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彼自身は日本語がすごく出来ると思っています。学校に行ったことが無いので間違いを修正してくれる人が居ません。初めの頃は彼の日本語の間違いを指摘しましたが、私のほうが間違っていると言われるときが多く、止めました。日本語学校を探してきて夜、通えと言ったが、夜探したが開いてなかったとか自分みたいな上級のクラスはないとか色々言って行きませんでした。夜開いてるのは確認済み。秋に大学の日本語夜間コースの卒業資格を取りました。曰く学校に行ったらお金が掛かるので同じだから資格だけを取ったそうです。勉学が分かってないようです。単語の習得数はそこそこだが発音がでたらめ。濁音と清音の区別がつかず、ほとんどの単語が濁音になる。発音を間違えて覚えている。牛肉がぎゅうにゅう、間違いがちがい、上げるがあがる等々。日本のコピーの辞書を使っていたのでルビがふっていなく読み方を修正する手立てを持たなかった。時制が無く全て現代形。敬語はおろか丁寧語も出来ない。受身も能動態で話す。通訳は母国語能力が大事だといいますが、中国人からもしばしば分からないと指摘されてました。オートバイの講習会では講習者の要望で通訳が変わりました。最初の頃、給料いくらだと聞いたら2000元、広州では日本語通訳は最低3000元貰えると言ったので、あなたの日本語は通訳として通じる日本語ではないと言ってやりましたが、一年間で全く進歩しなかったのは不思議です。労せず(努力、金)に収穫を得たい。これが行動規範のようでした。
2005年01月31日
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通訳君の話は一回休み。昨日は晴れて20度越えてたが、今日は寒い。日が暮れて半そでをあきらめて上着を着た。沖縄のごみの25%が米軍のものだそうです。分別もされてません。基地外に住んでいる米兵のごみはこの中にはカウントされていません。沖縄の人口は130万人、米軍は5万人。何故こんなにごみが出るのでしょうか? アメリカ人の省エネへの意識の無さの表れのようです。早くいなくなってほしいものです。
2005年01月30日
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私の予想では通訳君の類が今後、多数出現しそうです。その時に皆さんが困らないように1年の経験を書いてみたいと思います。彼は25歳、何年(えと)か聞き忘れたのですが、多分かぞえで25でしょう。軍人一族の息子。両親は元軍医。父親は広州市医療保険局長。兄弟はなし。祖父は安徽省生まれの著名な軍人らしい。祖父の代から広州。家・友達とも普通語で広東語はそんなに流暢ではない。高校卒業後、3年制の自動車整備専門学校(中国では大学と云う)を卒業。コネがあるのに大学に入れなかったのは高校の成績がよっぽど悪かったと思われる。自動車に関する知識もなし。高校時代の友達、5人中4人同棲中。父親は日本の工業製品を信頼しており、時計・家電等日本製を使用。本人はどらえもんを見てから日本に興味を持つ。卒業後、ヤマハ広州の汎用エンジンのサービス担当の叔父のコネでヤマハ広州サービスステーションにメカとして入社。この職場は日本語は必要としないが、日本語の独学開始、2年間学ぶ。メカとして使えなかったのか、事務所とサービスステーションの間のメッセンジャーに替われと言われ退職。深センで香港系のモーター製造会社に勤める。日本人技術者の指示を翻訳し現場に回す作業。通訳は別に居た。翻訳から倉庫番を命じられ退職。日本の型屋さんの広州工場立ち上げ時の日本語通訳。アルバイトで3ヶ月勤めて終わり。ヤマハにいた叔父がお世話になっている会社のサービス部長になっていたので私の通訳として来る。失業中は漫画の字幕の仕事もしていた。日本語検定3級合格。私に会うまで、日本人に日本語が下手だと言われたことが無かった。上手と言われてそのまま信じていたのがおろかな所。
2005年01月29日
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広州-上海の飛行機でタブロイド版の国外記事だけの新聞を読みました。広州発行です。20ページほどの新聞に日本の記事4本。アウシュビッツ解放60周年 この行事に日本が代表を送っていない。反省が足りない。中国大陸棚 中国大陸棚に日本が調査船を出し、その護衛に自衛隊の艦艇が付いている。知華人 知華人の国会議員が減ってきて、日中関係が悪くなっている。大野ばんぼく、田中角栄はすばらしい。防災訓練 仙台市では9月1日防災の日として防災訓練を行っている。日本関連ではないが潜水艦が浅い海を潜水して航行するのは危険を伴う グァムの米潜水艦事故にからめた記事、危険なら潜って日本の海を航行するな。各記事へのコメントはやめます
2005年01月28日
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沖縄に帰ってきました。夜7時で23度です。寒空の上海は1度でした。南京では昨日は雪が降ったそう。今回は中国春節の影響でちょっと眺めの沖縄生活です。
2005年01月27日
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先週の中ごろから通訳が来なくなりました。昼間はアパートに居るらしく、帰ると干してある洗濯物が替わって、部屋中に香水の臭いを残してどっかに出かけてます。先週の初めから中ごろまでは通勤バスに乗らずに毎日遅刻、帰りも通勤バスは使わず、11時ごろ帰宅していた。私の携帯番号から彼の携帯につながらなくしてあり、会社の人からもつながりません。メールは来ます。「sir tomorry morning which time when you stair From pan yu?」原文のまま。最近英語を勉強しているので英語らしきメールが来ます。返事をしても当然届きません。不思議な人です。中国人も理解が出来ないらしい。仕事はつたない中国語と筆談で何とかなってます。
2005年01月26日
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分冊の第一巻ですが、280ページ中70ページが発音でした。全部読んでませんが、nの発音がn,m,ngになる規則が書いてあったり、rの発音はnの口をして舌だけを変えるとか知らなかった事が色々書かれています。発音だけのテープ付き本も出ています。昨日の飲み屋の団体さんから中国人をすぐに発見できました。流暢な日本語を話しているのですが、どこか違っていました。発音の大事さに中国人も気がついてきたのでしょうか?
2005年01月25日
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2年ぐらい前から機能が増えるに連れて急に値上がりした携帯ですがもうすぐ下がるかも....営業に月100元以上使う条件で1800元の携帯を無料にしますという売込みがありました。月100元使う人は珍しくない。私は使いませんが、安くなったら一日でなくなる電池、時々見えなくなるディスプレーから開放されよう。3年物です。
2005年01月24日
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今日は暑かったです。25度ぐらいあったのでは、事務所を引っ越したので汗をかいた。通訳君は元の事務所です。急に日曜日が出勤になりました。電力事情のせいでしょう。しかしクーラーを使わない冬に何故?冬は渇水で水力発電の量が少なくなり、最近はエアコンを使っている人が多いので不足するようです。教えてくれた人と番禺の一番広州市内よりの場所で西洋料理を食べました。高級住宅地に位置してるので雰囲気は良かった。味は中国です。ヒーターが一週間で壊れた。コンセントを入れてスイッチがあるだけなのに。何故、不思議?
2005年01月23日
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日曜日が休みですが今週は今日、土曜日が休みで、日曜日出勤となりました。広州博物館・中華広場・本屋の予定で広州市内に向けて9時に出発。広州東駅へのバスは7元に値上げ、10元ー>6元ー>7元とめまぐるしく変わっている。つりが出ないので今日はたっぷり小銭を準備。東駅から博物館までは地下鉄、地下鉄の自動発券機は硬貨なのに、田舎の小銭は札だけ。10元札でおつりをもらおうとすると、お札を受け付けない。3機目でやっとお札を受け付けてもらう。地図で広州博物館とあったのは省立広州博物館、案内書にある立派なビルとは違うものだった。入り口に無料とある。中に入ると骨董品のようなものを売っているだけ、扉があったので入ろうとすると中に居たお兄さんに止められる。しょうがないので出て歩き出すと正面玄関らしきところがあった。そこが正面玄関だった。一階が特設展示場、今は楚の展示。2.3階は常設らしく各階に3つの展示場がある。楚の展示はほとんどが青銅器。見飽きる。他は広東省の動物の剥製、陳さんの水彩画、広州100年史、内蒙古の展示、あと二つは忘れた。動物の剥製に豹があって我が大陸に広く分布すると書いてあった。ほんとに居るのかな。広州100年史はアヘン戦争が中心で「主人は阿片を吸い、妾は水タバコを吸う」と日本語で解説された写真がそのまま展示してあった。高々数千人のイギリス軍に何故負けてしまったのでしょうか?宮古島の漁民が台湾で殺され、日本政府の抗議に清政府は台湾は清とは関係ないと言ったように、南の広州はどうなってもいいと思ったのでしょうか?サンフランシスコ移民の絵葉書の説明に「愛国心の強い中国人はアメリカでも中国風の生活をしていた」とあった。愛国心とは関係ないと思うが。蒙古の展示は黄金がいっぱい、展示品が小さいのは放牧民族のせいか?放牧王国はどうやって税金を徴収していたのか?ここは地下鉄「農進所」から歩いて5分、暇なときは見に行く価値があります。入場料20元博物館から歩いて中華広場へ行くとお目当ての地下は改装工事のため閉鎖、今日一番の目的、オートバイ部品の買出しが出来ない。あきらめて地下鉄に乗ろうとするが地下の通路が迷路で一度、道の反対側で上に出てしまう。又地下に入り四苦八苦しながら地下鉄の駅に着く。ポケットは注意しなくてはいけないし、大変。天河城のそばで自動車の英漢辞典を買い、東駅に戻りバスで帰る。 東駅は春節で利用者が多く広場にプレハブの待合室が出来てました。床はタイルのまま。待てる人は風呂の椅子のようなものを使っていました。日本も昔は帰省シーズンにはテントが立ち並んでいたものです。
2005年01月22日
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お茶屋さんには10年ぐらい前に行ったきりで、いつもはスーパーか飛行場の売店です。浦東空港の出発ロビーの道路側に一軒お茶屋さんがあります。空港の中では他より品数が豊富です。近所に出来た新しいお茶屋さんに行ってきました。すごいですね。品数は空港の売店をはるかにしのいでます。買うのは普アール茶と決めていました。500g15元(200円)から500元(6500円)まで。何故こんなに違うのかと聞いて答えてくれても理解不能なので、聞きませんでした。店で飲ませてもらった130元のお茶を200g買って来ました。箱も入れて58元(800円)。これで結構高級な普アール茶が飲めます。
2005年01月20日
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イタリア人の同業者と話をしました。ここ2,3年中国人が大国意識を持ち出して、仕事がやりにくいと話していました。サジェスチョンをなかなか聞かない。北京オリンピックが決まったころから急激な気がします。他の国の情報が無いまま、大国と思うととんでもないことになりそうです。特にルールを守らない人たちですから
2005年01月19日
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面接しました。日本企業に10年勤めた女性、通訳でなくコンピューター管理をしているが、10年努めると日本語がしゃべれるようになる。最後に条件を聞くと、5-6千元。こりゃ無理だ。あきらめ江蘇省の南通の知り合いに紹介してもらったが、彼女、広州市番禺区市橋と同じ所に住んでいる。広い中国も狭い。
2005年01月18日
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通訳君は始業時間に携帯のメールで法律の試験の申し込みに行くので遅れると連絡が入る。計画性が無いのか常識が無いのか理解に苦しむ。仕事する気は全然なし。通訳予定者が工場を見たいといっているので都合は良かった。番禺区市橋で落合、バスで45分の工場まで行き、折り返し市橋に戻る。この路線のバスが2本あり一つは乗ってきたバス、もう一つは「市橋客運車駅」行き、知らずに乗ってしまうと着いたのは街からだいぶ離れた新しいバスターミナル。ここからは昨日乗った「大夫山森林公園」行きのバスが出てたので又使う。街まで20分ぐらい。営業部で面接、結局条件が折り合わずごわさん!要求は3000元と市橋の寮、それに対して最初の三ヶ月は1500元と工場の寮。まだ、通訳君と一緒のつらい時間が続くようです。
2005年01月17日
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午前中ちょっと仕事、昼食と按摩を中国人と付き合ってから、広州市番禺区の大夫山森林公園に行きました。事前の知識も無く、アパートの横の道を大夫山森林公園行きのバスが通っているから行きました。したがってどっち行きのバスが公園に行くのか分かりません。ここ番禺のバス停は親切で路線と主なバス停の表示に矢印がついてます。最初に見たバス停は公園から来るバスなので、向かいのバス停から乗りました。1.5元のワンマンバス、釣りはもらえません。いつもの通勤経路の途中から通勤バスは南に曲がるロータリーをそのまま西に直進、15分ほどで着きます。日曜日で無料なのか、切符売り場は閉まっています。駐車場の境の生垣から駐車場に抜けられるので多分ただなのでしょう。中はいくつかの池の周りの平地と両側と行き止まりの丘が公園になっています。一周二時間半すごく大きな公園です。元々果樹園と松林だったらしい。池は人口湖の様。果樹園はそのまま作られています。丘の松は樹齢7,8年の若い松ばかり、その間に広葉樹が植林されています。グラススキー場、山頂凧揚げ広場などもあります。これだけ広いので外の排気ガスは入ってこない。久々の森林浴と深呼吸が楽しめます。天気のいい日に文庫本と弁当を持っていけば一日楽しめます。広州近郊の人はぜひ一度足を運んでください。帰りはバスが大型になっていました。公園から帰る人で座席は埋まり、途中通勤の人が乗りバスはぎゅうぎゅう。それにしてもお金がかかっています。ベンチの数を三分の一、東屋の数を半分にして、農村の教育費に回せないものなのか
2005年01月16日
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夜外出の時、同じ階からきちんとした服装の夫婦と一緒になりました。途中から乗ってきたラフだがちゃんとした服装の夫婦が乗ってきました。乗ってきただんなのほうが「Hello!」と話しかけ英語で会話を始めました。英語で話すぐらいだから知り合いかと思えば話の内容は「私はもともと香港人です」「私も香港人です。NYに何年か居ました」。初対面の人たちでした。何故、英語でしゃべり始めたのでしょうか?不思議です。
2005年01月14日
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自宅とホテルの間に新しい日本料理屋が出来ました。歩いて5分かかりません。元日式しゃぶしゃぶ屋で全然流行っていなかった。外から丸見えなので流行っていないのが良く分かる。見えないようにすればいいのにと常々思っていたのですが、潰れてしまいました。早速生きました。新しい店にしては女の子はなれているし、メニューが古い。この地区にもう一つある外人の泊まるホテルの近くで前からやっていてここは支店だそうです。日本酒を頼んだら同じ銘柄なのに味が違う、こっちのほうがおいしいのです。でも、4合で酔っ払ってしまいました。どうもこっちのは防腐剤の入った輸入物のようです。それでは向こうは?ジャックダニエルは広州のは後口が甘いのです。上海のは日本と同じ味。広州は偽物がはびこっているのか?
2005年01月13日
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南通の飛行場にも売店があります。雑誌を売っているところをのぞくと3分の1が軍事物、3分の一が色恋事件物、残りが普通の雑誌です。こんな風に中国人は軍事物が好きです。みんなどうやって日本を解放しようか考えています。今日買った雑誌です。National Geographic の中国版のような本です。中国の雑誌にしては印刷もきれいです。16元安いので買って読んでみてください。
2005年01月11日
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何年か振りに道が凍っているのを見ました。江蘇省南通市です。私の中国全土と会話の出来る携帯は南通のものです。一年間、お金を補充していないので切られそうです。飛行機の前に朝、散歩がてら電話屋さんに行きました。中国では地元でしか補充できません。8時半でまだ凍っています。 300元補充したら100元残っていました。一年間で200元しか使っていません。去年は油4リッターをくれたのでいらないと言って帰ったら、油を取りに来てくださいと広州まで電話がありました。今年はくじ引きです。見事三等賞の油が当たりました。小姐に上げるといったら謝謝と言っていたので今回は電話は来ないでしょう。南通語で謝謝は「シャシャ」、電話は「デンワ」です。濁音があります。 タクシーで飛行場まで行ったら、すごく運転手に感謝され、握手まで求められました。65元稼ぐのは大変なんでしょう。飛行場までの道は舗装され片側3車線になっていましたが、料金所がありました。運転手に払った65元のうち23元は道路と駐車場代、実質42元の収入です。初乗り6回分 南通の飛行場は夕方の北京便が毎日、昼の広州便が週3回と非常に効率の悪い飛行場です。荷物をX線で調べる人がなかなか来ないのでチェックインしてから荷物検査と荷物預けになりました。 広州についたらやっぱりあったかいが、曇っている
2005年01月10日
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日曜日しか時間がとれずに二年ぶりの通訳と一緒に、うかがいました。社長以下、5人出勤。今回は開発依頼、と言っても私の開発の物造りとテストを依頼するものです。忙しいとか色々行ってましたが引き受けてくれました。最終的に開発費用はいくらでいいですかと聞いた所。困った返事「老朋友だからあなたが決めてください」。結局考えて返事することにしました。中国の会社が全部こんな会社ならいいのですが。8年の付き合いですが本格的な取引はしたことがありません。最初に来たときの南通はホテルの周りが真っ暗で何もありませんでした。今は日本カラオケがいっぱいです。
2005年01月09日
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今回の上海の宿は南通行きのバスの出る体育場のホテルを取りました。良く飛行場で配っている青いカードの所で予約しました。最初、中国語のサイトで予約をしたらOKのメールが来て、その後すぐ中国人と外人で値段が違うので大陸の身分証明書が無いと予約できないので取り消したとメールが来た。英語のサイトで予約をすると中国語サイトより20元ほど安い、てっきり外人が高いと思っていたが、そうじゃないこともあるんです。この宿にチェックインしたのは22時半、窓のカーテンを開けると競技場が見えます。何にもしてなかったけど。11階なので遠すぎますが、ワールドカップを見れば快適ですね。サッカーは虹口にサッカー場があるのでやらないでしょうが、この体育場から近郊の観光バスが出ています。上海で時間があるときはここから観光バスを利用するのもいいと思います。
2005年01月07日
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元旦の分厚い新聞は大晦日の夕方配達され正月の朝の楽しみがありませんでした。 新聞の世論調査で県内の改憲支持が50%超えたとありました。新聞の記事は社会の変化を書かず50%超えたのが嘆かわしいとの論調です。 隋が帰属を迫り断られたので攻め込んできて数千人連れ去った歴史は高校の沖縄史には書いてありません。元が攻めてきたことも書いてありません。 2004年の重要ニュースの中に中華人民共和国人民解放軍の原子力潜水艦が領海侵犯をしたことが入っていません。沖縄に引っ越して東海地震から開放されましたが今度は中国の恐怖です。 中国は識者が「中国は大国だから国際ルールに従う必要は無い」と言っている国です。 沖縄の新聞に投書を考えたが握りつぶされて終わりなのでやめました。ここでちょっとづつ書いていくことにします。
2005年01月01日
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