情を見せながら、
心臓を追いかけているような名前、
重い鉛の足枷つけられたように一歩一歩踏みしめて歩く、
君に会いたいから。

たとえ今叶わなくても俯いてゆっくり目を閉じた、
今伝えるべきなのか考えている間に、
春が終わっても、
伸ばした手は空の向こうに届いて、
酸の混じった薬もほろ苦い苦笑を洩らす。
このくびきへ、
聞こえない夜の寝息をなぞりながら歩く、
振り返ったら遠近法のお手本のような桜並木、
涙とくしゃみにそれほどの違いはない、
恋と愛にそれほどの違いはない、
響きを伝える。

不法投棄されそうな一億の陰口、
鼻がひん曲がりそうな消毒薬の臭いする七十億の世界、
いつか話してないことがその眼に映るまで、
声に馥郁たる匂いがこもるまで。

足の裏に泥がつくような頭蓋の裏側で痺れるのは、
まだ返しそびれているメールの続き。
都市の雑踏のような息苦しい人いきれで咽る。

怖いくらいに明るいこの気持ちが大気圏を出て、
違う惑星へ向かう。
迷いは剥がれてゆく羽根、
それでも雨上がりの後のような爽やかな匂いがする、
約束の場所へ。
もう一つの筋書きへ。


  *


  13







It's breaking down



暴れ出しそうな、
声。

甘い薫りと、
汗の匂いで、
発酵する。

感情は手に負えない、
低次元と高次元、
噛みつきたい、
憎悪の炎で研ぎすます。

燃え残った平原が、
逆流して、
血の痙攣を聞かせるんだ、
脆さが絶息するまで、
弱さが終息するまで。

Realな脳味噌で真っ白。
Realな脳味噌で真っ白。

吐き気を堪えながら、
永遠の隙間のような、
坂道の途中でsoulさ。
何言ってんだ。
黙れようざったい。

鳥と花と虹と音の、
カラーグラデーションの園で、
いけすかない身体に空いた穴、
ガソリン入れて燃やそうぜ。

誰が言った、何処で言った、
硝子の向こうはバラバラに、
なっちまった、
Realな脳味噌で真っ白。
ルーベンスの絵にナポリタンかけた。
Realな脳味噌で真っ白。
ルーベンスの絵にカルピス、
ぶっかけた。


  *


  14






煙、が、充、満、
す、る、不、行、状、



腐ってゆく 腐ってゆく
(・・・・・・フラットに見ようよ、カウンター的な無表情)
切/り/刻/ま/れ/た

孵化/産卵
           肉体を漁って
       肉挽き、

           肉体を漁って
       肉挽き、
殻の中に雌鶏の悲鳴」」」
アルコール漬けの心臓(を、)
手に入れたい、ん、だ、


  *


  15








vengeance


復讐の代行を請け負う「プロの復讐屋」というのがいる。
こういうのを「復讐代行業者」という。
この仕事を行う為には、通常、
「裏社会」にも精通していなければならない。
その為、「暴力団関係者」や「探偵」などが、
サイドビジネスとして行っている場合があるし、
場合によっては違法業者が堂々と広告を売ってる場合もある。
これはグルメサイトのぼったくり居酒屋もそうだけど、
優良なお客様である限り手出しもできないという一面がある。

もちろん「復讐というのは意味がないことだ」
と悟ったふりをして言うのはとても簡単だ。
ブッダやキリストならそう言うだろう。
かまびすしい蝉の声と卵を抱く雌鶏。
だが何しろ露見すれば、依頼人も「共謀共同正犯」「教唆犯」
とされる可能性が高い。
事実、復讐代行業者だって割に合わない仕事はしない、
原因や経緯があるとはいえ、行われれば様々な違法行為になる。
しかしこういった心の闇を否定してはいけない、
口腔に唾が溢れるのと同じ前頭葉の作用だから。

「子どもの頃仲間が殺されると、
大人になると復讐するダニの存在」が確認されているし、
西洋には「復讐は蜜の味」という言葉もあり、
科学的にこれは本当だという。
「復讐行為は気分を改善させる効果」というのがある。
ただ、復讐が許されている世界ではない。
きれいごとだけれど、踏みとどまるのだって立派な人間だ。
徳を積む、という考え方がある。
人に知られないよい行いは、陰徳という。
それが一切相手を傷つけず、高みへと上る踏み台だと思って、
自分を成長させることができれば、
それこそが「本当の復讐だ」
しかし程度にもよる、
そんな聖人君子ばかりの世の中が存在しないのはわかっているし、
世の中には信じられないぐらいひどいことがあるのもわかってる。
陽の光を縫うたびに影は生まれていくものだから。

ただ一方で、「大人になっても子供みたいな人がいる」
という現実も指摘できる。ゲームや漫画のキャラクターみたいだ。
「ムカつくから」や、
「自分が負った傷を相手にも負わせたい」という、
短絡的な思考も見られる。
一度深呼吸をしてみてゆっくり考えてみるのも手だろう。
とりあえずヨガをやってみたり、サウナで整えてみて欲しい。
恋愛をすれば一本の小説は書けるという神話があるけれど、
復讐感情で一本の小説は書けるのかを実行してみるのもいい。
生産性は多彩なネオンの縞が輝く夜。
勉強する、外面を磨いてみる、キャリアアップしてみる、
方法というのは沢山あるものだし、
なんだったら復讐代行業者に頼むまでもなく出来るケースもある。
ねえ、パパッと簡単に済ませて次のステージへ進もうぜ。

有名なボードゲームの人生ゲームさながら幸せ不幸せがなことが、
一コマに凝縮されている。君はそこに立っている。
連れ合いがいるなら連れ合いをみつけてみるのもいいものだ、
ストーブの前でぬくぬくあたたまってる猫と一緒に丸まってみる。
シンプルすぎるし、ざっくりすぎるけど、いやこれが存外真理。
長い長い人生じゃないか、
ルサンチマンの絡繰りはわかってる、
深夜のビールがリアルだっていうこともわかってる、
でも何かを変えようと本気で努力すれば人生すべて変えられないけど、
一つぐらいは絶対に変わるものさ。
一つ変われば、もっと努力してみたらいい、
二つ目、三つ目の変え方のコツがわかるようになる仕掛け装置さ。

けれどSNSで復讐を依頼するという手軽さは理にかなったものだ。
それは「インターネットという不思議な魔力」さながらだ。
車の運転で人格を変えるドライバーのように、
裏口から入って来る泥棒猫だね、
人の心の邪悪な一面を垣間見せるパンドラの箱だ。
ネロとパトラッシュも復讐の鬼になって生まれ変わってしまえばいい、
戦争しようぜ。

ちなみに僕がそういう「馬鹿な詩を書く」のも、
実のところそういう理由だ。
馬鹿な詩を書くだけで人が救われるならこんなに楽勝モードのことはない、
僕の目標は世界平和だ、紆余曲折のプロセスは熟知しているんだ。
鼠のように前歯を動かす。

しかしまた「暴力ではなく言論」というのはきれいごとだ、
僕は「文章技術を想定する能力」だと考えている。
パーセント表示で物を考えらなければ本当の世界は見えてこないさ。
そう、絶対にいるのさ。
怒りの感情をどうしても抑えられないケースがある。
姿形を変える特殊詐欺、様々なハラスメント、
痴漢などの冤罪、老若男女問わず、
世の中の底辺にはイジメや復讐はエンターテイメントと見なす考え方もある、
なんだったら通常善人とか、立派な人間だと思われている人でもね。
日焼けして皮が捲れるみたいなものさ、
ヒリヒリと熱を持って触られただけで飛び上がるほど痛い。
痛みは人それぞれだけどね、異様な熱はシュールに空間を歪ませる。

「そんなことをする奴が悪いんだ」ではなく、
「そんなことに引っ掛かる奴(巻き込まれる奴)が悪いんだ」
では何の解決にもならない。
「社会なんて屑の集まり」だし、
「じゃあ自分も加害者になっていえばいい」と思った時に、
あなたは本当に何の責任も感じないのか、
それもこれも自分じゃなければ何でもいいのか。

ニュースで犯罪を一つ放置する、自分には関係ないとするのが、
どれぐらい罪深いことかわかるだろうか。
「死刑や刑罰も怖くないという怪物」は、
「社会に声が届かないことを知った弱者」だ。
既存の刑事罰を厳しくしても取り締まることはできない、
人のナイーヴでセンシティヴな心の闇。

そういえば、
元彼に復讐するためのシラミ販売サイト「The Ultimate Revenge」
というのもあるよね。
元カレの車を泡だらけにしてやったというのもあった。
こういうのでスカッとすればそれに越したことはない、
「何かしてしまった人」に拍手して、
病気だけどね、華麗な熱帯魚。
「何もしなかった自分」に拍手して、
病気だけどね、脳内は戦争中。

ねえ、警察は何かが起こってからしか動かないし、
民事不介入のケースは多い。
本当に困っている人に友達や友人が救ってくれるケースばかりではない、
もちろん一番は「幸せになること」だ。
「自分が幸せならきっとどんな不幸なことも忘れられる」はずだからだ。
と言いたいけれど、そういう人が百人いて、
きっと数人はそれでは納得できないし、
蜘蛛の巣に一度顔を突っ込んでみたからだって意見もある、
だから復讐代行業者というのは存在する。

「殺したいほど復讐したい相手」はいつの世の中にも存在する。
歴史の中でかくもねちねちと、くぐもって残っていくものは、
そういった負の面から正の方へと動いた、
めとめとしたものが大半だ。
綺麗な言葉の裏側は猛烈な毒が内在しているもの。
とはいえ、正義とか愛とか勇気とかいう、
戦隊ヒーローのようではいられない。
僕も考えたことがある、
そういう「歴史の中に巻き込まれていく感情の中の一人」になる。
また「被害者意識の強い人ほど、
復讐心もとい許そうとしない気持ちが強い」
ということも判明している。

歴史の中で何遍も繰り返されてきたようなことが、
いつ終わるでもなくまた始まって繰り返されていくということが、
どうしようもない孤独のように感じられる岩戸神話さ。
腑抜けの木偶のように生きていく、ゴム人形になる、
凍てついた世界へ尖った動物の声を響かせる僕等は、
出口のない迷宮の中にいるのかも知れない。

多くの復讐代行業者は、
「報酬を支払えば、気に入らない相手に社会的な制裁を与える」
という触れ込みで営業しているが、
その報酬は、数十万円から数百万円。
時には数千万というものもある。

もちろん「復讐」といっても、
大抵は心理的にストレスをかける。
「自宅や勤務先、携帯電話への無言電話」とか、
「家族・勤務先への誹謗中傷メール」などだ。
「ピザなど出前の大量注文」や、「自宅ポストに汚物の投入」
などだ。
凝ったものになると小説や漫画みたいになる、
「不幸な出来事というのは人為的に作れる」ものなのだ。
こういった地味に嫌なことを繰り返すだけでも、
マイナスプラシーボは生まれるし、
復讐というのは達成したことになる。

ただ大抵は詐欺だ。
「依頼人がお金を払った瞬間に連絡が取れなくなった」り、
「復讐を依頼したとターゲットに伝える」
と恐喝を働くケースもある。
「人を呪わば穴二つ」ではないが、
後ろ暗いことを自分がせず他人に任せるといった他力本願には、
常にこういった危険性が付き纏う。


  *


  16







日付変更線


日付変更線は、地球表面で北極と南極をつなぐ想像上の線。
地図でジグザグに描かれた線に気付いたことがある人もいるだろう。
この線を西から東に通過する時は、
日付を一日戻し、逆に東から西へ通過する時は、
一日先に進めることになっている。

日付変更線がいびつな形になるポイントは、
「二か国の国境がある」
「自国の一部が百八十度線を越えている」
「(キリバスやサモアのように、)戦略的に変更している」
というのがある。

経度が十五度異なる地域では、
その国にもよるが一時間だけ現地時刻が異なる場合が多い。
そこで、旅行者が十五度移動するたびに、
時計の針を一時間ずつズラしていくと、
世界を一周したとき、時刻は正しいが日付が一日異なることになる。
これを防ぐため、国際日付変更線を西から東に跨ぐ場合は日付を一日戻し、
東から西に跨ぐ場合は日付を一日進める。

でもこのため、国際日付変更線を跨いだ途端、
前日に戻ったり、計算上一瞬で二十四時間後になったりする。
もちろん八十日間世界一周のトリックではないので、
すぐにググったりするだろうが、
実際、オセアニアの航空路線の中には、
実際の飛行時間としては六時間未満なのに到着日付が二日後になったり、
逆に前日になったりするバック・トゥ・ザ・フューチャー。

それもそれで何だか納得いかない奇妙な感じを抱くけど、
それはやっぱり僕が外国へ出掛けたりしないからだろう。
このような線をどこかに考えないと、
時間や日付を考える時に矛盾が生ずるのは、
船乗りたちが一番知っていた。
そもそも、十六世紀のマゼラン一行が西回りで、
世界一周の航海を達成して、
出発地のスペインに着いた際に、
日付の矛盾が発覚したと言われている。
乗組員のピガフェッタは世界一周航海にあたって、
蜘蛛の巣の粘りのような日記をつけていたが、
帰路でアフリカの西にあるヴェルデ岬諸島に寄港したとき、
日記に記録していた曜日は現地の曜日より一日遅れていた。
さらに乗組員たちは、帰着後に自分たちが記録した、
日付が正しいとも主張したため大騒ぎになり、
ローマ教皇のところに使者が出される事態にまで発展した。

売り物の熱帯魚みたいに右往左往していた、
現実乖離を伴った不思議な現象も、
今なら容易に想像がつく。
地球の自転とは逆向きに世界を一周したことにより、
錆びた水が夢見るような日の出の回数が出発の地の
スペインで見た回数より一回少なかったのだ。
この矛盾こそが日付変更線の起源。
それ以前に気付いた人もいたかも知れないが、
やはり疑問を多くの人に提出しないとそれが取り沙汰されないのだ。
とはいえ、日付変更線が必要であることは、
十八世紀中に航海者に認識され、
十九世紀に入ってからは慣習的に、
太平洋の中央部で日付を変えることが行われていた。
一番番陸地の少ない
太平洋の真ん中に設定されることになったというわけだ。

一八八四年にワシントンで開催された万国子午線会議で、
経度零度の線がグリニジを通ることが決められ、
それに付随して、基本的に経度一八〇度の線を、
日付変更線とすることが定められた。
前述したように、位置的にまとまった同一国家内で日付が変わることを避け、
また陸地を通らないようにと、
日付変更線はその一部を曲げて設定された。
北側では、ベーリング海峡で東へ、
アリューシャン列島で西へと曲げられた。
南ではトンガ諸島のところで東へ寄せられた。

とはいえ、 その国の政治的判断ないしは裁量で、
自由に設定したり、変更したりできる日付変更線の不気味さは、
自国の場所を真ん中に置きたがる世界中の国々の地図とよく似ている。
みんな同じではいられない、
昼が三分の二で、夜が三分の一の気がする僕と、
そうではないと思う君みたいなものだ。

フィリピンでは、
一八四四年の一二月三〇日の次の日が三一日ではなく、
平和な沼地の底に降りてゆくように一八四五年一月一日になった。
これは貿易相手によって日付変更線の東側から、西側に移したことによる。

アラスカはもっと凄い、
一八六七年一〇月六日の次の日は、一〇月七日でなあっただけはなく、
眠りの海でふわっと身体が浮いて記憶喪失になったように、
一〇月一八日になった。
これはスイッチがパチッと切り替わったように、
統治国が変わったことによる、
日付変更線の移動によって一日分戻り、暦の変更によって一二日分進んだ。
ただし日付の変更は深夜一二時に実行されたため、
日付変更線の移動と日数の経過が打ち消しあい、
変更は実質日付を十一日分飛ばすものとなった。

日付変更線におけるダイオミード諸島は、
隣島まで距離三.八キロしかないのに時差二一時間もある。
ラトマノフ島は明日島、リトルダイオミード島は昨日島と呼ばれるが、
これはそれぞれロシア領とアメリカ合衆国領であるためだ。
アリューシャン列島も以下同文だ。
透明な硝子の壁のように見えないものが支配している、
もちろん人の語りたがらないことばかりを
覗き込むような僕のそれさながらに、
地動説の頃から変わらないナチュラルハイだ。

キリバスは三三の環礁からなり、
それらは赤道付近に三五〇万平方キロメートルにもわたって散らばるため、
世界第三位に相当する排他的経済水域を有している。
だから元々は日付変更線が国をぶった切る形で存在していたのだが、
官公庁が無線や電話で連絡できるのは、
日付変更線の東西双方とも平日である週四日間のみという不便があったため、
脳天に穴が空いてそこから寄生虫でもわきあがってくるように、
すべての島を西側に寄せられた。
これは二十一世紀に入ってから日付変更線を変えたサモアとも共通している。
ちなみにそれでキルギスが世界最東端ということになり、
その近くに最西端が存在するということになる。
最東端が地球でもっとも新しく一日を迎えることであれば、
最西端はもっともと遅く一日を迎えるということになる。
その場所はアメリカ海外領のベーカー島だ。

余談だけれどキルギスは確かに地球でもっとも新しく一日を迎えるが、
初日の出が見られて、有人の場所ともなると、
十一の島からなるチャタム諸島だ。
これはキルギスが最東端だが、
初日の出にいたっては南東にいくほど早くなるという事情からだ。


  *


  17







食品サンプルの話



さまざまな食品を蝋や合成樹脂でかたどった、食品サンプルは、
レストランなどで見ることが出来る。
食品サンプルは大正末期に日本で生まれ、
日本独自の文化として多様で豊かな食文化を陰で支えてきた。
昔はメニューや、写真というものも今ほど普及してなかったので、
イメージ喚起するものが必要だった。
店頭で食べるものを決めれば回転率が上がる。
その中で料理見本という立ち位置から、
販売促進ツールの重要なアイテムへと姿を変えた。
ちなみに大韓民国は、日本以外で初めて食品サンプルが一般に定着した国。
日本の感性は韓国の人がよくわかり、
だから奥さんの妹の子供は韓国popを激押ししていたのか。

もちろんこれは大量生産できるものではなく、職人の手作業だ。
基本、店によってオーダーメイドだというが、
これには二つ理由がある。
時には食欲を増進させるためのデフォルメや、
その店の料理の特徴を強調した表現なども用いるからである。
もう一つは、コストが実物の十倍という理由が挙げられる。
全国の様々な食品サンプルを調査した野瀬泰申は、
自著において「最低単価一〇〇〇円以上の店では、
サンプルが置かれない」という結論を導いている。

昔ながらの蝋の作り方を体験したいなら、
合羽橋ショールームとイオンモール幕張新都心店の二店舗があるらしい。
四三度のお湯が張ってある容器と、
黄色・黄緑・白の三色の蝋。
これらの蝋は六〇度に熱せられて液状になっている。
蝋は紙コップやおたまに入れて使用する。
四三度のお湯の中に蝋を入れると固体化する。
海老天は顔の高さくらいからお湯の中に落とす。
蝋が長方形になるようにぽたぽたと落としていき、
お湯の中の蝋が長方形になったら、
尻尾が下を向くように海老を持って、蝋の上に海老を置く。
そして尻尾を持ったまま全体をお湯の中にぐっと沈めて、
クルリと引っ繰り返す。
そしてやさしく天ぷらの衣部分をくるんでやると、
海老天が出来上がる。

そこには長い歳月によって培われた様々なノウハウがある。
熱に弱くて変色しやすく、壊れやすく運搬にも適さない、
「蝋から合成樹脂に切り替わった」ように、
河原の小石をヒントに考案されたという、
あらかじめ準備された「樹脂製の米粒にボンドを加えて混ぜ合わせたもの」
などがある。
蛙のように不気味に蠢く咽喉のように食欲を感じるのは、
いまもって僕にとっては解明不可能な領域である。

いまでは食品サンプルをアクセサリーにしたアートワークも存在する、
カチューシャのそれは明らかにオムそばであり、ナポリタンである。
首から下げられたネックレスのそれは明らかにカレーライスである。
有野いくとかいう声優は、
食品サンプルの唐揚げを付けたヘアピンを髪につけて、
自身のトレードマークにしているが、つまりそういうことなのだろう。
つまりキャラクターアイテムにもなる、と。
こういうのを外国人が見たから、
フェイク・フードと呼んだりしたのだろうか。

生活のお遊びのように、ブルーベリーパイの小物入れとか、
ピザ定規、トースト型のスイッチカバー、タコウインナーフックなど、
生きていく上で必要はないかもしれないけれど、
心がほっこりするようなものもある。
全然関係ないが、世界各地の料理の精巧な食品サンプルや、
調理器具などを展示している日本食研は一見の価値がある。
逆に食品サンプルのジグソーパズルというのがあったらしいが、
本当に何考えているのだろうと思う。
どすこい。張り手の練習させてください、親方。

食品サンプルはリアルであると同時に、
非現実性を兼ね備えていて麺を箸で、
スパゲティーをフォークで持ち上げている、
決定的瞬間の、超低温冷凍庫で実現できるような、食品サンプルを、
一度は見たことがあるのではないだろうか?
無限大から無限小へ一足飛びに伸縮する幻影は、
いまやスマホのストラップの定番アイテムだ。
というか、ガチャポンの常連だ。
何度も見かけた、
奥さんに怖い顔をされたので買えなかったけど。
ところで、食品サンプルは綺麗な方が美味しいという、
通説があるものの例外もあるはずだから、
縫い物の跡を数えるように体当たりで沢山行って、
確かめてみるしかない。


  *


  18







少女の世界


弁当箱はキティちゃんだと駄目らしい。
CBR乗りたい。

あなたは壊し過ぎた、
砂浜でつくったお城にスライディングする。
冬の森の奥に落ちている冬のソナタのDVDみたいなもの、
中にはエキサイトビデオが入っている。
血液型はB型。

穴の開いたジーパンやトレーナーを着た、
おじいちゃんが、
銀行のキャッシュディスペンサーの行列に並んでた。
かれきもやまのにぎわいエナジードリンク。
おうし座。

机の中に入れてた、百円玉が、
妹に抜かれて、十円玉が十枚になっていた。
一円玉百枚だったら多分、
奴のパンツを頭からかむってた。
怪盗。ふおおおおっ!

友達の社長のおじさんの車にのったら、
口紅付きの吸殻が見えたので、
とりあえず、ポケットに入れて、
棄てといた。キャバクラ?
人ってどうして浮気するのかなとパパに聞いたら、
俺は違う、家族を愛していると言った。
そうだ、パパは愛している、けれど怯えている、
人が浮気しないのは、支配されているからだ。
趣味はガンプラ。

陸上部、全員強制参加ミーティングで、
面識がない猫が混じってた。
完全にフリーダム。
監督。ふおおおおっ!

近所のばあちゃんがお茶を飲んだら、
コンドームより薄い味と言ったので、
めちゃくちゃ笑った。
その後、ムッとしたばあちゃんが、
素晴らしいディフェンスを披露して、
現在調査中であり、コメントは差し控えたい、
とか言ったのでもっと笑った。
梅干しのお菓子あげたら許してくれた。
核廃棄物隔離試験施設で、
その言葉を聞きたい。

マジでヤるのか?
オイッッッッッ!!

春の季節なので仕方ないけど、
近所の犬に腰振られた。
こんなモテ方はやっぱり嫌だ。
耳をすませば、みたいなのがいい。
君の名、は嫌だ。
巨乳の人も、顔じゃなくておっぱいになる。
それは嫌だ、でも欲しい、胸の大きさ。
イタリア人はパンティを脱がせるのが上手で、
メキシコ人はブラジャーを取るのが上手いって、
誰かが言ってた。



毛布が脈打ってるのかと思ったら、
お母さんが寝てた。
肉の字をマジックで父親に額に書かれてた。

誕生日に回らない寿司屋に行ったら、
美味しかった。
普通に回転寿司だった。
回らなかったのは、眼だった。
大トロを注文しようとしたら、
普通に一個までと言われた。
エンパイアステートビルの高さ言ってた。

近頃どちゃくそエロいという言葉の響きに、
とても惹かれている。
蝉しぐれの声が聞こえた気がした。

友達に膝カックンされたので、
麻酔銃を撃ちまくる江戸川コナンなんか、
刑務所入れよって言ったった。

マクドナルドで夜バーガーしたら、
こうするとダブル夜バーガーなんだぜと、
合体させられた。
カッコいい走り屋の姉さんに。
痺れた。

スーパーマーケットに行ったら、
どうしてあんなにパンを買いたくなり、
コンビニへ行ったら、
あんなにジュースを買いたくなるのか、
いつも不思議に思う。ふおおおおっ。


  *

  19







江戸時代なんていうとハッキリ言って僕等にはどうでもいいが、
これはまとめサイトや、SNS文化の賜物で、
おめでとうございますとしか言えないが、
江戸時代から生きている世界最高齢のゾウガメの「ジョナサン」が、
一九〇歳に到達したと聞いたらどうだろう。
僕はいつも思う、考え方や見方や切り取り方なんだ。
文化や歴史の形成というのはもちろん様々な人間によるものだ、
だから江戸時代からもしあなたが生きていたら現代というのは、
どんなにキチガイな文化に見えるんだろうというのが正しい解釈だ。
おったまげんぜ。
でもきっと僕等とそんなに大きな違いはない、
落語は人間の業だと立川談志が述べていたと記憶するけど、
あれも笑いを必要とする文化があったと考えるべきで、
「枕」「本題」「オチ」の順の型にも、
江戸時代の感覚というものを知る材料があるような気がする。
まず食事は質素だろうな、いやいやとんでもない。

江戸時代の食事は、
江戸時代の初期には一日に朝夕の二食を習慣としていた。
一日に朝・昼・晩の三度食事をする習慣は、
江戸時代中期の元禄年間(一六八八~一七〇四)
に定着したとみられる。

一日三食には行灯に使う、
高価だった菜種油が値下がりして普及し、
「夜の活動が増えて朝からお腹が空くようになったこと」と、
江戸の大半を焼いた明暦の大火の復興で江戸に集まった、
「労働者達は、朝夕二食では体力がもたなかったこと」がある。
土木工事は江戸時代全域で行われた。
その時期は御飯と何種類かのおかずを食べる、
という食事スタイルが定着した頃。
長屋の女性は一日一回飯を炊き、
天秤棒を担いでやって来る納豆売りや豆腐などから一日分を買ったという。

ところで当時の農村の食べ物を探る格好の史料として、
『清良記』が知られている。
これはは戦国時代の大森城主・土居清良の活躍を描いた全三〇巻の戦記、
そのうち別名『親民鑑月集』と呼ばれる第七巻には、
この地域の農業の様子が克明に描かれている。
約百十種類の農作物が挙げられており、
現在と大きくは異ならない多種類の農産物が、
当時から生産されていたことが分かる。
作物の中心はきわめて多品種にのぼる稲である。
また畑では、冬作物として稲に次ぐ主要作物の麦や、
夏作物として豆類や粟・稗などの雑穀類が栽培されている。
野菜や果樹の種類も多いが、
これらはいずれも自給できる程度の生産量であったと思われる。

さて時代劇には寿司や鰻などを見かけないが、
蕎麦がよく登場する。最初は六文、明和安永年間以降は十六文。
一見中途半端な金額に見える十六文も、
四文銭の高い人気によるもので、物の値段が四倍になったというわけだ。
ちなみに二八蕎麦は蕎麦粉と小麦粉の割合ではなく、
二×八=十六というわけで、値段を表す隠語だったという。
江戸時代にはなぞなぞめいた看板というのがあり、
元を辿れば「暖簾」や「看板」には家格や身分を指示する、
規範的性格を帯びたしるしが次第に記号として読み取られや歴史がある。

とはいえいまとは二倍も大きさが違う寿司のそれも、
江戸前寿司が有名だけれど当初は鰻を指す言葉だったそれも、
また天麩羅なども穴子や貝柱だったそれも、
元は屋台などで提供される下賤な食べ物であった。
ちなみに海老が揚げられるようになったのは江戸時代後期で、
東京において茄子や蓮根といった野菜が追加されるのは更に後、
なんと関東大震災以降。
ところで天麩羅のアスパラというのをやってみると、
滅茶苦茶萎びた、修行というのが必要だ。

それらはハンバーガーのような、
ファーストフードという見方も出来るかも知れない。
鮪もそうだ、すぐ傷みやすいため下賤な食べ物と思われていた。
トロの部分が捨てられていたというのは有名な話だが、
刺身が好まれるようになったのは日本人の舌にあったからだろう。
豆腐や納豆などは年中手に入れられるため、人気があった。
卵と豆腐をかけあわせたふわふわ豆腐という料理は、
節約料理として知られていた。
酒は江戸にもあったが、関西のものが好まれていた。
ちなみに醤油流行前に使われていた江戸の万能調味料は、
煎り酒でこれが刺身に合う。

ところで江戸時代は徳川家を頂点とする一つの国の構造が作られていき、
また中期には出版文化や旅行文化が生まれたことによって、
日本図は大きく変化する。
関所や通行手形、民族意識、県を跨げば一つの国。
旅行は『東海道中膝栗毛』という小説や、
『富嶽三十六景』などの浮世絵を描いたものが後押ししている。
手紙という文化が生まれたのもその頃、
庶民でも言葉が書ける人がいた。
そこには人情という意識があり、手紙を頼んだ。

地方の農村で暮らす人々が外部の情報を得る手段は、
旅人が持ってくるもので、
それだけに農村の人々は旅人を多くの場合は歓迎し、もてなした。
住まいを提供し長く逗留させようとまでした。
簡単に通信ができるような時代ではなかった分、
一つ一つの情報は貴重で重みがあった。
コミュニケーションスキル、情報というのは、
いつの時代も尊重されるものなのだ。

いまでいうガイドブックが生まれたのはそんな頃だ。
徳川幕府が最初に作らせた日本図は、
各地方に派遣されていた巡検使が収集した地図をもとにしたもので、
地政学的情報が不十分ではあったけれど生まれた。
石川流宣という浮世草紙作家は一六八七年に「本朝図鑑綱目」
一六九一年に「日本海山潮陸図」という大型の地図を作った。
これがベストセラーになった。
地図は位置関係や地形以外にも、様々な情報や観念が示されている。
なかでも日本という存在を表す図(日本図)には、
それが作られた社会の状態や、
そこで共有されていた世界観が映し出されている。

江戸時代の文学と言えば、
『奥の細道』や『好色一代男』に、
『曾根崎心中』や『雨月物語』に、
『南総里見八犬伝』や『玉勝間』などだろうか。
人間の保守性は、衣・食・住の順に、
次第に強化されるという考え方もあるが、
文学は娯楽であった。

また朝廷の権威を利用しながら、
財布の紐を締めたり緩めたりすることで、
その運営は統制しようとする幕府。
幕府の思惑を利用しながら国王・君主としての権威を、
再興しようとする朝廷の強い皇統意識。
こういったものが日本という国を入れ子状にしている。

ところで百万人都市の江戸御府内において主食は米、
武士の俸禄である一人扶持は成人男性の食事量の、
一日米五合が支給されていた。
また飯・汁・菜・漬物が日常の基本構成だが、
文字通り江戸では飯が主食だった。
米将軍と呼ばれた八代将軍の徳川吉宗が行った、
享保の改革は米の生産量拡大に拍車をかけた。
それまで高級とされていた白米を、
時には農民も口にできるようになった。
農民にとって米はお上に献上する年貢米で、
米に麦や雑穀を混ぜたものを食べるため、
江戸に移り住んだ地方出身者は白米ばかり食べ、
ビタミンB1の欠乏症による脚気が蔓延。
原因不明の病として「江戸わずらい」と呼ばれた。
脚気は心不全を誘発する病気だった。


  *


  20





black future


夕焼けが燃えて思いの丈を超伝導に呑み込んで、
モナリザ、
息ができない少しの間、沈黙の絵の具が流れて、
回路を彷徨う鼠花火、
散乱する旺盛なイメージの氾濫はされど校閲済。

“Day after day, by your side,
they fight all the time”

酸素吸入のゴム管は、
灰色だった、鈍色だった、
愚直な自尊心は怠惰。

平均性の、一般性の、協調性の、鬱屈。
何か風邪のようなもの伝染された―――まま・・。

「単純作業繰り返す自動販売機だ」
(ボタンを押したら明るく歯切れのいい音楽が聞こえる...)

刃物が暗く翳る輪郭で、
震える光を追いかけていた培養液のような街の底、
盲いた夢の香の腐蝕。
全点灯する街路樹を横切ってゆくステップ・バイ・ステップ。

エレベーターが。
“余剰”
ヒステリーが。
“晦渋”
ヘリコプターが。
“異常”
カモフラージュが。
“故障”

呪い憎むことも根源的な怒り。
憧れも夢も予感も、
硝子に思い切り傷をつけた。
(後ろめたさが、裏切りが、)
チョコレートの銀紙を剥がして、
潮の匂いが僕を化石にする。

“Day after day, by your side,
they fight all the time”

レディースアンジェトルエン、
めまぐるしい世界を夢見し我らのかなしきコレクション、
パースペクティブ覚えても、追いつけるような気がしない、
条件反射のような吐き気―――だ・・。

時に激しく、時に切なく、
経験と若さを秤にかけるような僕の眼は、
狂気だったんだろう、泡沫のように儚い、
馬鹿の一つ覚えのように繰り返す、愛してる、
素直も正直も馬鹿もいつか砕けた氷を混ぜ合わせるようなもの、
解読不能の墓碑銘を思わせる超高層ビルが、
煩悩から解脱した白紙の脳裏。

この手に在ったのかどうかわからない火薬で、
汚物や胃でも飛び出すようなエネルギーに咽る、
古びた椅子の上で想像力が焦げている。

平均性の、一般性の、協調性の、鬱屈。
何か風邪のようなもの伝染された―――まま・・。

「単純に流れ星が頭の上に落ちたら死ぬんだ」
(ボタンを押したら扉が開く、腐った皮膚を付け替える...)


  *


  21







令和


はじめて音楽を聴きながら笑えた夜が、
アニメのエンディングテーマ。
意味不明にウケる、草、
ッパ、ッパ、ッパパ、パパラア、、、

「そして―――横断歩道の白い部分だけ、
ワルツしながらホップ、ステップ、ジャンプした」

すこやかな裸体へ掘削孔、おでまし、
ベルトコンベアーにロボットアームで、
星屑のような部屋を形成して、
羞恥と驚愕で踊り出す。
「ええ、そのニュアンス、モード、
アトモスフィア・・」
えぐりだす常識へ万国旗のとまどい、
とてつもなく大きな黒い旗を見つけて、
永遠が凍り付いたような気がした。

「ええ、そのフィルター、ポピュラリティ、
フィクショナル・・」
(信じられない網の目の感触で、
はねまわって繭の中に這入っていた、)

塗り上げて、なぞられて、
“溢”(レテ)[いーく]
何て空っぽな上昇を繰り返すんだろう、
“溢”(レテ)[いーく]
無理矢理眼を醒まして口の中にチーズケーキ詰め込まれた。
(ショートケーキなら別腹だった、)

レット・ミー・ダウン、
“道化師になった気分はどうだい?”
(不自由な、手にとれない宝石のよう、)
伝えられない歪みかけのイメージに、
眼が覚めた抵抗のけんもほろろと、
レット・ミー・ダウン、
“一時に花という花が咲いた気分はどうだい?”
(なんて完璧な、鳥の足、)
型にはまった衝動がフレーズに濡れてく、
外は無理矢理眼を逸らすだけの雨。

集中豪雨はマシンガン、
物珍しいフランス語みたいな発音で―――響く・・。
がらんどうに風穴を開けたい不快なまでの矜持・・。
(ケイーコウートーリョウ・・)
『履歴書みたいな飛び石伝い(で、)』
(ハクーブツーカン・・)
『長所ばっかり書いてるお伽噺(で、)』

>生きてる意味なんかあんの?
>死んだらチョウキモチイイから自殺するって、
 元霊能者が言ってた。
>お稲荷さんの狐はモフモフだって言ってた、
 モフモフだよ、人間嫌い、モフモフになりたい、
 お願いだから遺伝子改造して、もう人間が嫌い、
 モフモフ最高・・・!

さしさわりがある中央部、真ん中、
バーコードのマークのようにまばらな髪の毛だ、
(蜜蜂みたいにあれこれ考えてる、
インスタグラム脳、胸が一瞬にして爆発する、蜂の針で、)
蝙蝠みたいな眉してた、
教科書の隅の落書きも、
グラウンドの隅に誰かが置き忘れた鞄も、
スピードスタート切って人を轢き殺した車もメーデー!
(伝言ゲームみたいだ、正確性は求められていない、
ティックトックしようぜ、頭が悪くなる動画に眼だけ笑う女、)
コンパスを回したら世界や世間や怪物になる。
「ええ、そのニュアンス、モード、
アトモスフィア・・」

“...意味のない羅列は...夜のスマホから...”
“...しあわせって何?”

「ええ、そのフィルター、ポピュラリティ、
フィクショナル・・」
(平凡な日常の人生の暗示が、
爬虫類の脇腹のように光る、)

“...面白い話があるんだ...馬鹿の一つ覚え...”
“...すりきれ、ささくれ...”

ああ、ライオンがキングコブラの毒にやられて、
痙攣して、のたうち回って、絶命する、視野の果て。

モノクローム・ファンタジーな夜をすり抜けて、
I want to forget everything, right?
肺に空気ためて、風に水分が不足したような興奮、
汚れててもいいからと泥だらけの手を取った、
フットボールのブロッカーに吹き飛ばされた、
I want to forget everything, right?
花びらを散らした風が扉を開いて、変わる季節、
柳のように身を躱すよ、ひっそり邪悪な花咲かすよ。

ち、は、や、ぶ、る、
レンズの向こうは色だけが滲んでいる箱庭。
なけなしの居場所、絡まってる蔓草、
流れる言葉じゃ足りなくて、昇れない梯子じゃ言えなくて、
仰ぎ見た空じゃつんのめるだけ、
ち、は、や、ぶ、る、
数えた日の夢は助走をつけて砂場に走り込む、
“ドクドク浸透、毒、毒、深層、、、”
一秒後に見えた世界へ百花繚乱、
ここに必要のない肉体はパズルのアラベスク、
はちきれそうな弾みで、トロッコ問題こんにちは、
複雑な鼓動で刹那のふくらみへ消えてゆく。

>生きてる意味なんかあんの?
>生きても死んでも意味ないって気付いた男は、
 奥さんがNTRの現場に出くわした。
>あの時から気が狂ってるんだって、
 どうせなら別れたらいいのにまだ結婚してる、
 ロボットや空気だって言ってる、
 日本人は不倫が文化なんだって、すごいよね、
 モフモフ最高・・・!

はじめて音楽を聴きながら笑えた夜が、
アニメのエンディングテーマ。
意味不明にウケる、草、
放牧中、牛はダイヤモンド・アイ、放尿、
尻尾が揺れる、牛飼いたい、牛飼いたい、
ッパ、ッパ、ッパパ、パパラア、、、

「そして―――横断歩道の黒い部分だけ、
道の草食べた分だけ、草言った分だけ、ここは地獄絵図、
あやしい底光りをはじめるもがな、
ワルツしながらホップ、ステップ、ジャンプした」

さあもっと人でなしなことをして、
I want to forget everything, right?
(You'll never realize it,
that's why humans have no value in living.)
さあもっと人殺しをしよう。
I want to forget everything, right?
(You'll never realize it,
that's why humans have no value in living.)


―――絶景かな、絶景かな、
地獄の景色がほのかにしみこんでいる、
令和の日本。


  *


  22







印象と動き

日常と空白と溜息と空
足音がもつれてる・・・


  *


  23






星の動いていく音が聞こえそうなぐらい、
錯覚した、
悪魔の藪知らずに迷い込んだ障害、
末期的な流星都市。


  *


  24







ヤンデレ神話


なんていうんだろう、
いきなりマンホールへ落ちて死んだと思ったよ、
ああ一巻の終わり、短い人生のフラッシュバック走馬灯。
でもね、スナイパーライフルあざらしみたいな君がいた。
一目で恐怖を感じて股間が、
何故かとんがりコーンしたよ。
ストーカーだった、ヤンデレだった、
だけどね、これだけは言える、GPS外して下さい。
鞄のキーホルダーに盗聴器仕込むのやめようね。
いつか教えてね、
だけどね、鐘がなる、マジックマッシュルーム食べた後みたいな、
不思議な気分さ、
右へおっとっと、さすらいのかもしか、
左へおっとっと、まやかしのうましか、
幼稚園の時につくった婚姻届もってるのは、
さすがに気持ち悪いぜ、
ああでも、ラビットホールから三途の川行く時に、
恐怖の大魔王の正体を見つけたね、
くたばれノストラダムス、
地獄にしかない、僕等のエデン。


  *


  25








選択


せつない夢の身のこなしでふきすさぶ寂寥は、
藻の陰のように見え透いている―――から。

磁带の回転速度を間違えた言葉が、
頭の中でぐるぐる回れども視線から守る。
くらげのようにうねる過渡的な恍惚からの、
思考停止。
弹链をして。

特殊な気泡、
型録の残骸、
ひとみな陶器の露店をこしらえあげ、
旋舞する風乃抄。

静穏な水面とはうらはらにねじれた朦朧、
暗黒の地下流はそそぎゆく瀑布をあらわに、
全体に陽がさしているような熱感に、
なめらかに身をくねらせる独りよがり。
五臓六腑にしみわたった余韻は、
未発達な夢多き导航菜单按钮だ。


  *


  26







春の心臓


あなたのことを一つ忘れるたびに、
細胞が死んでゆくような気がした。

ねえ、すべての細胞は七年で入れ替わる、
骨も七年、関節は百十七年。
脳は一年、腸の微絨毛は約一日。
肝臓や腎臓の早い細胞は、
一ヶ月で約九〇パーセント変わり、
一年ですべて入れ替わる。
筋肉の早い細胞は一か月で六〇パーセント、
遅い細胞は約二〇〇日。
血液は百日ぐらいですべて入れ替わる。
肌は十歳で二〇日周期だけど、
それが少しずつ遅れていく。

砂嵐のように巻き込まれて、
霞んで見えなかったものが知識や情報で歩ける、
だから思ったんだ、
一つの感情にとらわれると他のことが、
見えなくなるって。

生物の寿命は五十五歳ぐらいだって聞いた、
遺伝学的には不老不死の人がいるとも聞いた。

恋をした細胞が意識の遠く、肉体の内部、
沼のように沈んでゆっくり死んでゆく、
それは平和や幸福とは違うかも知れないけど、
忘れてゆくことの美しさだという気がした、
漠然とした不安な予感も、恐れも、苛立ちも、
月がつくりだした一条の水の銀の糸を伝って、
この最後が、不器用な愛情表現が、
綺麗だったらいいのにと思った。
自分のみじめな逡巡も、神経質な皺も、
立ち直れないと思う涙の跡にも、
蓋をした、どうせ消えてなくなってしまう、
だからただ、幻影、少しずつ腐ってゆく、
愛のなれのはてが依存だなんて悲しい、
それは細胞、ただ美しく弱かった細胞。

君の名前は青いよ、
青が板のような硬い感じの舟を浮かべて、
もう一度何処か遠くへと水平線を見るよ。
澄んだ春の空気が張りつめる、
一生変わらないものを見つけたいのに、
火と水のようにすれちがう思い出は、
フェアウェルの季節だ。


  *


  27





あなたはグラエムだね?



あなたはグラエムだね? scanさ/れ/る。
***閲覧権限確認のため職員コード及び、
パスワードを入力し認証を行ってください***
+〇×△■chord...
“vision 未知の化合物が塗布された鉄条網”

ここは“特別収容『風穴(カゼアナ)』”
《key》<解除シマシタ>
「軍は子供を探していたんだよ、より順応性があり、
簡単に訓練して、口を噤める玩具を・・"
―――排便を試みる鳥(から、)
極めて急激に成長する腫瘍のようなものをもたらす(もの、)
(寿命の延長、身体能力の強化。
とりたてて反射能力、知覚力、筋力の増強は、
多言語での会話能力と結び合った、新開発の液体“TFファイ”は、
副作用を持っていた、輪郭が融け、顔が融け、意識が融け―――)
“chimera作戦”
知性はおおよそチンパンジー、異常な速度と強度を持った、
頭蓋骨・脊柱・中枢神経系の損傷した洞窟壁画のような印象。
《12m、体重約4300kgの、キメラ的な形態を持つ、
八足歩行性の人間のなれの果て》

。。。眼の鱗が。。。


グラエムだね? scanさ/れ/る。
>首肯する。ベルリンの灰燼。アメリカやロシアの意志。
 ここはそれらを取り巻く誇大妄想的衛星国。
 通称1111部隊の改造人間。兵器の贓物。
> 001. Cool War
>█████と会話を交わした。
>ネチャッ、ヌチャッ、ニチョッ、、、
>人間だった記憶が生温い水に浸らせる。毎朝5:26分きっかりに、
 特別収容kkk...ギギギ。。。苦しい...
 ここは“特別収容『風穴(カゼアナ)』”

迷路のような通路が四苦八苦しながら四方八達し、
入り組み合う道順、、、
***七曲り、八曲がり、、、

あなたはグラエムだね? scanさ/れ/る。
***閲覧権限確認のため職員コード及び、
パスワードを入力し認証を行ってください***
「はい」か「YES」で答えられる質問だけしか言えない。
+〇×△■chord...
“vision 未知の化合物が塗布された鉄条網”
「(ラミネートされた厚さ25cmの防弾ガラスで、
構成された鉄製シャッター付き観測パネル)」
びくびくする痙攣する毒液が光っている、
公衆便所に生じた黴のような眼をしている。
―――処分が決まったよ、自動化学抑制システム(を、)

グラエムだね? scanさ/れ/る。
>眼の奥に触手が最短経路で貫通した、ごぶリュッ、
 税金の無駄遣いといわれた兵器の贓物が、
 は/な/鼻かラ液体が這入って来リュ。ユニークなランス仕様で、
 脳が汚染されリュ、ミシン針のように加速すリュ。
 無情な欲望。
> 099. new error
>█████と会話を交わした。
>ネチャッ、ヌチャッ、ニチョッ、、、
>RRR...RR...R...
 総理大臣の秘書の方ですか、bugです。
 〇・〇一秒後にタプタプという音が耳を支配する。
 陸上戦闘機・陸上攻撃機を多数展開する。
>人間だった記憶が生温い水に浸らせる。
 毎朝5:26分きっかりに、
 特別収容kkk...ギギギ。。。苦しい...
 ここは“特別収容『風穴(カゼアナ)』”


  *


  28







Super-expanding story


生きてる理由なんかなかった。
コンクリート塀を見た、ガードレールを見た、
道は続いていた。

五分で着く職場をクビになり、
「(俺は一体何してるんだろう?)」と思った。

面前での侮辱や嘲笑。
不信任案。
シュレッダーで書類をばらばらにするみたいに、
人生が細切れになる。

そしてどうなったかといったら、
平静だった、
月給二〇万、残業もしない、
仕事中に時計を見ていて、
いつになったら終わるのかと考えていた、
怠いだけの仕事をクビになった。

歩道橋を渡り、飛び降り自殺したい衝動に駆られる。
生きてることが馬鹿馬鹿しくてしょうがなかった。
漫画や映画を観、スマホで検索したり、
動画を観たりする。

中身なんてない。
ずばぬけたものもない、美しさもない、
そもそも間違って生まれてきているような、
劣等感ばかりが大きい。

だのに歩道橋で、
高校時代の一言か二言、
話しただけの後輩の女の子に会った。

「死ぬんですか? グロ映像期待」って言われた。
「死なないけど」って答えた。

ファミレスで食事をおごられた。
「仕事クビになるなんてすごいです、
辞める人は沢山いるけど」
「眼つきが悪いとか、態度が悪いって言われた」
「大丈夫ですよ、センパイのわたしの、
評価と完璧に一致しています」

後輩は容赦なかった。
けれど、ファミレスをご馳走になって、
お別れするのかと思いきや、
「ついてこい」と、いわれ、
コンビニでビールを買って公園で飲んだ。

星空がきれいだった。
時折通りかかる人々が、
僕等を汚いものでも見るように見た。
けれど、後輩は気にしていなかった。
無敵だった。
アッパー系かも知れない。
クビになって歩道橋から自殺する人に、
グロ期待って言う、鬼の生まれ変わり。

でもひとしきりビールを飲んだあと、
言った。

「あたし、したいことがあるんです」
「さ、殺人とか?」
「近頃のニートのワードチョイス」
「なりたてのニートにひどいことを言わないで」

ビールを飲みのみ言った。

「地下アイドルになるんです」
「応援してるよ」
「心にもない言葉ですね」

そう言いながら無表情な後輩が、
はじめて安心したように笑った。
アタックポイントの高い笑顔だ。
甲虫が花粉にまみれたような笑顔といってやる。

でも正直、きらきらしているなと思った。
夢がある、生きてる理由がある、
何かすることがあるってカッコいいなと思った。

「明日、東京行くからお見送りしろよ」

どこまでも上から目線に言った。
次の日、することもないし、
帰り際、電話番号交換したスマホに、
鬼電いれられたから行くよりほかなかった。

何もなくてもする意味がある、
無感動にそう思った。
周囲の密度と合わない水と油だったけれど、
切符売り場に着くと後輩は、
「本当に来やがった」と言った。
それから嬉しそうに近付いてきて、
背中や肩をバシバシ叩いてきた。
仲良くなったものだ。

「後輩よ、さらばまた会う日まで」
「待て、先輩よ、最後なのだ、
プラットフォームを昨日のお礼に、
走って欲しい」

結論から言うと、走った。
スマホで絶対に録画していた。
後輩はニコニコしていた。
電車が行ってしまったあと、
後で開けといった手紙を見た。

初恋だった、と書かれていた。
絶対嘘だと思った。
でも、仕事見つけようと思った。


  *


  29








探索


見知らぬ場所で目覚めた。
現実度、温度、気圧、広さ、耐久性を計測しよう。
埃まみれの薔薇の花が落ちているが、これは、
ドライフラワーだろう。
薔薇の花を手に取ると花の部分に鍵が隠されている。
室内のようだ。
水もなければ、窓もない。
あるのはアルファ、ガンマ、デルタと書かれた、
病んだ穴だ。
穴はどれも二十五~三〇センチのように見受けられる。
どれも荒い布が柔らかい組織に擦れるような音がする。
だが“アルファ”は、輝く星のことだ。
であるならば、このドライフラワーは、
このアルファの穴に入れるべきなのかも知れない。
そうすると、大きな音を立てて、眼前に扉が現れた。
ガンマやデルタにも、ドライフラワーを入れてみたい衝動に駆られたが、
もう、花を取り出すことはできなかった。
眼前の扉はアルファ具現化イベントと呼ぶべきだと思った。
豪華絢爛たる装飾を施された、
アンティークの雰囲気のある樫材の扉。
警戒しながら十五度ほど扉を開ける。
いざ獰猛な動物と出くわして勝てる見込みはない。
すぐ閉められる最適な扉の開け方だ。
ガス成分や、いきなり弓のような罠が、
飛び掛かってくるかも知れない。
しかし物音はない、ゆっくりと足を踏み入れる。
どうなっているのかはわからないが、
扉の向こう側は明らかに別の場所へと続いていた。
これがヴァーチャルリアリティーである可能性や、
夢でも現実でもない異空間である可能性について考察する。
扉の向こうには森林地帯が拡がっていて、
リンゴ、ザクロの樹が植えられている。
木に詳しいわけでも、果実が実っているわけでもない、
名称プレートがあるのだ。
名称プレートへと近付き、それが、物質ではなく、
プロジェクターのスクリーンのようなものだと気付く。
私は俄然、これが作られた世界、
空想の箱庭のようなものである証左を得た気がした。
それに光源の類は存在しないのに、
この不思議な明るさはまぎれもなくバグだ。
しかし、通常仕様であることを思えば、
そこまで設定を重視していないのかも知れない。
だがこんな技術力を持った人物となれば、
と思いめぐらせた時、
世界でもたった一人しかいないと思い耽る。
それはベネウィッツ博士だ。
ヴァーチャルリアリティーの常識を超えた、
もう一つの現実というものを発明した。
量子コンピューターの先にあった、
知性のゆりかご、神の心とも呼ばれる発明。
だが、私は気付いてしまった、
であるならばこの巨大な迷宮のような森は何だろう、
私は考えた、第三次世界大戦や、核兵器のことを。
二度と抜け出られないカタストロフに満ちた場所を―――。


  *


  30






勢い


こおりつきそうな冬の夜の、しばれた感じの、むちでばしばし、
しばかれた感じの、郡山市って特に関係ないけど言った感じの、
そういう何かしらの、まあ何かそんな感じの、でって言ったらでって、
返されて変なポーズを決めてしまう感じの、そういう冬の夜の、
なにか夏の夜でもいいんじゃないかって言ったっていい感じの、
人身御供の、ホラースポットの、情け容赦ない感じとはまったく無縁の、
おじさんがいて、何か多分こどもなおじさんがいて、こどもおじさんがいて、
こどおじって言ったら何か別のニュアンスがあるかも知れないことに、
尾崎豊のように怯えて、でも確かにそのような奴がいて、
はくちょうのみずうみーって言いそうな野郎がいて、
でも多分はくちょうのみずうみーはないだろうなって思っていて、
そういうタイツがいて、パンツはいてなかったらどうしようって思えて、
でも、そういうタイツがいるということは現実的に仕方なくて、
見る暴力というものがあればそれは切腹を命じたくなるやさしさだ、
慌ててドアを閉めて、鍵を閉めて、扉を叩いたら銃を構えて、
確実に殺します、確実に殺します、確実に殺します。


  *


  31






literary spring invitation


道を行く人々の単調なざわめきが、
水の底から発せられたように思える。
日常がドラマティックな仕掛け装置のわけもないのに、
浮足立ち、絶え間なく頭の中を侵蝕しにかかる。

この波長の曲線は上がったり下がったり、
不規則な波状を描いていて、
この波の一つの峰から次の峰までの文字数が、
かなり広い範囲内で色々に変わってゆく。

精神とか魂とか肉体とか言うような、
ふわふわした、軽い、綿菓子のような、風船の言葉を、
うっかり口にしそうな気分が言い知れず不快―――。

海の底を探る精細なアクセレーションは、
青い風呂敷で電燈を覆ったような空を眺め、
もどかしいミッシングリンク、
水面を透かすような気持ちで歩いている。

貧弱な言葉よりも、
まろやかな重み、野性味でもいい、
だって惹きつけられなければ夢見ることだって拒みたい。
そこに莊嚴な、感動すべき跡形を、
甘美に充たし、奥ゆかしく、自分に刻みつけてゆくもの、
―――本当に美しいと思える瞬間を探すこと。

花弁が五枚中心へと寄り添う花。
枝を埋め尽くすというよりは、
点々と小さな塊がいくつかあって、
枝の先端にぽんっと小気味よく咲いていたりする花は、
醸造するような空気でおのづと酩酊、
しかし未だ飽和点に達さぬ、毒や、幻のようなものを持つ。
不意に桜の花は血管が浮き出ているようなものではないか、
と、人知れず思おうとした頃、

「桜きれいだね」という声が聞こえた。
誰に言ったのか一瞬はわからず、全身を耳にして、
いや、全神経を耳に集中して一語一語貪ってようやくわかる、
彼女は罠にかかった獣、
さもなければ死の舞踏のような身悶えをする、
囚われ人だ。
倚り掛かりのいい、鞣皮で張った肱掛椅子みたいな人だよ、君は。

清しいうすものの揺らぐように、風の音がした。
制服のかげが、靡いてうつり、白い薫りが鼻を突き、
兎が跳ねまわっているような気がした。
ラビットホールはあちこちにある。
春の饐えたようなひんやりと重く、何か恐ろしい、底知れなさは、
苦しげな叫びと出口をめがけての空しい殺到を想起させる。
塞がれそうな裂け目の前でばったり出会った、
―――青い春の少女。


  *


  32









真夜中、鏡の中に問い掛ける。
鏡に銀やアルミが特殊な方法でつけられ、
それゆえ、自分の姿を認識することができる。
その空気のなかへ一種神秘な雰囲気を撒き散らすもの、
それとて、不自由きわまりなき遠く隔てられた客観は、
どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない、
びっしりとした鱗、
それも隙間なく埋められた細胞のようだ。
昨日、一昨日、陰気にした、憂鬱にした、
反射するということに気付いた僕等の美意識は、
それに注意する意識に黴を生やしながら夢の跡を辿るが、
されど襟を正しくて迎え入れるよりほかはないと思うのだ、
それ自体が、太陽を惜しみ、
きよらかな光の発見を目指す行為なのだから、
極低温水素循環システムでも、
二つの世界を隔てられたまま対峙する、
オペラント観察でも。

もちろんそこは、階層型の心理を伝う井戸の奥底。
水中から水面に対して極めて浅い角度で光が進入した時、
全反射と呼ばれる現象が起こるように、
深淵の魅力に戦慄する典雅の森。
一枚の写真を見よ、言い伝えのようにあやふやな遠い昔よ、
遠く朧げなものの理由とは何だ、
欲望が未練がましく心の中で粘着いているからだ。
鼻の根の両脇に瞳を正しく揃えるか、
風車に向かっていくドン・キホーテでいられる自信があるか。

客観性とは焦点を合わせると局在化する、
そのたびに饒舌の転換ではないかと思うことがある、
ちょうど薔薇の枝にびっしりとした油虫のように、
無意味な言葉ではないか、一番上等な座布団を出しておきながら、
その実、敬意などちらとも見せない縞模様の昆虫よ。
処女の素足のようなものはない。
対岸の火事とばかりに思う損分肥やした自尊心で、
見透かし、見くびろうが、
そこに優劣が立ち入る余地などなく。
いまもって吹き上げるのも構わず蓋でぐっと圧えつけている嘲笑も、
二十歳の頃の苛立たしさばかりが標本に針で止められている。
冷たい言葉も、優しい言葉も、いらない。
鏡の中の僕は圧迫されている。
鏡の中のもう一人の自分は回転している。

誰だって自分のことを知っているつもりで知らないのだ。
興奮の血管が太く二三筋現れたらいい、無表情の僕よ、
灰色の町ではみんな青色になる魔法をすっと掛けられて、
夏が終わることのない島のような場所を考えている君よ。


  *


  33







はーい、新作ジュースのレポしちゃうよー。
4月18日に、青い鳥がめじるしの、
世界七十億がお尻の大きなことを知っている、
Kamome Martで愛の伝道師活動、
「まじで毒素! 
心臓にドキュン、青い何かしらのドキュソ」
が発売されました。
ネーミングセンスが色々ヤバいですね。
裏の裏をくすぐってきますが、
地雷すぎて普通買えません。
毒はさすがに不味いです、
正義に毒、愛の毒、ね、毒はまずいです。
信用で買います、毒を。

で、芳醇な香りとフレッシュな巨峰っぽいの味と、
ほんのりしょっぱいミルクフォームがいい、
蓋パカッと開けたら、あおみどろで、ブルーハワイでした。
毒設定なので、沼? 沼ですね、これ。
HPは削られません、化学変化の沼。
けど、美味。
ジャパニーズカモメバードのはばたきのような爽やかな味。
あと、店頭で買うと青い鳥スタンプを押してくれます。
十個集めると、青い鳥のキーホルダーが貰えます。
絶対欲しい。

あと税込二百円という赤字と黒字のボーダーを、
攻めまくってるみたいです。モンスターだよ。


  *


  34







子づくりからはじめてゆく
kamome studio


わー、おとうさんとおかあさんが
ちゅつちゅっしてたー。
ばちくそやだー、こどもうまれるー。
こうのとりさんおねがい。
むぎわらのかごでもってきてね、
ととろのねこばす、ふっかふかー。


  *


  35








夕方


夕食の準備、鍋や水音、換気扇、皿を動かす音が、聞いても聞かなくてもいい、
自然音みたいに思える。透明な海の無感覚と、風景の三角柱のような不動。
生命を無視して食卓に並べられる残酷な料理だ、蒸し風呂に入ったような火照りを、
折しも感じながらふとした拍子に動物と人間の立場が逆転した世界、
植物や野菜が支配する世界のことを考えていた。愛は都合のいい言葉だ。
顕微鏡で覗くと、どんな小さなものでも見える魔術を掛けられて、
神様のことがあの夕方、夜霧のプラットフォームが延びてこようとしていた夕方、
確かに傍にいた、善悪も、道徳も、心の底の孑孑のように感じられた。
でも生きていること、死んでゆくこと、生かすこと、殺すことに意味を感じられる、
わたし達がわたし達でいるために、その良心を、虫歯に指で触れるようにさわるのだ。
感情も、存在も、自分自身でさえも、無視してゆくことに慣れた現代人は、
夕方の光がただ感傷的なものだとか、美しいものだと思っている。
違う、今日するべきことは終わりましたよと世界が教えてくれているのだ。
正しいことなんか一つもない世界だ、すべては曖昧だ、あべこべだ、嘘だらけだ、
でもそんな暗い想念をすべてさらけだしてもまだ生きてゆける生き物だ。


  *


  36




夏休みの王様
king of summer vacation


脂肪が腐ってひとりでにできた割れ目に、
黴でも生えてくるような、八月三十一日。

この夏も、公園でラジオ体操をして、
ジジババにまじって太極拳させられてた。
カッチョよくない。
ギターは三日で挫折した。
バスケシューズは買ったまんま部活に行かなくなった。

夏の最高不快度指数を更新しながら、
エアコンがガンガンの部屋で、
勉強机に無造作に置かれた、
夏休みの宿題に、
蝋燭の蝋にでもなったような蒼白い気持ちを味わう。

ブラジャーサンドイッチの女の子に、
遊び人の名を進呈し、
サングラスの痕をつけた悪友には、
馬鹿とシンプル・イズ・ザ・ベスト。

きっとねきっとねきっとね、
夏休み検定が必要な時代、
やれ、かき氷食べたか、やれ、海へ行ったか、
やれ、友達と自転車で夕陽を駆け抜けたか。
何もないよ、燃え尽きちまうよ、でもそれが夏休みの条件。
君は本当に夏休みの王様になったつもりかい?
言うけどさ。

おお、八月三十二日という架空の日付が始まったら、
脳内空想のまんま僕は無限ループし続けるのだろうか。
問題処理スタイルの違いだ、
きっとそれでも歳を取らなかったり、
背丈が伸びなかったりすれば、
暗黒の粘状体の終わらない夏休みは、
骨格標本にこびりついた肉の破片になる。
平和は地獄を求めてるんだ、
退屈が教えてくれる、平均台の上のバランスの悪い感覚。

勉強と部活と恋。
そしてウッキッキと猿式にはしゃいだあとで、
背中のゼンマイが切れたことを教えてくれ、白痴。

二学期を迎えぬまま遠くへ行ってしまった、
女の子のことを考えながら窓の向こうの飛行機を見る。
って青いよ、切ないよ、苦しいよ、
いけない、頭が沸騰しそうで、いかれてきちまう。
屋根裏部屋でも、青春だった、暗い情熱が爆弾になるだけ。
埋め立てゴミ処理場でも、懐古趣味、人と違うことを強調して、
いつのまに多重人格者。パラサイトはじけるカフカの変身。
図書館裏のベンチではチャリンコ暴走族が集まった、
これから肝試し、これから川で魚釣り。
中二病の女の子がファミレスに参戦している、
おいおい何処へ行くんだい、そんな素敵な眼帯をして。

僕はぜんまいのように丸まった消火栓の先端になる、
とはいえ、感受能力の限度を超えて、
僕の修学旅行的な不完全燃焼は増加する。
ずっと嫌だった、失笑を禁じ得ないんだ、なんなんだ、
この無茶苦茶不細工な夏の過ごし方は。
不甲斐ないよ、腕立て伏せして、腹筋して、脳筋へ立候補。
仕上がって来た。
もっとエキセントリックなのがいい、もっとフレキシブルでって、
カタカナ並べてる時点で僕の成果は御覧の通りの体たらく。

証言の心理や、追憶の誤謬をするけど、
大したことなんか一つもなかった。
宇宙の謎や、数学の謎にも似た、まったくもって虚無さ。
蝉はヘビメタし続け、海は生活ごみの溜まり場で、
何処に行っても人がいる街中は、
うんざりするだけの最低最悪なものになる。
真夜中がいい、でも門限を破ったら飯を抜かれる。
けど、たった一人で電車に乗って違う駅へ降りただけで、
なんでこんなにドキドキするんだ、上手く言葉が出てこない。

色を見、音を聞く刹那に思慮分別を交えず、
純粋な体験ではないありとあらゆることを、
呪ったりする。
わかるかい、朝早く起きた時の太陽に痺れてる、
なんでこんなことごときで僕の胸はドキドキしちまうのさ。
不当に丁重な扱いを受けている「休み」
濡れ雑巾で顔を拭かれたような気がする「自由」
底意地の悪さが隠れている気もする「若さ」

君は夏休みの王様にでもなったような顔で、
すべてを体験しきったって顔をしている。
もちろんそうさ、聞かせておくれ、つわものたちの夢のあとで。


  *


  37








表に掲げられたネオンサイン 、待合室、コート掛け、
バインダーに綴じられたタトゥーの見本写真。
使い捨ての手袋、タトゥーマシーン。
作業中のタトゥーがよく見えるように着用するヘッドルーペ、
明るさが調節できる照明。
有害物質や先の尖ったものを入れる容器 ・道具を、
消毒するためのオートクレーブ減菌。
そこに、施術で利用する針とか、積み重ねられたタオル。

ダークな雰囲気の店もあれば、芸術家を気取ったような店もあるというし、
外国ではタトゥーのお店にコカイン中毒者がってこともあるらしい。
僕なりに日本ではどうなんだろうと色々調べてみると、
整骨院に毛の生えたような雰囲気の店なんかもあって少し拍子抜けした。
いや、一見ワルそうな人が存外礼儀正しかったりするものね。
小泉又次郎とかいう刺青大臣もいた。
壁に描かれたタトゥーの絵。
音響システムから流れるラップに、
タンクトップの厳つい男ってイメージはかぶれすぎである。
でもあながち間違ってない、刺青はアウトローの代名詞だからね。

前にベトナム寺院を調べる時にベトナム料理の店が、
実家は超田舎、いま住んでるところは割と都会な僕の周囲に、
沢山あることを知って驚いたけど、
実はタトゥーの店も結構沢山あるんだと知った。
意外な発見から社会の見え方が変わって来るという体験だね。
事故物件サイトで周囲に何かあると知った時は、
全力で回避させてもらってるけどね。
とはいえ、適切な衛生処置を怠ればピアスだって危険だ。
消毒剤の匂いのする清潔な香りを信じたい。
適切なアフターケアを行うことで、
タトゥーの状態を長持ちさせることができるのだから。

ところで前に店を開く側の話を聞いたことがあるけど、
大阪や愛知で医師法違反容疑の名目で、
タトゥースタジオが立て続けに摘発されたこともあったので、
役所や保健所、税務署や警察署などに挨拶し、
無断で開業したわけではないという実績を記録に取り、
打ち合わせ担当者のサインでも貰っておけば、
安心して仕事ができるだろう、という話があった。
タトゥーっていうと、不器用ですからとかいう高倉健的任侠道、
僕の世代的には入れ墨だっていう認識はあると思う。
とはいえ、タトゥーだって一生消えない傷を、
隠すためにあえてする人だっているわけだし、
場合によっては民族意識とか、
マフィアとかだけではなく職業的な忠誠を表す場合もある。
日本ではタトゥーはまだまだ一般的ではないので、
非合法のイメージで周囲の住民に煙たがられても面倒だし、
裁判沙汰になってもしょうもない。
ちゃんとしているという証明って政治家じゃないけど、
地道な選挙活動なんだよ。

ちなみに価格帯についてだけど、言い値とかいう意見もあったけれど、
コインサイズ:五〇〇〇円〜一五,〇〇〇円。
タバコサイズ:二〇〇〇〇円〜三〇,〇〇〇円。
ハガキサイズ:三〇,〇〇〇円〜五〇,〇〇〇円。
A4サイズ:七五〇〇〇円〜一五〇,〇〇〇円。

予約金や針代やデザイン代に別途お金がかかる場合もあるらしいし、
凝ったものや、時間に比例するとかいうのを踏まえつつ、
正確な工数が読めないという要素もある、
ギターでアルペジオを奏でているようなものでもないしね、
料金に振れ幅が多少あるという理解はしておいた方がいい。
ぼったくられた、と思うようなところで施術しないようにね。
自分も相手も得にならないことは回避した方がいい、
別に効率厨ってわけじゃないけど。

ところで外国の映画にありそうな話だし、
玉置浩二とかいう日本の歌手もそうらしいけど、
タトゥーに付き物なのは後悔だ。
これは整形手術でもそうだけどやっぱり覚悟はしておいた方がいい。
後悔するぐらいならいまこの時点でやめてしまった方がいい。
失敗だってないわけじゃない。
インクが身体に悪影響を及ぼす可能性があるし、
多くの人における偏見や差別の対象になることもある。
銭湯は入れないしね。
外国ではいいタトゥーを見たら、褒めてくれるらしいけど、
文化の違いがリアクションの違い。
でも最後は結局自分が困る、他人じゃない、
僕等は自分にだけは嘘をつけない生き物だって知った方がいい。

一か月や二か月はよくても、一年や二年先はどうだろう、
消えない傷が一生残るようなものと考えるのは最適解だと思う。
将来の体型を考察するというのもあった。
長期的な展望は必須だ。
ツインタワーを彫ったら以後テロリスト扱いを受けて、
最終的にタトゥーを消して、
別人の人生を生きたなんていう壮絶な話があるけど、
やっぱり生年月日とか、恋人の名前とか、ウェブサイトのURLは、
止めておいた方が無難だろう。

先進国の中ではアメリカが一番タトゥーに対して寛容だけど、
見えるところにタトゥーがあると採用を躊躇すると、
六〇パーセントの人事担当者が回答したという調査結果もある。
あのね、世の中って結局見えるところだけでしか判断されないっていう、
うすっぺらなものなの。
日本においてはタトゥーに対する認識は更に厳しいし、
タトゥーをしている人を恋愛対象にできるかどうかで、
ぼんやりと考えてみたらいい。

もちろん一年で消えるエフェラメルタトゥーというのもある。
浅く針を入れることと、
インクが比較的持ちの悪いものを使用することで、
約一年くらいで消えてきく。
ただ、確実に綺麗に消えるとは限らないし、
逆に気に入っていても綺麗に見えるのは数ヶ月で、
あとは長期的な消えかけの状態になる。
ちなみに一週間程度で消えるフェイクタトゥーとか、
ジャグアタトゥーと呼ばれるものもある。
痛くない上に、ちゃんと消えてくれる。
タトゥーシールというのもあるけど、皮膚トラブルの元になることもあるので、
何をするにしてもまずきちんと調べて選択するようにしたい。
ただ、タトゥーに哲学や信念、アイデンティティというものがある場合は、
やはりこういうのは邪道なのだろう。
タトゥーをする心理はわかるけど、
実際にしている人の気持ちにはまったく寄り添えない、
だって僕はタトゥーをしていないからね。
ただ、奥さんがしていて、別にいいんじゃないかと思ってる。
社会生活をする上で何も考えていないというのは偏見だよ、
ファッションではない反骨心や、自分を形成する要素なのか、
いや、チンチンにピアスをやっているのを見たことがあるけど、
それと同じで、凡人の僕にはさっぱり理解できない。
いかれているとか、ぶっとんでいるという以外の見方はあるだろう、
だって顔面部にピアスするのは理解できるけど、
どうしてそんなところにする必要があるのかわからない。
説明されてもわからないかも知れない。
ね、僕だってレンジが広くて、
理解可能という立ち位置や姿勢は崩さないでいたいけど、
そうはいっても本当に理解できないこともあるんだ。

それをアートという括りでまとめてしまうのは強引か、
そうではないのかが僕には判断つかない。
物事って軽ければ軽いほど、分析しやすいものだ。
AIに質問してすぐ回答を得られる類のもの。
でも重ければ重いほど、多面性の社会が見えてくる。
ちなみに、レーザーに反応する特殊なインクで、
消したい時に消せるものもあるらしい。

リスクが少ない、ファッションを楽しむ、
という要素は若者には必要だ。
そうは言ってもちょっと悪いような感じを気取りたいという若者もいると思う。
滅茶苦茶痛いとか、失神するとかいう話もあるらしいから、
そういうのを克服して手に入れたいという向きもあるのかも知れない。
基本的には施術前に質問を書面で行うらしいけど、
タトゥーを入れるのに緊張しすぎて、
前日から何も咽喉が通らないという人もいる。
御飯はちゃんと食べようね。
施術の際に顔色が悪くなる人はよくいるらしいし、
僕なら死ぬ気で頑張るところだけど、
気絶するところまで頑張るのはちょっと違うような気がする。
慣れないことをするんだもの、気分が悪くなることだってあるさ、
ただ、救急車を呼ぶ騒ぎにならないように、
気を付けられることは気をつけよう。
とはいえ、みんなわかってる、
やっぱり一定数こういうことは起こるんだろう。

ところでタトゥースタジオは、
デザインを得意とするか、経歴や実績があるか、
インスタやホームページが稼働しているか、
値段設定が適切か、話しやすいかだけは確認しておきたい。
タトゥーは一生ついてまわるものだから、
スタジオ選びは慎重に行いたいところだ。
また最後になるけど、タトゥーをする反社会的勢力だと思われ、
生命保険や医療保険に加入できない恐れがある。
馬鹿馬鹿しい話だけど、テストドライバーとか、スタントマン、
潜水夫もそうだし、生命保険の加入の際に制限を受ける職業は結構数あり、
格闘家や登山家はなるほどと肯くところだろうが、
身近なトラックドライバーもそうだ。


  *


  38








魔法少女政策委員会


そして平凡な普通の少女は、
おっと、平凡な普通の顔面偏差値が異様に高い、
『魔法少女まどか☆マギカ』や、
『カードキャプターさくら』を参照しながら、
スタイル抜群でベビーフェイスな少女は、
悪魔召喚にルーツがありながらちゃんと改変しています魔法陣や、
きらきらした光のエフェクトの中で、
裸にヴェールをまとった姿から、
1,2,3...SEXY!
戦隊ヒーロー特有とおぼしき強迫観念のようなキメ顔して、
愛と革命。

使い魔と呼ぶ喋るナイチンゲールの鳥が、
くるくる廻ります。
リトマス試験紙がピンクから青に変わるような、
演出の効果は一切不明の忘却の河。

ピンクと赤でデザインされた、愛らしくガーリーな、
フリル、リボン、スカートのコスチュームに、
薄荷のような後味を覚えるのは何故だろう、
この花咲くようにあらわに浮かんでいる幻燈の中の、
最重要人物すでに平凡でも普通でもない余所行き顔で、
東京風を吹かしまくって芋までふかして、
キオスクで結婚募集中でいる実年齢誤魔化しまくったコスプレ少女は、
化粧っ気なかったのに、
ナチュラルメイクになっているのは何故ですか。
もやもやっとした胸の塊にかく申せり、
撮影の時はそうしろって監督が言ってた。
爆弾発言。右手にコカ・コーラ、
言い直します、細胞が活性化すると玄海師範する。
お菊人形のように髪が伸びているのは何故ですか。
ウィッグではないです、これは霊能力の作用で、
前世的な影響を受けることによって発生する現象。
つまり? 霊光波動拳。
霊光波動拳か、それじゃ仕方ないなって、
理性と感性とお約束を総動員するファンも納得してくれました。
設定か? いや、設定じゃないです、魔法少女育成計画。
物語は始まったばかりなのよ、ばっちこい!
遺伝子に刻み込まれたイッテQ。

自意識の内部ではコスプレをしているというような、
思春期めいた劣等感が離れずにいながら、
グロテスクな心の領域を恐れないハートウォーミング、
そこからエンディングテーマではダンス動画に移行します、
イヤッホウとかいってるけど悪ノリじゃないからね、
嘘ついたら針千本トーマス、ジャンスティン・ヒーハー、
「一緒に踊ろうよ、コンサート来てね」
また来週も見てね、と笑顔を振りまきます。
現世利益のヤクルトレディ、
カルピス社の永久欠番、
めっちゃ応援してるって声と、ばちくそエロいって声と、
こんな奴いるかって声聞きながら、
先週は触手プレイ、先週は金縛りで変な喘ぎ声、
時折PTAが黙ってないぞって言われる、黙りやがれ、
スーパースケベタイム、皆目見当がつかない、
わけがわからない、
でも大きな子供や、小さな子供を狙い撃ち。
生きていてよかったですってリモート土下座タイム、
魔法少女がいなかったら学校卒業できなかったです、
そこだけ切り取れば愛の伝道師、
でも内実は猛禽類の刺にもいばらの生い茂った地を進む、
あなたと同じ、普通の女の子、
それでも今日も魔法少女する魔法少女になりきれない魔法少女。
サラリーなんですよね、結局。

でもね、他人のじゅくじゅくした生乾き感情が、
ほんの小さな傷口が生まれるだけで開く、
他人の地獄がアンタには見えないだけ。
ストンと胸の底に落ちたような気がしたら、
眼から鱗って―――そんなもの出てきたら不味いだろ、
いやあの、いろいろと。

イエー、これが戦闘モード、
その武装様式ファッションスタイルは、地雷系、
そうよわたしはヤンデレ神話体系から生まれきし魔法少女。
ツインテール、友達からもらった桜の髪飾り、
幼い頃に祖母からもらったペンダント付きネックレス、
長い靴下にローファー、そして少女をだまくらかす、
おとなの自動車保険的なステッキ。
よくはわからないけど胸の奥のコスモが暴れん坊将軍するんだ、
アバンギャルドなんだ、アバターなんだ、
途中から何言ってるのかわかりませんけど。あらそ。

初代魔法少女はギリシャ神話の女神キルケーで、
当初から杖と呪文は一心同体。
お金と可愛らしさは協同組合。最強のタッグ。
色々ややこいですけど悪魔の力はキリスト教の言い分、
そこから魔女が生まれて、正義の魔女、
魔法少女となっているのでごわす。
「おばあちゃん、つくねと生追加ね!」
「あいよ」
(以下不適切であったことをお詫びします、まじめんごー!)
魔法使いサリーは子供向け、
おジャ魔女どれみは親子で楽しむジャンル開発、
そしてやってきました萌え路線、
萌えは女の子を艦隊にし、馬にしました。
ひひーん!

そして魔法のステッキで街で悪逆非道な行いをする敵を、
打擲する、痛いか、やめて、痛いか、やめて、ぶっ叩く、
肉を斬らせて骨を断つ、ぶったたく、
ポケモントレーナーなめるなよって違うわ、何言ってるんだあたし、
迷いのない物理攻撃重視の原始人的戦闘スタイル、
クリティカルのコールして、
金属バットの真芯に触れるパワフルプロ野球、
やるぞー、あそこにラピュタがあるんだってそれ全然関係ないですよね、
でもそれあなたの意見ですよね?
そうよ、いままでの描写に何の意味があったのっていわれるけど、
それが魔法少女リリカルメディカルポリウレタン。
月に変わって、おし―――じゃなかった、賽銭泥棒!


  *


  39







game of tag


一人が鬼となって他の者を追いまわし、
捕まった者が代わって鬼となり、
これを繰り返す。

専門家は説明する。
物質を構成する最も基本的な構成要素の一種。
u(アップ)、d(ダウン)、s(ストレンジ)、
c(チャーム)、b(ボトム)、t(トップ)の六種類が、
この街燈に薄光る、
あの枯芝生の斜面を形成しているのだ、と。

重ね重ねの空虚感が、
ポケットに押し込まれて賽の河原のようになった、
西暦二三〇〇年の地球。
電子音に満たされている。
刻々と流れる風景。変わる座標。

この鬼ごっこは、
睡眠時無呼吸症候群の間でも行われる。
ビーム入射、加速、ビーム取り出しという一連の操作が、
たった一秒間に起こる。
これは絶望的なスピードの中で行われる。
いるのだ。でも見えない。
いない。でも、いるのだ。
(校庭の俯瞰図を思い出せ、)
涙腺の栓が抜けてしまっても行われる。
何百か何千時間、車を飛ばしたとしても、
一向に出口は見えず、展望も無い。
(“カクカクした動き”をするポリゴン画面を思い出せ、)

上昇する。
青銅色に心臓する高速の呻吟。
下降する。
克明に分析する、知悉する、この世の掟。

[まだ一秒は過ぎ去っていない...]
横を十三歩進め。
[まだ〇・一秒は過ぎ去っていない...]
前に二十二歩進め。
[まだ〇・〇一秒は過ぎ去っていない...]
振り返るな、そのまま真っ直ぐに進め。
[まだ〇・〇〇一秒は過ぎ去っていない...]
鬼は意識操作を得意としている。

米国オレゴン州のフォレスト・グローヴでは、
笛を吹く音が聞こえる。
有頂天に光彩を放っている低い樹葉の鳥のように、
地図の輪郭。

>>>鬼ハ増エナイ。
>>>ダガ、鬼ノ残像ハ増エル。

「コンタクトレンズがズレたので、
洗面所でコンタクトレンズを流そう」
(一見、その文章は何の変哲もない言葉のように見える、
だが、この文章は暗号だ)
「俺は鬼だ」
(罠はそこかしこに敷かれている。
そのような時、選ばれることと、選ぶことの違いは、
じゃんけんにおけるグーとパーとチョキ、
のようなものだと気付く)

この鬼ごっこの鬼は、
眠ろうとした隙に蛇口のようにひねられる。
だから鬼は超能力に開眼する。
フラクタルの悪魔となった鬼は、
自分が混凝土になるか、食用油になるか、
タイヤになるか、段ボールになるかと怯えている。
これは鬼の内部に惑星のダイヤモンドと呼ばれるものが、
鎮座した作用だという。
音が、白さが、声が、心が、
―――響きが、皮膚が、異様に、変に、真っ白・・。

研究者は言う。
ブラック・ドラムと呼ばれる魚が、
求愛行動のときに出す音が、
ドスン、ドスンとドラムの音に聞こえるように、
これは“白昼堂々、
過去形で未来を問われているようなものだ”と。

(...宇宙時代、産業革命以来の産業革命が来た)
(...そしてビュオオオオと隕石が落ちてきて、
“わたし”は飛行機に乗って高飛びした)

鬼ごっこで買った者は、
惑星のダイヤモンドの車輪の跡を手に入れる。
絶望に。吐き気に。病苦に。空腹に。
―――海岸線する。

居酒屋の喫煙所で意気投合した人と、
インスタグラムを交換して、
名前がわからない間に鬼が背後に来ていて、
刺された。

専門家は説明する。
物質を構成する最も基本的な構成要素の一種。
u(アップ)、d(ダウン)、s(ストレンジ)、
c(チャーム)、b(ボトム)、t(トップ)の六種類が、
(物質は様々な種類の数多くの元素が周期的に配置した構造をもち、
その構造のことを結晶構造と呼ぶ、)
[まだ〇・〇〇〇一秒は過ぎ去っていない...]
この街燈に薄光る、
あの枯芝生の斜面を形成しているのだ、と。

>>>鬼ハ増エナイ。
>>>ダガ、鬼ノ残像ハ増エル。


  *


  40








映画のポスターの話



映画のポスターは、映画の魅力を一枚の絵で表現し、
観客を引きつける重要な役割を果たしている。
ポスターは単なる宣伝メディアにとどまらず、
独立したグラフィック作品としても評価されていて、
時には映画作品を超える芸術性を持つこともある。
たとえばどうだろう、
無回転観覧車に価値はあるか?

『エンジェル、見えない恋人』のポスターは、
脳内乙女回路を刺激してくる素晴らしいもので、
なんか思わず照れて「おい、馬鹿野郎」と言いたくなる出来栄え。
詩的とか、散文詩的という雰囲気がある。
姿が見えない少年と、眼が見えない盲目の少女の淡い恋が、
青い壁と黄色いワンピースと赤い傘と、
雨とポエムによって彩られている。
ロゴのグラデーションもいい。
だけれどそれは説明で僕自身に感銘を与えるものじゃない。
一番はそういうことじゃなくて、
ちっとも整理されない感動や経験がそこに起こることだ。
なんていうかこういうのってね、淋しいんだ。
胸を締め付けられるような淋しさがお洒落でもある、
時折には何だかそれが文化的な片鱗を与えてくれる。

これは絵画の勉強をしていた頃に、
材料とかサイズを調べて書くことで英語の文字数を増やして、
ポスターっぽくしたいという意図があったのだけれど、
実は正確な情報というのはそれほど意味はないのかも知れない、
と考えたことによる。
だってこんなの広告だ。
人間性の欠落した分かり易さだけの、
ボカロの楽器みたいにキーに正確にあてるだけで、
人間の声がしない歌声みたいだ。
でもそれが、引っ込み思案で内気な人間の恨めしさとか、
不甲斐なさみたいなものを表現しているような気もする。
表もあれば裏もあるし、捉え方は人それぞれ、だ。
けれどみんなが僕のようにきっちり説明するわけじゃない。

僕は別に映画評論家でも、
ポスターの良し悪しを見分けられる専門家でもないけど、
写真詩みたいな長い間トンネルを潜っているようなジャンルに触れて、
デザインについての広い砂漠を行く駱駝に乗った人のような気持ちは、
きっと君にはわからないと思う。
デザインを携わる人達において盗作という言葉は辛いだろう、
でも盗作になるかも知れないという瀬戸際でやっていることなんて、
そこら中そこかしこにある。
音楽における別々のメロディとベースをくっつけるようなもの、
変じゃないよ、よくあることだよ、
無難さ、分かり易さ、つまらなさを追求してたら、
僕だって頭の中がおかしくなってたと思うんだ。
効率化や、変革のないものは長く続けられないのさ。

とは言いながら真正面に物事を見ればこんなの全部同じなんだ。
映画の全体像を把握させるように砕きながら、
映画の世界観やメッセージを効果的に伝える内容。
そこにも予算があり、印刷枚数や素材やインクもある。
そしてどうしても視覚化を考慮したビジュアルの決定。
ポスターの掲示場所の環境を考慮した、
背景と区別するためのデザイン。
映画のターゲットオーディエンスの特性や好みに合わせたデザイン。
一見自由に作っているように見えても、
もちろん様々なおうかがいを立てながらやっているわけだ。
これはまず、アートじゃない。

良いポスターデザインの映画は、
往々にして名作・傑作・良作である確率が高いといわれるし、
そんなんだったらみんな同じクオリティになりそうなものだ。
AとBを仮に見立ててみなよ、違いはあるさ、
構図とか、フォントを工夫してるとか、ね。
でも、同じようにならないっていうのは、
同じようなことを繰り返した人間が辿り着ける境地なんだよ。
つまり、外すっていうこと。
映画の世界を象徴するアイコンとして、
また時にはコレクターズアイテムとしても人々に愛されている。
そうやって見ると本当に色んな世界があるように思えて、
華やかだよ、華やかさっていうのは虚飾の世界だよ、
イメージ以外はまったく中身がないかも知れない、
空っぽと隣り合わせのもの。

しかし大好きな映画のポスターが家にある生活というのも、
存外悪くないものだ。
前に建築家の人のエッセイでひたすら饒舌にデザインの話をしている、
中々痛快な本を読んだのだけれど、
そういうのに興味を持っていない人にとってみれば、
この人はきっとただの馬鹿なんだろうね。
どんなものをも呑み込めるほど許容量のある人はいない、
だからさ、選ぶしかないんだよ、君はどちら側って絶えず二元論をね。

まあとは言いつつ、
ダサいとか、カッコ悪いとか、
アウトローとかそういう向きもあるだろうけれど、
昭和の任侠映画のそれも僕は結構好きだ。
何が良くて悪いとかっていうのはきっと、
ブランドイメージとそれほど大差ない、洗脳だ。
美的感覚を本当に伸ばそうと思ったら、
一つや二つの理解じゃ絶対に追いつかない。
アートや音楽、アニメや漫画もそうだけど、
絶えず変化を求めているようなものに触れると、
中々いい経験になるよ。
何が正しいのかよくわからないって素直にそう思える。
僕はアーティストだからそれでいいと思う。
何が正しいのかよくわからないから、
本当に正しいものは何かって狙いをつけてみるのさ。

僕が写真詩を作っていて思うことと似ていて、
「こうすればいい」とかいうのを複製するだけの、
サイズの大きな文字、風景写真、
読者に寄り添うような頭の悪い稚拙な文章、
ポエム写真詩あるあるの姿に、
僕は吐き気がするほど嫌になったことがある。
たとえば題名と詩の一体型で隅に配置するパターンとかもね。
沢山数を作ってみて、
前例となりそうなものに沢山触れて見てごらんよ、
勉強だってそうさ、同じことを続ける方が難しいよ。
難しい上に、誰からも見向きされなくなる。
でもアメリカのCMみたいな退屈さだっていいのだ、
肝心なのは中身だろで通用する時代もあった。
詩の場合はまず、中身すらもミトコンドリアしていたけどね。

デザインを否定する気持ちには、
触れることを避けたいような写真詩のジレンマがある。
ありとあらゆるものを広告化してゆく姿勢は、
なんだったら毎日するべきことを事細かにスケジュールとして、
それをするべきなのか、こなしているだけなのか、
人を混乱させるようなものかも知れない。
社会の入門講座だね。
毎日同じ仕事をし続けるっていうのはロボットだよ、
感情がなかったらいいのにっていつも思う。
けどさ、これが無造作に杭を打ち込んで、
作品そのものを殺すような行為だ。
でもそのジレンマなしに歯車が噛み合うことはない。
映画は沢山のお金が掛かっている、
そこに統計や心理学が忍び込み、ノウハウが開発され、
なんだったら横文字並べて、
ヘイヘイござれの阿呆の論理を並べてくれる、
映画的ポスターあるあるの手法が生まれた。
ちょっと悪辣な物言いだけど、
本当に何かを変えるっていうのはそれだけ難しいことなのさ。
見たこともないようなものを作るのは絶対に無理だ、
前例があってそこにおっかぶせながら、
まだ見ぬ新しい形を生み出すのだ。

ポスターは一九世紀半ばから重要な広告ツールとして使われて、
印刷技術の進歩により、大量生産が可能になったことで、
ポスターはより広く一般に普及した。
特に映画ポスターは、映画の内容や雰囲気を伝えるために、
様々なスタイルやデザインが試みられた。
ふっと思うのはCDのジャケットのことだ。
めまぐるしい時代の軋轢を想うよ。
ジャズのジャケットの素晴らしさは周知の事実だろうけど、
どちらがいいということではなく、
どちらもそれぞれ違っていて、いい。

ただ日本版のポスターでよく言われがちなのが、
「文字情報が多すぎる」問題。
僕の写真詩ほどではないだろうけどね。
とはいえ、前述したように、これにも明確な理由があり、
劇場公開作品は公開前にメディア露出や宣伝ができるけど、
そういった活動抜きでレンタル店や販売店に直接並ぶとなると、
パッケージ一本で視聴者を惹きつけるインパクト重視になる。
音楽の楽曲が次第に広告化してきたようなものかも知れない。
ネットの掲示板を含めた楽天的でユーモラスで、
頭の悪そうな人間はその理由についてもわからないのだ。
頭の中で音を鳴らしてごらんよ、
あとは感じればいいんだ。

また「改変が過ぎる」問題かも知れない。
ビジュアルも、タイトルも、キャッチコピーまで何もかもが違う。
でも前述したように、これは配給宣伝のジレンマというのがある。
本来のポスターそのままにしたいけれど、
そのままではおそらく誰も興味を持って手に取らないのだ。
申し訳ないけれど、うすっぺらい人間たちにとって、
刺激的なスパイスがなければ意欲を感じない。
場合によってはそのつもりがなくても、炎上することで、
映画自体に興味を持つ人が増えるので改変はよいと考えることもできる。
馬鹿馬鹿しいだろう、
便所の落書き見ていたって何の価値もないさ。
見向きもされなくてもいいっていう強さは同時に頑迷さ、
保守的で、また非生産的だ。
それが怠惰じゃないなんて誰にも言えないだろう、
僕は思うね、きちんとやっている限り、
それはありとあらゆる意味で社会の複製を作り出すことだとね。

映画ポスターのデザインは、
時代や政治、イデオロギーの影響を受け、
その変遷を通じて社会の動向を映し出す文化的な記録だ。
もちろんそれゆえに、人間的な手触りが出てくる。
古い映画のポスターの、
何とも言えない陶器みたいなシンプルな感じから、
現代の映画のポスターは飛び出す玩具みたいな感じにね。
商業的な側面が過ぎるという見方もあるけれど、
時代を呪ったってしょうがない。
バンドの解散理由に音楽性の違いという、
実にそれっぽい無難な物言いがあるけど、これは嘘だ、
だって音楽性の違いなら好きな音を鳴らせばいい、
つまりさ、人間的な不信さ。
バンドのメンバーというのは友達でも家族でもない、
特殊な人間関係で成立している。
僕はポスターというのにも、
そういう気配を感じることがあるんだ。


  *


  41







タナトス(「死」)の欲動は、
『自己破壊的な行動(自己への攻撃衝動)』
を生み出すが、
自己破壊的な帰結を回避しようとする、
エロス(「生」)の欲動によって、
『他者への破壊的な攻撃行動(攻撃衝動)』
へと置き換えられる。
フロイトの考え方だ、
抑圧された状況が意識が表出する、
ネットは夢の中に似ていて、
そこにおける言葉は内面化された、
一種の諦念を含んだもの、
場合によってはもっと悪意に満ちたものだ。
人格憑依のようなものかも知れない。

言葉を受けて衝撃や感銘を受けて、
びっくりしたような時には、
斬られた的な体感を覚えている、
言葉は殴ったり斬ったりすることもできる。
殴られない斬られないでいると思っている僕等は、
その報復行為を受けることになる。
社会的制裁はそこかしこに存在する。

それでもそれが本当の意味で、
安定化とか水平化を促すものではないから、
機能不全とか、去勢とかいう状況に陥る。
否、悪戯描きをする、ピンポンダッシュをする、
かくれんぼをする、鬼ごっこをする子供ように、
大人になっても自分の中の子供はいなくならないのだ。
時々考える、
この“わたし”は七十億人もいるのだ、と。

神に仕えるということではないけれど、
普遍の側にいることを止め、
自らが例外の位置を占めることを、
選んだ人もいるだろう。
例外とは部外者や傍観者のことだろうか、
それとも監視カメラのような俯瞰のことだろうか。

人間の意識や自我に影響を与えている、
その包囲陣、諸装置、あるいはもっと単純に、
人間が動物であることを発見しようとするあまりに、
動物が人間であることを読み解こうとする問題。
檻の中の獅子は、
あるいは現代の剣山状のビルディング群は、
アメーバーの実体的な、原初的な、
もちろん延長線上的な姿だ。

窓にかぶりついて見ていた落雷の記憶を辿る、
花火のフィナーレに打ち上げる盛大な空の祝祭のように、
その意味や理由ではなく、科学的説明ではなく、
もっと別の何かが潜在しているような暗示だ。


  *


  42




What is the world
you understand?


I can't stop following
the seal based on its shape and appearance.

信じることで、
生き延びることができる僕等は、
同時に疑うことで、
想像力を働かせる。

睡蓮の花の上で、
ゲルニカが描かれていても、
惑星は臨界点を迎えない、
花に眼を奪われた僕等は、
それを守るために、
新たな地獄を作る。

みんなの為で憑き物が落ちて、
あなたの為で肩の荷が下りて、
自分の為でしこりのあった胸から、
解放される、
遺伝子の取扱説明書に、
生のねじで細胞を殺しながら、
僕等はまだ人間だ。


  *


  43







カネの力


二十四時間手を使わないで生活をしようって、
ドッグランで大型犬に追いかけられ、
つい先日、蜂の巣を手袋で殴って全力で逃げる、
という企画をこなしたあと言った。
で、いま、何してるって?
次はさー、七万歩という縛りでー、
あ、三六キロから四九キロらしいんだけど、
何処かの街とかいうくくりで、端から端で、
お前を探すっていう企画なんだけどさー、
うっうっ、饒舌に話していた、
人気ユーチューバーは泣いていた、
電気の使えない生活ってこんなに辛いんだな、
しかも何で家から出られないんだ、
仕事しないだろってマネージャーに一億ぐらいの、
住宅ローンくまされてさ、逃げられない、
知ってる知ってる、頑張れ、ユーチューバー。


  *


  44






春の日
spring day



喧噪の断続とともに人びとの顔がみな無意味に見え、
一〇〇〇ピースのバズルを完成させるのに、
どれぐらい時間がかかるのかと、
ふと思った。

人の世を遠ざけるように堅く眼を瞑りながら、
心の中を沈んでゆく深淵より来たりし青い森の呼び声。

小さなピンセットで粟粒ぐらいの活字を、
次から次へ拾っているような気がする。
熱を持たない、渇いた、冷えた夜の空気、
無限の厚ぼったい硝子が水色になった。

ピアニッシモに細かく触れるように、
人の顔も見えない波紋が静かに生まれるのを感じる。

ふっと電柱や信号標のある、
郊外をテーマにしたジオラマに、
レールを敷いて、
そのレールの上を走ってゆく玩具の汽車のことを考える。
街の名前や看板、丘陵と木々、
そんなものを傷ついた小鳥のように思い返す。

涯もない孤独を思い浮かべて―――いた、
耳にも眼にもまだはっきり残っている、。
この大きな都会、わたしのいる世界とは、
何もかも違うその光景を考えながら、
息を止めているのに気付いた、
その静けさの中で音が鳴って消えてゆくのを感じた、
木の葉が舞い降りて、花弁が散り、
雨が降って、鳥が死んだ。

ひとしずく涙がぽろりとこぼれ落ちたのは、
何故だろう、
自分の難儀をおかしがりながら、
こんなゆとりは何処から生まれたのだろう。

友達の孤独を聞き取るだけの余裕を持っていた頃は、
頼られるのが嬉しかったのかも知れない。
犬の子供たちのように互いに寄り添って暖かみを、
分かち合っている冬の日みたいに、
わたしは長い絵巻のような闇の顛末を、
読み終えていた。

川面に桜の花弁が落ちてゆく風流を見ながら、
金平糖やざらめみたいだと思った春の日、
それらすべての花弁を鱗のようにして、
パズルみたいに組み合わせられたらと考えていた、
誰も傍にはいなく―――て。
でも何故か、人恋しかった―――から。
冬の夜がもう一度巡ってきたような、
春の夜はいつだって、
忘れていた甘酸っぱい感情と隣り合わせだ。


  *


  45






初恋


夕闇の迫った、俗世間を、超越したような、
薄暗い部屋の中で、白く美しく笑って、
廂を長く突出きだした、低い、がっしりした二階。

立板に水を流す如く、澱みないピアノの音のような、
長い間の鬱積を伴った、道筋の景色や、
他愛ない会話を、眠りの澱みから醒めきれない、
濁った印象の、沈殿の中で、思い出していました。

錆び朽ちた写真館を、背景に、
切れ目の、はっきりした、涼しい眼つきをするあなたと、
そら豆を茹でる青い匂いが、そのまま、口づけの味。

身震いするほどおそろしく、けれども、
楽しく浮き浮きして来て、時々は、
あまりの他愛なさに、ひとりでくすくす笑いながら、
さめざめと泣いて、おしまいには自分は、
世捨て人のようにだらりと淋しい部屋の中で、
全身が透けた、あの人と会っていました。

誤解や面倒がる関門を、通り越した、明澄性などはなくて、
漂泊することを覚えた、泥の塊という造作にありついた、
孤立無援の世の中に立つ、わびしさが、人知れず。

広い大きな世界が、ひらけて来るほどに、
街が自分を拒んでいること、よそよそしさは、
迫る壁のようにあることを、奇怪な空想かもしれない、
その幻に話した、胸が疼くような、甘酸っぱい、
それは、いやに切ない想いの、
夜空が夜光虫だらけになる、ほんの少し前。

頭痛でした、神経痛でした、歯痛でした、
借金取りと借り手のような間柄でいいと思っていました、
いっそ言葉と言葉が、酔っぱらいのように、散り散りとなって、
よろめいて、順序が狂って、壊れて、立ち直れないほどに。

話の途絶えた間を、深く深く、染み通らせた白痴の、
永遠を待つ気になれなかった、殺してと言った、
行きたいと言った、顔に影、薄白いような希望と絶望の、
刹那はきっと焦がれていた、あなたがそうしないことなど、
最初から知っていながら。


  *


  46







Midnight Ending



夜の、音になる。
code me...call me...

無重力の、
(・・・・・・溺れたり染まったり、忙しなく消化されてく・・・)
波間から、息を泡にして。
(・・・・・・血管の中の電子、宇宙の秘密垣間見る・・・)

Oh...Oh...Oh...
タギるヨクボウを、
ミズでウスめた、

咽喉が、咽喉が、
“渇く”(から、)
どうか聞かないで・・・


夜の、音になる。
code me...call me...

満ちてくる。


  *


  47






You Can't Hurry Love


夢の中でも会いたいあなたは、
王子様。
大嫌いな流行歌もといJーポップみたいな歌詞も、
嫉妬と束縛のヤンデレ設定も、
そんなメスしたいわけじゃないのに、
ウェットなロマンチシズムの虜。

秒針より速い心臓は、
どうして恋に落ちるのって言ってる、
そんな優等生の息の根を止める、
いまでもぐにゃぐにゃになりそうな、
こんにゃく。
潔癖症だったな、リンクしてる、
人見知りだった、クロスしてる、
食わず嫌いの思い込みの強い黒歴史は。

思い出してるいつかのワンシーン、
手を握られて頬まで赤くなった、
音楽の余韻みたいに、
世界が別の顔をしていた。
巻き戻して、早送りした、
永久保存した追憶の篩にもかけないで、
深い沼の底に引き入れられていく、
この余韻は絵のような時間を連れて、
靄のように揺らめいている。

世界中で一番大切な人に出会えた、
そして世界中の誰よりも好きな人に出会えた。

用事のない電話も、
偶然本屋で会うことも、
絡まる糸でほどけなくなって、
空回る、酔いのような、
自分であって自分じゃないような、
不思議な高揚の悪くない気分。
運命という言葉が、
胸の奥に枯れない花を咲かせようとしている。

ドキドキは頭からくる、
眼からくるはずなのに、
やっぱり胸からくる、
コンコンって胸の扉を開けて、
入って来て欲しいの、
ゴー・ストップが眠っている、
センター・オブ・マイ・ユニヴァースで。

好きだよって、
循環系の中心をなす、
全器官稼働して、
雨上がりの街の匂いのする、
夏の夕方までわたしを連れてって、
はるかな宇宙の隅々まで拡がる、
放射線状にきっと拡がる、
手ではっきりと掴めそうな気がする、
量子コンピューターみたいな超精密機械の回路。

今日あなたの夢を見たら、
明日は必ずあなたに気持ちを伝える、
絶対、多分、いや絶対、やめろ、やめられない、
迷いの森を抜けて真夏の夜の夢を始めるの、
恍っとりとした南の島へと続く海を、
泳いでいるような夢心地で。

あなたにとってのわたしが魂の半身だったら、
いいのにって思う。
あなたにとってのわたしが心の中に棲むイヴで、
いつも傍にいられたらいい。


  *


  48





眠りの国



届いて
(・・・・・・君がいない、白い部屋で・・・)
溢れて
(・・・・・・砂と雪の、まだら模様・・・)
響いて
(・・・・・・時は、戻らない、熱気にシュールに美しく歪む、
 かげろう、道は昨日と変わらないのに・・・)

誘うように
揺れている
Last night,Good night...

誰かが手を
伸ばす「合図」(して、)


忘れていたんだよ
思い出したんだよ

あったかい君の手

誘うように
(・・・・・・屋根も、硝子窓も、看板も・・・)

揺れている
(・・・・・・胸に充ちた、たそがれ・・・)

Last night,Good night...

だいすきだよ


  *


  49







  あ、/で、も
  (一定のリズムがく、ず、れ、る)

  ―――粗雑な野外トイレ。
  ベニヤ板の床。
  アンモニア臭に耐えられなかったのか。
  どうだろう。
  死んだ蠅と、
  お前は元気だな、サイズ大きめの蜘蛛。

  壁も天井も、扉も、あのごめん、イメージも、
  全部白だった。
  どんな絵画より、美術より、俺の心を震わせる、
  誇張的雷撃の中。
  チャックを開けて。
  (曰く、内部に充填された爆弾への点火―――というものは、)
  イチモツを取り出して。
  (上や下に屈伸し、踵のバランスを気にする―――というのも、)
  出す。
  迸るぜ、とハードボイルド作家なら書く。
  百パーセントの迸り、完全な勃 起とポルノ作家なら書く。
  その工程を説明する必要はあったのか。
  わからないけど多分。
  みんな色んなことに鈍麻しているから。
  常識的なことを書かれると安心する。

  「(裸で小便をするとわかる、
  意外と色んなところにかかっているかも知れない)」

  ヒュウウウ・・・。
 ―――駅のホームへと電車が滑る。

 『聖書』(が、)「消」“えた”
 『刑務所』(が、)「消」“えた”

 空間の一点。   
 公園の風船・・・・・・。

 (君は何処へ飛んでいくのって聞かれた気がした、)
 (答えは言えなかったけど・・・。)  

 タン、と音が鳴る。
 心拍数百二十駆け上がる・・。
 ・・・波、風――スピリッツ・・それがいいんだ、
 [あのー、描写無視なんですけどー。]
 “描写無視もいいもんだな”

 うむ。
 ちょろちょろと、いばりが落ちていく穴。
 トイレットペーパーがないのに気付く。
 ティッシュペーパーを持ち歩こう。
 そう思った。

 厚い唇にちらちらする炎の反射をきらめかせるみたいに、
 厚い唇にちらちらする炎の反射をきらめかせるみたいに、

 あ、/で、も
 (一定のリズムがく、ず、れ、る)

 ―――思考力がどこかへ消えてしまいそうなほど、
 この無意味な時間は続く。
 自然な、突拍子もない飛躍を内包する。

 誰にも邪魔されない時間とは、これか。
 家のトイレでもなく、仕事場のトイレでもないし、
 コンビニのトイレでもないけど。
 ドアの冷たい金属フックやボルトのある、簡易便所。
 コンピューターウィルスというものが、
 こういうものじゃないかって馬鹿なことを考えた。
 思考を切るのに十分な変化を、耳が感じ取った。
 ごろごろと、地響きのような音が空から聞こえてくる。

 上手く言えないけれど、
 インフルエンザになりそうな気がする。
 でも世界は確実に、遠い。
 少数派の単細胞生物になったような気がする。
 ここは神社なんだ、
 「お、奇遇だな」って神様がやってきたら、
 バックドロップシンデレラ決めたい、最高の夜。
 ゲームの画面にプレイヤーがいなくなっても、
 サウンドだけが聞こえ続けているような不思議な感触だ。



  *


  50







「退学」や「停学」みたいに思える、
トレーラーハウスの脇に立てかけられた脚立。

何とも言えぬほど『鮮やかな輪郭』を示す、強さ。
それは、『強烈な光』だ――・・。

妄想と現実が噛み合った瞬間、スペクタルになる。
スターウォーズにかこつけてこう言いたい、カモメ族の逆襲。
横文字並べて悪い大人の仲間入り。
トレーラーハウスの隣に物置小屋とか、
自転車、変な旗があるよって言ったってわからないけど、
(十中八九ね、世界中、なんだったらありとあらゆる人は、
想像力を誤解しているしね、)
想像して、うひひ、何でそんな笑い方、
いやいやいやいや、シモネタ想像しながら考えてみ、うひょひょ、
馬鹿みたいだろ、でもすぐに想像しちゃえるんだよ、
人間っておかしなものだろ?
徘徊型兵器―――蜘蛛の生まれ変わり。

デッドヒートしようぜ」」」
いや、意味わからないです」」」

でもさ、光がないことを闇と呼ぶのなら、
落ちてゆく墜落感と、僅かに感じる浮遊感の、
錆びたような感じを何で言えばいいんだ?
夢の検査法で頬をつねってみろっていうのがあるね。
毎日、頬をつねっていたら自然、明晰夢を見れるさ。
どんな夢でも、
どんな現実でもそういう態度が大切さ。
一歩ずつ、一歩ずつ、ね。

偏執者、賭博者、飲酒家、放蕩者、
君は光の弱い星だよ、小さな小さな星だよ。
輝きを求めてる?
自由になりたい?
とびっきりの方法なんて一つもないよ、
仕事や勉強をすれば世間がわからなくなるし、
お金を欲しがれば憂鬱の腐蝕は強くなる。

ハンバーガーやポテトやコカコーラを、
トレーに載せて持ってきた、
トレーラーハウスと電柱をつなぐ電線。

パソコンのキーボードの印字と、
パソコンのディスプレイに表示された文字。
なんかがあるけど、重要なのはそこじゃない、
カーテンを破ってトレーラーハウスが突っ込んできたんだよ。
普通に嘘だよ。
絶対に誰も信じないよ。
だけどね、うひひ、やっぱり染まっていやがりますね、その笑い方、
処 女穴を突き破るようにトレーラーハウスがずこーんとやって来た、
と書いたらみんな妙に納得してしまう、
(十中八九ね、)

僕はまた突拍子もない現象の方が想像しやすいんじゃないか、と思うんだ、
豚が泳いでいる南の海とか、ね。
ぴしゃぴしゃ音を立てながら泳いでゆくんだ、豚がさ。
可愛い豚さ、とある宗教じゃ見るのも嫌だって言うけどさ。
―――“そうじゃなかったら?”
―――“そうじゃなかったら?”

あのところで、右手がさっきから、肉球になってるんですよね、
いや、猫の手になってるんですよね。
驚くよね、困ったよね、もうどうしていいかまじでわからないよね、
もうさっきから、Yahoo!知恵袋でずっと聞いてるんだけど。
困ったよ困ったよ、これじゃあHなことをできないよ。
馬鹿だよ馬鹿だよ、だけどアブラカタブラ、なむなむしながら、
みんなそんなことを信じてしまう、
(十中八九ね、)

思春期の自由や、内部の額縁について考えてた。
あるいは、超物質的形態について考えてたよ。
夢の博物館を夕暮れが満たす、そして心の翳りが窓を満たす。
難しく考えるなよ、
顔一面に広がっているのさ。
自分が何処にいるのかの座標から、
胎内回帰の願望までハレーションした、
黄金の羅針盤。
都市を透視する不安定な飛翔。

『正解』は、『不健全』だ、
遠近法を誇張しまくってやろうぜ、
もちろん、そこに僕等のセクロスがあるのだ。
って何言ってるんですか。
わからないけど多分。
もう真面目に書くのが嫌なんだよね、
次々と音もなく弾けてゆく滅茶苦茶で、支離滅裂で、
それでも生の原本さ、金字塔さ、ユニヴァースカノンさ、
それはつまり何かって、エロスさ。
(十中八九ね、)

ロングフォーカスレンズで特定のディティールを狙う、
簡単なことさ、俺はもちろんバードウォッチングをしながら、
可愛い女の着替えを覗いている。
って何書いてるんですか。
でも石油のような虹彩が一面に浮いてくる、
記憶力とか、印象に残る方法とか、明日への活力とか、
そういうのを真面目に書いていっても結局、
楽器の最低音になっちまいやがるのさ。
ある人はキチガイでさ、女性の部屋で裸踊りして、
その動画を送り付けて警察に捕まる。
でも昔からニュースを見ていて思うことがあるんだ、
どうしてそうなっちまいやがりましたかってさ。
あるドアホウは、電車に乗って女の尻をもみもみせずにはいられない、
そしていつか、私服警官に御用になるさ。
計画性がない。
でもこういう手合いってのは、何かにハマっちまう感じなのさ、
真っ暗な地下室でもさ、
想像してご覧、お前そこにいるんだ、
だけど、一日我慢するだけでお前の望みが全部叶う、
そんな感じさ、何かにハマっちまうのさ。
でも本当にそうなってしまうかも知れないってわかっていながら、
それでもやっていたのか、
それとも、もうどうなってもいい、今さえよければいいって、
それでもやっていたのか。

ここだけの話さ、僕はフェミニストじゃないんだ、
女性に優しくしようとはするけどね。
でも、もしかしたら僕は男性の方に優しくしてるかも知れない、
絶対数の問題もあるけどね。
僕以外の社員が女性だらけだったら、フェミニストだよ。
ってそれは違います。
けど、僕の知っている女性でフェミニストするべきって思うのは、
両手ぐらいの人数しかいない。
雇用均等とか、女性の尊厳とかさ、僕はいいことだと思う、
平等な方が不平等よりいいだろ、
これはさ、お金持っていないよりお金持ってる方がいいだろと同じさ、
もっと馬鹿な言い方をすれば、
女とやれないより、女とやれる方がいいだろって言い方になる。
って何書いてるんですか?

理性での説得の対岸にある野獣の智、
まことに及ぶべからず、とね。
脳内の金庫にしまうようなものを想像してごらん、
僕は一度答えを出したことでも、とある拍子に、
うんざりするほど考えてしまう癖がある、どんなに完璧な答えも、
どんなに正しいように見えるものでも、
ほんの一パーセントにすぎない意見を採用すべきじゃないかって思って、
全然別の答えを導き出すようなことがある、
アーティストなき広告論者だらけの社会みたいだね。
だって僕は無敵だからね、
無敵の人は、死刑も恐れないし、警察も恐れない、
でもそうじゃない、無敵の人っていうのも一定数の確率で生まれる、
ニーチェが殺人を肯定するようなものだね、
どうやったって起こすべきじゃないってことには、
どうやったって起こるようになってるんだ、
それを本気になって止めてやんぜって思う気持ちもありゃ、
それでもやっぱり起きやがんだろうなあっていう諦観もあるさ、
―――“そうじゃなかったら?”
―――“そうじゃなかったら?”

眼の前で、蛞蝓が蟻に嬲り殺しされるのを眺めてた、
ピクピクと動いてたよ、助けてもよかった、本当さ、
だけど、心の奥じゃもうわかってんのさ、
そんなのは優しさじゃないって。
生きるっていうのは残酷なもんさ、
見殺しにするようなこともある、
自分さえよかったらいいって思うこともある、
だからギリギリの良心を残しておく、
本当の自分が万力みたいな圧力でおしつぶされないようにね。

トレーラーハウスを下で支えるコンクリートブロック。
みみずが死にまくっている、人工の砂みたいなもんさ。
蝉が死にまくっている神社の坂の樹のところみたいなもんさ。
何となくわかるよ。
君はきっと真っ暗闇の道をひとりで歩き続けたことはないだろう、
数時間ぐらいね。
僕はある、街燈がなくても見えることは見えるんだよ。
そうしたら、本能の領域がすごく大きくなる。
動物が何処にいるのかわかる、足音の存在、
見てはいけないものの存在までハッキリと気付く、
繰り返しさ、
そういうところでもなけりゃみみずは死にまくり、
蝉は死にまくる。
残酷だろ、都会には幽霊が多い、生霊が多いっていう、
残酷な天使のテーゼさ、ささくれだった心を胡麻化すなよ、
明るい歌で。

だけどね、シェスタしたい―――ね。
喫煙しようぜ、税金上げやがるな、いや関係ないだろ。
だけどね、トレーラーハウスの上部に設置された、
パラボラアンテナとか、木炭を使うバーベキューグリルとか、
防水シートとか、LPガスボンベとか、洗濯機とか、
そんなの別に誰も興味がないんだ。
心の中に意味のない奇妙な紋様が浮かび上がって、
僕は裸の女のことばかり考えていたって書いたら、
みんな何となくそのことをすっかり覚えちゃうんですよ、
(十中八九ね、)

焚き火の勢いが弱くなりながら、
僕は透明感のあるインディゴブルーの夜空を眺めている。
普通に嘘だけどね。

セクロスしようぜ」」」
いや、意味わからないです」」」





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最終更新日  2024年09月21日 22時15分09秒


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